翌日、春休みだった昨日までとは違って今日から新学期で新学年。高校二年生となった朱月は学校へと登校する。
クラス替えで2年B組と自分の教室を確認すると朱月は自分の教室へと移動する。クラスには既に何人もの人間が存在し、知人もいればクラス替えで初めて見た顔も存在する。朱月は知人の数名に挨拶しながら自分の席へと。
しばらくすると教室に短髪の黒髪、ダウナーなクール系かつどこか面倒見が良さそうな雰囲気のある女子生徒、この高校から付き合いの友人の
「仙奈ちゃん、おはよう。また同じクラスだね」
「はよ~す、………ん? どったの?」
挨拶を交わすとけだる気な挨拶を返してこちらへと視線を向けると、何かに気づいたような不思議そうな顔になってマジマジと朱月の顔を見詰めてくる。注目されたことに戸惑う朱月。
「? 何?」
「いや、なんか今日いつにも増して気合入ったメイクしてんなって思って」
「え? え? いや、そんなことないよ! ほ、ほら、新学期だからそれで、ね」
「その慌てっぷりからしてマジでなんかあったな。ホレ、隠してないでちゃんとおばちゃんにいいなさい。悪いようにはせんから」
からかうおどけた調子で明らかに何かがあったであろう友人に対して突っ込んでみる。朱月は照れた困ったような調子で「い、いや、別に特にないけど」と何もないと言ってくる。
「いやいや、アンタ嘘わかりやすいから。ちゃんとおばちゃんに言いんしゃい、ほれほれ」
「だからそういうのじゃないから」
しつこく突っ込んでみるも照れ恥ずかしそうにしながらもやんわり否定する。このまま押せば何とかズルズルと行きそうな雰囲気はあるが、朱月は案外口が堅いのでここまで頑なに拒まれていると口を割らせるのは無理か、と諦める。
「ま、仕方ないから新学期ってことにしとくよ」
「あはは……」
先に折れた仙奈に苦笑して誤魔化す朱月。
二人のじゃれ合いを済ませて、他愛もない会話をしていると、二人に近寄ってくる茶髪の天然パーマで、真面目そうな男子生徒こと
「よぉ、朱月、俺も同じクラスだ。今年一年よろしくな」
「あ、邦充君、おはよう」
「お~、邦充。今日も今日とて無駄な努力ご愁傷様」
「朝から殴られてえのかお前は」
邦充が朱月に対して明るくフレンドリーな挨拶を交わすのに対して、仙奈に関しては悪友関係のような皮肉と悪態でやり取りを交わす。
傍から見ていた朱月は「(相変わらず二人は仲がいいな、なんで付き合わないんだろう?)」と一人的外れな疑問を抱いていた。
邦充はやや緊張を誤魔化すようにして朱月の方へと誘ってみる。
「朱月、あのさ、前観たかったって言ってた映画のチケットがあるんだけど、今度の休み一緒に観に行かないか?(よし、声上擦ずらに自然に言えた、昨日練習したかいがあった!)」
昨日チケットを手に入れてはごく自然に誘えるように必死に練習していた、思春期男子特有の無駄な努力は如何に!?
「あ、ゴメン、今度の休みは買い物で出掛ける用があって」
「あ、そうなの? 買い物って何? 良かったら荷物運びでも付き合うけど」
「んん、別にいいよ」
「(コイツ相変わらずキモイな。普通断られたらすぐに折れろよ。なんで付き合うって言ってんだよ。女子の買い物だぞ。なんでイケると思った。下心先走りで空気読めない初恋の中学生かっつーねん)」
邦充本人は気を使える、できる男のつもりだが、傍から見たら、ただの空気の読めない厚顔無恥な存在だと仙奈は内心で突っ込んだ。女子の買い物は付いて行くのは恋人でもない限りは自分から突っ込んでいくのはNGなのは彼の恋愛の教科書には載ってなかったのだろう。
「あ、なら手伝ってもらおうかな?」
「え、いいの!?」
「え、本当か? おっしゃ! 力仕事なら任せろ」
仙奈がこんなものにOKするわけがないと呆れて高を括っていたが、意外なことに親友が了承したことに身体起こすレベルで驚き、反対にOKを貰えた邦充は内心だけでは抑えきれない強いガッツポーズを出して喜ぶ。
二人の興奮度合いに戸惑う朱月。その様子を見て、仙奈はふと閃いた。
「あ、もしかして私が一緒に行くと思っているの? ならゴメン、今度の休みには私どうしても外せない仕事があるから」
「んん、そうじゃなくて、買い物は私じゃなくて、今うちに泊まり込みでバイトに来ている人がいて、その人の買い物なの」
「あ、そうなの。でもいいの? 幾ら荷物持ちにとはいえ、コイツを連れて行くの。私はともかくその女の子もこんなアホ丸出しの見知らない男と一緒で」
「おい、どういう意味だ、この野郎」
「女の子? いや、男の子だけど」
「「はあ!?」」
朱月の爆弾に悪友の二人は口を揃えて驚きの声を上げる。その様子に、一人やっぱお似合いだな、と一人天然なのか、それとも次に来る怒涛の質問攻めの現実逃避か、それは誰にも本人すらも分からない思考だった。
そして、仙奈から口を開く。
「男の子って何? 親戚の子かなんか? 年ってどれくらい? いつから知り合ったの! 名前は? 顔は? 身長とか趣味とか!」
「ひ、一つ下だけど。親戚の子でもないし。会ったのは昨日」
「一つ下!? 一つ下で親戚でもない男がお前ん家に住み込み!? なんで? なんで!? しかも昨日!? 幼馴染よりも俺よりも付き合い短いヤツが、おぶ!?」
「うっさい、お黙んなさい。……いやでもコイツの言う通り、なんで男を泊まり込みでバイトなんか。というかアンタん家女しかいないじゃん!」
想い人に男の影があることに発狂する邦充に、黙れの一声と共にぶっ飛ばして仙奈は親友に問い詰める。
流石の圧に朱月もおずおずと口を開く。
「えーと、昨日やってきたバイトの人で。何でも両親が早くに亡くなったみたいで、育ての人からもその、……家庭の事情で、家を出なくちゃいけなくなって。それを聞いたお母さんがバイトに雇ってしばらくの間住むように、って」
詳細の事は省いたが一先ず内容としては真っ当なものを伝えられる。そのことに戸惑いつつも二人は落ち着きを取り戻して納得する。
「なるほど、だからアンタはいつにも増して化粧が凝っているってことか」
「そ、そんなことないって。確かに少し意識したけど、で、でもあくまでも同居人として変な所を見せられないってだけで、深い意味はないから!」
「え~、ホント~。にしてはやけに色気を感じさせてるじゃん」
「そ、そんなことないよ」
頬を赤らめて、やんわりと否定するが、その顔はただのテレや恥ずかしさも含まれているがそれ以上に恋する乙女のように傍から見たら思えた。
へえ~、と愉しそうにニヤニヤと意味深に呟く。親友に春が来たことに喜びと寂しさ、そしてからかってやろうとの悪戯心が沸いている。
ふと、仙奈は子供の頃を思い出した。
数年前に出会った緑っぽい黒髪の少年のことを。とある事件が原因で肉体がロクに動かせずに治療の手伝いをし、懸命な献身の甲斐あって数年の療養で回復してはしばらく一緒に過ごすものの、引き取られて旅へと出たあの少年のことを。
幼き頃に密かに抱いていた好意。
アレは、今冷静に考えればいわゆるナイチンゲール症候群ってヤツだったのかもしれない。
自分の恋はそんなんだったな、とそんな風に懐かしんでいると、―――隣で何かが暑苦しいというか、面倒くさいオーラが溢れているのヒシヒシと肌に感じる。
……今、昔の初々しい恋心を思い出したのはコイツの存在から現実逃避したかったのかもしれない、と仙奈は思う。
恋する乙女の顔をする朱月の表情を見て、想い人の恋に対して、何とも言えない深く、暗く、悲しく、辛く、切なく、負けられない、そんな複雑な感情を抱えてプルプルと震えていた一人の男、邦充は叫ぶ。
「ソイツに会わせろ! 今すぐ!!」
× × ×
仏間学園。
ここは霊能力者や血統者と呼ばれる異能者達の集められた学園。この大陸に存在する異形の存在や危険思考の犯罪者、同じ異能者達と闘うための人間を育てる育成機関。
学園では中等部、高等部の二つに別れており、中等部では一般教養と共に異能者としての基礎訓練と知識、高等部から実戦に投入され、一線で活躍する。
卒業後は、警察組織《護血隊》や異能者達の集会場、仏霊会の内部役員などといった場所に就職ができる。
仏間学園のとある一室に青みを感じさせる黒髪、腰に一本の刀を携えた少年、
「唯曇君。《深淵卿》の名はご存じで?」
「《深淵卿》、でありますか」
千寿は言葉を繰り返すと、少しやつれた顔をした不健康そうな教官の
「特級犯罪者の一人。《深淵卿》。元は東西南北、帝都全てにその存在を表しては何かしらの不吉な実験とそれに伴った事件、被害を繰り出した現在存在する特級犯罪者の一人」
「はい。ここ数ヵ月ほど前からこの《西の都》にいるとの情報があったのですが、ここ最近その頭角が薄っすらと現れ出ました」
こちらをと写真を添えられた資料を渡される。その写真に写っていたのは黒い衣服を纏った目が虚ろな状態の男が町の中を歩いている物だった。
「代仕と呼ばれている、深淵卿が使っている人形です。これが数日前に存在が確認と同時にここら周囲の不自然な霊脈に波動が感じられました」
「は、それについて自分も存しております」
「護血隊や仏霊会の方でも動き始めています。まだ学生の身分ではありますが、守護血継武家であるあなたにも強制参加してもらうことになりました。ま、学生の身分ってこともあって他数名の選りすぐりの生徒達と同じように簡単な聞き込み調査やパトロールといったものに参加してもらう程度です」
ようはこの都市に危険人物がいるために組織は総動員で警戒体制を敷くことになった。その際に学生であるが実力があり、また家柄の御勤めとしても千寿も参加するように、とのことだ。
「また、正式な依頼については明日にでもこちらで算出した構成メンバーを集結させ、緊急指令を出す予定です。あなたには《守護血継武家》の家柄もあったので先にお知らせした次第」
「は、了解いたしました」
千寿の家、血統者唯曇家は《守護血継武家》と呼ばれる、この西の都にとって守護者として家系。西の都の帝直属の護衛。
そんな上級階級の家柄もあって、先に話を通しておこうと思い、一人だけ呼び出したのだ。
話としてはそれだけです、と安在からの話は終えられて、一つ気になったことがあったので一応訊ねてみることにする。
「すいません、その指令には禿重や刻識も含まれて?」
自身と組みやすく相性のいい二人もそのメンバーに入っているのか、と安在はそれに頷く。
「ええ、あなたもその方が組みやすいでしょう。禿重君はともかく、刻識君もまだ入学したてもあって考えこんだものですが、中等部から成績は優秀。唯曇家の分家ということもあって採用しました」
「分かりました、ありがとうございます」
「実力を厳選した結果です。礼を言われるものではありません」
話は終わり、失礼します、と部屋を後にしようとすると、呼び止められる。
振り返ると先ほどまでは指令を言い渡すだけの雰囲気だったが、今度は眉を顰めて窘めるような口調で言ってくる。
「あなたの事ですから大丈夫だと思いますが、いいですか、功を焦って、絶対に自分達のチカラで解決しないように。まだ学生の身分。あくまでも聞き込みとパトロールのみで、何かしらの異変や情報を手に入れたらすぐに我々までに」
「重々、承知しております」
「嫌味に聞こえると思われますが、君のチカラを疑っているのではありません。その逆、《深淵卿》の凶悪さを知っている身であるが故に言っているのです」
絶対に功を焦って自分達だけ解決しないように。念を押す安在の言葉を頷き、千寿はその場を後にした。
× × ×
安在教官の話を終えて、俺は部屋を後にすると、しばらく進んだ先に二人の影が俺の事を待っていた。
「千寿様、お話は終わりましたか」
「で、旦那、話はなんだったんでえ」
一人は少女、まだ入学したばかりの袖を通したばかりの卸立ての制服。髪はボブカットで一見、大人しい雰囲気はあるが目元は少し冷たいものを感じさせる、唯曇家分家の刻識家にして、俺直属の使いである、
もう一人は同い年の男明るめの髪にヘアバンドを嵌めて、少しチャラけた砕けた空気の男の
「《深淵卿》が出たらしい。そのために学生間も実力者集め、明日にも指令が出るらしい。《唯曇》として俺も選ばれた。お前らもだ」
「お~、それはそれは。大物だ。旦那の出世の足掛かりにはちっと厳しいのでは?」
口調こそおどけた砕けた感じだが、敵の存在に強敵だということは理解しているのか、その口は若干緊張が走っている。その言葉に千寿は肩を竦めて言う。
「俺達は学生の身分だから聞き込みとパトロールだけだ。何かしらの発見があった場合上へと報告。無理はしないように、とのことだ」
「そいつはまた。出世が遠のいたな、旦那」
「口を開くな、ハゲ」
「かかか、こけしは相変わらず可愛いらしい見た目ながら俺に対しては口が悪いな。先輩だぞ、『センパ~イ』って甘えた声を出せや」
「くたばれ」
「旦那もお前さんから甘えられた台詞聞きたかってるぜ。なあ」
「…………」
「からかうのはやめろ。ユイも、目上相手なんだ、口の聞き方は改めた方がいい」
「……千寿様が言うなら」
渋々といった調子で結納は従う。その様子ににんやりと笑う禮に、結納は苛立ちを覚えた。二人の仲の悪さに呆れながらも話を戻す。
「捜索調査なら、禮、お前の能力が重宝されるだろう」
「ああ、だろうな。俺の《源線印》はこういう時のためにある。が」
パンパンと腰元を叩いて自身の得物を自慢するように口にする。
禮の武器は槍型であり、その異能は生命探知。生物において血が流れている物に反応して、それを探り充てる、またはマーキングを付けて場所を特定する、といったもの。この手の捜索活動には持ってこいの能力。
そのことに禮も最初は頷いたものの、すぐに少し落ち着いたトーンで言ってくる。
「話に聞くと《深淵卿》とはこの手の探索能力を無効化するらしい。ま、そうでなくちゃあ特級犯罪者なんて呼ばれず、今の今まで捕まらなかったってことはないだろうからな」
「そうか、そうだな」
禮の能力が無効化されるのは痛い。まあ、元々特定の誰かには見つけ出すには条件としてはその相手の血液が奴の槍に染み込ませてマーキングさせるという必要があるため、初手から見つけ出すこと自体不可能に近い。
普段の使い道としては精々、周囲の警戒網を敷いて、不意打ちなどを察するためのもの。能力的には役に立つタイプだが、使う場面によって効果に強弱が入る代物。
「わりぃな、旦那。折角の出世の足枷に役に立てなくて」
「いや、いい。お前の能力は役に立つ、期待しているぞ」
軽口だが、どこか役に立たないことに弱々しさを感じて、俺はフォローの言葉をかける。中等部から約五年間。コイツの能力が弱い面なんて一度もなかった。むしろ何度も助けられた場面があったことか。
そう口にすると、薄っすらと口角を上げて照れを誤魔化すようにいつものおどけた調子で言ってくる。
「そんなこと言って本当は残念がってないか? 本心じゃあ早く出世してお姫さんと結婚してイチャラブした、痛いい~!?」
いつもの冗談じみたことを言っているとユイから脛に向けて蹴りを入れられていた身のあまり転がる。その姿に冷やかにユイが告げる。
「口を開くな、ハゲ」
「こけしちゃん。脛はやめろよな脛は。ナントカの泣き所だぞ」
「知らん、泣いてくたばれ」
「二人ともいい加減にしろ、ほら午後の授業が始まる、それと放課後から早速動く」
「? 正式な指令は明日からじゃあ」
「口答えするな、千寿様が決めたんだ、ハゲはしっかりついてこい」
「へいへい、ならば献身的な大和撫子よろしくの三歩後ろを歩き、痛いいい~~~!!」
「口を開くな、ハゲ」
一癖ある連中だが、頼りになる仲間達と共に今日の放課後からさっそく《深淵卿》の調査に出向く。
この町に脅威の犯罪者が蔓延ることは許さない。唯曇家として、俺自身として。
胸の中に秩序と正義感を秘めた俺は気を引き締める。