「―――痛っう~~!!」
『主様、大丈夫―?』
のんびりとした口調でこちらへと語りかけてくるのは二足歩行の亀。契約を交わしている識神の亀のノンヘイだ。ノンヘイの声に答える。
「……ああ、大丈夫。それよか、朱月ちゃん、溟さん、仙奈、あと……名前は知らん奴! 大丈夫か!!」
周囲に呼びかけると比較的に近くにいた、腰を抜かしたように倒れている三人が声を聞いて、それぞれ返答を返す。
「邦充だ。きた、ぶぅ!?」
「あい、こっちも、……大丈夫だけど」
「……うん。……お母さん!!」
三者三様の反応が返ってくる。邦充と名乗った男は頭にトレイが落ちて来たが、まあ男の子だし大丈夫だろう。
そんなことよりも今は朱月ちゃんが叫ぶように溟さんだ。あの人は竜巻をまともに受けた。ノンヘイを召還したことで何とか身近にいたこっちの連中と違って、あの人はノーガードで竜巻を受けたんだ。
慌てて振り返って店内を確認する。
突如として襲ってきた竜巻。店の玄関どころかショーケースを荒らされ、売り物はぐちゃぐちゃに、バラバラに、泥だらけに。売り物どころの話ではない、大穴開けた壁と天井は崩れおちて、店内はどうしようないくらいに破壊されていた。
そんな店内の大きく開け広げられた出入口の大穴から覗かせる外の風景は澄んだ青い空が広がり、同時に太陽の陽射しに被るようにして大きな影が見える。
「!? お母さん!!」
「何もんだ、てめえ!!」
竜巻の正体であろう、その大きなそれに対して朱月ちゃんと共に叫ぶ。
それは流体かつ曲を描いたシルエット。細くて長い肉体は、上半身は人間体だが下半身の部分は足がなく一本の長い尻尾が存在し、全身が白に緑色のラインが存在する、まるで風の竜を思わせる格好をした存在。
その頭に一人の若い男、こちらとはそこまで変わらないと思うが、おそらく二十歳そこらの大学生くらいの年齢のように思える。マントはためかせ、白を基調とした青や黄色の補助線の軽装の衣服。まるで勇者だか、清廉な剣士を思わせるような恰好している。
ありゃあ、識神か!? 見た感じ龍っぽいけど、上半身が人間みっぽいからおそらく精霊系統か。
見て分かる範囲でおおよそ相手の分析から識神使い系統の霊能力者だと結論づける。
そして、何よりも注目するべき点は風の龍の尻尾には溟さんを捕らえられている。だらん、と気を失っているのか、騒ぐこともなく顔を下げている様子。
勇者を思わせる男はまるで正気を宿っていない瞳をこちらへと向けて、何も言わず見下ろしてくるのだ。それが癪に障る。
「なんとか、言えよコラ!!」
飛び出して、ノンヘイを召還した際に握り締めていた《ゲーハード・ギア》のタッチパネルを操作して霊力で形成させた大剣で斬りかかる。
ガギィン! と鋭く強い甲高い音が響く。風の龍精霊の両手の三つ爪で防がれる。
「溟さんを放せ、ゴラ!!」
体を無理矢理捻り出して、尻尾を切り落として溟さんを取り戻そうとするが、ブン、と上昇して放った横断をあっさりと躱される。逆に大振りでの動作で隙が空いたこちらへと容赦なくカウンターを放たれて、地面へと叩き落される。
「夜名津君!」「我一!」
二人が叫ぶ声が聞こえる。すぐさま起き上がり、大丈夫だ! と叫ぶ。
「! お母さん!!」
叫ぶ朱月ちゃんの声を聞きつけ、顔を上げる。奴らはもはや何事もなかったようにして転回してこの場を立ち去ろうとする。
……おい、なんだそのふざけた真似は!
「―――逃がすか、よぉ!!」
剣を構え直し、霊力を大剣へと集中させる。溢れ出す剣の刀身は巨大な白刃と化す。
「〝ゲェム・ブレイク〟!!!」
放たれた、白刃の霊破衝は風の龍精霊へと向かっていく。が、風を読んだかのように、軌道変えてあっさりと躱され、グングンと加速していき逃げ去っていく。
ふざけんな! 無視してんじゃあねえぞこの野郎!!
今にでもそう叫びたかったが、それ以上に「お母さん! お母さん!!」と何度も連呼する朱月の悲痛の叫びが耳に入り、すぐさま《ゲーハード・ギア》のタッチパネルを操作して大剣とノンヘイをしまって、新たに契約した識神を召還する。
「出てこい、ムツ!!」
『ファファ、これはこれは素敵なレディがお二人も。お嬢さん方、吾輩と―――』
「いいから飛べ!!」
女を見るや否やナンパする、これまた二足歩行の百センチほど体格をした梟のムツに右手を上げて命令を出すと、少し不服そうな顔をしながら指示通りに趾でこちらが上げた右手を掴んで上昇させる。
視線の先にもうだいぶ離れた距離まで引き離されている。速度が想像以上に速い! 視界こそまだ捉えているが、攪乱のためか、あちらこちらへと直角に軌道をずらしまくって目で追うのが面倒になってくる。
「あの龍だか精霊だかのよく分からない識神を追え!!」
『かしこまり』
「夜名津君!」
「ちょ、我一、追う気!」
二人から呼び止められるが、構っている間に見失ってしまう可能性があるため最小限の返事だけ残す。
「大丈夫だ、すぐ連れ戻すから安心しろ朱月ちゃん! 仙奈ここは頼む! あと男のお前は……特にない! 行けムツ!」
「なんでだよ!? いや、そうだけどさぁ!!」
後ろで男から突っ込みが返ってきたが、まあどうでもいい。
風の龍精霊と勇者モドキの後をムツで飛行して追う。が、やはり速度が迅い。
「あの人、コレ分かっていて言ってたんか!?」
つい一時間前のやり取りを思い出す。自分に何かあった時はよろしく、とはコレを予見していたってことか?
一見、仕組んだように思えなくもないが、だとしたらもっと他にやりようとか、それこそあんな言い回しから即仕掛けてくるなんて、バカな子供じゃああるまいし、あまりにも雑過ぎる。
まあいい、考えたって結論は出ねえんだし。アイツらボコボコにして、助け出せば何の問題もないだろう。
ああ安心しろ、約束通り、アンタも護ってやる。ちゃんと何事もなかったように無事に助けだしてやろうじゃんかよ。
闘志を燃やしながら行く。
× × ×
「ったく、相変わらず考えなしなんだから。……朱月、大丈夫?」
「……お母さん、夜名津君……。 っ、仙奈ちゃん、ごめん、ここお願い!」
「あ、おい、待ちなって朱月!!」
「朱月待てって!!」
× × ×
「クソ、どこだ!? どこ行った!」
溟さんを攫った風の龍精霊使いを後追っていたら見失ってしまった。速さが段違いだ。クソ、ムツだけ先行させて居場所を確定させてから向かえばよかったか!? 人間一人運ぶだけでもだいぶスピードが落ちてしまうからムツだけなら十分追跡可能だったかもしれない。
今いる場所は昨日来た場所の仏霊会近くの公園。ここいらまで降りて行ったような気がしたが、下降と同時に見失ってしまった。
『どうしましょうマイマスター? あの者達の姿、気配がありません』
「数十秒の差なら、虱潰しだ」
ムツの言葉に手数で対抗すると言い、《ゲーハードギア》を操作して、識神を召還させる。
《
この能力は契約した識神を呼び寄せる、巫術・喚道系の霊能力。そして現在契約している三体。兎のタタラ、亀のノンヘイ、梟のムツの怪異三体。
先に出ていたムツを除く二体が呼び出される。
「タタラ、ノンヘイ、ムツ。この場で異変や変なものがないか探し出せ!」
簡潔な命令に三体は公園内を調べるために散る。
こっちも仲間達に任せているだけじゃなく動く。公園自体そこそこ広い、運動公園とか散歩コースといった類のものか。遊具類はなく、木々はそこそこ生やしている。隠れる場所自体は多い。
だが、見つからない。
「落ち着け、何か隠蔽術か、結界術類か。だったら」
《陰陽術 陽の型・周見》。
霊力を捻り出して公園一帯に霊力を円状に広がらせる。基本陰陽術の探知系統の術。もし、隠蔽術や結界術ならば陰性の霊力が使われている。普通のやり方じゃ見つからない。霊力の陽性を使うことで看破できる。
公園一帯の異端のものがないか感じ取ろうとするが、特に何かしらの気配は感じ取れない。
どういうことだ、《周見》でも見つからない? こっちの陽よりも高度の隠蔽術か? いや、それでも何かしらの異変は感じ取れるはず。……なら、もうとっくに公園から出てどっか別の場所に移ったのか。だとしたら、やられた!
クソ、と地面に殴りつける。落ち着け、冷静になれ、考えろ。
『おい、我一』
こめかみをグーで叩いて考えていると、唯一、識神の中で主人と呼ばず名前を呼ぶ存在、兎のタタラが呼んでくる。
『ここに変な匂いを感じる。お前が探しているのはコレのことか』
「なんだと、どこだ!?」
タタラの言葉に反応してその場へと急ぐと、そこは商店街の場所を確認した時に眺めた案内板だった。そういえばここ来た時に何か静電気のようなものを喰らった。
「ここが?」
『正確にはここで匂いが途切れている。ニンゲンの男と女の匂いが二つ。明らかに不自然だ』
「なるほど、当たりだ」
この看板が何かしらの仕掛けがあると考えていいか。―――《見》!
陽性の霊力を目に集中させて発動させる陰陽術の《見》。《周見》が周囲を把握するための探知能力ならば、《見》は目を凝らし、視界に入った異変を看破する術。
案内板に何か仕掛けがないのか探ってみるが、これ自体に何かしらの霊能力の痕跡は見慣れない。どういうことだ!?
《見》は《周見》と違い、霊力の出力を絞ることで看破の性能が強い。いくら隠蔽術でも完全に痕跡を消すことはできないはず。それとも、この案内板は何も関係なく、間道……空間術で逃げたのか? それとも上昇して空へといったか? ……いや、それはない。空間術ともかく、タタラの鼻を上昇しただけで痕跡を途切れたとは言わない。上に停滞しているとかそういう風に言うはず。
それに一番気掛かりなのが、あの静電気。
昨日この看板に触れた時に感じ取ったあの感覚。
アレは、本当に静電気だったのか? あの時は特に気にしなかったが、―――妙な怖気が奔った。
静電気による反射とかじゃなくて、もっと別の何か……。
この、夜名津我一が一瞬だけ異質な恐怖を覚えて、本能的に無視して逃げてしまうほどのそれ。
―――…………愉しいね。
「夜名津君!!」
「……朱月ちゃん、来たのか」
名前を呼ばれて振り返ってみると、こちらへと向かって走ってくる朱月ちゃんの姿を捉える。来るなって言ったのに。
「夜名津君! はぁはぁ、……おか、あさん、は!?」
全力疾走で息を切らしながらも溟さんの安否を訊ねてくる。
「わりぃ、見失った。おそらくこの看板が怪しいんだけど、分かんねえ」
「看板? ……そういえば前にここに看板なんてなかったのにいつの間にできたの?」
看板について話すと、キョトンとした顔となって看板へと視線を向けると、存在に対して疑問を抱いた。
っつーことはやっぱこの看板に何かしらの仕掛けがあるのか。でも、仕掛けが分かんねえ。なんか、ドラマよろしくのタッチパネルで暗号みたいなものあって扉を開くかどうか、そんなものがあるのか? だとしたら一体なんだ?
こめかみにグーで軽く叩いて思考を巡らせていると、朱月ちゃんが案内板の前に立つ。何かを確認するように手を置いて神妙な顔をする。
「(霊力じゃない、……おそらくは〝蒼碧〟のチカラ。お母さんが狙われたのも、きっと)」
「何か分かるのか?」
「……確認なんだけど、夜名津君は霊能力者なんだよね?」
こちらの質問には答えずに、案内板からこちらへと顔を向けては難しい顔で訊ねてくる。……異能者であることはイチイチ口にすることでもないのだが、住まわせておいて黙っていたのは何かと悪かったか、……一応謝っておくか。
「……ああ、悪いな。黙ってて。でも、朱月ちゃんも」
「うん。そう、……霊道師。郷村家の人間なの」
返答と同時にこちらからも訊ねると朱月ちゃんは頷いて応える。
謝罪をしつつも、そちらも霊能力者―――霊道師の家系であったことは黙っていたのでコレでおあいこってやつだろう。
「正直、郷村家とか家柄についてはよく分かんねえんだ。こっちはパンピーからの後付けだ。有名どころか?」
霊能力者は基本生まれついて霊感を持っているか、霊障を受けて霊感が覚醒するかの二種類に分かれている。前者は家柄とかの血筋が関係し、後者の場合は怪異の干渉、呪い、霊具と呼ばれる道具類の干渉といった具合。朱月ちゃんの場合は苗字を名乗った所、前者なんだろう。
ついでに言えば仏霊会所属の歴史のある家柄のある所は『霊道師』と呼ばれ、パンピーの成り上がりは『霊能力者』と区別される。ま、基本的な通称としては『霊能力者』でまとめられるが。
朱月ちゃんは質問に関しては気まずそうに首振って答える。
「ううん、どっちかというと古い方だけど、そこまでって家じゃないよ」
「まあ、パン屋やっているくらいだしな」
古い方ってことは没落でもしたのだろうか?
誅禍辺りは結構有名どころの名家で貴族階級だとかなんとか本人が言っていた。その癖、婚活しているって大丈夫なんだろうか、と疑問もあったが。婚活が悪いっていうよりも、相手がそこらの一般人相手で大丈夫なのかって話。
でも、なんか家柄とその役割がどうのこうのがあったらしいって話だったか。何でも昔『人が死ぬが故に沢山生んで繁栄させる』の何の役割だか呪いだかを受けた家だとか。そんな家庭の事情があっての婚活だとか。
少し話がそれたが、まあ、霊道師の有名な家柄や血筋はそれに見合った役割が存在するらしい。
元はパンピーから百鬼夜行にショックで死に掛けたこっちには何も関係ない話だ。
…………待てよ。
「もしかして、溟さんが狙われたのって家柄的な理由?」
「おそらく。……そして、ここで消息を絶ったようだけど……私なら追える」
朱月ちゃんは案内板へと向き直り、手を当てたまま霊力を回す。瞬間、朱月ちゃんの霊力に反応したかのように電子パネルはまるで水面に小石が投げ落したように波紋が湧き、最初は小さく、霊力に共鳴するように徐々に大きく広がっていく。
「《〝鏡面境界・開路〟》」
唱えると、案内板は大きな穴が出来上がる。その穴は真っ黒な大穴であり、どこに繋がっているのか分からない、奈落にも宇宙の果てにまで続いていそうな空間が広がっている。
「繋がった。夜名津君!」
「ああ、分かった」
朱月ちゃんの言葉に頷いて、タタラ達を一旦戻して、俺達は穴の中へと突っ込んでいく。
表面上は真っ黒な穴だったが、その中は何とも言えない、心が奪われてしまうほどに神秘的で、宇宙を感じさせる美しく綺麗な亜空間であり、
―――そして何よりも、本能的に恐怖を抱いてしまう、〝蒼碧〟の世界だった。
× × ×
本日の授業の課程を修了させ、昼休みに話した通り、俺達三人は街の中のパトロールをしていた。
俺達が足を向けたのは町側の方だ。
この都市《西の都》は北の街側と南の町側に分かれていた。十年前に機械都市である、《北の都》の施設技術を流用による、都心の改革工事によって新たに出来たショッピングモールやテーマパークなどと数々の施設ができ上がったおかげで新しい風の北の街と、昔の姿を残しつつ錆び付いていく南の町の二種類分かれていった。
子供の頃はあっちこっち賑わっていたはずの南の町も今じゃあ、店々は幾つものシャッターを閉じて、ただの住宅街のような場所になってしまっている。
「なあ、旦那。パトロールすんのは構わねえけど、なんで南の町なんだよ。北の街の方がいいだろ」
「口を閉じろ、千寿様に意見をするな」
「……こけしちゃん、旦那に忠誠心マックスの忠犬だからって、イエスマンは駄目だぜ」
「お前に対してノーマンなだけだ」
「二人とも、喧嘩やめろ」
いつものように喧嘩を始める二人に仲裁の言葉を入れる。
「まあ、こっちに来たのは言ってしまえは勘だな」
「だったら」
北の街の方に行こうぜ、と繰り出してくる言葉をよりも先に言う。
「あえて理由を上げるなら、街の方は調査する場所が多く、人も多い。本格的な調査は明日からだからな。自主的に行っている今ならこっちの方を軽く見て回る程度いいと思った。北の街の方は明日選抜メンバーが呼ばれるからな。その時に手分けてして細かく見て回った方がいいって所が理屈としてはいいか?」
「…………」
「ハゲ、お前の負けだ」
「へいへい、アタシの負けでっせ。今日は大人しくここいらの散歩としゃれこみましょうや、あ、痛て!?」
「散歩じゃない、パトロールだ、ハゲ」
いつもの適当な投げやりの態度に禮に対して、足の太ももへとローキック噛まして、いつものようにパトロールであることは意識を付けさせる。
痛そうな顔をするがいつものことだと流しては、構わずお喋りを続ける。
「しっかし、旦那も頑張るね。そんなに早く出世してお姫さんと結婚したいってことかい? 気持ちは分かるが」
「……別にそういうわけじゃない。家柄の問題だ」
俺が仕事に関してすぐさま働きを駆けるといつもこうやってからかってくる。
血統者という異能の一族はその名の通り血筋が絶対の家系。能力者は全員親族同士ということだ。つまりは禮や結納も血筋からしては遠縁の親戚となるのだ。
元々、初代帝が血を使う異能者だった。そこから正統な血筋を五人の兄弟達をこの大和大陸に東西南北中央の五つの都市の帝として置き、そこから血縁を増やしていったことで出来上がった異能血統集団にして、帝直属の武装警察組織《護血隊》の組織。
血統を重んじる俺達の一族には、それ故に上級血族にはその血を絶えさせないために、血統者同士の婚姻が絶対となっている。
つまりは俺には許嫁が存在する。
その許嫁が血統者の中でも最も濃い血の持ち主である、帝の血を引いた存在の姫君だ。
俺の家、唯曇家も《守護血継武家》の銘与えられてある名誉ある家柄。簡単に説明すると帝の直属の中でも最も近い血筋であり、同時にここ《西の都》を守護管轄の任を与えられた家柄である。
姫君である、天理……姫との許嫁と定められた。だが、婚姻にするには今のままだと、俺自身の階級が学生であるために不可。最低でも《護血隊》の最低でも中将、大将クラスといった位まで上がらなければいけない。
早く昇級したいがために、禮も含めた周囲からそんな認識をされている。
そのことにやれやれとため息を吐きつつ、繰り返し答える。
「何度も言うが、俺が任務に熱心なのは秩序を護りたいという正義感からだ」
「ヘイヘイ、分かっております分かっております。旦那が真面目な仕事熱心なのは。でも俺みたいな一族の末端の出涸らしにはそう僻まずにいられないってこと」
「…………」
僻むなんてやめろ、お前は立派じゃないか。
そう口の中に出かかったが、それは呑み込んだ。それは俺が言っていい言葉ではなかった。血統者は血統主義者だ。純潔な血統の俺と、混血などの血統である禮、そこに絶対的な格差が存在する。
俺自身がそんなものは気にしていない、というのは簡単だが、それは無責任かつ身勝手な暴言になってしまう。俺がいくら対等だと言っても、それは上級階級の人間だから言える発言だと捉えられてしまうからだ。
禮やユイは劣等因子と呼ばれ、一族としての格差社会によってだいぶ肩身狭い思いや苦労といったものをしてきたらしい。苦労がなかったわけではないが、禮達に比べたら何も知らずに剣術や知識を身に着けて一族間の優遇に胡坐をかいていると突っ込まれたら確かに言い返せない部分も存在する。
勿論俺の中で、禮達のことは頼りなる仲間だと対等な友だと思っている。二人は俺にできないことができるし、尊敬もできる信頼できる相手だ。
だが、やはりそれは口にするのは憚れる。
アーケード街の方へとやってきた、子供の頃はここも店々がよく賑合う良い商店街だったのだが、いつの間にか半分以上の店はシャッターを閉じて寂しい町並みになってしまい、哀愁を感じる。
「ん? なんかあっちの方騒がしくないか?」
禮が何かに気づき反応する。
見れば確かに人通りが存在して「何があった?」「事件だよ、溟さんの店が潰れた」「被害は?」「生きているのか?」「護血隊を呼ぶか?」と商店街の人達が騒がしくしている。
俺達はその騒動の中心へと入っていく、とそこは確か、パン屋の《ミロワールド》だったか。店内が嵐の被害でもあったかのような半壊した様子。
その様子に高校生の男女が二人、中学生と小学生の一人ずつ存在して、中学生が取り乱して高校生二人に責め立てている。
「仙奈ちゃん、ママが連れ出されたってどういうこと!? お姉ちゃんは!? お義兄さんの後を追ったってどういうこと!?」
「落ち着きなって、玲央奈。アイツに任せておけば大丈夫だって」
「任せておけばって……お姉ちゃんはそこまで強くないよ! お姉ちゃん水泳以外基本運動音痴だよ!」
「いや、そっちじゃなくて我一の方。アイツ、ああ見えて強いから」
「ちょっといいですか?」
暴走する中学生に必死に宥めようとする女子高生の会話の中に入っていく。こちらの存在に気付いた女子高生が反応する。
「あ、仏間学園の……丁度いい、連絡しようと思ってた所。護血隊でも仏霊会でも何でもいいから助けてくんない? だいぶトラブって」
「何があったんです?」
「助けて! ママとお姉ちゃんが!」
中学生のギャルを思わせる格好の少女から涙を溜めた瞳でこちらへと必死に訴えてくる。不安そう圧し潰されそうな彼女に対して、視線を合わせて強く安心させるように言い返す。
「何があった?」
※捕捉説明兼どうでもいい裏話。
郷村家が没落した理由は、〝蒼碧〟に関しての霊能力の危険視からですが、家がパン屋になったのは郷村のおじいちゃんが生粋の賭け事好きのギャンブラーで元々の家を売ったからです。
ちなみに郷村家は女家系なので当然おじいちゃんは入婿です。