ナイトクラウド   作:三概井那多

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深淵鏡変6

 あお、アオ、青、蒼、碧、藍、―――蒼碧!

 

 そこは蒼碧に染まった世界だった。

 

 美しき湖の水面のような。あるいは極寒の地の空に浮かぶオーラのような、あるいは遥か空の先に存在する宇宙の神秘のチカラを感じさせるほどの美しく、綺麗で、惹かれてしまうのに、それを触れてしまうとたちまち何とも言えない本能的な恐怖心が襲ってくる。

 

 魂がその蒼碧を拒絶する。

 

 だが、浴びるようにしてそこへと突っ込んでいった身としてそれはもう遅かった。

 

 眼が焼ける、鼓膜が破けて、鼻が狂い、口の中の水分が全部消えて、神経が無くなる。

 

 ありとあらゆる大量の情報を無理矢理送り込まれて、情報過多によって脳が割れる。

 

 身体が、五体がバラバラに引き裂かれそうになる。肌がビリビリと破けて、筋肉一つ一つの繊維が焼け潰れていき、骨が軋んで粉になっていく。

 

 自分自身の意識の存在が明白ではなくなっていく。自分が誰で、どういう存在なのか、人間なのか、あるいは別の生き物か、そもそも生物なのか無機質だったのか、そんなことも分からなくなってしまう。

 

 完全なる、自己の消失。

 

 

 ―――死。

 

 

 コレは人が受け止めていいものではない―――逃げないと。

 コレは人が手を伸ばしていい代物ではない―――逃げないと。

 コレは人が求めていいチカラではない―――逃げないと。

 コレは人には絶対に持ってはいけない存在ではない―――逃げないと。

 

 

 ―――逃げないと!!

 

 

 本能的な恐怖。何も顧みずに逃走を求めてしまうほどに。だが、逃げ場などどこにもなく、ただただその蒼碧の奔流に呑まれていく、流れていく、失われていく、惹かれていく、溶けていく、混ざっていく、重なっていく、一つになって―――、

 

 

「―――くん!!」

 

 

 だれかがよぶ、こえがきこえる。

 きいたことがあるような、しらないなまえ。

 ことばというよりももはやおとだった。

 じががなくなって、このままきえていくだけのそんざいになりさがった。

 ああ、……むにかえる―――

 

 

「―――あむ!」

 

 

 やわらかいかんかく、あたたかいものがながしこまれたかんかく。

 あおじゃない、いやあおであってあおではないしろもの。

 どろりとしたあまくて、うごめくなにか。なめくじのような、へびのような、なまこのようななにか。

 その、かんかくはしたをはわせる―――……した? ……舌、そう、舌だ。

 くちのなかを―――ああ、そうだ口の中に甘くてどろりとしたものが蠢いてくる。その感触によって同じように舌を這わせる感覚であり、絡みつかせてくる。

 口の中から広がっていく刺激と流し込まれていくおかげで、肉体の消失をしたことで、存在が崩壊したはずの自我が少しずつ、蘇ってくる。

 そう、この存在は他の誰でもない、夜名津我一。……自分は夜名津我一だ!!

 

 やがて。

 

 

 × × ×

 

 

「おえええ~~~~!!」

 

 突如、襲ってきた嘔吐感に貯まらずに昼に入れたものを全部ぶちまける。ぶちまけたのは異臭を放って鼻を刺激してくる。その匂いつられて第二、第三の衝撃が走ってもう一度吐瀉物をぶちまけた。

 

 頭がクラクラして意識が飛びそうになる。激しい運動をした後のようにな疲労の脱力感にこのまま深い眠り付きそうになる。

 

「夜名津君! 大丈夫!?」

 

 傍らで柔らかくも暖かい心配した声がかけられる。―――朱月だ。

 

 背中に手を当てて心配してくる朱月の言葉に落ちてしまいそうだった意識を無理矢理繋ぎ止めて覚醒させる。

 

「……ああ、はぁ、はぁ。………お前は?」

 

「私は大丈夫、何ともない。だけど、夜名津君……酷い顔だよ」

 

 息絶え絶えと今に倒れてしまいそうな状態を何とか根性で耐え、平気さを装うと朱月の方の身を案じる心配を装う。彼女は特に何もない、と言い、反対にこちらのことを心配される。

 

 ……チィ、カッコ付かねえな。

 

 軽口を叩きたいが今は何も喋りたくない。喋ったら吐く! 今は一先ず自分の体力を回復することに務める。

 

 荒い息遣いを必死でゆっくりと大きく深い呼吸へと切り替えようとする。

 

 呼吸を整えつつ、ボーっとする頭に徐々に血や酸素が廻っていく。頭が冴えてくると冷静さを取り戻していき、今の現象に関して考える。

 

 ……嘘だろ、おい!

 

 なんだアレは!? 《百鬼夜行》の呪いよりも、《堕害魔層》の瘴気よりも全然キツかったぞ!?

 

 過去に味わってきた過酷な地獄の体験とは比べ物にもならないナニかだった。

 

 霊能力も身に着けてなかった生身の子供が呪いを受けた時代と、霊能力の修行の際に通った、怪異が蔓延る地獄へと繋がる地下空間での修業時代でも味わってきた苦痛、恐怖、激痛、不安といった負の感情とは比べ物にならない、次元が超えた超常的なチカラの存在。

 

 この、夜名津我一が、危険(スリル)を愉しむことが生きがいと豪語してきたのに、そんなポリシーを捨ててまで、恐怖のあまり逃げ出したいって思ってしまうほどの体験。

 

 

 ―――……………おもしれえ、愉しいね。

 

 

「……よなつ、くん?」

 

 かつてない体験に身を震わさせて、気分を高ぶっていると、朱月ちゃんが声のトーンを変えて呼びかけてくる。

 

 ……よし、落ち着いた。

 

「ああ、もう、……大丈夫だ」

 

「ああ、うん(……今の顔、気のせいだよね?)」

 

 平気、と答えながら四つん這いの姿勢から軽い屈伸運動でもするかのように起き上がっては周囲を見回す。

 

 周囲は公園でも、蒼碧が広がる異次元でもない、真っ黒な、何かの施設の地下だかなんだかの場所のように思えた。ここは倉庫? というよりかはどちらかというと……駐車場とか収容スペースの出入口のように思える。

 

 背後にはスクリーンのような壁が存在しており、行き止まり。公園の掲示板とこのスクリーンみたいなのが、空間術類の繋げるためのポイントということか。

 

「ここが、溟さんを誘拐したあの野郎のアジトか。ずいぶんとまあ、悪役のアジトの外見だ」

 

 軽口を叩きながらも、敵の領域のため敵の気配がないか調べるものの周囲には人の気配は感じない。

 

「よし、とりあえず進んでみっか。朱月ちゃんは……」

 

「私も行く! お母さんを助ける、そのために来たんだもの」

 

 共に行き、母親を助けると活き込んでくる。

 

「オフコース、じゃあ離れないでくれ。朱月ちゃんがどれくらい戦えるか知らないけど、溟さんとの約束で朱月ちゃん護る約束しているし、情けないところ見せといてなんだけど、滅茶苦茶強い霊能力者だぜ、これでも。夫婦よろしく、男の後ろを三歩歩く感じで付いてきな」

 

「……夫婦…………う、うん」

 

 そう言って、先に進もうとうす暗い最低限の照明しかない奥へと続いている通路へと足を延ばす、と緊張した趣で頬を紅くしながらも朱月ちゃんも頷いてあとを追ってくる。

 

 ……やはり母親のことが心配なのと、未知の場所とあの敵の脅威の不安からか彼女が硬くなっているように感じる。……うむ、ここは男の嗜みとして不安を覚える女性を安心させるような言葉を言うべきか。

 

「大丈夫だ、朱月ちゃん。この男らしい背中を見て安心して付いてこいって。将来の旦那様とのイメトレでもしている間に溟さんを救い出してやっから」

 

「将来の旦那様!? 夜名津君が!? ……~~~~~~っ!!」

 

 驚いた声を上げては悶絶したような状態になる。……この娘は少しアレだな、うん。なんだろう、……言葉が出てこねえや。

 

 アレだな、仙奈とかならちゃんと突っ込んでくれるんだけど、こう、普通……普通? ……真っ当に照れた反応されるとなんか違うな。

 

 昨日まで別にコレが少し新鮮な感じがあって良かったけど、久しぶりに仙奈の突っ込みを受けたせいか、やっぱボケに関してはああいう反応の方が観てて愉しいし、テンポがあっていいな。

 

 にしても、朱月ちゃんとの結婚ね。

 

 視線だけ後ろの朱月ちゃんの姿を捉える。顔を真っ赤に両手で頬を抑えて、落ち着きを取り戻そうとしている。

 

 …………やっぱ恋とか愛とか分からん。

 

 可愛いと思うし、美人だとも思う。一緒にいて楽しいし、好きではあるけど、……結婚したいかどうか言われても分からん。

 

 花よりも団子、女よりも喧嘩してバカ騒ぎしたいっていうのがやっぱ性に合っている。

 

 朱月ちゃんよりも、さっきのあの、〝蒼碧〟の方が気になる。

 

 この夜名津我一が、自慢じゃないが、あの《百鬼夜行》の呪いや《堕害魔層》の瘴気で肉体や精神を蝕まれてもその狂気のスリルに愉しんでいた程のイカレ野郎の自負をしていたが、あの〝蒼碧〟は全く別物だった。

 

 戦意が完全に消え失せて、本能のままに、ガチで逃げたい、ということしか考えられない。いや、考える事すら放棄してあのままだと無へと還る、廃人コースだったんだろう。

 

 昨日、案内板触れた時に感じた、アレは信号ならば、今日のは実体験による結果なんだろう。

 

 ただの龍脈とか濃い霊力や《堕害魔層》の瘴気にも似ていたが、おそらくはもっと別の、高位のエネルギーか何か何だったんだろう。

 

 ……アレは一体なんなんだ?

 

「なあ、朱月ちゃん、あの蒼碧ってなんなんだ? 霊力とはまた違うもんだよな? 朱月ちゃんの家柄は知っているみたいな言い草だったよな?」

 

「〝蒼碧〟は……言ってみればこの宇宙の根源的なエネルギー。霊力や星力、神秘、今は封印されているという魔力といったもののチカラの真の正体。霊力や他は言ってみればその〝蒼碧〟の一部の性能だけ切りぬいたようなもの」

 

「……霊力と霊子みたいな?」

 

 霊力と霊子。霊力は生物の特に動物類の魂からそのまま反映されたチカラのエネルギーそのもの。霊子はそのエネルギーの残滓だったり、植物類や無機物類に宿ったものが霊子といったもの。

 

 朱月ちゃんの話に関して、霊力が蒼碧。霊子が霊力の関係が近いものだと理解すると、迷いつつも頷く。

 

「……解釈としてはあっている。だけど、スケールが違う。〝蒼碧〟は霊能力者や星導師(ステラザード)、神秘遣い(アルカナマスター)では到底使いこなせない。言ってみれば人間が使いこなせるチカラでもないし、触れていい代物でもない。……その理由は夜名津君なら分かるよね?」

 

「わっかんね。……って言いたいところだけど、さっきのアレは色んな意味でショックを受けてしまったからな。ありゃあ駄目だ。本能的に抗えない恐怖ってヤツだ。子供の頃から高い所から飛び降りるとか親に内緒で好奇心でバイクでブッパとか、喧嘩とかいろんな危ないことやってきたアホだけど、そんなイキリ馬鹿野郎が生まれて初めて敵わないって、恐怖を植え付けられてさ、もうプライドをズタボロだ」

 

 口でこそ茶化すように言ったが、嘘偽りのない本心だった。

 

 アレは朱月ちゃんが言う通り、人が扱っていい代物ではない、と。

 

 

 ―――だからこそ、アレ、いいよな。

 

 

 内心に抱いた想いに口角を吊り上がる感覚に抑えつつ、背後の朱月ちゃんの話は続く。

 

「〝蒼碧〟は宇宙の理であり、扱える存在はおそらくは神々。けれど、唯一、人間達でその可能性があったのが魔力を有した魔法使い達。それを危機として止めに入ったのが神聖教会」

 

「……神聖魔神大戦か」

 

 朱月ちゃんの言葉に続けて応えると正解だと頷いた。

 

 この世界に魔力が封印されたこととなった、とある大戦争。大和大陸が帝によって統一されて血帝歴の始まった約200年前(今の暦なら正確には217年前になるんだっけか?)。それよりも前に起こった、大和大陸とは違う別の大陸で起こった、神の教えの使徒たる神聖教会とやらと、魔法使い達の間で起きた大戦争。

 

 歴史の教科書に載っているくらいの(小学校中退している身としては見たことないが)レベルでの有名な話だ。

 

 へえー、あれってそんな理由で起きたんだ。こっちとしては誅禍から「神様ん所と魔法使い達は互いに殺し合いたいってレベルで嫌い合ってたから殺し合った結果、神様ん所が勝ったから罰として魔力は封印された」って聞いたけど、その話聞いて「もう少し遅くやってくれたら、そこで第三勢力として二つとも潰す愉しみがあったのに」と呟いたら蹴られた。

 

 こめかみにグーで叩きながら言う。

 

「宇宙の理だの、神々のチカラだの言われると、魔力よりも星力の方が封印されるべきだと思うけど。名前的に『星』って付くし」

 

「星力はむしろ、魔力が封印されたことで別のアプローチだから歴史や技術も最近できたって話」

 

「ふぅ~ん。そうだったんだ」

 

 まあ小難しい歴史の勉強については小学校中退の頭では要所要所でしかわからんし、頭に取り留めておこう。

 

 問題は、気になる点としては二つ。

 

「でも、朱月ちゃん無事だったよな? キスして助けてくれたし?」

 

「~~~~っ!! ……あ、アレについては、あ、あああ、きき、き、気づいてたの!?」

 

 一度立ち止まって振り返って、ベーと舌を出して言うと、慌てふためいた朱月ちゃん。

 

 さっき蒼碧に取り込まれた時、何か、甘くてねっとりとしたものが口に来た。ありゃあ、おそらくキスで舌入れられたんだろう、と思ったが反応を見ると予想通りのようだ。

 

「虚無だとか廃人だとかの状態でな。自分が人間すらないと思い込むレベルだったんだけど、ねっとりと甘いものがあっちこっちに蠢いてさ。感触が『アレ、これってキス?』『ってことはこれって舌か?』『あ、なら口だ』って感じで、口の感触から徐々に意識を取り戻して。肉体がどんなだったかとか自分が誰かって思い出していった」

 

 自我が崩壊した状態をキスの感触が魂を呼び起こした。

 

「顔に似合わず大胆じゃん。あんな風に唇奪われたら結婚意識しちゃうぜ。子供の頃、好きな娘とキスしたら結婚すべきだって言われて育ったもんで」

 

「~~~~~~~~~~っ!!!?」

 

 舌なめずりをして挑発的に告げると、当時の感触を思い出したのか今までにないくらい赤面しては蒸気を放っている朱月ちゃん。

 

 からかいつつも真面目な話をぶっこんでみる。

 

「で? 朱月ちゃんは、アレは人間がどうこうできる代物ではないって話だったけど、ここまでのワープといい、虚無った状態から回復させたこといい、朱月ちゃんアレ、コントロールできんの?」

 

 そう告げると、朱月ちゃんは朱らめた初心な乙女の顔からコホンコホン、と咳を繰り返して冷静さを取り戻しつつ、疑問へと若干まだ赤くしながらも真剣に答えを告げてくる。

 

「私の一族、郷村家が落ちぶれたのはそれが理由。郷村家は〝蒼碧〟に手を出してしまったの」

 

「……神様ん所と喧嘩でもしたいの? 手伝おうか?」

 

「いや、そういうわけじゃないの。霊道師の家系は一つ一つに御役目といったものが存在するって知ってる?」

 

「ああ。誅禍ん所は『人が死ぬから、その分子作りする』って役目っていってた」

 

「ええ、そう、そういう……え? もしかしてその人って」

 

「んで、郷村家はなんなわけ?」

 

 誅禍ん所の役目に頷きつつも、我に返ったような驚いた顔をする。誅禍ん所のことで何か知っているのだろう。

 

 ぶっちゃっけ、誅禍のことはどうでもいいから話を進めたいがために突っ込んでくる前にこちらから切りだすと、え、ええ、と朱月ちゃんは戸惑いつつも郷村家の役割について教えてくれる。

 

「……郷村家の御役目は『反転した世界の観測』」

 

「?? 反転した世界の観測? なにそれ、つまんなさそう」

 

 どういった代物か知らないけど名前だけ聞くと頭良さそうな奴らが好きそうな、面倒くさいヤツだと思い、顰めツラになる。それを見た朱月ちゃんも、はは、と乾いた笑みになる。

 

「分からないよね。……パラレルワールドって知ってる?」

 

「ちょっと待て、なんか聞いたことがある。……なんだっけな? ……アレ。傘があって、その、足を広げることで最初は一つなのに別の方向に行く、みたいな話だったような気がする。傘が英語でパラソルからの語源から来た的な」

 

「…………ああ、うん。そう、きたか……」

 

 物凄く微妙な顔をされる。

 

 ……アレ、間違ってた? と訊ねてみると、顔を横に振って否定する。

 

「ううん。いや、所々おかしいっていうか、語源の方が、ああ、って感じがあるというか。……大きく間違ってはいないよ」

 

「……正直、コレって『だから何だよ』って感じなんだけど。そりゃあ傘だから別方向に開いてくれないと使えないって話じゃないの?」

 

 自分で話しておいてなんだが、話としてはそんな感じの感想を抱く。そんな頓知みたいな話されてもな。昔話の和尚さんじゃないんだから、だから何だよ、って話を聞いた時に思って、説明してくれた人も今の朱月ちゃんと同じ顔をしてた。

 

 ……アレ、誰だっけな? もう覚えてねえや。確か、白と黒の特徴的な髪の毛をしていたことだけは覚えている。

 

「まず解釈としての傘は例えと、語源だから深く考えないでね」

 

 と、お馬鹿な小学校中退野郎にも、懇切丁寧に優しく教えてくれる女教師、朱月先生。

 

「まず、夜名津君が昔に起こった事故で入院していたって言っていたじゃない? もし、それがなかった世界って想像できる?」

 

「いや、全然。アレがなかったら、ここにいないし、朱月ちゃんから情熱的なキスはなかったぜ」

 

「~~~っ」

 

 また思い出したのか、顔を紅くしながら「か、からかわないで!」と怒ってくる。

 キスの件はどうでもいいとして、少なくとも百鬼夜行がなかったなんて到底考えられん。

 

 折角、あんな愉しい戯びを体験したんだ。なかった、なんて絶対にしない。

「さ、郷村家の霊能力はそういう能力なの。そのあったかもしれない世界を視て、観測する」

 

「ふ~ん、それって面白いの?」

 

 いまいち面白さが分からない。今の例えだと、百鬼夜行を体験しなかったってことになるが、そんなことされても繰り返すがそうなっては困る。

 

 すると困った顔をする朱月ちゃん。

 

「う~ん、面白いかどうかあんまり問題ではないんだけど。じゃあ例えば、とある病気がかかった時に今の医術では治せないとしたら?」

 

「治癒特化の霊能力者でも探す」

 

「……あ、うん。そういうことじゃなくて、もし、その病気の治せるような薬とか医術が存在する世界があったらって思ったりしない?」

 

「しないけど」

 

「…………」

 

 滅茶苦茶困った顔をされる、まるで出来の悪い生徒にどうすればクラスの皆と同じレベルまで上げられるのか、とそう悩んだ顔をしている。昔の担任にそっくりだ。……ゴメンね、頭が悪くて。

 

 少し申し訳ないと思ったのでこめかみをグーで叩き、ポンコツな頭を働かせる。

 

「……もしかして、選択肢があったらこっちを選べば強い奴と闘える。こっちに行けば強い道具を手に入れられる的な話?」

 

「そう、そういう話!」

 

 話から出て来た情報を自分の頭でも理解できるように照らし合わせた例えを出してみると、朱月ちゃんは、百点花丸をあげたい、と言わんばかりの喜びようで頷いてくれる。

 

「そういった選択肢があって、選らんだ方が現実だとして、選ばなかった方が、私たちの能力で観ることができるってことなの」

 

「なるほど、それはなんか面白そうではある」

 

 というか、それなら使い方次第でだいぶ強い能力にならないか? 単純な力押しのタイプよりもあの手この手で仕組んでくる技巧派や特殊な型といった類。溟さんや朱月ちゃんの身体つきや普段の様子からしてあんまり強そうに感じなかったが、能力としてかなり化ける。

 

 異能者ってのは、こういうのがあるから面白くて愉しい。

 

 戦ってみたい、と気持ちが昂ってくるが彼女たちは守護対象なのでその気持ちは宥めつつ、話を戻す。

 

「で、そんな強い能力なら結構重宝されるじゃない? なんで廃れたの?」

 

 廃れた、とはまた違うんだけど、と突っ込みを入れつつ、その表情は真剣で、少し暗くしつつ語る。

 

「〝蒼碧〟との相性が良かったの」

 

「霊能力者では扱えない代物じゃなかったの?」

 

「そう、霊能力者でも扱える代物ではないのに、郷村家のチカラは〝蒼碧〟のチカラを通して視る事だけはできたの。この世界線とは全く異なる世界との情報を抜き取ることができた」

 

「それっていいことなんじゃないの?」

 

 頭の悪い身としては分からないが、頭がいい連中とか、例えば歴史家だとかテレビのサイエンス系をやっている連中的には手放しで喜んで重宝されそうなもんだと思える。それで科学技術だったりなんだったりがだいぶ進化したりするんだろうか? よく知らんけど。

 

 簡単に、便利そうでいいじゃん、と軽く言うのに対して、朱月ちゃんはそうなんだけどね、と口では言うがその顔は穏やかなものではない。

 

「確かにチカラとしてとても有能だけど、同時に危険視もされたの。そんな世界の常識を、宇宙の法則ですら塗り替えないチカラなんて放っておける代物じゃないもの」

 

「ああ、そういうこと」

 

 所謂、禁忌指定されたってことか。詳しくは知らんが、霊能力には禁忌指定といったものがあるらしい。

 

 災害級、都市の壊滅や、大陸を大きく揺るがすほどのチカラは禁忌指定とされ、封印あるいは制約を儲けられるという。百鬼夜行もそれに分類される。

 

「でも、朱月ちゃんは蒼碧を使える自体変わりはないんだな。それでここに来たり、命助かったわけだし」

 

「いえ、どっちかというと、普通の人よりも耐性があるって感じかな? ここへの空間術が成功したのも、き、キスで夜名津君を助けられたのもどっちかというと賭けや偶然っていうか」

 

 たどたどしく後ろめたそうな感じで後半はキスのことを思い出したのか、モジモジとしてはやがて、何か思いついて振り切ったようにしてこちらへと視線を向けて強く言ってくる。

 

「だから、あのキスは…………そう、人工呼吸!! 救命活動なの!?」

 

「なんだ、残~念(じゃ~ねん)。ベロチューして貰ったからには男らしく結婚でもするべきか考えたんだけど、その反応見る限り朱月ちゃんの旦那にはなれそうにないね。本当に残念」

 

「え? え? え?」

 

 目をぱちくりさせて、耳に入った言葉を頭の中で反芻するかのような反応して、両手を頬に当てて体を反らして何かブツブツと言い出し始めた。

 

 まあ、大体の事情分かってきた。溟さんが狙われたのは〝蒼碧〟に耐性なり、霊能力的に利用ができると判断したってところか。

 

 ここに来る条件があのワープ使うことは、つまりは蒼碧が使える、耐性がある人間しか来れないってことが条件ってことになるからだ。

 

 おおよその敵側の事情を把握しつつ、薄暗い最低限の照明がされた通路を歩いていると、先の方から何かがくる気配を感じ取る。

 

「朱月ちゃん」

 

「は、ハイ!!」

 

「少し下がって。敵の団体様が起こしになりました」

 

 迫りくる黒い防護服の集団。この施設の戦闘員なのか、握られている武器は槍や棍棒やら銃火器といった物騒なもの。

 

 腰にぶら下げていた《ゲーハード・ギア》を取り出し操作しては、霊力で成形された大剣と化しそれを握りしめる。

 

 さあ、愉しく戯ぼうか。

 

 

× × ×

 

 

 俺達は仏霊会近くの公園までやってきた。

 

 商店街で出会った彼女達から話を聞き、母親が連れ去られてまたそれを追った俺達と同い年くらいのその母親の娘と居候の男の二人が後を追っていたと。その方向は仏霊会の方だと。

 

 ユイにはその場を任せて禮とともに俺達二人でここまでやってきた。

 

「で、どうする旦那? 仏霊会の近くでいざこざありゃあ連中が黙ってないと思うが」

 

 仏霊会は護血軍とは違う系統の独自の組織。怪異や異能使いの犯罪者を退治することを専門の戦闘集団の集会場。

 

 そんな連中が集まっている近くへと逃亡していった犯罪者など間抜けでしかない。だが。

 

「ここに来たばかりの地理知らないバカならともかく、その誘拐犯まさか仏霊会の人間は共謀しているってことはないよな?」

 

 禮が怪しむようにして不吉なことを言ってくる。

 

 この犯人が仏霊会と何か関りのある人間あるいは共謀しているという疑惑。仏霊会の職員がそんなことしているとは思えないが、所属している異能者のみの話だけだと否定し切れない。

 

 怪異や犯罪者に対する戦闘の専門家か、というのは聞こえがいいが、ようはフリーターだ。本当に街や都市を護りたいと思っているなら護血軍に入ればいい。そういった縛りがないことで好きに暴れて、活躍したいといった荒くれ者連中。

 

 普段は社会貢献としての面子もあって大人しいが、時たまに問題事や騒動を起こすことだってある。今回の事件もそういった類か。

 

「まだ何も迂闊に判断はできない。仏霊会の所属の異能者達が何かトラブルを起こしたか、深淵卿のこともある」

 

「この事件は深淵卿が絡んでいる、と旦那はそう思うんかい?」

 

「ああ、この事件に、街で深淵卿が存在しているという噂、タイミングとして色々と出来過ぎている。仏霊会の連中がどうのよりもよっぽど繋がりがあると思っていいだろう」

 

「出世したいだけで何でもかんでも物事を繋げる、何たらの誤謬ってこともあるぜ」

 

「禮」

 

「あ~、悪かったって」

 

 いつもの調子で茶化してくる禮に対して、今はいないユイに変わって窘める。禮は両手を上げてやれやれといった調子で反省のない謝罪の言葉を告げてくる。

 

 仕方ないヤツだと呆れながら指示を出す。

 

「禮、この辺り一帯を探知してみろ。おかしな集団や何か」

 

「あいよ、仰せのままに。―――血器〝槍土竜〟」

 

 腰元に下げていた数本の鉄の棒を取り出しては、最後に先端に土竜の鼻を思わせるような不格好ながらも鋭く重そうな刃先をした槍が出来上がる。コレが禮の血器である、槍土竜だ。

 

 刃先を地面に這わせてまるで匂いを探っている土竜を連想させる下段の構えを取る。

 

「嗅ぎ付けろ!!」

 

 叫ぶと、まるでその言葉に意思を以って答えるかのようにし、土竜の鼻を思わせる刃先は赤く、血のように反応する。

 

 禮は両瞼を閉じて、槍土竜から伝わってくる情報を読み取ることに集中する。

 

「ここら一帯、公園内から約二〇メートル範囲におかしな気配はなし、人間は俺らを含めた十一人。東側に四人でガキが遊んでいやがる。北側に女が一人、ただの散歩かなんか。南西にこれまたガキ共。こりゃあ、ただの学校からの帰宅コースだな、どんどん離れていく。西側の奥のベンチにも男が一人佇でいる。ただの酔っ払いか無職になって家に帰れず時間でも潰しているヤツなんだろよ」

 

「最後のはやめたれ」

 

 単純に待ち合わせしていて佇んでいるだけかもしれないだろうが。

 

 余計な一言はともかく、伝えられた情報を照らしてみるが、周辺には子供達だけで公園自体は特に何か異常がある様子ではない。

 

 というか、犯人はここを通り過ぎたか。これ以上先は都からは離れて外に出ることになる。そうなれば追跡も難しくなってくる。

 

 どうするべきか、と思考を回していると、ん? と禮が何か気付いたような反応をする。

 

「なあ、旦那。こんなところにパネルなんてあったか?」

 

「? いや、なかった気がする」

 

 言われて指を指された方へと視線を向けると、そこには電子案内板が存在した。確かに、この公園にこんなものはなかった気がする。

 

 電子不良を起こしているのか、チカチカと点滅している。

 

 何となく、タッチパネルでも軽くて触れて操作すれば直るのでは? と考えてそっと触れてみる。

 

「―――っ!?」

 

「どうした? 静電気か?」

 

「いや違う! コレは、……なんだ?」

 

「? 旦那?」

 

 タッチパネルを触れた瞬間、全身に怖気が奔るほどのおぞましい何かを感じ取った。今この場から逃げ出したいと思えるような、本能的に逆らっても敵わないと痛感させられる、ナニか。

 

 俺の普通ではない反応ではないと思ったのか、疑問符を浮かべながら俺と案内板を見比べつつ、好奇心や興味本位というよりも「触れば何かわかんのか?」といった浅はかな軽い調子で手を伸ばそうとする。

 

「馬鹿、触れるな!!」

 

「―――!!? うへぇ!? なんじゃコレ、気持ちわりぃ!」

 

 俺の忠告は一歩遅く、もう既に手を伸ばした禮はパネルへと触れると瞬間、俺と同じものを感じ取ったのか、顔を歪ませて仰け反って距離を取る。

 

「静電気なんかじゃねえ。なんか、もっと別のやべぇ何かだ!」

 

正解(しぇ~かい)デェ~ス」

 

 禮が叫ぶのに対して俺達の背後から嘲笑うかのような答えが返ってくる。反射的に振り返るとそこには一人の男がいた。

 

 何も描かれていない真っ白なお面を被ったシロとクロの髪をした男。歪な黒紫の衣服を纏い、独特で禍々しい雰囲気を放っている存在。

 

 俺はすぐさま腰に携えてある愛刀の天之命を抜き去り、禮も槍土竜を構えて最大レベルでの警戒をする。

 

 全く気配がなかった。いや、それどころか禮の探知に全く引っかからなかっただと!?

 

 禮の槍土竜の能力は半径五メートルから一〇メートルの範囲ならば自動で探知ができる代物だ。不意打ちや今のような背後から話しかけてくるといった行為は無効化できる。

 

 さらにはさっきの禮の情報では男の存在は西側のベンチにいるという存在らしい。ここからそこまでの距離は一瞬で来れるような距離間ではない。

 

 何者だ、コイツ!

 

「ま~たまった。別に敵ではないよ、(ぼかぁ)ね。協力者だよ、協力者」

 

「……協力者、だと?」

 

 仮面の男は両手を上げておふざけ調子に協力者だと告げてくる。

 

 禮とアイコンタクトを送り合い「どうする?」「俺が話す」と短く会話をしあってから仮面の男へと視線を向け直す。

 

「協力者とはどういう意味だ? 最低でも所属と名前、それを証明できるものの提示しろ、でなければこちらからは何も信用ができない」

 

 素性の分からない相手を信用するほど俺も馬鹿ではない。何か身分を証明できる代物がなければ信頼せず、最悪拘束するつもりでいる。

 

蒼空苑正一(そらぞのしょういち)。名乗れる名前はそれだけかな。所属は」

 

 と、空へと向けて指一本突き立てて告げる。

 

「ソラよりさらに先にいる眠る王に従えている者の一柱」

 

「……何をふざけたことを言っている!」

 

 明らかに人を小馬鹿にしたような言い方、だが、心の内でどこかコイツが言っていることは嘘ではないことが分かる、ヤツが放つ不気味な雰囲気がそう思わせる。

 

 一重にカリスマ性というやつか。初めて会ったばかりの奴のはずなのに、どことなく人を引き寄せるような、従わせるような風格を仮面の男に感じさせられる。

 

 それに呑まれないように言い放つ。が、「まあ、ボクの事はどうでもいいじゃないか」とヤツはあっさりと自分の正体については言葉通りにどうでもよさけに投げ捨てて、数メートルあった距離を歩んできては電子案内板へと手を触れる。

 

「待て、それに触れ―――!?」

 

 水知らぬ人間とはいえ、一般人が今あのおかしな電子案内板に触れさせるのは危険だと思い、止めようとするも突如として電子案内板は真っ黒な異空間へと繋がる穴へと変わる。

 

「郷村朱月程度でも通れるくらいのガバガバだからねえ。ま、ざっとこんなもんよ」

 

 何か意味深な言葉を呟いてはこちらへと得意気な声色で語ってくる。

 

「この先に深淵卿と君達が探している人間がいる。通っていいよ。だけど残念ながらもこのゲートはお一人様限定。唯曇千寿君のみ通過可能デス♪ そっちのお兄さんは一緒に行った場合は(デス)デス!」

 

「おい、どういうことだ!? なんで旦那だけで俺は通れねえ」

 

 禮は自分が通れないことに対して喰ってかかると仮面の男は告げてくる。

 

「それは君が劣等因子だから」

 

「……っ!!」

 

 その一言に禮が何とも言えない、これ以上もないくらいにショックを受けた表情を取る。

 

 絶対に覆させない生れ落ちたことで決定付けられた血継として位。普段はおちゃらけていて、縛りがなくていい、と何ともないような態度を取っていた禮だが、やはり気にしていた。

 

 禮は顔を落として歯を食いしばって、悔しそうに拳を握りしめる。

 

「な~んて、冗談冗談。ぶっちゃけとさ、コレ、普通の人間……あ、異能者って意味も含まれているのね。普通の人間ってコレ通れないの。こっちで上手い具合に調整して唯曇千寿だけは通れるようにしただけだから」

 

「……は?」

 

 仮面の男は冗談だと、血統としての因子は関係なく、単純にこの男の術では俺一人しかこの異空間の穴は侵入できないのだという。理屈は分からないが、そういう術だと言われればそういうものだと受け入れるしかない。

 

 異能のチカラとはそういうものだ。考察できる代物もあればそうでないものも存在する。

 

 怪しい男だが、深淵卿や俺達が追っている人物達の行方の方が今は優先すべきだ。そう考えて刀を収め、業腹だがこの男のチカラを借り受けるとしよう。

 

 だが。

 

「一先ずお前のことは信じるが、―――俺の相棒を侮辱するのは許さねえぞ。謝罪の言葉を」

 

 俺は男に対して強く睨みつける。仏間学園の生徒や唯曇家の人間としての立場がなかったら襟首捕まえて殴っていた所だ。

 

 向けられてくる眼力に受け止める仮面の男は楽しそうに告げてくる。

 

「……君は変わらないね、どの世界線でも。彼が気に入るわけだ」

 

「?」

 

「君、ごめんね。心無いこと言ってしまって、君達にとってデリケートの問題だ。配慮が足りなかった心から詫びる」

 

 意味深な訳の分からないことを呟く仮面の男。何の話だ、と問い詰めようとするけどそのまえにのらりと躱されて俺が言った通り、禮へと向かって頭を下げて謝罪の言葉を告げる。その動作は品格のある貴族のような優雅なものだった。

 

 禮も「あ、ああ。別に気にしてない」とその謝罪を受け取り、何ともないと告げる。

 

「禮、槍土竜を」

 

 俺の言わんとすることが分かったのか、禮は槍の土竜の鼻先を思わせる切り口を向けてくる。俺はその部分を指先で少し切ってはその血の味を染み込ませる。

 

 これで俺がこの穴を通った場合、異空間で形成された場所でない限りは禮のチカラで場所が特定、追跡が可能となる。

 

「禮ここは任せる、しっかりアイツを見張ってろ。槍土竜で位置を特定できたらすぐに学園にも仏霊会でも護血軍にでも連絡を入れてくれ」

 

「ああ、分かった、気を付けろよ、旦那」

 

「ああ」

 

 そういって俺は真っ黒な異空間へと突入していく。

 

 

 その中は―――〝蒼碧〟で出来ていた。

 




※捕捉説明兼設定上あるんだけど、話の中で上手く入れられずに少し説明を省いた設定について。

第六感(シックスセンス)』について。

 この世界の人間、異能者は五感の他に、未知のエネルギーの感じ取れる『第六感』が存在し、それによって超常現象たる特殊能力を発動することができます。
 我一や朱月の場合は『霊感』を持ち、霊力関連のエネルギーを感知してそれをコントロールして能力と開花させることができる。

 また第六感の異能者の他に、一部では五感を極めた『技術者』が存在する。
 『技術者』についてはまた今度、作中でやる予定です。
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