『ちょうどいい、目を覚ましましたか、郷村溟さん』
郷村溟が目覚めると、彼女が数日前に予知した通りの機械音声が聞こえてきた。手足から肉体の自由の感覚からして拘束もされていないことで確信する。予定通りの√に入ったのだと。
軽く周囲を見渡すと、照明に照らされた明るく白い部屋。場所は快適なベッドとソファや冷蔵庫といった類の品々、生活するだけならば十分にいい部屋だった。
そこに異質の黒い宇宙服のような恰好をしたヘルメットの男か女なのか不明な存在がこちらへと向いている。
その存在を目に捉えては安堵の息を漏らす。
「ふぅー……よかったわ、まだ何もされてなくて。大人しく捕まったかいがあったわ。あなた、交渉する前に手を出すことが多いんですもの」
『? …………ふぉ、ふぉ、ふぉ、そうですか、なるほど』
明らかに不自然な言動に宇宙服の存在、深淵卿は疑問に思ったがすぐにどういう意味なのか察する。
『それがあなた達、郷村家一族の《無限鏡》ですか。実に良いチカラです』
「ただの予知占いよ」
落ち着きしつつも興奮気味の機械音声で讃えてくれるが、溟は大したことではないと言うように体制を直して足を組みなおす。
『では、この予知を視て、あなたは一体何を交渉するおつもりなのでしょう? そちらはこちらの目的は知っていると思われますが、残念ながらこちらはあなたの目的が分かりません。交渉するならばちゃんと釣り合うメリットの提供を』
真摯な態度かつ同時にこちら側が優勢である立場で崩さない。むしろ彼女の言葉によって確信してしまった。彼女は交渉しなければ何をどうしようとも自分が有利であること。
故に彼女がどんな交渉を持ちかけてくるのか、深淵卿は非常に興味深くてたまらないのだ。
溟はふぅー、とまるでたばこで一服入れたような嘆息をしては目を瞑る。その表情はどこか楽しそうな、まるで待ち望んでいた楽しみなことがもうすぐ訪れることを待っているような表情だ。
「……今の私の夢はね、初孫を視ることだけなの」
『初孫、ですか』
ポツリと語り出す。告げられた言葉に深淵卿が訊き返すようにして繰り返すと、ええ、頷いて肯定する。
「もうすぐ三十後半。夫に先立たれて愛する娘が三人で長女はもう結婚できる歳、次女ももう産める身体、三女に関しては男の子に興味を持つ年頃。娘達もいい加減好きな人ができてもいい頃ね。特に朱月。あの子は今素敵な婿様が現れたわ」
彼女はつい昨日やってきた一人の男の子を思い出す。
「母親として娘の恋路を応援してあげたいわ。そこを突き進んでいけば、欲を言えば初孫を見たい、ってそう結論が付くものでしょ?」
『……初孫を見たい、とは霊道師の家柄をちゃんと引き続けたかどうか確認したい、と?』
溟の言葉に冷静にそう結論付ける。
落ちぶれた家柄とはいえ、元は役割を与えられるほどの由緒ある霊道師としての家柄の人間。ならばその血を、その霊道を子孫に引き継がせたいと考えるのは霊道師ならば当然だろう、と深淵卿は認識する。
が、その言葉を放った瞬間、大きく笑い出す溟。その笑いは全く見当外れだと告げている。
「馬鹿ね、これだから研究者は。ただ単純に孫の顔を見たいという親心よ」
『なるほど。コレは失礼。なにぶん独身なもので』
霊道師としてではなく、ただの人間として、母親として、娘の子供を見たい、とごく当たり前の事柄でしかなかったのだ。
そのことに驚きつつ、納得する深淵卿。
溟は腕を組み直し、姿勢を正しては深淵卿へと真っ直ぐ視線を向ける。その瞳は少しだけ残念や未練、あるいは不安そうなものだったが、確かに覚悟を秘めた強いものを感じ取れる。
そして、彼女は告げる。
「私の左目と子宮、そして霊能力をあげるわ、だから私の命を生かして帰してちょうだい」
彼女はこの予知を視た時から決めていた、覚悟をハッキリと口にした。
左目と子宮、そして霊能力。その三つを渡す代わりに自分の命を助けてくれ、と、そう懇願するのだ。
深淵卿はその言葉に対してすぐに反応を示さない。まだ何かあるのでは、とそれを探るような視線。溟は、隠し事はない、と肩を竦めて懐かしむように、将来に期待するような遠い目で続けて語ってくる。
「生かしてあの子達所に帰れるなら差し上げるわ。ただし両目は上げられない。片眼だけ。初孫の顔を見るために最低でも片目は必要。子宮はもういいわ、この世で一番愛した夫に先立たれた以上もう必要ないもの。霊能力も別に今見た限り、ここを乗り越えれば無事に初孫を見るまでは生きていられそうだから必要ない。こんなもの普段天気占い程度にしか使えないもの」
その言葉を受けて、本当にそれだけなのだと理解するには十分だった。
深淵卿は高らかに機械音声で嗤い、彼女の覚悟を称賛する。
『素晴らしい。同じ異性として、敬意を払い、提供してもらえる二つの臓器と能力のみで、あなたの命と自由を《深淵卿》の名を以って保障します』
「え、あなた女だったの?」
意外なことに目の前の宇宙服の性別は実は女だった。そのことに驚きのあまり着飾りもない素の反応で返す。
『ええ、まあ、元ですが。……おや? この回答は予知しておいたものでは?』
明らかに不自然な驚き。ここまで霊能力を以って視てきたはずの彼女がこの会話のやり取りを既に知っていてもおかしくないというのに、彼女は全く知らなかったという反応。
ああ、と溟は対したことではないわ、といった調子で説明する。
「予知と言っても完璧な未来を見通すわけではないわ。でなきゃ未来を変えられないもの。私が視れるのはおおよその流れだけ。確定した未来は変えられないけれど、不確定の予知だからこそ未来を変えられる。郷村家はこのチカラの性能を上げるよりも落とすことが目的としていたわ」
でなければ上がおっかないもの、と冗談めかしに告げる。
話された内容に対して深淵卿はなるほど、と深く興味深く頷いた。
郷村家の霊能力は、鏡合わせの世界線の視認。物体に対して鏡を別の角度で映せば同じものでも異なる存在になるような、ちょっと違う世界線を映し出すというもの。鏡が映し出すだけの無数に存在する世界線。
予知による改変可能の未来と、完全なる未来視による不変の未来。そうならないためにも術の完成度を落として、仏霊会から役割を外された一族。
もし完成されたならば、基準となる世界が今この事象ならば、郷村家の能力で幾つもの世界線を全て統一させることも可能ということになる。
そうなればこの宇宙の法則は一体どうなるか。
ある意味、深淵卿の目的の一つはそれだった。
事情は分かった。条件と別にこちらとして不都合はない。できれば郷村溟をモルモットとして生死関係なく手元に置いておきたいと考えたが、必要な代物三点を提供されれば生きて帰すことは約束しよう。
ああ、特に子宮はいい。これさえあればまだ
ヘルメットから伝報が走る。現在、この基地で起こっている異変が知らせられる。ゆっくりしてはいられないようだ。
『では、申し訳ありませんこちらへ。急ぎましょう。上が何かと騒がしい様子です』
身体の向きを変え、部屋の外へ行くように手を差し出す。早速左目と子宮、そして霊能力の摘出手術を行おうというのだ。
その事を知っている彼女は余裕をもって起き上がり応える。
「知っているわ。自慢の婿様ですもの。あまりにも遅いんで心配で迎えに来たのでしょう」
『ええ、そのようですね。代士では相手にもなりません。もう少し時間が掛かるので、別のお方にお相手してもらいましょう』
深淵卿はヘルメットの内部操作で我一に対して、ブルーレイブN.T.を送り込むように指示を出す。
溟は楽しそうに上品に笑いながら語ってくる。
「ふふふ、お手柔らかに。ウチの婿様は自称チョー強い霊能力者よ。相当強い人じゃないと、手術中にやってくるわよ」
『それは怖い。ならばこちらは異世界から召喚された勇者を送り込むとしましょう。その方が悪の魔王であることを祈りましょう』
深淵卿も笑って返す。
深淵卿は溟の命は保障したが、その婿と呼ばれている我一や一緒に来た娘である朱月の命までは何も約束も交渉もされていない。だからブルーレイブN.T.が彼らを殺してしまって何の問題もないのだ。
溟が望んでいた初孫を見れなくなっても知った事ではないのだ。
そして、未来改変のためにおおよその予知しかできていない溟には我一が来ることが分かっていても、朱月が来ること自体予知してなかった。
二人は部屋を出て、歩みを進めていく。その胸の内に秘めたものを隠しながら。
『とっても痛いですよ、子宮に左目、そして霊能力。子宮は女性として、目玉は人として、霊能力は霊能力者として、まともに生きていけなくなるんですから』
「なら、最初からここに来ないわよ。私が死なずに生きて、初孫の姿が視れる可能性があったのがこのルートだっただけ」
『それはそれは。やはり、郷村家秘伝霊能力《無限鏡》は興味深く、現状において〝蒼碧〟を制御させるには必要不可欠なもの』
機械音声ながらウキウキとした声色の深淵卿は待ち望んでいた代物が手に入る乙女のような明るさ。それに対して溟は、蒼碧ねぇ、と心底理解しがたいもの、あんなものに一体何の価値があるのやら、という内心を隠そうとせずにこう告げてくる。
「私達の一族は結論として〝蒼碧〟はどうでもいいのよね。ええ、〝蒼碧〟を得ても本当に欲しいものは手に入らなかったって言い伝えられたし。実際視てみてそうだったわ」
『ほう、それはそれは興味深い。一体郷村家の人間は一体どういうものが』
「愛する人の心よ」
間を置かずにあっさりと当たり前だと言わんばかりの強い口調で言い放つ。
『それはロマンチストですね。同じ乙女として好感が持てます』
「ええ、蒼碧を使ってどれだけ別の世界線でも視尽くしても『愛する人と結ばれる世界線が存在しない』って理解った以上、そんなもの何の価値もないもの」
『………………』
流石の深淵卿も予想外の過ぎる台詞に言葉を失った。
無限に等しい、合わせ鏡に映る鏡の世界線でありながら、その中ですら存在しないとされたそれ。
愛する人と結ばれることのない世界しかない。
「だから郷村家は別の方へと霊能力のチカラを尽くしたわ。おかげで愛しい人と結ばれることができたわ」
郷村家は代々女家系。生まれてくるのは女のみ。
そして郷村家の人間は蒼碧に興味がない。仏霊会から禁則が掛かったからではなく、そもそも興味がない。
彼女達の興味はただ一つ。
愛しい人と結ばれること。
ただそれだけなのだ。
「異常に見えるかしら?」
その問いはおそらく普通の者からが聞いたらおぞましく思えた質問だろう。
語りかけてくる彼女自身一切おかしないことはないわよ、と無言の圧力をかけてくるのだから、誰が何と言おうと覆しようもない暴言なのだから。
『いえ、何も異常なことはありません』
深淵卿は肯定した。
彼女の放つ圧力に屈したわけではない。むしろその逆だった。
『人は恋をし、愛を以って突き進むものです。形は違えど、私もあなたと同じようにとあるものにどうしようもないくらいに恋に落ちたが故にこうやって日々生きているのです』
そう手を広げて恋焦がれる少女のように機械音声で謳う。
彼女もまた溟と同様だった。
恋するが故に狂ってしまった存在。
恋したがために、それをどうしようもなく欲してしまった存在。
恋したがために、全てを賭けてしまった乙女なのだ。
溟の言葉に、深く深く、共感した彼女はまるで少女の頃の親友と恋バナでもするようにして告げてくるのだ。
『恋する乙女は無敵ですから』
「ええ、好きな人に振り向いてもらうためなら女の子はどんな努力だってするもの」
彼女達は幾つになっても変わらない、恋する乙女なのだ。
―――愛を知らない、悲しき怪物達。
× × ×
「〝ゲェム・ブレイク〟!!」
解き放つ白刃の霊破衝は前を立ち塞がる黒い防護服を着た連中へと襲い掛かり次々になぎ倒していく。
「よし、もういいぞ朱月ちゃん」
一先ず第二波を片付けて、周囲に生き残りがいないことを確認して背後に隠れていた朱月ちゃんとボディガードとして召喚したノンヘイが顔を出す。
う、うん、と朱月ちゃんはおずおずと周囲を見渡しながら駆け足でこちらへと近づいてくる。
「夜名津君は平気?」
「ああ、一発もくらってねえから平気。随分とザルな警備員だ」
まるで歯ごたえがなかった。
……なんというか、人間というよりも人形って感じだ。
「夜名津君のあの技って破道の〝斬刃〟派生の能力?」
「ああ、〝ゲェム・ブレイク〟。まあ、ぶっちゃけ、ただの威力の強い霊破衝だからな」
霊術には基礎の三道技と呼ばれている『力道』『破道』『成道』の三道が存在する。『力道』は霊力の身体能力向上、『破道』は霊力を放つ霊破衝というもの、『成道』は霊力で武器や道具の形を造る技術。
どれも霊力をコントロールする技術によって成り立つことで『霊術』と呼ばれている。
必殺技として放っている〝ゲェム・ブレイク〟はその破道系の技をただ単純に剣から放つ出力を絞って放つ技として使っている。
ぶっちゃけっていうと、朱月ちゃんの言う通り基礎の型からの発生だから剣がなくても出そうと思えば出せる。型としての威力が落ちるが。
朱月ちゃんの視線は手元へと移る。霊力による剣の形成が消え、ただの端末となったそれを見る。
「このゲーム端末も市販の物じゃなくて、夜名津君が自分で成道から?」
「そう、これ《ゲーハード・ギア》は成道から作った」
見せびらかすようにフリフリと端末を振って見せる。成道という霊力の形成で具現化したこの端末。
この手の道具を主軸にする能力は、実在する道具を霊力込めた『込道』によるアレンジか、自らの霊力で一から成形して具現化する『成道』の二種類が存在する。
「コイツを使った霊能力が《
「ゲームスタイル……放つときの霊力が白くなるのって……夜名津君の属性は金?」
能力名を繰り返しながら、朱月ちゃんはさらに踏み込んでくる。〝ゲェム・ブレイク〟の時に気になったのか、属性を言い充ててくる。
霊力としてオーラ色は基本的に青白いもの。だが、その色合いは基本的に表向き、霊力としてのガワだけもの。真の霊力の真価として人間には魂として色の五種類の属性、五行が存在する。
木、火、土、金、水の五行。正式には陰陽五行というらしい。
で、〝ゲェム・ブレイク〟を放った時に霊力が白くなったことから朱月ちゃんは属性を金だと当て嵌めたのだ。
「いっぱい聞いてくるね、そんなに知りたい? 将来の旦那様になる存在のこと」
「か、からかわないで! ……でもゴメン。霊力の属性まで聞くのはマナー違反だよね」
少しだけ顔を紅くするもすぐさま冷静さを取り戻して、霊能力の属性まで見定めようとしたことを謝罪してくる。陰陽五行の性質を加えた霊術こそが霊能力の本質。属性を言い当てるということはそれが弱点となり、そこを責めてくるのは戦いとしては普通。
金行は火行に弱いため、火行系の能力で責められたらこちらは大変愉しい……いや苦しい戦いを強いられることになるだろう。
今のところ、朱月ちゃんと戦う予定はないが。
しかし……少しなれ始めたか。結婚や旦那ネタでからかっていたがそろそろフリーズせずに落ち着いて冷静な対応できるくらいにはなれ始めてきた。このままではいかん。こっちは常に誰かをからかっていないと落ち着かない性分、飽きられる前にちゃんと新しいことを更新していかないと。…………あ、思いついた。
静かになる朱月ちゃんに優しく微笑みかけて一歩だけ近づきながら口を開く。
「別にいいけど、朱月ちゃんになら……何でも教えてあげても」
彼女へ誘うようにして視線を向け、挑発するように言ってみると「あ、えーと」と戸惑った反応し、何か言いかけるがその前に彼女へと接近しては手を取って優しく強引に軽くよせる。きゃ、と小さな悲鳴を上がり、引かれた彼女との顔と顔が接近する。
「どんな能力で、どんな霊力で、どんなものが好きで、どんなものに惹かれて、どんな女の子が好みか、そんなにいっぱい知りたい?」
「え、えーと、……よなつ、くん? そ、その、か、顔近、いよ」
「ダメ?」
紅くなってキョロキョロと目が泳ぐ彼女へと甘えるように捨てられる子犬のような声色で言い返す。
「ダメじゃない、けど……そのぅ、えーと」
駄目ではない、とその表情は不安と羞恥のそれだが、その瞳には何か期待するようなものを宿っている。もう一つ押せばあっさりと崩落しそうな状態だと思い、とどめの言葉を言い放つ。
「夜名津我一のことを、郷村朱月は知りたいですか?」
「……………………はい」
数秒と満たない間だったが、おそらく彼女にとって何分にも感じただろう、顔を落としながらも深く頷いた。「じゃあ、目を閉じて」と言うと、さらに顔を紅くしながらも大人しくそれに従っては唇を差し出してくる。潤った柔らかそうな唇。
そっと優しく肩へと抱き寄せては―――
「お・し・え・な・い♪」
耳元で囁いた。
驚いたように背後へ飛び退いては、ふへ? と耳元の息を吹きかけられた感触にぞわぞわしたのか囁かれた方の耳を抑えては、何があったのか困惑した視線をこちらへと向けてくる。
その様子ににんまりと笑っては何事もなかったようにして踵を返した。
「ほら、さっさと行こうぜ、溟さんが待ってる」
「~~~っ、…………!」
からかわれたのだと気づいた朱月ちゃんは声にならない悲鳴でシャーと借りて来た猫のような怒りを露わにしている。その様子が可愛かったのでもう一つおまけの爆弾を解き放っておく。
「じゃあ、一つだけ真実を教えるわ。今のところ一番好きな女の子は朱月ちゃん。これは嘘ではない」
「なっ! ……そうやってからかうのをやめて!!!」
そんな感じで愉しく通路へと進んでいくと、分かれ道、いや一本道か。本来なら通路が三方向に分かれた道筋だったのだが、二つはシャッターが下りて道が塞がれて、右の方の通路しか通過できそうにない。
それを見て立ち止まって口にする。
「明らかに罠だよな?」
「だよね」
朱月ちゃんも肯定する。通路を塞ぎ、一方の道だけを進ませようとするコレは明らかな罠への誘い。
愉しめそうな面白い罠だと助かるんだが、と内心で思うが、同時に邪魔な……守護対象の朱月ちゃんがいるので下手こともできない。一応、確認をとってやめておこうと言われたら、〝ゲェム・ブレイク〟でもう二つの道をどちらかをぶち破って進めばいいか。
「とりあえず行くけどいい?」
「うん、大丈夫」
あっさりとこちらへの信頼なのか、進むことに否定はしなかった。許可を得たので進むことにする。
進んでいき、数分ほど歩いたら重々しい如何にも言わんとばかりの大きな扉が存在した。この先に進めばその罠が潜んでいることが予想される。
「ノンヘイ、お前はしっかり朱月ちゃん護ってろ」
『わかったよ~』
さっきからずっと召喚しっぱなし(先ほどのやり取りも生暖かい目で眺めていた)のノンヘイはいつものゆったりとした口調で応答する。
ノンヘイのガードなら大抵の攻撃は防げるから朱月ちゃんに関しては気にせず、こっちは構えている罠を十分に愉し……対処することにしよう。
ドン! と扉を蹴り飛ばしてぶち開ける。
開け広げられた扉の先は、陸上競技場だった。
「…………あ~、なんじゃこりゃ? 流石に予想外だわ」
「陸上の、競技場?」
それぞれ困惑して口にする。周囲を軽く見回してみる。大きな楕円の緑を中心にし、その側面は茶色の大地に白いラインが描かれたトラック、更に囲み込まれた客席。室内であるはずが天井は青い空が広がっており、陸上大会日和。
ここに侵入してくる前に昼がだいぶ過ぎてもうすぐ時間帯的にはもうすぐ夕方に差し掛かろうとしていたはずだし、室内の大きさから考えてもあまりに広すぎる。おそらく結界術の一種か。
「独像結界、いや領域術っぽいな」
「うん、境界の出入りはできるっぽいから結界術じゃなくて領域術だね」
朱月ちゃんは入ってきた扉を出たり入ったりを繰り返しながら具合を確かめる。
霊術と陰陽術の応用、法術《間道》、所謂結界術には基礎の陣地作成から始まり、二種類存在する。結界術と領域術の二種類。詳細の説明については省くが、違いについては簡単に言えば結界術は出られない。領域術は出入りが自由っていうところか。
朱月ちゃんが出入りしているところ見ると領域術の性質。
領域術は使用者の異能や身体能力向上か、あるいは敵対者のデバフをかける効果がある。今のところこっちの肉体には何の不利益を感じられない所を見ると、使用者のバフ寄りの効果か。
そこまで考えて―――瞬間、旋風が襲い掛かってきた。
突如として何の前触れもなく、巻き起こった強い突風の如く襲い掛かってきては壁へと激突する。
「っ!!」
「よ、―――夜名津君!!」
朱月ちゃんの絶叫が飛ぶ。が、
「~~~いっっっってえぇぇぇぇぇ~~~なあぁぁぁ!!! あ!? 誰だこの野郎!!」
その心配する声が煩わしいと思えるくらいに、こっちは激怒して飛び上がる。
激突した痛みで頭に血が上り、目走りが奔って、犬歯がギギィと音立てた殺意を秘めた獣のような気分で周囲を見回して、それを捉える。
距離で言えばそれこそ陸上競技でいう所の二〇〇メートルの距離か。そこにはあの、白い勇者のような外見をした男と風の龍精霊を思わせる識神がこちらへと静かに見据えていた。
「よぉ、会いたかったぜ、……この野郎!!」
殺意を込めた叫びを以って、飛び出しては《ゲーハード・ギア》を大剣へと成け―――、
「!?」
剣が完全に出来上がる前に風の龍精霊がこちらへと接近してはその鋭利な爪を以って殴りかかってきては胴体を超える長き尾を以って地面へと叩きつけてくる。
「がはっ!」
「よ、夜名津君!!」
身体に衝撃が走る。また朱月の不安そうな声が響く。意識を持っていかれそうな感覚をギリギリで耐え、すぐさま起き上がる。
「! ノンヘイ護れ!!」
「え?」
叫ぶと能天気に朱月は疑問のような声を零す。だがそれはどういう意味かすぐに分かるだろう。
高速移動によって目の前に来た風の龍精霊が接近してきたことを理解できれば。
同じくあの鋭利な爪からの尻尾で叩きつける攻撃動作を放とうとしてくる風の龍精霊に朱月ちゃんは怯えた声を上げながら両手を前に尻もち付く。
女性らしい柔らかな彼女の肉体を裂こうと爪が光る。
『妖術〝亀甲守護〟』
ノンヘイがギリギリのところで間に割って入っては、甲羅を盾にし、そこから展開される円形の防御妖術が発動して、その一撃を防いでみた。
一撃を防がれたことで奴の動きが少し鈍る。
「《成道・多重鎖》!」
霊術を発動させて、霊力でできた十を超える大量の鎖を成形させてはその全てを風の龍精霊を捉え拘束しようと放つが、ギグザクな軌道の高速移動による回避によって全て躱される。
―――バーカ、がら空きなんだよ。
内心でベロ出して嗤ってやる。予め《ゲーハード・ギア》の大剣へと成形させていた霊剣を構え直しては霊力を集中させる。狙うのは識神ではなく、本体。
白い勇者風情のヤツは識神の強力のあまり何もしていない。この手の術者は後援支援型で本体が弱い制約があることが多い。正式な召還術による契約であればあるほどに。こっちの野良怪異から契約した識神共とは違う。
本体と風の龍精霊こちらに意図の察したように、風の龍精霊は急いで主の方へと向かう。
気付いてももう遅い。今の大量の鎖は捕まえるんじゃなくて、遠ざけるための誘導なんだよ。
「〝ゲェム・ブレイク〟!!」
解き放つ白刃の霊破衝が棒立ちの勇者野郎へと襲い掛かる。
ドドン!! と直撃した音共に衝撃で土煙が舞う。
「―――チッ、速ぇなコイツ」
風の龍精霊がトップスピードで〝ゲェム・ブレイク〟よりも先に主人の下へと駆け寄ってはその身を呈して護り切った。だが、防御でなく、庇うように防いだだけでダメージはあるはずだ。
「ハッ、ようやく一発喰らわしてやったぞ! どうだ、価値観破壊された気分は!」
高らかに笑い声をあげながら勇者コスプレ野郎へと叫ぶ。野郎は相変わらず何を考えているのか分からない根暗な顔をしているが、だが、死んだ瞳にどこか煩わしいと告げている瞳の色をしてくる。
いいぞ、愉しくなってきやがった。
今すぐに風の龍精霊共々ぶち殺してやりたい衝動が奔るが、あ、と一つ思い出し、朱月ちゃんの方をみる。こちらへと不安そうな顔を向けている彼女。
「………………」
少しの間だけ迷いながら剣状態の端末を操作しながら識神共を出す。
「タタラ、ムツ出てこい」
兎のタタラと梟のムツの二体を召還し、先に出ていたノンヘイにも含めて指示を出す。
「お前ら、朱月を護衛しろ。朱月、先に進め」
「え? でも夜名津君……」
タタラとムツは指示を受けるとノンヘイと共にいた朱月の下へと駆けていく。が、その指示を聞いた朱月が何故、と不安そうな顔をこちらへと向けてくる。
チッ、さっさと行け、バカ女。
そう口に出かけるが、ギリギリで抑え、出来るだけ今の興奮を冷まさない程度にいつもの調子を装った声色で言う。
「大丈夫、さっさとぶち殺してしてすぐに追っかけから。ただ速さが厄介で護り切れる自信ないし、アイツがここにいる以上、溟さんのこともある。さっさと行け!」
「!」
その一言でようやく現状が重要かつ危機的なものかを理解する。連れ去った奴がこの場にいるのに肝心の溟さんの姿がない。それはどういうことなのかは想像が付かない。
少なくともここで戦いを見ているよりか先に進ませて方が良いだろうと判断する。幸い結界術ではない、領域ならばこの空間から抜け出せるだろう。
真っ直ぐと勇者野郎の先の方へと指をさす。競技場の反対側の出入り口でおそらくアイツがやってきた場所であり、先へと進むにはあそこを通ればいいだろう。
「アイツは全力で抑えるから、さっさと行きな」
「っ、うん! 夜名津君、頑張って!!」
「オフコース」
そう言葉を残して駆けていく、朱月から応援を受けて取ってヤツへと一直線に突っ込んでいく。ヤツは風の龍精霊を前へと出して対抗してくる。
鋭利な爪と霊力の大剣がカチリ合う。
やはりダメージが効いているのか、先ほどのスピードが下がっている。そして、パワーだけなら!
「おらぁ!」
気迫と共に大剣で風の龍精霊を吹っ飛ばす。風の龍精霊はもたれ掛かるようにして後方へと下がる。
―――こっちの方が上。
厄介なスピードの勢いも相まった攻撃力だが、肝心の速さが活かせなければこっちの力道による身体能力の向上の方が強い。
一瞬だけ怯んだ様子で隙をみせる風の龍精霊を逃さない。ビーンと震える弦のような跳躍で一瞬にして距離を詰め上げる。
「顔面ぶち割りぃい!!!」
顔へと向けて大剣の横断の一撃を放つ。
が、一撃が入る前に奴は両手をこちらへと向けてくる。開かれた両手はまるで小さな管が存在しておりその刹那。
――――ぶおおおおぉぉぉんん!!!
爆風の衝撃波が来る。
両手の管から放出される、龍の息吹とも呼べる爆風をまともに受ける。踏ん張りなど全くの無意味で、打ち抜く弾丸のような威力の代物。バキバキと骨が軋み、内臓部が潰されるような感覚の衝撃によってぶっ飛ばされる。その際、《ゲーハード・ギア》を手放してしまい、あらぬ方向へと飛んで行ってしまう。
「あはっ!? ごはっ、ごはっ!!」
地面に叩きつけられるように転がっていき激しく噎せ返す。ガキの頃、大人からどっ腹にストレートをぶち込まれた時の悶絶するような痛みと吐き気に思い出される。いや、あの時以上の痛み。
撃たれた箇所を中心に全身へと霊力を回し、力道による身体能力を計って痛みを緩和させる。
三魂力が一つ、巫力を使った《癒道》という傷を癒す術が存在するが、それは使えない。それができるほどの巫力を有してないからだ。できるのは精々《喚道》と呼ばれる識神を召喚する程度。
数秒間で何とか呼吸が整うレベルまで回復仕上げて、顔を上がる。
風の龍精霊は今の一撃の反動か、管からプシュー、と音立てては両手が痺れたように震わせている。……強力だがそう何発も放てる代物ではない、切り札らしい。
風の龍精霊から視線を外して奥の方をみる。朱月の姿が完全に通路から消えるのを確認する。
―――よし、これ完全に邪魔者は消えたな。
これでイチイチ面倒なこと考えずに思う存分暴れられると、整った呼吸の口角を釣り上げ、跳ねるようにして立ち上がる。
「ハハ、愉しいねぇ、全く。……んじゃあ、まぁ愉しく戯ぼうぜ!」
そう不敵に嗤って語りかける。
ヤツは何も感じないような視線を向けてはクイ、と指を折り曲げて風の龍精霊を自身へと接近させては、そして識神を蒼碧き霊子状に変化させる。
あぁん、何戻してんだゴラ、朱月消えてくれたから思う存分戯べるようになったっていうのに、逃げんじゃねえぞ、ドチンピラ!!
恫喝しかけたが、蒼碧き霊子、いや粒子か? はそのまま霧散して消えることはなく、そよ風に吹いて誘われるがままに勇者コスの下半身を中心に纏わりつく。やがて蒼碧き粒子は成形していき、ブーツ状の形に収まる。
識神と一体化した? アイツの霊能力か?
憑依術の類の霊能力か、それとも怪異憑き類か。少し判断は難しいが……そうではないのか。
前提として霊能力者、識神使いの類だと思っていたが、今の蒼碧の粒子…霊力は基本青白い色合いの代物。だが、ヤツのは蒼碧だ。
〝蒼碧〟。朱月の話にあった、霊力類よりも次元が上の何か超常的なエネルギーでチカラ。……コイツは、朱月と同じで蒼碧ってヤツを使役できるってことか。いや、あのワープを通った時点でその前提は存在していた。
………ハッ、考えるのが面倒癖え。なんにしろ、ぶっ殺すんだから細かいことなんぞどうでもいいよな!
「そっちも本気ってことね、負けた時に本気じゃなかったって言い訳できなくなっ―――っ!?」
軽口の挑発を口にするが、ヤツは一瞬に隙を詰めてきて回し蹴りを放ってくる。
反射でも間に合わない一撃にまともに受けて転がるが、今度は無様に倒れたりせずに受け身を取ってすぐさま起き上がり、ヤツの姿を捉える。
―――迅い!
起き上がると予想していたのか、それとも最初からそうするつもりだったのか、追撃が飛んでくる。
《
ビーン、と弦が弾くような空気を振動し、追撃が襲ってくる前に奴の後ろへと一瞬にして移動する。
「はぁ!? ……っ!」
完全に後ろを取ったと思い、《
何とか耐えきって、もう一度《弾弦》を使い、今度は一度距離を取ろうとするけど、ヤツは瞬きもしない内に距離を詰めて蹴りを放ってくる。
コイツ、《弾弦》に余裕で付いてきやがった!
《力道》による戦闘用足運び《弾弦》。言ってしまえば一気に距離を取る霊力による高速移動法。大抵の相手はこれで追撃や仕切り直して自分のペースに持ち込むもんだが、……コイツの基本スピードはこっちの《弾弦》を上回るほどのもの。
地面へと叩きつけるような踵落しが放たれる。両手に全力で回して防御を取るが、それを打ち破るほどの威力で踏み落としてくる。
地面に激突し、更に追撃でどっ腹目掛けてスタンプでくる。
内臓が圧迫されて潰される感覚に吐しゃ物をぶちまける衝動に襲われ、意識が飛びかける。
今の一撃でとどめのつもりなのか、ヤツはこれで終わりと言わんばかりに振り返って、朱月が進んでいった奥の通路へと行こうとする。
……………く、くくく、くくく、
「くかかかはははははっははっはー!!!」
「あははははっはははっはははははははっはっはっはっははは!!!」
「ははははははっははははっは、、、あ~、はぁぁ~~~~ははははははははっはっは!!!!」
笑う、哂う、嗤う、高らかに、大いに、大胆に、狂ったように、壊れたように、溢れかえるくらいにわらう。
「…………」
ヤツは通路へと向けていた足が止めて、こちらを振り返る。相変わらず何を考えているのか分かんねえ、無表情の死んだ瞳。だが、その表情に驚き、まだ生きていたのか、それとも突如笑い出したことに困惑しているのか。
まあ、どっちでもいい。
こっちはこっちで愉しさのあまりいい感じにテンションが上がってきた。やっぱ、喧嘩する相手はこんな風に強い方がいいよな。そっちの方がぶっ殺した時に何倍も達成感があって、アガるってもんだ。
腹筋運動使って手を使わずに、ダン、と起き上がり、屈伸運動からの大きく背伸びをする。腹のダメージに激痛が来るが、呼吸法で無理矢理黙らせる。
「―――やってみっか、連続《弾弦》……《
修行時代、遊びでやってみたことあった。《弾弦》は基本的に一足飛び。それを二足、三足、四足、連続で繰り返して使う。使いこなせれば加速していき、残像を残すほどの高速を超える速さを手にすることができるって話だが。
遊びだと三足が限界だった。どうしても速さの機動力と霊力の維持がそこから先が難題だった。今まで戦ってきた奴らの大半もそれだけあれば十分だった。
今の状況じゃあ、ヤツのスピードに付いて行けねえ。《弾弦》の三足以上のスピードが必要だ。でなきゃ一方的に翻弄されて押し負ける。
ワクワクと心臓が高ぶって全身の血が巡ってアドレナリンがドバドバと溢れて、幸せフェロモンってヤツが充満する。口角を釣り上がる感覚。
「てめえ、ぶっ!?」
人が喋っている間に蹴ってきやがった。
そして相変わらずの追撃を繰り広げてくる。ブンブンと旋風を思わせる連続の蹴り技。放たれる十発ほどの蹴りを数発だけ防いだが、手数がやはり追い付かない。
……いいぜ、そっちがそのつもりなら、こっちも全力で戯んでやる。
疾風のような迅さと、弦の振動した時の衝動がぶつかり合う。闘いは加速し合っていく。
・郷村家の秘密その5
郷村家の女は惚れた男とは結ばれない運命にある。それは『もしも』として存在する少し何かが違う隣の世界ことパラレル世界線であっても同じ。
・郷村家の秘密その6
郷村家の女はこの宇宙の理であり、根源でもある、世界の法則を書き換えるほどの大いなるチカラ〝蒼碧〟を制御できる可能性のある一族であるが、彼女達はそれに一切興味がない。
そのチカラを使っても『愛する人と結ばれない』と識ってしまったから、彼女達にとってはその価値はゴミに等しい。