ナイトクラウド   作:三概井那多

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深淵鏡変8

 等間隔で設置された最低限の照明で照らされた薄暗い通路を朱月は駆けていた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、……い、急がないと!」

 

 彼女は息切れした苦痛の表情を漏らしながらも懸命に走っていた。

 

 先ほどまでいた空間変化にて出来上がった競技場から現実の通路へと渡り切る時点で彼女は息を切らしていた。元々体力はない方だ。

 

 水泳で肺活量自体は途轍もないものの、走るといった陸上競技の呼吸はすぐに息切れを起こす運動音痴の彼女。だが、そんなことで足を止めていい理由にはならない。

 

 誘拐された母親の存在、そして何よりも先へと進ませてもらった彼の存在が大きい。

 

 まだ会ったばかりで明るくて、楽しくて、たくましくて、頼りになって、優しい笑顔と悪戯っ子な一面もあって、好意が本気なのかそれともからかっているだけなのかイマイチはかれない彼。

 

 今まで出会ってきた男の子と同じようで何かが違う存在。

 

 彼といると一つ一つの仕草や言葉が気になってしょうがない。気が付いたらいつも彼のことを目で追っている。

 

 

 ―――夜名津君が、……我一君のことが好き。

 

 

 彼女はこの胸のときめきに対して素直にそう思う。

 

 彼の事をもっと知りたい、彼ともっと触れ合いたい、彼にもっと想われたい。

 

 私を見て欲しい。私の事を好きになって欲しい。

 

 その想いが溢れて止まらない。

 

 切っ掛けは母の占いから『運命の人が来る』という占いからだった。

 

 俄かに信じられなかった。これまで恋をするどころか、男性に対してその手の興味を持ったことがなかった。

 

 友達との話題で上がり、恋愛ものの本や映画も観るから完全に興味がなかったわけじゃなかった。ただそういう風に思える人が出会えて来なかった(……大半は邦光の無駄な努力に同情して男性側が朱月に近寄らなかったということもあるが)。

 

 そんな恋を知らぬ朱月は彼に出会ってしまった。

 

 

『いらっしゃいました』

『ここってバイト雇ってんの?』

『今晩どう?』

『こんな美味い飯作ってくれるかみさん出来れば言うことないしな』

『今のところ一番好きな女の子は朱月ちゃんだぜ』

 

 

 ほとんど一目惚れだった。

 

 何が良かったか、と聞かれれば全く自分でも分からない。

 

 ぶらりと何気なくやってきては普通のお客と同じ、ただレジにパンを持ってきてお会計の際に『バイトできないの?』と訊ねてきただけ。

 

 向き合ったその瞬間に心のどこかで彼に惹かれてしまった。

 

 向けられた瞳か、訊ねてくる声か、正面から向けられた顔か、分からない。

 

 ただ何か気になってしまった。

 

 その後、母と話し合ってあっという間の流れでバイトと同時に一緒に暮らすことが決まった。

 

 ドキドキした。

 

 普通会ったばかりの知らない男子と同棲することになれば、警戒や緊張でドキドキしてしまうと言われれば確かにその通りなのかもしれないが。

 

 だけどそのときめきは……明らかに嬉しさが勝っていた。

 

 共に過ごした時間は短いけど、語り合った言葉はどこまで本気でどこまで冗談なのか分からないけど、それでも彼との時間は朱月にとって特別なものだった。

 

 そんな彼が今闘っている。命を賭けて闘っている。すぐに追いかけると告げた彼だが、相手は母を攫った相手であり、相当な強者。

 

 足の遅い自分のスピードでも未だ追い付けない所を考えると相当な苦戦を強いられているのだと思う。

 

 

 ―――いやだ、

 ―――いやだいやだいやだいやだいやだ、いやだ!!

 ―――まだ、……私は彼の事を何も知らない。まだ彼にこの想いを伝えてもいない!

 

 

 だから、私が速くお母さんを見つけ出して、取り戻して彼の元へと還る。彼と再会してもっといっぱい話して、この想いを伝えるために。

 

 そう彼女は自身の恋心をチカラにこの通路を駆けていく。

 

『おい、すけこまし。その女運べ、遅すぎる』

 

 先頭を走る、ソルジャーのような鋭い眼つきした識神の兎ことタタラがチラリと後ろへと視線を向けて、朱月の足の遅さにイライラとしながら限界だと悟ると朱月の横を平行して飛んでいた眼鏡紳士風のムツへと命令する。

 

 その一言にムスっとした表情を浮かべながらもやれやれと肩を竦め、これだから野蛮な獣は、と言わんばかりの表情になる。

 

『黙れ戦闘発情期、レディに対して言葉を選べ。レディ朱月。お手を』

 

 タタラを窘めながら、紳士が手を差し出すように脚を差し向けてくる。意味が分からずに、とりあえず言われた通り、この脚に対して手を伸ばせばいいのか、と思って朱月はそっと手を伸ばす。

 

「うわ!?」

 

 ムツは差し向けられた手を掴んでは、朱月の身体は途端にフワっと小さな浮遊感に襲われて、次の瞬間、グーンと加速される。

 

 まるで海上のジェットスライダーで引っ張って海上を割って進む海上スポーツのようなもの。

 

 猛禽類特有の脚に手を捕まられて、そのまま強く前へと引っ張られて全身でブゥーと浴びる風を切る感覚。

 

 そう、これは―――、

 

「痛い痛い痛い痛い痛い、怖い怖い怖い怖い、ごめんごめんごめんごめんおろしておろしておろしておろして、おろしてぇ~~!!」

 

『おや、これはまあ……申し訳ありません』

 

 彼女の情けない絶叫を上がり、ムツは予想外と言わんばかりの心底申し訳なさそうな声を零して言われた通りスピードを落として、彼女をそっと下ろす。

 

 興奮のあまり走っていた時とは違う、息が乱れて心臓がバクバクする音。思わずじわっとくる涙目に朱月はゆっくりと呼吸を繰り返して気分を落ち着かせようとする。

 

 体育2の彼女には引っ張り滑空移動は地獄でしかない。ついでに遊園地の絶叫マシンは無理なので中学で友人達と遊園地に遊びに行ったとき、一つだけ付き合いで乗って以降は何も乗らないで過ごした。

 

『軟弱すぎるぞ、ニンゲン』

 

 呆れて、頭痛を覚えたように厳しく告げてくるタタラに、しゅんと萎れた花のように朱月は落ち込む。それを見兼ねたムツがもう一度窘めるように言う。

 

『レディに酷い言葉をかけるな。申し訳ない、ウチの粗暴なマイマスターと同じように扱ってしまい、しかし困りましたな。この空間でゆっくりと旋回は少しばかり厳しい』

 

 基本的にムツの人を運ぶ飛行能力はスピードに乗せての飛行はある程度の高さがあるならゆっくり空中浮遊もいけるが、この狭い空間ではスピードに乗せなければ、大ジャンプを続けるようなもの。下手したら普通に走るよりも負担が大きくなるかもしれない。

 

 どうするべきか、と腕を組んで考えるムツに朱月はううん、と首を横に振って告げる。

 

「大丈夫、自分の足で走れる……! 我一君も……頑張ってるから、私も、頑張る」

 

『……アイツの事だ、戦うことしか頭がないぞ』

 

「うん、私を行かせるために戦うことに集中しているから。私が早くお母さんを取り戻して、一緒に逃げないと」

 

 

『…………』

『レディ朱月……』

『やめときなよ、多分伝わらないと思うよ』

 

 

「?」

 

 タタラは呆れ、ムツは何か言わんとするが、その真実を伝えることを止めておくノンヘイ。三体の反応に首を捻る。

 

 ここ数年で契約を交わしてからの付き合いの長さで主人のことをよく理解している識神三体は彼女のそれはあまり意味がないことだということを口にするのは阻まれた。彼女の好意と決意に対して難癖になってしまうからだ。

 

『! おい、ニンゲン、お前の匂いと似たような匂いが近いぞ』

 

「ホント、ウサギ君!? お母さんはどこ!?」

 

 鼻が反応したタタラが溟の匂いらしきものを感じ取る。朱月は乗り出すように身を前にしてどこだ、と訊ねるとタタラはこっちだ、と通路の進んでいき、右角を進んだ先に会った部屋がある。

 

『匂いはこの部屋から途切れているのと同時に、こっちの方の通路に続いている』

 

 匂いが二方向にあることを告げられる。部屋の中か、通路に続いているのか。

 

 一瞬意味が分からなかった朱月だが、ようはこの部屋の中にいるのか、先の方にいるか、のどっちかということだ。なんにせよ、匂いをタタラが捉えた以上溟はすぐ近くにいる。

 

 緊張した趣で朱月は部屋の前に立ち、そしてタッチパネル式のドアへと手を触れると、何かに反応したように扉は開かれる。

 

(霊力? いや、私の持つ微かな〝蒼碧〟に反応した感じ)

 

 ぞわっと背筋が震え、体内の、魂の奥に微かに存在した〝蒼碧〟の残滓が引き出された感覚。この施設は〝蒼碧〟に反応しているのか、そのことにうっすらと恐怖を覚える。

 

 郷村家という一族故に多少の耐性がある身だからハッキリと言える。〝蒼碧〟は人が触れていい代物ではない。人が使おうとしていいものではない。

 

 アレは、宇宙の真理そのものだから。

 

 怯え、今すぐこの場を立ち去りたい気持ちを抑えつけて、開いた扉の中へと入る。

 

『ただの部屋か?』

 

 最初に部屋の感想を零したのはタタラだった。タタラは軽く部屋の中を見回しては他に匂いがないか、鼻をピクピクとさせる。

 

 その部屋は真っ白な壁と天井の白い部屋だったが、ある程度の快適な生活ペースのため家具。ソファやテーブル、ベット、本棚、キッチン、奥にはトイレやシャワールームらしき空間が存在する、居住スペースか何か。

 

 朱月は茫然と部屋の中を見回し、最初は恐る恐るといった調子で「おかあさん? ……お母さん、いるの!?」と徐々に声を大にして母を呼ぶが、返事は返ってこない。

 

『外れだ、ここにはお前の母親がいただけだ。通路に漂っていた匂いを追った方がいい』

 

 タタラは痕跡からしてここにはいたが、通路側に続いていた方の匂い、移動したのだと告げる。

 

 それに頷いて、朱月と三体は部屋を出て、タタラを先頭に前へと進んでいくと、再び扉が前に立ち塞がる。今度は部屋というよりもエレベーターのようだ。

 

「これは……どうしよう?」

 

 タッチパネルに触れ、扉が開いてエレベーターだと確定した途端に漏れた言葉。……何階に降りれば、あるいは上がればいいのか分からないからだ。

 

 エレベーター内へと入るとボタンが十階層に分かれており、今の階層が四階となっていた。

 

「ウサギ君、コレ、匂いで分かったり」

 

『そんな細かく分かるか』

 

「だよね……」

 

 流石にタタラの鼻を以ってしてもボタンを押したところの匂いまで嗅ぎ分けられない。

 

 ようやく母親の場所に辿り着けると思った矢先に再び道が閉ざされてしまった。

 

『一階一階、扉を開いて確認しながら匂いで探るとかは~?』

 

 どうするべきか、と考えているとノンヘイからそんな提案を受けられる。一つ一つの階層を跨ぐ度にそのフロアに匂いの残滓が残ってないかを確認する。面倒ではあるが、それが確実だろう。

 

 ノンヘイの案に従って、一階一階降りて確認することにする。

 

 ここまでの階層が四階こともあって、五階から徐々に探って行く。 

 

 ……五階、匂いはなし。

 ……六階、匂いはなし。

 ……七階、そこでタタラの鼻が反応する。

 

『この階だ』

 

「行こう! ウサギ君お願い」

 

 再びタタラを先頭に一人と三体は動き出す。隊列としてはタタラ、ムツと朱月が並んで、ノンヘイの順。そして、一番後方のノンヘイがタタラへと質問を投げる。

 

『ねえ、タタラ、匂いってお姉さんのお母さんの匂いしかしないの~?』

 

『ああ、そうだが、なんだ? 何が気になる?』

 

 ノンヘイの問いに対して足こそ止めないが視線だけ後ろへとやる。この数年の付き合いでノンヘイの質問は大抵鋭く的を射たもの。洞察力と推理力、直感力とも呼べばいいのか、彼の言葉は耳を傾ける価値があることをタタラは理解し、信頼している。

 

 ノンヘイはいつもののんびりした口調だが、ハッキリと自身の抱いた疑問を口にする。

 

『なんでお姉さんのお母さん、こんな中途半端な階で下りたのかな? 普通、一階、ここの施設の場合十階かな? そっちに降りるよね? だってこの場から逃げるならわざわざこんな中途半端なところで降りないもん』

 

「……あ!」

 

 ノンヘイの言葉に朱月はハッとさせられる。そうだ、普通に考えるならば見知らぬ場所に誘拐されて逃げることを考えるならばエレベーター見つけたら一階、あるいは十階の方に行くに決まっている。

 

 それに、と今の話であることにも気づく。

 

 エレベーターの操作は朱月が行っていて、特段に気にしていなかったが、よくよく考えたらこの施設はエレベーターの階層は上から一階と下がっていく十階の階層となっている。これはおかしい、普通一番下が一階でそこから上へと上がっていく流れで十階層として割り振られている。だが、ここのエレベーターは普通とは逆の階層の振り当てがされているのだ。

 

 つまり、この施設は実は地下施設なのでは? 確かにここまで道程は階段を下りていく感じで、上へと上がることはなかった。地下施設と考えればエレベーターことは説明がつく。

 

 だが、肝心の疑問である母、溟が一階や朱月と同じで勘違いして十階といった階層ではなく、七階という中途半端に降りたのか、その答えは分からない。

 

『なぜそのことを言わなかった? 元々お前の提案だっただろう、一階ずつ確かめていこう、と』

 

 ムツが鋭く睨みつける、怒っているというよりも窘めるような言動だった。それに対して変わらない調子で、だが探偵が推理するようにして淡々とノンヘイは応える。

 

『今思いついたんだよ。一階や十階なら別に気にしなかったけど、七階って明らかに中途半端じゃんかよ~。なら、誰かに連れて来られてここに来たって思いついたんだけど~、タタラの鼻がお姉さんのお母さん以外の匂いがないって、おかしいよね~』

 

『……つまり、お前はこのニンゲンはこの施設のことを知っているあるいは何か目的があるとかそういうこと言いたいのか?』

 

「待って、お母さんはここにわざと捕まったっていうの!?」

 

 ノンヘイの推理は朱月にとって信じ難いものだった。母がこんな危険を侵してまでこの施設にきて何かをやるために仕掛けだということ。

 

 朱月の言葉にノンヘイは首を振って答える。

 

『わっかんない。だけど、中途半端な階に降りたこと自体おかしいとボクは思うな~』

 

 まだ推測の段階でしかないが、それでも十分可能性として高いという話だ。その指摘に対して朱月はショックを受ける。自身でも少し否定できない気持ちが強いからだ。

 

 溟の、郷村家の霊能力は鏡を介した並行世界を覗くチカラ。そして溟は少し先の分岐した世界線を視ることでそこから最善の道を選択する。溟はそれを『占い』という表現している。

 

 その『占い』によって母が幾つもの難題やちょっとした問題を解決してきたことを娘と知っている朱月は溟が何か考えてここに来たのだと言われたら否定しきれない。

 

『ノンヘイ、貴様の推理は相変わらず見事だが、あまりレディをイジメるのは頂けない。レディ朱月、申し訳ないウチのバカ亀が』

 

 朱月の心情を慮ってムツはノンヘイの無神経な言い草に注意すると、朱月へと頭を下げる。ノンヘイも自身の発言が無神経過ぎたと思ったのか素直に謝罪の言葉を口にする。

 

『うん、ごめんなさい。お姉さん。お姉さんのお母さんのこと悪く言うようなこと言って』

 

「ううん、気にしないで。……確かにちょっとおかしいと思うもんね」

 

 二体からの謝罪の言葉に朱月は大丈夫といい、そっと優しい笑顔で自分に向けても力強く告げる。

 

「だけど、ウチのお母さんの事だから何か考えているはず。ここに来たのも何か理由があるはずだから」

 

 そうして一人と三体は道を進んでいく。相変わらず暗い、等間隔に配置された蛍光灯の道が続いている。けれど、ここまで道と違い、少し変わった匂い。これまでが無機質の冷たいトンネルの中のような匂いだったのが、このフロアには薬品か何かと言えばいいのか、ほんのり刺激臭や苦みのある匂いが鼻に来る。

 

 嗅覚による追跡をしているタタラにこの薬品の匂いで混乱しないのか、と朱月が問うと問題ない、と短く答える。

 

 タタラのクールで近寄りがたい態度に朱月は戸惑う。他の二体は友好的だが、このタタラだけは命令に従い行動を共にしているだけという側面が強い。

 

(我一君の識神だからできるだけ仲良くしたいんだけどな)

 

 そんなことを悩みながらしばらく進んでいくと、タタラが「ここだ」と一つの部屋の前に立つ。

 

『匂いがここで途切れた。この部屋の中にいる』

 

「お母さん!!」

 

 タタラの言葉にすぐさま朱月は反応して、ドアの前へと立ち、ドンドン! と興奮のあまりドアを叩くが開かない。また、さっきの部屋みたくタッチパネル式ものかと、思ってパネルへと手を翳してみるがドアは開くことはない。

 

 なんで!? と開かなったことに疑問と、母がここにいるかどうか確認するべく何度も「お母さん、お母さん! いるの!? いるなら開けて!! 迎えに来たよ!」とドアを叩いて叫ぶ。

 

 だけどそんなことではこの黒い壁はうんともすんとも反応しないのだ。

 

『どいてろ、おい』

 

『は~い』

 

『レディ、少し手荒な真似をしますのでお下がりを』

 

 タタラの停止と仲間達への呼びかけに朱月は一度下がり、三体はドアの前に立ち並ぶ。

 

『〝月光牙〟!』

『〝水口砲〟』

『〝針羽根〟!』

 

 三体がそれぞれ妖術を放つ。タタラが三日月を描く刃を、ノンヘイは口から放出される水術、ムツは己の羽根腕を前にして幾つもの羽根を飛ばす。

 

 ドドン! と激しい音を立てるが、そのドアは風穴が開くどころか傷一つ付かない。

 

『チッ、硬い!』

 

『タタラの〝月光牙〟が通じないって相当だね~』

 

『ノンヘイ、何か策はないのか?』

 

『急激に熱くして冷ますことで壊すくらいかな? 冷やすことはボクができるけど~』

 

『この鳥を燃やす』

 

『この兎を焼く』

 

『お姉さん、何かできない~?』

 

 タタラとムツがじゃれ合いを始めたのを無視して、ノンヘイは朱月に何かできることはないか、と訊ねる。霊術、陰陽五行の火行を使えればドアを炙れるだろう。

 

 朱月はそれを理解するが、申し訳なそうな顔を浮かべる。

 

「ごめん、私が得意なのは水行だから、火行はそこまで得意じゃないの」

 

『そっか~、……じゃあ一点集中するしかないかな~』

 

 朱月が火行を得意ではないと告げられると、相変わらず呑気なマイペースで頷いては、やや間を開けて別案をすぐさま出す。

 

 喧嘩していた二体もノンヘイの言葉を耳にして、頷く。

 

 タタラは基本的にクールな仕事人タイプ、ムツは紳士な態度で円滑な話を回すネゴシエータータイプ、ノンヘイはのんびりしているようで考えている頭脳タイプ。タタラが索敵かつ戦闘、ムツが支援サポート、ノンヘイは防衛兼作戦指揮とこんな風な構成の役割なのか、と朱月は見極める。

 

(思っていたけど、我一君の識神、皆個性があってチームワークも抜群の優秀な子ばかりなんだな)

 

 素直にそう思う。

 

 正直、自分一人だとこんな風に冷静に対処や対応策を思いついて行動には移せないだろう。母親の溟のことや置いてきた我一のことが気になって気持ちばかり焦る。もし今彼らがいなかったらこのドアの前でずっと叫んでいただけだろうし、それどころかここまでたどり着けなかっただろう。

 

 頼りになる三体を見ながら、取り乱した感情に冷静さを取り戻す朱月。ノンヘイを中心に三体はドアの前に並ぶ。

 

『じゃあ、今度は一、二、三で攻撃しようか。お姉さんも攻撃できるならお願い』

 

「う、うん!」

 

 ノンヘイの指示に朱月もドアへと向けて手を前へと出し、《破道・丸》を出す姿勢を取る。

 

『じゃあ、イチィ~……ありり』

 

 攻撃の溜めもあるのか、いつもよりもゆったりとしたカウントダウンをノンヘイが始めた瞬間、ドアが開かれた。

 

 その中から現れたのは異質な雰囲気を放つ、真っ黒な何か。

 

 その黒さは宇宙を想像させる深淵さをゴツく、重々しく、畏怖を纏ったような黒い宇宙服を纏った何かが現れる。

 

 朱月達は驚きよりも背筋が凍るような恐怖心と緊張感に襲われる。

 

 タタラとムツの毛は逆立ち、ノンヘイは反射的に首を甲羅に引っ込めたい衝動を抑えつけ、朱月は呼吸を忘れた。

 

 朱月達の激しい緊張感と恐怖心を知ってか知らずか、宇宙服の存在、深淵卿は彼女達の存在を捉える。

 

『騒がしいですね。今、ようやく痛み止めが効いて容態が安定してきたところですよ。郷村朱月さん』

 

 ヘルメットで曇った声というよりも機械音声の発声は窘めるもの。まるで病院ではお静かに、と言わんばかりの当たり前の叱責を言い放ってくる。

 

「な、なんで私の名前を!?」

 

 緊張し上擦った声色でなぜ目の前の存在が自分の名前を知っているのか、と問う。それは、と深淵卿が答える前に朱月の横から動く三つの影が奔る。

 

 タタラ達だ。それぞれ妖術を繰り出して深淵卿へと三方向から攻撃を仕掛ける。話そうとして口を開いた隙を狙う。卑怯だと思わない。それくらいしないと深淵卿と自分達の差が大きいのだと彼らは一目で痛感したからだ。

 

 だが、三体が妖術を放つ前に深淵卿のゴツい黒いグローブがまるで鞭のようにしなやかに鋭く打ち振るわれて三体を一瞬に沈める。

 

『くっ!』

『ふぁ!?』

『んん!!』

 

「みんな!」

 

『ふぉ、ふぉ、ふぉ。これまた随分と可愛らしい怪異ですね。まるで昔話の御供達みたいで、悪役にでもなった気分です』

 

 三体の攻撃をあっけなく捌いては、冗談交じりにタタラ達の外見を讃える。そしてそれだけでタタラ達のことはもはやどうでもいいのか、朱月の方へと改めて向き直る。

 

 朱月は警戒心と恐怖でますます身体が強張る。タタラ達がやられ、残すのは自分だけ。今の攻防で自分が敵うはずがない、と逃げ出したいが三体を置いて行く選択肢は彼女になかった。

 

 どうするどうする、どうする!? と自分の中で激しい葛藤と思考が回すが、結論が出る前に深淵卿が言い放つ。

 

『さあこちらへ、朱月さん。あなたのお母様はこちらです』

 

「……え?」

 

 体を斜めに傾けて手を部屋の中へと差し出して、入るように誘ってくる。その動作に思わず言葉を零す。何を言われたのか、頭の理解が追い付かず反芻して、ようやく意味を理解する。

 

「お、お母さんは無事なんですか!?」

 

『ええ、少し手術をしましたが無事ですよ。しばらく休んだらお帰り頂いて結構です』

 

「手術……?」

 

 不穏な単語に朱月は反応するが「さあ」と、どうぞと言わんばかりの無機質な機械音声の圧に彼女は何も言えなくなり、また母の事が気になって誘われるがまま恐る恐ると部屋の中へと入っていく。

 

 部屋に入ると、ドアが開いた時から漂ってきた異質な薬品の匂いと共に紅い鉄の匂い……血の匂いが鼻についてその臭気に顔を歪める。

 

 部屋の中はまるで手術室だ。心拍などを図る医療機器やメスなどの道具が置かれているトレイが置かれ、無菌コーティングのカーテンで仕切られている。その中心に存在しているのはベッドであり、そこに溟がまるで帝王切開後のように気絶したように寝静まっていた。

 

「お母さん!」

 

 溟の姿を捉えるとシャーと破るようにカーテンを開けて、すぐさま母親の元へと駆け寄る。見下ろした母を見ると言葉を絶句してしまう。

 

 片眼が眼帯を嵌められており、苦悶の表情で眠っていたのだ。また下半身辺りからも大量の血が溢れており、明らかな大量出血と異常な手術後の痛々しい姿だった。

 

 一目で死を思わせる外見をしていた。

 

 そんな母の姿を見て、涙を浮かべ、首元からヒリヒリとせり上がってくる嗚咽と、あまりのショックで頭に回る血が失せ、眩暈を覚えた朱月は立っていられなくなる。

 

 ギリギリ卒倒しなかったのは、彼女の理性が母親の方が苦しい立場なのに、自分が先に折れてはいけないという精神的な強さだろう。

 

「おか、……おか、おか、………おか、あ、さん………おかあ、さん……っ!!」

 

 過呼吸に陥りながらも母を呼ぶ。震え上がって、息絶え絶えと苦しそうに、気を失いそうになりながらもそれでも耐えて、母を呼ぶ。

 

「おか、あさん……死な、ないで……! 目を開けてよ!!」

 

 死にそうな母に対してそう口にする。

 

 

 ―――死なないで。まだ一緒にいて。高校卒業もしてない、大学だって行ってないし、仕事に就いて女手一人で私達をお母さんを楽させるって言ったんじゃん。私の花嫁衣裳や初孫見るまで頑張るって言ったんじゃん!

 

 ―――それに、……私好きな人できたよ。

 

 ―――お母さんの言っていた通り、あの人の事好きになったよ。お母さんに言われたからじゃない。私自身が彼の事を一目惚れして、好きになったんだよ。

 

 ―――その人の事でいっぱい相談したいんだ。男の子はどんな女の子が好きなのか、彼が食べてもらう料理のこととか、デートの時に何を着て行けばいいのか、そんな話を。

 

 ―――お母さんがお父さんとしてきた時の話を交えながら、玲央奈からもからかわれて、鐘凛からも興味持たれて、そんな新しくもいつもと変わらない日々を、まだ過ごしていたの。

 

 ―――だから、ね。お母さん。

 

 

「目を、覚ましてよ。……死なないでよ、お母さん……」

 

「…………あ、かつ、き? ………あか、つき? …………ど……し、て?」

 

 朱月の涙がこもった熱い言葉が溟はゆっくりと目を開けた。

 

 ぼやけた視界。寝起きと片目が失ったことで徐々にハッキリしていく景色。目覚めた溟は娘である朱月の存在を信じられないものを見るように大きく瞳孔を開いて驚く。

 

「お母さん! 良かった、……本当に良かった……」

 

 溟が目を覚ましたことを心の底からの安堵を漏らす。安心しきった朱月とは正反対に寝起きの頭が覚醒していくにつれて夢ではなく、現実なのだと自覚する溟の表情は強張っていく。

 

 知らない、こんなこと私は知らない、と予想外の出来事に困惑を隠せない。

 

 そんな二人にパンパン、と部屋に響く拍手。音の発生源に視線を向けるとその正体は勿論深淵卿のものだった。

 

『素晴らしい。親子の愛ですね、実に美しい。本来ならもう数時間は寝たきりの状態の麻酔なんですがね。目を覚ますとはいやはや。ですが薬が効いていますのでまだ横になっていた方が』

 

「お母さんになにを!」

 

『同意の上です』

 

 白々しい調子でけれど深淵卿にとっては本心からの言葉を遮り、普段温厚な朱月も噛みついてくるように叫ぶ。それに対して即座に言い返す。

 

 機械音声の言葉に朱月は怯んだように押し黙り、その様子を気にした様子もなく深淵卿は続ける。

 

『溟さんから命の保障と家に帰すことを約束して、左目と子宮、そして霊能力の提供をさせて戴きました。もうしばらく休んだら後はお帰り頂いて構いません』

 

「何を言って……、お母さんがそんなこと言うわけ……お母さん?」

 

 深淵卿の言葉が理解できずに、母がそんなおかしな約束するわけがないと顔を向けるが肝心の溟は弱々しく顔を逸らす。その表情にそこに何の間違いもないわ、と告げていた。

 

「そんな、……なんでそんな約束なんかしたの!」

 

「提供しなければどちらにしろ私は死んでいたわ」

 

 重々しく溟の言葉にキィと深淵卿へと睨みつける。

 

「そんな……、どうして!? あなたはなんでそんなことを!」

 

『全ては〝蒼碧〟のためです』

 

 朱月の疑問にまた即座に解答する。目的は〝蒼碧〟だと。

 

 その言葉を聞き、耳を疑った。だが、同時に納得もしていた。ここまで道中でどれほど〝蒼碧〟の存在を感じ取っていたのか。これで〝蒼碧〟が何も関係ないということは無理がある。

 

「〝蒼碧〟……! どうしてあんな危険なものに手を出そうと……アレは、人が触れていい代物じゃあない!」

 

『ええ、そうですね。〝蒼碧〟は危険な代物、人ではなく神にこそ相応しい、〝宇宙の根源(ソラのチカラ)〟。それを求めるなど、空を飛ぼうとして蝋の翼を落ちていった人間や神と同じ頂きに登ろうと塔を建てた者達と同じ末路となるでしょう』

 

「だったら!」

 

『ですが、人間は飛行機を造り上げ、ロケットを造っては宇宙へと上がった。飛べることを証明して、宇宙という神の頂へと片足を踏み込むまで行き着いた。人類とは進化し、進歩し、進展し、前進してきた存在であり、それができる生物。神まで至るべき存在であると私は思います』

 

 喰ってかかろうとするが、深淵卿の言葉は機械音声ながらも何者からの言葉を受け付けず、逆にそうだと思わせる迫力で熱く、強く語り続ける。

 

 

『なぜ人間がここまで進化と発展してこれたのか? 』

『失敗を繰り返し、同じ業だと理解しておきながら、神からの罰から受けながらも、それでも構わず人類は前へと、先へと、上へと進み続けてきた。愚直なまでに、その頂を目指すのか?』

『それは人間には欲望を秘めているですから。食、性、眠の三大欲求は勿論、知識への欲求、技術への研鑽、出世したい向上心、承認欲求、豊かな暮らしをしたい、強い体が身に着けたい、誰かを助けたい、お金が欲しい……そう、欲しい。欲望のチカラは人間の根源的な本能。人間とはより高みへと目指すように生命としてそう刻まれているのです』

『そして、神は人間の進化を恐れ、七罪の一つに『強欲』と定めてしまうほどに、人間の欲しいというチカラとはそれほどまでに強力なのです』

『そして、その『欲しい』チカラの中で何が一番強いと思われますか?』

『郷村家であるあなた達ならばそれがよく分かるはずだ。人間が一番強い欲望とは何か?』

 

『そう、それは『愛』です』

 

『人を愛すること。人を愛されたいこと。人を想うこと。人から思われたいこと。好きな人に見てもらいたい、チカラになりたい、触れてもらいたい、一つになりたい。そう、人を愛し、想う気持ちは何倍のチカラとなるのです』

 

 

 

『私は〝蒼碧〟にどうしようもないくらいに、恋してしまったんです。〝蒼碧〟が欲しいのは恋する乙女が故に。「君が欲しい」。ただそれだけですよ』

 

 

 

 無機質な機械音声ながらもその弁は熱がこもっていた。最後の言葉に至ってはその通り恋する乙女のような恍惚とした艶のある声だった。

 

 それは明らかな狂人の狂言でしかない。

 

 愛という言葉に酔い、それを免罪符にしては侵してはいけない領域まで踏み込んでしまう危険思想のそれ。母の身体を弄っては、〝蒼碧〟という宇宙の、神の領域まで行こうとしている。〝蒼碧〟が欲しいという、自身の狂った恋心のために。

 

 本来なら全く理解できない考え方で常識を疑う思考だ。好きな人の事を想うと言われれば確かに理解できなくもないが、それで人の迷惑をかけてはいけないと理性が止めるに決まっている。母を誘拐して傷つけたことを許す事なぞ、寛容なぞできるはずがない。

 

 ……だけど、同時に……―――朱月はその言葉に深く共感できてしまった。

 

 愛が故に、好きな人に愛し、愛されたいがために、その衝動が行動へと移ってしまう。

 

 母の事は心配だった。そこに嘘も偽りもない。母親のことが大好きで、女手一つで自分達を育ててくれたことに深く感謝している。母親のいない生活なぞ朱月にとっては考えられない。

 

 だけど、ここまで追ってきたのは真の理由は、問われるとそれは―――彼がいたから、とその気持ちの方が大きかった。

 

 我一の存在があったから、朱月は居ても立っても居られなくて気が付けば駆け出して我一の事を追っていた。もし、あの場で我一が追わなかったら自分はその場でどうしていいのか分からずにただ立ち止まっていただろう。

 

 その事だけではない。親友である仙奈に対して良くない感情を抱いてしまった。我一と過去に接点がある顔見知りで、二人の仲の良さに嫉妬の感情を覚え、強い言葉を口にしてしまっていた。

 

 大事な親友に対して攻撃的な感情を抱いて言葉を発してしまったのは初めてだ。

 

 恋は人を狂わせる。

 

 本やドラマ、映画でよく聞くフレーズだが、その言葉の真の意味が自身の身体で、頭で、心で、痛感させられる。

 

 故に、恋心を知ったばかりの朱月には深淵卿の言葉には無視できないほどに深く突き刺さってしまったのだ。

 

 愛。

 

 好きな人を欲すること。

 

 何を置いても求めてしまうこと。

 

 朱月の中で何かの価値観が壊される感覚を抱いていると、深淵卿は『さあ』と話を改めるようにして朱月へと正面切って向き直るようにして、機械音声ながら優しい声色で告げてくる。

 

 

『では、朱月さん次はあなたの番です』

 

「……………………………は?」

 

 

 言葉の零したのは朱月ではなかった。溟である。

 

 溟は信じられないものを見るような瞳、意識が途方に暮れていた朱月も遅れて発せられた言葉が頭に届いたが、その意味を理解できず「え、え、え?」と深淵卿と溟とそれぞれ見直してどういうことかと困惑した状態で問う。

 

『やはり、若い検体も必要です。特にここまでやってきた以上、あなたにも〝蒼碧〟への適正があるようです』

 

 深淵卿は説明するというよりも、自身の中で考えを纏めるような独り言の調子で一歩一歩、パンパンと乾いた足音で近づいてくる。

 

「……っ、ま、待て、止まりな、……っさい! ……約束が、違うじゃない! 」

 

 接近してくる深淵卿にまだ痛む体に鞭を打ち、苦悶の表情を浮かべながらも娘を護る母の顔を出す。

 

 足こそ止めたが、深淵卿は淡々と冷徹に言い返す。

 

『私はあくまでもあなたの命を保障しただけです。深淵郷の名を以って約束した以上護ります』

 

「なら!」

 

『ですので、他の事には不寛容。あなたの娘である朱月さんには別の実験に協力してもらおうと思っております。彼女達には関しては何も約束しておりませんからね』

 

「っ!」

 

 そこでようやく溟は気付いた。己が失敗を。

 

 溟の霊能力は少し先の分裂した世界線を覗き視ては、それを予知として現実の世界線に一番いい予知の世界線に繋げる能力。

 

 完全な未来視ではなく、不完全な予知であるために未来を変更できるタイプ能力である。

 

 だが、そんな予知の未来でも覆せないものが存在する。それは絶対に起きる現象には抗えない。

 

 例えば地震が起きる未来を予知した場合、地震に生じる被害やあるいは防災対策といったことで未来は変えられるが、地震が起こること自体は変えられないのだ。

 

 だからこそ、溟は大人しく捕まって肉体と霊能力を引き換えに自身の命を助かろうとしたのだ。普通ならば襲撃が来ると分かっているならば逃げればいいと対策に講じるだろうが、それは不可能だ。

 

 連れ去られるのは地震が起きるのと同義であり、確定事項。変えられない世界線においての共通のルールである。

 

 溟はそれをよく知っていたためにルールを逆手にとって、わざと捕まり、交渉することで生き延びようとしたのだが、ここでもう一つルールが存在した。

 

 溟が見た世界線において、必ず誰かが死者が出た。それは溟自身だ。

 

 そして、同時にそれは多重世界の理において刻まれたどの世界線においても絶対に通らないといけない。

 

 そして今回の事象においては『溟が深淵卿の下で連れ去られる』のと同時に『深淵卿の下で郷村家の女は囚われの身になる』のことも確定条件だったのだ。溟がその運命から逃れるが娘の朱月が肩代わりすることでその条件が成り立つということ。

 

 溟はそのことに今ようやく気付いたのだ。

 

 その真っ暗なその名に恥じぬ深淵っぷりを覗かせながら、深淵卿は語ってくる。

 

『あなたにはまだお二人の娘がいるではありませんか。そちらのお二人に初孫を産んでもらってください』

 

 

「っきっさまあぁああああ~~~!!!」

 

 

 溟の悲痛の叫びが部屋の中に響き渡る。

 

 

 部屋に置いてある溟から取り出したケースの中に保存されている子宮。それに対して傍に置いてある箱の中の〝藍の結晶〟が反応していることは誰も気づいていなかった。

 

 もし、それが声を発声することができたならばこう言っていただろう。

 

 

 

 ―――みぃ~、つけ~た。

 

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