魔法祖父ソルグランド ~TS転生した祖父は魔法少女の孫娘を見守る~   作:永島ひろあき

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少女の安堵

 それはツイノエの戦歴を鑑みても数えるほどしか記録されていない、膨大なエネルギーの発露だった。

 全能神ゼウスの雷霆の模造品によって、かつては人造ブラックホール爆弾の直撃にも耐えたバリアは大きく減衰し、続いて放たれた天滅之無羅苦莽剣により、完全に吹き飛ばされる。

 

 ヒノカミヒメが蓄えたプラーナを惜しみなく注ぎ込んだ天滅之無羅苦莽剣の発動は、超新星爆発かはたまた新たな太陽の誕生を思わせる超熱量となって、ツイノエのバリアを容易く燃やし尽くし、青黒く輝く金属の表面を見る間に包み込む。

 無数のナノマシンと液体金属、特殊合金など複数の素材で構築されたツイノエの表面は、例え大穴を開けられたとしても自動で修復が始まって見る間に傷を塞ぎ、更に攻撃を分析して耐性すら獲得する。

 

 そのツイノエの防御機能が残留する雷霆と赤い炎の海によって、攻撃され続けることで機能を封じられていた。

 周辺に薄く広く展開していた万単位の二級相当の魔物や、翼の生えた球体状の機械兵器達も、原子レベルにまで破壊されて跡形もない。

 中には十キロメートルにも達する巨大な水上艦や鯨を思わせる魔物も居たが、それらでさえ雷霆と天滅之無羅苦莽剣の連撃の前では存在を許されなかった。

 

 そのザンエイやナラカ・コーラルさえ比較にならない巨大な球体に、大きな穴が開けられて、今もあまりの高熱にドロドロに溶けた構造材が粘り気のある血のように流れている。

 宇宙に浮かぶ信じがたいほど巨大な生物の目が破裂し、そこから血を流しているように見えなくもない。コズミック・ホラーの如き光景を前にして、ヒノカミヒメとザンエイに減速はもちろん停止も反転も、選択肢になかった。

 

 天滅之無羅苦莽剣の発動を終えて、無手となったヒノカミヒメは変わらずザンエイの艦首に立ち、轟轟といまだに燃えているツイノエの一角をその黒い瞳に映していた。

 それは彼女の瞳と言う黒い宇宙に、ツイノエという太陽が燃えているかのよう。

 速度を緩めるどころか更に加速するザンエイに向けて、ツイノエの防衛機構は修復と並行して反撃を試みた。

 

 ザンエイとツイノエの相対距離がぐんぐんと迫る中、その進路上に重力場が作り出される。あまりの重力に周辺の空間が歪んで、光すらねじ曲がって見えた。

 接触した物質を素粒子レベルにまで分解される重力場に向けて、ヒノカミヒメは特に目立った行動はしなかった。ただザンエイが触れた先から、重力場がまるでどこかに飛んでしまったかのように消えて行く。

 

「私の初めての神隠しが重力場とは、なんとも風情の無い。送り先はミノスの迷宮の模造品ですけれど」

 

 重力場を無力化した手段の正体が、『神隠し』だったらしい。ある日、人間が何の前触れもなく唐突に行方を眩ませることを神隠しというが、ヒノカミヒメはこの現象になぞらえて、ツイノエの展開した重力場をこの宇宙ではない別の空間へと隠したのだ。

 ヒノカミヒメの神域は真神身神社とそこから広がる天地だが、彼女にとってはソルグランドと夜羽音と共に過ごしたかけがえのない場所である。

 可能な限り荒らしたくはなかったから、他神話から借り受けたミノスの迷宮の模造品の中へと送り込むことで対処したのだった。

 

 牛の頭を持った人食いの怪物として知られるミノタウロスを閉じ込める為に、希代の技師ダイダロスがミノタウロスの義父ミノス王に命じられて作ったのが、ミノスの迷宮だ。

 勇者テセウスのみがミノタウロスを討ち果たし、帰還を果たした迷宮の模造品に隠された重力場は、迷宮こそ崩壊させたもののザンエイとヒノカミヒメになにひとつ傷をつけられずに終わる。

 

 続いて進路上に格子模様に空間の断裂がびっしりと配置された。空間の構造そのものに干渉して、物質の硬度を問わずに空間ごと断つ絶対斬撃と呼ぶべき兵器が、ツイノエの内部で起動したのだ。

 目前でズレて行く空間を認めたヒノカミヒメが、手の中に一本の矛を取り出した。国造り、国産みの際に用いられた天沼矛(あまのぬぼこ)、その最も新しき形代である。

 ソルグランドが模倣して鍛造した天交抜矛に対して、こちらは本物の天沼矛を参考に作り上げたもので、それ自体が神格すら有するとてつもない代物だ。

 

「天沼矛影写(かげうつし)。空間ごと斬るのならその隙間を埋めるまで」

 

 天沼矛影写の穂先がなにもない空間を突き、そこからヒノカミヒメの神通力が空間を迸った。格子状に迫りくる空間斬にも神通力が伝播して、そのまま発生していた空間のズレをヒノカミヒメの作り出した新しい『空間』が埋めて、固定して無効化する。

 神通力の影響はツイノエにも達し、国造りの権能によってヒノカミヒメにとって都合良いものへと作り替えられそうになるのを、ツイノエ側の防衛機構は必死に抵抗した。

 分析の終わっていない神通力相手とあって、ツイノエ側の抵抗は十全に機能しなかったが、それでも拮抗にまで持って行ったのは、流石は宇宙からの災厄というべきか。

 

 天沼矛影写による半径数百キロに及ぶ空間斬の無効化よりコンマ三秒後、ツイノエの比較的損傷の軽いブロックから、無数の魚雷のような物体が光の尾を引いてザンエイへと群がって行く。

 飢えた肉食魚が血の滴る肉塊に食らいつくような光景に、ヒノカミヒメはソルグランドと同じ桜の花びらのような形の眉を寄せて、天沼矛・影写を左手に持ち替えると右手に新たな刀剣を一振り取り出す。

 

布都御魂鏡花(フツノミタマ・カガミバナ)

 

 こちらもやはりソルグランドの風土埜海食万と異なり、天沼矛影写と同じ形代だ。

 ソルグランドの風土埜海食万が風と土と水とを生み出して操ったが、布都御魂鏡花は原典の布都御魂が毒気に侵された味方を癒し、活力を与えて勝利に導いた特性を合わせて持った神器として完成された。

 毒気を払う霊力は、迫りくる脅威を払う守護結界と化し、味方と認識する者に毒を払い活力を与え、宇宙空間にも風と水と土を生み出した。

 

 数百トン単位の岩塊を飲み込んだ水流が、秒速数十キロメートルの風によって吹き荒れて、迫りくる光子ミサイルを喰らい潰して行く。

 天地の無い宇宙に巻き起こる無数の竜巻に飲まれた光子ミサイルが、内蔵していたマイクロブラックホール弾頭を炸裂させて、ザンエイの周囲に無数の黒い重力の球体が生まれては消えて行く。

 

 ヒノカミヒメの簡易神域と化したザンエイでなければ、マイクロブラックホールの影響を受けて、いくばくかの装甲を剥がされたかもしれない。

 重力場と空間斬、光子ミサイルの迎撃を潜り抜けたザンエイは、いよいよツイノエの金属の煮えたぎる損傷部へと激突し、その巨体の大部分をツイノエ内部に巡り込ませるのに成功した。

 敵本拠地への母艦での突撃と内部への侵入による中枢破壊。単純明快ながら、命知らずの半ば特攻じみた攻略作戦は、ようやく第一段階から第二段階へと移行する。

 

「マルザーダ司令、私はこれより敵中枢を目指して侵攻を開始いたします。皆様の出撃をお願いいたします」

 

 ヒノカミヒメのテレパシーに、ザンエイ艦橋のマルザーダは即座に応じた。今のところ、ツイノエ攻略作戦は順調な滑り出しを見せている。作戦成功の大部分をヒノカミヒメに委ねているとはいえ、人類側にも少しは出番と役割がある。

 

『了解した。すぐに部隊を展開する。補給と休息は必要かね、ヒノカミヒメ?』

 

「いえ、問題ございません。敵首魁……アンテンラも時期に本腰を入れて私どもを排除し始めるでしょう。お急ぎを」

 

『分かった。ザンエイは予定通り君が敵中枢を破壊するまでこの位置で固定する。帰る為の船を沈ませはせんよ』

 

「承知しております。ご武運を」

 

 テレパシーを終えたヒノカミヒメは布都御魂鏡花と天沼矛影写を艦首にわずかに突き立て、神域化を維持する要として残す。

 周囲の煮えたぎる金属の海はまだ冷え切ってはおらず、神域の結界と合わせて今しばらくは外側からの攻撃を防ぐ助けになるはずだ。

 

 ツイノエ内部のエネルギーの変化に、間もなく敵も姿を見せると看破するヒノカミヒメの傍らに、その影に潜んでいたフォビドゥン、ディザスター、スタッバー、シェイプレスが次々と集う。

 更に天の羽衣フォームになったソルブレイズ、ザンアキュート、アワバリィプールも集合して、第二次ワイルドハント隊が勢ぞろいした。本当に魔物達の本拠地に突入したのだと、アワバリィプールは顔色を青くしながら、実感している。

 

 その一方でフォビドゥン達魔物少女は、自分達も初めて足を踏み入れた場所に興味と恐怖と畏れ多さを混ぜた感情を抱いていた。

 もはや自分達の生きる道は創造主への反逆と勝利しかないと分かっていても、いざその時が来れば湧き起る感情があってもおかしくはない。

 土壇場でアンテンラの指示に従ってヒノカミヒメ達を裏切るのと、この場で翻した反旗を納めて、攻撃を仕掛けてくるのとでは、果たしてどちらがマシだろうか。

 

 ただし、フォビドゥンらのそんな様子を気にもしていないヒノカミヒメは、魔物少女達がこの段になって裏切るとは考えていない様子だった。

 そこまで躾が行き届いているという自信があるのか、裏切りを防止する為の呪いや縛りを架しているのか。どちらも在り得るのがヒノカミヒメという女神だ。

 

「皆さん、私達はついにエゼキド監査軍の本拠地ツイノエに降り立ちました。彼らは総力を挙げて私達を倒そうとするでしょう。しかし、私達に負けは許されません。滅ぼされたナザン、滅ぼされようとしている地球とフェアリヘイムの為に、そしてこの宇宙のどこかで魔物共の脅威にさらされている名前も知らない人々の為に。なによりも魔物の脅威の無くなった未来を得る為に、我々にはただ勝利のみが許されます」

 

 魔物少女達はさほど興味なく、ザンアキュートやソルブレイズは改めて口にされる事実に、不退転の決意を固める。その様子を一瞥もせずに理解し、ヒノカミヒメは出撃中の魔法少女とマジカルドール、妖精達にも自身の声を届ける。

 一時とはいえザンエイを彼女の神域とした以上、その程度の芸当は普通に言葉を口にするのと大差はなかった。

 

「ですが臆する必要はありません。たじろぐ必要も、二の足を踏む必要もありはしません。私が勝利をもたらします。私が勝利に導きます。私が皆さんを必ず地球とフェアリヘイムへと生きて帰します。私はヒノカミヒメ。あの偉大なるソルグランドの後を継ぐ者なのですから」

 

 ヒノカミヒメが言い終えてから、わずかな時間を置いてザンエイの周囲に出撃したマジカルドールや魔法少女達が布陣を終えて、迎撃に出てきた敵部隊に先手を取られずに済んだようだ。

 誰もが今回の作戦に参加するにあたり遺書をしたため、戦死の可能性を呑んだ者達だ。

 ツイノエ攻略にあたって、人類未踏の地どころか星図もろくに分からない遠い宇宙への進出だった為、フェアリヘイムからの転移や敗北した際に意識を本来の肉体へ転送する機能が、使用不可能となっていた。

 

 これまでの魔物達との戦いのように生存が約束された戦いではない。

 意識の帰還先がザンエイ内部の量子サーバーに変更されている為、仮に撃破されたとしても量子サーバーさえ地球に戻せれば、これまでのように復活することは出来る。

 しかし、もしザンエイが撃沈され、量子サーバーが破壊される事態となれば、本当に魔法少女やマジカルドール、キグルミの妖精達は彼方の宇宙で死を迎えることとなる。

 

 マジカルドールの中身である軍人や妖精達は曲がりなりにも成人しているが、魔法少女達は別だ。

 攻略作戦への参加は強制ではなく、任意で行われたのも、今回ばかりは本当に戦死する可能性がある為だった。

 その危険性を理解した上で、戦う事を選んだ魔法少女達だけだがこの場に立っていた。

 魔法少女達の中からビクトリーフラッグが、ふわりとヒノカミヒメの背後に降り立つ。

 

「ヒノカミヒメ、あなたの覚悟には敬意を。あなたにはまるで力の及ばない私達でも、足手まといになる為に来たわけではないわ。あなたと一緒に戦う為にここに来ている。ソルグランドにはたくさんの貸しもあるし、ここで最後の戦いになるのなら私達だって全てを投げ出す覚悟でいる」

 

「承知しております。このヒノカミヒメ、皆さんの覚悟を侮ったことなど、一時もありません。ただ、私はそんな皆さんだからこそ、なんとしても生還させたいのです。面倒なと感じられるかもしれませんが、それもまた私の存在意義であり、矜持でありますゆえ」

 

「私はあまり親しい付き合いをしていたわけではないけれど、そういう頑固なところはソルグランドに似ているわね」

 

「もしそうであるのなら、私にとっては嬉しいお言葉です。自分で似ていると思うのと、他者から似ていると言われるのでは重みが異なりますから」

 

「本当にソルグランドが好きなのね。彼女とあなたが一緒に肩を並べていたなら、どれだけよかったかしら。……ごめんなさい。この場で言う事ではなかったわ」

 

「いいえ。私も同じことを考えておりましたから。ですが、あの方はこの場におられません。それこそゆるぎなき事実。そして私がこの場に居るのは、あの方に勝利を捧げんが為でもあるのです」

 

 ヒノカミヒメの瞳の奥で暗く燃える意思の炎に、ここまでヒノカミヒメに執着させたソルグランドの人たらしぶりを察して、ビクトリーフラッグは表には出さず、心の中でだけ微笑する。

 実を言うとヒノカミヒメは、ソルグランドと比較しても圧倒的な戦闘力とより神秘的な雰囲気、魔物少女に対する冷淡とも幻覚とも取れる態度から、魔法少女達から一歩引かれた対応をされていたが、どうやら人間らしい感情がきちんとあるらしい、とビクトリーフラッグは悟ったのだった。

 

 これまで棚上げにされてきたヤオヨロズの実情やソルグランドとヒノカミヒメの関係、その正体等々、ビクトリーフラッグ以外にも色々と尋ねたい者達は山ほどいるが、ビクトリーフラッグだけは、もっと砕けたことを聞いてもいいのではないかと思っていた。

 ガールズトーク的なものをしてみようか、と考えたのである。意外とノってくるかもしれない。思いがけず肩の力が抜けたビクトリーフラッグだったが、ヒノカミヒメの眼差しが鋭くなるのを認めて、思考を切り替える。

 

 この場に居る誰よりも広く、鋭敏で、正確な探知能力を持つ彼女が反応を示した以上、ようやく敵が姿を見せるのだと、ビクトリーフラッグにも理解できた。

 ビクトリーフラッグはその名前を体現する旗を両手で握り直し、ようやく魔法少女としての戦いを終えられるのかと、戦いを前に安堵すら覚えていた。世界の命運を背負って戦い続ける日々は、彼女の心を疲弊させるのに十分すぎたから。

 




ある意味、危険な精神状態に陥っている魔法少女はベテランほど多いかもしれません。
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