バルバトス・セル   作:聖成 家康

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2 血の契約 その②

「……は?」

 

 彼の言葉に、思わず涙が引っ込んだ。

 

「俺はこの会社で造られた兵器。お前は、俺を使うの相応しい」

「……意味が分からない……! 使うって、どういうこと?」

「……知らないのか。博士め……」

 

 ルークが立ち上がりながらそう言えば、青年は顔を顰めながら彼女の横を通り抜ける。

 

 身に纏ったダウンパーカーのファスナーを下ろし、その場に脱ぎ捨てた。

 晒された彼の身体を見て、ルークは言葉を失う。

 

 鋼鉄の装甲で構成された人間の肉体。背中には、何かを収納しているような凸凹が三つある。顔は人間そのものなのに、身体は無機物であることに、恐怖すら覚える風貌であった。

 

 青年が前屈みになると、二対の凸凹が展開され、中に収納されたブレードワイヤーが飛び出てくる。

 解き放たれたワイヤーは、機動隊の間を潜り抜け、ブレードが荒れ狂う悪魔の首元を貫く。

 

 二対の弧を描いて、彼の元へ舞い戻るワイヤーブレードが鮮血を散らし、エントランスの白壁を汚す。

 

 彼の存在に気づいた悪魔が、人間離れした跳躍で接近し、拳を突き立てる。

 しかし、それをワイヤーブレードで防ぎ、強烈な蹴りを叩き込んだ。

 

 掌を地に向け、前腕の装甲を突き破って飛び出た銃口から40mm徹甲弾をぶっ放す。

 すぐに爆ぜたそれは、悪魔の頭を氷のように粉砕し、真紅の花火でエントランスの壁や床を鮮やかに彩った。

 

 ルークは絶句していた。エントランスも、普段からはあり得ないくらい静まっている。

 言葉を出そうにも出せない。兵器か悪魔か甲乙つけ難い存在を前にして。

 

 会社の入口を突き破り、三体の悪魔が侵入する。左から鳥、トカゲ、ネズミに見える〈トイフェル〉達は、機動隊を軽くあしらい青年に襲いかかる。

 

 鳥とトカゲを二対のワイヤーで封じ込め、ネズミに向けて徹甲弾をぶっ放す。

 

 ワイヤーによる拘束が解かれ、鳥とトカゲの攻撃が彼を穿つ。更には奇しくも急所を逃れたネズミの反撃を受けて、青年は血を流しながら吹き飛んだ。

 

 棒立ちしていたルークは、人混みに突っ込んだ青年の元へ駆け寄る。

 蜘蛛の子を散らすように社員達が逃げていく中、彼女だけは青年に寄り添った。

 

「ねぇ……あなたさっき、“使え”って言ったよね」

「俺のことを知らないのだろう」

「えぇ、何が何だか分からない。けれど……私は悔しいの」

 

 青年の鼻がひくつく。

 

「クソ親父に何もかも押し付けられて、悪魔に殺されかけて……もう散々なの……! 私は、こんな事の為に頑張ってきたんじゃないのに……! 私は幸せになりたいから頑張ってきたのに……!」

 

 ルークは溜め込んだ涙を拭う。

 青年の背中からワイヤーが伸び、彼女の頬を掠めて鳥の〈トイフェル〉を貫いた。

 頬から生温い液が滝のように流れ出る。

 

「だから、私に君を使う。君に、私の復讐を手伝ってもらう。異論はある?」

「……俺は兵器だ。命令には従うが」

「じゃあ、これは社長命令。君は私の道具になりなさい」

 

 そう言うと青年は立ち上がり、彼女の頭を掴む。

 頬から流れ出る血もろとも、彼女の白い頬に齧り付いた。

 歯まで突き立て、流れ出る血を啜っているのが感触で分かる。

 

 口を離した時、青年の上唇からは鮮血が滴っていた。

 戻ってきたブレードワイヤーが彼の掌に傷をつける。そして彼女の口を無理矢理こじ開け、そこへ溢れんばかりの血を流し込んだ。

 

「っ……ぁが……ぇっ……!?」

「飲み干せ。でなければ“契約”は成立しない」

 

 喉を通り、胃袋に血が落ちた時。

 

 目の前に砂嵐が走り、文字の羅列が浮かび上がる。

 

 

【型式番号-GF010】

 

【個体名称-バルバトス】

 

 

「バル……バトス」

 

 文字列が消え、元の視界に戻る頃には彼は背後に立ち、従業員を襲う悪魔をその瞳で見据えていた。

 

「契約完了。お前は今日から、俺の主だ」

 

 バルバトスの声が、耳から入って脳に伝わり、何度も木霊する感覚に陥る。

 あの血を飲んだ事で、身体に異変が起こっていることに、彼女は気づいていた。

 

「何したの……?」

「“契約”……正確には、俺の疑似血液に流れる人工細胞〈デモンズセル〉をお前に授けた。お前の血に順応し、すぐに増殖するだろう」

 

 もっと話を聞きたかったが、それどころでは無い。

 立ち上がり、直感でバルバトスの背中を叩く。肩甲骨の間にある凸凹が開き、中にある可変式ブレードを引き抜いた。

 

(なんで分かるんだろう……?)

 

 このブレードを触るのは初めての筈なのに、前に使った事があるかのように手に馴染む。

 

「やるぞ、主」

 

 バルバトスがブレードワイヤーを展開すると、それに気づいた悪魔達が従業員を襲う手を止めた。

 

 彼と共に駆け出し、鳥の〈トイフェル〉に一太刀入れる。血を浴びながら、重い一撃を胸部に叩き込んだ。

 グリップの底にあるレバーを引き、刃を変形し、マガジンとトリガーを展開すれば、銃口が現れる。

 小型徹甲弾を乱射し、鳥悪魔の装甲を削った。

 

(ここでワイヤーがあれば……)

 

 一気に叩き込める。

 そう思った矢先、彼女の意思を汲み取ったかのようにブレードワイヤーが飛んできて、鳥悪魔の装甲を破壊。グロテスクな肉体を顕にさせた。

 床を踏みしめ、渾身の斬撃を放つ。

 ぱっくりと割れた傷口から血が溢れ、鮮血の雨を降り注がせた。

 いくらブレードがあるといえ、自分でも驚く威力だ。――まるで筋力が増強でもしたかのような。

 

 何れにしろ、悪魔をこの手で倒せた。

 

(これなら……やれる……)

 

 胸の焼けるような高ぶりに身を預け、ブレードを振るう。

 彼と交戦しているトカゲ悪魔に、背後から斬りかかり、蹴りを入れる。

 

 躓いた奴の胸部に腕部砲を押し付け、徹甲弾を体の中へ撃ち込んだ。ブレードワイヤーで上空に舞い上がらせ、真っ赤な花火を打ち上げた。

 

 二人の狂気的な猛攻により、残るはネズミの〈トイフェル〉のみとなった。

 

 追い詰められたネズミ悪魔は、重傷を負った社員の腕を引き千切り、それを喰らう。

 

 男の悲痛な叫びと共に、ネズミの装甲は隆起し、その隙間から六本もの銃口が飛び出てきた。

 

 金切り声のような咆哮で、銃口は一斉に火を吹いた。

 四方八方に弾丸が飛び、無数の跳弾がエントランスを支配する。逃げ遅れた従業員達に幾つも当たり、悲鳴と叫びが木霊する。

 

 避けようが無く、ルークは目を瞑る。

 

 破砕音に目を開けると、二対のブレードワイヤーが彼女に迫る弾丸を弾き返していた。

 

 彼を見ると、さながら、獲物を見据える狩人の眼差しを敵に向けている。

 バルバトスの意志を汲み取り「わかった」と頷く。

 

 バルバトスの火砲が弾を放たれる。一切の迷いなく進み抜く弾丸は、ネズミ悪魔の額に突き刺さり、炸裂。

 血飛沫が散り、弾丸の発射が止まった。

 

 ブレードワイヤーの間を潜り抜け、標的に向って疾走。身体をぐい、と捻り、力強く握ったブレードを振るって奴の首筋に刃を叩き込んだ。

 

(硬ッ……!)

 

 刃は通るも、そこから中々進まない。分厚い管が何重にも重なっている感触だ。

 血管が焼き切れそうだった。けれど、今更引くに引けない。

 

 藻掻くネズミ悪魔の手が、ルークの頭を乱暴に掴んだ。凄まじい力で掴まれ、頭蓋骨に圧が掛かる。

 

 腹の奥から、生涯一度も出したことがない、枯れた叫びを上げた。

 

 どこからともなく飛んできたブレードワイヤーが、彼女の持つブレードに激突。

 

 その衝撃で、難攻不落の皮膚を遂に突破した。

 

 激しいせめぎ合いの末に、悪魔の首は、ルークのブレードによって討ち取られる。

 

 ネズミの頭は床を転がり、分断された肉体は力無く倒れた。

 

 鮮血の水面上に立つルークは、我を取り戻す。隠れていた社員達が続々と顔を覗かせ、血を頭から被った彼女を丸い目で見つめた。

 

「ルーク……!? どうしたの……これ……」

 

 エレベーターから現れたエミリアが、エントランスの惨状を見て青ざめる。

 バルバトスは彼女を視界に捉えると、なぜだか顔を逸らした。

 

「エミリア。会社のみんなを集めてくれる?」

「え……」

「どこでもいい。みんなに伝えたいことがあるの」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 エミリアはそれから、全社員を二階の演説室へ集めた。負傷者が出た為、全員を集めることは無理だったようだ。

 

 血を被ったままのルークは、小さなステージに上がり、集まった者達を見下ろした。

 片隅には、バルバトスの姿も見える。彼はじっ、とこちらを睨むように観察している。

 

 息を吸い、言葉を連ね始める。

 

「アドルフォは、我々を裏切りました。長年、兵器開発を行い世界の均衡を保ち続けてきた、この会社の全てを捨てたのです」

 

 社員達の中には、ヒソヒソと会話をする者もいた。何を話しているのか、定かではない。

 

「その上、会社の名誉を傷つけるような兵器を開発し、人々を恐怖に陥れようとしました。アドルフォ・ファウストを、血の繋がった娘として、私は許してはおけません」

 

 握ったブレードを天に掲げると、社員は皆それに釘付けとなり、一言も発する事も許されぬ気迫が辺りに張り詰めた。

 

 暫くの静寂の後、ルークは再び言葉を連ねた。

 

「我が社の兵器は、人を傷つける為にあるのではない。人々の自由と平和を守り、悪しき者を滅する為にあります。前社長の犯した愚行は、その理念に反するものです」

 

 社員達は圧巻されていた。社長の面影を感じる人間が、社長を否定し、新たな道を切り開いていこうとする様に。

 前社長アドルフォ・ファウストは、狂気的なまでに信頼され、支持されていた。社長としては最適な人間。

 

 しかし、彼は会社を裏切った。どれだけ過去に尊敬されていようと、その行為一つで一気に崩れる。自分の地位だけでなく、会社そのものの地位もだ。

 

「私は、アドルフォ・ファウストが壊した我が社の誇りを、再び作り直す!! 忌まわしき我が社の汚点である悪魔を根絶やしにする!!」

 

 ルークは声を高ぶらせる。

 社員たちにも高揚が見られた。

 

「我が社の誇りを取り戻したい者は、私に着いてこい!! この私、ルーク・ア・ファウストが新たな社長である!!」

 

 歓声が挙がった。狂気的な、一人に対する物とは思えない歓声が、息を荒らげた彼女に降り掛かった。

 

 

 新たな社長が、今ここに誕生した。彼女の名はルーク・ア・ファウスト。悪魔をもって、悪魔を滅する者。

 

 

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