ルークが社長として、悪魔を滅する決意をした翌日。
会社は、彼女を中心に動き始めていた。
ファウスト・メカニクスは大企業とまではいかずとも、小さな地域を統治するそこそこ大きな会社。アドルフォが社長だった頃は、まだまだ成長途中であった。
地道な苦労が、ようやく大衆に認められつつあった時に起こったのがあの事件だ。
そう思えば、父は実に愚かだ。
「社長。大変そうね」
「ちょっとは敬語使ったら?」
社長室で休憩をとっていたルークに、ノックもなしに入ってきたエミリアが絡む。彼女の声音は、普段とは違い、少し低めのものだった。
「……ルーク。色々と聞きたいことはあるんだけど……あなたがなんで、バルバトスと一緒に悪魔と戦っていたの?」
そう言って詰め寄ってくるエミリアの気迫は凄まじい。
バルバトスがまともではないことなど、彼女はとっくに分かっていた。それを踏まえた上で彼の血を飲んだのだから。
「……あれは何? 自分を“兵器”と言っていたわ。開発部のあなたなら、分かるんじゃないの?」
エミリアは呆れた様子でデスクに尻を置く。
「あの兵器は〈ソロモンギア〉。開発部門が極秘で造り上げた自律型対悪魔兵器よ」
「……随分仕事が早いのね」
「黙って聞きなさい」
口を挟むと鋭い言葉で制される。幼い頃に見た憎き父親の姿と重なり、気分が悪くなる。
「〈ソロモンギア〉は〈トイフェル〉にも使われてある人工細胞を元にして造られている――つまり、あれも“悪魔”なのよ」
「……それが何で、私が説教垂れられる理由になるわけ?」
「分からない……? あなたはバルバトスの血を飲んだ!! 悪魔の血を……!!」
彼女は両肩を掴んで、必死の形相でルークに訴えかける。
あまりの必死さに、ルークは戸惑いを隠せない様子であった。
「今はまだいいわ……あなたの細胞は、完全に悪魔の物になったわけじゃない。けど……!! いずれは、ルークが
「何で……何で私に黙ってそんなこと……」
崩れるように肩を落とし、額に額をぶつけてくる。彼女の温もりが、やけに強く感じられた気がした。
「……ごめんねエミリア。でもね」
エミリアをそっと引き剥がし、彼女の目を見据えた。向こうから、自分はどのように見えるのかが、気になって仕方が無い。
「私は社長なの。他の誰よりも覚悟があって、力が無いといけない。全てを守れる力が、私には必要なの」
「……馬鹿」
目の奥に涙を貯め、突然両手をバッ、と広げた。
「……何?」
「抱いて!!」
「いや、社長と社員がそういう事するのは――」
「そういう意味じゃない! スケベ!」
ぱちん、という音が、真っ黒な部屋で木霊した。
◇
社内会議には初めて出席したが、こんなにも緊迫感溢れる物だとは思わなかった。
縦に長いテーブルを囲んで各部の最高責任者が集まり、それを仕切るように社長であるルークは座っていた。だいたいが堅そうな中年男性であるが、エミリアを含め若い者も何人かいる。
全員の前方にホログラムが展開され、本日の議題が提示された。
「本日の議題は、皆の分かっている通り、今都市部に蔓延っているとされる人工機械生命体〈トイフェル〉への対策案です。まずは開発部から、現状の報告を」
堅物な男に挟まれるエミリアへ目配せをする。流石の彼女も、この場ではスーツ姿だった。
「前社長アドルフォ・ファウストと開発部の一部の者が共謀し造った〈トイフェル〉――以後、悪魔とさせていただきます。
悪魔はある程度量産され、アドルフォの手によって街に放たれたと推測されます。目的は不明……ですが、悪魔は無差別に人間を襲っていることが分かっています。
このままでは、我が社の尊厳に傷がつくことが大いに予想されます」
エミリアは言い切ったあと、ルークの言葉の後に席につく。
「社長。我々機動隊は、既に万全な体制です。すぐにでも、悪魔殲滅作戦を開始できます」
戦闘部門のディルクが自慢気に言う。スーツの似合わぬ、金髪の屈強な男。この面々の中では、やや若めだ。
「そうはいきません。奴らは既に、自ら量産する方法を身に着けています」
エミリアの言葉に、責任者達はざわつく。
ルークの一言で黙り、エミリアが続ける。
「奴らは各地に生産工場らしき物を作り、何らかの用途で資源を入手し、新たな悪魔を増やしています。一つは突き止める事が叶いましたが、残りは不明です」
「じゃあ、そこを叩きましょう社長。我々の戦力なら、悪魔も恐れるに足りません」
ルークは顎に指を当て、暫く黙り込む。そしてエミリアを見てから口を開いた。
「エミリア。奴らの生産工場は、具体的にどういった構造であるか分かりますか?」
「……すいません。そこまでは。工場は大量の悪魔と無人兵器で防衛されており、ドローンであれど近づくことは極めて困難ですので……」
「……分かりました。では、これからの方針として、悪魔の被害拡大を防ぐ為、悪魔狩りに尽力する……といった体制で望むという事で、異論はありませんか?」
皆、それぞれ思う節はありそうな顔をしつつ、彼女の言葉に頷いた。
「それと……悪魔狩りには、私も参加させていただきます」
その一言には、皆は同意できない様子だった。
「社長が自らですか!?」
「危険です!! 社長にもしもの事があったら、また我が社は……」
会計部、人事部が続けて声を挙げた。彼らの言い分は、彼女も十分理解できている。
「私は、我が社が引き起こした一連の問題を解決する責任を背負っています。私自らが問題解決に加担せずしてどうするのです。
口だけの上に、下の者はついては来ません」
彼女の言葉に二人は黙り込む。
次に反論される前に、ルークは社内会議を終えて、皆を解散させた。
会議室には、ルークとエミリアのみが残った。
「ルーク? 間違っても、自分が悪魔の細胞を持ってるなんて言ったら駄目よ」
「分かっているわ」
「……何れは明かさないといけない時が、来るんでしょうけど――ねぇ、今から時間ある? ちょっと開発部に来て」
ようやく休めると思ったが。社長というのは、やはり大変だ。
◇
開発部の部屋は、社長室の数倍は広い。白銀の金属の壁で囲まれ、無数の機械が置かれた、科学プラントの一区画と言われても遜色ない場所だ。
「バルバトス……」
そこに、悪魔は佇んでいた。彼のベッドらしき、プラグだらけのポッドにもたれかかって、彼女をじっと見つめている。
「GF01。主を連れてきたわよ」
「博士……きちんと俺のことを話したか?」
「……悪魔のきちんとは分からないけど、大まかに説明はしたわ」
バルバトスは前のめりになりながらルークに近づいてきて、顔を近づけてくる。その狂気的なまでに冷酷な目は、彼が“悪魔”である所以だと今更ながらに気づいた。
「お前、悪魔殺しに加担するらしいな。“口だけの上に下の者はついて来ません”だったか?」
「……なんでそれを」
彼は会議にいなかった。その言葉を一字一句の狂いもなく言えるのは、少なくともあの場にいた人間だけだ。
「……〈デモンズセル〉はかなり特殊な細胞なの。血に慣れてくると分裂して、小型化した細胞は強い電磁波に似た〈Mシグナル〉を発するようになる。それがGF01の脳に到達すると、ルークとGF01の意思が一時的に共有される……逆も然りね」
それを聞き、あの戦いの中で生じた疑問が、次々と解消されていった。条件は不明だが、彼と自分は一心同体に近い状態な訳だ。自分では分からない事も、彼なら分かる。
業務に活かせたら良いのだが、彼女は間違いなく止めるだろう。
「お前と俺は、あくまで“兵器”と“人間”の関係だ。それを忘れるな」
「……忘れるつもりはありません。それ以前に、あなたは悪魔なのですから」
「何を言う? お前もだろう」
バルバトスの言葉に、ルークは口角を緩めた。
「そうね」
その不敵な笑みを、バルバトスは観察するように、じっ、と見つめていた。