バルバトスを連れ、開発部に戻ったルーク。
ソファに腰を掛けて、複数のコードに繋がれていくバルバトスを眺めていた。
「GF01、身体の不調は無い?」
「無い」
首へ、背中へ、上半身を中心として無数のコードが彼に繋がれていく。抵抗する様子も無く、戦いの時からは想像もつかない大人しさだった。
ポッドが閉じられ、彼はそこに隔離された。ぷしゅー、と空気が吹き出ると、ポッドは完全に閉鎖される。
〈ソロモンギア〉の動力源は、内部に搭載された高性能バッテリー。何にも、デモンズセルを利用した実質的な永久機関なんだとか。
エミリアが淹れたコーヒーを啜り、ほっ、と一息つく。いつもの服は血で汚れた為、白ワイシャツと黒のスラックスという平凡な服装だった。
「ねぇエミリア。一つ、質問があるんだけど」
「なに?」
「デモンズセル――D細胞、だっけ。あれってさ、実用化できないの?」
「……この会社の商品と売らないのか……ってこと?」
ルークは恐る恐る頷く。
また説教垂れられるかと思い構えていたが、彼女は呆れたように息を吐くだけで、長々と怒ろうとはしなかった。
「確かにD細胞は、上手く使うと永久機関だって造れるわ。商品として売れば、確かにボロ儲けできる……けど、分かるでしょ? 商品として売るには、まだ危険なの。D細胞は血に順応してから、何をするか不解明な部分が多いのよ」
「……会社の皆に、細胞の事を伝えようと思うんだけど」
「話聞いてた?」
案の定の返事だ。ルークは眉間にシワを寄せ、コップの縁を唇に挟む。
「社長にこんな事言う権利私には無いんだろうけどね……何のために私達が今まで“秘密”にしてきたか、さっきの説明で伝えたはず。公にするにはまだ早いのよ」
「プランが台無し……」
なるべく聞こえないよう呟くも、彼女の耳には届いていたらしく、大股になりながらルークの両肩へ掴みかかった。
「いい? ルーク。社長だからって、一人で突っ走ろうとしないで。あなたが悪魔って事が、皆にバレたら大変でしょう?」
「隠してたら、余計に怪しまれる」
「私や他の皆のことも考えて。あなたの理想だけでやっていけるほど、会社っていうのは甘くないのよ」
そんな言葉に打ち砕かれ、ルークは沈黙する。彼女が離れるや否や、コーヒーを全て喉奥へ流し込み、ソファに寄りかかる。
(甘くない……か)
唇を噛み、口いっぱいに広がった苦味を味わう。
上手くいかないな、社長。
また、バルバトスの声が聞こえてくる。ポッドの中で眠っているように見えるが、意識はあるようだ。
うるさい。
頭の中でそう思い、彼に伝えた。それっきり返事は途絶えた為、伝わったかどうか定かではない。
「……ルーク」
エミリアが後ろから頬に手を添わせ、髪を掻き分けながら、白く艷やかな肌を優しく撫でる。
「壊れないでね。お願いだから」
表情は見えない。ただ、声音と声量からして、笑っていない事は確かだった。
◇
社長として働き初めて、ようやく一週間が終わりを告げた。
体がどっ、と重い。何度か悪魔狩りに出向く事はあったし、何より通常業務がかなり酷だ。父親の元で、社員として働いていた頃よりよっぽど疲れる。
誰もいない、僅かな照明の残る社内カフェテリアで、普段口にしない甘ったるいラテを飲みながら休息を取る。ほわほわと昇る湯気が、人の顔に見えてきて体力の限界を悟った。
「お疲れ様です。社長」
ことん、とチョコレートの入った籠を置いたのは、専属秘書であるロルフ。白髪で髭がよく似合う男性。いつもおっとりした顔をしているイメージしかなかった。
「疲労には、糖分が良いですよ」
「甘い物は嫌いなんだけど……」
「それは重々承知しております」
ロルフは、小さい時からよく面倒を見てくれた。何をしても怒らない、父親に比べ何億倍も優しい人だったのを覚えている。
一つ摘んで、包みを剥がして茶色の塊を口に放り込む。ほろ苦さが先に来て、後から甘みが口に広がった。
「甘……」
「社長、お疲れのようなら、少し休息を取られては?」
「……まだ一週間よ? そんなのでへばってたら、笑われるわ」
「ご無理をして倒れる方が、笑われるかと」
痛い所を突かれ、寸前まで出かかっていた言葉が引っ込んだ。
「……今日はもう寝る」
「おやすみなさいませ」
深々礼をするロルフを置いて、ルークはカフェテリアは後にした。
会社の裏にある、タワーマンションの七十二階。そこが彼女の部屋だった。
エレベーターへ数十秒身を預け、くたくたになりながら部屋に帰る。
街が全貌できる綺麗な部屋だが、物が限りなく少なくて殺風景だった。
服を脱ぎ捨て、ラフな格好のままベッドに飛び込む。気絶しそうな勢いだったが、何とか意識を保つ。
(理想だけじゃどうにもならない……か)
エミリアの言葉が、ここ数日何度も頭を過る。その度に胸を締め付けられ、屈辱が湧き出てくる。
理想は理想であって、正解では無い。社長はどちらかと言えば、正解の方を貫かねばならぬ立場。
理想を掲げては、社長として大成できないのか。確かに父は理想などに惑わされず、常に会社の為を想って行動しているように思えた。
深い、深いため息をつく。
結局、父親を超える事はできないのか。
自分にありとあらゆる責任を押し付けた、糞みたいな父親さえも――。
考える事すら嫌になって、大きく寝返りを打つと、そのまま意識は途絶えていった。
◇
会社に一人残っていたのは、開発部で夜通し作業をするエミリアだった。日中できない、D細胞の研究を、一人で進めている途中であった。
D細胞は血に順応して初めて、その真価を発揮する。細胞が血と判断するギリギリのラインを攻めた疑似血液も、この細胞も、全てはアドルフォが率いた極秘開発チームが生んだ産物。彼女一人では成し得なかった事だ。
エミリアは休憩に伴い、ずっと心に留まっていた疑問を解消すべく、バルバトスをポッドから解き放った。
コードに繋がれた彼は前のめりになり、やがてコード接続が解除されると、疑似血液をまき散らしながら床に倒れ込む。
むくり、と起き上がったバルバトスは、エミリアを見据えると、ソファに畳まれていたダウンパーカーを羽織った。
「GF01。おはよう。身体に不備はない?」
「ない」
こう聞くといつも同じトーンで、同じ二語を言い放う。人の姿をしているのに、言動はまるでロボットそのもの。人の姿にしたのは、接しやすくするためだが――ソロモンギアには、まだまだ改良の余地がある。
「GF01、私はあなたに質問があるの。いいかしら」
「……なんだ」
「あなたが確立させた“契約”……何故、私の許可もなしに、二代目社長と――ルークとそれを行ったの?」
今まで、気になりながら、ずっと心の奥底に隠してきた問い。何故、彼女なのか。もっと戦闘経験のあるディルクなんかの方が適任な筈である。
「……あれは、俺を扱うのに相応しい」
「それは社長だから……ってこと?」
「そうとでも思っておけ」
バルバトスはソファに腰を下ろす。腰をひん曲げて、膝に肘を置いたまま虚空を見つめる。
その行為が何を意味するか、エミリアは必死に思考を巡らせたが分からなかった。
「いい? 彼女に従うのよ。ルークは社長。死なれたら困るの」
「この細胞は、そう安々持ち主を殺すような代物では無いのだろう」
「そうだけど!! もしもの事があったらどうするの!!」
夜中にも関わらず、エミリアは声を張り上げる。疲労困憊の中絞り出した怒声が暗闇にまで響き渡った。喉の奥がヒリヒリと痛む。これ以上の詮索は、きっと無駄だろう。
悪魔の考えなど、人間には理解し難いものなのだ。
「……質問は以上よ。戻りなさい」
バルバトスはその言葉で、自らがポッドに戻っていく。
彼のバッテリーが生み出す電力は、会社の電力として利用している――という言い分で、使用時以外ポッドに入れているが、本当の理由は、野放しにしておくのが末恐ろしいからである。