ファウスト・メカニクスは昼休憩の時間に入っていた。社内カフェテリアは多くの社員でごった返し、広い空間に相応しい賑わいを見せている。
「あ、ルーク社長。こんにちは!」
「お疲れ様」
仲睦まじく昼食を取る女性二人組が手を振ってくる。それに対して微笑みを返してから、ルークは空席に腰を下ろす。
注文用のタッチパネルでいつものメニューを頼み、背もたれに身体を預け天井を見上げた。くるくると回るシーリングファンをじっと眺めていると、悩み事が全部掻き回されて、リセットされるような感覚に陥る。単なる現実逃避に過ぎないのだが、此処に座るといつもやっていた。
「おや、社長さんじゃねぇか」
そう言ってどしん、と彼女の前に座ったのは戦闘部門のディルクだった。二日ぶりに会うが金色の髭が、一段と濃さを増した気がする。
「食事は一人でさせてくれないかしら」
「堅い事言うなよ、社長さん」
ノールックで注文し、音を立てながら肘をテーブルに置いた。
「なぁ、俺はずっと気になってたんだが……あんたはどうしてあんなに強いんだ?」
「……我が社の武器のお陰です」
「使ってるモンはほぼ一緒みたいなもんだろ、な? 何か秘訣があるんじゃねぇのか?」
しつこい男だ。それとも何かに勘づいているのか。何れにせよ、エミリアに怒られる危険がある以上、デモンズセルの事を明かす訳にはいかない。
「……頭を使うこと、でしょうか」
「けっ、そうかい。そりゃあ俺には真似できねぇや」
ロボットが持ってきたステーキセットを持って、人混みの中へ姿を消していった。
ようやく頼んでおいたサンドウィッチとミルクセットが眼の前に運ばれ、腹の音が鳴る。肉厚のソーセージを、挟んだバンズと共に齧れば、肉汁が溢れんばかりに広がった。
今や、食事時だけが唯一の楽しみだ。
「なぁ……新しい社長ってさ、何か気味悪いよな」
後ろからのふと、そんな声が聞こえてくる。人混みに紛れた、消えそうなくらいの小さな声にも関わらず真っ先に耳に入ってきた。
「あぁ、何か隠してるよな? 絶対」
「アドルフォ社長より労働環境は良いけど、信用はできないよなぁ」
二人はそれから、他愛のない座談を延々と交わしていた。
ミルクを喉に流し込み、ルークは瞳を伏せる。
(信用……ね)
またミルクを一口飲む。
人工乳飲料特有のほろ苦い味が、全く感じられなかった。
サンドウィッチを食べ終わった頃、警笛と共に社内へアナウンスが流れた。
『ファウストスクエア二番通りにて〈トイフェル〉の目撃情報あり。機動隊は直ちに出動準備を』
そのアナウンスを聞き入れて、ルークはすかさず立ち上がった。
先程の二人組を横目に見る。こちらの存在に気づいていない様子だ。
それからは何も気にせず、出撃するべく機動隊の出動シェルターへと向かった。
◇
輸送車両の並んだシェルターに着くと、バルバトスや機動隊員達の中に、見慣れない人影が伺えた。そこには、エミリアの影も見える。
「あ、ルーク。丁度良かったわ。ほら! 筋肉バカどもはとっとと車乗れ!」
バルバトス以外の人払いを済ませて、青褪めた顔のエミリアが彼女に近づいてくる。
「新型ソロモンギア、開発完了よ」
「……凄い顔よ? 大丈夫?」
「こんなの一日寝れば治るって!」
そして、いつの間にか顔目前まで迫っていた見慣れない顔に、ルークは言葉を詰まらせる。
整った顔立ちで、ショートヘアの桃色髪がよく似合う。こちらを見つめる大きな蒼い瞳。ルークより背が高く、黄土色の外套に身を包むその姿はまさに、大人の女性、といったところ。
「あなたが社長さん? かわいいのね。女の子みたい」
両手を合わせながらにっこり笑う彼女。
鼓動が自然と高ぶっていた。細胞が疼く感覚――彼女を“悪魔”と認識するのに、そう時間は要さなかった。
「名前はGF03-“グレモリー”。口頭で命令しなきゃ駄目だけど、忠実だから安心して」
「よろしくね! 社長さん」
頷きだけを返し、グレモリーとバルバトスと共に輸送車両へ乗り込んだ。
「ちゃんと寝てね」
「言われなくともー」
大欠伸をかますエミリアに見送られ、ルークを乗せた輸送車両は出動シェルターを全速力で出発する。
「お兄さん、マスク取って私にお顔見せて?」
「うぇっ……ぇえっと」
「言う通りにしなくて結構ですよ」
機動隊員に絡むグレモリーを制すように、ルークは横から口を挟んだ。
襟を引っ張り、彼女の隣へ座らせる。
「ねぇバルちゃん、社長さんとどういう関係?」
「……黙れ」
「いいなぁ、そんな言い方するって事は絶対濃密な関係じゃん。私もそういう相手、欲しいなぁ」
バルバトスと違い過ぎて、ルークは彼女と中々話せずにいた。人工知能は性格を作る事ができるが、デモンズセルはそうはいかないらしい。人工的といえど、あくまでD細胞は生命体。機械と違って、イレギュラーが多発する。
「人工知能の進化はなんというか……凄まじいですね。恐ろしささえ覚えます」
「我が社の改善点です」
隊員に対し、苦い反応を見せていると輸送車両が緊急停車して、車内が大きく揺れた。
「お前ら! 降りろ! 悪魔がいやがるぞ!」
運転手がそう叫ぶと、機動隊員達は武器を手にとって一斉に下車する。
ルークも立ち上がって駆け出そうとするも、前に出た悪魔に行く手を阻まれた。
「失せろ、悪魔」
「どの口が言ってるのー? 不思議ー」
二体はさっさと車両を降り、戦場へと向かった。
焦って駆け出したルークも戦場に足を踏み入れる。
高層ビルが密集したファウストスクエア二番通り。しかし、いつも通りの様子であり、悪魔の姿など何処にも見えなかった。
「警戒を怠るなよ」
ディルクが右手を上げながら、クリアリングを隊員たちに促す。
街ゆく市民たちが、物珍しそうにその光景を眺めていた。市民の様子も普通。少なくとも、化け物を見た直後の表情はしていない。
「ちっ……おい社長さんよ! こりゃあ地下にいるぜ!」
そう叫ぶ彼が指差した先に、ファウストホテルの地下駐車場の入口があった。派手に破壊された跡が残っており、何がその先に居るのかは一目瞭然だ。
「私が先行します。貴方達は、市民の安全確保を優先してください」
「へっ、お前さんだけ目立つつもりか」
「最善の手段を取ったまでです」
バルバトスを連れ、地下へと降りていく。三人目の足音が聞こえるため、グレモリーも着いてきたようだ。
地下駐車場は、予想通り、惨状と化していた。停められてある車のあらゆる箇所が凹み、フロントガラスが地面に散らばっている。血痕は見当たらない。まだ被害者が出ていないと捉えるべきか。
頭の中でバルバトスに訴えかける。
ファスナーを下ろし、凄まじい音を立ててパーカーを放り投げた。
地を指で、薄暗闇を掌で示すと、前腕の装甲が展開されて、腕部砲の砲身が覗く。
彼女の方へ向けられた腕部砲が火花を散らし、轟、と大気を揺るがせた。
寸前でルークを免れた徹甲弾は、何もない空間へと飛んでいったかと思えば、突如現れた悪魔の脇腹を突き抜けた。
コウモリの〈トイフェル〉。四対の羽を持ち、焦点の合わない瞳をひたすらギョロつかせている。
徹甲弾が柱を粉砕すれば、コウモリは再びその姿を消す。
「お前ら、悪魔なのカ? なんデ俺を襲ウ?」
消えたコウモリのものらしき声が、地下駐車場に木霊する。
悪魔が言葉を話した。人の言葉を、バルバトスのように理解して使っている。やはりD細胞も生命体。人に似通った姿をしていれば、こうなってもおかしくない。
「お前が悪魔だからだ。悪魔は全て滅ぼすと、私は誓った」
「おかしナ悪魔ダ」
私は悪魔じゃない……!
そう思った矢先に、バルバトスの背後に姿を現した四翼の悪魔。鋭い爪がギラつき、彼の背中が掻っ切られそうになる。
されど、何処からともなく飛んできた二対の真っ赤な熱線によって、コウモリの頭部が灼け飛び、燃える肉片が飛散する。
「ギィヤァァァァァ!!」
外套を脱ぎ捨て、女性らしい体つきのグレモリーの金属ボディ。熱線を放ったのは、その両肩にある、二対の熱線照射タレットだった。
「あはは! あっついでしょ!」
「お前、俺は仲間だゾ……!?」
間髪入れずに放たれる熱線が、コウモリの口を塞ぐどころか、跡形もなく消し炭にしてしまった。
内部のバッテリーに引火したのか、コウモリの肉体は炎を漏らしながら爆散。鮮血を撒き散らし、黒煙と共に消えていく。
薄闇に包まれていた地下は、あっという間に炎と煙で満たされる。
「社長さん! どうどう?」
「……えぇ。その調子で……頼むわね」
ソロモンギアを“兵器”としか見ていない彼女には、褒め方が分からなかった。そういう点では、バルバトスは“兵器”の完成形なのだろうか――。
「余計なことを考えるな」
そんなことを考えていると、背後から頭を掴まれ、ドスの効いた声で胸を突かれる。
悪魔に関連しない事に、彼が突っ込んでくるなど珍しい。
焔に包まれた駐車場。煙がしきりに外へ流れ出る最中、またコウモリの〈トイフェル〉がその姿を現した。
バルバトスの背からブレードを抜き、再度戦闘態勢に入る。
「貴様ら、悪魔の分際で悪魔を殺すのか?」
灼熱を背に車の上へ立つコウモリの〈トイフェル〉。六枚の翼を広げ、威嚇のような行為を取った。
「私は人間よ。人が悪魔を殺す事に、何の問題がある?」
「白を切るな、細胞の反応は誤魔化せないぞ」
悠々と喋るコウモリへ、グレモリーの熱線が射出されるも、それをアクロバットで回避し、続けざまにルークに攻撃を叩き込んだ。
迫った六対の爪を何とかブレードで防ぐもその反動は凄まじく、背後にあった車体と激しく激突する。
弧を描く二対のブレードワイヤー。大蛇のような畝り、コウモリの翼を刺突。
しかし奴は空中で体勢を変え、脚を用いてブレードを瞬時に抜く。迫るもう片方のワイヤーを三枚の翼で弾き返した。
言葉を話すということは、知性が高い。
知性が高い分、戦闘能力もそれに比例して高くなる。
確かに、今までの悪魔とは比にならない。
だが、こっちの悪魔も他のとは違う。
バルバトスに対し、頭の中で対策案を求めてから、ブレードを構えたまま明後日の方向へ駆け出す。進行方向には、光の漏れ出る出口が。
「逃がすかっ!!」
眼の前に現れたコウモリの攻撃を防ぐ。
それは重たく、キリキリと彼女を追い詰めた。
華奢な身体からは想像もつかない力量で爪攻撃を弾き、反撃の蹴りを叩き込む。
再び姿を消したコウモリ。
あれをされては、攻撃を凌ぐのにも精一杯だ。
背後から現れたコウモリが、強烈なバックキックを彼女に喰らわせる。
みしみしと伝わる衝撃が内部を押し潰す。大きく吹っ飛ばされ、地面にひれ伏した。
ブレードを杖代わりに立ち上がり、次なる攻撃に備える。
(……まだ……?)
歯を食いしばり、暗闇からの追撃を受け止める。
「本当に悪魔では無いらしいな、細胞が未熟すぎる」
「っ……!」
ブレードに足を置き、ニヤリとほくそ笑んだ鉄の化け物は、忽然と姿を消す。
瞬間、眼の前を二対の熱線が突き抜けた。
「もう! また外れ!」
グレモリーは頬を膨らませ、片足を地面に叩きつける。
腹いせか、何か意図があっての事か、あらぬ方向へと熱線を照射する。
しかし壁や天井を焦がすばかりで、肝心のコウモリには当たらない。
これは長期戦を強いられる――と思ったのも束の間、バルバトスのブレードワイヤーが、姿を消していたコウモリ〈トイフェル〉を的確に貫いた。
コウモリの視界に入らぬよう、暗闇に潜めながら、攻撃の時を伺っていたらしい。思考の共有ができるというのは、本当に使い勝手が良い。
動きを封じた。
高火力な砲台を持つ兵器の前で動きを止めるというのは、戦場においては“死にたいです”と言っているようなもの。
「やっと見つけた!」
熱線タレットの砲身が紅く煮え滾る。
両腹部から展開される機関銃から鉛玉が放たれた。白銀の雨粒に対し、無抵抗に浴びるしかないコウモリの動きは、やがて鈍くなった。
刃が抜かれ、拘束が解除されたほんの一瞬。
放たれた二本の灼熱が、目標地点で交わり、辺りへ凄まじい熱風と熱を生み出した。音さえも消えたその攻撃は、息を吸って吐けるくらいの時間で終わる。コウモリの姿は、もう何処にも存在しておらず、炎の塊が空中を漂い、即座に消えた。
「あはは! やったやった! やっと当たったよ!」
煙の昇る二対の砲身を肩に担いだまま、嬉しそうに飛び跳ねる女の姿をした悪魔。
人間とそう変わらぬ見た目なのに、どうして“悪魔”だと意識してしまうのか。
ルークは手首を掻き毟る。
全部この細胞のせいだ。
彼にも聞こえるよう、頭の中でそう呟いた。