推しのサイリウムは【紅玉色】   作:シンオオサカ

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執筆に至った経緯
①【推しの子】のMVにハマり、そこからマンガ読破。
②第2話のOPを見て、ルビーのシーンで心臓を撃ち抜かれる。
③ルビーの出番がもっと欲しい。
④執筆開始
⑤→今ココ


Prologue →01
序章という名の異物混入


 

 

 

「完全なアイドル」とは、どんな存在だろうか?

可憐さの極みか。セイレーンのような歌声の持ち主か。妖精の如く舞える者か。

どれもが正解なようでいて、しかしその全てが不正解とも言える。

 

この複雑怪奇にして、至上の難問の解。

その一つとして挙げられるものを、皆も一度は目にしたことがあるだろう。

 

「ファンに夢を見せること(魅せること)が出来るモノ」

 

その夢に魅入られた人間は、ファンに堕ちていき。

夢を見せられたファンは、そのアイドルの魅力に溺れていき。

次第にその身を焦がしてくこととなる。

 

この終わりの視えないループは、人類の見果てぬ夢の一つである永久機関とも言えるかもしれない。

一般人からしたら狂気とも言える永久機関は、正常/異常に稼働している間は正のスパイラルを生み出し続ける。

しかし何かの拍子にそれが故障した/正常に戻った場合。

 

総じてそこには、反転したスパイラル――負の連鎖を生成させてしまう。

 

だから一度始めてしまった嘘は。

一度吐いてしまった嘘は。

反転を生み出さない為にも、最後まで突き通さなければいけなくなる。

 

これはアイドル(偶像)に限らない話。

家で。学校で。職場で。

あらゆる時と場所で、そこに住まう人々の間で起こり得る事象。

 

否。

毎日あらゆる場所で発生し、そして破綻している事象。

人は自分を守る為に嘘を吐き、そしてその嘘で身を焦がしていく。

 

嘘を吐くというのは、人に与えられた特権であり、そして業でもあるのだ。

嘘という名の虚構。

だけど人はその虚構を信じて。

時には虚構が現実を上回り。

そして飲み込んでいく。

 

人は常に何か(誰か)を演じている。

日常生活にあるそれ(●●)の先に展開されたものが、偶像(アイドル)であり、

虚構(フィクション)なのだ。

 

虚構で人を感動させることが出来るのは、人であれば誰もが知っているだろう。

優れた文章や演劇は人の魂に働きかけて、そして涙を流させるのだから。

 

虚構は人類の成長と共に、その枠をどんどん広げてきた。

かつては(10年前は)受けられなかったものが、受けられるようになり。

それはあたかも、人の考え方の土台の変化と連動しているが如く。

一度禁じられても、時を経て復活することもまたあり得るのだ。

 

これらの歴史的背景から積みあがった結論。それは――――

 

 

 

「お兄ちゃん。男の娘がアイドルの格好するのって、最強だと思わない?」

「黙らっしゃい。あとしっかりと謝罪しなさい。冒頭の盛大なフリに対して、土下座して許しを乞いなさい」

 

 

こんな会話が普通にされるくらいには、人間の(人類の)成長は多様性を認めている段階に至ったのだという話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫だって~~。スサノオノミコト?だって、女装してヤマタノオロチを退治したんでしょう?だったら無問題だって!」

「確かにその部分だけ取り出せばそうかもしれないけど。だからって何で僕がそれをやらないとあかんのよ。マイシスター?」

 

明らかにネジが数本抜けたような要求に対して、正当な意見で返す。

そこには仲の良い間柄のみで許された、ある種の気安さがあった。

「お兄ちゃん」と「マイシスター」という言葉を額面通り受け取るのであれば、そこには兄妹がいるということになるのだろう。

 

だがそれは、あくまで額面通り――文字をそのまま受け取った場合に限るだろう。

事実。「お兄ちゃん」と呼ばれた個体は、世に言う男性像とは聊か趣が異なった格好をしていた。

 

ピンクを基調としたベストとスカート。

純白と言うにはラメが凝らしすぎているであろう、白いブラウス。

艶のある黒髪は、肩甲骨が隠れる程の長さまであった。

 

言葉飾らずに言ってしまえば、アイドル系の服装と化粧を身に纏った――

まごう事なき「男の娘」がそこには存在していた。

 

「お兄ちゃんは悲しいわー。世界一可愛い妹からのお願いが、まさか「女装して推しアイドルのライブを再現をしろ」だなんて……」

 

瞑目した後に嘆息。

開いていない瞼の下には、きっと諦観の念が籠っているのだろう。

もしこの場にいない共通の知り合いがいれば、きっとそう分析してくれたに違いない。

 

そんな憂いを湛えた、見る人を引き込みそうなオーラを出しているのは、

「推定オス」の生命体。

シュレディンガーもかくやと言わんばかりの、証明不可能にして珍妙不可思議な生物がそこには存在していた。

 

「だって私はライブに行けないけど。お兄ちゃんは行けるじゃん。そんでもって私はライブを見たい。ならお兄ちゃんに再現してもらうしかないじゃない!」

 

A=Bだからといって、必ずしもB=Cになる訳ではない。

それを証明するには、C=Aである必要がある。

にも関わらず、さも世の中の真理だと言わんばかりの妹。

 

「確かに素晴らしいアイディアだよね……僕の尊厳と引き換えに、特殊召喚していることに目を瞑ればだけど」

 

内面と外面が一致しないこの状況下で、自称:兄はハイライトの灯らない瞳を揺らしながらそう答えた。

それに対して妹は――ベッド上で半身を起こした妹は、眩しそうなモノを見るかの如く、その瞼を細めていた。

 

妹は極度のアイドル好きである。

非常に高い火力を持ち、そしてそれに比例した審美眼を有している。

そんな妹が見抜いた兄の素質。そしてそれを見越した服装等の手配。

 

身内でなくてとも、この娘の将来は有望だと思わざるを得ない。

そう思わせるものが、この少女には宿っていた。

――この娘に【将来】なんてモノが与えられるのであれば、の話であるが。

 

「あーあ。どうしてアイドルになりたい私がこんなんで、全然アイドルに興味ないお兄ちゃんがこうなのかな……」

 

ぼやきのような軽さで語るそれは、怨念が籠った呪いのようにも聞こえた。

五体満足でその場に立ち、そして可憐さ極まる容姿と衣装に身を包んだ兄。

それをベッドの上から眺めることしか出来ない妹。

 

今年で小学校の最高学年である6年生――12歳になるその少女は、あまりにも華奢過ぎた。

まるで痩身過ぎるその体躯は、一つの生命としての終わりが刻一刻と迫っていることを克名に知らせているかのようだった。

 

「お兄ちゃんとしては、他ならぬ【世界で一番大事な妹】の頼みだから、出来ることなら叶えてあげたいけどねー」

 

言外でに「それでも出来ないこともある」と含ませる兄。

 

「そもそもお兄ちゃん立派な成人だし。既に別のお仕事してるんだよ。知ってるでしょう?」

 

腰に手を当てて怒る様は、とても成人男性には見えない。

というか見える方がおかしい。

 

身長は160cmあるかどうか。

手入れがなされていないのにも関わらず、すべすべな饅頭のようなもち肌。

大きく愛らしい双眸。ましてや今は軽く化粧まで施されている。

これでは男性という証明は不可能とも言えるだろう。

 

「成人っていうけどさ、いまだに髭なんて生えてないじゃん!二次性徴、お母さんのお腹の中に置いてきちゃったんじゃない?」

「ひどい!普段から気にしていることなのにっ!……あと二次性徴はしたよ?声がソプラノからメゾソプラノになったし」

「どっちにしても男声パートじゃないしー。それにお兄ちゃんって「自称」漫画家じゃない。もうちょっと売れてから言ってよ。そういうのはさー」

「グッ!?愛しの妹からの容赦ない一撃で、お兄ちゃんのHPがレッドになってまう……!」

 

不毛な遣り取り。

そうとしか見えないが、確かにそこには貴重な時間が流れていた。

兄と妹の会話という掛け替えのない――幾ら積んでも買うことが出来ない、とても大事な時間が。

 

「い~い、お兄ちゃん?次に来る時までの宿題ね!必ず私の推しのライブを再現出来るようにね!」

「お兄ちゃん、大事なものがごっそり削れる気がするんだけど……可愛い可愛い【さりな】の頼みだ。再現できるよう、がんばるよ」

 

哀愁の漂った背中。

大事な妹のお願いと、自身の尊厳を天秤に掛けた結果。

自らの尊厳を捨て去った聖者は、静かに病室の扉を勢いよく開けて――そしてそっと閉じた。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

「あ、雨宮先生。いつも妹の面倒を見て頂き、ありがとうございます」

 

兄が病室から出ると、そこには妹の担当医が佇んでいた。

気を利かせて、面会に水を差さないように待ってくれていたのだろう。

気遣いの出来る男だ――きっとモテるに違いない。爆ぜろ。

 

「ああ、天童寺さん。いつもお見舞いに来て頂き、ありがとうございま……す?」

 

視線が合い、そして一拍遅れて困惑の色が浮かぶ。

声はいつもの患者の兄だが、姿が一致しない。

おかしいな。今日は当直明けではなかったはずなのだが。

若き男性医師は脳内で自身の健康状態についてセルフチェックを始めた。

 

「(……何度見ても、アイドルっぽい格好の女性にしか見えない)」

 

おかしい。

いつもお見舞いに来てくれるのは、ビン底眼鏡に髪を後ろで纏めた――どちらかというとステレオタイプのオタク系だったはずなのだが。

ああ、そうか。

また視力が悪くなったのか。眼鏡を新調しないといけないな。

医師の冴え渡る頭脳は、どうやら混乱の極みに達しているようだった。

 

「先生?どうかされましたか……?」

 

声のトーンや話し方から、目の前の人物の特定は完了してしまった。

状況証拠から、眼前の人物はまごう事なき患者の兄である。

 

「えっ、天童寺さん?……天童寺さん?」

 

驚愕。

逃避。

そして現実への帰還。

 

雨宮医師は混乱の極みにいつつも、きちんと現状を把握出来るようになった。

流石は医者なだけのことはある。想定外の事象に対して、状況把握とリカバリは一般人のそれを上回る。

……最も、こんな良く分からん状況に陥ったことはそうそうないと思うが。

 

「はい、天童寺ですよー。世界で一番可愛い妹のお願いで、女装してアイドルのライブを再現することになった、売れない漫画家の天童寺兄ですZO……」

 

明るい笑顔から段々と曇っていき、最後にはお目目がグルグル。

明らかにヤバい。

出来れば関わり合いたくない。

でもそれは出来ない。

何故ならば、患者の家族はこの兄以外は訪れないからだ。

責任感の強い医者は、逃げ場がなくてかわいそなのです。

 

「……その格好って、さりなちゃんの推しの子の格好ですよね?」

「はい。この格好の少女こそが、これから僕が挑むアイドル(偶像)です……」

 

……ご愁傷様です。

雨宮医師は声に出さずに、胸中でひっそりと呟いた。

その妹に振り回されるターゲットに、後に自分が追加されるとも知らずに。

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

【後日談】という名の蛇足

 

 

 

「さりな!お兄ちゃん、これまでの経験を活かしてマンガにしたら、連載が決まったよ!」

「ウソぉ!?何、何ていうタイトルなの!?どんな内容!?」

「【Girlish Boy】っていう、男の娘が芸能界で成功していくお話だよ!ほらこれ、見本誌」

 

小学●年生の少女寄りの容姿をした男の子が、ひょんなことから女装してアイドルになって成功していく話。

昨今の世情を反映しているところもあり、持ち込んだ出版社からも評判が良いとのこと。

 

「これでもう、【売れない漫画家】とは言えないでしょう!」

 

無い胸(あったら問題であるが)を張り、エッヘンという擬音が聞こえてきそうな兄の態度。

兄の成功は純粋に嬉しいが、これはこれで素直に祝福するのも癪に思える。

なのでせめてもの意味を込めて、一刺しだけはしておこう。

妹はそう思い、一刺しは一刺しでも強烈な一撃を叩き込んだ。

 

「黙れリアル男の娘。ドラマ化が決まったら、ちゃんと主演は自分で務めなよ……他に出来そうな人、出てこないだろうし」

「ゲハァ……!?」

 

噓のような話だが、妹の言葉の一部は後に具現化されることとなる。

その一部というのがどこのことを指すのかは……その時までのお楽しみということで。

 

 

 

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