「あれ?……パンマは?」
星野家……が実効支配している天童寺家のリビング。
赤ん坊という時期を脱し、二足歩行をしても奇異に見られないくらいに成長した双子。
その片割れである少女ルビー。
彼女はその母親のドッペルゲンガー的な存在が居ないことに気付き、相棒にそう問い掛けた。
「あぁ。今日は宮崎だってさ……さっき出ていったよ」
「……そっか。今日があの日だったんだね」
少年らしい快活さがない。そんな相棒からの返答を聞き、想いを馳せる少女。
少女の元兄――前世での兄は、自分の月命日には必ず宮崎に行く。
それを思い出して、何とも言えない気持ちになった。
「(お兄ちゃん、さりなはここにいるよ――?)」
そう言えたら、どれだけ良かったか。
あれだけ自分が望み、そして元兄も願ってくれた生まれ変わり。
だと言うのに、少女は未だに美少女モドキにそれを告げられずにいた。
理由は明白である。
いつの世も異端は排除されるから。
仮にテンドーがルビーという存在を受け入れたとしても、
推しの子どもに生まれ変わる幸運。
だからこそ怖いのだ。
もし前世持ちで、かつ自我もそれに準じているとバレたとしたら?
自分が産んだ子が、普通ではない前世持ちだったと分かったら?
――自分が母親の立場だったら、耐えられないかもしれない。
だから言えない。
前世では何でも言い合える存在だというのに、今は大事なことを何一つ話せていない。
少女の胸中は複雑であった。
「お兄ちゃん……」
「ん?……何だ?」
今は自分が"お兄ちゃん"と言って反応するのは、目の前の存在だ。
こちらも自分と同じく前世持ち。
アイのファンだったというから、数奇な運命を感じる。
自分と同じく前世の運を全て使い切ったからこその、今生の圧倒的な幸運。
そう言われても不思議はない存在だった。
「何でもない」
「……そうか」
少女からの返答。
明らかに何かを抱えていそうだが、少年はそれに対して突っ込みを入れることはしなかった。
少女はあの美少女モドキのことになると、微妙に態度が変わる。
ナニカがあることは間違いない。
だがそれを表に出さない以上、自分の出番はない。
前世で医師であった魂は、経過観察という手法で対応していた。
「そっかー、今日はいないんだー」
であれば。
かねてから考えていた作戦を、実行に移す時かもしれない。
ルビーはそう考え、とてとてと歩き出した。
「おい。何か変なこと考えてないか?」
――鋭い。
双子特有の感なのか。
それとも前世が探偵や警察とかだったのか。
この現世の兄は、やたら勘が働く。
こと
「えー?そんなことないよー?」
対する自分は、前世の殆どを「良い子」という演技をしてきた
疑いを持たれても、真実には到達させない。
ある意味自分たちの日常は、この頭脳戦とも言える駆け引きが土台として横たわっていた。
「嘘つけ。この間見つけた"アレ"を試そうとしてるんだろ?」
まぁ仮に。
仮にバレるようなことがあった場合。
それはワザとバレさせて、その上で巻き込む為の演技だったりするが。
「あちゃー。やっぱりバレてた?」
「バレバレだよ」
――計画通りぃ
妹の計略はなった。
こうすれば今生の兄を共犯者に仕立て上げることができる。
つまり何かあっても叱られるのは二人となり、責任は分散する。
あざとい。
この幼女、実にあざとい。
「(……とか思ってるんだろうな)」
一方。
前世で医者だったアクアは、そんな少女の思惑も読んでいた。
その上で、引っかかったフリをしてあげる。
それこそが大人だと、前世の時点で目の前の幼女よりも年上だった――と思われるものの務めだと思っていた。
この兄妹。
実は似たモノ兄妹であった。
「それで……?どうやって"アレ"に挑むつもりだ?」
アレ。
それは、この天童寺家のブラックボックスのこと。
別名:開かずの間。
廊下の突き当りにある部屋であり、そのドアは施錠されている。
しかもその鍵はダイヤル錠であった。
――怪しい。
明らかに一般家屋に付けるタイプの鍵ではない。
しかしそれは現実に存在している。
テンドーは基本的に星野家の人間に、自宅の全てを開放していると言っても良い。
だからスタジオ(この場合マンガの作業場に該当)への出入りも制限されていないし、風呂なんかも使い放題だ。
しかし一点だけ例外がある。
それがこの、ブラックボックスとも言える部屋の存在。
この部屋だけには、あの美少女モドキは誰も立ち入らせなかった。
だからこその謎。
それ故の興味。
あの向こうに一体何が?
それは幼女の興味を引くに足るものであった。
「あえて触れない方が良いとは思うけどなぁ……」
そう言いつつ、割とこういったことは好きである。
シニカルな仮面の下から、そういった色が出てしまっている幼児君。
そしてそれを見逃す妹君でもなかった。
「そんなこと言ってー!気になってるんじゃないの?」
「……まぁ、少しは気になるけど」
「ほら、やっぱりー!!」
幸い今の時間は、誰もいない。
というかアイが在宅だが、今は昼寝中であった。
アイドルという不規則な生活に加えて、絶賛子育て中なのだ。
休める時に休まなければならない。
もう一時間もすればミヤコが来るが、それまでこの家は双子の天下であった。
「まぁ、確かに今しかチャンスはないけど……」
「やろうよ!気になるじゃん!?」
ダイヤル錠は、ドアノブ付近に設置されている。
だから第一の関門としては、ドアノブまでの高さをクリアすること。
誠に遺憾ながら、双子の身長ではドアノブまで手が届かなかった。
だから探す。
代替となる手段を。
そして見つけ出した。
洗面所で使う、足台というアイテムを。
「これなら手が届くよね?第一関門、クリアー!!」
幼女の元気いっぱいの宣言。
それに対し、その兄は言うと……。
「(元気だなー)」
元アラサー医師は自らの分身に向かって、内心でそうこぼしていた。
元々医者という激務明けの二度目の人生である。
幼女の元気さは、彼にとって非常に眩しく映っていた。
「次!今度はダイヤル錠!!」
0から9までの、5桁の番号である。
つまり10万通りのパターンが存在する。
頭から試しても日が暮れる。
一日にどれだけの時間を費やせるか次第ではあるが、到底数時間で終わる規模でない。
「(ま、気の済むまでやらせてやるか……)」
その途方もないパターンを計算し、最初から諦観しているアクア。
膨大過ぎて、余程の事情がなければやり遂げられないだとう。
そしてその"余程の事情"というのは自分には存在しない。
であれば、やる気など出ないというもの。
「えっと、こうして……こうして」
対して妹は積極的だった。
特に余程の事情があるようには見えない為、単純に好奇心からくるものだろう。
だがアクアは予想できていた。
子どもの好奇心は、その好奇心が満たされなければすぐに飽きるということを。
「もー!何で開かないのー!?」
数十分後。
そこには元医者の想定通りの結果があった。
「(ま、そうなるわな……)」
むしろ良くもった方だ。
自分ならこんなにトライしないだろう。
そう考えると、なかなかに頑張った方だと言えるだろう。
「ほら!お兄ちゃんもやってみてよ!!」
「えー」
面倒くさい。
そう言って放棄出来たらラクなのだが。
面倒くささを隠さず、彼はハイライトの消えた目でダイヤルの番号を見た。
「うーん。これって、00000から試した感じか?」
「そうだよ。あとこの部屋番号とか、電話番号とかそれっぽいのを入れてみたりしたんだけど……」
「上手くいかなかった、と……」
それではお手上げではないか。
流石に自分は1から10万通りも試したいとは思えないし、その時間もないだろう。
だからせめて一回。一回だけでも試してダメなら、妹も諦めてくれ……ると信じたい。
「(他に何かそれっぽい番号とはあったっけか……?)」
アイの電話番号を区切ったり、斎藤夫妻に関する番号でもヒットしない。
となると後考えられるのは――。
「……さりなちゃん、か」
「え?今、呼んだ?」
「いや。何でもないよ……」
小さく小さくこぼした、その一言。
アクアが思い至った存在は、テンドーにとって世界で一番大事なモノだった。
試すとしたら、これしかないだろう。
「3、6、7と。あとは……何だろう?」
3桁なら、367(サリナ)で良いだろう。
だが後2桁が残っている。
あとテンドーが考えそうなことと言えば……。
「もしかして……0、4、か?」
3、6、7、0、4とダイヤルを廻していく。
――カチリ。
そう音を立てて、そのダイヤルは解除された。
「ウソ!?すごい、どうしてわかったの!?」
「……たまたまさ。何となく試したのがまぐれ当たりしただけだよ」
妹からの驚愕混じりの賞賛。
それに対して兄は恍けるという選択肢を選んだ。
言えるはずがない。
前世からの繋がりで、カンニングしたようなものなのだから。
「……まぁ、良いか。今はそれよりも中がどうなってるのかが先だもんね」
訝しみつつ、目的を優先する妹。
ドアノブに力を入れ、そしてその禁じられた扉を開く。
果たしてそこにあったものとは――。
「……普通の部屋、だよね?」
「……あぁ。そうみたいだな」
そこにあったのは、ただの部屋であった。
棚。机。ベッド。
誰か一人がここで暮らしている。そう言われても納得するような普通の部屋がそこにはあった。
「(だけど何だ……この違和感は?)」
普通だ。
普通過ぎる。
そう。ここが子どもの部屋であれば、だが。
「(そうか!ここの机やベッドは、小学生位の子ども用なんだ!)」
気付いた違和感。
そして気付いてしまった正体。
この部屋は。
この部屋は――!
「(さりなちゃん用の部屋、だったのか……!?)」
考えてみれば当然だった。
あの超シスコンのことだ。
その対象である妹の部屋を用意していない訳がない。
「(だけどたぶん、この部屋は……)」
その対象は、一度も使うことはなかったであろう。
だってテンドーの妹は。
さりなは生まれからの殆どの期間を、ベッド上で過ごしていたから。
「(この部屋は、この部屋は……!)」
いつ妹が戻ってきても良いように、その為に用意された部屋。
そしてその役目を終えても。それでもまだこの部屋は存在し続けていた。
「(天童寺さん……)」
前世での友人として。
そして現世での家族モドキとして。
「……僕はもう出るから、気が済んだら出てくるんだぞ?」
「…………うん」
この部屋にはいられない。
居てはいけない。
そう思ったアクアは、妹を残してリビングに戻っていった。
「(……お兄ちゃん。約束、してくれたからかな……?)」
ルビーは"さりな"であった、在りし日の思い出に想いを馳せる。
かつて兄は言った。
さりなの為に、部屋を用意してるから――と。
「(お兄ちゃん……お兄ちゃん!)」
涙が止まらない。
自分は本当に愛されていたのだ。
それを再度実感する。
「(さりなの好きだったものが、いっぱい入ってる……)」
引き出しを開ければ、そこにはアイのグッズが山ほど入っていた。
本当にさりなの為の、さりなだけの部屋。
この部屋が解放されない理由が氷解した。
「(今の私じゃ、この部屋は使えないね……)」
変質してしまった存在。
かつては妹であったが、今は別の個体だ。
いくら家族モドキであっても。
だからこそ使えない"聖域"となっていた。
「(……あれ?これって、何かな……?)」
引き出しを閉めようとした時、そこには大きめの封筒が入っていた。
写真でも入っているのかな?と中身を引き出す幼女。
しかしそこに入っていたのは、少女の根幹を揺るがす禁断の書類であった。
「……えっ」
――"雨宮吾郎の調査記録"
そう書かれた書類が、中から飛び出してきた。
――どういう、こと?
動悸が激しくなる。
息がしにくくなる。
危険だ。この書類は見てはいけない。
頭の中で警鐘が鳴り続ける。
はやくここから離れなければ。
自らの冷静な部分が出すその指令を、
――ペラ
めくる。
――ペラ
めくる。
――ペラ
そして辿り着く。
――行方不明。最後に消息を確認されたのは、自宅付近。
携帯電話は自宅付近で信号途絶。
何らかの事件に巻き込まれ、そして――
「う、そ……」
――既に亡くなっている可能性が高い。
*
「雨宮先生、見つからないなぁ……」
前世での妹が家のブラックボックスに触れた時。
美少女モドキは宮崎の空の下に居た。
さりなへの祈り(という名のアイのステージ再現)をし、そして吾郎の足跡を追っていた。
もう何年も同じことを毎月行っている。
だが未だに吾郎の行方は不明のままである。
何度も調査依頼をするが、その結果は記録にある通り。
分かっている。これだけの年月を掛けて、一切の手掛かりがないということは。
理解している。彼がもうこの世に居ない可能性が高いということは。
でも納得したくなかった。だから半ば無駄と分かっていても、その行方を追ってしまうのであった。
「さりな……もう生まれ変われたかな?もしかして雨宮先生の生まれ変わりと会ってたりして……」
それだったら平和である。
雨宮医師には悪いが、来世で平和にやってくれれば相殺できると思って頂こう。
あの二人なら、次の人生でもアイを推すことは間違いない。
それをヒントに二人を探す、というのもアリかもしれない。
「そう言えば……あの双子のアイ推しは、まるであの二人みたいだよね……?」
お母さん大好きすぎるでしょ。
そう言いたくなる程、双子の推し活っぷりは凄まじく、そして異常であった。
そこから想起するのは、妹と友人の面影。
だが同時に。
自分はとんでもない思い違いをしていのではないか。そんな予想が頭を過った。
「はっ!待てよ?いつから転生先が、前と同じ性別で確定してると思ってたんだ!?」
テンドーの身にカミナリが落ちる。
盲点だった。
その発想はなかった。
だが……考えて然るべきだった。
「(もしかしたら、さりなは男性に生まれ変わっている可能性も……ないとは言えないじゃないか!?)」
さりなの生まれ変わりは女の子だと決め付けていたが、もしそうではなかったら……?
男の子のさりなか……たぶんそれでも世界一可愛いとは思うけど。
美少女モドキはさらに思考を加速させる。
「(ヤバい!今まで描いた作品の主人公は、最初の"Girlish Boy"以外は、全部女の子だ!)」
これは良くないかもしれない。
男の子主人公モノを描かなければならないのでは……?
テンドーの頭脳は、明後日の方向に処理を開始し始めた。
「……良し。今度はこんな感じで描いてみるか……!」
・オオエド戦隊ショーグンジャー(3人組)VSムロマチ戦隊ショーグンジャー(3人組)
・中盤から登場する第三勢力として、カマクラ戦隊クボウジャー
「……うん。割とアリだね?」
色々な箇所に喧嘩を売っていそうな設定だが、日本人なら今更である。
歴史上の偉人や武将を、性別反転してバトルロワイヤルさせたりもしてるのだ。
それからすれば然したることはない。
色物作家から飛び出す、異色にして異食な新機軸。
ヤバそうな設定から飛び出した作品は、やがてドラマ化をすることとなる。
その監督の任を背負わされた存在は――都内在住の某監督であったとだけ言っておく。
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