推しのサイリウムは【紅玉色】   作:シンオオサカ

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転換点(ターニング・ポイント)

 

 

 

「えっ?MV(ミュージック・ビデオ)の撮影に同行して欲しいですって?」

 

天童寺家のリビング。

そこでは珍しい人からのオーダーによって、面食らっていた美少女モドキがいた。

 

「えぇ、そうなんです……おいで頂くことはできませんか?」

 

別段彼女がここに居ることは珍しいことではない。

アイの所属プロダクションの社員であり、その私生活をもサポートする彼女。

斎藤ミヤコ。ややギャルみを残す彼女ではあるが、その中身は立派な社会人である。

 

事実。

彼女のアイドル事務所での仕事ぶりは確かなものであり、また彼女のサポート無しではアイと双子は生活を維持できない。

テンドーも星野家をサポートしているが、完全にベビーシッターに専念出来る訳ではない。

そういった意味でも、彼女ほど貴重な人物はいなかった。

 

そんな彼女からの頼みだ。

出来るなら叶えてあげたい。

叶えてあげていのだが……

 

「うーん。でも何でそんなことを?」

 

単純な疑問である。

確かにテンドーは、いちごプロのスポンサーである。

というより、外付けの財布に等しい。

それ故プロダクションにおいての発言は、ある意味社長よりも強いモノがあった。

……社長は泣くだろうが。

 

だけど分からない。

アイが参加するMVへの同行だ。

下手すると場が混乱するのではないか?

そんな疑問が首をもたげていた。

 

「実は、そのぉ……」

 

非常に言いにくそうな口ぶりから始まったのは、このMVに関する裏話であった。

"可愛すぎる女子高生"という触れ込みの少女がメインとなる、MVの撮影。

今回のコンセプトは"学生"であるが故に、その舞台を学校に据えての撮影となった。

 

しかしここで問題が発生する。

主演の女の子よりアイの方が可愛いという、撮影側泣かせな事態を引き起こすのではないかということ。そしてそれは、予め分かっていても避けられないのであった。

 

だって主演の子を今以上に可愛くすることも、アイの可愛さを落とすことも容易ではないのだから。

正確には言えば、ないとは言わないが非常に難しい。

こと前者に限って言えば、即効性のある魔法など存在しなかった。

 

「それは……由々しき事態ですね」

 

アイのファンとしては、それは何としてでも避けたい事態である。

しかし大人の事情というのは如何ともし難い。

ことスポンサーや大手事務所というのは、どこに行ってもついて回る問題だ。

 

「そんな背景がありまして。ここで問題になるのは、アクアとルビーも連れていけと聞かなくて……」

「(……読めてきたな)」

 

撮影当日に、いきなり特定の脇役を排除するということはないだろう。

そんな軋轢を生みだすのなら、撮影後に編集で存在を消した方が余程角が立たない。

 

だけど物事には例外というものが存在する。

もしもその例外に、悪い意味で当たってしまった場合。

アイという存在は、その現場から追い出される可能性があった。

可愛すぎるというのも難しいものだ。

テンドーは自分の容姿など明後日の方向に追いやりながら、そう考えた。

 

「つまり……双子の機嫌が悪くならないように、なだめる為の要員として行けば良いんですね?」

「……全くもって、その通りでございます」

 

それは言い難そうに切り出す訳だ。

普通に考えたら、そんなのはごめんだと切り捨てられてもおかしくはない。

彼女の――ミヤコの懸念は最もであった。

 

ただ、このテンドーという存在は。

幸いなことに大多数の意見とは異なる思考の持ち主だった。

推しと推しの子ども(+ミヤコ)のお願いだ。叶えるのは当然と言える。

 

「良いですよ?幸い、締め切りは過ぎたばかりなので」

「本当ですか――!?ありがとうございます!!」

 

花が咲かんばかりの笑み。

素敵な笑顔で天童の両手を掴み、感謝を伝えるミヤコ。

 

「(若い子好きの社長の趣味が窺い知れるなー)」

 

世の殆どの男性なら、その魅力でノックアウトされるであろう、ミヤコの笑顔。

さらに手を掴まれるという身体的接触までプラスされている。

であれば、これで落ちない男はいないだろう。

 

そう。

普通に考えれば、だが。

 

「気にしないで下さいよー。困った時はお互い様でしょう?」

 

だが残念。

その唐変木には効かない。効かないのだ。

そして想定されたダメージは、想定されないダメージへと転化される。

 

「……えっ?何で?何でテンドーせんせの、手をにギってるの……?」

 

それを少し離れたソファから見ていた、我らがアイドル。

 

――何か怖い。

 

いつもよりも固い発音。

そして、ハイライトが消えたように見える瞳。

逆にその瞳にはめ込まれた星だけは、いつもと変わらずに輝いていて。

それが却って、いつもと違うという状態を如実に語っていた。

アクアが見た母親は史上最高に可愛いのに……今だけは何故か怖かった。

 

「ねぇ、アクア?どうしてテンドーせんせの手をニギってるか……分かる?」

 

――怖い。でもそんなアイも素敵だね!

 

そう言えたら良かったのだが。

しかしそれを口に出そうものなら、彼女は自分が持て余している気持ちの正体に気付いてしまうかもしれない。それだけは避けたい。ファンとして避けたい。

 

彼女の幸せの為なら、何でもしてあげたい。

そこに嘘はない。

だから彼女の出産にも最大限の協力をしたし、それは今でも変わらない想いである。

 

しかし。しかしだ。

一人のファンとしては、そんな事態は避けたいに決まっている。

もっと言えば、そのお相手は前世の友人である。

そこを代われ!と何度思ったことか。

 

「(くそ……!恨むぞ、天童寺さん!?)」

 

天童寺家のリビングは、今日も平常運航であった。

 

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

時間軸は移動し、数日後。

 

都内某所。

ここは所謂、学校と呼ばれる建物である。

しかし本日は休日であり、部活動でもやっていない限りは学校に来る生徒はいない。

 

だが……世の中には例外というものが存在するもの。

そこに居るのは明らかにティーンエージャーたちであり、学生服を着ているが……この学校の生徒は一人もいなかった。

 

では他校の生徒たちか?

それはYesと言えるが、100点満点の正解とは言えない。

何故ならば、彼らは生徒という年齢であるのと同時に、本日は業務としてこの場に赴いているからだ。

 

「(でも良いのかなぁ?僕が見学に行っても……?)」

 

今日は、ミヤコが依頼してきたMVの撮影日。

つまりこの場に集いしものは、大人を除いて全て被写体であった。

事前に入口でパスをキチンと見せたので問題はないが、それでも場違い感が半端ない。

 

「(はぁ……今日打ち合わせがなかったら、家からみんなで来れたのに……)」

 

そう。本日はテンドーのみ別行動であった。

天童寺本来の業務であるマンガの作成。

その為に必要な打ち合わせに、急遽のリスケが発生し。

結果として自分だけ先に家を出ることとなったのであった。

 

「(担当さんも、休日にお疲れ様だよねー。まぁ、相変わらずのぶっ飛び振りだったけど……)」

 

あの才色兼備の担当は、今日も絶好調であった。

会話の途中で漏れるわ漏れる、隠し切れない本音……というか欲望。

"ウホっ!良い男の娘!"とかが日常会話に度々挟まれるのは、出来れば勘弁願いたい。

 

「(良い人なんだけどなぁ……アレさえなければ)」

 

まぁ人間なんて欠点だらけなのだ。

それからすれば彼女の優秀なこと。

そしてその本音を隠さないでいける位、それを補ってあまりある有能ぶりなのだ。

そこは目を瞑るとしよう。

 

「(だからと言ってなぁ……今日のお願いは予想外だったよ……)」

 

ゲンナリしながら、テンドーは己が身に纏った服装を確認する。

ブレザーとスカート……とリボン。

同じ雑誌で掲載中の作品がアニメ化するということで届いた、そのグッズ見本。

編集部では誰も着ないということで押し付けられた、その悲哀の籠った女子高校生制服。

 

――良かったら、着ていって下さいね!?(圧力)

 

あれは提案ではなかった。

まごう事なき強制である。

後にテンドーは、星野家の面子にそう報告していた。

 

「(まぁ。おかげでこの場でも、浮かなくて済んでるような気がするけど……)」

 

明らかに浮いている・浮いていないという、ベクトルそのものが間違っている。

もしこの場に星野家や斎藤家の人間が居たら、突っ込みが入っていることであろう。

しかしこの場に彼女らの姿はなかった。

 

「(おっかしいなぁー?どうしたんだろう??)」

 

もう約束の時間は過ぎている。

いつも時間厳守のミヤコにしてはおかしい。

そう思った瞬間に、スマホに着信が入った。

 

「あ、ミヤコさん?何かトラブルでもあったんですか?」

 

着信主は斎藤夫人であった。

このタイミングでの連絡。

明らかに何かがあったに違いない。

 

『天童寺さ――ん!!ごめんなさい、到着が遅れてしまって!』

 

彼女曰く。

どうも出掛けに、ルビーがぐずったらしい。

もっと言うと、部屋から出てこなかったとのこと。

 

いつも快活でアイを困らせることがなかった彼女。

しかし今日は違ったらしい。

アイが呼び掛けても部屋から出ず。

まるで天岩戸のようであったという。

 

「えっ!?じゃあ、あの子だけ残してきたんですか!?」

 

それだとしたら不味い。

確かにアイの撮影が最優先だが、ルビーを一人残すというのはやってはいけないことだ。

子どもは少し目を離しただけでも、予想外の行動を起こすことがある。

ましてや今は、やって良いことと悪いことの区別が付く年齢ではない。

 

『いえっ!それはないです!!何とか連れてこれましたから……』

 

最後の方の尻つぼみ具合から、相当手こずった後が窺い知れる。

お疲れ様です、ミヤコさん。

今度良いお酒でも差し入れることにしよう。

 

「それなら良かった。じゃあ、今はこちらに向かっているんですね?あとどれくらいで着きそうですか?」

『それが、その……』

 

渋滞。

車移動の天敵。

彼女たちは、まんまとそれに嵌まってしまったらしい。

 

いつもなら時間に余裕を見ているので混まない時間だが、今日は天照大御神が降臨されたからか。

後ろ倒しになった出発のツケは、渋滞という形で払われることとなった。

 

「え!?どうするんですか!?もう、撮影始まっちゃいますよ……!?」

『そうなんですよぉ……。本当にどうしたら良いのかぁ……』

 

主役ならまだしも、脇役――もっと言えばモブに近い配役だ。

その一人の為に、開始を遅らせて欲しいとはとても言えない。

それだけならまだしも、ここでの遅刻・欠席はこの後の活動に支障が出てしまう。

 

アイの活躍はこれからなのだ。

その第一歩に近いこの状況で、この遅刻は致命傷となる。

 

「うーん。どうしたものやら……」

 

強引で良いのならば、解決方法がないとは言い切れない。

お金を積み積みして、監督様にお願いする方法とか。

出来なくはないが……。

 

「明らかに悪手、だよねー?」

 

その手を取れば、別の意味でアイの活動に支障がでることとなるだろう。

その悪評は、彼女について回ることになる。

出来ればそれは、避けたい事態であった。

 

「(ホント、どうしたら良いもんか……)」

 

試案顔で思考する美少女モドキ。

そう。この場に居るのは制服を纏った、美少女(モドキ)なのである。

従ってこの後の展開は、火を見るよりも明らかであった。

 

「あ、キミ!もう準備できてるんでしょう!?はやく皆のところに行って!!」

 

スタッフの一人がテンドーに向かって、そう言い放った。

 

「……えっ?自分ですか?自分は……」

 

付き添いなので。

そう言いたかったが、その言葉は最後まで発生されることはなかった。

 

「もう撮影間近なんだから!ホラ?こっち、こっち!!」

 

手を引かれ、ドナドナされていく美少女モドキ。

その姿は、明らかにスタッフに手を引かれた出演者のそれであった。

 

「えっ!?ちょっ、ちょっとぉぉぉぉぉ!?」

 

本人としては予想外。

しかし周囲としては当然のこと。

この日天童寺は、アイのスケープゴートとして撮影に挑むこととなった。

 

『あ、そっか!その手があったか!?天童寺さん、コチラが向かうまでよろしくお願いしますね!!』

 

天童寺側の音声を拾った電話から、現場の状況を把握した斎藤夫人。

そして悪魔の如き発想で、全力でスタッフの勘違いに乗っかるように依頼した。

 

――入れ替わり作戦

 

アイが到着した後に、入れ替わるという作戦を立案したのである。

 

「(むり、ムリ、MURIiiiiiiiiiiiii…………!?)」

 

自分はアイのステージの真似なら出来るが、それ以外の仕事中の彼女の姿を見たことがない。

彼女ならどう演じるのか?どういうプランで挑んでいるのか?

それを知らない自分には到底無理な配役(代役)である。

テンドーは心中で絶叫を上げながら、そう思った。

 

「ほら、あそこに立って!じゃあ、始めますよー!」

 

美少女のモドキの心中などを置き去りにして。

ついに撮影の準備が開始してしまった。

心で泣いて、でも何とか対応しようとするテンドー。

 

「(ひえー!?どうしよう、どうしよう……!?)」

 

自分はアイドルでも役者でもない。

動画撮影の経験はあるが、基本アレは自分企画のものだ。

誰かの意図を汲み取っての撮影などしたことがない。

 

「(……まずは、周りの人の真似でもしてみるか)」

 

観察。

知らない自分が行えるのは、現時点ではそれしかなかった。

男女比。どんなタイプの子がいるのか。

主役の娘はどんな感じで挑んでいるのか。

 

観察。

確認。

演算。

 

それらの光景から、テンドーは一つの結論に達した。

 

「(この現場……なんか似たようなタイプの子が多いな?)」

 

女の子は皆似たようなタイプ。

主役を除いて、意図的に同じようなステレオタイプの女子高生で構成されているように見受けられる。

確かにあの編成なら、主役の子を目立たせるのには良いだろうが……。

 

「(自分が話を作るなら。自分がキャラクターを設定・配置するのなら、別のタイプを入れるんだけどなぁ……)」

 

周りを埋没させて主役を目立たせる。

それは常套手段とも言える手法だ。

一定以上の成果を出す、手堅い方法とも言い換えられる。

しかし――

 

「(そこに"予想外"は生まれない)」

 

化学反応とも言えるかもしれない、劇的な反応。

良くも悪くも発生する、想定外の反応。

そしてそこから生まれる想定外の良さ。

 

それを見たい。

それで構成してみたいと思うのは、自分だけだろうか?

 

「(ちょっと、試してみるか……?)」

 

どうせ自分には、アイの演者としての演技は再現できないのだ。

であれば、少しでも作品を良くする方向でカバーしなくては。

 

「ごめんなさい。1分だけ時間をもらえませんか?すぐに終わりますので……」

 

テンドーはそう言い、そして鏡の前までダッシュした。

普段のアイなら外ではしないであろう、その試み。

ヘアゴムを使い、美少女モドキはポニテ美少女モドキに変身した。

 

「……良しっ!」

 

そこにはアイの顔だが、少しいつもと違った雰囲気を出したテンドーがいた。

 

「ごめんなさい、お待たせしましたー!よろしくお願いしまーす!!」

 

可愛くなくなった訳ではない。

美少女ぶりが衰えた訳でもない。

 

ただいつもと異なるのは、その活発さ。

そしてあえて抑えた、主役の子よりより控えめなオーラ。

 

「(えっと、この場合……主役の子が輝いて見えるのは!)」

 

もちろん自分を抑えすぎても意味がない。

だから、少しずつ引き上げていく。

主役の演技を引き出せるように計算して。

それに合わせて自分のオーラを開放できるようにして。

 

「……へぇ?面白いことしてるヤツがいるなぁ……?」

 

それを見ている瞳。

この場の最高責任者である彼は、学生の身でありながらそうと思えない立ち居振る舞いをするモノを見ていた。

そしてその思惑を見透かし、僅かに興味を持ったようでもあった。

 

「(こちらのプランとは違うが、あれで主役の演技も上がってくれるのなら、それはそれでアリだな……)」

 

――さぁ、お手並み拝見だ。

 

同じ表現者としての力比べ。

どちらが正しいとか、間違っているとかではない。

しかし、より強い成果を出したものが正義なのだ。

 

だから観察する。

自分のプランを曲げるのに、相応しい成果を出してくれるのかと。

 

五反田泰志。

そう。彼こそがこのMVの総指揮者であり、ある意味で一番の演者でもあった。

 

彼の思惑を超えなければならない。

そうしなければ、アイの出番はなくなってしまうかもしれないから。

そう心の中で思考しながら、テンドーは自分に出来ることを進めていくしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

「何とか着いたぁ――!!さぁみんな、急いで急いで!!」

 

遅れること1時間。

アイドルという荷物を載せたミヤコ便は、ようやく現場である学校に到着した。

 

「あぁ、でももう撮影始まってるから……様子を見ながら行かないと」

 

まず様子を伺う。

そしてキリの良いタイミングで、テンドーとアイを入れ替える。

その為には、期を伺う必要があった。

 

「こっそり、テンドーさんの演技も見ておきましょう。いきなり全然違う演技をされたら、入れ替わりがバレるかもしれないし……」

「そうだね!それでテンドーさんは――っと」

 

――居た。

中心ではないが。

それでも中心に近い存在としてソコには居た。

 

「……?何か、アイっぽくないような……?」

 

アクアの評価は的を射たものであった。

アイの場合、可愛さと引力のような引き付ける魅力が先行する傾向がある。

それは本人が主役の場合は良いのだが、主役が別にいる場合は主役喰いとして良くない方向に行くこともある。

 

「……そうだね。でも主役の子が、その分可愛く見えるね」

 

周りを輝かせるようなアシスト。

だけどそれだけではない。

自らも少しずつ輝きを増すようにしていた。

 

「あ、ポニーテールにしてる。そっか……ああすると、主役の子と路線の違いが分かりやすいんだね?」

 

主役の子の可愛さをクローズアップさせたい場合、同じ路線なら力を抑えるしかない。

しかし別の路線なら?

上手く双方が魅力を引き出し合えるのなら、異なる道筋による相乗効果を期待出来るのだ。

 

「ふーん?ああいうのが、良いんだぁ……?」

 

アイは演者である。

嘘という衣装を纏い、自分を覆い隠してステージに立つモノであった。

そして彼女の嘘は進化を止めない。

 

自分に足りないものは学習して。

そしてそれを自分のものとして。

最後にはオリジナルよりも効果のある嘘を纏うのだ。

 

「あれ、もう覚えたからね……?」

 

こうして美少女モドキの努力は、その推しによって模倣され昇華されることとなる。

アイという――彼女という偶像は、そのファン(下僕)によって、一層輝きを増していくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(出発前の一幕)

 

 

 

「ルビー。そろそろ何があったのか言えよ……?」

「……」

「もう出発しないと間に合わないんだぞ……?」

「……」

 

数日前からコレである。

兄であるアクアは、いつも快活な妹の様子が変わった日のことを思い出した。

 

「(……さりなちゃんの部屋を見てからだな、様子がおかしくなったのは……)」

 

あの空間に当てられたのか。

いつも妹ラブな天童寺のこと。当然その妹についても双子は聞き及んでいる。

だからあの部屋の真意に気が付いたルビーは、天童寺とその妹について想いを馳せ――重ねてしまったのかもしれない。

 

感受性の強い人間なら、それは良くあることだ。

自分のことではないが、人から見聞きしたことで感情移入してしまうということは。

元医師であるアクアは、妹の状態を嘗ての知見からそう判断した。

 

「(自分は医者だったから、客観的に見ることが出来るけど……)」

 

それを妹に強要することはできない。

アクアは医師という考えと、家族という考えの板挟みになっていた。

 

「(……仕方ない。少しだけ情報を開示するか)」

 

双子はそれぞれ前世を持っている。

そしてそれについて二人は、なるべく立ち入らないようにしてきた。

お互い言えないことは多い。

それに前世は前世だ。現世でのハッピーチャイルドとして生活の方が重要である。

 

しかし今は。今だけは開示しないとダメかもしれない。

妹という患者の信頼を勝ち得る為にも。

兄という立場だけでは弱いので、医師という立場を使わなければならないのだから。

 

「ルビー、僕は前世では……医者だったんだ」

「…………えっ?」

 

漸く絞り出てきた声。

か細く、消えてしまいそうなその弱弱しさ。

想像以上にショックを受けているようであった。

 

「気持ちが分かる、とは言えない。だけど口に出すことで心を軽くすることも出来るんだ」

 

医者というのは、切っ掛けだ。

トリガーワードに過ぎない。

だけど効果はあった。

妹の重い口が開いたのだから。

 

「前世での患者さんでも、ルビーみたいな子がいたよ」

 

想いを馳せる。

在りし日の光景を。

そして絞り出す、あの光景から得た経験を。

 

「不治の病を抱えた子でね?精一杯明るく振る舞っていたけど、一人になると悲しみに押しつぶされそうになっていた」

 

自分が知る限り、あの子は一番辛い想いをしてきた子であった。

吾郎としての記憶を想起し、そして話を続けていく。

 

「その子はね、12歳という若さで亡くなってしまったんだ……」

「……っ!じゅう、にさい……?」

 

あまりにも壮絶な人生だからか。

眼前の妹の意識は、自分の話に釘付けとなった。

 

「だから僕は、可能な限りその子に会いに行くようにしていた」

 

一人だと悲しみの海に身を浸してしまうから。

 

「例え見せかけの空元気であっても……他の人と関わるうちに少しでも元気の糧としてくれたら良いと思ってね」

 

その効果はあった。

そしてそこにあの美少女モドキが加わり……自分たちの交友が始まったのである。

 

「あぁ、そういえば……」

 

彼女に良い影響を、と思って始めた訪問であったが……結果的に影響を与えられたのは自分だったのかもしれない。

 

「実はその子がアイのファンでさ」

 

――僕はその子からアイのことを教わったんだ。

 

「……え?」

 

目を丸くする。

正にその表現が正しい状態。

アクアはルビーから丁度視線を切ったタイミングだから確認出来なかったが、妹のその瞳は驚愕の色に支配されていた。

 

「それ以来、僕もアイ推しという訳だ。もっとも……一番の推しはその子だけどね?」

「……」

 

妹からの声はない。

静かに聞き入っているようである。

旧雨宮吾郎は話を続けた。

 

「…………そ、その子って、まさか……?」

 

長い沈黙の後に、少し力を取り戻した妹からの問い掛け。

それには戸惑いと希望と確認が綯い交ぜになったモノであった。

 

「あぁ、そうだよ。その子の名前は"天童寺さりな"……漫画家テンドーの妹さんだよ」

「…………うそ」

 

そんな偶然が――。

驚愕の表情を貼り付けた妹が、精一杯の反応を見せた。

 

「本当さ。だから彼女のことで――さりなちゃんのことで悲しんでくれてありがとう」

「……!!?」

「僕も悲しいからね。そして天童寺さんも未だ悲しみの中にいる……」

「それ、は……」

 

兄は美少女モドキのことを"天童寺さん"と呼んだことはない。

基本的に"あの人、美少女モドキ"呼びであり、人前では"パンマ"であった。

だが今この兄は――星野アクアは間違いなく"天童寺さん"と言った。

それが示すものは――。

 

「だから僕らで悲しみは共有していこう。ただ……言葉に出して溜め込まないようにしような?」

 

――それだとさりなちゃんは、喜ばないと思うから。

 

アクアがそう言った直後、ルビーは大粒の涙を流しながら泣き始めた。

まるで、一切のリミッターから解放されたかのように。

そこには悲しみ以上の混乱と、それ以外のナニカが載っているかのように。

 

「うぁぁぁぁぁん…………!!!」

「あぁ……やっぱり溜め込んでたか。良いぞ、この際いっぱい泣いてしまえ……!」

 

人間は泣くことで、感情を洗い流すことも出来る。

泣いて、泣いて、泣いて。

その後に一人でなければ。周りで支えてくれる人が居れば。

想いを一緒に共有することが出来れば。

人は再び立ち上がることが出来るのだから。

 

この日。生まれ変わった少女は、真の意味で再度誕生した。

重い過去の鎖が一つ。彼女から断ち切られたからか。

同時それは、彼女にとって新しい人生の始まりを意味するものであった。

 

嘗ての憧れと、今の現実。

その二つが重なって、星野ルビーは再臨した。

そしてその瞳には、今まで以上の眩しさを湛えた光が満ちていた。

 

 

 

 

 




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