晴れ渡る青空。
山間部に位置する林。
そしてそこに設置されたロケ現場。
雨予報はなく、絶好の撮影日和である。
そう。今日はアイとアクアがねじ込まれた映画の撮影日。
その中でもアクアの登場するシーンが撮影される日であった。
その為アイはここにはいない。
表向きアイとアクア(と付き添いのルビー)は、同じ事務所に所属するだけの間柄である。
従ってアイはこの場にこれるはずもなく、それ故にルビーのご機嫌は絶賛降下中であった。
「あぁぁぁぁぁ!!ママにオギャりた――い!!」
「寂しいのは分かるが……それってどうなんだよ?」
暴走する妹。
それを窘める兄。
まだ片手で数えられる程の年齢なのだ。
その外見通りの存在であれば、それも無理からぬこと。
しかし忘れてはならない。
この双子の中身には前世という外付けデータがインプットされており、実際の精神年齢は最低+12以上30未満である。
コレイジョウフカク、ツイキュウシテハイケナイ。
ダメ、ゼッタイ。
「仕方がないだろう?撮影日が違うんだから」
「でもぉぉぉ……」
「そんなに言うのなら、代替案で"あの人"が戻ってきてたら甘やかしてもらえよ」
"あの人"というのは、母親と同じ容姿を再現出来る"異次元生命体"のことだ。
一応地球で生まれ育っているはずだが、断じてアレを同じ地球人だとは認めたくない。
アクアの発言からはその考えて漏れ出ていた。
「やだ!パンマはパンマで良いけど……それは別物でしょう!?」
「……外見的にはほぼ差はないんだけどなぁ」
――悔しいことに。
女装という演技を見抜けてなかった、五反田監督の意地から来るものか。
真相は不明だが、美少女モドキはこの撮影の見学に招待されていた。
流石に出演ということはないが、同じ表現者として貴重な機会ということもあり、テンドーはその誘いにのったのである。
本来出演者しか入れない楽屋だが、長時間の保護者無しの状態は避けたいもの。
従って、ミヤコとテンドーが交代で双子の面倒を見ていた。
「違うでしょう!大いに違うポイントがあるじゃない!!」
ルビーから求められる同意。
それに関しては同意見だが、声に出すことは憚られる。
だってその"差"というのが――。
「ママのオッパイは天然じゃん!パンマのはイミテーション!!」
「おまっ、もう少し言い方に気を付けろよ……」
――事実だが。
テンドーの方が体重は軽い。
それはアイの体型がまだ出産後のモノから戻り切っていないこともあるが、アイが持つ胸部武装を持っていないことに起因する。
美少女モドキのソレは、交換・取り外し可能な外付け兵装だ。
断じて初期装備ではない。
対するアイは、その装備が標準搭載されている。
両者の車両重量に差が生じるのも無理からぬ話であった。
「それでも柔らかいのがムカつく――!最近のコスプレは、オッパイも装備出来るっていうのか!!」
「……」
妹の奇行を冷めた目で見る兄。
悲しいかな、もう付いていけない。付いていきたくない。
今生において血を分けた妹だが、今だけは他人のフリをしたかった。
「ハッ!?」
「ん……どうした?」
そんな奇行丸出しだった妹が突然声を挙げたと思ったら、物凄い勢いで佇まいを直し始めた。
自分たちの年齢不相応な言動を、誰かに見られたか?
周りを見回すが、自分たち以外には誰もいなかった。
故にアクアは確認した。一体何があったのかを。
「……な、何でもない!」
「本当か……?」
「ホント、ホント!!」
「……なら良いけど」
確実に何かがあったことは間違いない。
しかし本人の自己申告で問題なしとされてしまった以上、そこから先の追及は不可能だ。
仕方なしに、この場は引き下がるしかなかった。
「(お兄ちゃんって、ゴローせんせなんだよね!?それなのに私って……!?)」
理由は明白であった。
自分の過去を知り、そして自分が憧れる存在――が転生した姿。
それがルビーにとっての今生の兄、星野アクアマリンの正体であった。
本人への確認は出来ていない。
というか出来るはずもない。
何故ならば、自分は転生してからずっと醜態を晒し続けていたのだ。
そんな自分の正体を明かせば、折角美しい記憶として吾郎の脳裏に保管されている天童寺さりなの姿は、一瞬にして汚染されることになるだろう。
「(それだけは避けないと……!!)」
それにまだ自分は初恋の人が兄になってしまった事態を、完全には受け入れ切れていない。
一緒に居られることは嬉しいし、転生して同い年になったことも当然嬉しい。
だが神様。どうしてそこまで気を利かせてくれたのに、最後の一手を間違えるかな?
兄妹じゃあ、結婚出来ないではないか。
神はドジっ子なのか。それとも意地悪なのか。
もしくは愉悦体質なのか。
いずれにせよ、神は自分のことが嫌いなのかもしれない。
希望を沢山くれるのに、最後の一手が届かないなんて、究極の嫌がらせと言われても仕方ないじゃないか。
――クゥアァァァァ、クゥアァァァァ!
何故かこの瞬間、ルビーの脳裏に鴉の大群が出現した。
「(何でカラス……?)」
何らかの事象が干渉したのかもしれない。
もしくは気まぐれな神様が見せた予知夢の可能性もある。
どちらにせよ、今の彼女には関係のない話であった。
閑話休題。
とにかく今は時間を置くべきだ。
この問題は時間を掛けて結論を算出すべき課題である。
ルビーは心中でそう思い、本件を棚上げした。
「アンタたちね!コネの子っていうのは!?」
そんな兄妹以外の、第三者の声が響き渡る。
鈴を転がすような音色だが、その声色には明らかに怒気が籠っている。
双子が声のした方向へ向き直ると、そこには白いワンピースを纏ったショートカットの幼女が存在していた。
「えっと、君は……?」
「あ、お兄ちゃん!アレだよ!」
――重曹を舐める天才子役!
妹の導き出したアンサーに対して、兄の脳裏は複雑怪奇を極めた。
重曹の入った容器から、目の前の幼女が重曹を舐めるイメージしか浮かばない。
そんな天才子役が――否。そんな人間がいると言うのか?
「十秒で泣ける天才子役!」
幼女からの鋭い突っ込み。
タイミング等も申し分ない。
これならば子役の後に突っ込み芸人にクラスチェンジしても、本人の努力次第ではイケるかもしれない。
「あー。有馬かなちゃん、だよね?」
双子が幼女の名前に到達する前に、後ろから声が届いていた。
「そうよ!……って、あれ?アンタの撮影日は今日じゃないでしょう!?」
誰と間違えているのか、ハッキリと分かる。
無理もない。初見はおろか、慣れた人間でも区別が付かないことが殆どなのだ。
それを目の前の幼女にやれというのは酷な話である。
「そうだね。"アイ"の撮影は今日じゃないからね。見学させてもらってるんだ」
「フン!邪魔にならないところにいなさいよ!」
「大丈夫だよ。ちゃんと分かってるからねー?」
「……なら良いけど」
――ドス、ドス!
そんな音が聞こえてきそうな勢いで、有馬かなはその場を後にした。
もっとも、その後彼女の前を通りかかったADに向かって、荷物持ちをしろという無茶振りをしている姿を確認出来たが。
「……ねぇ?」
「何だい?」
怪獣幼女が居なくなった後で。
アクアは美少女モドキに問い掛ける。
「何で訂正しなかったの?自分はアイじゃないって?」
「あー、そのことか」
明らかに天童寺は、意図して重曹幼女の誤解を解かなかった。
そこにアクアとしては疑問が残る。
向こうが信じるかは別だが、その訂正をしておくべきではなかったのかと。
「別に良いんじゃない?悪い意味での誤解じゃないんだし……」
「まぁ確かに。現状困ったことはないけど……」
強いて言えば、自分の撮影がない日でも確認に来る熱心な新人扱いと錯誤される位か。
それだけなら悪い意味ではなく、むしろプラスに転じる誤解である。
「それにね……?」
――ちょっと、あの子に興味があるんだよね?
アイの模倣としてではない。
明らかに天童寺本人としての意見だった。
だから余計に分からない。
このオスが興味を持つというのは、どういった意味か。
そもそもこの生命体は、妹と推しと友人以外に興味を持つことがあるのだろうか?
……分からない。そこそこ長い付き合いの自分でも分からない。
アクアにはその興味の正体が分からなかった。
「まさかとは思うけど……幼女愛好者とか言わないよな?」
――!?
流石にその反応は酷い。
生まれた時から世話してきた人間なのに信用がなさすぎる。
「うーん。だとしたら、絶賛ルビーちゃまがピンチになるよね?」
「それもそうか……」
「ご納得頂けたようで何より」
――だから警戒を解いてくれませんか?
両手に何を持っていないことをアピールして、ルビーにそうお願いする美少女モドキ。
しかし一旦染み付いた警戒心はなかなか解けないモノ。
ルビーはまだ警戒態勢を継続していた。
「まぁ、しょうがないかー」
良くはない。
誕生から今までを見守り、そして育ててきた一人としては、なかなか"クる"反応である。
だけど気にしない……ようにする。この程度の反応で傷ついていたら、ファンとの交流なんてやってられないのだから。
「とりあえず、もうすぐ出番でしょ?そろそろ準備しないとねー?ちなみ、どんな感じ演技するとか考えてるの?」
「まぁ、特に演技しない方向が良いんじゃないかと思って……」
アクアはこの美少女モドキに対しては、あまり自分を偽っていない。
子どもの演技をしなくても気にされなかったし、やはり前世での関係から子どものフリをするのが辛かったのである。
「うん、当たりだね。
「待て。今おかしな呼び方しなかったか?」
「えー?気のせいだよー」
「(もうお兄ちゃんに突っ込みを入れるのはムダなのかも……)」
明らかにおかしなルビが振られていたが、気にしてはいけない。
気にしたら負けである。
ルビーは前世での経験プラス今生の経験を合わせて、諦めの境地に立っていた。
自分が理解し切ることは出来ないのである、と。
「さて、出番が来たみたいだねー!じゃあ、いってらっしゃーい!」
「(監督の胃が心配だが)あぁ、行ってくるよ」
この後、アクアは見事に監督の意図通りの"不気味な子ども"を演じ切った。
それに対して。
先程までは天狗になっていた天才子役は、その鼻をへし折られて撮り直しを要求していた。
「かな、さっきの子みたいにできていない!お願い、撮り直して!!」
自尊心を砕かれたというのに、すぐに闘志を漲らせる重曹幼女。
これには、流石のいちごプロ(マイナスミヤコ)の面々も驚いた。
鼻っ柱が強い天才子役(仮)ではなかった、ということか。
テンドーの言う通り、確かに気になるモノを持っているようであった。
*
「ひっく、ひっく……」
スタッフに宥められ、やや落ち着きを取り戻した幼女。
今は撮影現場から少し離れた箇所で、ぼんやりと遠くを見つめていた。
「どうだった、ウチのアクア君は?」
「ア、アンタは……!!」
そこに現れて、ヒラッっとスカートを靡かせて幼女に問い掛ける存在。
絵だけ見れば、年上のお姉さんが幼女を慰めようとしている姿に見える。
しかし実態は事案モノであった。
「た、たしかにスゴかったわよ……!ぜんぜん、かなよりスゴかった……」
尻つぼみになる言葉。
それは認めるのが辛い現実。
大人ですら、時には認めがたい現実直視。
しかしこの幼女はそれをやり遂げた。
見込みがある。
ここで折れて再度立ち上がれるのなら、この幼女は大成する可能性がある。
それは天童寺にとって都合の良い展開だった。
「(たぶん、この娘がさりなの生まれ変わりということはないと思う。だけどもしかしたら、さりなの生まれ変わりに良い影響を与える存在になってくれるかもしれない)」
さりなは、もう生まれ変わっているのか。
であれば、この幼女が良きライバルかチームメイト等になってくれるかもしれない。
まだ生まれ変わっていなかったら。
それならば、この幼女が頼れる先輩になってくれるかもしれない。
布石は多い方が良い。
全てはさりなの為。
その為に出来ることは、可能な限りやっておかなければならない。
「キミは凄いね?自分のことをちゃんと見つめて、そこからさらに強くなろうとしている。それって中々できないことだよ?」
「そ、そんなことないわよ!」
「その負けん気が強いのも良いね」
「あ、あぅぅぅ……」
赤面し、その場に蹲る重曹幼女。
何とかメンタルを立て直して、顔を上げた時。
その眼前には一枚の名刺が突きつけられていた。
「"僕"は君を応援するよ。君がもしこのまま成長していけるのなら、いずれは僕原作の話に出て貰おうかな?」
差し出された名刺。
そこには"漫画家テンドー"の文字があった。
幼女には文字は読めない。
だからこの名刺の意味を理解するのは、親にこの文字の意味を教えてもらってから。
「ねぇ?何でこんなこと、してくれるの……?」
それは疑問だった。
有馬かなは子役として既に大成している。
その道中で色々な大人たちに出会った。
大概は下手に出て、自分を気持ちよく演技をさせようという輩。
たまに例外はいたが、目の前の美少女(モドキ)のような存在はこれまでいなかったのである。
「そうだね。一つは先行投資。お嬢ちゃんの未来に期待してのことかな?」
ちょっと難しかったかな?という美少女顔。
幼女には理解出来なかった。
だからその後に言われたことの方が、余程響いてきたのであった。
「あとはね……」
そう言って、重曹幼女に渡した名刺を裏返す。
そこに記載されていた文字。
――Arima Tendoji
「これはね?"天童寺ありま"って読むんだよ?」
「ありま……?かなと、おんなじ……?」
「うん、そうだね。同じ名前同士、仲良くしようね?」
「……う、うん!」
子どもに説明するのは本当に難しい。
だから第二の理由を押し出した。
同じ名前を持つ、という子どもに分かるキーワードを出して、納得させたのである。
「じゃあ、また会えるのを楽しみにしてるね……?」
ヒラヒラと、手を振って去っていく天童寺。
残された幼女。
その手のひらには一枚の名刺があった。
幼女は約束通り、近くにいる母にその名刺を見せに行く。
その母の驚きは……推して知るべしであった。
*
撮影別日。アイの撮影シーンが予定されるその日。
アイは初めて会う小動物から、タックルという洗礼を受けた。
「ありまー!」
突進。チャージ。突撃。
そう評されるアイの足への攻撃は、正確にターゲットにぶち当たり、そして対象をなぎ倒した。
「えぇぇぇぇっ!?」
何が起きたのだ。
全く状況が読み込めないまま、アイはその攻撃を受けて倒れてしまった。
「いったいなー、もう!」
倒れた状態から半身を起こし、突撃してきた対象を確認する。
するとそこに居たのは、
「ちょっと、キミ?危ないじゃないの!」
「……え、"ありま"?かなのこと、おぼえてないの?」
「え?ゴメン、会ったことあったかな……?」
人の名前を覚えることは苦手である。
だから身近なハズの社長の名前も良く間違えるし、我が子の名前を良く間違えていた。
それ故に、目の前の幼女のことも忘れてしまったのかもしれない。
だとすると悪いことをしたをしたな――とそこまで思った時、アイの脳裏に引っかかったワードがあった。
「もしかしてテンドー先生と間違えたのかな?」
「そうよ!アンタ、"ありま"じゃないのね!」
「うん。私はアイっていうのよ?」
「ふーん?ほんとうに"ありま"そっくりなのね?」
まただ。
"ありま"。
何故天童寺はこの名前で呼ばれているのか?
アイの脳裏にはその疑問が貼り付いていた。
「ねぇ、お嬢ちゃん?」
「お嬢ちゃんじゃないわ!私は"有馬かな"よ!」
――!?
同じ発音、同じ響きだ。
聞きたくない。
だけど聞かないと先に進めない。
アイは勇気を振り絞って、幼女に先を促した。
「あ、貴女も"ありま"っていう名前なの!?」
「そうよ!あの"ありま"とお揃いなの!」
――ホラ!
そう言って差し出されるキッズ携帯。
そこにはテンドーの名刺が写っていた。
その裏面を撮ったと思しき写真には、確かに"Arima Tendoji"の文字が刻まれていた。
「テンドーせんせ、私には名刺なんてくれたこと、ないのに……」
もしもここに本人が居たのなら、きっとこう言っただろう。
――ほとんど一緒に暮らしていて、プライベートな電話番号まで知っている。今更名刺を渡す意味とかないでしょ?
だが分かっていない。
朴念仁で唐変木なオスは分かっていなかった。
それはそれ。これはこれなのだから。
「あら?アンタ、"ありま"と仲良さそうなのに……名前もしらなかったのぉ?」
「!?」
幼女からの攻撃。
アイに100のダメージ!
古来より。
男女問わず、マウントの取り合いというのは存在したもの。
だから相手を攻撃出来る材料があれば、その
少しでも自分を有利にする為に。相手に少しでも戦意を喪失させる為に。
「言ってくれるわね、お嬢ちゃん?」
「かなは、"有馬かな"だって言ってるでしょう?そんなことも覚えられないの!?」
「フフフフ……そう。"かなちゃん"だね?お姉さん、ちゃぁんと覚えたからね……?」
死んでも目の前の少女を、"ありま"とは呼んでやらない。
そこには意地があった。
プライドもあった。
何よりもそれを呼ぶ相手は、たった今一人に限られたから。
「(絶対にテンドーせんせを……ううん。"ありま"に文句言ってやるんだからぁ……!!)」
相手誤認による、身代わりダメージの件。
幼女には話しているのに、星野家には話していない名前の件。
そして何より――
「(何か分からないけど、ムカつくから!!)」
未だ名前は分からない。
だけど少しずつ近付いている気がする、この感情の正体。
あと一歩な気がする。
だから遠慮しないで。
故にフルスロットルで。
よって手加減なしに。
「(覚悟しておいてよね?"ありま"――!!)」
少女の想いは超特急で駆け抜けるのであった。
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