ご了承の程よろしくお願い致します。
負け続けである。
――何が?
アイがテンドーに挑んで返り討ちにあったことが。
――どうして勝てないのか?
あの美少女モドキは、ほぼ完全にオスを捨てているからである。
故に世の大半の男性ならばとっくに堕ちているはずなのに、未だ不沈艦として悠々と浮かんでいるのであった。
――あらゆる手を試した。もう考えられる手がない。
色仕掛けに始まり、逆アプローチで母性に訴える方法とかも試した。
(あの性別不詳の美少女モドキに"母性"というものが備わっているかは不明だが)
――こうしてみると、自分も大概恋愛回路死んでたんだなぁ……
これまでを振り返り、アイは自己分析の結果をそう評した。
たぶんこれは"好き"という感情にカテゴライズされるものだろう。
数多の攻防戦の結果、美少女は自分の感情の正体に当たりを付ける段階までやってきた。
――でも確証がない。"好き"で良いのかな……?
世の文献や映像作品を漁り、そしてあまり得意でない恋バナにも顔を突っ込んできた。
だから概要は理解出来る。
好きの中でも、恐らく"異性に向ける好き"というのが一番近い表現なのだろう。
判断材料やそれを利用した検索結果からしても、一致率が一番高いのが先のソレであった。
だけど完全一致ではない。
一番近いけど、そうだとも言い切れない。
誤差範囲なのか。それとも別物なのか。
個体差なのか。それとも。それとも……
「(社長に聞いても、照れて逃げちゃうしなぁ……)」
もっとも身近なケースとして、自らの事務所の社長とその夫人を相手にリサーチしようとした。
しかし社長はその話になるなり、脱兎の如く逃げ出して。
残された夫人は、「元々は美少年と仕事が出来るからって、聞いてたのよね……」と遠い目をしていた。
実に使えない大人たちである。
――どうしたものか。
双子の父親とは恋愛的な感じもあったような気がするが、実際はその真似をしていただけだった。
当時を振り返ると理解出来る。
あれは"ごっこ遊び"の延長であったということを。
だから過去の経験は役に立たない。
――どうしたら良いのか?
焦る。
募る。
焦がれる。
形容しがたい衝動に、身体が疼き出す。
まるで何かを我慢しているかのように。
心の何処かで――無意識下で理性という名のブレーキを掛けているかのように。
「むぅぅぅぅぅぅ……」
頭から煙を出しそう。
そんな母親の姿を、少し離れたところから見ている双子たち。
すっかり見慣れてしまったが、これが最近の星野家の日常であった。
「ねぇ、お兄ちゃん?」
「……なんだ?」
妹からの問い掛け。
その内容はまだ聞いていないが、聞かずとも分かる。
だけど一応確認はしたい。だから兄は先を促した。
「ママ、すっごい苦しそうだよね?」
「あぁ……そうだな」
最近は仕事と子育て関連以外は、ずっとあんな感じである。
そしてこれは見慣れた光景。
いつも母は己の内面と戦っていた。
「すっごく認めたくないんだけどさー」
「……」
兄は沈黙を守る。
だってこの後妹が言い出すであろうことは、自分でも分かっていること。
だけど認めたくない。
自ら言語化すれば、それを認めることと同じになるから言いたくないのである。
「アレ、絶対おに……じゃなかった。パンマのことを考えてるよね?」
「("おに"って何だ?)……やっぱ、そうだよな?」
嘆息。
瞑目。
そして認めざるを得ない。
アクアは現実から目を逸らすのを止めた。
元々分かり切っていることである。
しかし理性と感情は別物なのだ。
ましてや推しに関すること。容易に認めるのは難しいと言える。
「でもさ。ママ、自分の気持ちが良く分かってなさそうだよね?」
「……そう、なんだよなー」
先日斎藤夫妻が来た時に確認していた、"恋愛とは一体?"という質問。
その内容からも、母がその感情を理解しようとしているのは間違いなかった。
と同時に、自分たちの父親とはそういった感情がなかったことも分かってしまった。
元々16歳の母、それも芸能界に属する者。
そういった情緒が育つ前に"ナニカ"が起こってしまった、ということなのだろう。
「でもさ、私たちが言うのも変だしねー?」
「……自分の子どもたち、しかも幼児に恋愛を説かれる母親か。流石にないな」
そもそも自分たちは、アイに自らの内面について語っていないのだ。
であれば、いくら賢いとか天才とか思われていても、それを説くのは不自然極まりない。
もっとも。ルビーはともかくアクアにそれをやらせた場合、年頃の少女たちに聞かせられる内容に収まらないだろうが。
「どうしたら良いのかなー?このままだとさ、何か暴走しそうな気が……」
「……するだろうな。ほぼ間違いなく」
これまでの経験でも、それは間違いないと言わしめるものだった。
アイの打ち立てた計画たち――立案・実施されては敗北を刻んできた歴史たちは。
その作戦の時点で、既に一線を画すものばかりであった。
時に清純路線で訴え。
時にアダルト路線で攻めて。
しかしその攻めをヒラリとかわし続ける、鉄壁の美少女モドキ。
もう後は直接的な攻勢位しか浮かばない。
浮かんで欲しくはないが、それ位しか残っていなかったのである。
「いやいや、流石のママでもそれは……」
「……ない、と良いなぁ」
子どもたちからの信頼が厚い。
ベクトル的には真逆の方向にだが。
「えっとさ、もしかして新しい家族が増えるかも、まで考えないとダメかな……?」
「……元産婦人科医として、それだけは避けたいんだけどなー」
無責任に新たな生命を生み出すのだけは勘弁願いたい。
片方だけの覚悟ではダメだ。
両者の覚悟がなければ、幸福になり得ない可能性がある。
それを見てきた。時に悲しい決断を後押し、そしてその実行を担ったこともある。
だからいい加減なことだけはして欲しくない。
それが推しであり、今生の母親であったとしても。
「……仕方ない」
――出来れば使いたくなかったのだが。
そう心中で呟き、アクアは最終手段を使うことにした。
これを使う場合、下手をすれば自分たちの立場も危うくなるが、背に腹は代えられない。
「何か手があるの?」
「ま、何とかするさ。だからこの件は、僕に預けてくれないか?」
「う、うん。
目の前に居るのは、自らの片割れたる美貌の男児である。
しかしルビーにはその顔が、前世での初恋の人の顔とダブって見えた。
だからポーっとしながらも、兄に向かって一任の意を伝えた。
自分が兄に対して、何と言ったかを気にしないまま。
「じゃ、ちょっとあの人のところに行ってくるわ」
そう妹に告げて、兄は星野家から天童寺家に歩を進めた。
妹が自分に対して何と呼び掛けたか、気が付かないまま。
「(……ん、あれ?さっきルビーは"せんせ"って言ってなかったか?いや、まさかね……?)」
今"せんせ"と呼ぶのは、アイが天童寺を呼びかける時だけだ。
それが無意識に移ってしまったに違いない。
人は周りから受ける影響が大きいからなー、と呑気な考えと共にアクアはその思考を横に平置きした。
*
――コン、コン、コン!
天童寺家の仕事部屋。
珍しくそこに籠っている美少女モドキに話をする為、アクアはその扉に対して入室の同意を求めた。
《はーい!どうぞぉ――!!》
部屋の中から入室の許可が下りた。
基本美少女モドキは、誰の入室も拒まない。
例えそれが仕事中であっても、どれだけ忙しい状態であっても、星野家の人間を拒むことはなかった。
「ゴメン、仕事中に」
「なに遠慮してるの。全然問題ないって!」
「……」
スタジオ内は、今は天童寺しかない。
単発でアシスタントを入れることはあるが、基本はテンドーのみで執筆してるのだ。
超人的な働きぶりである。元医者としてでなくても、その健康状態が心配になるというもの。
「ねぇ?今話しても大丈夫?」
「大丈夫だよ?」
手は止まらない。
高速で動くその手から、どんどん新しい絵が生み出されていく。
あまり見たことはないが、それでも分かるこの凄さ。
超人的なタスクをこなす為の、それを支える人を超えた技。
それを身に付けるのに、どれだけの時間を要したのか。
さりなの為に極めた技が、今は何の為に使われているのか。
本当にさりなの生まれ変わりを期待しているのか。それとも――。
「何で、そこまで出来るんだ……?」
「んー?何がだい?」
「どうして、その……そこまでガンバレるんだよ?本当に妹が生まれ変わって、ヒロインをやってくれるって――本当にそう思ってるのか……?」
「……」
先程まで高速で動いていたペンが止まる。
一切の音が消え去る。
今まで切り込んだことはなかった。
切り込みたくなかった。
最愛の妹を失い、妹との約束のみを頼りに生きてきた存在に対して。
それはあまりに酷な質問だったから。
「その約束の為だけに生きているのか?だからアイのことも――」
「ストップ」
静止が掛かる。
沈黙を守っていた美少女モドキから、静かに停止命令が下された。
その声はこれまで聞いたことがない響き。硬質な響きを伴った、天童寺の素のトーンだった。
「……アクアは良い子だね。お母さんのことが心配で、僕に嫌われることを覚悟してまで質問しに来たんだね?」
「そんなんじゃ……」
「ウソは吐かなくて良いよ」
優しくその嘘を否定する。
母親ではない。
アクアにとって目の前の存在は、母親と同じ容姿を再現出来るだけの他人である。
だが産まれた時から――転生した時からお世話になっている存在であり、もう一人の家族とも言える存在であった。
「そうだね。アクアになら言っても良いかな?」
そう前置きをして、その先の言葉を紡ぐ天童寺。
その表情は憂いを湛えていた。
「僕はね、何で生きているのか良く分からなくなっていたんだ……」
「……!」
危惧した通りだった。
元医師としての所見が当たっていた。
否。当たってしまっていたのである。
「さりなとの約束どおり、あの子が演じる時用の作品も十分な数を世に打ち出せた」
通常どんなに大物作家であっても、次回作がヒットするとは限らない。
むしろ数週間で打ち切りになることもザラにある業界なのだ。
しかしテンドーの打率は8割を超える。これはどう見ても異常であった。
「必死にやってきたからねー。Y●utuberとしても頑張って、色んな層に受けるようにしてきたし」
マンガの執筆だけでも相当大変だったはずだ。
しかもその上さらに動画チャンネルも立ち上げ、キャラクターを確立。
自らを商品と見立てて、どんどん売り込んでいくスタイル。
その影響力の大きさもあって、アイは復帰後僅か2年でココまでやって来れた。
来週にはその集大成の一つとも言える、ドーム公演が迫っている。
「失礼な話なんだけどさ、僕はアイさんにさりなを重ねて見ているんだよ」
「そ、それは……」
――知っている。それは分かっていた。
前世での記憶と経験。それがあったから尚分かりやすかったが、確かにそれは理解出来ていた。
亡き妹と同じ年のアイドル。
妹が生きていたら、きっとそうなっていたであろうIF。
アイを推しているのは嘘ではない。
しかしそのアイを通して別の誰かを見ていたことも事実であった。
「だからさ。僕だってバカじゃないからねー?アイさんが何で苦しんでいるのかは、分かっているつもりだよ」
――分かっているからこそ、自分なんかではどうしようもない。
言外にそう含んだ答えだった。
「でもさ。それはアクアだって、同じようなところがあるんじゃないのかな?」
「……えっ?」
切り開かれる。
切開される。
予想もしていなかった一撃で、自分の内面が剝き出しにされる。
「アクアさ、"あの部屋"を開けたよね?」
「……っ!?」
"あの部屋"。
それは天童寺がさりなの為に用意しておいた、特別な施錠がされた部屋のこと。
「気が付かないと思った?あの部屋は特別でね?ロックを開けたら、僕にその情報が来るようになってるんだよ」
ダイヤル錠に付いた小さな穴。
そこには極小サイズのカメラが仕込まれていた。
亡き妹の為の大事な部屋だ。それくらいの防犯体制は敷いてあった。
「まさか、アクアに"あの番号"が分かるとは思わなかったよ?」
――36704(サリナオシ)
「だってあの番号は……雨宮先生にしか見せたことがなかったからね?」
「!?」
納得した。
理解出来た。
何故自分が、簡単に暗証番号を突破出来たのかを。
嘗て見たことがあったからだ。
意図的には覚えていなかったから、自分では適当に思い付いたつもりだったが。
しかし無意識下に刻まれていたからこそ、簡単に思い付いた答えだったのだ。
「……答えは合っていたかな?」
「……」
白を切ることは出来る。
でもそれは得策ではない。
だからこそ認めざるを得ない。
口を開くのが怖い。
異端として排斥される懸念。
そして幾ら嘗ての友人であっても、これまで黙ってきたことに対する負い目。
さらに自分が転生を認めれば、芋蔓式にルビーにもその塁は及ぶ。
言えない。言わなければならないのに、言うことが出来ない。
嘗ての友人に対して、これ以上の裏切りはないというのに。
「……分かった。何も言わなくて良いよ」
「……え?」
顔を伏せ、どうすることも出来なかったアクア。
それを見かねてか、天童寺は追及するのを止めた。
「追い詰めるつもりはなかったんだよ。ただ知りたかった、それだけなんだ」
「(そんな訳、ないだろうに……!)」
本当は真実を追求したいだろうに。
そして転生が真実なら、さりなの転生も可能性を帯びてくる。
それが更なる生きる希望になるであろうに。
「僕としては、"アクアとルビー"が元気に暮らしてくれる――それだけで良いんだ」
それは心からの声だった。
過去の話ではない。
今を生きる人間の話。
「……分かった。ありがとう、天童寺さん……」
「(全く……それじゃ認めたようなものじゃないか)」
"天童寺さん"。
これは嘗て雨宮医師が、天童寺兄に呼び掛ける際に使用していたもの。
だからこれは暗喩。大っぴらには認められないが、分かる者にだけは分かる符丁のようなものであった。
「本当に、アクアは頭が良いねー。お利口さんで、パンマは嬉しいわ」
「……言ってろ」
軽口を叩き合うアイドルモドキと、ドルオタ子役。
そこには先程までとは異なった気安さがあった。
嘗て共通項であるアイドルが纏めてくれた、その絆。
それが確かに感じ取れるようであった。
「……で?アイの猛攻を躱せるのは、さりなちゃんと重ねてるからか?」
「Exactly. 流石に妹に手を出すのは、お兄ちゃん失格でしょう?」
「……本当の兄妹なら、な」
一つの謎は解けた。
相手のことを妹と見做しているのであれば、一連のテンドーの反応にも筋が通るというもの。
「それにさ、アイさん自身が良く分かってない状態だよね?」
「……確かに」
「だから僕から何かするなんて、有り得ない話なんだよ」
これは仕方がないことであった。
現状天童寺にとっては、アイは妹と同義なのだ。
そこから状況を変えられるのは。変えられる可能性を持っているのはアイのみである。
もしアイが自分の気持ちを自覚し、それに対して正しく向き合って。
その上で天童寺ありまを振り向かせることが出来るのであれば、それは現状とは異なった未来が姿を表すことに繋がるだろう。
だがそれは今ではない。
だからアクアは、ここで話した内容を心の奥底に秘めることにした。
いつの日が、アイが自分で答えを出すその日まで。
「分かったよ。僕からはもう何も言わない」
「助かるよ。大人の配慮が出来る幼児で、パンマは嬉しいなー」
「やかましいわ」
悪態をついて、スタジオを後にするアクア。
その心は、天童寺と話す前よりも晴れ晴れとしていた。
その影響か、心なしか足取りが軽いようにも見られた。
「……」
だから気が付かなかった。
スタジオの扉が僅かに開いていたことを。
よって見落としてしまっていた。
スリッパを履いていた為に気が付かなかったが、スタジオの扉前の床が温かかったという事実について。
*マリア様は聞いていた*
最初の方は、聞くことが出来なかった。
星野家側のリビングで、悶えながら頭を悩ませていたから。
そしてふと我に返った時、アクアが居ないことに気が付いた。
だから天童寺家を探した。そして見つけた。
光が漏れているスタジオから、天童寺とアクアの声が僅かに聞こえているという状況を。
「……で?アイの猛攻を躱せるのは、さりなちゃんと重ねてるからか?」
「Exactly. 流石に妹に手を出すのは、お兄ちゃん失格でしょう?」
聞こえてしまった。
薄々そうじゃないかとは思っていたが。
認めたくなかったその事実を。
「それにさ、アイさん自身が良く分かってない状態だよね?」
「……確かに」
「だから僕から何かするなんて、有り得ない話なんだよ」
嗚呼、そうだったのか。
相手はこんな時でも、
優しいことだ。だが同時に残酷でもある。
その優しさによって傷付けられた乙女の
「(つまり一番の敵は妹ちゃん、ってワケか……)」
敵は強大である。
ましてや亡き存在というのは、時が経つ程美化されていくもの。
現在進行形で醜態を晒している疑似妹では、叶うはずもなかった。
「良いね、やりがいがある。絶対に"ありま"の、最推しになってみせるんだから!」
妹を超えなければ、相手は自分に見向きもしないだろう。
だからまず妹を超える。そして改めて自分を見せ付ける。
その為には。
「次のドーム公演。絶対に成功させて、虜にしてみせる!!」
決意を新たに。
少女は再度立ち上がる。
難しいことであるけれど。だからこそ挑むべき課題として相応しいのだから。
「それはそれとして……とりあえず今日の夜は、『お兄ちゃん、背中流すねー!』とか言ってお風呂に乱入しようかな?」
"まるで成長していない"。
とは言わないが、頼むから成長の方向性を間違えないで欲しい。
アクアが聞いていたら、そう切に願うばかりの現状であった。
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