また原作とは時系列が異なりますが、意図して変更しております。
ご了承の程よろしくお願い致します。
その日は朝から夜だった……などということはなく。
天変地異もなく、通常通りの一日が始まった。
雲一つない晴天であり、非常に爽やかに一日がスタートする。
しかしその日は。
彼女にとって。
彼にとって。
そして皆にとって。
記念すべき一日となるべき日。
B小町のドームライブ。
斎藤社長にとって、あらゆる芸能関係者にとって、夢の到達点の一つ。
アイの"18歳の誕生日"と併せて行われる、その一大セレモニー。
それはいちごプロやファンのみならず、その関係者も大いに盛り上がる祭典であった。
「こんな日にバックアップが出来なくて、本当にごめんなさい……」
そう言って心底申し訳なさそうに言うのは、社長夫人の斎藤ミヤコ。
別段、別の業務があって動けない訳でない。
業務の繁忙とは別の意味で、彼女は物理的に動くことが出来ないのであった。
彼女が現在居るのは、ドームに一番近い病院のベッド上。入院患者用のガウンを身に纏い、目の前に居るアイと差し向かいで話していた。
「大丈夫だよ!アクアとルビーのことは、テンドーせんせが見てくれるっていうし……ミヤコさんは自分と赤ちゃんのことだけを考えてよね!」
「ありがとう。流石は"お母さん"の先輩ね?素直に母親経験豊かな人の意見に従うわ」
「そうそう!」
この2年の間。
天童寺がいちごプロに関与するようになってからの2年間は、アッという間に過ぎ去っていった。
疾風怒濤。まさにその表現が相応しい展開。
歌。アニメ。ドラマ。映画。バラエティー。
数多の分野で、アイは世間を席巻した。
その結果が、本日のドームへと結実する。
そしてその影響は彼女のみに留まらなかった。
彼女の所属グループであるB小町のメンバーも、その勢いに押されて自分たちを開花させていき、その所属事務所であるいちごプロも急速な拡大を遂げていたのである。
管理する側も現場側も人が増えていく。
そのこともあり、現状社長とミヤコの手はある程度離れたモノが多い。
そうなってくれば、最初はともかく夫婦としての絆も強くなり――そして一つの形として集約された。
それこそが"子ども"という宝物であり、未来への希望というカタチに行き着いたのであった。
「いやー、でも最初に聞いた時は驚いたよー!」
「まぁ、ね。自分でも色々と最初の考え方から変わって、ビックリしてるわ」
既に双子の子持ちの母と、これから子どもを産み落として母になる存在。
年齢的に通常逆だが、そこには確かに絆があった。
双子の子育ては、アイ:40・テンドー:30:ミヤコ:30くらいの比率で行われていた。
だからミヤコは子育ての素人等ではない。
そしてその子育てを通じて、アイは"ミヤコ"という存在を認識するに至ったのである。
テンドーとは異なった信頼感。
そこには姉妹のような関係が構築されていたのであった。
「それにさ、すごいことだと思わない?私のドームライブと、ミヤコさんの出産が重なるなんてさ?」
「そうよね。私がアイのライブを見届けられないのは残念だけど……おめでたいことが重なるのは嬉しいわよね?」
「そうだよね!」
多少の誤差があるかもしれないが、夕方から始まるアイのライブとミヤコの出産は重なる可能性が高い。
喜ばしいことである。
嬉しいことが重なるのは良いことである。
ましてや、彼女たちはこれまで苦労してきた存在だ。
その苦労は報われてしかるべきである。
「アイはこれからリハーサルでしょう?双子たちは天童寺さんと一緒にライブに行くの?」
「うん!あり――テンドーせんせが二人のことを見てくれているから、心配しなくて良いんだよねー!」
「(……今、天童寺さんの名前を言おうとしたわよね?前に比べて進歩してると思うけど……じれったいわね)」
ミヤコは気付いていた。
彼女は業務の都合上、テンドーから名刺を渡されている。
だからあの美少女モドキのフルネームを知っていたし、妹分の成長も喜ばしい限りである。
しかしそれはそれとして、じれったい。
まるで最前席で、恋愛リアリティーショーを見せられている気分だ。
もどかしい。だけど自分じゃないから、手を出せない。
ミヤコは恋愛リアリティーショーに嵌まる人たちの気持ちが、少しだけ分かった気がした。
「そう。じゃあ、気持ち良くリハーサルに臨めそうね?」
「うん!それじゃあミヤコさん、赤ちゃんが生まれたら教えてねー!!」
「えぇ。あの人から連絡が行くようにしておくから」
今日斎藤社長は、これからアイと共に現地入りする。
従って、ミヤコのそばに居ることは出来ない。
普通の家庭なら、後の離婚案件にまで繋がるかもしれない重要インシデントだ。
しかし、そうはならないだろう。
ミヤコとて夫の気持ちは分かっていた。
こういう時、同じ職場や業界で働く夫婦は辛いところだ。
相手の状況が分かってしまうからこそ、そばに居てとは言えなくなってしまうから。
「(ま、その分あとでいっぱいコキ使ってやるけどね……?)」
それはそれ。
これはこれだ。
夫妻の問題は、両者の間の負債は、徹底的に搾り取ってやるに限る。
「いたっ!ごめんねー、悪いお母さんで……?」
腹を内部から蹴られて、外側から擦りながら我が子に謝罪する母。
その姿は嘗ての――宮崎の病院に入院していたアイの姿を彷彿とさせた。
晴れ渡る青空。今日の夜はさぞかし星が生える夜空となるだろう。
それは奇しくも、アイが双子を産んだ日の空を彷彿とさせるものであった。
*
ドームへの移動中。
アイの身に舞い降りた想定外の事象。
それは最近はめっきり聞かなくなった着信音から引き起こされた。
「はい、もしもし?」
非通知着信。
アイが持つ3つ目の携帯端末からのコール。
それだけで日常とは異なるシチュエーションだということが分かった。
逡巡した後に、通話ボタンを押す。
そこから聞こえた音声は、果たして想像通りの相手であった。
――久しぶり。
聞こえた声は懐かしかった。
嘗てともに在り、そして一時的に関係が交差した存在。
だけど今は交流が無くて。だから気になった。どうして連絡してきたのか、ということを。
――ドーム公演、おめでとう。
それは祝いの言葉。
親しい間柄で言い合うのには、何一つ問題がない当たり前の言葉。
――直接お祝いを言いたいのと、双子の顔が見たくてね。今日これから会いに行っても良いかな?
「え、どうしたの?今までそんなこと、言ったことがなかったじゃない?」
素直に疑問だ。
お互い人間として大事なモノが欠けている者同士。
普通の人間に擬態することはあれど、この両者の間にそんなことは不要だった。
だから確認してしまう。どういうことなのか、と。
――あれから何年も経ってるんだよ。こちらだって少しは大人になるさ。
そう言われても納得は出来ない。
しかし自分だって数年前からは変わってきているのだ。
相手だってそうならないとは限らない。
「うーん、今日はダメだよ。これから公演で家にいなくなるからね。明日とかなら良いよ?」
そう言って、相手に現住所を伝える。
――分かったよ。教えてくれてありがとう。じゃあね。
切電される通話。
いつも通り、淡々とそれでいて飄々とした存在だ。
そこに気に掛けるポイントはない。ただ少しは人間らしくなったのか、と思っただけ。
「あ。これがドーム、なんだね……?」
ふと見上げると、そこにはドームの姿があった。
白亜の巨大構造物。
その前には、開園までの時間を待ちきれずに集まってきている、ファンの姿。
今から自分たちは、この最高の舞台で歌い・踊り・そして魅せるのだ。
緊張なんてしたことがない。
だって普段から"アイドル"を演じているのだから。
これまでと同じだ。同じハズなのに……その掌は固く握られていた。
「(良いね……こういうのもオモシロい。嘘じゃない自分がいて、それでも許されるような感じ)」
高揚。
興奮。
未知なる自分と出会う感覚。
新鮮で。
ちょっとくすぐったくて。
でも嬉しい感覚。
「(そういう気持ちも込めて、今日は最高のパフォーマンスをしなくちゃ。みんなを虜に出来るように。"ありま"の最推しの、アイドルになる為に!)」
アイは持て余す感情を抱えながら、関係者以外立ち入り禁止の出入り口を潜っていく。
皆の夢に繋がるその道を、一歩一歩確かめるように歩きながら。
*
「ほら、ルビー!もう、行くよー?」
「うん!ちょっと待ってー!」
家主からの呼びかけに、ルビーはちょっと待ったコールで応対した。
天童寺家の玄関、そこでは普段あまりないドタバタが繰り広げられていた。
今日はアイの――双子の母親の晴れの舞台。
それを見ずして過ごすというのは、アクアとルビーにとって有り得ない事態であった。
「前髪が決まらないんだもん……!」
「(そんなの変わらないじゃないか)」
妹の返答に、兄はゲンナリしていた。
しかしそれを口に出すような愚は犯さない。
それをすれば後々に禍根を残すことは間違いないし、家を出る時間が遅くなるだけだ。
だから口にはしない。だけど心中では悪態を吐いてた。
「うん。ルビーはいつも可愛いからね!いつも通りで大丈夫だよー!」
殆ど母親と変わらない対応。
だけどそこにはアイ以上の"ナニカ"を感じた。
まるで本当の家族のような。どこぞの変態兄が妹に寄せる全幅の愛のような。
「(何か、最近こういうのが増えてきたよな……何かあったのか?)」
アクアの与り知らぬことではあるが、アクアが"さりなの部屋"の開錠をしたことが映像として残っているのであれば、その後の様子も確認出来るというもの。
つまりテンドーはルビーの正体に到達したのだ。
だからこその態度の変化だったのであろう。
「本当?」
「うん。ホントの本当に可愛いよー!さぁお姫様、出陣の時間ですよ?」
「うむ。良きに計らえー!」
「(本当に仲が良いなー)」
それを遠い目で見ているアクア。
まぁ、仲が良いに越したことはない。
それで物事がスムーズに行くのなら、願ったり叶ったりだ。
「今日は、まず表通りでタクシーを拾おうか?」
エレベータを降り、一階のエントランスを通り過ぎて、外に出る。
表通りに出てタクシーを拾えば、後はドームまで一直線だ。
若干人通りが少ないことを除けば、表通りまでは特に問題なく到達出来る。
そう。
いつも通り、問題がなければ――の話だが。
*
そんな和気藹々として光景を、少し離れたところから見つめる影があった。
フードを目深に被り、その鋭い眼光を隠した成人男性。
「(今日は下見に来ただけだったんだけどな……ツイてるな)」
協力者から齎された情報と、小道具。
それらを携えて明日の本番に向けてシミュレーションしていると、そこには葱を背負ったカモがやってきた。
明日行おうとしているのは、大罪人の――大噓吐きの"私刑"執行。
法では裁けない。だけど人々を騙した大罪人。
だから自分が裁く。自分のような犠牲者たちの為にも。
「(……い、行くか)」
武者震いがする。
本当は明日実行する予定だったが、これ以上ない程の舞台が整ってしまった。
これは天啓か。それとも捧げものか。
どちらにせよ、運は自分の味方をしているということだ。
――背後から近寄って、声を掛けて。それで――!
「アイ……ドーム公演、おめでとう」
胴震いを抑えつつ、
*
「アイ……ドーム公演、おめでとう」
「えっ?」
背後から声を掛けられた。
元気いっぱいに走るルビー。
それを追うアクア。
その様子を後ろから眺める自分。
天童寺にとってその光景は掛け替えのないものだった。
自分が望んだ光景。
それが目の前に広がっている。それだけでこれまでの自分の行いが報われるようであった。
だから気が付くのが遅くなってしまった。
背後から忍び寄る、その存在の接近に気が付くのが。
「でも酷いじゃないか――ファンを裏切って、子どもを作るナンテ」
フードを目深に被った
その手には白いバラが携えられており、より一層非日常感が浮き彫りになっていた。
「……っ」
誰と誤認されたのか。
それは一瞬で理解した。
そして同時に不味い瞬間を見られてしまった、とも思った。
この瞬間だけを見れば、どう見ても悪い想像しか浮かばないのが人間というものだから。
――!
「……えっ?」
気が付いた時は既に遅かった。
目の前のフードの男は、一瞬にして距離を詰めており。
そしてテンドーの懐に入っていた。
さらに一拍置いて、腹部に衝撃が走った。
白いバラの花束で隠れて見えなかったが、その下にはナイフがあったのだ。
――ザシュッ
そんな音は
だから気が付くのが遅くなった。
自分は目の前の狂人に貫かれたのだ。
白薔薇という隠れ蓑によって秘匿された凶刃によって。
「あれ……?」
痛い。
いたい。
イタイ。
脳からの信号を頼りに、損傷個所を特定する。
そしてそこに手を当てる。
当てた掌が、一瞬にして真っ赤になった。
――嗚呼。これはダメな出血だ。
「裏切りやがって!さんざん好きだって言ってたくせに!!」
フードを被った凶刃は、尚も続ける。
己の腹の内を。
呪詛を。
裏切者という叫びと共に。
「どうせオレが送った星の砂も、ゴミとかに捨ててるんだろう!!」
「……!」
星の砂。
それは嘗てアイがファンから贈られ、そして今なお星野家の玄関に飾られている贈り物。
そうか。あのプレゼントは、確か――。
「……そうか。キミは、リョースケ氏だったのか……」
「!?ど、どうしてその名前を……!?そ、それにその呼び方は……!」
驚愕に歪む襲撃者。
そして気が付く。
目の前の存在が、誰であるのかを。
故に悟る。
自分が誤認でトンデモないことをしてしまった、ということを。
「あ、貴方は――テンドー師、だったのですか……?」
震える声。
そして掌から落ちる凶刃。
もうそこには殺意は存在しなかった。
「その通りぃ、だよ……?ダメじゃないか、推しに殺意を抱くなんて……」
「あ、あ、あぁぁぁっ!」
「例え推しに恋人が出来ようか、結婚しようが……僕たちファンは、推しの幸せを第一に考える、そう皆で良く言ってたじゃないか……?」
「そ、そうだよ……な、何でオレは……!!?」
まるで悪い夢から覚めた瞬間のようだ。
リョースケの瞳からは邪気が払われ、そして自分のしたことに対する怯えが垣間見れた。
膝から崩れ落ち、その場で蹲ってしまった。
「て、天童寺さん!?」
「お、お兄ちゃん!!?」
背後から掛かる声。
折角前門の問題が解決したと思ったら、今度は後門の対処か。
仕方がない。誰だってこんな光景を目の当たりにしたら、動揺しない方がおかしいのだから。
「二人とも、ゴメンね……?ちょっとマズっちゃってね?110番と119番をして貰っても良いかな?」
「あ、あぁ……」
比較的冷静であったアクアが、警察と消防に連絡を入れる。
その報告内容は的確で、動揺しながら行っているとは思えない出来だった。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん!!」
「ルビー、大丈夫だよー。お兄ちゃん、これまではちゃんと約束守ってきたでしょう?世界一大切な妹の為だからね。今度も約束を守ってみせるよ……?」
「「え……?」」
双子から響くのは、驚きの感情。
ルビーは前世での兄に自らの内面を見通されたことに対して。
そしてアクアは、妹の内面が自分の想像外の人物であったことに対して。
「二人とも、幸せに育ってて本当に良かった……まぁ、育ててる一人は自分だったけどね?」
――ウゥゥゥゥゥッ!!
「あ、救急車が来た……さっすが、日本の医療体制はスゴイね……?」
救急車のサイレンが接近・停止し、そしてストレッチャーを携えた救急隊員たちがやって来る。
その光景を、アクアとルビーはただ見ていることしか出来なかった。
そして同乗を促されて、救急隊員の手によって救急車に担ぎ込まれる。
何も言えなかった。
お互いがお互いに言いたいことはあったが、人前で話せるような類の話ではなかったから。
だから双子が会話を出来たのは数時間後。
テンドーの緊急手術が完了してからの話となったのであった。
*
ドーム公演は最高潮であった。
出演者と客側が一体となり、これまでのB小町史上で最高のライブとなっていた。
熱狂と共愛。両者が一体となったそのステージでは、演者たちは観客から無限のエネルギーを補給されての活動行うのと同義であった。
ただ一人。
メインキャストである、アイを除いてという条件であればだが。
「(おかしい。あの三人が、どこにもいない……?)」
非常に広大な客席だが、アイにとってはその対象を見落とすはずがなかった。
だからずっと不思議だった。違和感があった。それでも続けざるを得なかった。
今日という日を楽しみしてきた、皆の為にも。
「(ルビーが楽しみにしすぎて、具合が悪くなっちゃったとか、かな……?)」
一番有り得そうな話だ。
ライブが終わったら、すぐに確認しなければ。
きっとライブを見られなかったことに対して、機嫌が悪くなるはずだ。
そうしたら、天童寺と一緒に甘やかしてあげれば良い。
そう考えたら、自然と笑みが零れた。
――!
ラストのサビに入る。
これが終われば、もう今日の曲は打ち止めだ。
既にアンコールは2回実施した。
これ以上の延長はあり得ない。
だから全力で。一直線に。最後の最後まで歌い上げる。
――終わっ、た。
全て出し尽くした。
音楽が余韻をもって鳴り止み、そして静寂が訪れる。
その一拍後で。
反転して今度は客席側から大音響が響き渡る。
一番見せたい人たちは居なかったけど。
それでもこれだけの人たちが感動し、そして自分もそれに同調出来ている。
また新しいことを知ることが出来た。そんなことを想いながら、ステージの裏に戻っていく。
B小町の皆も、スタッフの皆も。
皆が皆、興奮冷めやらぬ様子だった。
無理もない。それだけ素晴らしいステージだったのだから。
「はい、もしもし……え?何だって……!?」
そんな一体感を破ったのは、電話を受けた社長の声。
そう言えば、そろそろ社長の奥さんの出産予定だ。
きっとそれに関する話だったのだろう。
「社長、奥さんの出産の話でしょう?今から行ってあげれば?」
いつも彼には世話になっている。
だからこんな時くらいはアシストしてあげよう。
逆に言うと、これ位しか返せる時がないとも言うが。
「あ、あぁ……悪いがそうさせてもらうわ」
精気の失せた顔。
おかしい。普通奥さんが出産したのなら、もっと嬉しそうな顔をするはずだ。
予定外のトラブルか?アクシデントが発生したのか?
「社長、大丈夫……?ちゃんと病院まで行ける……?」
こちらが心配になりそうな顔色だった。
これではちゃんと病院に辿り着けるかすらも怪しい。
男親は、こういう事態に弱いというらしい。
――仕方がないから、付き添ってあげるとするか。
「しょうがないなー。私も付き添ってあげるから、はやくミヤコさんのところに行こうよ?」
「あ、あぁ……すまん」
B小町のメンバーとスタッフに後をお願いしつつ、アイは社長を伴ってタクシーで病院へと急いだ。
だが道中で聞いたのは、自分の懸念とは異なった答え。
ミヤコに関しての続報ではなかったのだ。
先の電話は、アクアから社長への連絡で。
引率者であった天童寺ありまの容態についての話だったのだ。
*
走る。駆ける。翔ける。
駆けてはいけない空間だってことは分かってる。
つい数時間前にやってきた場所なのだ。
その病室とは階が異なるが、それでも大まかな構造は分かっていた。
――バンッ!
"天童寺"と書かれた、ネームプレートの付いたその病室の扉。
補助付きでスムーズに開く引き戸であったが、その扉は力いっぱい開閉された。
「……う、そ」
病室の中央のベッドで横たわる存在。
それは自分と瓜二つの容貌で。
だけど抜けるように青白い顔色で。
今にも消え入りそうな姿のテンドーの姿がそこにはあった。
「……ウソでしょ?ウソだって、言ってよ……!?」
ベッドサイドには自分の子どもたち。
そして二人ともボロボロと泣いている状態。
「あれ……アイ、さん……?」
いつもの大きく見開かれた瞳ではない。
半分以上閉じられて、宇宙を思わせる漆黒の色。
そんな状態でも天童寺はアイが来たことを認識し、そして言葉を紡いだ。
「ゴメン、なさい……ヘマしてしまいまして……」
「そんなこと、ないよ……私と間違って、襲われたって……」
「そうみたいですね……でも安心して下さいよ。彼はマインドコントロールされてただけでしたよ?貴女のファンは、正常な状態であんなことはしませんからね……?」
「バカっ!そういうこと言ってるんじゃ、ないんだってば……!?」
この存在は。
目の前の自分の生き写しは、こんな時にも自分よりも自分の認めた他者のことを案じていた。
「アイさん……今まで楽しかったです。僕みたいな超絶厄介なファンが相手でも、普通に接してくれたし……」
「……うん」
最初は打算であった。
愛を知らない自分が、愛を知る為に――人の愛を学ぶ為に近付いただけ。
だけどそこで、知ってしまった。
人に寄せる想いを。
好きになる感情を。
愛に類するけど、愛とはまた異なる、色んな好きというカタチを。
「私ね、今日は色んな曲を歌ったの……今まではただ歌詞をなぞってるだけだったけど、今はそこに込められた意味、少しは分かるようになったんだ……」
「それは、素晴らしい、ですね……見事に当初の目的を、果たした、じゃないですか……?」
「でも、一番それを伝えたかったのは……!!」
言葉に詰まる。
言えない。
言って良いのだろうか?
本来親であれば、この言葉は子どもたちに伝えるべきではないか?
逡巡し、どう伝えたら良いか考えてしまう。
――ギュ
――ギュ
「え……?」
迷う自分を。
迷いから抜け出せない自分の手を取ったのは。
自分の子ともたちであった。
自分の左右の手を、それぞれアクア・ルビーが手に取り、その瞳がこう語る。
――言ってあげて!
「……うんっ」
固まった。
子どもたちの助けを借りて。
少女はありまに向き直る。
「テンドーせんせ……ううん、ありま?」
「……!」
僅かに瞳に力が戻った。
半分以上閉じられていた瞳を、無理やり全開まで開き切る。
聞かなくては。
聞かなければならない。
天童寺ありまは、その一念で両の眼を開き切った。
「私、星野アイは……!」
――ガンバレ!
母を心中で応援する双子。
その想いは、母の手を握る両の手に込められていた。
「星野アイは、貴方のことが――"天童寺ありま"のことが好きです!!だから、だから……!」
そこから先は声にならなかった。
やっと言えた。嘘じゃない言葉で。
やっと分かった。嘘じゃない感情の正体を。
だけどそれは――。
「……うん、ありがとう」
その言葉を真剣に聞き、目を閉じて反芻するありま。
そして次の瞬間、再度目を見開いて言葉を紡いだ。
「僕もね、懸念事項がなくなってさ。ようやく自分のことを考えても良いかなー、って思い始めてたんだ……」
「……」
声には出さない。
だけど分かったのは。
天童寺は妹の
「そこからは、今までのことを思い返してね……我ながら、良く耐えられたと感心したんだ……」
「……そう思うのなら、ちゃんと見せてくれれば良いのに」
「はは、恥ずかしくてね……」
力なく照れるありま。
そして視線だけを双子の方に向けた。
「アクア。アイさんとルビーを……頼んだよ?」
「……あぁ。任せてくれ」
その瞳には涙が溜まっていた。
でも堪えている。
自分だって悲しいのに、守るべき対象の前では虚勢を張っているのだ。
「ルビー……」
「……うん」
「元気に育ってくれて、本当に良かった……これからも皆で仲良くね?」
「うん……うん!お兄ちゃん……今まで、今まで……」
「……」
「あり、が、とう……!!」
号泣だ。
世界一大切だった妹。
その生まれ変わりをこんなに悲しませてしまっている。
きっと自分は地獄落ちだ。
でも妹が天国じゃなくて、こんなに優しい環境で育ってくれて――育てることが出来て、本当に良かった。
ありまは心の底から安堵した。
「ルビー」
「……うん」
アクアがルビーに何かを促した。
――ッ
双子の両手が、アイの掌から離れていく。
そして二人は天童寺のベッドサイドから遠ざかり、自分たちが居たスペースを母に明け渡した。
アイはベッドサイドの椅子を引き、そこに腰掛ける。
その構図は、丁度天童寺の顔が間近に見えるポジションであった。
「ねぇ、ありま……?」
「何ですか……?」
気の利く子どもたちからポジションを明け渡され、会話の主役は再びアイに戻る。
「さりなちゃんの愛は解けたんだよね?じゃあ今度は……私にそれを残してくれないかな?」
「アイさん?何を言って――」
余計なことを言う口を塞ぐ。
物理的に。本来はちょっと人前でやらないような手段を以って。
「ありま、約束して!今度は自分が生まれ変わるって。私の為に――"星野アイの為に"生まれ変わってくるって!」
真剣な表情。
その双眸には白い星は込められていなかった。
漆黒の黒い双星。
それが天童寺を射抜いていた。
「……分かった、約束するよ。今度はアイさんの――ううん。"星野アイの為に"生まれ変わってくる」
対照的に。
天童寺ありまの双眸には、白い星が込められていた。
まるで先の接触でアイから受け渡されたかのように。
アイを射抜くその瞳は、先程までアイが身に纏っていたモノであった。
だから分かる。そこに秘められた感情を――そしてその意図を。
――嘘吐き。
声に出さない。
だけど分かる。
その優しい嘘を。
――スッ
ありまの右手が、アイの頬を捉える。
そしてアイはそれを受け入れる。
それは嘗てどこかで見たような光景。
――天童寺、さん……!
――お兄、ちゃん……!
そう。アレは嘗て天童寺さりなが、雨宮吾郎に残したモノ。
その焼き直しであった。
――もし、生まれ変われるのなら、きっと……
数分後。
天童寺の病室から、心拍音が一つ消失した。
「……」
アイは瞑った瞼を押し上げる。
すると窓の外の光景は、先程とは異なっていた。
ちょうど綺麗な流れ星が、眼前を横切る瞬間であったのだ。
「……流れ、星……?」
アイは託した、その願いを。
――ありまを生まれ変わらせて!
――ありまを生まれ変わらせて!
――ありまを生まれ変わらせて!
祈る。
祈る。
祈る。
必死に望みを託す。
非現実だとかは一切に気にしないで。
その願いは受理されたのか。
それとも不受理に終わったのか。
どちらにせよ。
願い終わった瞬間に訪れたのは、福音を告げる連絡であった。
――ミヤコさんの赤ちゃん、産まれたって……。
連絡を受けたアクアが、遠慮がちにそう告げた。
確かにこの雰囲気では言い難いだろう。
だけどその報告には罪はない。むしろ喜ばしいことなのだから。
落ち着いたら、顔を出しに行こう。
向こうも辛気臭い状態で来られても困るだろうし。
でも今は。今だけは俯かせて欲しい。
ちゃんと立ち上がってみせるから――。
アイが星に願いを託したのと時同じくして。
斎藤ミヤコは元気な男の子を出産した。
まだ毛が生え揃っていないが、金髪の可愛らしいその子ども。
その一瞬だけ開いた赤子の双眼には――白く大きな星が宿っていたのであった。
感想、お気に入り登録、評価、誤字報告頂き、ありがとうございます!
とても励みになります!
前回(美少女モドキ)もたくさん感想を頂き、ありがとうございます!
ただ誠に恐縮ではございますが、前回と今回はネタに触れることが多い為、
返信を控えさせて頂きたく存じます。
誠に申し訳ございません。
その代わりといっては何ですが、以下に少しだけキャラクター&シナリオについて記載させて頂きました。もし宜しければ、ご覧頂けますと幸いでございます。
*キャラクター&シナリオについて*
・雨宮吾郎/星野アクア
本作において結構設定を弄られているせんせ。
元々原作でもアクアとしても、アクアの内面として出てくる時も含めて、一人称が安定しない人。
大体「俺」だったのですが、要所要所では「僕」なのでそれを採用しています。
あと意外とテンドーの影響を受けていることに加え、復讐を考える前の性格を加味してちょっと柔らかい感じを意識しました。
・天童寺さりな/星野ルビー
原作では雨宮先生以外に頼れる人が人が居なかったので、ある意味一番影響大なお方です。
彼女に関しては、この後の時系列が本当の見せ場だと思っております。
・星野アイ
一番難産だった人。
実は本来、ドームの話までを10話位で完了する予定でした。
それをここまで広げたのは、間違いなくこのお方。
書いている内に勝手に動き出し、どんどん話を広げてしまうのは、無敵のアイドルたる所以でしょうか。
彼女の内面を育てることで、新しいことが出来たと思っています。
異性に対する恋愛の"恋"まで開花したことは確実。果たしてその先は……。
やはり究極で無敵のアイドル様は、自分の思惑を超えていく存在なのでした。
・天童寺ありま/×××××
ある意味、一番本サイト様の影響を受けたキャラクター。
元々はただのシスコン兄者だったのですが、色んなSSを拝見した影響で、いつの間にか男の娘に……!
(男の娘、初挑戦でした)
途中から、史上最高にして無敵のシスコンを目指して書いておりました。
ちなみに彼の遺産については、ほとんどが星野アイ向けで、遺留分+αに関しては生前贈与で天童寺家に既に渡しております。
従って、彼の作品についての所有権はの殆どはアイが所持することになります。
(一部例外あり)
ここまでが、"さりなによって養殖された男の娘"についてでした。
●シナリオについて
当初のシナリオでは、ドームまででMAX10話くらいで完了。
そしてテンドーはアイの子どもとして転生する予定でした。
ですが、予想以上にアイが大活躍したおかげで延伸。
おかげで、アイについて好評を頂きました。
(あとアイの実子だと都合が良くないと気が付き、その考えは封印しました)
もう少し引き延ばすことも考えたり、ありまの扱いについて再考したりもしました。
しかしどうしてもそれだと書き切ることが出来ず、心を鬼にしてドーム編を執筆。
ここまで見守ってきて下さった方々からすると、望んだ展開にならなかったと思われてしまうかもしれませんが、どうかご容赦の程を……