"売れっ子漫画家テンドー死亡"。
その情報は、瞬く間に日本中を駆け巡った。
情報の解禁は死亡翌日の昼時点。
第一報として出版社からアナウンスが流れ、それをニュースやSNSが取り扱った形となった。
その情報は瞬く間に拡散される。
そして皆がその原因について追及し始める。
自然死か。怨恨か。それとも別の要因か。
人間とは、基本的にゴシップが好きな生き物である。
だから探す、その原因を。
そして広める、時には捏造して面白かしくして。
それに悦を感じる、被害者や加害者家族への配慮等を置き去りにして。
情報爆発待ったなし。
そんなタイミングで、狙ったかのようにある動画チャンネルが生放送を流し始めた。
アーカイブ可能な設定で始まったライブ配信。
そのチャンネル名は――"テンドーチャンネル"であった。
椅子に座り、その身はアイのアイドル衣装と瓜二つのモノを纏っているテンドー。
瞑目から双眸を開眼し、第一声を発した。
「この動画が流れているということは、残念ながら僕が望む"優しい世界"にはならなかったようです……」
・!?
・テンドー先生!?
・どういうことだってばよ……?
・だって、先生は!先生は……!
・ソレステルなんちゃらか!?
・ソレ、捨てるな!!
・ソレ、捨てるのブーイング!
・レクイエムの方か……?
・併せ技か……流石はテンドー先生!!
「この動画は、漫画家テンドーこと"天童寺ありま"が志半ばで倒れた時に、自動で流れるようセットされたものであります」
・志半ば……
・うぅぅぅ……!!
・すぇんすぇぇぇぇぇぇ!
「もしもテンドーが単独で倒れたような場合、それは自分自身の不注意や天運によるものでしょう」
一拍置く。
そして再び始まる。
「その場合は、どうか馬鹿者だと笑い飛ばして頂きたい。悲しみは不要です。皆の笑顔こそがテンドーにとっての最良の手向けとなるでしょう」
・わらえ――るかよぉぉぉ!
・先生ぇぇぇぇ
「ですがもし、もし――テンドーがアイさんと誤認・または庇って倒れたとしましょう」
音はない。
雑音すら入らない。
「その場合は、どうか勇敢に散ったと思って頂きたい。アイさんは悲しまれるでしょうが、ファンにとっての本懐なのですから」
・ファンの鑑すぎる。
・でもアイが喜ぶ訳ないだろう……!
・妹ちゃんだって、きっと天国で「来るのが早い!」って怒ってるぞ!!
「どうかアイさんを責めるようなことだけはご遠慮願いたい。これは死者からのお願いです。もしそれを無碍に扱うというのなら――それは死者への冒涜ということとなります」
"死者への冒涜"。
流石にこのワードに勝るものはない。
もしあるのであれば、それはそれ以上の悪意に他ならない。
「賢いマスコミの方々であれば、罷り間違ってもアイさんを責める――という検討違いなことされないと信じております」
・先手を打った。
・これはマスコミも黙るしかない。
・ここまで言われてやるのなら、総スカンだもんな。
「不要かと思いますが念の為に。僕の――死者の願いを聞き届けて頂けない方がいらっしゃった場合の為に、最終手段を用意させて頂きました」
・最終手段……?
・明らかに不吉な響きだな。
・嫌な予感がビンビンするぞ……!?
「その場合、現在テンドーが連載中のマンガ、その全ての完結までの原稿を破棄するよう、準備させて頂きました」
・ファッ!?
・え……?
・全作の最終回までの、マンガ……?
・え!?もう、執筆済みだったのか!?
・待て待て待て!?だって先生、今2作品同時連載中だぞ!?
・それを最終回まで!?
・やはりテンドー先生は最強。ハッキリ分かるんだね!?
「これはあくまで最終手段です。心無い方がいらっしゃらない、ということを前提としています。ですのでご安心下さい。何もなければ、無事最終回まで掲載されるのですから」
・ヒェ!自分の作品を人質?にしやがったぞ!?
・流石はテンドー先生!そこに痺れるぅぅ!(でも憧れない)
・やはりテンドー先生は、良い意味でも悪い意味でもマトモではなかったな!
「ところで……もし仮にアイさんのファンに誤認で倒されたとしましょう。その場合、どうかそれを実行した方を攻めるようなことだけは、しないで頂きたい」
・何でだよ!?
・どういう、ことなんだ……?
「仮にも"アイさんのファン"を名乗るのであれば、我々はそんな愚行を起こすことないからであります。我々は常に推しに恋人が出来ようが、結婚しようか、それでも推しを推し続けることを旨としておりますので」
・あぁ、そう言えばそうだったな。
・アイのファンの行儀の良さは、業界一だからね。
・厄介ファンであってもソレだからな。
「よって、もし"アイさんのファン"がそれを成した場合には……きっとその想いを利用されたのだと愚考致します」
世の中には自分の意志だと思っても、その実誰かに操られているというこはあり得る。
マインドコントロールや洗脳と呼ばれる類のものだ。
そしてそれらは、意外なことに日常生活に忍び寄っているものでもある。
「その場合、一体誰が一番悪いのでしょうか?」
一瞬、間を置く。
そして再び始める。
「この場合はそのファンは被害者であり、そのファンを操った方が一番悪いと言えるでしょう」
・真犯人、ってやつか。
・本当にそういうのもあるらしいから、怖い世の中だよね……
「僕は日本の警察が優秀だと確認しております。だから表面的なことに留まらず、一番深い真実まで解明していくれると信じております」
・厚い期待。
・これは誤認逮捕出来なくなったな。
「しかしもし、相手が逮捕出来ないような存在だったら?または法の裁きを下せないような相手であったら?」
・現実にあり得るらしいよね。
・心身が弱っている人とか。
・大物とかかな?
・未成年とかもあるかも。
「その場合には、"同志"の力をお借りしたいのです」
・ガタっ!(お兄ちゃん)
・ガタッ!!(お姉ちゃん)
・おーい。また見知らぬ兄・姉が増えてるぞ?
「アイさんの素晴らしさが分からずに、そのような愚行を犯すのであれば。その素晴らしさをどうか伝えてあげて下さい」
・よし来た!
・任せろー!!(バリバリ)
・我覚悟完了す。
・なるほど?
・洗脳との違いは……?
・逮捕されて、刑に服すのとどっちがマシなんだろうか……?
物凄い勢いでコメントが埋め尽くされていく。
それだけ勢いが乗っている証拠だと言えよう。
そしてそんな流れを切るかのように、動画の中のテンドーは別の話題に入った。
「……時に僕は、輪廻転生というものを信じております」
・……?
・流れが変わったな?
「よって"世界で一番可愛い我が妹"が、きっとこの世に再臨してくれると信じております!」
・いつものが始まった。
・でも先生からそれを取ったらアカン。
・そうだよ。先生の生きる希望なんだからね。
「テンドーは業が深すぎるので、きっと地獄行きでしょう」
・そんなこと、あるもんか!!
・先生こそ聖人だろうが!
・聖母(?)の生まれ変わりって言われても信じるぞ!!
「ですので、恐らく妹と同じようには転生出来ないと思います。出来てもずっとずーっと後のことになるでしょう」
実感はある。
皆は自分のことを持ち上げるだろうが、それは確信に近いナニカ。
だからテンドーは言葉を紡ぎ続ける。
「もし再び生まれ変わって皆様とお会い出来るのであれば――その時は、再び推しについて盛り上がりましょう」
・うぅぅっ、テンドー先生!!
・そうだよ!一緒に盛り上がろうぜ!!
・約束だよ!!
・嘘付いたら、ハリセンボン飲ますからな!!
・ハリセンボンっ
・針千本やろが!
「それでは皆様、暫しのお別れです!今でありがとうございました。ご機嫌よう――!!」
・おわ、っちゃったのか……?
・やだよぉぉぉ!?
・終わっちゃ、やだよ――!?
・先生!!
「なお、この動画は自動的に消滅する」
・ファッ!?
・唐突にミッションなんちゃらが始まった!?
唐突に表示される、画面上の数字。
⑤
④
③
②
①
・……?
・何も起きない、だと……?
・どうなった、何があったんだ?
「失礼。湿っぽいのは苦手なので、ギャグを仕込ませて頂きました!」
・先生……
・最後まで笑いを取りに来るのか!
・その姿勢、嫌いじゃないわ……!!
「それでは本当の最後に、拙いものではございますが――アイさんのモノマネを披露させて頂きます。それをご覧頂き、どうか笑い飛ばしながらお見送りをして頂けると嬉しい限りです!」
――!
照明が落ち。
次のカメラが捉えた映像は、ステージ上にいるテンドーであった。
――!!
音楽がスタートし、ステージがカラフルな照明・装飾によって輝き出す。
見たことがあるダンス。
聞いたことがある歌。
何処かで見たことがある構成。
そう。
その構成は、ドームライブのモノと同じ構成であった。
違いはアンコール曲が入っていないことと、グループではなく単体による構成だったこと。
それ以外の差異はない。
嘗てアイが指摘した、悲しみを湛えた瞳は消え失せ。
真の意味でアイと一体化したテンドーが、そこには存在していた。
――1曲
――2曲
――3曲
――そして最終曲
その全てを歌い・踊り終えたテンドーは汗だくで。
しかし笑顔をキープし続けていた。
太陽のような笑顔。
正にそれを体現したかのような眩しさであった。
「ありがとうございました――!!それでは皆様、See you again!」
こうしてテンドー伝説の最後に1ページは、異例のライブ配信によってその幕を閉じた。
この動画は同時接続数、そしてアーカイブはその再生数が天井知らずの規模であり、その影響もあってマスコミが彼の願いを反故にすることはなかった。
*
テンドーの動画が流れた日の夜。
天童寺ありまが亡くなってから丸一日後。
自分の中で一先ずの区切りを付けて再度立ち上がったアイは、双子を連れてミヤコの病室に来ていた。
「ミヤコさん、ごめんね?来るのが遅くなっちゃって……」
「良いのよ。それより大丈夫なの?まだ無理しなくても……」
「ううん。そっちは大丈夫。今日の動画……見ちゃったからね?アレを見ても落ち込んでたら、ありまに怒られちゃうよ?」
「……そうね。そうかもね」
皆、ありまが残した動画を見た。
正直ありがたかった。
無遠慮な意見や、心無い発言・視線をシャットアウト出来る。
それは
「じゃあ、見てちょうだい。この子があなたたちの……"弟"よ」
ミヤコは敢えて"弟"という表現を使った。
アイは元々斎藤夫妻の養子になっていたし、双子もバレ対策の為同様の処置を行っている。
だから正真正銘の"弟"である。
まだ幼い双子にとっては、その方が親しみやすいだろうという配慮もあって、ミヤコはそのように言葉を紡いだ。
「わぁぁ、可愛いね……」
アイはその金髪の赤ん坊のこと見ると、噓偽りない感情に従ってその感想を述べた。
「そうだね、確かに可愛いね。でも何だか……?」
「……何処かで見たことがあるような?」
アクア、ルビーが口々に感想を述べる。
そしてその中で、双子は明らかに既視感を感じ取っていた。
「ふふふ……そうでしょう?アイなら分かるんじゃないかしら?」
ミヤコの"してやったり"という笑顔。
彼女は既に答えを得ていた。
だからその答えに到達出来そうなアイに、呼び水を振った。
「うーん、確かに何処かで見たような……?」
そもそも赤子の顔など見た記憶は殆どない。
あるとすれば、血を分けた子どもたちの――アクアとルビーの記憶位しかない。
「んんん……?あれ、もしかして……そういうこと?」
アクア。
ルビー。
それぞれの顔を見て、納得するアイ。
「そっかぁ。ルビーが赤ちゃんの頃に、そっくりなんだね!」
「え!?私……!?」
驚愕。
「私、もっと可愛かったでしょう!?」
「まぁ、赤ちゃんなんて最初はシワシワだからなー。それでもルビーそっくりだと思うけど」
「アクアまで!?」
身内に裏切られた。
それも憧れの存在がインストールされた双子に。
ルビーは、生まれた時に自分がどう見えていたのかを理解してショックを受けた。
「なぁミヤコ……まさか天童寺さんと良からぬこととか、してないよな……?」
居たのか。
そんな突っ込みを受けそうな斎藤社長の問い掛け。
その懸念内容は理解出来るが、産後すぐの妻にするものではなかった。
(産後ではなくても問題だが)
「違うって言ってるでしょう!?」
当然否定するミヤコ。
心外過ぎる。
それと同時に、そんな命知らずなことはしない。
その否定には、そんなニュアンスが含まれていた。
「……ミヤコさん。本当だよね?信じて、良いんダヨネ……?」
「ホラ、見なさい!アイが疑い始めちゃったじゃない!!」
ハイライトオフ。
一瞬にして距離を詰め、ミヤコに確認するアイ。
ミヤコの懸念はすぐに現実のものとなった。
「そんな訳ないでしょう?これでもアイが天童寺さんのことをどう思ってたか、それは分かってるつもりよ?それなのにそんなこと、する訳がないじゃない?」
「……うん。そうだよね?ヘンなこと言ってゴメンね?」
双眸に光が戻る。
元々分かっていたことであるが、念の為に確認したくなるのが、乙女というもの。
アイは"弟"たる赤ん坊について、斎藤夫妻に確認をする。
「赤ちゃんの名前は、もう決まってるの?」
「名前か……」
アイからの問い掛けに対し、斎藤社長は渋い声色で返事の代わりをする。
「俺とミヤコで考えて、ある人の許可を得てたんだが……そのまま使って良いのか、考えちまってなぁ?」
「許可がいる名前?それにOKが出たのに、今になってそんなことを言うなんて――」
普通、子どもの名前を付けるのに許可など要らない。
名家とかはそのあたりに煩いかもしれないが、生憎斎藤家はそうではない。
であれば他に命名時に許可がいる、断りを入れる場合とは――。
「もしかして――"ありま"、ってこと?」
「……そうだ」
身近な人物と同じ名前にする時であろう。
ましてや存命の人物にちなんで・あやかって命名したい場合は、確かに断りを入れるものである。
斎藤社長は、その時の光景を脳裏に思い浮かべた。
*
時系列的に遡ること1か月前。
天童寺家のリビングには、珍しく斎藤夫妻が揃って参上していた。
どうも自分に用があるとのこと。そのことを聞いてたテンドーは、次の言葉を待っていた。
「天童寺さん。今日はお願いがあってやってきました」
「珍しいですね。斎藤さんだけでなくミヤコさんもいるところ見ると、お子さん関連?産休とかについてとかですかね?」
「違う。いや、子ども関連っていうのは合ってるんだが……」
妙に歯切れが良くない。
そんなにお願いしにくいことなのだろうか?
「実は我々の息子の名前に、大恩人である天童寺さんの名前である"ありま"を頂戴したいんです」
「えっ、自分の名前を、ですか……?斎藤さん、正気ですか?本気ですか?脳ドック必要じゃないですか?」
「そこまで言わなくても良いじゃないですか!?」
天童寺は斎藤社長の脳を疑った。
本当に正常な判断が出来ているのか。
変な食べ物でも食べたのではないかと。
「うーん。ミヤコさんと熟慮に熟慮を重ねているんでしたら良いですけど……クーリングオフは効きませんからね?」
「しませんって!?」
「うーん、ナイス突っ込み!……で?本当に良いんですか?」
斎藤社長とミヤコが顔を見合わせる。
そして天童寺に向き直り、肯定の意を表す為に首を縦に振った。
「うん。では僕からは問題ありません。その子が同じ名前を付けられて嫌だった!とか言われないよう、今後もがんばっていきますかー!」
明るく振る舞うテンドー。
しかしその瞳はふざけたものではなく、ある種の責任感という迫力が籠ったものであった。
手本となれるようにしっかりしなければ。
確かにその想いが見て取れる風合いであった。
*
「そっか。そういうことがあったんだ……」
斎藤社長の独白。
それを聞いてアイは、社長が何故赤ん坊の命名について戸惑っているのかも理解した。
「あぁ。だけど今のお前たちの気持ちを考えると、"ありま"って名付けて良いのか考えちまってな……」
それは確かに考えてしまうだろう。
ましてや、天童寺が亡くなったタイミングと被っての誕生だ。
何か言われたり邪推されるのは避けたい。
この子の将来の為にも。
斎藤夫妻の憂慮も当然のことであった。
「(こんな時、ありまならどうするかな……?)」
きっと変更しないだろう。
むしろ世間を黙らせるに違ない。
であれば、あとは星野家の気持ち次第だと言える。
「アクア、ルビー。二人はどう思う?」
「……問題ないと思う」
「わ、私は……」
アクアは考慮の末に賛成。
しかしルビーは答えを出せずにいた。
それも当然のこと。彼女にとっては生まれてから昨日までその名前は、最愛の兄のモノであったからだ。
「うーん。それじゃ、本人に決めてもらおっか?」
「えっ?どうやって決めてもらうんだよ?」
母からの提案。
アクアはそれに対して疑問符を上げる。
相手は生まれたばかりで、目も開き切っていない赤ん坊だ。どうやって意志の確認をするのだろうか。
アクアは自分たちが生まれた時のことを棚に上げると、ゆっくりと赤ん坊に近づくアイを見守った。
「あなたのお名前は、"太郎"だよー?」
「ウゥゥゥゥ」
赤ん坊に向かって、突然そんな宣言をするアイ。
対する赤ん坊から帰ってきたのは、あまり肯定的な響きには聞こえなかった。
「そっかそっか。"太郎"はイヤみたいだね?じゃあ……今日からあなたは、"ありま"だよ!」
「アゥ」
返事をした、かのように見えた。
それも肯定的な方向の。
「ルビー、どう?この子は"ありま"が気に入ったみたいだよ?」
「……分かった。じゃあ、それで良いよ」
たぶん偶然だ。
だけどその偶然を引き寄せたのは、間違いなく母である。
兄から――天童寺ありまからもらった数々のモノ。
今度はそれをこの"ありま"に渡していく。
そう考えれば、それもアリな気がする。
ルビーは母のやり方について、少し前向きに考えるようにした。
「ミヤコさん、私たちは大丈夫だから。この子の名前、"ありま"にして欲しいな」
「……うん、分かったわ。皆、ありがとう……」
皆優しい子に育った。
それが堪らなく嬉しかった。
涙腺が緩みそうになるのを抑えつつ、ミヤコの胸中は温かいモノでいっぱいになっていた。
――Ring Ring Ring!
良い感じで締められたのに、突如として鳴り響く着信音。
それは社長の携帯端末から発せられたモノだった。
ばつが悪い態度でその受話ボタンを押す社長。
「はい。はい……えっ!警察ですか!?あ、あぁ……天童寺さんの件で。はい、そうですね……」
"警察"。
そのワードには思い当たるものがあった。
昨日の事情聴取とは別に、恐らく天童寺ありまの動画について確認したいのだろう。
その件にいちごプロは関わっていないとはいえ、それは当事者たちにしか分からない代物。
警察としてはそのあたりを含めて確認がしたいのであろう。
「今からですか!?それも最初に斎藤家、次に入れ替わりで星野家でって……」
どうも事情聴取の順番について話しているのだと思われる。
「そんなことを急に言われても……」
一旦保留を入れて、斎藤社長は警察から伝達された内容を共有する。
病院の会議室を借りたので、そこで事情聴取をしたい。
先に斎藤家の二人を。その後に星野家のメンバーに情報の確認をしたいとのこと。
本来一人ずつ聞くであろうその聴取は、産後すぐの妻ミヤコや、まだ小さな子どもであるアクア・ルビーに配慮した分け方なのであろう。
しかし――。
「その間、"ありま"をどうするかだよな……今は夜だし、急に看護師さんに預かってくれとは言えないし」
多少
病院やその日のシフトによるだろうが、確実に対応して貰えるとは言い難い。
「かと言ってなー。俺一人で見るとかは……自信ないな」
情けないということなかれ。
大概の父親とはそういうもの。
ましてや初産である。
育児の経験がないのに出来る、というよりはマシと言える自己判断であった。
「うーん。それじゃあさ、二人が警察と話している間、私が見てようか?」
「「え?」」
それは思いつかなかった。
しかし妙案と言える。
自分の子でない為別の責任とプレッシャーが生じるであろうが、それに目を瞑ればそれが最適解と言えるだろう。
「そうね……確かにそれしかなさそうよね……?」
ミヤコは考える。
現状を切り抜ける唯一の方法について。
そして理解する。アイの提案を受け入れるのが吉であるということを。
「ゴメンなさい、アイ。お願い出来るかしら……?」
「大丈夫だよ!お母さんの経験者に、まっかせなさいって!」
「何かあったら、その時はナースコールすれば良いから……って言わなくても大丈夫よね?」
「うん!こっちのことは大丈夫だから、はやく行ってきなよ!」
そう言って斎藤夫妻を送り出すアイ。
そこには出産と育児を経験した母の強みがあった。
いつもの天然っぷりからは想像出来ないが、確かな力強さ。
それを見たミヤコは、夫を連れて病室を後にしたのであった。
*十分後*
――ビィェェェェェェェェェェ!!
生まれたばかりの赤ん坊から、大音量のサウンドが鳴り響いた。
予想よりも周期が早い。
しかしそんなものだ。
一定のリズムで機械的に動いている訳ではない。
だから当初は一瞬思考が止まったアイであったが、すぐに思考停止から復帰して対応を始めた。
「はーい、ヨシヨシ!おむつかなー?うーん。違うみたいだねー?」
手早くおむつを確認し、そして原因ではないことが判明する。
次いで行うのは、空腹の確認がセオリーであった。
「あー、お腹が減ったのかな?そう言えばミルクは……どこ?」
ない。
見つからない。
ないことはないだろうが、パッと見では見付けることが出来なかった。
では母乳を冷凍したモノとかは……?
病室に備え付けられた冷凍庫を見たが、そこにソレは存在しなかった。
「もしかしてミヤコさん、完母(完全母乳)タイプ?」
そうであれば、詰みである。
あれだけ大見得切ったが、ものの10分ちょっとで瓦解した。
流石にこれは格好悪い。何というか頂けない。
アイは頭をフル回転させて、現状をなるべくスマートに打破出来る策を考える。
「うーん、あ。そっかー!!」
無いのなら、作り出せば良い。
足りないのなら、ある場所から持ってくれば良い。
アイの脳裏に閃いたのは、そんな逆転の発想だった。
「よいしょっ、と……」
「ちょ、ちょっとアイ!何してるんだよ!?」
上着をはだけさせて、明らかに授乳の体勢に入るアイ。
いきなり母のそんな挙動を見て、手で己の顔を覆いながら、母にその意図の確認をするアクア。
……ちなみに、その指と指の間は閉じ切ることが出来ていなかったが。
「何って、おっぱいあげようかなーって?」
「いやいやいや!出来るの!?っていうか、いきなりそんなことするなよ!?」
「たぶん大丈夫だよ。ルビーの卒乳は割と最近だったからねー」
――グフ!
アクアは、自分の隣の幼女にダメージが来たのをしっかりと見ていた。
甘えたがりの妹は、前世での初恋の人が双子の兄として転生しているのを知っても、乳離れが遅めであった。
別に良い。良いのだが……何か釈然としなかった。
「出るかなー?あ、出た出た。これなら大丈夫そう――ホラ、飲めるかなー?」
状態を確認し、赤ん坊に授乳を始めるアイ。
別に悪いことをしている訳ではないのに、妙に気恥しいものがある。
双子は母のそんな光景を見ながら、目を逸らしながらそう考えていた。
「(あ、でも……)」
何と映えることか。
まるで聖母マリアの授乳シーンのような神々しさも感じた。
不思議なものだ。そう思った瞬間から、変な気恥しさは消失していった。
アクアは自らの精神状態の変化を、かつて様々な出産を見届けた時の感じに近い感覚だと思えた。
――ケプッ
「はーい。良く飲めたねー?ゲップも出来てエライぞー?」
飲み終わった後のゲップまで、問題なく完了した。
やはりお腹が空いていたらしい。
その証拠に、今はご満悦な様子であった。
「あれ?目が開いてる……?」
授乳が終わって、その赤ん坊の目が開いていることが分かった。
赤ん坊の頃、特に生まれて直ぐは目が開かない時間が長い。
子どもによっては、一日数回しか開かない子もいるのだ。
だから今この瞬間は、レアな光景を目の当たりにしているということになる。
「アクア、写真!写真撮って!!」
「はいはい。確かに、後でミヤコさんたちにも見せないとだしね」
この貴重な瞬間を逃して、後で悔しがる斎藤夫妻の様子が目に浮かぶ。
だからせめて写真だけでも残しておかなければ。
そう思って、アイは再び被写体の顔を覗き込む。
「……えっ?」
その瞳は――その双眸には大きな白い星が嵌め込まれていた。
その瞳には覚えがある。
ずっと共にあって、昨日お別れしたそのお星さま。
見間違えるハズがない。
だってその星は。
その瞳は――!
「……そっか。もうお願い、叶っちゃったのかな?」
その瞬間。
アイの双眸にはめ込まれた星も、漆黒から純白にその色彩を変えた。
お別れしたはずの白い巨星が、予想もしない形での帰還となったのであった。
「アイ……?どうかしたの?」
「えっとね?もしかしてこの"ありま"。あの"ありま"の生まれ変わりなんじゃないかなーって」
静寂が走る。
空間が凍った。
比喩抜きに、アイ以外の二人の時は凍ったように感じられた。
「……えっ?何でそんなこと、分かるの……?」
ルビーは問う。その真意を。
聞かなければならない。もしそれが本当なら、自分たちの存在にも響いてくるから。
そして信じたかった。母の勘の確実性を。
「うん。目がね?すっごく"ありま"の目にそっくり、って思ったんだ」
もう瞳は閉じられている。
それは一瞬の出来事であったから。
だけど確かに。その希望はアイにとっての希望となった。
「あちゃ、もう目が閉じちゃってるね?まぁ、次の機会まで待てば良いか!」
「う、うん……」
母のあっけらかんとした答え。
そしてそれをどう受け取ったら良いか迷うルビー。
もしアイの言うことが確かなら、自分にとっても祝福である。
だけどもしアイが自分とアクアも前世持ちだと気が付いたら――。
「ねぇ、アイ?もしその子が、前世の記憶と性格を引き継いでいたら……どうする?」
アクアが切り込む。
それは
だけど避けられない。今避けたとしても、いずれ何処かでまたやって来る。
だからアクアはストレートに切り込んだ。
「そうだねー。すっごく嬉しい、かな?」
「"ありま"以外がそうだったとしたら?それでも喜べるの……?」
天童寺が生まれ変わって記憶と性格を持ち越し。
それはアイにとって最良の結果であろう。
しかしそれ以外の人物がそうだった場合は?
アクアは自身の内面が氷のように冷たくなる感触に襲われながらも、問わずにはいられなかった。
「うーん。ラッキーって思うんじゃないかな?」
「……え?」
「だって、その人の大切な思い出とかもちゃんと持って来れるんでしょう?私って、覚えるの苦手だから、それってすごいことだと思うんだよねー!」
「……は、ははは。そっか、そうなんだね……」
流石は無敵のアイドル様。
常人の発想には収まらない。
素敵でスケールの大きな考えだ。
自分たちは幸せだ。
こんなにもスゴい母親の元で再臨出来るなんて。
アクアはその幸福を噛み締めていた。
「アクアどうしたの、大丈夫?」
「ううん、大丈夫。アイはすごいなーって思っただけだよ」
「本当?アクアにそう言われると、照れちゃうなー!」
本当にこの母親は。
自分たちの想像を遥かに超えていく存在である。
それは自分の隣にいる
昨日は失われたが、また新しい一日が始まった。
そしてそれは明日へと繋がっていく。
今日よりも明日を。明日よりも明後日を。
家族と共により良い一日にしていく。
それが
*マリア様による確認*
授乳後。
アイはありまのことを抱きかかえたまま、問いを投げていた。
「ありま?ありまは私のこと、好きだよねー?」
「アウ」
「本当に!?やったー!!」
――何やってるんだよ。
アクアは半眼になりながら、母の行いに対して胸中ではそのように呟いた。
「じゃあ、ありま。ありまの推しは、私だよね?」
「アウ」
「良し良し!」
――良し良しじゃない。相変わらず予想の斜め上に突っ走る母親だな。
仲良きことは麗しきかな。
ではあるのだが、これはその範疇に収まるのだろうか?
何か表面上では見えないナニカが蠢いているようで仕方がない。
「ねー、ありま?ありまの最推しは誰かなー?もちろん、この私"星野アイ"だよね?」
「ウゥゥゥゥ」
明らかに肯定の返事のトーンではなかった。
先程の"太郎"と名付けられそうになった時と同じトーンである。
「……えっ?もう一度聞くよ?ありまの最推しは、"星野アイ"だよね?」
「ウゥゥゥゥ」
再び否定の音階。
「何でよぉぉぉぉ!?」
たぶん偶然だ。
これまではその偶然を操ってこられたから、アイの希望するルートに乗っていただけ。
そのたまたまがコントロールから外れた。それだけに過ぎないのだ。
しかし運が良いのか悪いのか。やはり"強運"のアイドル様は"持っている"らしい。
「むぅぅぅ!そっか、きっと誰がやっても同じなんだよね!?ルビー、ちょっとママと同じことをやってみて!」
「え、私……!?」
急な指名が入り、驚くルビー。
しかし究極無敵の推しである、母のお願いは断れない。
母と赤ん坊に近付き、そして先程の焼き直しを実施する。
「ありま?ありまは私のこと、好き……かな?」
「アウ」
「え……本当?」
信じられない。
先程の母親とは異なり、自分を信じていた訳でない。
だからその返答に驚いてしまった。
「えと……ありまの推しって私かな?」
「アウ」
「……っ」
ルビーの瞳に涙が溜まってきた。
これは別にちゃんとした答えが返ってきた訳でないだろう。
そんなことは分かっている。分かっているけど……やはり嬉しいのである。
「……ありま。ありまの最推しは私、かな……?」
「アウ」
「……っ」
違った。
先程とは、アイが問い掛けた時とは明らかに異なる反応を示していた。
ルビーの瞳から大粒の涙が零れる。
それと対照的に、母親は狂気に囚われていた。
「嘘ー!?娘に"ありま"を取られた――!?」
「ママ!?人聞きが悪すぎるよ!?」
まさかの赤ん坊の裏切り。
授乳までしたのに、その恩をこんな形で裏切られるとは。
アイの瞳の星は、黒白の間で明滅していた。
―ウツラ、ウツラ
「あ、舟漕いでる……こりゃあ、おねむの時間だな」
アクアの冷静な観察により、赤ん坊のエネルギー切れが発覚した。
無理もない。
赤ん坊は殆ど寝ている生き物なのだ。
これまでの時間、連続で稼働出来ただけでも、凄いと思わなければならない。
「ねぇ、もう一回!もう一回だけやらせて……!!」
「アイ、もう無理だよ。それこそ次の機会にしようよ?」
アクアに宥めれられるアイ。
その光景は、普通なら親子が逆の立場で行われるものである。
まぁ、二人の精神年齢的には今の状態でもシックリくるかもしれないが。
「納得できなーい!!次こそは、必ず"ありま"の最推しになってみせるんだから――!!」
個室で良かった。
アクアは母の奇行を見て、心底そう思ったのであった。
申し訳ございません。
本話を投稿準備していた際、誤って前回の話に上書きしてしまいました。
ご指摘頂いて気付き、修正致しました。
ご報告頂き、ありがとうございます!
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感想、お気に入り登録、評価、誤字報告頂き、ありがとうございます!
とても励みになります!
前回頂いた感想を拝見し、皆さまから元気を頂いて何とか書き上げることが出来ました。
(本当は燃え尽き気味で、ちょっと充電しようかと思っておりました)
これもひとえに皆様のおかげでございます。
心から感謝致します!