【Girlish Boy】
それは数か月前からスタートした、芸能界をモデルにしたマンガである。
主人公の少女――と見紛うばかりの少年が、ひょんなことから女装してアイドルとして大成していく、一部の層にはクリティカルヒットしそうな意欲作。
ちなみにこの作品、これまでのマンガにはなかったシステムが導入されており、それも含めて意欲作――実験的な試みとも言われている。
その試みとは以下に集約される。
① 少女漫画としては異例の週刊連載。
② ①を実現させる為のWeb連載。
③ 連動企画として、動画サイトに作者のアカウント作成+定期的な配信
「うーん。お兄ちゃん、何で生きてるの?」
心の底から湧いてきた疑問。
こんな殺人的なスケジュールをこなしつつ、今目の前で可憐に歌って踊っている兄を見た妹の、率直な感想だった。
「お兄ちゃん、ううん。テンドー先生って言うべきかな?ネットでも【テンドー先生は本当に同じ人類か?】なんて検証動画も上がってるし…」
【異例づくしの新星・テンドー先生の生態】と名付けられたスレを開けば、出るわ出るわの一言である。
【テンドー先生とは】
・デビュー作が週刊(Webマンガ)にて連載される猛者。
・NiKuNiku動画でアカウント作って、週刊配信させられている。
・会話の九割は妹で構成されている(シス魂)。
・妹の為にアイドルのマネをし続けたせいか、美少女にしか見えない。
・だが男だ。
・そして成人男性のハズ。
・しかしオスである証明が出来ない(シュレディンガーのテンドー)。
・むしろそれが良い。
・テンドー先生は、自分たちの母親になってくれる存在なのだ。
・執筆速度が高速で、かつ手フェチが好みそうなお手々だが、特殊な能力は発現していない(と思われる)。
・そもそも正常な人間が妹の為に男の娘になって、その体験を活かしてマンガにしようとするハズがない。
・つまりオレたち(私たち)の空想具現化能力によって作られた、非現実体である(証明終了)。
「我が兄ながら、カオスすぎるよ……」
数か月間までは、こんなカオス人間の見本市みたいは生物ではなかった。
妹としても、兄がここまでやるとは思ってはいなかったのである。
ただちょっと無茶振りして兄を困らせてやれ、くらいにしか思っていなかった。
自分と違って明確な命のリミットが迫っている訳でもなく。
早々に自分をいないものとして扱った父母とも異なり。
時には引くくらいの愛情をもって接してくる兄は、自分としては唯一の家族と呼べる存在だ。
ベッドの上の妹は、これまでの長くはない人生を振り返り、そう結論付けた。
~~♪
流れる音楽に合わせるように。
背中に蝶の羽か翼でも生えているかの如く流麗に舞う、パッと見美少女。
数か月前――自分が課題を課してからどんどん良くなってきている。
それは目が肥えている妹の目が見ても間違いはなかった。
だが足りない。
まだ足りない。
少女の総合評価で言えば、65点といったところだろう。
及第点には達している。
それは間違いない。
これが普通のアイドルのコピーなら、きっと90点以上の評価を付けられる程の成長振りだ。
しかし少女の推しは違う。
パフォーマンスはまだ発展途上だし、上を見上げればキリがない。
だが違う。
圧倒的なまでに違う。
そう言わせるのは、推しの【瞳】だ。
見るもの全てを引き込むような眩く、そして危険な瞳。
これがあって初めて、自分の推しを再現出来た、と言える段階に到達するのだ。
「(お兄ちゃん、推しの再現度が上がる度にどんどんマンガも良くなってきてる……)」
どちらも必死に喰らいついているからか。
それとも共通の題材【アイドル】というのが相乗効果を発揮しているのか。
日に日に兄の評判は上がっていった。
ずるい。
どうして自分には与えられないモノを、兄は全て持っているのだ。
時間も。才能も。命さえも。
嫉妬するのが間違いだということも分かっている。
少女は生まれながらにして難病に掛かっており、その生涯のほとんどを病室で過ごしてきた。
その為自分が生きていくには他人の協力が不可欠であり、その協力を引き出すには、協力者が快く引き受けてくれる人間である必要がある。
聞き分けの良い患者を演じなければ、自分は生きていくことすら出来ない。
常に胸中ではその理不尽と戦ってきた。
それ故か、その精神は同年代の人間に比べて早熟であったのだ。
常に自分の心を押し隠し、必死に生き繋ぐことしか出来なかったから。
「お兄ちゃん!声量が落ちてるよ!ほら、もう一回!」
「ひぃえぇぇぇぇぇ――――!?」
情けない声を挙げながらも、それでも妹の指示を実行する兄。
この兄の前では仮面は要らない。
兄自身が仮面を発見・確認し、そして嘆願してきたからだ。
「さりな。さりなは世界で一番可愛い、僕の大事な妹だ。だから僕にはどんな暴言を言っても許されるし、可能なことなら何でも言ってほしいな」
兄はシスコンだった。
それも医者でも治療不可能なレベルの。
きっと脳をやられてしまったに違いない。
可哀想な人なのだ。
だったら本人の希望通り、思い切り使ってあげよう。
そう思い決断するまでに時間は掛からなかった。
「(あと何回、お兄ちゃんにダメ出しできるかな……)」
自分は恐らく1年以内にこの世を去る。
兄や医者は隠しているが、確信に近い何かがあった。
この兄は究極のシスコンだから、自分がいなくなったら再起不能になってしまうかもしれない。
冗談ではない。
比喩でもない。
これは予想というより、高確率で起き得る事象の一つ。
だから今から兄には、
自分が死んでも、兄が生きていけるように。
「自分のことを想って、月命日に歌って踊って欲しい」とでも言えば、この兄は心身がボロボロであっても実行してくれるだろう。
これは妹からのお願いであり、同時に自分にとっても世界で一番大事な家族――兄に対する希望なのだから。
*
「テンドー先生。これが――このお話が先生が次に描きたい作品ですか?」
都内某所。
そこでは、ある作品の打ち合わせが行われていた。
普段は自身の仕事場に籠っている
つまり此度の邂逅は重要、というカテゴリーに含まれる打ち合わせであった。
「そうです。重病の女の子が奇跡的に回復し、憧れだったアイドルを目指す。そういったお話です」
「……ジャンルとしてはアリでしょうね。その道の先駆者もいますから大コケすることもないと思いますが……」
先駆者がいるということは、裏を返せば先行作品と比較されるし、差別化をしないといけないということでもある。
先人の敷いたレールから離れすぎても面白くないし、くっつき過ぎてもパチモノにしかなり得ない。
「(今話題のテンドー先生が描くなら、多少コケても話題になるし、そもそも標準以上の作品が仕上がってくるのは間違いない)」
テンドーの担当である女性編集者は、頭の中で算盤を弾き出した。
収益的には問題ない。
それどころか、上手くいけば先行作品を超えるものを創れるかもしれない。
「(それよりも問題なのは……まだ一作目が完結していないことよね)」
テンドーの一作目【Girlish Boy】は絶賛連載中で、暫くは完結の予定はない。
正確に言うのであれば、テンドーとして終わりが見えていて終わらせたがっているのだが、出版社側として売れているコンテンツを終わらせたくないのが実情である。
「確かに物語はいつ終わっても良いように整理されていますが、次の作品が必ずヒットするとは限りません。であればもう少し【Girlish Boy】を続けた方が良いと思いますが……」
「そうでしょうね。自分も出版社側の人間でしたら、そう言ったと思います」
ですが。
そう付け加えて彼は再び言葉紡ぎ出す。
「僕には――――妹には時間が残されていないのです」
「それは……」
妹の為に描きたい。
妹の夢を現実で叶えられないのならば、せめて虚構の中で叶えてあげたい。
その為に一作目を描いて土壌を整えた。
「その、お気持ちは分かりますし、一個人としては賛成したいところですが……」
編集者はこの業界においては良識を持った人間なのだろう。
だからこそ自分の立場と良識に挟まれて苦しんでいるのだ。
「仰りたいことは分かっています。そして僕も、何の勝算も無く提案している訳ではありません」
テンドーが提示したのは先程の原案とは別の用紙。
そこに書かれた記載内容には、決して看過できない文字が躍っていた。
「――――え?」
・【Girlish Boy】と同じ世界で並行展開し、やがて一つになる物語。
「先生、これってまさか……」
「そうです。二作品【同時】連載です。先行している【Girlish Boy】は月刊連載に。そして新作である【SANA】を週刊連載とするのです」
それは考え得る最強の手段であった。
現状勢いのある連載を終わらせず、そして新連載もその勢いを利用してロケットスタートを切れる。
確かに名案だ。
作者の心身的な健康を、考慮の外に置くことができるのであれば、だが。
「テンドー先生……」
「はい」
「正気ですか?あ、いや、正気だったら男の娘していないと思いますが……」
「自分で確認しておいてスゲー失礼なこと言ってるぞ、この人」
尤もな意見なだけに、反論の余地がない。
テンドーとしても自覚はしているものの、改めて人の口から聴くと堪える。
「私としては「リアル男の娘キター!推せるぅぅぅぅっ!!」といつも思っていますが(大変失礼致しました。動揺のあまり、口が滑ったようです)」
「出てる!出てるよ!?出ちゃいけない方の本音が、包み隠さず出てるから!?」
頼むからうっとりした――恍惚の表情で見ないで欲しい。
テンドーの正気を疑っておきながら、自分はコレである。
闇が深いとしか言いようがない。
「こほん。失礼致しました。改めて確認させて頂きますが、テンドー先生……本気ですか?」
仕切り直してからの確認。
切り替えのはやさは確かだった。
流石は敏腕編集者である。尊敬出来るポイントである――先程の痴態を見なければだが。
「はい。これを描き切るまでは、自分は倒れたりしないと確信しています。文字通り全身全霊を掛けて挑むのですから」
――ゴクリ。
喉の鳴る音がする。
自分よりも年下の男性――姿形は少女だが。
そんな存在に信念と胆力で負けた。
この業界で様々な人々や、恐ろしい才能に出会ったことはある。
その中でも
まさに命を懸けて挑む、否。挑んでいる。
「は~、良く考えましたね、コレ?認めなかったら出版社移籍するとか言ってたんじゃないんですか?」
「まさかまさか。お世話になった御社に対して、そんな不義理は働きませんよ。ただその場合二作目は、同人で展開させて貰おうかと思っただけですよ」
「それ、あとで絶対編集長に怒られるパターンじゃないですか!?「どうしてこんな大作を、ウチでやらなかったんだー!」って」
どちらにしても面白くない事態に突入することは想像に難くない。
しかしテンドーの言うままに進めるのも危険すぎる、編集者はそう考えた。
絶対寝食を忘れて突き進むことが想像に難くないからである。
「……先生。同時連載を始めるにあたって、一つ条件を提示させて下さい」
意を決し、切れるカードを切って対策と為す。
そこには敏腕編集者として築いてきた、確かな経験と人脈に裏打ちされた献策があった。
「先生はただでさえ寝食を忘れて作業しがちなので、監視と作業量分散の為にアシスタントを入れさせて頂きます」
「……それに関しては何も言い返せないけど、アシスタント?作業管理は助かりますけど、作業を任せられるような人をすぐに手配出来るんですか?」
作業の負担を減らせるような仕事が
そんな掘り出し物のようなレアな存在、普通ならばすぐには用意出来ない。
では、普通じゃない敏腕編集者ならば……?
「ご安心ください。その方は確かにアシスタント経験はありませんが、私の目から見ても大器です。最初に少しご指導頂ければ、あとは先生のお役に立てること間違いなしです」
「へぇ……?貴女がそこまで言う程の方なんて珍しいですね」
「はい。まだ学生ですが、後年ヒット作を生み出してくれる、そんな予感までしています」
「なるほど。そこまでの傑物なら、こちらとしてもありがたいですね」
「ありがとうございます。ではその方向で手配しますね」
そう言うや否や、携帯電話でアシスタント要員に連絡を取る敏腕編集者。
「あ、吉祥寺さん?今後のことでお話ししたいことがあるのだけど、これから編集部に来て貰うことは可能かしら?」
編集者が太鼓判を押す大器。
その名前は【吉祥寺頼子】。
後に大ヒット作品を生み出すことが確定している、金色の卵であった。
*
【後日談】という名の蛇足
「先生、先生……起きて下さい!」
「う~ん。もう食べられないよぉ……」
「何ベタな寝言を言ってるんですか!?今日は打ち合わせの日ですよ!」
眠れる森のナントカのように、仰向けの美少女から繰り出される古典的な寝言。
――だが男だ。
「……!?あ、そっか。今日は打ち合わせの日だったね……起こしてくれてありがとう、頼子ちゃん!」
「……あ、いえいえ!それが私の仕事でもありますしっ!?」
大分慣れたとはいえ、やはり美少女的な存在からの感謝は心臓に悪い。
そもそもアレは男である。
男で……ある?
段々自信が無くなってきた。
いやそもそもテンドーが普通の男性漫画家だった場合、こんな住み込みアシスタントは認められない訳であって……
吉祥寺頼子の脳内は、激しく明後日の方向の結論をはじき出そうとしていた。
「(あ、そっかー!先生は可愛い男の娘だから、何も問題ないんだよね!?)」
「(たぶん、何か変なこと考えてる目だな……実害ないから放っておくけど)」
絶対おかしな方向に進んでいる。
でも修正できない。
だって目が怖いから。
そんな情けないことを考えながら、テンドーは身支度を始めた。
本作品のコンセプト決定に至るまでの道筋。
①ルビーかわいい!もっと見たい!
②(出番があまり)ないなら、作れば良いのよ!(某女王風)
③本サイト内の【推しの子」作品を見始める。
④いつの間にか主人公が男の娘になる。
⑤お目目グルグルで「男の娘最高!」と叫ぶようになる(洗脳完了済)。