――ま!
聞こえる。
鈴を鳴らすような女性の声が。
――りま!
でも見えない。
その影となった女性の顔が。
シルエットで長髪の女性、ということしか分からなかった。
――ありま!
どこかで聞いたことがあるような。
それでいて知らない誰かに語り掛けるような。
――ありま!!
どうしてこの
*
斎藤ありまの朝は、不思議な夢によって始まった。
自分に対して必死に呼び掛ける女性。
良くある漫画の冒頭のようだ。
最近だと異世界転生モノだろうか。
「(何だったんだろう、あの夢は?)」
斎藤ありまは現在9歳。
小学校に通う何処にでもいるような男子小学生だ。
そして現在は兄姉と共に登校中である。
「あ!ありま君だー!今日も可愛いねー!」
「……アリガトウゴザイマス」
訂正。
小学校に通う、あまりお見掛け出来ないレベルの"可愛い男子小学生?"だ。
美少女に見紛うばかりの容姿。砂金を散りばめたかのような、後ろで一本に纏めた長い金髪。
容姿が整っているのは有り難いが、そのベクトル操作を誤った神様には恨み言を言いたい毎日であった。
故に登校中である今も、上級生・同級生に揶揄われる始末。
「本当、女の子みたいでいつも可愛いよねー!!」
「……ソレハドウモ」
女子に逆らっても碌なことにならない。
それは女性の力が強い我が家で証明されていること。
だからありまは、受け入れるしかなかった。
しかし意外なことに、そんな状況ではあるが男子から怨嗟の声を聴いたことはなかった。
「ありま、今日も朝から大変だなー」
良識ある連中からは同情の声が。
「ありま!今日も可愛いなー!!」
そして覚醒してしまった連中からは、黄色い声援を浴びている。
「(もう、慣れたから良いけどね……)」
出来れば、こんな慣れを経験しないで済む人生を歩みたかった。
しかしそのことで両親を恨むのはお門違いだろうと思っている。
例え髪を短く切りたいと行った時、親の一人が駄々をこねて猛反対してこようが、それでも大事な親には違いがないのだから。
(駄々をこねた方の親は、その後もう一人から折檻を受けてたが)
「(それになー、アイとルビーが許すとも思えないし)」
ありまの家族は複雑な構成をしていた。
斎藤家姓を名乗っている三名の他に、星野姓を名乗っている三名がサンドウィッチされている。
あまりその辺りの事情について、親に追及したことはない。
ただ姓が異なる兄と姉がいる位にしか考えたことがなかった。
……まぁ正確に言えば一度追及しようとしたが、一家全員がお通夜状態になったのでその話題を封印したのであった。
(皆が皆、小学生のありまにどう説明しようか悩んだ模様)
「ありま、どうしたの?何か考えごと?」
「ううん。何でもないよ、ルビー」
心配気味に、ありまの顔を覗き込んでくる姉。
それに対して弟は、さらりとかわすのみであった。
「も~、前みたいに"ルビー姉"って呼んでくれて良いのに~!」
「それやって家が"怪獣大決戦"の戦場になったの、忘れてないからね?」
斎藤家における"最姉戦争"。
外部参加者として有馬かなが参加し、ルビー・かなの争いが始まった。
最終的には何故かアイまで参加し、カオスを極めた状態となる。
そしてその"女の戦い"を見たありまは、極力三人を"姉"と呼ぶまいと決心したのであった。
「そうだったっけー?お姉ちゃん、忘れちゃったな―??」
「本当に、調子が良いんだから……」
目を明後日の方向にやり、すっとぼけてみせるルビー。
いつもこうである。
だがこれが楽しいのだ。そう思う自分がいることを、ありまは理解していた。
この妙にすっとぼけが慣れている姉は、ありまをそのまま大きくしたような容姿をしている。
つまり美少女である。
ありまとの差異は、身長と髪型の違い位であろう。
後ろで一本に括っているありまと違い、ルビーはサイドで一本に纏める所謂"サイドテール"。
……あと性別もそうであったか。
「アクアからも何か言ってやってよー?」
そして美少女の姉と双子であるのが、アクアと呼ばれた美少年である。
まだ二次性徴前なので、中世的な美少年――もっと言えば少女と言われれば納得してしまう容姿。
その兄に対して、ありまは救援要請をした。
「……すまん。こういう時、兄は無力なのだ。恨むのならお前の前世を怨むが良い」
「僕の前世、めっちゃ大悪人だったのかな……?」
恨まれるような前世なら、それ位しか思いつかない。
余程悪行を重ねたのだろうか。
それならこの今生にも納得が出来る。
人間として生まれ変わらせてもらっただけでも、良い方である。
「いや、たぶんそんなことは無かったと思うけど……」
「そこは言い切ってほしかったなぁ」
フォローにならない兄のフォロー。
あの家の中で肩身が狭い男子同盟の一人なのだ。
尊敬はしているのだが、如何せん家族内のことになると心許ない。
「アクア君。今日もカッコ良いー!」
「ほんと、ほんと!クールなところも良いんだよねー?」
半ば愛玩動物のような扱いを受ける弟とは異なり、兄は女子生徒から大変おモテになる。
自分との扱いの差に抗議したいところだが、それこそ生まれ持った容姿の違い等が含まれることだろう。
諦めざるを得ない。
「ふ~ん?"アクア"、朝から良いご身分ね?」
「そんなんじゃないって。こっちとして良い迷惑だ」
「どうだか……」
しかも兄関連で。
どうもルビーは、アクアがモテるのが気に入らないらしい。
「(おい、ありま。ルビーを何とかしてくれ)」
「(ゴメン。こういう時、弟は無力なのです。恨むのなら自分の前世を怨むことだね)」
兄からのアイコンタクトに対して、自らもアイコンタクトで意思を返すありま。
そこには先程助け舟を出してくれなかった兄への“意趣返し”が含まれていた。
流石は同じ環境で育ったことはある。結局のところ似たもの兄弟なのである。
「ルビーちゃんだ!今日も可愛いなー!」
「本当!?ありがと~!!」
今度は男子たちからルビーへの声援、というか声掛けが始まった。
同学年の男たちは、普通は照れてあまりこういうことが出来ないことが多い。
しかしそんな常識を吹き飛ばし、照れを一蹴しても声を掛けたくなる程の魅力。
流石はアイの生き写しなことはあった。
「いやー、モテちゃって困るな~?」
――チラ、チラ
明らかに兄を対しての当て付けである。
その証拠に、ルビーはアクアに対して何度も視線を送っていた。
だがしかし、アクアにとっては――この兄弟にとってはそれは悪手である。
「……兄さん。僕に良い考えがある」
「……聞こうか弟よ。それはどのような考えだ?」
「今声掛けてたヤツを、僕がルビー姉のフリして呼び出すから……」
もう呼ばないと言っていたのに、ルビーのことを"姉"を付けて呼んでいる。
それ即ち、ありまのメーターが振り切っていることを示していた。
「なるほど。そこでトラウマを植え付けてやれば良いんだな?流石は我が弟、実に良い考えだ」
背後に青白い炎を纏い、そして綺麗な顔から出たとは思えないエグい考え。
明らかに私怨というか、嫉妬の炎を背負ってらっしゃる。
やはりこの兄弟、似たもの同士であった。
「止めなさい!このシスコンどもが~~!!」
「……ルビー姉が可愛いのは宇宙の常識だけど、こういう時困るんだよね~?」
「全くだ。妹が可愛すぎるのも考え物だな」
「懲りてない!この二人、全然懲りてない!?」
仕方ないのだ。それもこれも可愛すぎるルビーがいけないのである。
それがアクアとありまの共通認識であり、ルビーが何度言っても何度叩いても治らない致命的欠陥であった。
「そんなこと言ったってさー。ルビー姉だって、兄さんが"かなちゃん"にちょっかい掛けられてたら……」
「ハッ?イビるに決まってるじゃない?その後、生まれてきてゴメンさないって言うまで……」
「ストップ、ストップ!美しいお顔が、お見せ出来ない感じに歪んできてるから!?」
何というか、この兄と姉は相互への依存が非常に強い。
自分もそうであると思っているが、この二人には負ける。
そう認識しているありまであった。
「(まぁ仮に
「……何か、急に寒気が」
ハイライトの消えた目で。
最愛の姉の敵になるものには容赦しない。
そんな考えで胸中を満たすありま。
やはり双子だけでなく、その弟もぶっ壊れているのであった。
*
「そう言えば今日だっけ、
「……あぁ。正直気が乗らないけどな」
「まぁた、そんなことを言っちゃって」
今日の兄のビッグイベントを思い出し、それを確認するありま。
しかし確認されたアクアは明らかに気乗りしていなかった。
「……大きなチャンスだってことは認める。原作・アニメ共に大成功の作品だ。今度の実写化も潤沢な予算に手堅い布陣で挑むから、まず失敗はないって言われてるけど……」
「何かあるの?」
「主人公が女装少年だぞ?それも美少女に化けられるレベルの!そんなの出来る訳ないじゃないか!?」
懸念はソレだった。
故人気漫画家テンドー作の漫画"Girlish Boy"。
その作品は特殊である。
一つには登場人物が一部を除いて、皆小学校高学年であること。
(例外はそれを支えるサポート陣や主人公の母親役等)
二つ目に主人公は男の子であるが、女装して芸能界入りするというトンでも設定。
しかも女装アイドルとして売るのではなく、少女アイドルとして秘密を抱えた状態で活躍していくのである。
この二つ目の主人公探しが困難を極め、今まで実写化が見送られてきた経緯がある。
二つ目に関しては、何が何でも演者が男の子である必要はない。
しかし女の子を起用するのであれば、その"演技"を出来る人材を引っ張ってこないといけない。
つまりどちらの性別の子役を起用するにしても、並外れた演技力が要求されるのだ。
「兄さんなら出来ると思うけどね――美少女役」
「そうだよね~?お兄ちゃんならイケるって!」
弟妹からの期待が辛い。
こういう時、出来ないと言えない容姿と、それを再現出来る能力を持つ自分が恨めしい。
アクアは自らのスキルセットを脳裏に描きながら、げんなりした顔で二人に告げる。
「……やりたくない。出来たとしても、一度そのイメージが付いたら脱却に苦労しそうだし」
「良いじゃん!そしたら私とアイドルデビュー目指せるし!」
その大きな瞳をキラキラさせて、実の兄に悪魔のような提案をする妹。
兄は妹の提案に対し、
「お前は俺を社会的に殺したいのか……?そんな社会的に死んだ兄が、本当に欲しいのか……?」
「ギブ!ギブ!ギブ!!流石にアイアンクローは反則でしょう!?」
「これが俺の"武力による平和維持活動"だ。どうだ?今の兄の気分が分かったか?」
「分かった!分かったから!!」
アクアが自分のことを"俺"と言うようになったのは、いつからだろうか。
確か高学年に上がった頃だったような気がする。何か心境の変化でもあったのだろうか。
兄の内面事情など分からないありまは、とりあえず兄に早めの"中二病"でも来たのかと思うことにした。
「も~!将来のアイドルの顔に傷が付いたら、どうしてくれるのよ!?」
「安心しろ。それ位の圧迫では、少しの間うっ血するだけだ。じきに治る」
「そういうことを言ってるんじゃないって!何?もしこれでお嫁に行けなくなったら、アクアが責任取ってくれるの?」
揶揄い半分。
しかしどこかそれ以上の感情も入っているような気がする。
そんなルビーの反応に対して、予想外の個所から反応があった。
「え……?ルビー姉がお嫁に行く……?」
「あ、ヤバ!」
「どうすんだよ。ルビーのせいなんだから、責任取ってちゃんと面倒見ろよ?」
この世の終わり。
まさにそんな表情のありま。
それを見て、"やってしまった"と後悔するルビー。
自分の手には負えないので、いち早くその場を脱しようとするアクア。
「お姉ちゃんが、おねえちゃんが、オネエチャンガ、オネエチャンガ――――オヨメサンニナル??違うよネ?オネエチャンはズット僕たちと一緒に暮らすんだカラ……」
お目目がグルグルしている。
明らかに正気を失っていることが見受けられる。
「ありま!冗談だからね!?お姉ちゃん、ずっと一緒にいるから!!」
「……本当?ウソだったら、お姉ちゃんのアイドルグッズ、全部捨てちゃうからね?」
「……ちょっと考えさせてくれるかな?」
「やっぱり本当じゃないかー!!?」
流石に推しのグッズを引き合いに出されたら、嘘は言えない。
そこはファンにとって譲れない部分だ。
元々嘘が苦手なルビーのこと。最後の最後で正直な反応をしてしまった。
「……かなちゃんは、お嫁に行かないって言ってくれたのに」
「「……何ですと?」」
かな。
"有馬かな"が。
本当にそんなことを言ったのだろうか?
双子の胸中は大量の疑問符で埋め尽くされた。
――あの"アクアに(まだ意味は分かっていないと思うけど)矢印を向けてる"重曹子役が?
――あの"ありまを溺愛している"有馬かなが?
最も、疑問符の中身は別の意味で占められていたようだったが。
「ねぇ、ありま?本当に重曹……んん!え~と、かなちゃんは本当にそんなことを言ったのかな?」
普段だったら絶対に言わないであろう、"かなちゃん"という表現を使ってまで確かめるルビー。
そこには明らかに驚愕という感情が込められていた。
「うん、そうだよ!最初はルビー姉みたいに言ってたんだけど、最後には「分かったわよ!お嫁に行かないから泣かないで!」って言ってくれたよ?」
それ違う。
多分断れなかっただけだ。
場の雰囲気に飲まれたのと、涙目のありまに逆らえなかったのだろう。
「はぁ……もう、かなちゃんの家の子になろうかなぁ」
「う、ぐ、ぐ、ぐ……!(あの重曹子役に、ありまを取られちゃう!?)」
最愛の弟からの死刑宣告。
先に死刑宣告を突き付けたのは自分だが、この返しはルビーに効果絶大であった。
自分にとっても大ダメージだが、もし本当に有馬家にありまを取られたら……。
『へぇ?それでありまは、かなちゃんの家の子になっちゃったんだぁ……。ルビー、少し頭冷やそうか……?』
自身の母上様が、その美しい顔を一切歪ませずに出す"殺気"という名の圧力を自分にぶつけてくるイメージが脳裏に浮かぶ。
『『うちの可愛い、ありまが~~!!』』
ありまの両親の――自分たちの戸籍上の父母が取り乱す様がありありと浮かぶ。
「(いやだ、どっちにしても地獄じゃない!?)」
何としても避けなければならない。
では言わなければならないのか?弟を説得させる為とはいえ、嘘を吐かなければならないのか?
答えが出ない袋小路に追い込まれたルビー。
「他のことじゃあ、ダメかなぁ……?」
最終的に出てきたのは、代替条件の提案。
しかもその中身は、自分で思い付かなかったから白紙委任である。
それは実質的な全面降伏であった。
「えぇ~、他のことかぁ……じゃあ、今日は一緒に寝てくれる?」
「(結局ママに怒られるルートじゃん!?でもさっきの条件に比べたら……)良いよ、それで良ければ……」
「本当!やった~!!」
白い灰になって吹き飛びそうな妹。
それを見てアクアは思った。
「(ウチの弟、天性の策士だなー。将来刺されないと良いけど)」
自身の弟妹の将来について、本気で心配してしまった今日この頃。
しかしもし弟妹が兄のこの発言を聞いたら、"鏡を見ろ"と一喝するであろう。
結局皆似たもの同士なのであった。
「ところでルビーはともかくお前は受けないのか?今回のオーディション、ハマり役だと思うけど」
妹に甘い兄は、結局助け舟を出すのであった。
きちんと話を逸らす&軌道修正をするというテクニックを用いて。
「うん。だってルビーは出ないんでしょう?」
「そうだね。私はママみたいなアイドルになるのが夢だから、まずはアイドル一本目指してがんばるつもり」
「だよね?それにハマり役って言ってもさー、ねぇ?」
役と言わず、現在進行形で似たような日常を歩んでいるのだ。
もうお腹一杯である。
それがありまの偽らざる本音であった。
「あと僕、原作見たことないしね。役者に興味ないし、受ける理由なくない?」
「そうか……」
ハッキリと断るありまと対照的に、残念そうにするアクア。
そこには弟の才能を惜しむ色とは別に、道連れにする仲間を求めての意図があった。
しかし幸いなことに、それが弟妹には伝わることはなかった。
兄の威厳は保たれたのである。
*
「ただいま~!」
――
返事がない。
しかしそれは無理からぬこと。一番年少のありまが一番帰宅時間がはやいのだ。
故にこれは当然のこと。
「えっと、今日のみんなの予定は――と」
リビングにはるホワイトボードを見やる。
そこに通常であれば、皆が予定を書き込んでいるはずだから。
――Rrrrrr!
「え、珍しいなぁ?家の電話が鳴るなんて……」
子どもたちにもスマホを与えられているので、基本家の電話がなることはない。
フリーダイヤルだったら、留守電先生の力を借りようか。
そう思ってディスプレイを見ると、そこには"公衆電話"という文字が躍っていた。
「もしもし?」
『あ、ありま?お母さんなんだけど』
「お母さんはそんなに低い声じゃないよ」
『そう?じゃあチョーク食べなくちゃ……って、このやり取りもう止めにしない?』
「母さんが言い出したんだよ?基本みんなスマホで連絡してるから、家電で連絡する時は用心深くしようって」
『言った時は芸能関係者がいる家ってことで、安全に配慮したつもりだったんだけど……正直後悔してるわ』
「だよね」
滅多に鳴らない
その為ツールに頼ったセキュリティではなく、ヒューマン側でも防ぐようにしているのだ。
もっとも、この合言葉を使ったのはこれが初めてであったが。
「それでどうしたの?家電に掛けてくるなんて、珍しいよね?」
『うん。実はその……スマホを家に置いてきちゃって』
「……ホントだ。机の上にあったよ」
『あった?良かった~』
リビングの机の上に、母のスマホがケーブルに繋がれて放置されていた。
充電中だったのだろう。
そして主に忘れ去られてしまったらしい。
『悪いんだけど、持ってきてほしいのよ』
「良いけど……今日ってどこで仕事してるの?」
聞くところによると。
どうも
それを聞いてありまは、ある可能性に気が付いた。
「あれ、それってアクアが出るって言ってたやつ?」
『そうよ。お母さんは主催者側だけどね?』
通常、一芸能プロダクションがドラマのオーディションの主催側に回るということはない。
しかし今回は、既にメインキャストの一人がオーディションなしで当確しており、それがいちごプロ所属メンバーなのだ。
故にそのメンバーは覆面審査員として参加しており、それらの補助としてミヤコが参加しているのであった。
「分かったよ。じゃあ会場の入口に行って、そこで渡せば良い?」
『一般の入口は混雑してるから、関係者入口が良いわね。えっと――』
母から教わった道のりをメモするありま。
これなら1時間以内に到着出来そうだ。
そう判断し、一時間後を待ち合わせ時間とした。
「じゃあ、一時間後にね」
そう言ってありまは受話器を置いた。
自身も私服に着替えたりと、準備しないといけない。
急がないとあっという間に時間は過ぎる。
そう思って、とりあえずホワイトボードに何と書けば良いか考えた。
「……面倒くさいから、"オーディションに行く"で良いか」
間違ってはいない。
間違ってはいないのだが。
これはこれで誤解を受ける気がしないでもない。
しかし時間的余裕のなかったありまが、それに気付くことはなかった。
*
「大きい会場だな~。こんなところでオーディションってやるんだ」
一般的なオーディションというのが、どれ程の規模・会場でやるのかは分からない。
何せ芸能界に所属するお仕事一家の生まれだが、本人は一般人なのだ。
オーディションなんて受けに来たことがない。
だけど分かる。これは大きな建物で、そして大きな規模のオーディションなのだと。
素人でもそれが分かる位、今日のオーディションはすごいものなのだろう。
ありまは会場の大きさに圧倒されながら、関係者出入口を目指していた。
「う~ん。多分ここで良いと思うんだけど……」
如何せん、関係者以外立ち入り禁止の看板が目に痛い。
合っているはずなのだが、明らかに場違い感がハンパない。
早く来てくれ、母君よ。息子が不審者扱いされる、その前に。
「あら?ここは関係者用の出入り口よ?オーディションの参加はここじゃないわよ」
肩位までの茶髪に、丸い眼鏡を掛けた穏やかな雰囲気の女性。
関係者出入り口の中から出てきた女性は、ありまに向かってそう言った。
「あ、いえ。僕は関係者が忘れ物をしたので届けにきただけなんです」
「あらそうだったの、偉いわ――え?」
途中までお褒めの言葉だったのに、何故か驚かれた。
さっきまでは俯いていたありまが、彼女と目線を合わせたその矢先のことである。
「……テンドー先生?」
「え……?」
その響きは知らなかった。
でも何処かで聞いたことがあったような。
眼鏡の女性は一体、自分に何を見たのか。
ありまはそれが分からず、ただ立ち尽くすしかなかった。
感想、お気に入り登録、評価、誤字報告頂き、ありがとうございます!
とても励みになります!
>アクアの呼称について
本編では元々"俺"が多く、要所要所で"僕"だったので本作ではこれまで"僕"で通させて頂きました。
ただ大抵の男子が"俺"も使うようになる年頃の為、ここから先はどちらの呼称も使うことで成長期に入ったという印とさせて頂きたいと思います。
>"Girlish Boy"について
感想にてご指摘がございましたが、"Girlish Boy"は以下の作品をお手本としております。
・少女少年シリーズ(作:やぶうち優先生)
理由としては、
・小学生
・女の子と誤認出来るレベルの女装
・芸能もの
上記条件で色々と調べたのですが、やはり"やぶうち優先生の作品"が至高かと思いまして……
(超個人的意見)