推しのサイリウムは【紅玉色】   作:シンオオサカ

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光が呼び寄せるのはもう一つの"光"

 

 

 

――ちゃん

――お兄ちゃん

――お兄ちゃん!

 

「さりな……!」

 

自分に呼び掛ける声に導かれ、その意識が覚醒する。

 

「あれ……?さりな、さりな……?」

 

だがいない。

呼ぶ声が聞こえたのに。

確かに呼ばれたと思ったのに。

 

「夢、か……」

 

最近あまり見なくなった夢。

妹が――最愛の妹が存命だった頃の記憶。

 

妹のことを忘れたことは片時もない。

瞼を閉じればいつでも妹の姿を思い出せるし、エア妹だって脳裏に完備している。

 

だが。

それでも。

そんなにも想っていても。

夢の中だけは、どうにもならないのだ。

 

(自分)の意志だけでは夢に干渉出来ない。

故に、悪夢も含めて毎日のように見ていた妹の夢は。

妹が空に旅立ってから4年の月日が過ぎた今では。

 

もう、久しく見なくなっていた。

 

 

 

――何かの前触れか。それに類する何かなのだろうか。

 

「……これはいよいよ、異世界転生とかが待ってたりするのかな?」

 

そんなこと、ある訳がない。

そう思いつつも、異世界でも良いので妹に再会できるのなら、それでも良いかと思えてしまう。

 

 

 

だがダメだ。

それではダメなのだ。

 

妹との約束は「早死にしないこと」。

これは妹の最後(最期)の願いだ。

果たさないという選択肢は存在しない。

 

――コン、コン、コン

 

自室の扉を叩く音がする。

その音は逃避していた思考を、現実に呼び戻した。

 

「先生、起きてますかー?」

「うん、起きてるよー。いつも済まないねー?」

「それは言わないお約束じゃないですか……じゃあ、待ってますからねー?」

 

足音が遠ざかる。

それは愛弟子が――アシスタントである吉祥寺頼子が、リビングに向かったこと意味していた。

 

四年が経った今でも。

テンドーは自力で眠ることは出来ないでいた。

目を瞑って横になると、さりなのことを思い出し、眠ることが出来なくなるのから。

 

最初の頃から比べれば回復した方である。

当初は睡眠導入剤が手放せなかったから。

今は極度のリラックス状態を作り出し、そこからなら眠ることが出来るようになった。

……引き換えに、睡眠が非常に深いということになってしまったが。

 

「(頼子ちゃんには、いつも感謝だよね……)」

 

元から寝坊助ではあったが、今は輪を掛けて眠り姫状態だ。

今日はたまたま自力で起きられたが、いつもはそうではない。

彼女は口を割らないが、きっと起こすのは大変なのだろう。

 

「(本当にしっかりさんだよね。身長も抜かれて、最近は姉妹に間違われることが増えたし……)」

 

どちらが姉かは言うまでもない。

そして妹という文字に騙されてはいけない。

妹という皮を被った、生物学上:オスに分類される存在なのだから。

 

「(もうそろそろ、独り立ちの時期かな……?)」

 

編集が太鼓判を押したように。

確かに彼女の才能は素晴らしかった。

この4年間で、技術的なことはもう教えることがなくなるくらいには。

 

だから考える。

彼女の次の行き先を。

 

幸いこの4年間で、自分の連載についてはある程度目途が立った。

一作目である【Girlish Boy】は連載終了し、二作目である【SANA】は完結間近。

そして今は、三作目目である【RINA】の開始準備中だ。

 

――【RINA】

 

今回は若くして命を落とした少女が、憧れのアイドルの娘に生まれ変わり、自身もアイドルとして飛躍していく――というコンセプト。

【SANA】とまぁ似ている導入部と言えるだろう。

それはそうだ。モデルが最愛の妹なのだから。

 

前回は妹が奇跡的に完治したら、というスタートの物語だった。

今回は逆。

完治しなかった場合の物語である。

 

正史とも呼べるその流れ。

そこから先は、妹の転生を祈った願掛けに等しい。

 

「(約束したからね。さりなの為に――あの子が生まれ変わった時の為に、いっぱい物語を作っておかないと)」

 

いつ、どの時代に転生するかは分からない。

であれば――相応の数の作品を作っておかなければ、足りなくなってしまうかもしれない。

全ては妹の為に。

強烈な意志を核として、今や売れっ子となったテンドーはそう考えていた。

 

現実的に考えれば。

輪廻転生なんてあるか分からないモノに。

その生涯の全てを掛けようとしている、ということになる。

 

その様は。

その狂気の宿った瞳は。

彼の憔悴を危惧した妹からの呪い――愛と呼べるモノ故に。

 

 

 

 

 

 

「(はぁ~。今日は先生、もう起きてたんだ……)」

 

一方、リビングでは。

若き天才と称されたアシスタントは、小さくため息を吐いていた。

 

師が懸念する手間は、彼女にとって取るに足らないこと。

そしてそれは、気遣いからの考えではないである。

 

「(……だって。先生の寝顔を拝めるのよ?)

 

――それはむしろご褒美でしょう?

 

眼鏡の奥から漏れ出る、怪しく光る瞳。

頼子は携帯端末のロックを解除し。

ロックの掛かった画像フォルダを開いていく。

 

そこに格納されていたのは――。

 

昨日の寝顔。

一昨日の寝顔。

一昨昨日の寝顔。

 

「(あぁ。先生のアシスタントを引き受けて、本当に良かった!)」

 

眩く怪しい光は、更に新たな怪しい光を生み出してしまう。

それは光に集まる蛾のように。

怪しさの連鎖とも呼べる現象がそこに集約されていた。

 

断っておくが、彼女はいつも"こう"である訳ではない。

ただ、可愛いモノに目がなく。

そして常にマンガのネタを収集しようとしていたら、歩くネタ吸引機が身近にあった。

だからネタ発生の瞬間を逃さない為にも、観察対象から目を離していないだけ。

 

そう。

ただ、それだけなのだ。

 

「さて……先生が来るまでに、早く朝ご飯を用意しないと」

 

今日もいつもの一日が幕を開ける。

いつもと変わらぬ、トラブルに塗れた――ネタだらけの一日の始まりであった。

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

「先生、今日は午後の便で宮崎でしたよね?」

「うう。おおあお(うん。そうだよ)」

 

リスのように口にパンを頬張りながら、答える見た目美少女。

年齢相応の振る舞いをして欲しい。

さりとて、この愛らしさは残しておくべき記念物でもある。

 

毎度この葛藤と対面することになるのだ。

いい加減このループから抜け出したいものだ。

姉――のように第三者に勘違いされつつある眼鏡美人は、脳内バトルを一方的に打ち切ると、ズレた思考を修正した。

 

「もう準備はお済みですか?」

「うん。バッチリだよ!」

 

名アシスタントからのスケジュール確認。

その内容は、月に一度の宮崎訪問についてであった。

 

最愛の妹が天に還ってから。

その月命日は必ず宮崎で過ごすことにしている。

そこで妹の為に舞い、そして歌よ届けよと祈る為に。

 

「毎度不思議に思うのですけど……宮崎に行った時は先生、ちゃんと寝て起きられるんですよね?」

「そうなんだよね……きっとさりなが、僕を守ってくれるんだよ!」

「はぁ……」

 

盛大な溜息。

本人を前にして隠そうともしないそれは、もういい加減飽きたと言わんばかり感情が籠っていた。

きっと4年の間に、耳にタコが出来る程聞かされたに違いない。

吉祥寺女史に幸あれ。

 

「そんな訳だから、午後からはお休みね?頼子ちゃんも好きにして良いから」

「分かりました。それでは気を付けて行ってきて下さいね。特に……向こうで会う人と行動する時は、注意して下さいね?」

 

【向こうで会う人】。

それは四年前は研修医だったが、現在は一医師として働く雨宮吾郎のことであった。

以前と同じ病院に務める彼は、今や若手産婦人科医として働く毎日を過ごしていた。

 

「大丈夫だって!先生はすごく良い人だからね。心配なんて要らないさ」

 

言えない。

いかに件の雨宮医師が信頼に足る人物であっても。

二人が並んだ写真を見せてもらった時の感想は――

 

「(十代のアイドルと、一回り以上歳の離れた熱烈なファン。そうとしか見えないのよね……)」

 

さりなという星が失われたから。

残された二人は、彼女の分まで彼女の推しを応援し続けた。

その結果として、二人の目はどんどん肥えていく。

 

それに比例するかの如く、テンドーのパフォーマンスは。

その外見にまでトレスが及び、素人目には完コピと言って差し支えないレベルになっていた。

化粧を施した場合。

もはや、さりなの推しがもう一人いるとしか思えない出来。

 

つまりそこから導き出される結論は。

――明らかに補導街道まっしぐら。

吾郎医師の安否が気遣われる状態となってしまった。

 

「(風評被害が進むなー。でもこれも良いネタよね?作品連載が決まったら、どこかで使えないかな?)」

 

心配はする。

けどネタは、それ以上に大事なのである。

骨の髄まで漫画家としての心構えが沁み込んできた頼子は。

もう大分、身近な存在に【染まってしまった】と言っても過言ではないだろう。

 

――ようこそ、一般人卒業コースへ。

 

見えざるモノの声が聞こえたならば、きっとそのように告げていただろう。

後に偉大な漫画家となる彼女の旅路に――幸があらんことを。

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

【もう一つの光】

 

 

吉祥寺女史が【一般人卒業コース】に足を踏み入れたタイミングと時同じくして。

テンドーに先んじること数時間前。

宮崎の地を踏む二人組の姿がそこにはあった。

 

一人は金髪にサングラス、さらにダークスーツをノータイでラフに着こなす男性。

業界人か、ちょっと怖い商売の方か。

そうとした思えない風貌であった。

 

そしてもう一人は、つば付きの帽子を目深に被った黒髪の女性。

深く被った帽子のせいで年齢や要望は不明。

 

――彼女が。

彼女こそが、主演女優。

これから始まる第二幕の。

それに連なる物語の中心となる人物であった。

 

 

 

 




……おかしい。
ヤンデレものは得意ではなかったはずなのに。
何で気が付いたら、ヤンデレのバーゲンセールみたいになってるん……?
(そう言えば、原作からして病み属性持ちが多かったような気が……気のせいですよね?)
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