推しのサイリウムは【紅玉色】   作:シンオオサカ

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嘘吐き(ニセモノ)による鎮魂歌

 

 

 

人は想定外の事態に陥った場合、どのようなリアクションをするのだろうか?

驚愕か。憤怒か。それとも悲哀か。

どれもが正解と言えるだろう。

それは誰しもが経験のあることである。

 

だが真なる意味で想定外の事態――想定し得る天井の、次元を超えた事態に遭遇した場合。

人の思考は真っ白な雪のように漂白され、そして言葉を無くすであろう。

 

「…………」

 

目の前の光景は何だ。

 

あり得ない。

アリエナイ。

あってはならない。

 

「先生、どうなんでしょう?もの凄い便秘という可能性は……」

 

希望的解釈を漏らす引率者の声。

それに対して機械的に返答し、自らの思考は埋没していく。

それくらい衝撃的な光景であったから。

 

だって目の前の存在は。自分と対面して座る人物は。

深く被った帽子を脱ぎ去って、艶のある黒髪を開放し、自らの眼前に【想定外】という事実を突きつけるこの人は――。

 

「そっちは順調!今日も問題なかったよ」

 

自らの推しに、非常によく似た存在なのだから。

 

――うぇぇぇぇぇぇぇぇ――――!?

 

魂からの叫び。

大地を割らんばかりの雄叫び。

そんなものを出せれば、さぞかし楽だっただろう。

 

しかし彼は。

雨宮吾郎は悲しいくらいに医者であった。

患者に不安を与えるようなことをしてならない。

そんな職業病が沁み込んだ身体に、今は感謝しかなかった。

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

「とりあえず、検査してみましょう。準備をしてきますのでお待ちください」

 

患者をそのままにし、自らは診察室を出る。

次いで検査に必要な準備を行っていく。

ルーティンワークと化した作業だけに、頭が混乱状態あっても身体が勝手に動いてくれた。

だがその淀みない動きとは裏腹に、彼の思考は未だ混乱の域を脱してはいなかった。

 

「(アイ似の患者さん……?いや、いくら似てるとは言え、あんなにそっくりなのは……)」

 

――いない。

 

そう思いかけて、即座にその思考を放棄する。

 

――だって、いるじゃん。

 

約4年間の交流だが、非常に濃い付き合いをしている人物に。

スッピンも超美少女顔だが、化粧をすると本当にアイにそっくりになる、ドッペルゲンガーみたいな存在が。

 

「(あ、そうか――。あの娘はアイじゃなくて、天童寺さんかぁ…………そっちの方が問題じゃないか!!?)」

 

医師としての見立てでは、あの患者は妊娠している可能性が高い。

そう。

妊娠している、可能性が高いのだ。

 

【妊娠】

 

それは多様化して世の中であっても、その役割だけは未だ女性にしか務まらないこと。

女性にしか、出来ないことなのだ。

しかし天童寺は――テンドーは生物学上はオスである。

……色々と突っ込みたいところは多いが。

 

であれば妊娠できるハズがない――。

 

「(ないよな?誰か【ない】って、言ってくれよぉぉぉぉ――!?)」

 

如何に自分が産婦人科としてのキャリアがまだ短くても。

そんな人間という生命体の根幹を覆すような発見や技術があったならば、確実に耳にしていることであろう。

……テンドー固有の保有スキルとか、第三の性別:テンドーとかの特殊性別が存在しない限りは。

 

つまりそこから導き出される選択肢は、生物学上:オス(特別枠)による妊娠か。

それとも彼が推してやまないアイドルの妊娠か。

どちらにせよ。彼にとっては地獄に他ならない。

 

――ピロン!

 

逃避した思考を現実に戻すかのように。

雨宮の携帯端末が、自らの所有者に呼び掛けた。

 

『先生、今日は午後には宮崎入りするから、よろしくね――!』

 

端末を操作して開いた画面に表示されたのは、メッセージと自撮りしたと思わしき画像が一枚。

 

「(今日も美少女してるな――)」

 

とてもオスには見えない。

横ピースしてウィンクするその様は、どう見ても美少女である。

だが男だ。

 

自撮りされたその写真をよく見ると、その腹部は膨らんでいない。

つまり【天童寺兄による妊娠(世界の法則が乱れる)】という線は消滅した。

ついでにドッキリという線も合わせて消滅した。

……消滅してしまった、のである。

 

そこから導き出される結論。

先程の少女は――自らの推しに相違ない、ということ。

証明完了。

 

畜生。吐きそうな結論が出てしまった。

雨宮医師は心中でそう毒づいた。

 

「(……いや、まだだ。まだ当人たちから話を聞いていない!第二のそっくりさんという可能性も……!)」

 

一縷の望みを託す。

しかし現実は無常である。

吾郎が準備を終えて戻ってくると、そこには少女を問い詰める男性の姿があった。

【アイ】という呼びかけと共に。

 

「(うわぁちゃぁぁぁぁぁっ!?)」

 

逃げたい。

逃げ出したい。

消えてしまいたい。

 

退路無し。

厳しい現実というのは、いつも唐突に訪れるものだ。

自分だって患者さんやご家族にさんざん突きつけてきたじゃないか。

謂わば因果応報。

 

でも神様。

これはちょっと、報復分が過剰じゃないですかね?

荒れ狂う衝動と闘いながら、吾郎はそう思わずはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

――20週の双子です。

 

医師として、間違いない判断を下し。

そしてその結論を患者に伝えた。

 

ここから先、彼女たちがどうするのかは分からない。

それは当たり前の話。

当人とそれを取り巻く環境次第、としか言いようがないからだ。

 

診察を終えた雨宮は、院内の共有スペースで一息入れながらこれまでを振り返っていた。

 

「(ファンっていう存在は、身勝手だよなぁ……)」

 

折しも目の前で流れるテレビの番組ででは、交際を報告するアイドルの姿があった。

それを見て、口々にアイドルへの批判する患者たち。

別にファンを裏切った訳ではない。

 

アイドルだって人間だ。

一人の人間として幸せになる権利はあって然るべきなのだ。

 

しかし大衆は勝手な生き物である。

自分たちで勝手に理想を押し付け、それに合わなくなったら容赦なく弾劾する。

魔女裁判とはこういったものだったのだろうか?

当時から生き続けている人間が存在していない以上想像するしかないが、きっと大枠は変わらないものだろう。

 

目の前の光景から目を逸らしたいが為と、定例行事の為に、彼は星空の見える屋上へと足を運ぶ。

折しも本日は晴れ渡っている。

きっと満天の星空が見えるであろう。

舞や歌を奉納するには打って付けのロケーションでもある。

 

――コッ、コッ、コッ

 

階段を上がる音が、いやに響いている。

既に夜の帳が落ちて人気がないというのも、それに拍車を掛けているのであろう。

 

迫りくる扉。

事実を言うのならば自分が迫っているのだが、この時の吾郎にはそう思えて仕方がなかった。

この扉を開ければそこにはいるのは、推しの妊娠という事実を補強する為の材料がいるから。

先程まで観ていた患者がアイ本人である、という事実を肯定するモノが存在してしまうから。

 

――バンッ!

 

意を決して扉を開け放つ。

そこに居たのは、想定通りの存在。

先程まで対面していた推しの勝負服(アイドル衣装と同じモノ)を身に纏った――究極の紛い物(嘘吐き)が微笑んでいた。

 

「先生、遅かったね?」

 

紛い物は知らない。

本物は自分のことを【先生】とは呼ばない。

惜しい。そこは減点対象だ。

本物との違いを確認できて、ある意味でホッとし。

また別の意味では絶望に落とされる。

 

嗚呼。

自分も厄介なファンと変わらないじゃないか。

 

――済まない。

 

遅れたことを謝罪し、先を促す。

 

「大丈夫?疲れてるとかだったら、今日は自分だけでやるよ?」

 

――大丈夫。それよりも時間が押しているから、始めよう。

 

「分かった。じゃあ、今日はこの曲から――!」

 

アイドル擬きが用意したスピーカーから響いてくるのは、自分たちの推しの曲。

それに合わせて軽やかに舞い、そして魂の籠った曲を紡いでいく見た目美少女。

 

~~♪

 

――真に迫ったな。

 

この四年間。

さりなが亡くなってから、テンドーは毎月宮崎の地に舞い降りていた。

ただ彼女の為。彼女との約束を果たすだけの為に、さりなの兄は歌い続けていた。

 

そしてそれを見て、厳しいファンの目としての意見をぶつける吾郎。

この二人は――残された二人は、そうやってさりなへの鎮魂歌の質を高めていったのだ。

 

――本物に接した後では流石に再現度9割くらいの出来と言えるが、普通に考えたら十分過ぎる。

 

あとは如何に上手に本物をトレース出来るか。

これに掛かってくるのだろう。

 

「……はい、おしまい!ねぇねぇ、どうだった?今回のデキは!?」

 

全ての曲の再現(トレース)が完了し、テンドー自身に戻ってからの最初の一言。

 

「そうだね。再現度9割……ってところだね」

「えぇ~!?ちょっと渋すぎない……?」

「いやいや。これでも甘めに採点してるんだよ?」

 

本物を目指すうちに、二人の間柄も変化した。

以前はただの患者の兄と担当医だったが、今は同じ目標を持つ戦友となっているのだ。

互いを敬いつつも、気安さが同居した関係性を構築している。

 

……もっとも。

それが吉祥寺女史が懸念したような、勘違いを加速させることになるのだが。

 

 

 

 

 

 

彼らは思いもしなかった。

この場で鎮魂歌を観察していた人物が、他に居たということを。

 

「……」

 

その一対二眼の瞳は、驚愕という感情に彩られていた。

 

「……ウソ。あれって、私……?」

 

満天の空に引き寄せられて現れた本物(本当の嘘吐き)が見ているとは、二人は夢にも思わなかった。

 

 

 

 




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