満天の空の下。
月明かりに照らされて輝くその存在は、幻想的ですらあった。
何も知らない人間が見れば妖精か、もしかすると女神と勘違いしてもおかしくなかった。
でも違う。
だって知っているから。
アレは妖精でも、ましてや女神なんて存在なんかじゃない。
あの踊りを知っている。
この歌も知っている。
あの顔は……毎日飽きる程見ている。
「……ウソ。あれって、私……?」
――自分とそっくりだ。
もちろん本人ではない。
当たり前だ。
何故なら自分はここにいるのだから。
――だからあれはそっくりさんが、自分のマネしてるだけ。
世の中に3人は同じ顔の人間がいると言うのだから、それはあってもおかしくない。
たまたまそのそっくりさんが自分のマネをしてくれている。
それだけだったら一瞬の驚きの後に、自分も有名になったなーと思っただけで終わりだっただろう。
――すごくレベルが高い。きっと一生懸命練習してくれたんだ。
ララライでの経験から、演技力の高い人たちを知っている。
その人たちなら本人そっくりの演技が出来たり、さらにその上で自分の特色を出せたりしていた。
それと同じだ。【アイ】という人物の演技をしている人。
それだけのハズだ。それだけの、ハズなのに――。
――知ってる顔。だけど知らない
でもその笑顔は。
その笑顔だけは。
自分の知らない、その存在だけの表情だった。
自分がファンに向ける表情に似ているけれど。
似ているけど違う。
表面的には悲しみを秘めた瞳、それだけが違いとしか分からないけれど。
だけど違う。それとは違う。もっと根本的な何かが違うとしか言えないけれど。
でも引き寄せられる。
その表情に。
その祈りにも似たパフォーマンスに。
――何が違うんだろう。
踊りを見ても分からない。
歌を聴いても分からない。
その顔を見て理解出来ない。
自分の内にはない。
だから想像も出来ない。
であれば……解決方法は一つしかない。
「……聞いてみるしか、ないよね?」
歌が終わり。
舞が止み。
月明かりを纏った存在が、その歩みを止めてもう一人の観客に近づいていく。
――行こう。知りたいことが分かるかもしれないから。
少女は意を決し、双子を宿したお腹に負担を掛けないよう、ゆっくりと歩いていく。
まるでその足取りは、知りたい欲と知る恐怖がせめぎ合い、その結論が出るまでの時間を稼ぐかのようにゆっくりと。
しかしそれでいて確かな足取りで。
一歩一歩、歩んでいくのであった。
*
「ねー?さっきのって私のライブの再現、だよね……?」
一切の音が止み。
そして天使の如き可憐な声が聞こえた。
なるほど。ここは涅槃だったのか。だったら先に行っている最愛の妹に会えるかな?
テンドーは目の前の光景を――自分の見たモノを信じることが出来ず、現実からの逃避行をしていた。
「あ、星野さん……見てたんですね。はい、その通りです」
何故だ。
何故目の前の医師は、ショックを受けずに稼働出来るのだ。
自分はようやく現実に帰還したばかりだというのに。
ちなみ意識がここでない何処かへ行っていた時。
綺麗な河原でさりなへの愛を歌っていたら、渡し舟の船頭に場外ホームランされて現実へと帰還した。
何故だ。選曲が気に入らなかったのか……解せぬ。
「あれ?もしかして先生、私のこと知ってた……?」
「……昔、受け持ちの患者さんに君のファンが居たんだ」
昔。
居た。
その言葉を聞く度に心が軋む。
あれから四年の年月が過ぎているが、それでも自分はまだ闇から抜けられていない。
妹はそんなことを望んでいないハズ。
だけど自分は望んでいた。
妹を忘れたくない。
でも人は強烈な意志だけでは思い出せなくなる。
だからその身を闇に委ねる。
そうすれば。忘れることを堰き止められるから。
「天童寺さん、いつまで固まってるんですか?貴方の推しが目の前にいるんですよ?」
「えー?やっぱり私のファンなんだ!いやー、どこに行ってもファンがいるねー。こまった、こまった」
――本物だ。
自分がやってきた
愛しの妹を想って行ってきた再現とは異なる、唯一無二の
星の如きその輝き。鈴を転がすような美しい声。
人を吸引するような謎の魅力。
嗚呼。
認めよう。
認めざるを得ない。
この人は。
この少女こそが。
妹の推しに他ならないと。
「ごめんなさい!まさかご本人がいらっしゃるとは思わず……拙いモノをお見せしました」
自分の
彼女がファンへの愛でその身を動かすのとは異なり、自分は妹への愛で。
愛という名の盲執でこの身を動かしているのだ。
吾郎医師が言う、足りない1割とはまさにそれのことであろう。
どれ程良く似せても、所詮はガワ止まり。
本質的な部分は対極なのだ。
皆の為と、一人の為。
希望の明るさと、執着の暗さ。
見る人が見れば、一目で分かるのだろう。
だから彼女に――妹の推しに見られたことは、嬉しくもあり……ショックなことでもあった。
自分のパフォーマンスを汚すな。そう言われても仕方がないのだから。
「ううん、すごかったよ!すっごく良く練習してくれたんだなって、伝わってきた!」
その評価が
その評価を素直に受け取れない自分が苦しい。
妹が生きていた時の自分ならきっと手放しで喜んで、そして妹に「まだまだだよ」と叱責されたに違いない。
「何って言ったら良いかわかんないけど……すっごい熱量?誰かに対して、すごく熱く語ってる?みたい……だったかな?」
――違う。
そんな綺麗な感情ではない。
もっと激しく。もっと暗い想いを込めて。
ただただ妹に伝わるように。
世界でただ一人の大事な妹を救うことが出来なかった、不出来な兄に出来る唯一のこととして。
推しの笑顔を真似ても隠し切れない、悲しみの感情が宿った瞳での拙い笑顔で。
「あと……ちょっと、泣いてるみたいだった」
――あ。
バレていた。
流石は本物だ。
本物と模造品の違いを、その決定的な差分をきちんと見分けていた。
「私にはない、私が持っていない。けど……すっごく大事な何かがあって、それで泣いてるのかな?って」
――ッ
「……あれ?どうして、どうして涙が……?」
気が付いた時には、自身の頬に涙が伝っていた。
妹が亡くなった時、枯れ果てたはずの涙が。
目の前が歪むくらい――瞳が海に浸かってしまったかのように、目からの水分を止められないでいた。
「え、え~~!?ごめんね、泣かせるつもりじゃなかったんだけど……!?」
見てくれていた。
見られてはいけない違いだったのに。
でも、どうしてこんなにも安心しているのだろうか。
何故こんなにも、自身の行いが肯定されたような安堵感があるのだろうか。
まるで聖母のようだ。
罪に苦しむ人々を許すような。
その行いを肯定し、包み込むような慈愛を持っているかのように。
母性までも完備しているとは……やはり妹の目に狂いはなかった。
もう一人の究極は、内心でそう思った。
究極であるが、別ベクトル――別カテゴリの【究極のシスコン】。
その哀は。
その身に秘めた愛は。
やがてそれとは別のアイによって模倣され、そして花を咲かせることとなる。
だがそれは、もう少し後の話であった。
「……もう大丈夫です。ごめんなさい、みっともないところをお見せし、て……?」
涙が引き、推しの方に改めて向き直る
感謝と謝罪を伝えようとするものの、その途中で予期しない事態が――想像すら出来なかった光景を目の当たりにした。
先程は
だがしかし。
目の前の推しは、まさしく【母】という存在になろうとしている姿に見えた。
具体的に言うと、妊婦のそれにしか見えなかった。
――あるぇぇぇ?
お目目グルグル。
頭グルグル。
おかしいな。外は寒いくらいだから、熱中症ではないと思うのだが。
「ん?あぁ、これ?双子なんだって!!」
――嘘やろ。
明確に聞いていないけど、産む選択肢を選びそうな感じだ。
つまり推しがアイドルを諦めて、一人の親になる……ということに繋がる。
――天国の妹に、何て報告すれば良いんだよ。
火力が強い妹だからなー。きっと荒ぶるに違いない。
と非現実となってしまった妹を想い、そして脱力した。
「君は……アイドルをやめるのか?」
同じファンの代表として、雨宮医師がショックを受けて固まっているテンドーの代わりに確認した。
戸惑いがちの問い掛け。
確認したい。でも答えを聞きたくない。そんな迷いが抜けないままの質問。
「なんで?やめないよ?」
あっけらかんと返すと少女。
少女は欲張りだった。
母としての幸せも、アイドルの幸せも、どちらも手に入れてみせる。
そう言った
月明かりが彼女の為のスポットライトのように降り注ぎ、それは天啓を得た巫女のようにも見えていた。
――和解した。
吾郎医師の呟きが自分には聞こえた。
同じ
まるで神のお告げを聞いたような、悟りを啓いたかのようなその言動。
「(……そっか。雨宮先生は、きちんと折り合いを付けられたんだね)」
ファンの鑑め。
今や妹と同じ位の熱狂ぶりのくせに。
自分のことを棚に上げたテンドーは、鏡合わせの存在でもある雨宮医師を見て心中で毒づいた。
「(であれば……
応援しよう。
雨宮先生がそう出来たように。
きっと妹がこの場に居たのなら、血を吐いてでも同じことをしたと思われることを。
「(差し当たって僕に出来ることは……彼女が復帰するまでアイのことを風化させず、だけど彼女という存在からは目を逸らさせるようにすること)」
矛盾している。
アイ=彼女なのだから。
でもやり遂げなければならない。
芸能界は――特にアイドルは新陳代謝が活発な世界だ。
いくら人気のある存在であっても、半年以上のブランクは厳しい。
ましてやアイはまだ発展途上の存在。
それだけの期間があれば、すぐに人々の記憶から風化する危険性を孕んでいる。
――B小町。彼女所属グループ自体が活動停止する訳ではないが、それでも彼女無しでは求心力に欠ける。
他のB小町のメンバーを批判するつもりはないが、力不足は厳然たる事実として横たわっているのだ。
であれば。
自分の今までやってきたことが。
天童寺兄ではなく、テンドーとしてやってきたことが役に立つというもの。
「(まずは……)」
大々的に嘘を吐く。
一つ目の仕掛けとして、テンドーのチャンネルで彼女を登場させる。
体調不良前に撮ったコラボ動画と銘打って。
もちろん肝心な部分は映らないようにして。
「(次に……)」
体調不良の為と称して、彼女から預かったメッセージを一定間隔で代読配信をする。
見分けが付けられないとこれまた彼女に在らぬ疑いが舞い込む為、変身(化粧)前から配信して誤解を生じさせないようにして。
自分で言うのも何だが、今の自分は売れっ子作家である。
そして動画配信でその奇人振り(美少女然とした変身含む)は周知されている。
であれば自身のアイディアを実行するだけの下地は整っている、と考えても問題はないだろう。
「(まぁ、それにはアイやアイの事務所が承諾してくれないことには、始まらないんだけどねー?)」
テンドーという、売れているが扱いが難しい起爆剤を使用するか。
それとも、最悪風化もやむなしと正統派の対応で乗り切るか。
どちらでも良い。どちらにせよ、自分がすることは変わらない。
――推しを応援し続ける。
ただそれだけなのだから。
【アイを知る為に】
愛を知らない少女は、愛を知る為にアイドルになった。
持ち前の
だけど本当は……未だ愛を理解するには至っていない。
だから知りたい。
愛という感情を。
愛を知る喜びを。
愛を注ぐことが出来る存在を。
「(あの人なら、何か知ってるかも……)」
自分とそっくりで。
だけど何かが違うあの存在が。
その答えを知っている気がするから。
観察する。
見つけてみせる。
子供たちが出来ればわかると思った愛とは、別の形かもしれないけれど。
愛が分かる、かもしれないから。
――うん。こちらからもよろしくね?テンドー先生?
だから快諾した。
テンドーからの提案を。
横で色々煩い社長を無視してでも。
そして見落とした。
てっきり100%トレースが出来ると思った相手が。
まさか決定的なまでの違いを内包していたとは、夢にも思わなかったから。
「えぇぇぇぇぇ!?テンドーせんせって、男なの!?」
第一歩を踏み外した気がする。
……が、それはそれで勉強になる気がする。
そう気を取り直して、彼女は彼の感情を――自分にない
感想、お気に入り登録、評価、誤字報告頂き、ありがとうございます!
とても励みになります!
※以下補足
アイの五郎先生への呼び方は、「先生」、「せんせ」、「センセ」と使い分けられていました。
その使い分けの法則が不明だったので、テンドーにも同じようにその場その場で一番ハマりそうな語感を使用するようにしております。
ご了承頂けますと幸いでございます。