一ヶ月に一度宮崎に行き、アイに会って代読配信。そして推し/アイのライブを再現する。
そんなことを繰り返す内に、気が付けばあっという間にアイの出産は間近に迫っていた。
光陰矢の如し、とは良く言ったもの。
素晴らしい時間は、過ぎゆくのがはやすぎる。
テンドーは心中でこれまでを振り返っていた。
「アイさん、順調みたいだね?」
「あぁ。必ず安全に産ませる、って約束したからな。推しとして当然だろう?」
確認に対しての、自信を持った回答。
それは吾郎の医師としての――推しを支えるファンとしてのプライドを掛けた一言だった。
そこにはこれまでの彼の医師として働いてきた知識と経験、そしてその想いが込められている。
「その分、先生が調子崩しているんじゃない?」
「何を今更。ここで無理しなくて、いつ無理するんだよ?」
「……僕もさ、人のこと言えないんだけど……ちゃんと休もうよ?」
そこには気安さがあった。
4年という月日では埋まらなかった、埋まりそうで埋まらなかった溝が。
たった半年という期間で見事なまでに埋められていた。
それは内情の変化もさることながら、外的要因の影響が非常に大きかった。
二人を繋ぐ要因の一つ。
推しであるアイの影響が大きかった。
推しと秘密を共有し、その活動を支えていく。
秘密の共有というのは、いつの世も仲間意識を強くさせるもの。
その結果、二人は戦友となったのである。
「これが終わったら休むさ。幸い、有給もまだあることだしね」
「……有給があるお勤めが羨ましい。僕の職業は不安定だからね……」
「売れっ子漫画家が、何言ってるんだよ?アシスタントを増やして、分業制を推し進めれば良いじゃないか?」
「うーん、それなんだけどさ?有能なアシの子が独立したからねー。アシに出来そうな子が見つかるまでは、しばらくワンマンアーミーなんだ」
テンドーの脳裏に過るのは、優秀だが時折困った視線を向けてくる愛弟子の姿。
彼女なら数年のうちにヒットメーカーになるだろう。
実力に関してだけは、全くと言って良い程心配していなかった。
「それは……ご愁傷様、としか言えないな」
「でしょ?」
お互いに自分の不健康を棚に上げての休めコール。
だが残念。その夢が叶うことはない。
人の夢と書いて儚い、というのが定説である故に。
「先生はこれから一回帰るの?」
「あぁ。とは言っても家は近いし……呼び出しがあればすぐに来るさ」
アイには既に会ってきた。
今の感じであれば、一両日中にはこの世に新しい命が二つ産み落とされるであろう。
初産は時間が掛かるケースが多い。だから担当医は一旦待機となり、いよいよのタイミングで出陣するのだ。
「へ~、そう言えば先生の家って行ったことなかったね?」
「えっ、今から来るのかい?微妙に山の中だから、暗くて危ないよ?」
「何の心配をしてるんだよ?僕は成人済みだよ?」
半眼で吾郎を睨むテンドー。
所謂ジト目というやつだが、美少女フェイスでそれをやると可愛く見えてしまうのが不思議である。
今日もその装いはアイのモノを模っているだけに、様になること間違いなしであった。
「……あぁ。すっかり感覚が麻痺してたけど、君は男だったね……。どうもアイと一緒にいると、双子の美少女にしか見えないもんだから」
「美少女(笑)だけどね。だから心配は不要だって」
「ま、それなら良いか……。ただ僕は仮眠を取らないと不味いから、お茶飲んだから帰るんだよ?」
「はいよ。流石にそのあたりの線引きはきちんとするから、安心して下さいな」
そう言って、つば付きの帽子を目深に被る。
奇しくもその姿は、アイが宮崎に降臨した日の服装に酷似していた。
そして二人は歩き出す。その先に待っているのは、しばしの別れになるとは知らずに。
*
「いやー、思ったよりもボロ……んんっ!趣きのあるお家だねー!」
「……そこは飾らずに言って良いから。住んでる自分が一番把握してるし」
非常に味のある、言葉飾らずに言えばボロい家がそこにはあった。
吾郎は若手とは言え医師である。ましてや一人前の戦力として数えられ、病院側の信頼も厚い。
であれば、それなりに稼いでいるはずだ。
しかし目の前の家は、あまり手入れがされているようには見えない。
余程大切な想いがあって、弄ることを躊躇われるのか。
それとも無頓着なだけなのか。
「まぁ、病院で当直とかもあるしね……。寝に帰るだけだから、あまり拘っていないんだ」
敢えて突っ込むまい。
人には触れられたくないことの一つや二つ、あるものだ。
だから流そう。それはマナーでもあるのだから。
美少女顔はそう結論付けた。
「そう言えば先生?さりなが言ってたこと……覚えてる?」
「え?何のことだい……?」
「ほら、死んだら生まれ変わって――ってやつ」
「……あぁ。確かに言ってたね。生まれ変わったら、アイドルの娘になりたいって」
「そう。さりな……もう生まれ変わったかな?」
一医師としては、輪廻転生というものは信じていない。
だが一人の人間としては、有っても良い――もっと言えば有って欲しいとも言える。
そう考えずにはいられない。
二人分の珈琲を入れながら、吾郎は心中でそう呟いた。
「ほら、コーヒーだ」
「……ありがと」
返答は得られなかった。
分かっている。自分の問いが如何に非現実的かは。
だからそこを突っ込まずにさらりと流してくれたのは、下手に同調されるよりも俄然有難かった。
やはり気遣いが出来る男だな。爆ぜろ、この
テンドーはかつて最愛の妹が、目の前の医師に告白したことを想い出してそう毒づいた。
「でもま……約束したからな」
「約束……?」
「そう、約束。さりなちゃんがアイドルになったら、【推すよ】っていう約束のことだよ」
「……!それ、覚えてくれてたんだね……?」
思い出す。
想い出せる。
在りし日の情景を。
その会話がされた瞬間、その光景をありありと思い出すことが出来た。
思い出は残っていた。
風化せず、確かに二人の中に在り続けていたのだった。
「さて、そろそろもう良い時間だ。帰った帰った!」
「ちぇ、せっかく良い感じだったのにー」
霧散する雰囲気。
しみじみとした空気は流れ去り、いつもの二人がそこにはいた。
「ま、良いかー。また後で会えるしね?」
「君、本当に病院でアイの出産を待つのつもりなのかい?いつになるか分からないんだよ?」
「だって、斎藤社長は来られないんだし。一人くらい付き添いが居た方が良いでしょう?」
「それは……確かにそうだけど」
アイの身元保証人である斎藤社長は、現在東京で仕事中。
アイの留守を守るB小町と共に、日々奮闘している状況である。
そんな状況下では、アイの方に掛かり切りという訳にはいかなかった。
「それに僕なら、アイの関係者として見られるじゃない?無問題だよ!」
「関係者というか、双子とかにしか見えないからなー。まぁ、君が言うのならそれで良いさ」
自宅を出て、テンドーを開けた場所まで送る吾郎。
目の前を歩く存在は真正の美少女ではない。
だがそれでも生来の人の善さを持った医師は、その身を動かして見送りを行う。
「あ、ここまでで良いよ!ここからは一本道だからね!」
「あぁ。じゃあ、また後で」
「うん。また後ででねー!!」
小走りで去り行く背中。
さて、後何時間位眠れるかな?
そんなことを考えながら踵を返し、自宅付近まで戻ってくる。
もう家の扉が見えた、そんなタイミングで――背後から自分に対して呼び掛ける人物が現れた。
「あんた、さっきの女――星野アイの担当医だろう……?」
フードを目深に被り、明らかに暗いオーラを漂わせる男。
歳の頃なら20歳位か?もしかすると、それよりも若いかもしれない。
――どちらにせよ、こいつは危険だな。
どう答えても、危ない目に遭いそうで嫌になる。
心中でそう毒づく吾郎。
「星野……?済まないが、あの子はそんな名前じゃないんだが?誰かと間違えていないか?」
仕方なしに真実を話す。
もっとも相手からすれば、騙そうとしているようにしか見えないかもしれないが。
「ウソを言うな!?どう見ても星野アイだろうが!?」
「だから、星野って誰だよ?そもそも僕が担当医って聞いてくるということは、あの子は患者ってことかい?具合が悪そうに見えたかい?」
「……!?いや、だって……」
明らかに狼狽する男。
もう少し牽制して、自発的に逃げるようにするか。
状況をシミュレートし、少しでも安全に窮地を脱しようとする吾郎。
「それはそうとして……君、あの子の関係者だとでも言うのかい?名前は?本当に医者としての僕に用があるのなら、明日の外来時間に来てくれるかな?」
「……っ」
思ったよりも危険な感じだ。
別に薬物などに手を出しているようには見えないが、明らかに正気を失っている。
警戒と観察。それを同時にこなしつつ、医師は最善の手を模索する。
「とにかく、今日はもう遅いから帰りなさい。一晩良く寝て、明日になってから病院に来たら良い……わかったね?」
戦意が弱まった。
チャンスだ。
あとは相手が戦意を取り戻すまでに家の中に入り、籠っている間に警察に連絡すれば良い。
「……」
棒立ちする男を尻目に、自宅への足を進める。
あと数メートル。そんなタイミングで男は奇声を上げた。
「違う違う、違うぅぅぅぅっ!騙されないぞ!お前がいなければアイは――!子どもを産めないんだっ!!」
支離滅裂にも程がある。
別に自分など居なくても、別の医者が彼女の子どもたちを取り上げるだろう。
そんなことも理解出来ないのか。
否、出来なくなっているのか。
「あぁぁぁぁぁぁぁ!!」
今まで隠し持っていたのか、凶刃を構えて襲い来る男。
対してこちらは、相手に無防備な背中を向けた状態。
そうなれば、この後の展開など考えるまでもない。
迫る刃を見ながら、妙に頭だけが冷静な状態の吾郎。
そして――
*******
視界がチカチカする。
身体がどんどん冷えていく。
応急処置をしないと……あ、これは危ない出血だ。
はやく止血しないと。
これは……
これは…
「……これは、ヤバいなぁ……」
自らを傷付けた存在は、既にこの場を去っていた。
せめて何か、手掛かりでも残しておいてくれよ。
警察が犯人を捜す時、大変じゃないか。
見当違いな考えを巡らしてしまっている。
これは本当に……。
本当に……ダメなやつだ。
「約束、破っちゃうな……」
推しとの約束。
それは自身の全てを掛けて誓いだった。
一人のアラサー医師の医師人生と、生まれてからの全ての人生を掛けた想い。
残念だ。
残念すぎる。
残念でならない。
推しの
手助け出来ない。
最後の最後で約束を破ってしまう。
――嗚呼、これで僕も嘘吐きだな。
【嘘は愛】。
かつて自分と推しが逢った時、そこで言われた一言がこれだ。
それは魔性の言葉。
一般人が言えば人でなしになるモノ。
だけ彼女が言えば、それはたちまち魔法の言葉になる。
――そうか。じゃあ、この嘘も愛になるのかな……?
意識が保てない。
もう視界は真っ白だ。
何も見えない。
そして白は暗転し、黒一色となる。
―――あぁ。嘘吐きはもう一人いたっけか。
あの美少女モドキめ。
これからはお前が、アイを助けるんだぞ?
もう……お前しかいないからな?
本当に、頼むぞ……?
――――
――
―
―
――
――――
真っ暗だ。
何も見えない。
――何だ。あの世ってこんな感じなんだ。
予想とは異なっていたが、これはこれでありだな。
それとも、これから閻魔様の前にでも突き出されるのかな?
かつて医師であったその思念は、その生を終えた後でも考察をし続けていた。
―!
――!
――――!
ナニカが聞こえる。
既に何も聞こえなくなったはずなのに。
徐々に音が近づいてくるのが分かった。
同時に漆黒で構成された空間に、少しずつ光が戻ってくるのが分かった。
これは、いよいよ閻魔様の順番待ちが終わったのか?
さりなちゃんと違って天国には行けないと思うけど、せめて緩めの地獄にしてくれると良いな……。
「おめでとうございます!可愛い双子ですよ!!」
――――えっ?
一つの星が堕ちた。
アイという一番星を支え、そしてその輝きを引き出す存在が。
堕ちた。
砕けた。
完膚無きままに。
そしてその魂は、新たな生へと引き継がれた。
母親に恵まれなかった魂が、同じく母親に恵まれなかった存在の子へと導かれたのである。
偶然か。それとも必然か。
これは、奇跡とも言える邂逅。
少女とその子どもを生かすべく奔走した医師は、その少女によって自らの魂を救われたのである。
そして同様に。
彼のすぐ隣には、救われた魂がもう一つあった。
その魂が。
その魂こそが、
――望まれた紅玉の再臨であった。
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とても励みになります!
前回の感想で、探偵さんが多すぎてビックリしました……
時系列的にまだ先の話なので、答えは今しばしお待ちくださいませー。