推しのサイリウムは【紅玉色】   作:シンオオサカ

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計算(美少女)天然(美少女モドキ)

 

 

 

その日は喜びと不安が同時に襲来した日であった。

 

――おめでとう!

 

アイは念願の母親となった。

双子を出産し、母子共に健康体。

これ以上ない程、完璧なエンディングを見せてくれた。

しかし本来満点であるはずのその幸せに、一点だけ曇りが見受けられる。

 

――何で?

 

本来その幸せな光景を見届けるはずだった、もう一人の主役。

主治医であり、その出産に立ち合う予定であった医師。

彼がいない。何故かいない。どうしていない。

 

――どうしてここに、いないの……?

 

テンドーのその問い掛けに答えるものは……誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

吾郎がこの場にいない。

もちろん連絡はした。

病院からはもちろん、テンドーからも。

 

だが繋がらなかった。

あれ程意気込みを見せていたのに。

命すらも掛けていると言われても不思議がない程の気合だったのに。

 

すぐに様子を見に行きたかった。

だけどそれは許されなかった。

目の前で力を振り絞り、新たな命を産み落とそうとしている少女をおいて行くことは。

推しであろうとなかろうと、それは断じて出来ないことであった。

 

――今は目の前のことに集中しよう。

 

きっと彼が逆の立場なら、そうしたであろうに。

 

――アイとその子どもたちの無事を見届けてから、速攻で確認しにいこう。

 

どのみち、今は深夜だ。

月明かりしか頼りにならない状況下だ。

地の利がない自分では、彼の家を見つけられないかもしれない。

 

――アイとその子どもたちが、無事出産を終えられますように!

――彼が無事でいますように!

 

目を瞑り、ただ祈ることしか出来ない。

自分は無力だ。

かつて最愛の妹を救うことが出来なかった、不甲斐ない兄。

 

だけど祈る。

祈り続ける。

結局自分には、それしか出来ないのだから。

 

「え……っ?流れ星……?」

 

瞑った瞼を押し上げると、窓の外の光景は変わっていた。

ちょうど綺麗な流れ星が、眼前を横切る瞬間であった。

それも二条という……普通なら有り得ない光景で。

 

――何かの前触れ、なのかな?

 

その青白い奇跡は、まるで人魂のようにも見えた。

二つの魂が何処かへ墜ちていく。

そんな想像が脳裏に過るような光景でもあった。

 

そしてその軌跡が地平線に吸い込まれたと同時に、部屋の中から新たな音が聞こえてきた。

 

――ぉぎゃぁ!!

 

一つ。

そして……

 

――ぉぎゃぁ!!!

 

二つ。

産声が響き渡った。

それは廊下で待っているテンドーの耳にも聞こえる、確かな大きさで。

 

――おめでとうございます!元気な双子ですよ!お母さん、がんばりましたね!

 

助産師の声も聞こえてきた。

流石に本当の家族でない上に、パートナーでもないから出産の立ち合いはしない。

だから実際に赤ん坊を見ることが出来るのはもう少しあとの話。

 

だけど嬉しい。

純粋に嬉しい。

これまでアイと吾郎が二人三脚で頑張ってきた成果が実ったのだ。

嬉しくない訳がない。

 

ともかく。

一休みしてみんなの顔を見たら、彼の家に行ってみよう。

ただ疲労が溜まって寝落ちしてる、とかなら良いのだが。

その場合は盛大にからかって、その上でお疲れ様と言ってやれば良い。

 

だけど……そうでなかったら?

 

分からない。

想定出来ない。

考えることすら出来ない。

 

想定を超える事態が待ち受けていた場合。

自分は一体どうすれば良いのだろうか……?

テンドーは思考を纏めることが出来ないでいた。

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

アイの出産から丸二日が経過した。

出産直後から少し身体の調子も戻り、今日から動き回っても問題ない状態まで回復した。

同時に、その病室には双子の赤ん坊のベッドも用意されていた。

 

「……小さいなぁ。でも二人とも血色良いし、元気がありそうで何よりだね」

「うん。二人とも小顔の美人さんで生まれてくれたから、帝王切開しないで済んだんだよ」

 

いやぁ、親孝行だねー?

そう続けるアイ。

彼女の当初の想定、という名の希望通りに事は進んだ。

運すらも、その運命すらも彼女の思うがままなのか。

そんな風に思えてしまう位、彼女の思惑通りであった。

 

――本当に小さい。

 

最後に赤ん坊を抱いたのは、いつのことだったか。

ああ。さりなが赤ん坊だった頃か。

つまりもう、16年も前のことだったのか。

 

妹と同い年の子が、こうして母親になっている。

感慨深いような。

一般的にはまだはやいから、実感がわかずに困惑しているような。

何とも言えない気分であった。

 

「もう、名前は決めているの……?」

「うん。もう二人とも決めてあるんだ……」

 

その後聞いた双子の名前に耳を疑ったが、これも彼女の愛のカタチなのだと思い直した。

元々出産前からお腹を撫でる様子や、その中にいるであろう子どもたちに語り掛ける様子。

それらを見て本人に自覚はないが、そこに愛があることを感じ取っていたから。

 

若くてもそのお腹で十月も子どもを育ててきたのだ。

もう、すっかり母親の顔をしている。

自分で産んでいない父親と比べて、母親は子どもを産む前から母親になっている。

そこに差が生じるのは当然とも言えることだった。

……だからこそ、真の意味で父親になるということは難しいと言われているのだろう。

 

「(彼女のお相手については、考えても仕方ないよね……)」

 

本来この場には、自分などではなく彼女の相手がいるのが相応しい。

だがその存在はここにはいない。

というより、彼女から話を聞いたことすらない。

 

だから何かあるのだろう。

そしてその【何か】を聞くことはしない。

してはいけない。

 

彼女が一人で産む選択をしたのだ。

自分たちはそれを全力で応援するのみ。

それ以外のことは考えなくて良いのだ。

 

「本当はね?雨宮センセにも一緒に考えてもらおうと思ってたんだけどねー」

 

今この場に居ない人物について、二人は思いを馳せる。

 

――きっと小児科で色んな子を見てきたんだから、良い名前を知ってそうなのにね?

 

そう言った彼女が声が、やけに遠く感じた。

それは、未だに信じることが出来ないから。

この場に彼がいないことが信じられなかったからであった。

 

『(どこに、行っちゃったんだろう……?)』

 

言葉には出ない。

だが確かに重なった、その胸中。

テンドーとアイの心の声が、シンクロした瞬間だった。

 

アイの出産を見届けてから、日が昇ったのを待って天童寺は吾郎の家に出発した。

しかしそこでは何も得られず。

ただ彼が居ないことだけがハッキリしたのであった。

 

思案してしまう。もっと自分が遅くまで彼の家に滞在していたら、と。

勘繰ってしまう。彼は何かの事件に巻き込まれたのではないか、と。

後悔している。もし自分が彼の代わりになれていたら、と。

 

まだ事件に巻き込まれたとは限らない。

もし巻き込まれたとしても、頭の良さを活かして機転を利かせているかもしれない。

あんまりあって欲しくないけど、女性関係で逃亡したのかもしれ――ないとは思いたくないけれど。

 

――自分って、雨宮先生について知らないことが多いんだな。

 

戦友のつもりだったが、さりなとアイのことを除くと、驚く程彼のことを知らないことがと分かった。

それで何が戦友だ。さりな(アイ)推しだ。

 

それに自分だって、彼に言っていないことが多かった。

別に隠していた訳ではない。

ただいつも別の話題をしていたので、言うタイミングがなかっただけだ。

それだけだ。

そう、それだけの話なのだ。

 

「(もっと他の話とかを聞いていれば、今回のことも分かったのかな……?)」

 

覆水盆に返らず。

後悔先に立たず。

 

「(捜索願いを出せないのが痛いなぁ……)」

 

捜索願いを出せるのは、親しい関係の人間のみ。

具体的に言うのなら、家族・親族・配偶者・後継人・監護者・同居人・恋人・雇用主だ。

そのどれにもカテゴライズされない自分は、為す術もなかった。

 

「(東京に帰ったら、興信所に依頼でもするか)」

 

少しでも手掛かりが欲しい。

妹が恋した男であり、戦友だと思っている存在だから。

例えその先に何が待っていても。

それでも知らなければならない。

テンドーはそう決意を新たにした。

 

 

 

 

 

 

 

――落ち込んでる。

 

 

明らかに目の前の美少女モドキは落ち込んでいた。

表面上はそうは見えない。

自分の出産について誰よりも喜んでくれている。

有難いことだ。

だけどその一方で。

 

「(う~ん。分かっちゃうんだよねー?)」

 

その裏に隠されたものは悲しみと困惑。

友だちが急に連絡が取れなくなり、消失したのだ。

例外を除けば、誰だって落ち込むというもの。

 

だけど言えない。

それはそう。

目の前には出産を終えたばかりの少女と、双子の赤ん坊がいるのだ。

 

その存在たちに動揺を与えてはいけない。

だからこそ言えない。

それ故に一人で苦しむしかない。

 

でもそれは無駄な試み。

だって少女には――双子の母親になったアイドルには、その優しさ()は通じないから。

嘘が得意な彼女には、上手く隠したつもりでもバレバレなのだから。

 

「(……どうしたら良いかな?)」

 

少女は人生経験が豊富な訳ではない。

そして仮にも目の前の美少女モドキは成人済みだ。

生きてきた人生の長さにおいても、向こうの方が上だった。

 

――ぉぎゃぁ、ぉぎゃぁ!

 

そうこうしているうちに、赤ん坊が泣き始めた。

今自分は、もう一人の授乳をしていて手が離せない。

どうしたものか。

看護師さんに言って手伝ってもらうか。

そんなことを考えていたら、目の前でニュッと伸びる手があった。

 

「おー、よしよし!元気だねー?おむつかなー?」

 

やや拙い。だが昔やったことを思い出しながらやっているような手付きで、自分よりも上手におむつを替えていた。

すごい。純粋にすごいと思うのだけど……。

 

「(何かムカつく)」

 

何と言えば良いのか。

トンビに油揚げを搔っ攫われたような。

自分よりも母親している。絵になっているのがムカつくような。

 

――このままベビーシッターにしてしまえば良いのではないか?

 

そんな考えが過ってしまったのも、この美少女モドキが悪いのだ。

まるで絵画のようだ。聖母か。シスターか。

だが男だ。

 

「何か、すっごく慣れてる感じだね?」

「うん、まぁね?さりなが――妹が赤ん坊の頃は、結構お世話したからね……」

 

何か眼下で母乳を飲んでいる我が子が、ビクッてした気がする。

ちなみに今おむつを替えられているのが男の子の方で、手元にいるのが女の子。

男女ともに美形赤ちゃんであった。自分に百点満点をあげたいくらいである。

 

「(うーん。何ていうか、子どもたちのお世話している時は暗い顔してないんだよねー)」

 

それは忙殺されるからか。

それともその瞬間だけは、負の感情から解放されるからか。

どちらにせよ、良い方向であることだけは間違いなかった。

 

「(そういえば、社長は次の家探しが難航しているって言ってたよね……?)」

 

頭の中で算盤を弾き出す。

少女は頭の良い方ではない。

だが直観力が高く、そして計算高い。

この計算高いというのは机上の計算力ではなく、生に直結する為の計算力だ。

 

アイドルとして、そしてアイドルになる前の壮絶な経験から弾き出された結果。

それは――。

 

「ねぇ、テンドーせんせ?」

「ん?どうかしたー?」

 

幸せそうな顔をした美少女(モドキ)が、赤ん坊を抱えたままゆっくりとこちらを向く。

 

「テンドーせんせの家って、どんなところ?」

「どうしたの、急に……?」

「実は佐藤社長が、私たちの新しい家を探してるんだけど、見つからないらしくてね?」

 

特にセキュリティが条件を満たさない物件が多い、と。

その為に家探しが難航しているのだ。

もっと言えば、元々候補にしていた物件が、タッチの差で別の人間の手に渡ってしまった。

それで計算が狂ってしまったという背景もあったのである。

 

「斎藤社長ね?それで……?」

 

アイの発言に訂正を入れつつ、先を促す聖母モドキ。

 

「先生なら、セキュリティのしっかりしたマンションとかに住んでるのかなーって?」

「あぁ。参考にしたいのね」

 

すれ違った。

この時確かに、二人の意志はすれ違った。

だがそのすれ違いこそ、少女の意図したものである。

だからこれで良い。少女は少女モドキの勘違いを訂正しなかった。

 

「そうだね。確かにウチは、セキュリティがしっかりとしたマンションだよ」

 

――ニヤリ。

 

この時テンドーからは赤ん坊が影になって見えなかったが、確かに少女は笑っていた。

そしてそれを目の前で見た赤ん坊は、その美しくも迫力のある笑みに、狩猟者(ハンター)の面影を見ていた。

 

「少し前まで、アシスタントの女の子が居たからね。その子の為にも、セキュリティはしっかりしたところにしたんだ」

「へー。アシスタントの、女、の、子、がいたんだー?」

 

その変化を見落とさない。

双子の赤ん坊は、母親のその変化を見落とさなかった。

だが肝心の本人は。

本人とその言葉を向けられた美少女モドキは、その変化に気が付かなかった。

 

「うん。住み込みだったからねー」

「へー、そうなんだー」

 

おかしい。部屋の空気が冷たい。

室温が下がったような気がする。

双子はその変化を感じ取っていた。

そしてその他の二人は、相変わらずその変化に気付かないでいた。

 

「もっとも、それも数か月前のことだからねー。今はもういないんだ……」

「ふーん?じゃあ今は、部屋が余ってるんだねー」

 

実はここで、二人の認識にズレが生じていた。

アイが思い描く部屋とは、一つの物件の中の一部屋のことである。

そして売れっ子漫画家テンドーが考える一部屋とは、一つの物件そのものを差していた。

 

「あ、そうだ!もし家が見つからないなら、ウチに来る?部屋が余ってるから、次が決まるまで居ても良いよ?」

 

渡りに船。

カモがネギ背負って来た。

ごちそうさまです。

 

そんな副音声が聞こえてきそうな位、少女にとっては理想的な展開だった。

 

「え?良いの!?それ、すごく助かるんだけど……!?」

 

あたかも思考の外にあって、驚いたかのように。

だけどその実、全てが計算通りに。

女の子は皆アイドルであり、そして女優でもあるのだ。

額面通りに受け取ってはいけない。

ダメ、ゼッタイ。

 

「うん、全然OKだよ。じゃあ、僕から斎藤社長には言っておくよ。物件探し、止めないといけないだろうしね?」

「本当!?ありがとう!!」

 

少女は歓喜し、そして双子は母の美しすぎる笑顔に何かを感じ――おむつの交換が必要となった。

それは生存本能の為せる業か。それともナニカからの逃亡か。

とにもかくにも、一晩経って目覚めた双子の記憶からは、綺麗さっぱりと消え失せていた。

 

――計算通りぃ

 

またもや、どこからか副音声が聞こえた気がする。

だが忘れてはいけない。

その少女の思惑とは裏腹に、少女モドキの家は構成が異なっていたのを。

だから少女が気が付いたのは。

荷物を全て運び入れた後であったということを。

 

「一部屋って、そういうことぉ――――!?」

 

セキュリティのしっかりとした部屋が見つかり、ホクホク顔の社長。

初めて見る豪勢なマンションに、目を丸くする双子。

そして思惑が外れて、絶叫する母親。

 

それを後ろから良いことしたなー、と平和に見つめる美少女モドキの姿がそこにはあったとさ。

 

 

 

 

 

 




感想、お気に入り登録、評価、誤字報告頂き、ありがとうございます!
とても励みになります!


頂いた感想を見て、
「あれ?テンドーってヒロインだっけ?」と錯覚。
→自分で読み返してみて、「確かにヒロインかも……」と納得してしまいました(洗脳済み)。

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