「星野アイ。私の好きなアイドルです」 Alternative   作:アンチメシア

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序章 私が推しの光に焦がされるまで②

姿を遮蔽し、ステージの中空に浮くという地上の客席では見られない特等席の位置でその外星人───メフィラスはライトで輝くライブステージを見下ろしていた。

まだデビューしたてで間もないのだろうか───数ある会場の中でも最も子規模な部類に入るが、それでも地下で細々とで行われているとされるミニライブと比べれば雲泥の差であろう。

 

メンバーが一人一人、跳ねるようにステージへと飛び出してくる。

集まった観客たち───ファンが歓声を持って彼女たちを迎える。

そして、最後の一人、赤のステージ衣装とこの星の小動物───兎のヘアピンをした麗しい少女がメンバーの中心に合流してステージの中央に位置するセンターに立つと歓声が一際大きくなる。

 

「ふむ……」

 

この星は勿論の事どの外星人の歴史の上に存在する祭事───偶像崇拝。

古来より、祖霊・精霊・悪魔・そして神───古来より原初の知的生物は自身の理解が及ばない事象に形と物語を想像して与えることで、畏怖して崇拝することで宗教というシステムも構築してそれまで不安定だった原初の知的生物の群れをより効率的に纏め、倫理と自律を促すことで秩序を形成することで、知性を磨く為の余裕を作り上げてきた。

それにより、他生物よりも高度な集団としての連携・連帯を構築をすることで他生物駆逐あるいは支配し、その星の頂点に君臨する霊長類の座へと押し上げる。

 

それがやがて文化を形成し、やがて一つの文明を形成し、その知的生物は融和と闘争を繰り返しながらその母星の中で進化を遂げていくのはどの種族も通ってきた道筋だ。

 

しがし、偶像は時に人を盲目にする一種の麻薬としての側面を持つ。

この星で起こった異端審問や魔女狩りを始め、愚行に発展した例を挙げればキリがない程に。

神や悪魔と言った偶像は信じて崇めるのは構わないが、縋ってしまえばそれはやがて自らの衰亡へと繋がり、やがて道を踏み外して破滅へと導かれることになる。

何故なら、偶像の本質は人々にとって都合のいい『嘘』という情報なのだから。

 

科学という概念を確立できてもいなかった時代を生きざるを得なかった者達はこの世界の不条理に耐え忍ぶ為の心の安定を保つのに偶像崇拝という『嘘』は必要であっただろう。

しかし、現在の科学が発達し、その気になればこの惑星を周る衛星にも辿り着ける知恵と力と真実を見抜く豊富な知識を得る術も身に付けているにもかかわらず、目先の都合のいい理想的な偶像に縋る人間たちの姿を見てメフィラスは失笑する。

 

「現実逃避───私が苦手な言葉です」

 

これまでの幾多の途上種族の文化を見てきたが、偶像が己の理想にそぐわない一面があることが分かると、それまで進行してきた者たちは躊躇なく手のひらを反すか、あるいは目を背けて都合が悪い現実を塗りつぶして真実を直視しない。

 

生体内蔵情報端末からB小町メンバーの情報を収集すると中にはファンが直視できないであろう醜い一面や後ろ暗い過去など出てくる出てくる。

ファンたちはアイドルが清廉潔白で自分の理想を体現してくれる人形像として投影しているが、初戦はアイドルも自分たちと同じ取るに足らない人間過ぎないという事実をなかったことのようにして目を閉ざしている。

酷いものとなると糞尿を垂らすなど生物である以上必要不可欠な生理現象があることにすら想像性を向けようとせず、空想上の神や天使のような存在として見ておらず、同じ人間として見ようとしない。

 

「これでは、例え数千年の月日を費やしてもこの星の人々は種としての停滞から脱するのは難しいでしょうね」

 

自分たちの種族は光の星の種族ほどではないとはいえ、早い段階で同族同士の争いを克服し、現在の情報生命体への進化への道筋を歩み、現在は数多の外星人の中でも有力な地位を確立している。

 

『嘘』を崇めなくては生きていけないような弱さは既に自分たちにはもう必要ないものとして置いていったものだ。

 

「噓も方便───否定まではしませんが、これも私が苦手な言葉ですね」

 

嘘で塗り固められた目下の光景は自分達には失われてしまったものだが、何故か気が惹かれるものがあった。

 

メフィラスの感覚器が素粒子のミューオンに乗ったステージの中央に立つ少女の感情の情報を捉えたのである。

 

「この感情は一体?」

他のメンバーたちのものは一見どれだけ奇麗に明るく振る舞っていても、ミューオンを通して内に秘めた暗い感情を明確にキャッチするメフィラスには『嘘』は通用しない。

会場のファンたちのミューオンを捉えるまでもなく、その暗い感情の源───嫉妬だ。

 

無理もない、客席のファン達が手に持つサイリウムの大半が赤、その赤い光が振るわれるとともに呼ばれているその名は───

 

「星野アイ」

 

そう、この場にいる大半の人間の目は彼女に向いている。呼ばれているのも殆どが彼女の名前で、他のメンバーの名前を呼ぶ声も絶無ではないが、そのメンバーをそれぞれ推すファンの人数を合計しても、彼女の名を呼ぶファンとの格差は圧倒的だ。

 

今は然程深くはないようだが、所詮は感情を制御するノウハウをまだろくに構築できていない子供───未成熟な個体だ。

まだ社会の闇を知ることのないまま、周囲の注目を集める舞台に立っているのだ、それも向こうからスカウトされる形で光に照らされた非日常を味わうことで一種の選民意識も芽生えていることから、少女たちのプライドは他の同年代のそれと比べても高まっている。

 

そんな自分に絶対の自信を持っている子供が自分を中心に物事が回ろうとしないばかりか、目の前のただ一人の少女に全てを持っていかれる現実に憤りを募らせているのだろう。

このままでは後半年から1年程でその感情は溜め込まれ、醜く爆発する。

 

「そうなった時、この少女の発する興味深いその感情にどういう変化をもたらすのか」

 

他のメンバーの分析を終えると、中央で歌う少女にメフィラスは意識を戻す。

 

その少女が、歌に載せて流してくるその感情をミューオンを介して情報化して受け取るとメフィラスは現在の地球人ではどんな天才であろうと及ばない頭脳を以て解析を始める。

 

(歌唱技術は本職のシンガーの基準からすればやや平均レベル。トップクラスのシンガーには及ぶべくもない。しかし───)

 

歌唱力自体はそれほどでもないのに、冷静なはずの自分がワクワクと心焦がすような何万年と生きてきて味わったことのない不思議な感情だった。

 

例えて説明するなら、我が種族が地球人と同様の通常物質で肉体を構成していた進化前の時代、互いの遺伝子を認め合い、互いの遺伝子で複製することを許しあった者たちだけが感じることができたという───確かその感情の名は『愛』と。

 

「古典的な情動ですね」

 

意識体として通常の肉体と決別したことで、遺伝子に依存した繁殖手段の必要のない完成された生命体へと進化していた自分達には無用な情動だ。

なのに、なぜ自分の精神はこう揺さぶられる?

メフィラスは星野アイのデータを記憶領域を司る器官から読み出し、生体内蔵情報端末を用いて分析に掛ける。

それによると、経歴を見る限り、彼女の生い立ちは理不尽なものだった。

生み親からは『愛』を最後まで注がれることなく、虐げられた果てに放置され、養護施設に預けれた後も、彼女と深い繋がりを持とうとする人間はいなかったという。

そのような温もりを知らないものが、なぜ『愛』などという古典的な感情を語った歌など歌える?

 

「理論的には不可能なことですね。これは興味深い」

 

自分たちが捨て去ったはずの古い感情が、高度に進化した情報生命体の心を動かす。

これはあの光の星の種族も、例のあの種族も持ち得ないものに違いない。

 

「マルチバースにおける悠久の時の流れを生きる私のような存在にとっては、退屈しのぎのいい寄り道になってくれそうです」

 

どうやら、疲れを癒す程度の期待はできそうだとメフィラスはほくそ笑む。

 

ちょうどその頃、ライブがクラマックスを迎え、客席の赤い輝きを振るうファンたちに星野アイが手を振るう。

 

そんな彼女の後から客席めがけて手を振るう他のメンバーたちのミューオンの表面に乗る情報に混ざる負の感情をメフィラスは見逃さない。

 

「予測では1年もしないうちに、B小町の亀裂が表面化するでしょう。その時が来るまで、観測に必要な身分を手に入れるとしましょう」

 

そう言うと、メフィラスは宙を舞い、会場から静かながら人の目では負えない速さで遠ざかっていく。

遮蔽効果によって、この星の人類には未だに認識されることのないまま、後に一番星に例えられる偶像(アイドル)に知的好奇心を抱いて一人の外星人が行動を開始する。

 

やがて、メフィラスの予測した通りに半年後にB小町に異変が起こるのだが、それがまさかこの地球の社会を揺るがす一大事件に発展に繋がることまでは、彼の明晰な頭脳を以てしてもこの時は予測しえなかった。

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