「星野アイ。私の好きなアイドルです」 Alternative 作:アンチメシア
メフィラスが一番星に例えられる偶像に興味を示していた頃、二つの光が無明の闇を走っていた。
流星ではない、その速さは光を遥かに凌ぎ、人類では観測も認知も不可能な程の超高速度だ。
先端を走るのは、青い輝く発光体……さらにその後を追う形で赤い発光体が走っている。
性質は違えどその二つの光の球体が放っているエネルギーは膨大なものだった。
宇宙の闇を時空間ごと引き裂いてしまう程のスピードで、それらは一つの恒星系に向かっている。
青い発光体は目標を定め、その恒星系の自身の光の色と同じくする蒼き惑星に目を付ける。
赤い発光体はそれを見逃がさず、追跡を続ける。
青い発光体は自らを追う赤い発光体を迎え撃つべく、小さな青い光球を幾つも生み出して赤い発光体目がけて放つ。
追跡にエネルギーを用いていた赤い発光体は、自身に迫る攻撃の迎撃を余儀なくされ、やむなく移動速度を亜光速レベルに減速し、エネルギーのリソースを割いて白い光線を放って向かい来る多くの青い光の玉を撃墜していく。
しかし、それでも数個ほど迎撃をかいくぐった青い光球が赤い発光体に命中して、赤く輝いていた光を青く染め上げていく。
しかし、青い発光体もつい先程の生み出した光球の数だけその大きさを小さくしていった。
消耗という意味では赤い発光体よりも大きいようで、青い発光体は輝きも大きさも小さくなっていき、光速を超えていた速度も遅くなっていく。
それでも、青い発光体は青い惑星目がけて最後の力を振り絞るがの如く、残ったエネルギーを爆発させ、その勢いと共に青い惑星に落ちていく。
赤い発光体は自らを飲み込まんとしていた青い呪縛を振り払わんとエネルギーを集中するとまるで恒星が死する際に放つ超新星の輝きに等しい爆発を起こすと共に、己を染め上げようとしていた青は消滅し、元の赤い輝きを取り戻してみせた。
だが、青い発光体がそうであったように赤い発光体も今ので大きく消耗したようで、追跡を再開するも先程のような超光速のスピードは出せていない。
せいぜい亜光速に届くか否かのスピードだ。
しかし、既に青い発光体は青い惑星目がけて落ちようとしている。
それをこのまま逃がすわけにはいかないと赤い発光体も、青い惑星に向けて止まることなく追いすがっていった。
宮崎県・高千穂町
日本神話において、初代天皇こと神武天皇の曾祖父となる瓊瓊杵尊が降り立ったとされる天孫降臨の地とされ、高天原を統べる太陽神・天照大神が籠ったとされる天岩戸が存在する神との縁が深く、観光名所として現在も全国より参拝客が訪れることの多い街だ。
その街中の病院の一室でニット帽を被ったパジャマの少女が両手で赤いサイリウムを器用に振り回しながら古いブラウン管式のテレビに向かって、一心不乱に叫ぶ少女とそれを見守る白衣を身に纏い整いの良い顔立ちに細いセルフレームの眼鏡を掛けた一人の男がいた。
「このオレンジの服を着てるのがめいめい!ダンスが良いの!」
「ふーん」
「それでこっちの紫の服を着ているのがありぴゃんで、黄色の服を着ているのがきゅんぱん」
「ふーん」
白衣の男───この病院に研修生として勤める産婦人科医の雨宮吾郎は興味のなさげな返事と共に相槌を打つ。
「けど、やっぱ私の推しは───アイ一択でしょ!!」
赤を基調とした衣装を纏った黒髪のロングヘアーの麗しい少女が画面に映ると、彼女は思わず鼻息を荒くして熱弁する。
「私と同い年なのにスタイルとルックスがもう大人っぽくて、何より顔が良い!生まれ変わったらこの顔が良い……」
「何が生まれ変わりだよ、馬鹿なこと言ってんなよ、さりなちゃん」
彼女の名は天童寺さりな。退形成性星細胞腫という神経膠腫の一種を患って以来、闘病生活を送ってきた少女だ。
吾郎との馴れ初めは、仕事のサボ……休憩がてらに彼女の病室を訪れたことが切っ掛けだ。
傍から見て、難病を患っているにもかかわらずテレビに映る美少女たち───アイドルの姿を見て元気よく歓声をあげる少女の姿に興味を惹かれ、思わず話しかけて以来、こうして時折、彼女の話し相手を務めるようになっている。
吾郎は母が未婚で父親が誰かも語ることのないまま、両親に内密に妊娠し、命と引き換えに産み落とす形で雨宮吾郎はこの世に生を受けた。
そのまま父親の素性が分からないまま祖父母に育てられ、自分が母の命と引き換えに生まれたせいか、家族仲は微妙であり、特に祖父との関係は虐待などはなかったものの互いに距離を置いていた。
こうした寂しい家庭環境からか、吾郎は周囲の人間に合わせる生き方を選んできた。
当初は、母のような命の危機に陥った人を救えればと外科医を志そうと考えたこともあったが、結局産科医を選んだ。それは自分が母を生贄にするような形で生を受けたことへの罪悪感と一人娘を理不尽に失ってしまった祖父母に少しでも報いられるのならという理由からだった。
こうした父性と母性といった親の温もりを知らず、主体性に乏しい人生を送ってきたせいか、空虚感を常に胸の内に抱えて生きてきた。
さりなの話し相手を務めてきたのも彼女に寄り添うことでそんな空虚感を少しでも紛らわせるかも思ったのかもしれない。
その際に知ったことだが、彼女は両親から見限られた境遇だった。当初は滅多にないとはいえ、極稀に時間を作っては訪れていたようだが、病名が判明して治る見込みが少ないと分かってからはさりなを直接見舞うことがなくなってしまったのだという。
状を打を集めて聞いたところによると、さりなの両親はあの日本の政財界を牛耳るとされる4大財閥の一角とされる四宮財閥に属する優良企業の幹部として働いているらしく、その社会的地位の高さ故にかなりの激務なのは本当らしい。
治る見込みがないと知ってもなお高い治療費を支払い続けている以上、娘への情や興味を完全に失っているわけではないようだが、娘とまともに向き合おうとせず自分の世界に逃げ込んでしまっている時点で親として失格と言わざるを得ないだろう。
それを思うと、自分の祖父母はまだマシだったということを吾郎は始めて知ることができた気がする。
しかし、残念ながらさりなが吾郎にそれを気づかせてくれた時には既に祖父母はこの世を去った後であり、今なら本心から向き合えるかもしれないと思った矢先に手遅れだった。
肝心な所で機会を逃してしまう自分の人生に思わず自嘲するも、ならばせめて祖父母への後ろめたさを少しでも払拭してくれたこの少女に可能な限り寄り添っていきたいと吾郎は思いを定め、こうして現在に至っているわけだが……
「夢がないね、せんせ。もし芸能人の子供に生まれていたらって考えたことない?容姿やコネクションを生まれた時から持ち合わせていたらって」
「無い」
「やっぱり夢が無いなぁ」
「悪いね、医者をやってるとどうしても
他人の命運を預かり、患者の生命と向き合い続け、時には残酷な真実を突きつけなければならない仕事柄、どうしても理想という概念からは程遠くなってしまう。
それに───
「さりなちゃんも可愛いじゃん?生まれ変わる必要なんてない、保証してもいい」
お世辞ではない、さりなの顔立ちは画面に映っているアイを始めとする美少女たちと比べても引けを取らないくらい整っている。
病を患うことなく、髪が伸びていれば、その辺の人間の目を引く美しい容姿を誇っていたであろう。
「退院したらアイドルにでもなればいい。そしたら俺が推してやるよ」
「ほんと?せんせ、好き!結婚して!!」
目を輝かせて胸に飛び込んできた少女を「社会的に死にたくないから勘弁」とやんわりと引き離す。
「むー、このモラリストー」
「残念だったな。16歳になったら、まじめに考えてやるよ」
あるいは同年代に出会えていたら、心底から互いに惹かれ合ってたんじゃなかろうか、全く自分の人生の間の悪さは今更であるが、ホントに神様には愛されていないらしい。
心中でそんなありもしない可能性に馳せた思いが一瞬浮かんでは消える。
「……16か」
雪の降りそそぐ、窓の外の景色に目を向けながら、彼女は呟く。
「せんせ、いじわるだね」
「……現実的なプランだろ」
そういう言葉しか口から出てこなかった。
彼女の命は日に日にすり減っていて、その灯は何時消えてもおかしくない。
自分は産婦人科の医者であり、生まれてくる命を取り上げるのが仕事、外科医のようにメスを握って患者を傷や病を治すことはできない。
そもそも現代の医療技術で彼女の病を治す術はなく、せいぜい延命処置を施すことが関の山だ。
だからこそ、どんなに歯がゆくても、悔しくても、叶うはずのない『嘘』の約束を口にすることしか自分にはできない。
母といい、この娘といい、俺はなんでいつも大事な人を自分の手で救うことができないんだ。
「せんせっ!」
「どうしたんだい?」
「窓の外を見て!」
言われるままに、窓を見ると目の前には異常な光景が広がっていた。
既に闇夜に包まれている時間帯だというのに、降り注ぐ雪を始め全てが青く、蒼く、碧く染め上げられている。
「すごっ!奇麗!まるでブルースノーって感じ」
「異常気象か?確かにロマンチックとは言えなくもない光景ではあるけど」
「せんせ、ロマンをぶち壊すような言い方しないでよぉ、もうっ!」
青夜と化した外の景色は、思わず見入ってしまう程までに美しく幻想的ではあるが、吾郎には小さいながらもどことなく、不吉なよう気がしてならなった。
まるで、デカい鬼火を見ているような───
やがてゆっくりと、青に染まっていた景色が黒ずんでいき、元の闇夜に代わっていき、雪景色も本来の白色を取り戻していく。
「いけない!つい見入ちゃって、携帯で写真撮っとくんだった!」
「あ~、そりゃ残ね……」
ザ───ザ───
振り返ってみると、先ほどまでB小町のライブを映していたテレビが砂嵐を映し出している、今のは電波に異常を引き起こしたのか。
「って!?ああああああああ!!B小町のライブのクライマックス!!」
我に抱えったさりな真っ青な顔色でテレビに掴みかからんとする勢いで、振り向いたが、既に彼女の愛する偶像の姿はそこには存在していなかった。
「こりゃとんだアクシデントだな。壊れてなきゃいいけど」
この部屋のテレビがこの有様なら、他の病室も同じことが起きている可能性が高い。
この病室のテレビは外にもろくにでることのできない、さりなにとっては外と繋がれる数少ない娯楽だ。
ましてや、B小町───特にアイの存在は余命いくばくも無い彼女にとって生きる支えとなっているので、壊れてもらっては困る。
それに病院内のテレビは勿論だが、医療機器のモニターにまで故障したとなれば、患者の治療にも支障をきたす大惨事だ。
そうなれば病院もまずは、医療機器の修理や交換に予算が割かれ、テレビを買い替えるのは後回しにされるだろうし、ただでさえ、予算が限られる地方病院となればそれは何時になることやら。
「そんな───私のB小町……」
「大丈夫だよ。さりなちゃん、ダメな時は俺の方から金を出して何とか───」
テレビを弄ろうとした瞬間に、砂嵐は切り替わりニュース映像が映し出される。
先ほどの異常現象のことのようだ。ニュースキャスターの説明によると、先ほどの異常な光景が起きている間、テレビや電話、インターネットを始め電波を用いる通信機器に異常が起き一斉にダウンしたらしい、しかしそれは日本のみあらず世界中で起きていたそうだ。
「ちょっと!それは分かったから、さっきのライブの続きを!!」
「うがーぁ!!」ととても難病に罹っているとは思えない勢いでテレビに食って掛かる少女の姿に思わず苦笑しつつも、
「あー、この分だと今日はもう駄目だと思う。まずどのチャンネルも全部この話題で持ち切りになってるよ」
「え~~っ」
しゅんと、肩を落として落ち込む少女の肩に手を乗せる。
両親からも見放され、未来が限られてきたこの少女にとってアイドルの存在は生を繋ぎとめる希望なのだ。
それだけにそのショックは相当な物だろう……どうにか埋め合わせることができないものだろうか。
「ん~、じゃあ今度俺と一緒に外に出かけるか、近場でもいいなら」
その言葉肩を落としていた、少女が反応する。
「……ほんと、それってデート?」
「さりなちゃんの好きに受け取ってもらって構わないよ。街中だったら、院長も許可を出してくれるだろうし」
あまり特定の患者に入れ込むのは、医者としては良くないので多少小言は食らうだろうが。
「うわぁー!せんせ、大好き!やっぱり今すぐ結婚して!!」
「若い内から社会に斬首されたくないから、ごめんね」
満面の笑みを浮かべる少女にこちらも笑みを返しつつもそう答える。
それでも、俺は彼女が残りの人生を少しでも笑って幸せに過ごしてくれるなら、やれることはどんなことでもやってやろうと思う、この笑顔を守れるのなら、少しはこの仕事にも遣り甲斐ってものがあるもんだ。
しかし、この約束がこの雨宮五郎が紡ぐ物語を大きく変えてしまうことになろうとは、夢にも思わなかった。
そして、この日の青き雪夜を境に、自分たちの住む世界も大きく変わっていくことも。