偽物の仮面と真実のアイ   作:ななち

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ゴールデンウィークを迎え「最近話題になってる推しの子って作品を見るか」と思い立ったのが運の尽き。

アイドルのMVを見ました。不穏な空気に胃がキリキリしました。
アニメ第一話を見ました。情緒が見事に死に、ゴールデンウィーク中ずっと引き摺っていました。
原作を買って読みました。面白かった。続きを今か今かと待ちわびるようになりました。情緒は死んだままです。

そして、その日から脳内でずっとささやく声があるのです。

(|)<「愛です。愛ですよ、ナ〇チ」

脳内の黎明卿が静かになるまで、書き続けてみようと思います。よろしくお願いします。


★1話

 

 

 日差しが強くなり、うだるような暑さが蜃気楼のような揺らぎを見せていた、夏の公園。昼間は親子で遊ぶ姿が見られたが、日が傾き夕暮れ時になると、人影はだんだんと疎らになっていく。

 夕暮れが照らし出す公園、茜色に染まり始めた砂場と遊具。その場所には、二つの小さな人影があった。

 

 一人は少女だった。老朽化が進んでいるのか、キィキィと高く音を軋ませるブランコに座り、時折地面を蹴っては揺らしていた。その度に、紫がかった黒髪のロングヘアが、風に乗るようになびく。夕日に照らされた髪は、キラキラと輝いているように見えた。

 

 一人は少年だった。少女がブランコを揺らす傍らで、錆の目立つ鉄柱に背を預けて、丁寧に装丁された文庫本を、一枚一枚ゆっくりとめくっている。その度に、紙と紙がすれる小気味いい音が、軋む音に混ざって流れていた。

 

 どちらも、小学生か中学生かと言った具合の外見。幼いと形容するには成長しすぎていて、大人と言えるほどの年齢でもない。成長途上の少年少女。その言葉がぴったりと当てはまる二人だった。

 

 

「ねぇ、マナト」

「なんですか、アイさん」

 

 

 少女──"星野アイ"が、少年に視線を向けて呼びかける。だが、少年──"宵谷マナト"の視線は、文庫本に固定されたままだ。それがおざなりに返事をされたように感じられて、アイは少しだけ頬を膨らませる。

 全く、そんな目の滑る文章の羅列の何が良いというのか。目の前に、もっともっと綺麗なものがあるだろうに、と。

 

 

「私、アイドルにスカウトされちゃった」

「ほう。ほうほう」

 

 

 アイが発した言葉は、マナトの興味を引くのには十分だった。文庫本に落としていた視線はいともたやすく浮上し、マナトの浅葱色の瞳の中に、アイの紫紺色の瞳──煌めく星のような瞳が映り込んだ。やっと視線が合った事に満足したのか、アイが微笑む。

 

 

「それは何時のお話ですか?」

「一昨日。抹茶ラテ飲まないかって、餌に釣られて」

「……もう少し警戒した方が良いのではありませんか?」

 

 

 興味津々そうだった表情は、一転して眉をひそめた……一言でいうのならば、心配そうな表情に変わった。スカウト、というのであればそれは間違いなく社会人、大人なわけであって。

 たかだか抹茶ラテに釣られて着いていったというアイに、マナトは苦言を呈した。大丈夫だよ、と返されればそれまでなのだが。

 

 ほぅ、とアイがため息をつく。それは少しだけ後悔の色が滲んでいたように、マナトには見えた。

 

 

「でもね、断っちゃった。中々引き下がってくれなくて、名刺だけ渡されたけど」

「なんと。それはもったいない」

 

 

 それは心底、残念がっている声色だった。同じ施設の子という贔屓目を除いたとしても、マナトから見たアイという少女は、とても魅力的な子だ。

 サラサラと背に流れる麗しい黒髪。整った顔立ち、艶やかな唇。アメジストを夜に溶かし込んだような瞳。その中に輝く、一番星のごとき煌めき。どの角度、どの視点から切り取ったとしても美少女という言葉が似合う。

 

 もったいない、と言われた事が嬉しかったのか、アイの口元が緩む。本人はそれを隠そうとしているのか、少しだけ表情に力が入っていて──でも、それはマナトから見ればバレバレの感情だった。

 

 

「ふーん……マナトは、もったいないって思うんだ」

「当たり前です。アイさんは、とても可愛らしいですから。アイドルになれば──きっと、皆から『愛』される星になれます」

「……愛、かぁ」

 

 

 臆面もなく、ただ真っすぐに。心が感じたそのままを言葉にしている。アイには、マナトの言葉がそう感じられた。少しだけ気恥ずかしくなったのか、視線を逸らしてしまう。

 

 夕暮れが濃くなっていく。茜色が地平線へと吸い込まれて行く西方の空。東方の空から、だんだんと世界が夜の藍色に染められてゆく。

 大地と空の境界線が曖昧になる時間帯。もう、子供は家の中に帰らなければいけない時間だ。

 

 パタン、とマナトが文庫本を閉じる。地面に降ろしていた肩掛けバックの中に、そっと丁寧に文庫本を入れると、ショルダーストラップを肩に掛けて立ち上がる。

 座ってる事もあって、腰ほどに位置しているアイの瞳に目線を合わせると、マナトは緩く微笑んだ。

 

 

「そろそろ帰りましょうか。スタッフさん達も心配します」

「うん」

 

 

 軽やかに、少しだけブランコを跳ね上げてアイは着地する。キィキィ、と鳴った音が夜へ解けていく。

 

 

「ねぇ」

「はい?」

 

 

 アイの声にマナトが振り返る。そこには、軽く両手を広げて何かを待ち受けるように立ったアイがいて。

 一体何をしているのだ、とは思わなかった。これは、それこそいつもの事なのだ。

 

 

「気が変わっちゃった。私、スカウト受けてみる」

「それは……素晴らしいですね。ええ、素晴らしい」

「うん。だから、ね?」

 

 

 茜色が消える。世界が藍色から、夜闇の色に塗り替わっていく。センサーに反応した街灯が、一つ二つと点いてぼんやりとした光で公園を照らしていった。

 

 その中でも、アイの両目に輝く星は、煌めきがぼやけない。燦爛と輝いて、見る者全てを魅了する。

 

 マナトは、抱えたばかりの肩掛けバックを降ろす。アイの星に吸い込まれるように、一歩一歩近づいて。

 

 

 

 

「抱きしめて」

「はい」

 

 

 

 

 言われるがままに、その小さな肩を包み込むように抱きしめる。アイの視覚は、マナトで埋め尽くされて。嗅覚は、マナトの匂いだけ感じ取れるようになって。

 

 

 

 

「もっと強く」

「仰せのままに」

 

 

 

 

 力を籠める。痛くならないように、かといって緩くなりすぎないように。身体の全てが、マナトに包まれているような感覚。聴覚までもが、マナトの声だけしか聞こえなくなる。

 これは調律(チューニング)だ。星野アイという少女を、()()()()()()()()()()()為の、儀式めいた行動。それはアイとマナトが出会った数年前から、幾度となく繰り返した行為だ。

 

 

 最後の仕上げ。音階を、音程を。全てを整えて、アイの中の星を輝かせる一言。

 

 

 

 

「……愛してるって言って」

「はい、『愛』していますよ。アイさん」

 

 

 

 

 夜闇に溶けた言葉。二人の頭上には、目も眩むほどの輝きを放つ一番星が、煌めいていた。

 

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 

 

「うん、だからあの話……受けてみてもいいかなって」

 

 

 児童養護施設。アイとマナトの住居である施設の一階。スタッフに許可を取ったアイが、電話口で小声で話している。

 別に、大声で話すと煩いとかそういうのではなく。聞き耳を立てられるのが嫌だったから、普段よりも抑え気味の声というだけだ。

 

 そんなアイの手元には、一枚の名刺があった。"芸能プロダクション" "株式会社" "苺プロダクション" "代表取締役 斉藤壱護"と自己主張激しく書かれたソレの片隅。直通と書かれた電話番号に、アイは連絡していた。

 

 電話先の男性の声は、弾んでいた。一度は断られたスカウトが成功しそうだ、というのが大きいのだろう。

 そんな声色の男性に対して、少しだけアイは申し訳なくなった。アイドルになる為のスカウトを受ける。それは、マナトに話した通りだったが──タダで受ける気は、アイには無かった。

 

 

「でも、ひとつ条件があるんだ」

 

 

 その言葉に、電話先の男性は「条件?」と怪訝そうな声を出す。クルクルと電話コードをほっそりとした指先で弄りながら、アイは少し笑った。電話先の男性の、期待が高まった瞬間から一気に落とされたであろう声色の変化が、少し面白かったからだ。

 

 

 でも、これだけは譲れない。この条件は、"星野アイ"が"星野アイ"である為に必要だから、押し通さないといけない。

 

 

「電話だと言い辛いから……また会えない? 条件も話したいから……うん、お願いします」

 

 

 そっと受話器を置く。どうにか請けてもらえた、と安堵の息を零すのと同時に──施設の二階から何かが暴れるような音が響いたのを、アイの鋭い聴覚が捉える。ついでに、子供の笑い声と、それを諫めるマナトの声が。

 

 そろそろ静かにしないと、施設のスタッフのお怒り声が響く時間帯だ……なんて考えている間に、予想通り「静かにしなさい」と怒り声が聞こえた。

 懲りないなぁ、と思いながら、アイは階段を駆け上がる。その足取りは、少しだけ弾んでいるように見えた。

 

 

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