偽物の仮面と真実のアイ 作:ななち
家族とは他人同士が出会い、築き上げるものなのですよ。
慈しみあう心が、人を家族たらしめるのです。
愛です。愛ですよ。皆さん。
鍵が挿し込まれて、左に回される。ガチャっていう音がして、ドアが開いていく。
ドアの先にある空間へ、私は真っ先に飛び込んだ。アイドルになっての初ステージとかもそうだけど、こういう新しい場所へ入る時って、ちょっと興奮しちゃう。
まだ誰の手も入ってない、真っ新な空間。マナトが18歳になって借りたばかりの部屋。汚れ一つない玄関で、私は靴を脱いで敷居を跨ぐ。あ、ちゃんと靴は揃えるよ。
フローリングの冷たさが、足の裏から伝わってくる。きっと、ここにはマットとか敷いたりするから、今しか感じられない感触だ。
玄関のドアの方で、しっかりと鍵を掛けた事を確認しているマナトがいる。マナトの新しい家なのに、私が先にあがらせてもらったのは、理由があるんだ。
廊下で立ち止まってる私を見て、マナトが怪訝そうな表情を浮かべる。それがちょっとおかしくて、思わず笑っちゃった。
「えへへ、おかえり!」
マナトが少し驚いた。珍しいなーって思う。
……これから、何度だって言ってあげるのに。
「……はい、ただいまです。アイさん」
憧れていた"家族"の形。その最初の一歩に、やっとたどり着いた気がした。
☆
部屋を借りたからって、すぐに何もかもあるわけじゃない。荷物も運び入れてないから、あるのはせいぜいがシステムキッチンぐらいで、後はなーんにもない。
ある意味、最初しか見られない光景。解放感のあるリビング、家電の一切がないダイニング。ちょっと新鮮で、私は心無しかわくわくしてた。
結局、マナトが借りた部屋は佐藤社長と同じマンションの一室だった。曰く、同じマンションの方が、週刊誌対策にもなって都合が良いんだって。
私にとっても都合が良い。別のマンションとかだったら、通うたびに記者とかを警戒しなきゃいけなかったけど、同じマンションならあんまり気にしなくていいし。
「わ、このシステムキッチン、最新のやつ?」
「ふむ、そのようですね」
ピカピカに磨かれたシステムキッチン。食洗器や浄水器も付いてるし、ガスコンロも内蔵してるタイプだ。
こういうの見ちゃうと、色んな事出来そうで楽しみ。マナトも、色々と触りながらどんな料理を作ろうか考えてるみたいで、「ほうほう……」とか言って、少し興奮してる。こういう時は可愛いって思っちゃうなぁ。
マナトは、料理が好きだ。と、言うより、誰かのために動くのが好きだ。
施設でも、家でも、事務所でも。マナトが誰かのため以外で──自分のために動いてる事なんて、ほとんどなかった。
何もないリビングに足を踏み入れる。大きな窓ガラス越しに差す光がフローリングに反射していて、ここにラグとか敷いて寝っ転がったら気持ちよさそうだなって思う。
……きっとその時は、マナトと私と。新しい"家族"もいたりするのかな。テーブルやソファは大きめのを使って、皆で食卓を囲んで、皆でテレビを見て。そんな幸せな未来が、たくさん私の中で生まれてくる。
……楽しいだろうなぁ。きっと、キラキラしてるんだろうな。
……でも、その未来は私だけじゃ掴めない。君がいないと、私は幸せになれないんだ。
「……ねぇ、マナト」
「……? なんですか?」
振り返る。私とマナトを遮るものは、何もない。伽藍洞の空間の中で、私は君の瞳を見つめる。
……綺麗だなぁ。本当に、綺麗。アクアマリンみたいに、澄んだ蒼の瞳。私は、その瞳に惹かれて、暴かれて──救われてきたんだ。
「私、前に言ったよね。君と"家族"になりたいって」
だから、今度は私の番なんだと思う。
……
「……ええ、そうですね。アイさんが望むなら──」
「──違うんだ」
遮る。私は、今から君を傷付ける。どうしようもないぐらい、心にナイフを突き刺す。
……嫌だなぁ。嫌われちゃったらどうしよう。私、生きていけるかなぁ? アイドルも何もかも辞めて、生きる目標も見失っちゃうかもしれない。
背中に組んだ指先が、震えてるのが分かる。喉はカラカラで、笑顔を取り繕えもしない。君の前だと、私はアイドルの"アイ"じゃなくて、ただの"星野アイ"になっちゃう。
怖い。心臓がきゅぅってする感覚がする。今からでも辞めちゃいなよって、私の中で弱い私が囁いてくる。でも、ダメなんだ。このままじゃ、私は──君に、愛を返せない。
「──────マナトにも、
ああ、言っちゃった。心が冷たくなってく。取返しのつかない事をやってしまったような感覚が襲ってきて、暖かいはずなのに寒い。
マナトは目を見開いてた。今までに見たことないぐらい、動揺してて。心無しか蒼褪めているようにも見える。
「……僕が、望む?」
繰り返される言葉に、私は頷く……仮面が、剥がれかけてる。
ただ愛されるだけなら、今のままでもいい。このままずっと待ってれば、私はきっと愛を理解して、君にホントの愛を伝えられるかもしれない。
でも、それじゃダメなんだ。だって、それは一方的な愛だから。きっと、君は自分から受け取ってくれない。望まれたままに、ただ受け入れて終わるだけ。
そんなの嫌だ。私は欲張りだから、自分だけが満足して終わるなんて出来ない。
「……………………」
マナトが黙ったまま、自分の手の平を見つめる。指先はかすかに震えていて、怯えているように見えた。
……ひっどい女だなぁ、私。私は君に愛を返す準備すら出来てないのに、君を急かしてるんだから。ほんと、最悪だ。罪悪感で死にたくなる。
泣きたい。ごめんねって言って、謝って、無かった事にしたい。でも、それは許しちゃいけない。だって、私が君の仮面を剝がそうとしてるんだから。
どれだけの時間が経ったんだろう。ああもう、おっかしいなぁ。マナトの部屋を見て、どうやって転がりこもうかなーとか考えるだけなら、こんな事になってないのに。
どれもこれも、私が我儘なせいだ。私が欲張りなせいだ。ホントに、バカだ。
「……………………僕は、望まれたモノにしかなれない」
否定の言葉。ああ、ダメだった。足元が崩れていく感覚がする。
「……それでも」
俯いていたマナトが、そう言って、顔をあげた。明らかに憔悴してて、顔色も悪くて、風邪を引いた時みたいに、唇も青紫色になってる。
でも、瞳は輝いていた。視線が私を絡めとって、私の心を縫い留める。ああ、やっぱり。私は、その瞳が──その星みたいな輝きが、好きなんだ。
「…………
いつもの笑顔とは全然違う、引き攣ったような笑み。本来の笑顔を忘れていた人の笑顔。ひどく不格好で、苦しそうで。それでも──私には、輝いて見えた。
……全部の仮面が剥がせたわけじゃないのは分かってる。それでも、嬉しかった。仮面の奥にある、素顔にやっと触れられた気がしたから。
「…………うん」
両手を、少し広げる。マナトが、何も言わなくても近づいて、私を抱きしめてくれる。
痛いぐらい、ぎゅーってされる。いつも、もっと強く抱きしめてって言っても、やってくれないのに。
「……愛してますよ、アイさん」
「……うん。私も──」
喉に言葉が張り付く。全身が鎖で雁字搦めにされたみたいに、動かなくなる。
言いたいのに。抱きしめ返したいのに。私の身体と心は、全然私の言う事を聞いてくれないんだ。
「……ゆっくりで、いいですよ」
「…………うん」
ごめんね。臆病な私で。でも、きっと、いつか──君に愛を返してみせるから。
マナトの指が、私の顎に添えられる。上向きにさせられた私の視線は、マナトの瞳に吸い込まれている。
日が暮れていく。斜陽になった日が、窓ガラス越しに私達を照らしている。薄暗くなった中でも、瞳の中の星は輝いていて。
私は──吸い寄せられるように、唇を重ねた。やっと、素顔の君と、繋がれた気がした。
こういう激重感情書いてると、EGOISTの「All Alone With You」を聴きたくなります。
ちなみにプロットの半分も行ってない模様。どうして。
自分で自分の情緒にギャングウェイしてる感じになってるので、多分次はシリアスが無くなります