偽物の仮面と真実のアイ 作:ななち
じゃあ、血が繋がっていても、心が離れていたらどうなるんだ?
時が過ぎるのはあっという間だ。最近、特にそう感じるようになった――とは言っても、私はまだ16年しか生きていないのだけど。
高校という、ある意味青春の最後のステージに入ったからなのか。それとも、アイドルの仕事が増え始めて、忙しい日々を送っているからなのか。
その辺りを深く考えることはないけど、ひとつだけ確実な事はある。
――私が今日で16歳になる、という事だ。
いわゆる誕生日。生誕を祝う日。その16回目を、私は今日迎える。
小さい頃――お母さんと過ごしていた頃に、誕生日を祝われた事は無かった。もしかしたら、私の記憶にないくらい小さい時には、祝ってくれていたのかもしれないけど。
明確に誕生日を祝ってもらったのは、施設にいた時。マナトが「アイさんの誕生日は何時ですか?」と聞いてきて、答えた時だ。
……誕生日が、4カ月以上も前に過ぎていた事を知ったマナトが、晩御飯のおかずを分けてくれたのが、一番最初。「遅いかもしれませんが、生まれてきてくれて、ありがとうございます」って。あの時は驚いたなぁ。誕生日って祝うものだったんだって初めて知ったから。
マナトは、それから毎年、誕生日の度に祝ってくれた。もちろん、豪勢なパーティをやったとか、ケーキを買ってくれたとかじゃない。施設だったから、そんなに経済的な余裕があったわけでもなかったし。
でも、晩御飯のおかずを増やしてくれたり、手編みのマフラーをくれたり……まぁ、マナトの事だから、施設の子や、なんならスタッフさんの誕生日も祝ってたんだけど……嬉しかったなぁ。誰かに生まれた事を祝ってもらえるのが、嬉しいなんて考えた事もなかった。
社長の家に移ってからは、社長が祝ってくれるようになった。シャンパンは飲めないから、シャンメリーを用意して。マナトが料理を用意して。初めて誕生日のケーキの蝋燭を消した。
……マナトが張り切りすぎちゃって、料理の量が多すぎてケーキ食べきれなかったのは、今じゃ笑い話になるなぁ。頑張りすぎだよ。
だから私は誕生日が好きだ。もちろん、美味しい物が食べられるとか、プレゼントがもらえるかも、っていう現金な面がある事も否定しないけど……誰かに「私は生きていて良かったんだ」って言ってもらえるのが、好きなんだ。
「ふふーんふふふーん」
鼻歌を歌いながら、駅前のショッピングモールの前を進む。一応、簡単に変装っぽく、帽子を付けて、制服の上からパーカーを羽織ってる。社長が「今日は18時以降に帰ってこい」なんてメッセージを送ってくるもんだから、暇潰しがてらウィンドウショッピングを楽しんでいるところだ。
さっきまではマナトと一緒だったけど、先に帰っちゃった。まぁ、いつも「一緒にマンションに入るなよ」って社長に言われてるから、そんなに珍しい事でもないけど。
別に一緒に入っても良いんじゃない? って思うんだけど、社長曰くこれは練習だとか。人の目を気にしとけって事かな。
ショッピングモールの中に入って、気の向くままにブラブラする。服を見てみたりとか、マナトに倣って本屋に行ってみたりとか……十分ぐらいでリタイアしちゃったけど。
甘い匂いに誘われて、ケーキ屋さんに入ったりとか。流石に食べちゃうと晩御飯も入らなくなっちゃうから、冷やかしになっちゃうんだけど。
「あ、これ美味しそう」
店頭に並べてあったケーキをスマートフォンでパシャリ。そのまま"B小町"のグループLINEに投稿する。速攻で既読がついた。
ミネちゃんからは「糖質制限中の私によくこんなもの見せられたわね。覚えておきなさい」って怒りのスタンプ付きのメッセージ。うん、ごめん。
ニノちゃんからは「わー美味しそうー食べたいなー」っていうメッセージ。相変わらず食べるの好きだなぁ。
ナベちゃんからは「ザッハトルテって響きかっこいいよね」っていうメッセージ。何のことかと思ったら、撮ったケーキがザッハトルテだった。そこなんだ、注目するところ。
お買い上げになりますかーって言ってくれた店員さんに謝って、お店を出る。
もうそろそろ帰り始めたら、ちょうどいい時間になるかな――って思って、ショッピングモールを出ようとしたところで。
誰かが、くいっと私の服の袖を引っ張った。なんだろう、って思って袖の先に視線を向けてみると、そこには黒髪の小さな――多分4~5歳ぐらい? の男の子がいて。なぜか、潤んだ眼で私を見つめていた。アメジストみたいな色の眼から、涙がこぼれ落ちそうになってた。
「……おかーさん?」
……私ってそんな大人っぽく見えるかなぁ。大人っぽい顔立ちってよく言われるけど、自分ではそう思った事はないんだけど。
ただ、なんとなくだけどこの子の事情は察した。多分、この子は迷子だ。お母さんと間違われるのは、ちょっと複雑だなぁ。
屈んで、目線を合わせてあげる。このぐらいの子って、自分よりおっきい人ってみーんな巨人に見えるんだよね……。
「んーん、違うよ? ボク、迷子?」
「わかんない……」
まぁ、そうだよねぇ。まだ小さいし、自分が置かれてる状況とか正確に把握なんて出来ないよね。
「お母さん探してるの?」
「うん」
受け答えがしっかりしてる。良い子だなぁ。ちょっと泣きそうだったけど、ちゃんと自分がやりたい事も言ってくれてるし。
そうしたら、迷子センターに届けるのが良いのかな。あんまり経験ないけど、それぐらいなら私でも出来そう。
「じゃあ、お姉ちゃんと、お母さんが見つけやすい場所にいこっか。手繋ぐ?」
「……! うん!」
キラキラした眼で笑った。可愛いなぁ。年下の子とか、同年代ぐらいの子だったら、割と顔覚えやすいんだよね。気を遣わなくていいからかな。
男の子と手を繋ぎ、ゆっくりと歩き出す。ちょっとした冒険みたいで、私は不覚にもわくわくしていた。
☆
「ご協力ありがとうございました!」
「いえいえー」
迷子センターに男の子を連れて行くと、爽やかなお兄さんにお礼を言われた。良い事した後は気分がいいなぁ、うん。
……ちなみに、このお兄さんは"B小町"のファンだったみたいで。最初に「"アイ"ちゃん!?」って驚かれた。サイン書いた方が良いのかな。
「ボク、名前言えるかな?」
「あまはら、だいち。5さいです」
お兄さんの質問に、しっかりとした言葉で返す男の子。立派な子だなぁ。
そのあと、お兄さんが館内放送を流しに行った辺りで、私も帰ろうかなーって思ってたんだけど。
「おねーちゃん……」
「……お母さん来るまで、おしゃべりしよっか!」
あんな寂しそうな顔されちゃったら、流石に「はい、さようならー」ってわけにもいかないや。
男の子のお母さんが来るまでの間、男の子とちょっと駄弁って。お兄さんの手帳にサイン書いてあげたりして。私はアイドルなんだよーって男の子に教えたりして――5分くらいかな。
遠目で、ちょっと慌てた様子の女の人が、迷子センターに向かって走ってるのが見えた。黒髪だし、目の色も一緒。この子のお母さんかなーって思ってたら、男の子が「お母さん」って言って走って行っちゃった。
出会えてよかったねーって、思ってたんだけど。
「ああ、ダイチ! 心配したのよ!」
……あれ?
……女の人の声を聴いて、ちょっと頭痛がした。なんだろう、どっかで、聞き覚えが、あるような、ないような。
そんな私のちょっとした気持ち悪さをよそに、男の子――ダイチ君とお母さんは抱き合って。
「おかーさん、おかーさん!」
「もう、一人でどこかに行っちゃだめよ…………私の
――――ごめんねアイ。
――――貴方の事、ちゃんと愛しているのよ。
……あ。
ああ。
あああああ!
痛い。頭が、痛い。靄がかかってた記憶が、ズキズキって鮮明になっていく。
いっぱい叩かれた。いっぱい、蹴られた。思い出そうと思っても、思い出せなかった"お母さん"の顔。ああ、そうだよ。そうじゃん。
私の、髪も、瞳の色も――――お母さん譲りだったじゃん。
「貴女がダイチを送ってくれたの? ありがとうございます……!」
「ッ、いえ! 無事に会えてよかったです!」
女の人に話しかけられて、咄嗟に笑顔で返す。アイドルとして磨いた笑顔の作り方、声の作り方に、今までで一番感謝したかもしれない。
勘違いかもしれないって、思いたかった。でも、少し記憶にあるお母さんより歳を取ってるかもしれないけど……確かにお母さんだった。顔も、声も、全部一緒。
……いや、もう気付いてる。この人は、私と血が繋がっているって――感じてしまった。
……聞きたい。なんで、迎えに来なかったの、って。でも……目の前で、男の子――ダイチ君に慈しむような眼を向けている"お母さん"は、もう、幸せそうで。私の事なんか、すっかり忘れてしまったみたいに、幸せそうで。
吐き気がした。内臓が全部ひっくり返るような、気持ち悪さ。多分、今の私は笑顔で隠せないぐらいに顔色が悪くなってる。
それに気付いたのか、"お母さん"が、心配そうな表情でこっちを見てきて。
「あら……貴女、大丈夫? 顔色が――」
「――大丈夫です! ごめんなさい、私用事があるので行かなきゃ! ……良かったね、ダイチ君! お母さん見つかって!」
「うん!」
やめて。そんな表情で私を見ないで。"お母さん"、私をそんな表情で見た事なかったじゃん。
帽子を目深に被って、逃げる。後ろから呼び止める声を無視して、一目散に逃げて、見つからないようにトイレの個室に逃げ込んだ。
「……う、ええっ!! げほっ、げほっ!!」
なんで、そんなに幸せそうなの。私の事、本当に愛していなかったの? 考えれば考えるほど、気持ち悪さが湧き出てくる。
「げ、ほっ……はぁ……はぁ……」
きっと、アイドルとして絶対見られちゃいけない顔になってる。涙でメイクはボロボロだし、げっそりしてるのが鏡を見なくてもわかる。
いやだ。いやだ。寒いよ。寒い。心が、冷たい。
……マナトに会いたい。会いたい。
――――私を、愛して。
最近、黎明卿のボイス集を聞きながら寝てます。