偽物の仮面と真実のアイ   作:ななち

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お待たせしました! 精神安定剤です!

(|)<「実に興味深い……」


★16話

 

 アイが斉藤家に帰宅したのは、19時を回る直前だった。

 斉藤家のリビングでは、すでにアイの誕生日祝いのための準備が整っており、あとは主役を待つだけの状態だ。

 その準備もあって「18時以降に帰ってこい」とメッセージを送った壱護も、流石に遅すぎないかと心配になっていた所で、ガチャリと扉が開く音と、ちょっと慌て気味の足音が聞こえてくる。

 

 

「ただいま! ごめん、遅くなっちゃった!」

 

 

 そう言いながらリビングに入ってきたアイは、確かに慌てていたようで少し息が荒い。走ってきていたのか、少し額に浮かんだ汗がリビングの照明の光に反射した。

 

 

「遅かったな。何やってたんだ?」

「んーと、ショッピングしてたら迷子の男の子拾って、迷子センターに届けてた」

 

 

 明瞭と返ってきた答えに、そりゃ仕方ねぇなと壱護は頷く。危ない事やトラブルに巻き込まれていた訳ではないと知って、内心ホッとしていた。

 

 

「ホントはすぐ帰ってくるつもりだったんだけどさ、迷子センターのお兄さんが"B小町"のファンだっていうし、男の子も寂しそうにしてたからさー。

 お母さん来るまで付き合っちゃったよ。あ、マナト! 今日のご飯何?」

「────ビーフシチューとバケットですよ。デザートにケーキも用意してあります」

 

 

 キッチンで料理の仕込みをしていたマナトがそう返すと、アイも「やった!」と喜ぶ。

 その光景は、何もおかしくない。何もおかしくないのだが。

 

 

 ────…………? 

 

 

 違和感。壱護が感じ取った、息を吐けば吹き飛んでしまいそうなぐらいに小さな、埃程度の感覚。

 アイの様子はいつも通りだ。普段と何ら変わりがない。言動がおかしいとか、実は体調が悪そうだ、とか。そんな事は一切ない。ないはず、なのだが。

 どうにも言語化できない違和感が、壱護の眉を顰めさせる。

 

 

「あ、っていうか私着替えなきゃ。マナト―、家入るからねー!」

「はい、どうぞ」

 

 

 またもや慌ただしく、バタバタと家を出ていくアイ。同じ階層にあるマナトの家に向かったのだろう。住民票に記載されている住所こそ斉藤夫妻の家であるアイだが、私物も含めた実際の居住はマナトの家だ。合鍵もいつの間にか作ってる。

 

 壱護は、どうにも拭えない違和感に、ふとキッチンにいるマナトへ視線を向ける。もし、アイに何かしらの異変があるなら、真っ先に気付くはずだ、と。

 その本人であるマナトは、味見皿にシチューを一口分垂らし、そのまま口に含める。満足のいく出来だったのか、目を細めて頷くマナトを見て、気のせいだったかと、その違和感を捨て去ろうとしたところで。

 

 

「斉藤社長」

 

 

 やけに耳に通るマナトの声に、もう一度壱護がキッチンへ視線を向ける。透き通る蒼の瞳が、壱護に向けられていた。

 

 

「……私に任せてください」

「……なんかあったんだな?」

 

 

 たったの一言。ただそれだけだが、壱護にはマナトが言いたい事が分かった。そして、その言葉が意味する事も。

 壱護が気付くような違和感なのだ。マナトが気付かないはずがない。小さく頷いたマナトに、壱護は少しだけ眉間を抑える。せっかくの誕生日だってのに、と。

 

 そう、今日はアイの誕生日なのだ。そして、アイはその誕生日を楽しみにしている。毎年、彼女は時期が近づくと少しソワソワしたり、浮ついた様子を見せるのだ。

 

 ……アイは噓をつくのが得意だ。それは幼少期の虐待からくるトラウマから身に着けた技能で、本人すらも時にコントロールできてない事がある。

 だが、それと同時に、アイは嘘をつきたくないとも思っている。嘘をつきたくない、でも嘘をつく心身の防衛術が備わっている矛盾した存在。

 そして、その嘘は普段から親しい人間にとっては、見抜く事こそ難しいが、確かな違和感として感じられる事がある。今回はそれだった。

 

 

 ────()()()()()()()。あまりにも普段通りで、自分の誕生日だって事を忘れてるんじゃないか、と思うほどに。

 

 

 

 やっと言語化できた違和感。そして、そこまで分かればアイの思惑もわかる。

 ……自分のせいで、楽しい時間を終わらせたくない。そんなところだろう、と壱護はあたりを付けて──それは、実際にあたっていた。

 いつしか壱護が話していた"誰かを幸せにする嘘"。"優しい嘘"を、実践していた。

 

 

「……あーったく」

 

 

 天井を向いて、ため息をつく。どうしようもない。仮に壱護がその嘘を暴こうとしても、彼女は余計に嘘で自分を固めて身を守ってしまう。そうなれば、最終的に傷つくのはアイ自身だ。

 だから──頼るしかない。唯一、アイが心身ともに委ねられる、そんな存在に。大人としては、クソ情けないと自嘲しながら。

 

 

「……任せた、マナト」

「はい」

 

 

 ガチャリ、と音がする。バタバタと慌ただしく足音が聞こえてくる。

 今は、この嘘に付き合おう。そう決意した壱護が、「16歳の誕生日おめでとう」を言うためのシャンメリーの封を切った。

 

 

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 

 

 誕生日会は、開始こそ遅かったが、つつがなく進んだ。マナトの作ったビーフシチューに舌鼓を打ち。ケーキに立てられた16本の蝋燭を一息で吹き消し。シャンメリーで乾杯し、プレゼントを渡した。

 斉藤夫妻は最新のコスメをプレゼントし、マナトは小さなラピスラズリのネックレスを。それを受け取ったアイは、普段通りに喜んでいた。

 

 その後、誕生日会がお開きになり、簡単な後片付けをしたマナトとアイは、帰路についていた。とは言っても、同じマンションの同階層だ。せいぜい数十メートルほどしか離れていない。

 鍵を開け、扉を開く。先ほどまでの誕生日会での快活さはどこにいったのか、と思うほどに俯いたアイは、無言でマナトの家に入った。それに続いてマナトが家に入り、しっかりと施錠をしたところで。

 

 

 とんっ、と。マナトの背中に軽い衝撃が走った。

 

 

「……アイさん」

「…………」

 

 

 振り返らずともわかる。アイが、マナトの背中に縋りつくように、手を、頭を当てている。

 

 

「……何が、あったんですか?」

「…………」

 

 

 アイは、答えない。だが返答の代わりと言わんばかりに、ぐりぐりと頭を背に押し付けてくる。

 息が震えていた。肩が震えていた。手が震えていた。寒さにこらえるように、アイは震えていた。

 

 

「…………寒いよ」

「…………」

「…………寒い。マナト、寒いよ…………」

 

 

 言葉通りの意味ではないだろう。気温や体温の話などでは決してない。

 

 

 ──心だ。心が、ひたすらに凍てついている。

 

 

 振り返ったマナトが、そっとアイを抱きしめる。マナトの腕の中にすっぽりと納まったアイは、その温かさを享受するように、眼を瞑って心身の全てを預けている。

 アイの胸中に、じんわりと温かさが広がってくる。求めていた優しさ。愛。凍てついた心が溶け出し、穴だらけになっていた感情が満たされていく。

 もっと。もっと欲しい。もっと満たして、もっと愛して。そんな声なき声が、アイから伝わってくるようだった。

 

 だから、マナトはその望みを叶えるために動く。

 

 

「……お風呂、入れますよ。一緒に、入りましょうか」

「……うん」

 

 

 壱護に禁止させられてからは、一度も一緒には入っていなかった。だけど、この家はマナトの家で、誰も彼らを止める人はいない。

 自動給湯装置が、湯舟を作るまでの間。二人は、ソファの上で何をするわけでもなく──ただ、お互いの熱を感じ取れるように。強く、強く──抱きしめあっていた。

 

 




次回、入浴シーン書きます。
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