偽物の仮面と真実のアイ 作:ななち
しばらくイチャイチャがありません。ごめんなさい。
必要だと思ってるから書いてるんですが、イチャイチャ分が欠乏して書いてる側もダメージ食らうのが問題ですね。
黎明卿、解決策は――あ、
"B小町"は中学生メンバーで構成されたアイドルグループである。そして、すでに結成から4年が経とうとしている。
と、なれば中学で留年をかますなどの破天荒な人生を送っていない限り、全員高校生になっているわけで。
成長した彼女たちは、仕事のない日に事務所へ時折集まっては、勉強会という名の女子会を繰り広げることが多々あった。
そんな彼女たちの今日の話題は、これである。
「おかしいわね」
「おかしいね~」
「……おかしい」
ミネ、ニノ、ナベ。三者一様に──ちなみにアイは今日"B小町"とは別に、個人名義で仕事が入っている──纏まる意見。その視線は、自身もタレントなのに事務仕事をしているマナトへと向かれていた。はてさて、マナトの何がおかしいのか、といえば。
「「「マナトさんとアイちゃんの距離感がおかしい」」」
……それは、例えば。「あの二人距離感近すぎな~い?」とか「恋人の距離感だよね~」とかの、距離の近さを指摘したものではなく、逆だった。
マナトとアイが、余所余所しい。事務所に一緒にいる時はだいたい隣にいるような距離感の二人が、ここ数週間ほどピッタリ引っ付いていないのだ。
常人が聞けば「なんだそれ」と言いそうな事だが、"B小町"結成から4年もの間、砂糖を吐くような惚気っぷりを見せられてる3人からすれば、大問題だった。
初めは「珍しい事もあるね~明日は雨かな~」ぐらいの反応だったのが。
だんだんと「……あれ、もしかして本格的に槍が降る?」という反応になり。
最終的に「私、明日死ぬんじゃないかしら」と自分の心配をしてしまうようなレベルに変貌した。
……いや、普通に考えればそもそもの距離感がおかしい、って話になるのだが。
「ついに倦怠期……?」
「まっさか~。お腹空いてるだけじゃない~?」
「ニノと一緒にしちゃだめでしょ……」
なんでもかんでも食に結びつけようとするニノの言葉を、ミネは意識的に外に逸らした。でないと収集つかなくなる、と判断したからだ。
「……ポリネシアン・セッ〇スでしょ」
「あんたはあんたで真顔で何言ってんの!?」
ナベがとんでもない発言をしたり。そもそも、まず性交渉をしてないのだが。
女三人寄れば姦しい、とはよく言ったもので。当事者であるマナトにも聞こえる声量でガヤガヤと騒いでいれば、当然マナトの耳にも届く。
その光景に苦笑しながら、マナトは指先をキーボードの上で踊らせている。ディスプレイには文書編集ソフトが開かれており、マナトの指と連動して次々と文字が打たれていた。
文書名は「備品申請書」。古臭いと思われるかもしれないが、こういう形でデータとして残すのは、経費の事を考えても重要だ。
一通り文書に記載し終わったマナトは、同じく事務所で事務作業に勤しんでいる壱護に向けて、ファイルを添付してメールを飛ばす。
「……ん?」
メールに気付いた壱護が、首を傾げる。メールの文面や、内容におかしな点があるわけではない。添付されたファイル、備品申請書.docxと銘打たれたファイルを開き、その中身に疑問点を持った。
備品を申請するのはいい。が、この申請された備品──「ウイスキー」とは何のことなのか。酒のウイスキーの事かと思ったが、まずマナトは未成年だし。なんじゃこりゃ、とマナトの方に視線を向けた時──もう、すでにマナトは机の前に立っていた。音もなく近づいていた。
「うおっ……ビビらすなよ、マナト」
「アハハ、申し訳ありません」
相も変わらず、人に悟らせない動きや、心の隙間を縫うような動きが得意な奴だな、と内心で壱護がごちる。
まぁ、呼ぶ手間が省けたので、それをどうこう言う気は全くないのだが。
「で、ウイスキーってのはなんだ」
「お酒のウイスキーですよ」
「……いや、お前未成年だろ。あと備品つーか、あれか。経費で落とせってか」
「いや、別にお金は出しますよ。私だと買えないだけなので」
……いや、それなら口頭で言えばいいだろ、と思いつつ。わざわざ備品申請書まで出してまで、なぜウイスキーを買おうとするのか。
まさか、一人暮らしにかこつけて、こっそり飲酒しているのか。それは不味い。未成年の飲酒なんて、事務所的にもスキャンダルで──「違いますよ」──違うらしい。
じゃあ、何のために買うんだ、と疑問の視線を壱護がマナトにぶつけると、苦笑しながらマナトはこう返した。
「……両親が好きだったんですよ」
「両親? いや、お前の両親って……」
マナトの──"宵谷マナト"の両親の事は、壱護も知っている。彼の父が辿った顛末を知っている。彼の母が辿った顛末も、施設から引き取る時に聞かされた。
だから、壱護は疑問に思った。なぜなら、彼の両親は、もうとうの昔に──
「ええ、だから──墓参りに行こうと思いまして」
──鬼籍に入ってるのだから。
★
セミが、鳴いている。
うだるような猛暑の日だった。雑木林に囲まれた、少し山中へ入ったところにあるお寺。50か60ほどの段数の階段を抜けた先にある霊園へ、マナトは足を運んでいた。
都会の喧騒とは離れた場所。何かの役に立つかも、と取っておいた普通二輪免許が、ようやく役に立った瞬間である。
日照りは強く、雑木林の間からセミ達が求愛の合唱を響かせている。お寺が管理している霊園ともあって、数十の墓石が並ぶその一角。
……昔の顔見知りである住職が、綺麗に手入れしてくれているのか。マナトの眼前にある墓石は、綺麗に磨かれていた。花が飾られた墓石には、"宵谷家"と刻まれている。
この墓石の下に、マナトの両親は眠っている。
……納骨をしてから、マナトは一度の両親の墓を訪れた事がなかった。それは両親の事を嫌っていたとか、墓の手入れを面倒だと思ったとか、そんな事ではなく。
────自分はこの墓の前に顔を出す権利がないと、ずっと思っていたからだ。
「……お久しぶりです。父さん、母さん」
墓石の前に、壱護が買ってくれたウイスキーを置く。別段高いものではない。コンビニでも買えるような安物だ。
だが、二人はこの安物のウイスキーを好んで買っていた。同じものを、同じように飲むことが楽しいのであって、値段は関係ない、と。よく両親に言われていた事を思い出す。
線香を置き、しゃがみこんで、両手を合わせて祈る。線香の独特な匂いが、風に乗って辺りを巡っていく。
「……今日は、話したい事があって来たんだ」
墓石の下に眠る両親へ語り掛ける。今日、この日、この時だけは、マナトは──両親の生きていた、子供だった頃のマナトに戻っていた。
……久しぶりに来た土産話としては、唐突すぎるかもしれない、と内心で両親に謝った。
「僕ね」
林の木々を抜けた涼やかな風が、頬を撫でた。青々とした薫風。
「好きな人ができたんだよ」
その一言を告げたマナトの表情は、朗らかでもなく、ただただ哀しげで、力のない笑みだった。
セミが、鳴いている。いつかの日と、同じように。