偽物の仮面と真実のアイ   作:ななち

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怪物は、怪物を見てもそれが怪物だと分からない。

だってそれは、鏡を見ているのと変わりないからだ。

ましてや、怪物が「自分を怪物だと思っていない」のなら、なおさら。


★20話

 

 

 石段の中間あたりにある踊り場の近くには、大きく立派な木が生えている。

 樹齢にして、おおよそマナトの十倍以上は生きてきたであろう大樹。その葉々は、太陽に向かって緑を伸ばし、天然のカーテンを作り出している。

 それによって作り出された日陰に、マナトとカミキは立っていた。

 

 

「まさかこんな所で会うなんてね。大体……1年振りぐらいかな」

「そうですね。"劇団ララライ"のワークショップ以来ですから」

 

 

 日陰だろうと暑いものは暑い。パタパタとシャツの胸元を仰ぎながら、マナトはふぅと熱気を吐き出す。逆にカミキは、額に汗こそ浮かんでいるものの、その表情は涼しげなものだ。

 

 マナトとカミキの付き合いは、浅くもないし深くもない。友人と呼べる程度には親交はあるが、親友とは到底呼べない。良くも悪くも知り合い程度。それぐらいの関係だ。

 ただ、舞台役者としての付き合いがあるので、少なくともアイよりは親交があった。アイは未だに、"カミキヒカル"の事を"カネキミノル"と覚えている。

 

 

「まぁ、そう遠くない内にまた会えただろうけどね。金田一さんが、次の主演のオファー出してるって言ってたから」

「ああ、ということは……カミキくんもですか」

「うん、"劇団ララライ"が主体の演劇だからね……これが僕とマナトさんの、最初で最後の共演になるかもしれないわけだ」

「……最後?」

 

 

 カミキの言葉に、マナトが首を傾げる。共演経験が無いのだから、最初というのはわかる。が、最後とはどういう事なのか。

 そんなマナトの様子に、カミキが頬を伝った汗を拭いながら答える。

 

 

「今回の演劇で、"劇団ララライ"を退団するつもりだからさ」

「……? 役者を辞める、という事ですか?」

「さぁ、先は考えてないけど……そうだなぁ、芸能事務所でも開こうかな」

 

 

 なんのこともなしに、あっさりと言い放つカミキ。声色からも、未練のようなモノも一切感じられない。

 ……マナトは、カミキが役者を辞める、という事を少しだけもったいないと感じた。持っている素質こそ違えど、アイにだって負けず劣らずの才能を持っている、と感じていたからだ。

 だが、本人が未練なく辞めると言っているのだから、言及するような事でもないだろう。マナトは、少しだけ感じた寂寥感に蓋をする。

 

 ざわざわ、と風で木々が揺れた。生温い風が、二人の間を通り抜けていく。

 

 

「マナトさんは、墓参り?」

「ええ、両親の。カミキくんもですか?」

「ああいや、うーん……そうだね、なんて言えばいいのか」

 

 

 カミキは顎に指先を置いて、考え込むように目を伏せた。その様子に、マナトは首を傾げる。

 霊園に来て墓参り以外にやることがあるのだろうか。まさか、寺で座禅を組んで精神修行をやるような殊勝な心掛けを持っているようにも見えないし、それが目的だとしてもこんな辺鄙な所にやってくる理由もないだろう。

 考えが纏まったのか、カミキが顔を上げた。少しだけ上を見つめて、緑の天蓋の隙間から差し込む光に、目を細める。

 

 

「僕の遠い親類が、あまり永くないとお医者様に言われていてね」

「それは……」

「ああ、気にしないで。本当に遠縁だから、僕もあまり知らない人なんだ」

 

 

 言い辛い事を聞いたか、と表情を曇らせるマナトに、カミキが笑みを浮かべて手を振った。

 ……しかし、そこまで聞けばなんとなく事情は察せられる。なぜカミキがそれで霊園を訪れるのかは分からないが、生前の人と霊園――墓で関係するのは、そう多くない。

 

 

「まぁ、終活のお手伝いだよ。どうせ墓を作るなら、綺麗で静かな所の方が良いだろうし」

「……なるほど。しかし、なぜそれをカミキくんが?」

「さぁ? 多分……近しい人には頼めなかったんじゃないかな。親しい人のお墓の場所を決めるなんて――()()()()()()って言っているようにも聞こえるしね」

 

 

 ほんの少しだけ。マナトは、カミキの言葉に違和感を覚えた。言っている事は別段、おかしいと感じる所はない。いくら終活だと言っても、親しい人がそれを納得して賛同できるかは別だ。だから、少しだけ縁遠い人に頼む、というのは無い話ではないだろう、と納得できる。

 

 

 ただ――カミキが、"死んでほしい"という一言を言う時に。その目に、喜色が浮かんだように見えたのだ。

 

 

「まぁ、そんな話は良いんだ……そうだ。マナトさんに聞きたい事があったんだ」

「……私に?」

 

 

 少し重くなった雰囲気を感じ取ったのか、カミキが話題を切った。偶然とはいえ、せっかく友人と逢えたのに、こんな暗い話をする必要はない。

 カミキが切り出したのは、一つの疑問だった。"劇団ララライ"のワークショップで、マナトとアイの案内役をやっていた時から、気になっていた――というより、劇団員全員が「どっちなんだ!?」と気になっていた事。

 

 

「マナトさんとアイさんって、"コレ"?」

 

 

 ピン、と。小指だけを上に立てたサインを、カミキがやった。

 ……そのサイン、というかジェスチャー? には見覚えがあった。壱護にスカウトされた時に聞かれた、「カレシカノジョの関係なの?」に使われた、恋人とかイイ人とかを示すサイン。

 当時は分からなかったので、壱護が「これがジェネレーションギャップってやつか……歳は取りたくねぇな……」と遠い表情を浮かべていたのが印象的だったソレ。

 

 ……それを、なぜかカミキがやっている。マナトより年下なのに。正直に言って、似合わないなとマナトは思った。

 

 

「――いえ、違いますが」

「え、そうなの? あんなにベッタベタだったのに?」

 

 

 意外そうに眼を見開くカミキ。劇団にいた時は、そりゃもう四六時中ベッタベタだったし、演劇でのマナトを見ているアイの表情は恋する乙女のソレだったというのに。

 もちろん、劇団員の中で二人の関係を聞く人もいた。なんだかんだで他人の恋バナは、何時の時代も格好の酒のツマミになる。そこで、マナトが否定していたのも知っている、が。

 

 あれから一年経ったんだし、なんか進展あったかなーと思えばコレだ。カミキが少し残念そうな表情を見せるのも仕方ないだろう。

 

 一方のマナトは、アイとの関係を否定した後に少し考えていた。

 

 果たして、自分とアイの関係はなんなのか。"家族"だ、と言えばそれまでなのだが、"恋人"だったり"友人"だったりの基礎ステップを飛ばして応用からスタートしているせいで、関係を形容する言葉が今更だが見つからない。

 ……いや、"家族"でいいはずだ。いいはずなのだが――ただそれだけで終わらせるのも、それはそれで釈然としない。

 

 悶々とし始めたマナトを見て、カミキは少しだけ驚いていた。"劇団ララライ"のワークショップでもそうだったが、マナトという人物を評する時に使われるのは「やけに大人びている人」だった。冷静沈着で、物事に動じる事は殆どない。

 が、目の前で考え込んでいる人は、どちらかと言えば年相応の青年に見えた。

 

 

「……へぇ」

「……? 何か言いましたか?」

「いや、何も? ……そうだなぁ、じゃあこうしよう」

 

 

 ピン、と。今度は小指じゃなく、人差し指を立てる。

 

 

「マナトさんとアイさんが"そういう関係"になったら教えてよ」

「……はぁ……?」

 

 

 少しからかうように、おどけた笑いを見せるカミキ。言葉の意図が掴めず、少し困惑した様子のマナト。

 ……マナトは、どうにもカミキに対しては、観察眼が働きづらい、と感じていた。何をしてほしいのか、何を望んでいるのか――それが、煙に巻かれたように見えない。

 

 

「友人として、()()()()()からさ」

「……ええ、まぁ。機会があれば」

 

 

 ……そもそも、斉藤夫妻や"B小町"のメンバーからすると、その地点はとうに飛び越してるのだが。

 生返事を返したマナトに背を向け、カミキが石段を登り始める。話し込んだせいもあって、もうすっかりお昼時だ。

 

 

「……帰りに、お土産買っていきましょうか」

 

 

 きっと、丁度いい時間になるだろう。アイや"B小町"のメンバー、斉藤夫妻の好物でも買って帰ろう――そんな事を考えながら、マナトは石段を降りて行った。

 

 その背を、昏い星が見ていた事には、気付かず。

 

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 

 

 夏真っ盛り。もはや外に出るのが億劫になるほどの真夏日が続く8月。

 マナト家では、アイの夏休みの課題を終わらせるという苦行が行われていた。エアコンあり、疲れたらマッサージ完備、飲み物無限の快適環境だが。

 

 

「うう~……」

 

 

 シャープペンシルを机の上に放り投げ、アイが突っ伏すようにダウンする。全体の工数からすると、ようやく5割が終わったところだ。机の対面で、溶けたアイスクリームのように机にへばりついているアイの様子を見て、マナトが苦笑している。

 

 

「なんで夏休みの課題ってこんなに多いんだろ~……」

「まぁ、アイさんは仕事で抜ける事も多かったですから……補習で学校行かなきゃいけないよりは、マシではありませんか」

 

 

 マナトと同じ芸能課がある学校に進学したとはいえ、学業は学業。仕事は仕事。当たり前だが、仕事にかまけて学業をおろそかにすることは認められていない。

 だから、仕事の事もあって休むことが多かったアイに対しては「夏休みは担保するけど課題増やすよ」という温情が取られたのだが――そもそも勉強が苦手なアイにとって、それはそれで苦行である。

 

 そもそもアイドルをやるのに微積分とかいらない。三角関数もいらない。サインコサインタンジェントなんてどこで使うんだ。

 普段であれば、マナトに適度に甘えながら、エネルギーチャージを行って勉強という悪魔に立ち向かってきたアイだが――今回は、その手段を使っていない。結局甘やかされてるじゃないか、と"B小町"のメンバーであれば言っただろうが。

 

 

 

 ……マナトが、「アナタを『愛』せるようになるまで待ってほしい」と言っていたからだ。だから、アイはマナトに甘えたくなっている自分の欲を、なんとか抑えている。さながら気分は餌を前にして"待て"をされている犬だ。

 

 

 

 だが、流石に餌の供給が絶たれた状態で、これ以上頭を使うとパンクしそうだ。限界表明をして、マナトに思いっきり甘えようか――なんて考え始めたところで。

 

 

「アイさん」

「な~に~……?」

 

 

 マナトの声に、もはや気力の一かけらも残ってないような返事をするアイ。それにマナトは苦笑しながら。

 

 

「課題終わったら、デートしましょうか」

「うん、する~………………………………へっ?」

 

 

 きっと、鳩が豆鉄砲を食ったよう、というのはこういう事を言うのだな、と。

 アイが口を開いて呆気にとらえているのを、マナトは見ていた。

 

 




次回、イチャイチャ。
しにそうだった。

カミキくん、原作でもそうなんだけど外面はホント良いんですよね。
でなきゃゆらさんとかもあそこまで信用してなかっただろうし。正直、それが一番怖い。
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