偽物の仮面と真実のアイ 作:ななち
デート回ラストです。過去最長になってしまった。
あれもこれも脳内の黎明卿が囁いてくるのが悪いんだ。私は悪くねぇ。私は悪くねぇ。
アイドルも役者も、一皮剥けばただの人間だ。ファンに向けて可愛い自分を演出する、カメラに向けて移り映えのする自分を演出する、観客に向けて別世界にエスコートする自分を演出する。それが大なり小なり、上手い下手なりできるだけの人間だ。
だから、アイドルだってスーパーに行って買い物かごを持つ。役者だって売られてる生鮮食品の値段を見て、お財布と相談する。どれだけお仕事を頑張ろうとお金は有限だし、どれだけ我慢しようとお腹は空くからだ。
「あ、卵安いよ。2パックでセールだって」
「む、では買っておきましょうか」
マナトが持ってる「持ち出し禁止」と書かれた買い物籠の中に、パックに包装された卵を2つ入れる。籠の中身は生麵のパスタ、バター、チーズ、生クリーム、ほうれん草、ベーコン、マッシュルーム。まさしくTHE・カルボナーラみたいなラインナップが並んでいる。入ってない牛乳はいつも宅配で届くし、黒コショウは家に常備してあるから、この材料さえ買って帰ればカルボナーラが作れる算段だ。
デートの帰り道に二人で並んで買い物をする、というのは果たしてデートと言えるのか──という疑問は、お買い物デートという事で結論を出して終わらせた。あれ、でもそれだと私とマナトはいつも買い物デートしてる事になるんじゃ……深く考えないようにしよう。
一応、マナトも水族館から動線の良いディナーが取れる場所を調べてくれていた。ただ、私が外食自体あまり好きじゃない──他人が作った料理はちょっと怖い──から予約までは取ってなかったみたいで。じゃあいつも通り、家に帰って一緒に料理して一緒にご飯を食べよう、って流れになる。
デートっていう特別なイベントにドキドキはしたけど、慣れてくると段々といつものペースに戻ってくる。人間の慣れって怖いなぁって思うけど、こういう機会は大事だと思った。私とマナトは、とにかく距離が近いのが当たり前だから、新鮮さを味わうという意味でも。倦怠期防止。
と、いうわけで。いつも買い出しの時に頼んでる
「う……ダメ?」
「いえ、ダメじゃないですが……」
「じゃあ良いじゃん。一緒に食べようよ」
「……しょうがないですね」
マナトは節制主義というか、無駄な浪費は抑えようとするタイプだ。多分、マナト自身が何かを望む、って事があまり無いからだと思う。せいぜいが本を買うぐらいで、私物は本当に少ないし。逆に私は使う時は使うし、我慢しなきゃなーって時は我慢する。せっかくのデートなんだし、最後の最後まで楽しみたいから買うのだ。決して、ただ食べたいからってわけじゃない。
レジ清算を終えて、レジ袋に詰めて。全部持ってもらうのは嫌だから、軽いモノだけ小分けにして持たせてもらって、肩を並べて帰路を歩く。もうすっかり日は暮れて、世界は宵闇の中に落ちている。街灯があるからいいけど、一人じゃ絶対歩けないなぁ、なんて思う。
「次はどこに行く?」
「そうですね……」
歩きながら、他愛のない話をマナトとする。次のデートはどこに行こうか、とか。学校でのお互いに知らない話、とか。アイドルとか役者とか関係のない、等身大の人間そのままの話。
マンションにつく前に、マナトと別れる。口酸っぱく言われてる佐藤社長の指示だ。私が先にマンションに入って、20分くらい暇をつぶしてから、マナトがマンションに入る。めんどくさいなぁって思う反面、「おかえり」を言える役得感もある。
マナトの家のドアを開ける。「ただいま」はまだ言わない。マナトが帰ってきた時にお互い言いあうんだ。
さぁ、ご飯の準備をしよう。エプロンと食器と調理器具を揃えて、玄関のドアが開くのを、私は弾むような気持ちで待ってるんだ。
鍵を開ける音がする。ただいまって声が聞こえる。パタパタってスリッパの音を立てながら、ちょっと小走りに玄関まで行く。
「おかえり! あと、ただいま!」
「ただいまです。あと、おかえりなさい」
☆
カラン、っていうフォークが陶器にあたる硬い音。共同作業で作った料理に舌鼓を打って、食器を片付けて食洗器に入れて。食後のアイスは、ちょっとカロリーオーバーだからダメって言われた。一日中歩き回ったし、一週間単位で調整すれば良いと思うんだけどなぁ。私、スタイルあんまり変わらない体質みたいだし……これを言って、ミネちゃんに睨まれたのを思い出した。
でも、それで睨まれるべき最たる人はニノちゃんだと思うんだ。私達の倍ぐらい食べても全然体型変わらないんだよ、あの子。
ソファに二人並んで座って、私はマナトの肩に頭を預けている。テレビから流れるドラマの音や、水音を立ててる食洗器の音をバックミュージックに、私達の時間はゆっくりと過ぎていく。
マナトは日課の読書タイムだ。私が片腕を独占しちゃってるから、もう片方の手で器用にページを捲っている。今日の本は……『ジキルとハイド』? 結構有名なの読んでるなぁ。
読書はマナトにとっての
1時間ぐらい読書してたマナトが、栞を挟んで本を閉じた。私は小気味いいリズムの紙の音と、マナトの甘い匂いでうとうとしていた意識を、ちょっとだけ気合を入れてたたき起こす。
────ここからが、デートの最後なんだから。
「マナト」
「はい」
きっと、マナトも分かってる。これはそう、あの時の続き。やり残した証を刻む工程。
「準備、出来たの?」
短い問いかけ。傍から聞いたら、何のことだか分からない。でも、私達の中でだけ通じる符号付きの暗号。
マナトが、眼を閉じる。深く呼吸をする。自分の中の感情を整理しているみたいに、一回、二回って。それから開いたマナトの眼は、我を孕んでいた。
「……両親の、墓参りに行ってきたんです」
「うん」
知っている。"B小町"の皆が、こっそり聞き耳を立てていたのを私に教えてくれたから。私の耳は、私がいない所にもあるんだ……今更だけど、"B小町"の皆、ホント良い子ばっかだよね。佐藤社長とかもそうだけど、普通、私とマナトみたいな爆弾、嫌がると思うんだけど。
マナトのお父さんとお母さんが、もうこの世にいない事も知っている。私が、マナトと離れるのが嫌で、マナトのお父さんやお母さんが迎えに来たらどうしようって思って、施設の人に聞いたから。スタッフの人は、言葉は濁してたけど、マナトは──お父さんとお母さんが死んじゃったから、施設に来たんだって事が分かった。
「アイさんの事を伝えてきました。私にとって、一番大事な人だと」
「…………うん」
……口元が緩みそうになった。嬉しいけど、こうやって改めて口に出されると、ちょっと照れる。でも、そっか。一番大事な人か。私もだよ。
────……あれ、今、私……
「……私は、私が赦されないと思っていました。父の望みは叶えられなかった。母は私が望んだせいで死んだ」
「………………」
私は、マナトの過去を知らない。分かるのは、私と同じで心に
私は、マナトに救われた。あの日、傘を差しだしてくれなかったら、私はきっとお母さんに捨てられたんだっていう事実から、心を守るために嘘をついて、嘘の鎧をまとって。いつしか自分が嘘なのかホントなのか分からなくなっていたと思う。
────だから、今度は私の番なんだ。
震えているマナトの手に、私の手を重ねる。手は暖かくても、心は凍えている。私の熱が、君の心を溶かすんだって、強く握りしめる。
「……でも、アナタと肌を重ねた時に、気付きました。ずっと、私はアナタを求めていた。アナタに焦がれていた。赦されないと思っていた私が、アナタを望んでいた」
「……それは私も同じ。君に私を望んでほしかった。私を見つけてほしかった。私に君を刻みつけてほしかった」
どんな形でもいい。お互いに傷跡を残したい。お互いに傷を舐め合っていたい。歪かもしれないけど、それが私達の関係なんだ。
「赦されないって思うなら、私が赦すよ」
「アイさん……」
「私が望んだんだから、赦す赦さないは私が決める。どう?」
「それは……不誠実だ。望まれたからなんて免罪符はいらない。私はただ、自分の意志で、アナタを求めている」
……殺し文句だなぁ。心臓が3回ぐらい止まったよ。
腰に手を回されて、引き寄せられる。マナトの瞳に、吞み込まれてしまいそうなぐらいに輝いている、蒼い星が宿ってる。目が離せない。視線が逸らせない。私は、その瞳に魅入られている。
「アイさん」
「うん」
簡単なやりとり。それだけで、全部通じる。私はマナトの首に手を回して、マナトは私の膝裏に腕を通す。まるで力入れてない感じに、スムーズに持ち上げられて──あはは、お姫様だっこだね。
壊れ物を扱うみたいに、ゆっくり、慎重に。振動が全然来ないまま、寝室のドアが開かれて。私は、そっとベッドの上に降ろされた。
☆
灯りを点けていない部屋を照らしてるのは、月の光だけ。今日は満月。窓から差し込む光だけでも、輪郭がはっきりするほどに明るい。覆いかぶさっているマナトの顔も、よく見える。
一枚、一枚。果物の皮を剥くみたいに、私は暴かれていく──ナベちゃん。君の意見、正解だったよ。一瞬だけど、マナトの眼にギラついた光が宿ったもん。そんな顔できるんだね、マナト。
「ふ……ん……っ」
「…………っ」
口付けを交す。以前みたいな触れるだけのライトキスじゃなくて、舌も絡めあうようなディープなもの。頭の後ろに差し込まれた手が、私を逃がさないように──私をもっと求めてくれているんだって、実感させられる。
「ぷ、あ……」
長い長い接触が終わる。口の周り、唾液だらけだろうな。糸引いちゃってるし。息切れしちゃって、鼓動の音が煩い。
そのまま、マナトは唇を私の色んな所に当てていく。目立つ場所には遺さないでねって言ったから、軽く触れるだけだったり、強く吸われたり。その度に、身体が反応する。高揚感に満たされた身体が、浮上したり沈下したり。私の身体は、どんどん歯止めが効かなくなっていく。
視界がチカチカしてる。アドレナリンとドーパミンが私の脳を犯していく。肌の上を、汗が伝っていくのすら鋭敏に分かってしまう。
「ま、なとぉ……」
「……はい」
限界だった。意識が揚がりきって堕ちる前に、手を伸ばす。頬に沿わせた指先で、求める。
マナトが、そっとベッドのサイドテーブルに手を伸ばした。何をしてるんだろうって思って、じっと見つめていたら、一つの小さい箱みたいなのを手に持っていた。私は、それを見た瞬間に──思わず、手でその箱を叩き落としてしまった。床に落ちた箱が、カラカラって乾いた音を立てる。
きっと、私を気遣って用意してくれてたんだよね。でも、いい。いらないんだ。そんなの。
「──いらない」
「……アイさん?」
「いらないよ。私は──君との間に、0.01mmだって、障害を感じたくない」
倫理的におかしいってのは分かってる。きっと、破滅的な思考だって怒られるだろうな。一時的な感情に身を任せるなーとかも言われそう。でも、いらない。どうせ付けたって100%じゃないし。それに──私は、君と刻みあった証が欲しい。
だから、いらない。障害なんて1つだって感じたくない。ずっと、一緒に融けあっていたい。
……迷ってるなぁ。葛藤してるよね。どうすればいいか、って必死に考えてるよね。でも、ダメなんでしょ? マナト、まだ人に望まれたら叶えてあげたくなるの、癖づいちゃってるんだから。
長い長い思考。マナトが、諦めたようにため息をつく。む、心外だなぁ。我儘なのは認めるけど、別に言われて諦めないわけじゃないんだけど……
「……もし、デキたら」
「……うん?」
「その時は、私がすべての責任を取ります。養育費も用意します。アイドルが続けられなくなったら、アイさんも養います。斉藤社長にはしこたま怒られます」
「んーん。ダメ。私も一緒。それに……私は欲張りだから。アイドルもやる。お母さんもやる。佐藤社長には一緒に怒られよう。B小町の皆には……うん、頭擦り付けて謝る」
お互いに笑い合う。うん、立派な共犯者だね、私達。きっと、世間の皆はこんな私達をダメダメだなぁって嗤って、間違ってるって貶すと思うんだけどさ。私達の正解は、私達で決める。
口付けを交す。ぎゅって抱き締められる。その後に、僅かな痛みと────私をどこまでも満たしてくれる、愛があった。
☆
「…………マナト」
「…………はい」
事が終わって。ベッドの上で、生まれたままの姿で、胸の中に抱かれて。鼓動の音が、今までで一番近く感じられる位置に、私はいる。
「…………ずっと、一緒だよ」
「……はい。この命が尽きるまで、一緒です」
────信じてる。
(|)<「愛です。愛ですよ」
こうして書いてると、アイって魔性の女感すごいですね。ある意味傾国の美女ってやつなんだろうなぁ。
(上手い事表現できてる気がしない)