偽物の仮面と真実のアイ 作:ななち
アイドルとメフィストを聞いて精神を追い立ててます。こうすると脳内の黎明卿が愛を語ってくれるのです。いや病むって。
ちなみに作中で出てくる演劇は存在しません。作者の妄想です。
よろしくお願いします。
※前回誤字報告くれた人ありがとうございます。間違えた意味で覚えてました。
「おう、マナトの坊主。こっちだ」
アイとのデートを終えてから数日後、マナトは"劇団ララライ"の借用してるスタジオへと赴いていた。以前、主演の話をもらった演劇についての打ち合わせのためだ。遠目でマナトを捕捉した金田一が、片手を上げて呼びかける。こうして顔を合わすのは実に1年振りだった。
「今回はお呼びいただいてありがとうございます」
「おう……ちょっとデカくなったか?」
「ハハ、成長期は過ぎてますよ」
親戚の子供に久しぶりに会った伯父のような質問に、マナトは笑い返す。実際、高校2年に入った辺りからマナトの身体的成長は止まって、180cmに届くか届かないかくらいの身長だ。体格も劇的な変化があったわけでもない。
だが、それでなお金田一が「デカくなった」と感じたのは──人間的な成長の部分だろうか。人の皮を被ったロボットのように見えた前回と比べれば、少なからず人間味がある。そう金田一は感じていた。
今は休憩中なのだろう。ところどころで雑談を交えながら、演技の話をしている人たちを横目に見る。ワークショップで訪れた時に比べて、いくらか顔ぶれが変わったようにも見えた。全体的に見れば、数は減っているような気がする。
「にしても……外部のキャストを入れるなんて、良いのですか?」
マナトがそう金田一に問いかける。実際、劇団というものは基本的に所属している人員からキャスティングするのが一般的で、外部からキャストを入れるという事が珍しい。金銭的な面から見ても、内部でキャスティングした方が都合の良い事も明らかだからだ。
しかも主演級に採用する。言ってしまえば劇団内にその役をハイクオリティでこなせる人がいない、あるいは人員が足りないと言っているようなものだが──金田一は「今回ばかりはしかたねぇ」とガリガリと頭を掻きながら呟く。
「今回の演劇、何が原案か聞いてるだろ」
「ええ、『ジキルとハイド』ですよね」
『ジキルとハイド』。
イギリスの小説家『ロバート・ルイス・スティーヴンソン』著。
高名な紳士ジキルと醜悪な小男ハイド。人の心に潜む善と悪の葛藤を描いた怪奇小説の名作であり、二重人格を題材にした小説としては代表作とも言える話。それを原案とした演劇。形式としてはミュージカルで行われる事が常だったが──マナトは疑問を一つ持った。"劇団ララライ"にミュージカルに対応できるような人がいるのか、と。ワークショップで人を集める事もある、小規模な劇団に。
その疑問を抱かれる事を想定していたのか、金田一は腕を組みながらマナトの勘違いを訂正する。今回は、一般的に開かれるミュージカル形式の演劇ではない、と。
「ミュージカルじゃねぇ。あくまで『ジキルとハイド』を原案とした、別の話の演劇だ」
「別……ですか?」
「おう。二重人格──"善"と"悪"の対立構造。人間の中にある善悪の価値観。それを前面に出した、いわば"殺し合い"の脚本」
登場人物は原案と変わらずジキル博士とハイド氏だが、その葛藤の描き方、結末の変わった別の話。形式もミュージカルから変えた、少し挑戦的な脚本。性善説と性悪説という人間のテーマを描きながら、よりその内面を深く描いていく──というものだった。
善を主体としたジキル博士と、悪を主体にしたハイド氏の、どちらが"本当の自分"なのかを決める、壮絶な一人問答。混ざり合った善悪ではなく、完全に分かたれた善悪だからこそ起こりうる二律背反。ゆえに"殺し合い"。自分同士の殺し合い。マナトの感想としては、随分と顛末を変えたな、というものだった。原作では、ハイド氏を制御できなくなったジキル博士が自死を迎えて終わるはずだからだ。苦悩や葛藤を描く、というよりは人格──
ジキル博士とハイド氏。この二人は"薬で善悪に分かれた同一人物"──いわゆる二重人格だ。そして、脚本上その役を演じるのは、二人の役者が必要となる。
"劇団ララライ"には、その二人のうち一人には対応できる役者がいた。だが、もう一人がいない。そこで金田一によって白羽の矢が立ったのが、マナトだった。
どんな役だろうと、徹底的に自分を殺し、キャラクターに設定された内面や葛藤、感情を正確にトレースできる役者。周囲の望む事を正確に把握し、どんな状況にでも合わせられる、引きや受けの演技のできる役者。キャラクターを演じるのではなく、キャラクターに成る事が出来る人間。今回のような、一人の人間の二面性を描く脚本においては、ピッタリの人材だった。
────……ますます愛弥に似てきたな。
知古の面影を感じている。"宵谷愛弥"もまた、同様に自分を殺す演技の上手い役者だった。それでいて、要所要所では輝きを見せる演技も出来る、看板役者の名に恥じぬ動きが出来る人物。ハッキリとした関係性は分からずとも、金田一の中ではマナトは"宵谷愛弥"の子である、という結論が出ていた。これだけ容姿が似ていて、得意とする演技も似通っていれば、無理のない事だった。
────才能ってやつかねぇ。
懐かしさを感じながら、金田一は話を続ける。
「んで、ララライから主演として出るのは……まぁ、分かるだろ」
金田一の言葉に、マナトは頷く。ジキルとハイド。二重人格者。人間の内面を、葛藤を描く。であるならば、ジキル役とハイド役は
「ええ。カミキ君ですよね」
「ああ、この公演を最後に退団すっからなぁ。華持たせてやりてぇじゃねぇか」
"カミキヒカル"。
昏い星を瞳に宿す、柔らかな金髪の少年。容姿もそうだが、どこか危うさを感じさせる雰囲気もどことなくマナトと似ている人物。
高い表現力を持ちながら、その滲み出る危険な雰囲気を、演技に織り交ぜる事が出来る──金田一をして"特異な役者"。そして、それを二重人格者としてトレースできるとしたら、マナトだけだろう。ゆえに、この二人を主演に据えるキャスティングとなったらしい。
以前、霊園で会った時も「最初で最後の共演になるかもしれない」とは言っていたが、まさかW主演となるとは思ってもいなかった、と。マナトは少しの驚きをもって、しかしながら納得した様子で頷いた。
「ま、キャスティング全部決まったわけじゃねぇんだがな。公演予定日も全然先だし、なんなら稽古開始もまだ先だ」
「……? では、なぜ私は呼ばれたんですか?」
この前の演劇の主演の件で話があるから来てくれ──と頼まれたからマナトは"劇団ララライ"を訪れた。だが、キャスティングも完全に決まっておらず、稽古も始まらないのであれば呼ばれる理由の大半はなくなってしまうが──と考えていた所で、金田一がにやりと笑う。悪い大人の笑みだ。くいっと。親指を立てて、スタジオの中で演技練習をしているメンバーに向ける。
「ちょっと代役で
「…………………………はぁ」
無茶ぶりもいいところだ。そういえば、事務所を通してきた電話じゃなかったな、と今更ながら思いながら、頭痛を抑えるように眉間を揉む。そして、マナトは今日は休日である。
完全なるサービス。給料発生なしのブラック労働。だが、マナトはそれを了承した。なぜなら、彼は頼まれるとNOと言えない人間だからである。
この後むちゃくちゃ演技した。
★☆
その日は小さなライブ会場でのパフォーマンスの後、握手会があった。アイドルのお給料は歩合制。なので、こういう場面で列が長かったりすると、それだけ売り上げに貢献してるって事でお給料も良くなる。
「応援してます、グッズも買いました、ずっと推しです!」
「えへへーありがとー☆」
興奮した様子のファンの人と、笑顔で握手。この時の笑顔も、鏡を見てミリ単位で調整した一番可愛く思える笑顔。一応プロを名乗るなら、これぐらいの事やらないとって思ってるから、毎日練習も欠かさない。広義で見ればこれも作り笑顔っていう"嘘"なんだろうけど、ファンの人に満足して帰ってほしいってのは本当のつもり。
……にしても、列長くなったなぁ。私だけじゃなくて、ミネちゃんも、ニノちゃんも、ナベちゃんも。みんなコアなファンがつき始めてて、活動初めの頃から比べると全然お客さんの入りも違ってる。佐藤社長の言う"ドーム公演"にも近づいてきてるのかな、って実感がわく瞬間だ。活動頑張ってて良かったなーって思う。
一生手を洗わないぞって言いながら去っていくお客さん。うーん、洗った方が良いと思うんだけど……それだけ推されてるって事だろうから、内心なんとも言えない感情になる。嬉しいんだけど、それはそれとして、ってやつ。衛生的にも……ね?
次の人がやってくる。ちょっと垢抜けない感じの、"アイ推し"ってプリントアウトされたTシャツを着てる、暗い茶髪の男の人……って、あれこの人。
「あれ、リョースケ君? また来てくれたんだ!」
「う、うん。今日も最高だったよ」
活動初期からこうやって"B小町"を──っていうか、私かな。推してくれているファンの人。古参ファンって言うのが正しいのかな? ちょっと引っ込み思案っぽいんだけど、"B小町"のライブや握手会には欠かさず来てくれる人だ。こうやって来てくれる人がいるのは嬉しいなぁ。その分、返したいって思えるし。
「ありがとー! 嬉しいよ、欠かさず来てくれるなんて!」
「あ、アイは俺の一生の推しだから……! あ、そ、そうだ、これ!」
笑顔で握手してると、リョースケ君が羽織ってるパーカーのポケットから、何かを取り出した。こういう場って、ファンの人からプレゼントをもらう事も多いから、それに別段警戒する事もなく見守ってると、机の上に小さな小瓶が置かれた。リョースケ君が、小さな声で「プレゼントなんだ」って言った。
「わ、ありがと! えー、これ……なんだろ?」
「"星の砂"っていうやつで……ほら、アイの眼って星みたいにキラキラしてるから……似合うかなって……」
小瓶の中には、確かに輝く星みたいな形をした砂の塊が詰まっていて、キラキラ輝いてるように見えて、綺麗だった。私の眼から、これを連想してくれたんだなーって思うと、なんか胸が暖かくなる。こうやって、見てくれてる人は見てくれてるんだなぁって。
「えへへ、ありがと! 大事にするよ!」
「あ、ああ……! と、ところでさ……」
照れたように頬を掻いてたリョースケ君が、ちょっとこちらを伺うような表情になった。なんていうか……バツが悪い? 迷ってる? そんな表情。どうしたんだろ、って思ってると。
「……3日前さ。──駅前のショッピングモール、いた? 似てる人見ちゃってさ、もしかしたらって思って」
首を傾げて、記憶を掘り返す。3日前、3日前。ショッピングモール。うん、マナトとデートした日だ。見られちゃったっていう気持ちと、ちょっとの焦りが私を包む。そして──私の口は、こういう時に勝手に"嘘"を言い始める。
「んーん、行ってないよ。お家でゴロゴロしてた!」
「そ、そっか……変な事聞いてごめん! ありがとう!」
罪悪感で、心が軋む。なんでこういう時、私の口って簡単に"嘘"を吐けるんだろうって、自己嫌悪が酷くなる。いっそ開き直れたら良いのになぁ、なんて思う事もあるけど──でも、いつかファンの皆にも私を愛してくれたお返しをしたいから、それはできない。そうしたら本当に全部"嘘"になっちゃう。
リョースケ君がちょっと罪悪感を覚えてるような表情で去っていく……そんな顔、させたいわけじゃない。もらった星の砂を握りしめて、そっとテーブルに置く。そうして、次の人と握手する頃には──私は、また完璧な可愛い笑顔で対応するんだ。
☆
きっかけは、ちょっとした体調不良からだった。朝起きた時に、少しだけ身体がだるくて、熱っぽくて。風邪かなーって最初は思ってたんだけど、それが結構長引いて。とはいえホントちょっとした違和感だったから、私は普段とあまり変わらず過ごしてたんだけど。
それから、だんだん違和感は増えていった。ちょっと胸が張った気がした。お腹にわずかな違和感があった。とはいえ、この辺は月のモノがある時もそうだったから、あんまり気にならなかったんだけど……ちょっと、味覚が変になった気がしたりとか、食欲出なかったりとか。ハーゲンダッツ食べなくなっちゃったし。
……ここまで来ると、流石に疑い始める……っていうか、マナトが既に「もしかして」みたいな表情してた。体調不良にしては、ちょっと長いもんね。
身体を重ねた日から、大体3週間は経ってたし、もしかしたらって。休みの日に、社長やB小町の皆にバレない様にこっそり薬局に行って、検査薬を買って。
────結果を見て、私はちょっと安心しちゃった。ある意味、想像していた通りだったから。
今日は、マナトは役者のお仕事で外に行ってる。帰ってきた時に直接伝えようか迷ったけど、待ってられなくて。この気持ちも、早く共有したくて、スマートフォンを取り出した。
LINEを立ち上げる。マナトとの個人トークを開いて、5文字だけ打ち込む。送信ボタンを押す前に、深呼吸。大丈夫。大丈夫。少しだけ震える指で、私は送信ボタンを押した。
"デキたかも"
あともう少しで原作一巻に入れそうです。
アイは嘘はつくけど、子供には愛してるって言って嘘だった時が怖い、って思ってる辺り、根は誠実っていうか良い子なんだよなぁって思う今日この頃。
嘘を"つけちゃう"のが彼女にとっての不運なのかもなーって原作一巻見ながら思いました。