偽物の仮面と真実のアイ 作:ななち
(|)<「慈しむ心はありますか?」
……無いかも。ダメですね、呪い受けてきます。
2024/11/22
登場人物の名前を修正しました。
"B小町"の不動のセンターである"アイ"の体調不良による長期離脱。このニュースは、アイドルオタク──いわゆるドルオタ界隈に衝撃をもたらした。深刻な病気なのではないか、と心配するファン。"アイ"のいない"B小町"なんて、と発言して箱推しファンから喧嘩をふっかけられる単推しファン。炎上目的でSNSで邪推した発言を繰り返す承認欲求モンスター。チャンスとばかりに他のメンバーを宣伝し始める他メンバー推し。世間の反応は様々だったが、それでも所詮はいちアイドルのニュース。一週間もしない内に、その盛り上がりは沈静化し始める。
さて、"アイ"というセンターを一時的にでも失った"B小町"のメンバーがどうなったのか、というと──実を言えば、活動内容はさほど変わっていなかった。もちろん、"B小町"というアイドルグループとしての人気が少し落ちたのは間違いない。"アイ"という個人に入れ込んでいたファンも多かったのは間違いないからだ。それでも、少しの人気の沈下で落ち着いたのは、壱護の手腕による"個別売り"の施策がハマっていたからだった。
例えば、ナベちゃんこと、渡辺リサ。彼女はいわゆる厨二病を拗らせてそのまま成長したような性格で──横文字大好き、厨二語録大好きというまぁまぁ尖ったキャラが成立していた。当の本人もダウナー系(ステージの上ではキラキラしてる)なのも相まって、
「ナベちゃんはどういうアニメや漫画が好きなの?」
「……久保○人先生の"BLEACH"です。私の
「お! それ僕も好きだよ! じゃあ、例えば……鬼道の詠唱とかイケちゃう系?」
「もちろんです。ごほん」
「──滲み出す
「……うおお、すっご。全部言えてる」
「続けていきます。千手の
「す、ストップストップ! 尺足りなくなるから!」
「そ、そんな……斬魄刀の卍解も
「いや、ごめん! 思った以上のガチヲタクだった!」
──と、まぁ。大暴れする事もチラホラ。
例えば、ニノちゃんこと、二宮ユイ。彼女は食べるのが趣味と豪語する程の食道楽で、いくら食べても太らないという女性からすると垂涎ものの体質を活かして、グルメ番組での食レポや、大食いチャレンジなどの仕事が舞い込んできていた。もちろん、食べるのが好きという彼女がソレを断るはずもなく。
「は~い。では本日は~こちらのB-1グランプリの食レポをやっていきたいと思います~。レポーターはB小町のニノで~す」
「わ~美味しそうですね~、早速いただいちゃっていいですか~?」
「あ、ああ。良いけど、それ結構辛いよ? 大丈夫?」
「大丈夫です~……んむ、確かに~山椒のピリッとした辛さが効いてますね~でも~それ以上に~この肉味噌……濃厚で舌の上にずっと残るような味わいです~でも~その濃さをこのちぢれ麺がちょうど良く和らげてくれて~……あと~最後にごま油入れてるのかな~? 良い香りで食欲が刺激されて……ん~! 何杯でもいけちゃいそうです~!」
「おお、良い食べっぷり……! ってか
「店主さん~これ~味変で温泉卵とか入れられます~? 後、
「ニ、ニノちゃん! まだ食べる所あるから!」
──と、まぁ。こっちも大暴れする事がチラホラ。
例えば、ミネちゃんこと、高峯サオリ。歌やダンスに関してはアイ程上手くないけど、他のメンバーよりは上手い。心無い人からルイージなんて呼ばれる彼女だが、突出してる部分ももちろんある。それは
「それでは問題! 空欄に共通して入る漢字は?」
Q. 空欄に共通して入る漢字はなんでしょうか?
1.◯星
2.◯月
3.◯女
「はい、早かった! ミネちゃん!」
「海! 上から
「せいかい~! や、ほんと凄いね!」
──と、まぁ。こちらも大暴れする事がチラホラ。なんでアイドルになったんだ、というのがもっぱら一番のクイズだと言われている。
そんな"B小町"の活躍──ほぼ個人の活躍しか書いてないが──をまとめサイトで見て、黄昏れている人物がいる。場所はとある大学。サークル活動に勤しむ大学生が、快活な笑い声をあげながら闊歩する、地元のとりあえず困ったら行くレベルの受け皿。その敷地内のベンチに座り、スマートフォンを操作しては項垂れるを繰り返している、一人の男子大学生がその人物だ。
男の名前は
「はぁ…………」
空は秋空。涼し気な風の吹く快晴もいいところだというのに、涼介の吐く息は重い。元々引っ込み思案で、学校でも友達が出来ず、不登校気味になった事もあった涼介にとって、"アイ"という存在はまさしく自分を照らしてくれる星の光だった。その"アイ"の体調不良による長期離脱、というニュースにショックを受けているという事もあるが──それ以上に、握手会よりも数日ほど前に、駅前のショッピングモールで見かけた"アイ"らしき姿の事が気にかかっている。
始めは見間違いか、とも思ったが長年推してきた存在なのだ。変装していてもそのオーラは隠せない、とばかりにその人物を"アイ"だと半ば確信している。それはいい。アイドルだって人間なのだ。プライベートでショッピングに行くぐらい、別におかしくない。問題なのは──その"アイ"と、仲睦まじく手を繋いで歩いていた人物がいたという事なのだ。しかも男。ここが重要だ。
"星の砂"というアイにピッタリだろうな、と思ったプレゼントを持っていった握手会。意を決してショッピングモールの事を聞いてみたが、案の定はぐらかされた。そりゃプライベートだし教えてくれないよなぁ、と思いつつも。もしかして"アイ"に男が……? という疑念は、ふつふつと湧き上がってくる。
……が、九十九涼介という男は、弁えたオタクであると自認していた。何度だっていうがアイドルだって人間だ。プライベートでそういう付き合いがあってもおかしくない……いや、"アイ"に男がいる、と考えただけでゲボ吐きそうなぐらいにショックなのは間違いないのだが──それでも、九十九涼介は
「はぁ…………」
が、結局その辺を己で解消……出来たとは言いづらいが。自分を誤魔化して耐える事が出来たとはいえ、しばらくは"アイ"の姿を拝む事が出来なくなるのだと思えば、気分も沈む。何度目かも分からぬため息をついて、涼介は頭を垂れた。気分が落ち込むと、良くない事を考え始めるというのは本当のようで、涼介の思考は「アイ大丈夫かなぁ」と「アイに男とかゲボ吐きそう」をループしている。
「……ダメだ、気分転換しよう。俺は弁えたドルオタ──」
「やぁ、お兄さん」
気分を変えようと、浮かせかけた腰が止まった。呼びかけられた声の方向を見ると、そこには一人の中学生ぐらいの少年が、いつの間にか自分と同じベンチに座っていて。黒羽根のモッズコートの上で、ふわり、と柔らかい金髪が秋風で揺らめいている。大学内にいるにはあまりにも不釣り合いな容姿。なんで子供がここに、という疑問が口を滑って出てくる。それに応えたのか、あるいはひとり言か。少年は薄ら寒い笑みを浮かべて、空を眺めたまま語り始める。
「いまどき、中学校でも将来を見据えて大学のオープンキャンパスに行け、っていうのを課題にするんだ。迷惑な話だよ。大した進学校でもないくせに、無駄に意識は高いとアピールしたがる。見栄っ張りだよね」
「あ、ああ……?」
その言葉には熱が籠もっていない。迷惑だと言いつつも、迷惑だと思ってない。見栄っ張りだと揶揄しながらも、それに対して感情が乗ってない。あまりにも平坦、あまりにも淡白。涼介はいつの間にか、気分転換に歩こうとか考えていた思考は抜けて、その不気味さに釣られて、少年の言葉に耳を傾けていた。
少年の顔が、涼介へと向く。昏い星を宿した瞳が、視線が涼介を捉えた。まるで、夜に引き込まれているような感覚。恐怖もあるはずなのに、何故か目の離せない眼。
「お兄さん、アイさんのファン?」
「え? ……な、なんで?」
「キーホルダー」
少年の言葉にハッとして、涼介は自分のポケットを見た。バイクのキーを入れていたポケットからは、"アイ無限恒久永遠推し!!!"と書かれたアクリル製のキーホルダーが顔を覗かせていた。自分がドルオタである、という事を大学の同期にも隠している涼介は慌ててそのキーホルダーをポケットに入れ直す。少年は変わらず薄ら寒い笑みを浮かべているだけだった。
「別に隠さなくてもいいのに」
「う、うるさい……お前、なんなんだよ」
「僕? そうだな……アイさんの知り合いだよ」
……普段であれば、涼介もその言葉を信じる事はないだろう。だが、"アイ"の長期離脱というニュースにショックを受けていたせいか、それともこの少年の──どことなく、ショッピングモールで見かけた男に似た雰囲気に感じ入る事があったのか。涼介は、その言葉を疑問に思いつつも、頭ごなしに否定できなかった。少年の笑みが、深くなったような気がした。
「ね、いいのかな」
「……何がだよ」
少年の問い掛けは、要領を得ない。まるでこちらから聞き返すように誘導しているようにも思えた。足元が
「アイさんとその男の人。気になるんだよね?」
「…………!」
息を吞む。涼介は、ショッピングモールでの目撃情報を、"アイ"以外の誰にも漏らしていない。だから一人で抱え込み、一人で嘆き、一人で気落ちしていた──にもかかわらず、少年は、そんな涼介の心情を把握しているかのように、アッサリと言い当てて見せた。
────こいつ、なんなんだ?
人は、未知なる存在を恐れる。理解できない存在を恐れる。だが、それと同時に探求心や好奇心が生まれてくる生物でもある。涼介は自分がそのタイプだとは思っていないが、もはや少年を無視してどこかに立ち去る、という選択肢は残っていなかった。それが、蜘蛛の糸に囚われている蛾の思考である事には、気付いていない。
「……ああ、気になる。アイツは"アイ"のなんなんだ」
「……ふふ、怖い顔だね……」
いつの間にか、表情が強張っていたらしい。少年が、薄ら寒い笑いを深める。そして、人差し指をそっと涼介へと指差し。
「……君の想像している通りの人さ」
心臓が、跳ねた音が聞こえた。ああ、やっぱりそうなのか、と自分で自分を納得させてしまう。崩れた
「
少年の言葉が、その変化を許さない。そんな自分を慰める為に付けた薄っぺらい仮面じゃなくて醜い己を見ろよ、と強引に頭を動かして、鏡に向けさせる。涼介は、段々と呼吸が浅くなっていっている事に気付いていない。思考がぐるぐると螺旋を描き、視界がチカチカと明滅し始める。
「彼女、
「嘘を……つきたくない……」
いつかのライブ配信で、"アイ"自身が"ぶっちゃけちゃった"と話した本音。その言葉が、涼介の脳内でリフレインする。その前後にある真意など無視して、その言葉だけが頭を一人歩きする。
「叶えてあげなきゃ。だって君は──アイさんの
頭を抱えて俯いていた涼介の視界に、少年の昏い星の瞳が映り込む。まるでブラックホールだ。果ての見えない、底の見えない闇。光すら逃れられない重みに、涼介の意識は吸い込まれてき──
──気付けば、そこには誰もいなかった。
白昼夢を見ていたのか、と錯覚しそうになるぐらい、現実味が無かった。相も変わらずサークル活動に勤しむ大学生の笑い声が聞こえて、秋口によく馴染むカラスの声が聞こえてくるだけ。涼介が、ふらりと立ち上がる。その足取りは危なっかしく、まるで夢遊病者のようにふらふらとしていた。
「そうだ……俺は……」
俯きながら、ブツブツと呟いている。様子がおかしいと思われるだろうその挙動は、普段の涼介を知っている者からすれば珍しくもなかった。だって、彼は
「……アイの、
その瞳に、危険な光が宿っている事に──誰も気が付かない。
遠くで、カラスがそれを嘲笑うかのように、鳴いた。
次回から原作一巻に入れそうです。
進み遅すぎて原作に入るまでに10万字到達しそうになってる……