偽物の仮面と真実のアイ   作:ななち

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ようやく原作一巻に入りました。長かった。
あと、一人称で初視点違い。結構勝手が違って手間取りました。キャラ造形として正しく理解出来てるか自信がない。

(|)<「君は可愛いですねぇ」

ヒッ


☆27話

 

 前略、天国におられますお婆様、お爺様。いかがお過ごしでしょうか。天国の事は現世を生きる私どもにはとんと把握できませんが、穏やかに過ごしているものと願っています。

 

 さて、こうやって拙筆ながら筆を取ったのは、一昨年の盆にSNSで話題になっておりました精霊馬(しょうりょううま)のバイク魔改造を作った所、グリーンカラーのバイク(HONDA CBR400R)に跨ったお婆様が爆走しながらお帰りになり、枕元に立たれて「まだ結婚してないの?」と言われて以来であります。大きなお世話だ。サイドカーでお爺様がぐったりしていたのは、三途の川の畔をドリフトしていらしたからでしょうか。どうぞ手加減してあげてください。

 

 もちろん、この語り口(モノローグ)は私の脳内で繰り広げられているものであります。決して実際に筆を取っているわけではございません。

 

 前置きが長くなりましたが、こうして脳内でお婆様とお爺様に語り掛けているのは、もちろん理由がございます。"青天の霹靂(へきれき)"という言葉を、お二方もご存じかと思います。中国古典を原典とする「前触れなく突然に生じて人を大いに驚かせるような衝撃的な事件や出来事のこと」の故事成語でございますね。現代では晴れ渡った空に雷鳴が起こった所で、「あーどっか遠くの方で局所的大雨でも起きてんのかなー」とか「夏場だし積乱雲が発達してんのかなー」ぐらいで済ませるものと思いますが、私は今現在それどころじゃないぐらいに衝撃を受けております。

 

 ……草々。そろそろ、現実逃避をやめようと思う。

 

 

「あの……先生、どうしましたか?」

「すみません、目にゴミが」

 

 

 眼鏡を取り外し、眉間を揉む。よし、整理しよう。

 

 俺の眼前には誰がいる? 産婦人科を受診してきた若い患者さんがいる。その親御さんの金髪の強面の男性がいる。ヨシ。

 

 自分のプロフィールは言えるか? ……雨宮吾郎。男性。アラサー。宮崎県西臼杵郡高千穂町の小さい総合病院の産科医。趣味、患者さんの病室でアイドルのライブDVDを鑑賞し布教する事。特筆事項、アイドルオタク。箱推ししてるアイドルグループは"B小町"。好きなアイドルは、"B小町"の不動のセンター"アイ"。ヨシ。

 

 本日の患者のカルテを見てみよう。お名前は"星野アイ"さん。女性。年齢は16歳。おそらくワケあり。検査薬は陽性、検査から受診までは間が開いている。仮に妊娠していた場合、計算すると大体13週目。親御さんの話を伺った所、施設育ち。だから親御さんとは血縁ではなく、戸籍上の親子。見た目は"B小町"の不動のセンター、"アイ"にソックリ。ヨシ。

 

 

 

 …………ヨシじゃないけど? まったくもってヨシじゃないけど? どこ見てヨシって言ったんだ雨宮吾郎。

 

 

 

 え、本物? ソックリさん? 眼鏡の度合ってない? それとも若くして老眼か? ……いや、本物だ。長年のファンである俺が見間違えるハズがない。え、推しのアイドルが妊娠してんだけど。

 

 

「………………とりあえず、検査してみましょうか。準備がありますので、お待ちください」

 

 

 頑張れ、冷静な医者の俺。取り乱すな。冷や汗で背中がぞわぞわするけど、耐えるんだ。

 

 

「はーい」

 

 

 あ、声可愛い。めっちゃ聞き覚えある。よし、なんとか冷静な面のまま診察室を出られたぞ。なんだ、俺って演技も出来るじゃないか。役者目指せるかな。はっはっは。ふー……ヨシ。

 

 

 

 …………いやだからヨシじゃねぇって!? 

 

 

 

 僅かに空いた診察室のドアから、もう一度中を見る。少し退屈そうにしながらボーっとしている少女がいる。うん、何回見ても"アイ"だ。わ~~~リアル"アイ"超かわ~~~~じゃねぇよ。推しのアイドルが妊娠してるんだけど。ショックすぎて昼飯のクリームパンと牛乳が胃からボルケーノしそうなんだけど。なるほど青天の霹靂(へきれき)。え、大丈夫? 使い方これで合ってる? 

 

 

「……なぁ、アイ」

「んー?」

 

 

 中から会話が聞こえてくる。医者としては──というか人間として褒められた事ではないが、勝手にこの耳が音を拾おうとする。

 

 

「"アイツ"に付いてきてもらわなくて良かったのか?」

「んー……ほら、今忙しいじゃん。寂しいけど、迷惑掛けられないかなーって」

「……俺はその気遣いをもっと前に発揮してほしかったよ」

「もー、ごめんってば」

 

 

 ……多分"アイツ"って……お腹の子のお父さんの事かなぁ~~~スッー……ヨシ。検査の準備しよう。もしかしたら勘違いの可能性だってあるわけだし……いや、ないだろうなぁ。問診に悪阻(つわり)らしき症状があったって書いてあるもん。あと経験上、妊娠してるなって予感がある。

 

 切り替えろ、雨宮吾郎。今のお前はアイドルオタクの雨宮吾郎ではなく、産科医の雨宮吾郎だ。職務を全うしろ。

 

 

 ……いや、それはそれとしてショックなのは変わりないんだけど。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 尿検査、触診、超音波(エコー)検査。一通り終えて診察室に戻り、検査結果を伝える。ここまでくれば、流石の俺も頭の切り替えが済んでいる。目の前にいるのは、アイドルの"アイ"ではなく、患者の"星野アイ"さんだ。

 

 

「検査結果は、13週、双子ですね」

「双子……!」

「双子……」

 

 

 反応は様々だ。アイさんは、少し嬉しそうに弾んだ声色だし、親御さんは少し考え込むように眉を顰めた。この反応の差は……何度か見覚えがある。患者は望んでいるが、付き添いはそうではないパターン……いや、違うな。どっちかっていうと、案じてるが正しいか。それが合っていたのか、親御さんの方が少し鋭い視線をこちらに向けてくる。

 

 

「先生」

「なんでしょう?」

「この子は、16歳だ。まだ若い。双子の出産ってのは……耐えられるんでしょうか」

 

 その言葉に、俺は少し考え込む。

 

 ……双子か。多胎出産は、そもそもとして母体に負担が大きい。そこに16歳という未成熟な身体が加われば、更にリスクが高まるのは間違いない。若ければ体力的に有利、と思っている人も多いが──医者の観点では、まずおススメできる事ではないな。

 

 

「正直に申し上げると、リスクは高いですね。多胎出産……双子の出産はただでさえ母体に負担を掛ける。それに、おっしゃる通りアイさんは16歳だ。まだ、子宮や骨盤が十分に育ってない可能性がある」

 

 

 高血圧症を代表とする妊娠合併症、早産、バニシングツイン。体格に恵まれているわけでもなさそうだから、栄養状態や健康管理も細心の注意を払う必要がある。それに、母体のリスクだけじゃなく、胎児が健康に産まれる事が出来るのか。心奇形など挙げていけばキリがない。今のところは、胎児に異常の所見は見受けられないが……それでも、どうなるかは分からない。これは、生命に関わる事だからだ。その先を、全てを見渡す事は神様だって出来やしない。

 

 リスクを、説明をぼかす事無く全て伝えていく。アイさんは、嬉しそうだった表情が真剣みを帯び始めて……少し不安の色も混ざってるか。親御さんの方も難しそうな表情を浮かべている。必要以上に不安にさせる必要はないが──それでも、考えうるリスクは全て伝えるべきだ。これは、俺の医者としての考え方だ。

 

 

「……これは、あくまで医者としての一見解ですが、中絶も選択肢に入るかと──」

「ダメッ!」

 

 

 アイさんが、慌てた様子で俺の言葉を遮る。

 

 母体の健康を(おもんばか)るなら中絶も選択肢に入る。早いほど、母体への負担は減るからだ。だけど、アイさんはそれは望んでいないらしいな。まぁ、そりゃそうだよな。初子だろうし、可愛い我が子を堕胎させる──言い方は悪いが、殺す事を望む子には見えない。だが、その思いと現実は別だ。生命を産むってのは、それだけのリスクを孕んでいる事を知った上で、どう選択するのかは──アイさん自身だ。

 

 沈黙が診察室を満たした……何度経験しても、こういう雰囲気は慣れない。

 

 

「……アイ」

「……うん」

 

 

 親御さんが、重苦しく口を開いた。経験上、ここから派生するパターンは2つだ。諦めろ、と諭すか──

 

 

「お前が産みたいっていうなら、俺達は全力でサポートしてやる。経済面の負担も、今は心配すんな。だから……お前の意志を、先生に伝えろ」

 

 

 ──決断を託すか。酷だが、これは命を左右する決断。軽々しくやるべきじゃない。

 

 アイさんは、目を閉じて考え込み始めた。お腹に手を当てて、そこに宿ってる命を確かめるように擦って。それは、アイドルではなく、母親になろうとしてる女性の姿だった。

 

 ……数分ぐらいか。必死に考えたのだろう。見開いた眼は、決意でキラキラと輝いていて──ああクソ、目が焼かれそうだ。

 

 

「…………産む。絶対に、産む」

 

 

 ……その瞬間に、俺の中のアイドル"アイ"の奴隷(ファン)だった俺の意志を、医者である俺の意志が大きく上回った。少し不安を隠せていないのは確かだけど、それを覆い隠すぐらいの覚悟を決めた顔……こういう表情をする女性は、良い母親になるんだ。そして、その決意に応えるのは──俺だ。俺であるべきだ。

 

 

「……分かりました。では、今後について話していきましょう」

 

 

 

 ────推しの子を守る。それは、雨宮吾郎の使命だ。

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

「それでは、手続きがありますので。斉藤さんは少しお時間をください」

 

 

 そう院長先生に言われた親御さん──斉藤さんが、院長室に入っていく。まぁ、現役アイドルの妊娠、出産のサポートをするってなれば、それなりに病院側とすり合わせしておく必要があるだろう。週刊誌のスクープとかで、芸能人の極秘入院が騒がれたりする事もあったが、まさか俺の所属してる病院でそれが起こるなんてなぁ……人生は分からないもんだ。

 

 

「ね、先生」

「うん?」

 

 

 アイさんがこちらを見て、スマフォをフリフリと振っている……いや、ホント顔面良いな、この子。なんていうか、動作の一つ一つが人に見られる事を意識したような角度になってる気がする。

 

 

「ここって電話禁止?」

「あー……そうだね」

 

 

 もしかして病院に来る機会が今まで無かったのか。大体の病院は、院内での電話に制限を掛けているものなんだが……俺が首を横に振って禁止って事を伝えると、アイさんは少しばかり残念そうな顔をする……なんでそういう表情まで様になってるんだこの子。

 

 

「そっかー……んー、掛けていい場所とかないの?」

「院外だったらいいよ。玄関先でも──」

「出来れば人に聞かれたくない」

「……なら、屋上かな。うちは開放されてるから」

 

 

 俺のサボり場所──もとい、休憩場所でもある屋上は、滅多に人が来ない。まぁ患者さんの中で屋上に用がある人はいないし、屋上で何かやってるわけじゃないからな。よくドラマとかでシーツ干してある事があるけど、うちではやってないし。ってか大半が封鎖してるだろうしな……だが、その分本当に人が来ない。秘密の話をするにはうってつけだろう。

 

 

「そっか、じゃあ行ってくるね!」

「……気を付けてね。階段はちゃんと手すりを持って……4階まではエレベータ使えるから」

「はーい」

 

 

 正直、心配ではあるが、あまり人には聞かれたくない電話をするんであれば付いていくわけにもいかない。弾んだ足取りで歩いていくアイさんの背中を見送ってから、待合室の自販機に小銭を入れる……今日はコーヒーの気分だな。

 

 

「はー…………」

 

 

 安っぽい缶コーヒーの苦みが口の中に広がる。慣れ親しんだ味で、ようやく一息付けた。

 

 にしても、冷静に考えたらすごい事だな。未成年の現役アイドルが妊娠して、秘密裏に出産とか。不倫だの熱愛報道だので騒いでるスクープの何倍ものスキャンダルだ。仮にバレたとしたら、SNSで匿名を盾に誹謗中傷している連中や、テレビの視聴率稼ぎたいコメンテーターが水を得た魚みたく騒ぎ立てるのが目に浮かぶ。

 

 

「……え、マジ!? あの二人結婚したの!?」

 

 

 噂をすればなんとやら。待合室のテレビの方が騒がしかったからなんだと思えば、芸人とアイドルの熱愛報道が発表されている。しかも結婚と妊娠のダブルコンボ。見ていた……多分ファンの子なんだろうな。ショックを受けたと落ち込んでる。おー分かるぞー俺もさっきまでそうだったからなー……はぁ。

 

 

「うあー……マジかー……どうすんだろ……引退するのかなぁ」

 

 

 嘆きの声が聞こえてくる。まぁ、アイドルが活動中に結婚したりする例は少ない……ってか無いだろうしなぁ。恋愛禁止を謳ってるグループも多いし、ファンの中にも「男がいるアイドルなんて推せない」って人がいるのも確かだ。その代わり、アイドルを卒業したら結婚したりする子も多いから、アイドルの結婚はイコール、アイドルの引退って考える人もいるか。

 

 ……アイドルは偶像だ。結局、ファンがアイドルに抱いてるイメージってのも幻想にすぎない。アイドルだって人間だ、恋愛だってするし結婚だってする。心と人生がある。理屈としては分かるが──ファンの心理としては、それを裏切りと感じる事もあるんだろうな。その点で言えば、俺はまだマシなのかもしれない。ショックこそ受けたけど、それでも彼女の幸せを応援しようって気になってるんだから。

 

 

 ────全部を知って、私を好きになってほしい。結構欲張りでしょ、私。

 

 

 一年前ぐらいに見た、"アイ"のライブ配信の事を思い出す。その時彼女は、全部を知ってほしい、と言っていた。その上で好きになってほしいって。なら、ファンである俺はそれに応えるべきだろう。

 

 ……その、ご提示された"全部"の重みが、正直胃もたれしそうなレベルなのは、置いておいて。これでも一部なんだろうが。

 

 

 

 飲み干した缶コーヒーを、トラッシュボックスに投げ込む。それと同じぐらいのタイミングで、待合室に斉藤さんと院長先生が戻ってきたのが見えた。手続き、っていうか打ち合わせは終わったんだろうか。

 

 斉藤さんが、待合室内をキョロキョロと見渡して──ああ、アイさんを探してるのか。行方を知ってるのは俺だけだ。教えるべきだろう。

 

 

「星野さんなら、屋上へ行きましたよ。なんでも、電話したい事があるとかで」

「ああ、先生。ありがとうございます……って事は、"アイツ"か。ったく、大人しく待っとけっての……」

 

 

 ……悪態こそついてるけど、声色も表情も柔らかいもんだ。本気で怒ってるわけじゃなくて、仕方がないなって許してる表情。血は繋がってないって話だったけど、良い親子関係を築けてるんだなって分かる。少し、昔を思い出して切なくなってしまう。

 

 

「ちょっと呼びに行って──っと」

 

 

 斉藤さんのポケットの中に入っていたスマフォが震えだした。どうやら電話みたいだが──まぁ、院内で出るわけにもいかないだろう。

 ……俺がアイさんを呼びに行くか。午後の診察もひと段落して、今は時間が空いてるし。

 

 

「星野さんは私が呼んできますよ」

「良いんですか? すみません、お手数をお掛けします……ちょっと失礼」

 

 

 小走りで玄関に向かっていく背中を横目で見ながら、俺は……階段に向かった。まだいける。アラサーでも体力的には衰えてないつもりだ。エレベーター使い始めたら、本格的に歳を取った感じがして嫌だ。いけるぞ雨宮吾郎。お前はまだ若い──! 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 階段で屋上につく頃には、ちょっと息切れしてた。おのれ加齢。ちょっと前までは、これぐらい余裕だったはずなんだが……これ、よく診察に来る爺さん婆さんと同じ事言ってるな。云年前までは出来たんだがなーっての。少し落ち込むぞ。

 

 屋上に繋がる扉のドアノブに触れる。そろそろ冷えてくる時期になってきたのもあって、氷みたいにかなり冷たい。こりゃ、あんまり外にいると身体に障るだろうな。

 

 扉を開いた先は──誰もいなかった。いや、話し声は聞こえるから、ちょっと離れた場所で電話してるんだろう。こっそり、じゃないが少しだけ静かにドアを閉める。

 

 

「うん……あはは! そうだね!」

 

 

 アイさんの弾んでいる声が聞こえる。その声の方向に歩いていく。夕暮れの日が沈む太陽の方角。その斜陽に照らされながら、彼女は星空を見上げながら話していた。

 

 

「こっちは星が綺麗だよー。東京じゃ全然見られないもんね……一緒に見たいなぁ」

 

 

 ちらりと横顔が見えた。少し赤くなった頬、嬉しそうに綻ぶ表情。そこには、アイドルでもない、母になろうとしている女性でもない──俺の知らない"アイ"がいた。恋をしている少女の顔だった。じくり、と頭が痛む。過去に残した古傷が、疼いた。

 

 

「うん、またお話しようね。稽古頑張ってね……バイバイ」

 

 

 ……電話が終わったみたいだ。少し寂しそうな顔をしていたアイさんが、こちらに振り向いて──気付かれた。少しバツが悪くて、視線を逸らしてしまう。人に聞かれたくない、って言ってたのを俺が聞いてたら世話ないだろう。

 

 

「あれ、先生……もしかして聞いてた?」

「いや、すまん。最後の部分だけ」

「もー」

 

 

 不機嫌そうにふくれっ面を見せるアイさん。感情表現が可愛いなチクショウ。

 

 ……良い機会かもしれない。少し、気になってた事を聞いてみよう。ちょうど、下の待合室で同じような事を気にした人もいたし。

 

 

「なぁ」

「何?」

「君は──アイドルは続けるのか?」

「…………?」

 

 

 首を傾げられた。ってそうか、アイドルだって気付いてるの俺だけか。アイさんも斉藤さんも、アイドルって事を隠して受診しに来ているんだから、俺が知ってる(てい)で話したらおかしいだろう。やらかした。慌てて、「患者に君のファンがいたんだ」と誤魔化す。パチクリと目を瞬きさせたアイさんは、「しまったー」と額に手を当てた……いや、多分気付く人は気付くと思うぞ。

 

 

「あちゃー……バレてないと思ったんだけどなぁ。わざわざ東京から遠い所選んだのに」

「……もちろん、その事を言いふらしたりする気はない。医師は患者のプライバシーの守秘義務がある」

 

 

 一応、誤解されては困るから付け加えておく。それに安心したのかは分からないが、アイさんは「そっか」と小さく呟いて、空を見上げた。俺も釣られて、空を見る。今日は雲が無くて、星が良く見える日だ。

 

 

「ちょっと迷ってたんだよね。斉藤社長とか、B小町の皆に迷惑掛けちゃってるのは間違いないし」

 

 

 ……まぁ、そうだろうな、と思う。芸能界の事はよく分からないが、もしバレればアイドル生命は終わるだろうな、と素人目でも分かる爆弾だ。それが本人だけで終わるならまだ良いだろうが、余波で周囲の人もダメージを受けるのは間違いない。

 

 

「でも、私欲張りだからさ。お母さんとしての幸せも掴みたい。女の子としての幸せも掴みたい。アイドルも楽しいから続けたい。この子達も幸せにしてあげたい。斉藤社長の夢を叶えてあげたい、ミヤコさんに恩返ししたい、B小町の皆ともっと仲良くしたい、ファンの皆にも愛を返せるようになりたい……それに──」

「それに?」

「……んー、これは内緒」

 

 

 悪戯っぽく笑われる。そっか、内緒かーそりゃ仕方ないな。

 

 ……欲張りって言葉は彼女の為にあるのかもしれないな。そう思わされるぐらい、アイさんの語る夢──というより、願いは多かった。でも、それらを全部掴み取ろうとするなら。

 

 

「……じゃあ、子供の事は隠すのかい?」

 

 

 ──これから生まれてくる生命が、一番の障害になる。視線が鋭くなるのが、自分でも分かった……ダメだな、古傷を自分で抉りに行ってる気分だ。でも、親ってのは──子供を疎んで良いもんじゃない。愛するべきなんだ。

 

 子供は、親が思っている以上に聡い。どれだけ愛情を注いでも誤魔化そうとしても、その内自分が置かれている立場を自覚し始める。もし、その時に親にとって自分が邪魔なんだ、障害なんだって思ったら──笑って、誤魔化して、内心で傷付くんだ。

 

 アイさんが、少しだけ目を伏せた。

 

 

「…………ホントは、隠したくないんだけどさ。この子達に、悲しい思いさせちゃうかもしれないし。でも……私だけの我儘ならいいけど、そうじゃないから。せめて、この子達を守れるぐらいになってから、公表するつもり」

 

 

 ……悩んだ上での決断なのが分かった。多分、俺が思っている以上に、この子は子供の事を考えていた。少しだけ、疑ったことを恥ずかしく思った……ったく、慣れない事をするもんじゃないな。

 

 

「まぁ、それも元気に産んであげてからだけどね! だから──信じさせてね。先生」

 

 

 そう言って、からかうような笑みを浮かべるアイさん。きっと、彼女も内心は不安があるはずだ。それをアイドルの笑みで、覆い隠しているように、俺には見えた……その信頼には、答えないとな。

 

 

「ああ──約束する。君に、安全に元気な子を産ませてみせるよ」

 

 

 夜空に、星が輝いている。まるで、アイさんを照らすように。きっとこの子は──幸せになるために、生まれてきたんだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、ウチでは偽名を使った方が良いだろうな。念のためだけど」

「そっかー。私、有名だもんね」

「……何か希望はある?」

 

 

「そうだねー……よし、"宵谷"! "宵谷マナ"!」

 

 

「マナ……ああ、アイ()の読み替えか……"宵谷"ってのは?」

 

 

「えへへーそれはねー」

 

 

 

「"星"が輝く夜になる為には、"宵"が必要だからだよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 





なにこれB小町

Q.B小町の"B"って何?

「BeautifulのBとか? ほら、私達可愛いし」
「小町と意味被ってるわよ。あと、可愛いはCuteとかでしょ……頭脳ね。BrainのBよ」
「それミネちゃんだけだよ~。乙女の胃袋はBlackHoleのBだよ」
「それもアンタだけでしょ!?」
「……黒歴史。BlackHistory」
「いやーそれは遠慮したいかな……」
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