偽物の仮面と真実のアイ   作:ななち

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唐突ですが、私は「年齢の離れた男性と少女」とか「年齢の離れた女性と少年」の組み合わせが好きです。

つまり黎明卿ですね。

よろしくお願いいたします。


☆★33話

 

 

 ────古い記憶を見ている。どれだけ年月を過ごしても褪せることのない、拭う事も出来ない苦い記憶。心に残り続ける後悔の傷痕。

 

 

「見てよ、せんせ」

 

 

 窓の外にチラチラと降る雪を憶えている。針葉樹の葉を白く化粧するそれが、この土地ではひどく珍しくて。君と一緒に驚いたのを憶えている。

 

 部屋に備え付けられたテレビから、軽快な曲調の音楽が流れている。映像の中で、星のような煌めきを放つ少女が、カメラに向かってウインクしながらキレの良いダンスを披露していた。

 

 その輝きに、煌めきに。釘付けになっている君が見える。グッズで飾られたテレビに噛り付くように視線を送って、興奮した様子で両手に持ったサイリウムを小さくパタパタ動かして。目を悪くするぞ、と言ってもまるで聞かなかったな。

 

 

「だってだって、"アイ"だよ!? 私の一番の推しなんだよ!? 1フレームだって見逃せないよ、網膜に焼き付けなきゃ!」

 

 

 ずっと外に出てなかったから、色白になってた肌が少し赤みを帯びていて。大はしゃぎする君を見て、こっちまで嬉しくなる。俺には、その"アイ"って子の良さがよく分からなかったけど。そんなに好きなのかって聞いたら、君は「何言ってるんだ」みたいな目線を向けてきたな。少し傷付いたぞ。

 

 

「せんせは好きじゃないの? すっごい可愛いよ?」

 

 

 そう言って、君はテレビの中で踊る"アイ"をサイリウムで指す。確かに、俺の感性で見ても可愛いけど、好きって言えるかと聞かれたら分からない──というか、年齢を考えると仮に好きだったとしても、流石に言葉にするのは(はばか)られる。20代後半のおっさんが、12歳のアイドルを好きなんて言えば、冷たい目線を浴びせられる事は間違いない。

 

 

「もー先生ってばカタいなぁ。好きに年齢は関係ないよ」

 

 

 確かにそうかもしれないが、それと世間体は別問題なんだよ。アニメやゲームが好きって言っただけで白い目線向けられる時代があったぐらい、一度ついたレッテルは中々剥がれないものなんだから。

 

 ……だけど、正直に言えば興味はあった。どちらかと言えば、"アイ"に興味がある、というよりは──君が、なんで"アイ"が好きなのか、って方だったけど。

 

 

「え? 顔が良いからだよ?」

 

 

 その答えを聞いて俺は、頬杖をついてた腕から力が抜けてガクッと体勢を崩してしまった。思ったより俗物的な理由だった。そりゃまぁ、テレビ越しに見てるだけだから、一番印象に残るのが顔なのは分かるんだが。

 

 

「……冗談だよ? せんせ」

 

 

 ……知ってたし。気付いてたし。からかい上手になったなぁチクショウめ。俺を手玉に取れたのが嬉しいのか、カラカラと君が笑う。

 

 

「……"アイ"はね、私と同い年なんだ。でも、私よりずっと大人っぽくて、キラキラしていて……私とは、全然違う」

 

 

 君が、テレビの中で歌い踊り舞う"アイ"に目線を向ける。輝かしい舞台の上で踊る彼女と、白い病室の中でそれを見つめる事しか出来ない君。その瞳には、憧憬と──小さな嫉妬と、大きな諦観があったように、俺には見えた。

 

 それが、ひどく悲しい事に思えた。

 

 

「……違わないだろ」

「え?」

 

 

 口をついて出た否定の言葉に、一瞬「しまった」という思考が脳裏に過る。だけど、君がそうやってどこか諦めているような声色も、自分をまるで価値のない石ころのように例える感情も、俺は肯定出来なかった。

 

 

さりなちゃんはキラキラしてるよ。大人っぽく……はないな。でも可愛いし、俺は好きだぞ」

 

 

 ……最後の一言は余計だったかもしれない。いや、思った事をそのまま言っただけだ。嘘で飾った言葉は、君に届ける言葉としてふさわしくない。

 

 君はキラキラしている。懸命に生きようとしている。その歩みは、足跡は。間違いなく輝いているんだ。

 

 キョトンと呆けた表情をした君が、くすりと笑う。細まった目に、いたずらっ子のような光が宿る。

 

 

「…………せんせ、それは愛の告白?」

「んんっ……ませた事言ってるんじゃありません。思った事を言ってるだけだよ」

 

 

 いい歳した大人が、12歳の少女に愛の告白は事案なんだよ。社会的に死ぬ。せめて後4年は待ってほしい。

 

 君の目線が、画質の悪いブラウン管の中へ映し出された"アイ"に向けられる。"星"と言う表現がふさわしい、煌めく光がそこにいる。きっと、その姿を見て君は憧れたんだろう。もし、自分があの場所に立てたのなら、と。あの綺羅星の中に入れたのなら、と。

 

 ……ただ空に浮かぶ"星"へ手を伸ばすだけなら、諦められる。届かない事が分かってるから。でも──画面越しに踊る"アイ"は"星"のような輝きを持った"人"だから。だから、諦められないんだろう。

 

 

「……私も"アイ"みたいなアイドルになれるかな」

「なれるさ。退院したらいくらでも」

「じゃあ、アイドルになれたら……私を推しにしてね、せんせ」

「ああ、約束だ」

 

 

 ……アイドルの推し方なんて分からないけどな。勉強しとかなきゃなぁ。サイリウムの扱いからマスターするべきなのか? 

 

 でも、約束だ。君と俺の、大切な約束だ。君は俺の"推しの子"だ。

 

 

「ところでさっきの告白なんだけど、受けてもいいよ。結婚しよ、せんせ」

「受けてもいいよってなんだ、受けてもいいよって……日本で婚姻可能なのは16歳から。我慢しなさい」

「えへへ……じゃあ、16歳になるまで、頑張って治さなきゃね」

 

 

 

 ……ああ、約束だ。いや、結婚は約束してないけど。

 

 

 

 ……約束、だったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「せんせ……きて、くれたんだ」

「……ああ」

 

 

 

 分かっていた。もしも、なんて微かな希望で覆せるほど、君を囲う絶望は小さくない事なんて。産科医希望の、未熟な研修医ごときで、君を救ける事が出来ない事なんて。

 

 君の瘦せこけた頬を見て、すっかり細くなってしまった指先を見て、無力感に満ちていく心を、どうにか燃やす。君に希望を持たせた俺が、絶望的な顔をするわけにはいかない。

 

 

 

 

「……16歳まで、生きたかったなぁ」

「……生きればいいじゃないか」

 

 

 ……そんな、諦めたような言葉を吐かないでくれ。

 

 

「……アイドルにも、なってみたかった」

「治ればなれる。さりなちゃんは可愛いんだから」

 

 

 ……そんな、諦めたような表情を浮かべないでくれ。

 

 

「……先生の、推しになりたかった」

「いくらでも推してやる! だから……っ!」

 

 

 …………言葉が、続かなかった。その先に続く言葉が、どれだけ無力なのかを知ってしまったから。

 

 

 君の手が、俺の頬に添えられる。震えが、恐怖が伝わってくる。

 

 

「…………せんせ……」

 

 

 ……ダメだ、眠っちゃダメだ。君の目にあった星が、消えていく。煌めきが、輝きが消えていく。待ってくれ、まだ────

 

 

「大好き……ずっと、一緒、に……」

 

 

 掴もうとした手から、するりと力が抜ける。ベッド脇に垂らされた腕が、致命的な何かを損ねた事を否応なしに伝えてくる。俺は────零れ落ちた君を、掴み損ねた。

 

 

 

 

 ……なぁ、正しかったのか? こうなる事が分かっていたのに、君に希望を抱かせたのは、正しかったのか? 俺のエゴだったんじゃないのか? 

 

 

 答えは出ない。残ったのは、ただ深く深く刻まれた後悔の傷。いつまでも、いつまでも痛み続ける、贖罪の痕。

 

 

 ……俺が最期に見るには、ふさわしい記憶だよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……剥がれ落ちた"輪郭""中身"を観察するつもりだったんだけど、興味深いモノを見つけちゃったなぁ」

 

 俺が、崩れていく。解けていく。()()()()()()()()()()()()、ブラックホールに吸い込まれる塵みたいに消えていく。でも、この後悔の傷痕だけは最期まで持っておきたい。

 

 

「いいよ。君が守り通した魂だ。運んであげる」

 

 

 絶対に、絶対に──君の、思い出だけは。

 

 

「神様は、気紛れで優しいんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……暖かい。夏の海の中に漂ってるような、優しいぬくもりに包まれている。いや、沈んでいっているんだろうか。上も、下も、左も右も分からない。

 

 手足の感覚がない。いや、そもそも俺は存在しているのか? 身体があるのか? 俺は誰だ? ……誰? この意識は、なんだ? 

 

 

 

「──────」

 

 

 

 引き上げられる。沈んでいくだけだった意識が、何かに引き寄せられる。見えるのは、夜のような暗闇に煌めく……星? 水の中から通した見たような、そのぼやけた光に手を伸ばす。

 

 ……手を、伸ばしている。手足の感覚が、ある。解けていた自分が、また作り上げられていく。やっぱり水の中なのか、水が喉を、肺を満たしていく……いや、それは死ぬ。

 

 

「──────!」

 

 

 もがきながら、身体を動かす。水面に浮上しようと、鈍い反応を見せる手足に力を籠める。もう少し、もう少し──

 

 

 

 

 

 

 

「お~……アクア~今日は一杯おっぱい飲むね~♪」

「………………」

 

 

 ………………………………。ごくん。

 

 

 

「よ~しよし、えらいでちゅよ~えへへ」

「………………」

 

 

 ……………………………………? 

 

 

 

「……けふっ」

「ゲップも出来た~えらいえらい~」

 

 

 

 ……………………………………What? 

 

 

 

「…………ばぶあああああああああっっっっ(なんじゃあああああああっっっっ)!?」

「わ、わ!? どうしたの~アクア~? おっぱいもっと飲む?」

 

 

 

 

 

 ……………………飲みます。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 星野愛久愛海(アクアマリン)は転生者である。母は"星野アイ"、父は”宵谷マナト"。自分の苗字が"星野"なのか"宵谷"なのかとんと見当がつかない。ついでに名前が"アクア"なのか、"愛久愛海(アクアマリン)"なのかもわからぬ。母はアクアと呼ぶが、父は愛久愛海(アクアマリン)と呼ぶからだ。

 

 前世の名前は分からない。意識の連続性だけがあって、自分が「何かしら」の人生を引き継いでいる、という事だけ分かっている。果たしてそれが"人"生なのか、はたまた猫なのか犬なのか、男なのか女なのかも分からない。

 

 ……酷い文章だな。現代の夏目漱石だって、こんな頓珍漢な文章は書かないだろう。あと、夏目漱石が分かったので前世は人間だな。そうであってほしい。

 

 

「……うーん」

 

 

 特異な生まれだからかは分からないが、恐らく生後1歳になるかならないかぐらいだというのに言葉が喋れる。普通の子供のように、ある程度立って歩ける。これは成長が早い赤ちゃんならあり得ない話ではないが……母と父の反応を見るに、つかまり立ちすらまだだったようなので、これもこのみょうちきりんな生まれの恩恵? なんだろうか。

 

 ……考えても考えても、なぜ俺がこうなっているのか、さっぱり分からない。前世で二度目の人生を送れるような徳を積んだのか? それこそ世界平和に貢献したとか、人助けを頑張ったとか──いや、それだと大半は転生しそうな気がするな。

 

 分からないが──一つだけ、覚えている事がある。それは──"前世の俺"が、大切な誰かを想っていた、という事。その感情だけが、ジクジクと痛んで胸を締め付けている。正直、あまり良い感覚じゃない。

 

 その感覚が、ストレスになっている自覚がある。こういう時は、身体を動かすに限る……と、言いたい所なのだが。

 

 

「……よっと」

 

 

 両親が寝静まった夜。布団の中から抜け出して、俺はリビングまで来る。ソファの上に置いてあった照明のリモコンを手に取って、光量を抑えた状態で点ける。

 

 ベビーベッドの足に掴まって、そのまま立ち上がる。そのまま手を離して、一歩、二歩、三歩、四歩……と歩いていく。生後1年に出来る運動なんてこれぐらいしかないのだが、正直この動作すらちょっと覚束ない。

 

 赤ん坊なのだから仕方ない、というよりは。この身体自体が、()()()()()()()()()()()、と感じるぐらい感覚と動作にズレがある。神経系の発達がまだ未熟なのかもしれないが、五歩目に到達しようか、という所で──俺の脚は力尽き、パタリと柔らかいラグの上に倒れる。なまじ前世がある、と自覚している分、かなりもどかしい。前世がどれだけ運動出来たのかは分からないが。

 

 しかし、今日は五歩か。昨日は六歩まで行けたから、進捗としては芳しくない。ハイハイ体勢へと移行し、もう一度掴まり立ちをしようと戻ろうとした、その時。

 

 

「あー! アクア!」

 

 

 少し舌足らずな声色で、俺を呼ぶ声がした。夜に配慮してか、少し小声で。

 

 目線を向ければ、俺の覚束ない足取りとはまるで違う確りとした動きで、こちらに向かってくる赤ん坊。

 

 母に──アイにソックリの、()()()()()()()()()()()()()。紅玉のような瞳が輝く、双子として生まれた俺の片割れ。その表情は、ちょっと焦っているように見えた。

 

 

「ダメだよ、アクア身体弱いんだから……! ママかパパがいる時にやらないと!」

「いや、運動神経に関してはお前とどっこいどっこいだろ」

 

 

 星野瑠美衣(ルビー)。双子だから同じ生後1歳。やけに流暢に喋る様から、まさか、と思われるだろうが──俺と同じ、どこぞの誰かの転生者……らしい。しかも、俺とは違って記憶までしっかりあるタイプの。そして──

 

 

「いいから! お姉ちゃんの言う事聞こう!」

 

 

 ──何の根拠か分からないが、姉を自称する幼女である。

 

 

「……いや、双子のどっちが兄か姉かって、本当に産まれた順番で決まるんだぞ。お前が姉かは分からないだろ」

「え? でも意識の目覚めは私の方が早かったよ。アクア、夜泣きしまくってたじゃん」

 

 

 ……まぁ、確かに。俺が"俺"として目覚めたのは、ほんの半月前だけど。

 

 

「そうだけど。でもそれはあくまで意識の差だろ。出生届で決まってるんだって」

「でも分からない内は私がお姉ちゃんだよ」

 

 

 ゴリ押そうとしてるな? そのまま流れで、たとえ妹だと判明しても姉を名乗るつもりだな? 

 

 

「…………いや、ダメだ。なんか心情的に呼びたくない」

「ママのおっぱいゴクゴク飲んでるくせに!」

「どういう反論だよ。それはお前もだろ。あと母親から授乳するのは赤ん坊の免疫的に考えても実に理にかなってる行為だ。最近ではミルクも品質的には変わらなくなってきたけど、可能であるなら──」

「いきなり早口になるじゃん……」

 

 

 お互いに転生者と分かってからは、こうやって夜も更けた時間に秘密の会話をする事が多い。他愛もない、前世の話もしない、単なる雑談。それに、救われている自分がいる。訳も分からない、あるとだけ分かっている前世に振り回される感情が、落ちつくから。

 

 後、何故かは分からないが──ルビーと話している時だけは。前世の誰かの感情が、落ち着く気がするのだ。きっと、気のせいだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を開ければ、穏やかな表情で眠る大切な人がいる。腕の中で、幸せそうに──ちょっと涎を垂らしながら、時折夢でも見ているのか笑んでいる女性。

 

 そう、目を開けた。蒼い瞳が、闇夜の中で淡く光っている。耳が、寝静まっているはずの誰かの声を拾う。そして、少しだけ微笑んだ。

 

 

 

「……………………」

 

 

 

 彼は、夜を眠らない。

 

 

 

 

 





余談なんですが、拙作のアイは原作のアイに比べてアイドルパワーが落ちてます。

「完璧で究極のアイドル」というにはちょっと嘘吐き力(アイドルパワー)が足りません。元々の才能と完璧主義でゴリ押してますけど。

だから冒頭の彼女も憧れの中に別の感情が混ざるわけですね。一応手が届く位置にいるので。
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