偽物の仮面と真実のアイ 作:ななち
遅くなりました。
キャラが増えると、書きたいシーンや視点も増えるので、マナト君が段々空気になってる気がしますね。
転生。生まれ変わり。古今東西、様々な伝奇に語られる、夢物語のような現実味のない現象。世界のどこかでは転生トラックなる異世界への片道切符があるとかないとか。ともあれ、荒唐無稽な話である事には間違いない。
……そんな荒唐無稽な現象が、まさか現実に存在して。しかも自分の身に降りかかるなんて──星野瑠美衣は想像もしていなかった。出来るわけがなかった。
瑠美衣が「自分が転生したのだ」と気付いたのは、愛久愛海に比べていくらか早かった。前世の終わり、"死"という冷たい暗闇に沈んでいく意識。もう少し生きていたかった、という願いが無情に消えていく恐怖を味わいながら、目を閉じた最期。
二度と訪れる事のないと思っていた目覚めの感覚は、瑠美衣に多大な困惑をもたらした。もしかして助かったのか? 私はまだ生きているのか? と、思考を巡らせる中で──やがて、自分が前世の身体ではなく、小さな赤ん坊になっている事に気付いたのだ。新生児室の白い天井と照明が、瑠美衣の第二の人生で最初に見た光景だった。
転生に気付いた瑠美衣を満たしたのは、歓喜と恐怖だった。終わりの先にあった新たな生を喜ぶ感情と、現実的に考えてあり得ない現象が自分に起きている恐怖。産まれて間もない赤ん坊であるため、何も出来ない無力感。綯い交ぜになった感情に歯止めが効かなくなった瑠美衣は、盛大に泣いた。赤ん坊として当たり前に泣いた。釣られて隣のベッドで寝ていた赤ん坊も泣きだす。泣いて、眠気に襲われて寝て。目が覚めて、泣いて、寝て。それを何度か繰り返した後、瑠美衣は自分を産んだ両親との対面を果たした。
……その時の衝撃は、何時まで経っても忘れられないだろう。
「えへへ……笑ってる。可愛いなぁ……」
「ええ、アイさんにそっくりです」
「えー? 目元はマナトに似てない?」
瑠美衣の前世は、それはもう重度のアイドルオタクだった。グッズを許される限り買ってもらって、部屋に飾るようなアイドルオタク。そんな彼女が箱推ししているアイドルグループは"B小町"であり、一番の推しはセンターで星のように輝いていた"アイ"だった。
その"アイ"が、自分を見て笑っている。推しが、自分の母親だったのだ。
初めは、死ぬ前に見る都合の良い幻覚や夢なのではないか、と疑った。だけど、アイが差し出した指先を、藁にも縋る思いで掴んだ瞬間に──これは現実だと悟る。死んで生まれたばかりなのに、天にも昇るような感動に包まれた。
……隣にいる男は誰だ、という厄介オタクの様相も見せていたが。
ともあれ、これは神様がくれたプレゼントだと思った瑠美衣は、この二度目の生を絶対に無駄にしない事を誓った。前世では出来なかった事や、やりたかった事をやってみせると意気込んだ。だが、いくら転生したからと言って、赤ん坊に出来ることは少ない。寝る、オムツを替えてもらう為に泣く。アイの授乳を受ける、もしくは哺乳瓶でミルクを飲ませてもらう。それぐらいしかない。
それでも前世で推しであったアイドル、もとい母に思いっきり甘やかしてもらえる環境は瑠美衣にとって、天国のような最高の環境だった……推しに男がいて、かつその男との子が自分なのだ、という事実からは全力で目を逸らした上での話だが。
前世から通して性別が女性である事もあって、父──マナトの世話になるのは非常に複雑な気分であったし、なんなら「推しに手を出しやがった男」と毛嫌いし、随分と早い反抗期を迎えていたのだが──そんな内心とは裏腹に、実に瑠美衣は手のかからない子として日常を過ごしていた。
その理由は至極単純である。
「あー! あーーー!」
「ん……どうしたの、アクア~」
瑠美衣の双子として生まれた男児──愛久愛海が、そりゃもう手の掛かる子だったからだ。一日の半分は泣いてばかり、夜泣きをしてアイやマナトを起こす事はしょっちゅう。前世で子育ての経験がない瑠美衣は、修羅場のような育児現場を見て戦慄していた。ここでもし、自分の我儘で母にだけ甘えたい、父はイヤなんて言ってたら。
────……
そんな恐怖が芽生えた瑠美衣は、甘えたくなる気持ちに蓋をして、なるべく両親の負担にならない自分を演じた。必要な時以外は、じっと大人しく寝てる事にした。アイの負担にならないよう、なるべくマナトにだけ気付かれるように泣いたりした。
……そのうち、表情を見れば何をして欲しいか察する事の出来るマナトの育児力の高さに絆されて、早すぎた反抗期は即座に終戦を迎えたりもしたが、それはそれ。
「………………」
とはいえ、その状態がずっと続けば、本人の気付かぬ内に徐々にフラストレーションは溜まっていく。愛久愛海が夜に泣くせいで、唯一の自由時間である両親が寝静まった深夜も動けないし。やれる事も少ないから、有り体に言えば暇だし。
そして、ようやく生後1年になろうか、というぐらいの年月が経った日。愛久愛海の夜泣きの頻度が少なくなってきたのを見計らって、瑠美衣は溜まりに溜まったフラストレーションを発散する事にした。
「…………よし」
両親が寝静まった深夜。そっと布団から抜け出した瑠美衣が手に取ったのは、充電ケーブルに繋がれたアイのスマートフォンだった。仕事用ではなくプライベート用で使っているソレには当然パターンロックが掛けてあったが、まさかアイも赤ん坊である瑠美衣に見られているなんて思わない。マナトや斉藤夫妻とのやり取りの為に瑠美衣の前で何度かロックを解除しており、それを瑠美衣は覚えていた。
そのままスマートフォンの画面の灯りを頼りにリビングまで慎重にハイハイで進んだ瑠美衣は、パターンロックを解除。ブラウザアプリやSNSアプリなどを起動して、いわゆるネットサーフィンを敢行する。前世ではあまり馴染みのなかった行為だったが、どうしても瑠美衣は確認したい事があった。
家にあるカレンダーを見れば、自分が前世で死んでから5年近く経っている事は把握出来た。瑠美衣が知りたかったのは、その5年の間に推しのアイドルグループであったB小町がどうなったか、という事だった。
推しの子に生まれた事に気付いた当初、瑠美衣のテンションは最高潮に達していたが──冷静になって考えれば、その推しのアイドルの子に自分がなっている時点でおかしいのだ。子供を産んでいる、という事はアイドル活動を現在はやってないという事だし。B小町のメンバーと連絡を取り合っているのは、何度か見たけど、それがアイドルグループとしてのやり取りなのか、単なる友人とのやり取りなのかは分からない。
もしや、アイドルを辞めてしまったのか、とか。B小町は解散したのか、とか。不安が日に日に募っていたのだ。もしそうなら、推しの子に生まれたのを素直に喜べなくなりそうだった。
少しだけ緊張しながら、検索欄に「B小町」「B小町 アイ」などのキーワードを入れて検索し、SNSやネットサイトを周回していく。結果的に見れば、B小町は解散なんてしておらず、アイもただ長期休暇という事でB小町を離脱しているだけだった。
……SNSで、長期休暇の期間などで「男とヤッて子供でも出来たんじゃねーのwww」みたいなズバリ正解な投稿があって、内心ドキリとした。
「……よかったぁ」
瑠美衣はほっと胸を撫で下ろす。前世で焦がれ、憧れた星の光は潰えていなかった。それだけで、充足感と安心感で満たされていく。
知りたかった事を調べる事は出来た。この時点で瑠美衣の目的は達成されたが──それはそれとして、現代の情報も気になる。赤ん坊の身では、どうせ食う寝る漏らす以外は暇なのだ。今の内に気になる事を全部調べよう、と瑠美衣はネットサーフィンを続ける。
特に気になるのは、前世の自分が死んでから、瑠美衣として生まれ変わるまでのB小町の軌跡だ。休止した1年を除けば、自分が知らないアイの姿が4年分は蓄積されている、という事。推しの活躍を把握していないのは、すなわちアイドルオタクの風上にも置けぬ存在である。ネットの海を潜れば、あっと言う間に出てくる自分の知らないアイやB小町のライブ映像──当然音は消しているし、PV程度の長さの動画だったが──を見て、瑠美衣は恍惚とした表情を浮かべた。
……4年分の推しの供給に、夢中になっていたからだろうか。瑠美衣は、もぞりとリビングに一つの小さな人影が侵入してきた事に気付かなかった。スマートフォンの画面を食い入るように見つめ、感嘆のため息をついている。
そして。
「……そんなに近くで見てたら、目を悪くするぞ」
────……ちょっと画面から離れような。目ぇ悪くするぞ。
「ちょっと待って……今、超良い所だか……ら……?」
────……1フレームだって見逃せないよ、網膜に焼き付けなくちゃ!
暗闇から呼びかけられた忠告に、瑠美衣がごくごく自然に返事を返そうとして。途中で、何かがおかしい事に気付いて言葉尻がすぼむ。この家で喋れるのは、転生した恩恵なのか何不自由なく喋れる瑠美衣と、当たり前だがアイとマナトしかいないわけで。ギギギ、と錆びついた歯車が動くような固い動きで、視線を声がした方向へと向ける。
そこにいた人物は、闇夜によく溶け込む、アイによく似た黒髪──節々にマナトに似た金髪が、何房か混ざっている──の下から、蒼玉の瞳を覗かせていた。今まで涙で潤んでいる所しか見た事のなかった瞳には、しっかりとした知性が宿っている。
──双子である愛久愛海が、じっと瑠美衣を見つめていた。
「……~~~~~~っ!? な、なん……っ!?」
「……なぁ、聞きたいんだけど」
なんとか悲鳴を堪えた瑠美衣の動揺など、どこ吹く風。赤ん坊とは思えぬ明瞭とした言葉を喋った愛久愛海が、首を傾げながら、怪訝そうな表情を浮かべながら、こう瑠美衣に問いかける。
「君、もしかして俺と同じ?」
「…………え?」
★
互いが転生者である、という事を知ったのはそのやり取りがキッカケだった。当初は互いに困惑していた──特に瑠美衣は、愛久愛海が最近まで本当の赤ん坊のように泣いていたのだから、なおの事理解できなかったが、愛久愛海いわく、前世の
まさか同じ境遇の人物がいるとは夢にも思わなかった、と。瑠美衣は驚愕でずっと呆けた表情を浮かべていたが、それと同時に安堵の感情も生まれてきていた。
転生、という常識の埒外の現象。自分の異常性を気付かれないように、と気を張って演技していた1年間。誰の共感も得られないだろう現状と感情に、少しでも共感してくれる可能性のある人物が、こんなにも身近にいたのだ。それは、無意識にでも瑠美衣の中に「独りじゃない」という感情を与えていた。
そして、それは愛久愛海も同様である。与えられたのは前世の意識だけ。記憶も何もない、ただ連続性のある意識だけが引き継がれた状態で、混乱の極みにいた彼もまた、同じ境遇の人物がいる事に安堵していた。
「……意識だけ? 記憶が無いの?」
「ああ。知識はあるから、多分、人間なんだと思うけど……」
前世トーク、あるいは転生トーク。世界広しといえど、これで会話が成り立つのは恐らくこの二人だけだろう。
瑠美衣は、愛久愛海の話を聞いて、少し気の毒に思った。自分の事を棚に上げるわけではないが、客観的に見ると赤ん坊が喋っている光景ってこんなに気持ち悪いんだな、と思った感情もどこかへすっ飛んだ。
前世の記憶がない。ただ、意識だけが連続しているとだけ分かっている。自分が何者か分からない。ごっそりと、自分というモノが消えてしまったような感覚。それは、前世の最期で味わった、何もかもが解けていく感覚と同じなんじゃないか、と。
事実、前世の事を話している愛久愛海も不安そうな表情を浮かべていた。頼れる存在を失った幼子……実際に幼いのだが、ともかくそんな雰囲気を醸し出している。
庇護欲がかきたてられた。前世では終ぞ感じる事の無かった感覚に、瑠美衣は戸惑いながらもそっと歩み寄る。
「えっと……じゃあ、ママ──"アイ"の事は分かる?」
「アイドルグループ"B小町"の絶対的なセンター。抜群のルックスとキレッキレのダンス、見る者を惹きつける天性のカリスマを併せ持った、まさに一番星の生まれ変わりの──」
「ストップストップストップ! え、詳しくない?」
ちょっとした好奇心。もしかしたら記憶が戻る手伝いになるかな、と思って聞いた母の事。母さんは母さんだろ? ぐらいの言葉で返ってくると思っていた瑠美衣の問い掛けは、予想だもしてなかった情報量で返された。
「……確かに。なんでこんなに知ってるんだ、俺?」
「いや、分かんないけど」
愛久愛海も何故こんなにも"アイ"について詳しいのか分かっていなかった。知識はあれども、その知識を得た経緯が分からない。言い様の無い気味悪さに、愛久愛海は顔をしかめたが──瑠美衣は内心で確信していた。この子の前世、多分
そうと分かれば、親近感も湧いてくる。前世でも推しについて語りあえる人物なんて、一人しかいなかったのだ。"B小町"のメンバーは知ってるか、とか。"アイ"のダンスはどれが一番好きか、とか。オタクにしか語れないような話題と質問を、矢継ぎ早に繰り出していく。結果的に分かったのは、知識として知っている事は分かるが、何が好きで嫌いか、といったような感情に左右される個人の嗜好は分からない、という事だった。
瑠美衣にそんな気は恐らく無かったが、愛久愛海はこの一連のやり取りを「瑠美衣が自分の記憶を取り戻す手伝いをしようとしてくれている」と解釈した。そも、自分が何者かも分からぬという空虚感を抱えていた愛久愛海にとって、瑠美衣との会話は自分を確立させてくれる、居心地の良い瞬間に違いなかった。
だから、愛久愛海もまた瑠美衣に興味を持つ。
「……君の前世ってどんなだったんだ? 俺と違って覚えてるんだよな?」
「え? えー……と……」
瑠美衣が言い淀む。前世の事は、正直に言えば思い出したくないような出来事の方が多かった。だからこそ、今世ではやりたい事をやるのだ、と決意したのだし。
そんな瑠美衣の様子を見て、愛久愛海は「言い辛い事聞いちゃったか」と、バツの悪そうな表情を浮かべて、答えなくていいよと質問を撤回しようとする。だが──
「……ううん、いいよ。名前ぐらいなら教えてあげる」
──少しぐらいならいいか、と。色々と"アイ"について語れた恩返しか、あるいは──愛久愛海と話していて何となく感じる安心感に、気を許したのか。瑠美衣は、少しだけ深呼吸をして……前世の自分を、思い出す。
白い病室の中で眺めていた、窓の奥の雪景色。病気でまともに動かない身体。いつか死んじゃうんだろうな、って漠然と見えていた死への恐怖。中々会いに来てくれなかった両親。生きる為に、忙しい両親を案じる
……絶望しかなかった。未来に、希望なんて抱けなかった。それでも、愛されていないと理解してしまうのが怖くて、ただ偽り続けた人生。
────そんな暗闇の中で、光を見た。
テレビの先で、暗闇にいた自分を照らしてくれた人。辛いときも、苦しい時も自分に寄り添ってくれた大好きな人。前世は思い出したくない事の方が多いけど、この二人に救われた自分は確かにいたのだ、と。
だから、その名前を言うのに躊躇いはない。
「……さりな。私の前世、さりなって名前」
「……!」
瑠美衣が告げた前世の名前に、愛久愛海がどこか驚いた表情を浮かべる。名前を聞いた瞬間に、自分の中にいる"誰か"の感情が疼いた。それが何を意味するのかは、分からない。分からないが──悪い感情ではない。ただ、涙が出そうになるぐらいに──嬉しい、という感情だった。
「……そっか。良い名前だな」
「そう? ……あ、でもママとパパの前では絶対その名前で呼ばないでよね。ルビーって呼んでよ!」
「分かってるって」
こうして、転生者二人の初めての邂逅は幕を閉じる。誰にもバレてはならない、転生という秘密の共有者。家族というには歪な関係だったが──それでも、二人の仲は確実に深まったのだった。
「ところで、最近意識が目覚めたって言ってたよね」
「ああ、それがどうかしたのか?」
「ってことはさ」
「おう」
「──私がお姉ちゃんって事にならない?」
「…………は?」
「ね、呼んでみてよ。おねえちゃーんって」
「………………いや、なんか嫌だ。お前をそう呼びたくない。何でか分からないけど」
「何で!? ……ってか"お前"って言った!?」
ルビーの性格が、原作よりかなり柔らかめになってます。
性格に棘が無い理由については、以下のような点があります。
・アイに負担を掛けない為に前世と同じく良い子を演じた
・アクアの記憶が吹っ飛んでるので、転生者としての敵愾心(?)が無い
・そもそも前世で過激厄介ファン度数が抑えられている
……というか、原作のあのレスバ性能は一体どこで身に着けたんだろう。