偽物の仮面と真実のアイ 作:ななち
この作品は「やさいせいかつ」をモットーに執筆しています。
2024/11/22
一部のセリフ・文章を修正しました。
アイが妊娠してから2回の冬を越し、夏を迎えるほどに季節が廻った。
アイドルグループ"B小町"の不動のセンター、"アイ"の長期離脱は実に1年と半年近くに及んだ。一時期は今流行りのホットなアイドルとして世間に取り上げられた事もある彼女達だが、センターの離脱による人気低迷の影響で、その話題性は落ち着いた状態だった。
元々地下アイドル上がりだったB小町は、"アイ"が抜けても変わらず推し続けてるコアなファンも多かった。だが、世間にピックアップされた事で出来た――所謂「流行りモノを追いかける」タイプのミーハーなファンは少なからず離れていってしまったのが現状である。B小町のメンバーそれぞれは各々が得意とする分野での活躍も多かったが、「アイドルグループ」としての人気は低空飛行気味だったのだ。
だが、その長きにわたる人気低迷もこれで終わる、と。B小町を擁する芸能プロダクション――苺プロダクション社長、斉藤壱護は気合の入った字体で、マナトの家に持ち込んだホワイトボードに大きく「いちごプロ会議 アイ復帰大作戦」と書き込んだ。
……一緒に描き込まれた、妙にデフォルメされた兎の顔や苺の絵は多分、遊び心なのだろう。ソファで愛久愛海と瑠美衣を両サイドに座らせて、よしよしと撫でているアイは、内心で「社長あんまり絵上手くないね」と思った。なお、絵のレベルに関してはアイも壱護と大差ない。
梅雨の季節という事もあり、前日に降った雨が日照りで熱され、外は日本特有のジメジメとした暑さに覆われている。家の中はエアコンが効いているが、愛久愛海と瑠美衣――特に母子検診で身体の弱さが分かった愛久愛海に考慮し、その温度設定はそれほど低くない。外の日照りで、身体が先ほどまで熱されていた壱護は、じとりと額に汗を浮かべている。まぁ、暑くなった原因の大半は、何故かホワイトボードを斉藤夫妻宅から運んだ事なのだが。
……わざわざこんな準備しなくても、とアイは言いたかったが。壱護が形から入りたいタイプの人間である事は察していたので、そっと口を噤んだ。
「暑かったでしょう。冷たいものどうぞ」
「ああ、ありがとうねマナト君……暑いわね」
ソファとホワイトボードの間にあるガラス張りのテーブルの横に座ったミヤコが、手団扇でパタパタと顔を扇ぎながらそう呟く。実際、今日の日照りは夏日らしく相当に強かった。朝のニュースで紫外線対策についてキャスターが話していたのは、アイの記憶にも新しい。
テーブルに、マナトが盆から冷たい飲み物が入ったグラスを置く。カラン、と氷とグラスの触れ合う小気味いい音が流れた。壱護にはアイスブラックコーヒー、ミヤコには柑橘系の果実水、アイにはアイスカフェオレである。当の本人は、単なる氷水だった。
「うし。それじゃ、打ち合わせ始めるぞ」
「はーい」
「だぁー」
「ばぶー」
「……ノリ良いな」
塾講師のように指し棒を手にとった壱護の会議開始の声に、アイが賛同するように応える。それに合わせるように、愛久愛海と瑠美衣も声をあげた。この二人の事情を知らぬ者が見れば、単に母親の声に反応しただけのように思えるだろう。流石に、この双子の中にしっかりした意識があって、明確に反応しているとは想像はつかない。
「まず、アイドルとしての"アイ"は近日に復帰する。予定としては、まず第一弾として、三日後に歌番組の生放送。その二日後にラジオ収録。ちと忙しいが同日に販促イベントへの出演。その翌日に、復帰を記念してのB小町の新曲の収録だ」
差し棒でホワイトボードに書かれた「アイ復帰大作戦」の文字を叩いた壱護が、そこまで一息で言い切る。一呼吸ついた後、サングラス越しに視線をアイに向けた。
「一応聞いとくが、体調は問題ないよな?」
「大丈夫、問題ないよ。むしろ身体動かしたくてしょうがないぐらいだし」
そう言って笑顔で親指を立てるアイ。
出産を終えてからしばらくの間――それこそ
だが、それも愛久愛海と瑠美衣が生後1年を過ぎた辺り――正確には愛久愛海が前世の意識を思い出した辺りで、アイは完全に体調面も復活した。それを見て、これなら問題ないだろう、と前々から画策していた復帰計画を壱護を押し進める事にしたのだ。
……が、それでも心配なのは心配なもので。壱護の中に芽生えた親心も相まって、スケジュール自体はそれなりに余裕を持たしている。
「そりゃいい。んじゃ、次はこれだ」
そうして、壱護はホワイトボードの2分の1を占拠していた「アイ復帰大作戦」から、少し下に小さめに書かれた「愛久愛海と瑠美衣の面倒」を指す。アイがアイドルの"アイ"として復帰するのであれば、欠くことのできない課題だ。
余談だが、愛久愛海と瑠美衣の字を、アイとマナト以外で一番に覚えたのは壱護である。なんだかんだで気に入っているのかもしれない。
「あんまり言いたかねぇが、アクアとルビーの存在は俺達にとっての爆弾だ。特にルビーはお前に瓜二つだからな。勘の良い奴なら気付きかねん」
愛久愛海は、まだマナト譲りの蒼い目、大半は黒だが一部に混ざる金髪もあって、まだ誤魔化せるだろう。だが、瑠美衣は幼いながらもその容姿はアイに瓜二つだ。唯一違う所と言えば、瞳はアイよりも紅が濃いぐらいしかない。将来は間違いなく母親似の美人になるだろう、と今からでも想像できる。
これが意味する事は、極力アイと愛久愛海と瑠美衣を結びつけるような行動は出来ない、という事だ。爆弾級のスキャンダルである、という事はアイも分かっている。だから、あまり気分の良い事ではないが、可愛い子供を守る為にはしょうがない、と自分を納得させている。
「……まぁ、最悪バレ掛けても誤魔化す手段はある。お前のプロフィールを開示して、腹違いか種違いの歳の離れた兄妹って言っておけば、まだ何とかなる。施設育ちってだけで、外野は勝手に想像するからな」
アイの才覚を見て、その兄妹であれば将来に期待が出来る。だから後見人として引き取った、という風にしておけば、少なくとも誤魔化せるだろう。「子供を道具と考えているんじゃないか」と言った非難が壱護に来る可能性もあるが、壱護としてはそれは甘んじて受ける気でいる。
……正直、スキャンダルとしての爆弾が大きすぎて、どのタイミングで爆発しても大差ないような気さえしてくるが。
「むぅ……ねぇ、やっぱり公表した方が――」
「ダメに決まってんだろアホ。アイドルってのは"清純"だの"綺麗"だの、処女性を売りにしてんだ。公表するにしても、アイドル辞めてからだ……続けたいんだろ?」
「……うん」
アイの気の迷いとも言える発言を、壱護が制する。
……始めは向いていないと思っていたアイドルという職業だが、長年続けていれば愛着も湧く。歌うのは楽しい。踊るのは楽しい。自分の一挙一動で、ファンが湧いてくれるのは嬉しい。アイにとってアイドルという職業は「自分の愛に自信を持つ」為の職業でもあり、「愛してくれた皆への恩返し」の手段でもある。
だから、今辞めるという選択肢はアイの中にはない。とはいえ、自分の破滅的というか、衝動的な行動で迷惑を掛けているのも間違いないので、こうやってちょっとした弱音が漏れ出す事もある。ある意味、彼女の中で頼れる人物が増えている証左でもあった。
「話を戻すぞ。とにかく、お前とアクアとルビーは、外で原則一緒に行動するのは禁止だ。お前が仕事の場合は、俺やミヤコ、マナトが面倒を見る。とは言っても……」
壱護の視線がマナトに向く。以前、壱護が高千穂で取り付けた芸能関係者との縁で、マナトにはキャスティングのオファーが来ており、もう確定している。撮影が始まれば、そう簡単に休みも取れなくなるだろう。
「……マナトは月9ドラマの撮影があるからな。端役ならまだしも主演だ。だから、基本的にはミヤコに面倒見てもらう事になる。悪いな、ミヤコ」
「ふふ、予行練習だと思っておきますから」
申し訳ない表情でそうミヤコに謝る壱護に対して、朗らかな微笑みで返すミヤコ。その予行練習、というのがどういう意味なのかは……まぁおして知るべし、という事だろう。
が、その一方でアイは目をパチパチと数度瞬きした。壱護の話した内容に、アイが把握していない情報が混ざっていたからだ。
「え、マナト、ドラマの主演の話貰ったの? 私知らなかったよ? どんなの?」
壱護の話が寝耳に水だったのか、びっくりとした表情でアイの視線がマナトに向いた。それに釣られるように愛久愛海と瑠美衣の視線もマナトに向かった。まさしく親子の動きだった。
マナトがどうしたものか、と困った表情で頬を指先で掻く。撮影前のドラマの情報を話すのは、業界人としてはあまり褒められた事ではない。が、まぁ身内なのだ。その辺は問題ないだろう、と。一応壱護に視線を向けて頷かれたマナトが、ピンと指を立てて、アイに視線を合わせる。
「信用詐欺師の話だそうです」
「しんよーさぎし?」
コテリ、とアイと瑠美衣が首を傾げた。愛久愛海は意味が分かったのか、何に納得したのか頷いている。アイと瑠美衣の中では「信用」と「詐欺師」が結びつかなかった。
詳しく話すわけにもいかないので、マナトが「まぁ放送を楽しみにしてください」と言った所で、その話題は着地した。それを見た壱護が、仕切り直すようにパンと大きく手を鳴らす。
「話しは終わりだ……アイはこれから俺と一緒に事務所へ行くぞ。急ぎで悪いが、準備してくれ」
「……? あれ、今日レッスンの予定とかあった?」
アイの疑問に、壱護は首を横に振る。実際、アイの本日のスケジュールに、ダンスレッスンやボーカルレッスンなどは組まれていない。だが、三日後に控えた歌番組の生放送の為にやっておくべき事があった。
「三日後の歌番組。生放送だな?」
「うん」
「そして出演するのはB小町だ」
「うん……あ、もしかして」
生放送という事は、撮り直しの効かない一発本番という事だ。事前にミスや撮影事故が起こらないように、
「そういうこった。いい加減会わせろって煩いんだよアイツら」
アイの脳裏に浮かんだ、B小町のメンバー。極秘出産という事もあって、1年以上顔を見せていなかった
★☆
1年半前に比べて、少しボロっちくなったように感じる事務所のビルの扉を開く。前に塗装し直さなきゃな、と社長が言っていた内装の一部は綺麗な白色に塗り直されているし、観葉植物や小物の位置も記憶とはやっぱり違っていた。
たった1年と半年。だけど1年と半年。久しぶりに訪れた事務所の空気に、私は懐かしさを感じてしまった。あっと言う間に思えたけど、時間は変わらず流れてるんだなぁとらしくない考えが浮かぶ。
開く度にギィって音がしていた事務室に入る扉は、蝶番が直されたのかスムーズに動いた。が、何故か部屋の中は真っ暗なままで。私は休日だけど、今日は平日だから事務所は仕事あるはずなのに、と疑問に思っていると――後ろにいた社長に、背を軽く押された。
たたらを踏んで中に入った私は、何をするのと社長に抗議の意味を込めた視線を送ろうとして――パッと、部屋の灯りが点いた。蛍光灯の光が、眩しい。それと同時に、パンパンって何かが弾けるような音がして、聴覚が敏感な私は思わず耳を塞ごうとして。
「「「「アイちゃん、復帰おめでとー!」」」」
「……………………え?」
なんていうか、思考が追い付いていない。ひらひらって重力に従って降りてくる……いろんな色のリボンが、私の頭に引っ掛かった。それがクラッカーのリボンだって気付くのに、10秒ぐらい掛かった気がする。
部屋の中にいるのは……ニノちゃんに、ナベちゃん。スタッフさん。皆、笑顔で私を見ている。中には泣いてる人もいる。事務所の奥に見えた「アイ復帰(予定)おめでとう!」の横断幕みたいなのが見えて、ようやく私は事態を把握できた。
…………私、祝われて、る?
「遅いよ~アイちゃん~待ちくたびれちゃったよ~」
「……復帰……予定? おめでとう。待ってた」
ニノちゃんとナベちゃんが笑顔でそう言ってくる。多分、今の私はアイドルの風上にも置けないぐらいに、間抜けな表情を晒しているに違いない。可愛いなんて欠片もない、ポッカーンって口を開けた表情。
どうしよう。思考の整理は追いついたけど、感情の整理が追い付けてない。私、周りに合わせるの得意だから、こういうドッキリみたいなのに強いはずなのに。全然、自分を取り繕えてない。
「ほら~ミネちゃんも~。何時までもそっぽ向いてないで~」
ニノちゃんの視線の先を辿る。そこには、スタッフさんに紛れるように顔を背けたミネちゃんがいて……その右手には鳴らした後のクラッカーがあって。こちらを向いたミネちゃんの眼鏡越しの視線と、私の視線がぶつかる。そういえば、知的キャラのイメージ強める為にって伊達メガネつけはじめたんだっけ。
「…………」
「…………え、っとミネちゃん?」
速足で私の眼の前まで来たミネちゃんは、どこか不機嫌そうで。むすっとした表情で。何かしちゃったかなって、ちょっと怖いんだけど。
「……アナタがいない間のB小町のセンター、私だったのよ」
「あ……う、うん」
それは知ってる。入院中、ずっと皆の活躍は見ていたから。クイズ番組で活躍するミネちゃん、グルメリポーターで活躍するニノちゃん、バラエティで活躍するナベちゃん。
「……でもそれは、アナタがいないから獲れたセンターよ。何の意味もない」
「え……」
「だから、復帰してくれて嬉しいわ。今度は実力でセンター奪うからね」
そう言って、宣戦布告だって私を指差すミネちゃん。その言葉の意味が段々、じわじわって分かってきて――私は、それは困るなぁって思った。だって、B小町のセンターは私だもの。努力して、踊りも歌も完璧を目指して。皆から一番愛を受け取りやすくて、きっと一番返しやすい場所。それを、奪われるのは嫌だなって。何時の間にか、私は笑っていた。
「簡単に奪わせる気はないよ」
「ふん、それでこそよ」
にやり、ってミネちゃんが笑う……なんか、前より好戦的になってない? 1年半前は、もうちょっとこう……お淑やかだった気がするんだけどな、って記憶との差異にちょっと戸惑っていると。
「見てくださいよ~ナベ氏~あれがアイちゃんが病気だって言われた時に『もしかして、重い病気なのかな……大丈夫かな……』って泣きかけてた子ですよ~」
「……いやいや、見事なツンデレっぷり。編集者に『今時受けないよ』って言われちゃうタイプですね……」
「ニノォ!! ナベェ!!」
一瞬でその表情が崩れて、逃げるニノちゃんとナベちゃんを追いかけ始めた。こういう光景は、B小町の日常風景。ニノちゃんやナベちゃんがからかって、ミネちゃんが追いかけ回して、私が笑って――うるさくしすぎてミヤコさんに怒られるまでがセットだった。
事務所の中が、笑い声に満ちてる。温かい気持ちが、胸に溢れてる。ああ、なんだ。私――ちゃんと、愛されてるよ。ポロって、涙が零れるのが分かる。それを隠す為に、俯いて、頭を下げて。
「……ありがとう、皆」
ちょっとだけ涙声になってたのが分かった。恥ずかしかったけど、それでもいいやって思えた。パチパチって拍手の音が聞こえて――涙を拭って、顔をあげた、その瞬間。
私の両手は、ニノちゃんとナベちゃんに掴まれていた。腕を絡めて拘束されていた。
「……え?」
「社長~会議室借りますね~」
「え? え?」
「おう、使用目的は?」
「「女子会
「え、え、え??」
あれよあれよって、ずるずる引っ張られていく私。戸惑いの視線を社長に向けるけど、我関せずって言ってるみたいに他所を向いていた。なんかスタッフさんの目線が、やけに生暖かい気がする。待って、誰か今ドナドナ歌ってたよね? え、何? 私、何されるの?
「えっと……ミネちゃ「何?」……なんでも、ないです……」
ミネちゃんに救けを求める視線を求めたけど、凄い冷たい声で返された。私、今さっきまで祝われてたよね? なんでこんな扱いなの?
「ふふふ~」
「……根掘り葉掘り、聞かせてもらおうかな」
「…………う、うう……」
ニノちゃんがイイ笑顔で笑ってる。ナベちゃんがイイ笑顔で笑ってる――心の底から、マナト助けてって叫びたくなった。そんな思いを無視して、私はズルズルと会議室に引きずり込まれるのだった。
目に見えるものが真実とは限らない。
何が本当で何が嘘か。
アダムとイヴは本当に愛し合っていたのか?
芸能界きってのおしどり夫婦は本当にビジネスではないのか?
運命の赤い糸はあるのか?
真実は『愛』だけが知っている。
――――コンフィデンスマンの世界へようこそ。
コンフィデンスマンの前口上すっごい好きなんですよね……