偽物の仮面と真実のアイ 作:ななち
文章リハビリのため、三人称しか暫く書けなさそう……
B小町不動のセンター、"アイ"。彼女が一年以上の休止を経てアイドルに復帰してから、はや数週間。
かつて“ホットなアイドルグループ”として話題沸騰だったB小町は、水を得た魚のような快進撃を遂げている――わけではなかった。
「うーん……」
その話題の中心人物であるアイは、リビングのソファの上で体育座りをしながら、スマホのSNSアプリを立ち上げる。検索欄に「B小町」「アイ」といったキーワードを入力し、いわゆるエゴサをしていた。
結論から言えば、あまり芳しくない結果に、悩ましげに顔を顰める。
まったく成果がなかったわけではない。少なくともトレンド入りはしている。だが、それもせいぜい10位程度の盛り上がりで、時間の経過とともに徐々に沈静化していった。
無論、"アイ"というアイドルはトップ層――それこそスターと呼ばれる存在と比べても遜色ない、どころか凌駕しかねない才覚と美貌を持っている。それは間違いない。
だが、アイの休止後に苺プロダクション、正確には社長の壱護が取った方針が、B小町というグループとしての躍進を鈍らせていた。
"タレント一人ひとりの個性を伸ばし、個別で売れる存在に育てる"。
ミネ、ニノ、ナベに対して行われたその育成方針は、それはもう見事にハマった。
――ハマりすぎた。
ミネは『クイズバラエティでよく見るアイドル』、ニノは『グルメ系番組でよく見るアイドル』、ナベは『アニメ系ラジオなどでよく聴くアイドル』。
それぞれが活躍するほど、全員が揃った"B小町"というブランドは、サブタイトルのような扱いになっていったのだ。
「どうしよっかなぁ」
自信過剰と思われるかもしれないが、アイドルの本懐である“歌って踊って魅せる”分野において、アイは自分がメンバーの誰よりも優れていると自負していた。事実、それは本当のことだと、ファンの間でも思われている。
だが、それだけなのだ。アイドルとしては100点かもしれないが、芸能界で生きるタレントとしては、一歩足りない。アイドルとしての枠に、さらに"自分の個性"を乗せる必要があった。
では、その一歩を埋めるにはどうすればいいのか――と考えても、そう簡単に思いつくものでもない。アイはSNSアプリを閉じると、体を伸ばし、ずっと座りっぱなしで凝り固まった体をほぐす。
現実逃避ではない。これは戦略的撤退だ――と、ナベがたまに口にする言い回し――恐らくアニメのセリフだ――を、脳内で復唱した。
さて、アイのスケジュール帳には今日の予定は何も書かれていない。つまるところ休日、オフだった。ダンスレッスンもなければ、ボイストレーニングもない。
普段からこまめに片付けていることもあり、掃除や洗濯といった家事も、それほど時間をかけずに終わっている。愛しい我が子――愛久愛海と瑠美衣は、ミルクを飲んだ後、仲良く昼寝中だ。
マナトはドラマの撮影で家を空けており、壱護やミヤコも普段通り仕事で事務所に詰めているはずだ。アイにそれらを手伝うような事務系のスキルツリーは実装されていない。
結論として。
やることが、ない。
「……暇だなぁ」
せめてダンスの振り入れだけでもやろうか――そう思い、ソファから腰を浮かせた、その瞬間。来客を告げるインターホンが鳴った。
「? はーい」
玄関先まで届くよう、少しだけ声を張る。
パタパタとスリッパの音を立てながら玄関へ向かい、そのまま特に警戒もせず鍵を開け、扉を開いた。
――そこには、いかにも、という風貌の不審者が立っていた。
夏場だというのにフードを被り、サングラスとマスクで顔の大半を隠している。ゆったりとしたパーカーに身を包み、全体的にぼかされたシルエット。
壱護かミヤコか、あるいは宅配か。そんな予想をしていたアイにとってあまりにも予想外の光景に、体が一瞬強張り、反射的に息が止まる。
そんなアイをよそに、不審者はすっと指を銃の形に構え、アイの額へと向けて――
「BANG♥」
「わっ」
――聞き覚えのある、どこか悪戯っぽい可愛らしい声が響いた。
驚きながらも観察すれば、フードの隙間から零れる栗色の長髪。アイより高い身長と、パーカー越しでも分かる胸元の膨らみ。
さらに、袖口から覗く細い手首や、どこか見覚えのある立ち方。
「……ニノちゃん?」
「せいか~い」
マスクとサングラスを外すと、にへらと笑みで表情を崩したニノがそこにいた。いや、ニノだけではなく、ニノの影に隠れるようにしてもう二人。
「……やっほ」
「アナタね……ドアチェーンぐらい掛けてから開けなさいよ。危機意識足りてないわよ」
控えめに手を振ったナベは、淡い色合いのワンピースに身を包んでいた。膝丈の柔らかな生地がふわりと揺れ、全体的に落ち着いた清楚な印象を与える。
対してミネは、ラフなデニムにシンプルなトップスという動きやすさ重視の格好だ。無造作に腕を組み、呆れたようにアイを見ている。
三人の姿を見た瞬間、アイはぱちり、と何度か瞬きを繰り返した。自分が休みなのだ。B小町のメンバーも全員オフであることは、当然把握していた。だが、こうして自宅に来るなどとは一言も聞いていない。
理解が一拍遅れて追いついた。
「……え、なんで?」
その疑問に答える声はなかった。
代わりに「おじゃましま~す」と、ニノの間延びした声が響き――
星野家の関門は、あっけなく突破された。
★
リビングに通された突然の訪問者たちから事情を聞けば、ニノを筆頭に「突発的女子会をしよう」という話が持ち上がったらしい。アイに知らせなかったのは、いわゆるドッキリのつもりなのだという。
ニノの説明を受け、アイは――自分が不在だった場合はどうするつもりだったのか、と疑問に思った。だが、その点も抜かりはなかったらしい。ミヤコやマナトに事前に確認を取り、今日が完全にフリーで自宅にいることは把握済みだったとのこと。
……抜け目のない、計画的犯行だった。
「か~わ~い~い~」
「そう、首と頭を支えて、あまり負担を掛けないように……」
「こ、こう……?」
「うん、その抱き方でOK」
そして、この女子会の最大の目的は、双子――愛久愛海と瑠美衣に会うことだったらしい。二人は、ちょうど三人が訪ねてきたタイミングで目を覚ました。
ニノは愛久愛海を抱えて「かわいい」と連呼し、ミネはナベに教わりながら、恐る恐る瑠美衣を抱いている。
「ばぶぅ」
「……かわっ……」
キラキラとした目で見つめてくる瑠美衣に、思わずミネが言葉を詰まらせた。なお、瑠美衣本人は、アイほどではないが推しのアイドルに抱かれている幸福を満喫しようと、猫かぶりならぬ可愛い子ぶりを発揮している。彼女の前世はアイのみならず、"B小町"という箱推しであった。
一方の愛久愛海はそれを冷めた目で見ていたが――当の本人も、ソファに座ったニノの豊かな胸元に後頭部を預けたまま微動だにしていない。抱えられてるから動けない、とかじゃなく、嫌がる素振りを一切見せてなかった。
「……ごめんね、突然で」
「え? あーうん、気にしてないよ。ニノちゃんも、お菓子ありがとね」
ナベの言葉に、アイは台所で来客用のコップに冷蔵庫で冷やしていた麦茶を注ぎながら、首を横に振る。
突然の訪問に驚きはしたものの、愛久愛海と瑠美衣の存在はすでに知られているし、時間を持て余していたのも事実だ。友達が遊びに来た、と考えれば特段拒む理由もない。むしろ、ニノが「女子会にはこれが必要でしょ~」と言って持ち込んだ大量のお菓子を見れば、収支的にはプラスである――しかも、割と有名ブランドの品だ。
それに、自分の子供を可愛いと言われて嬉しくないはずもない。アイとしては歓迎ムードだった。
「ふふふ~……今日のお菓子は一味違うよ~。SNSで話題沸騰中のお店のチョコレートだからね~」
「だからって買い過ぎじゃない? あんまり日持ちしないでしょ、これ」
ミネの指摘に、ニノはちっちっちっ、と舌を鳴らしながら指を振る。
「余ったら私が全部食べるから大丈夫だよ~」
「太るわよ」
「全部胸に行くから大丈夫~」
「喧嘩売ってんのか」
「……ちなみに、今いくつ?」
「G~」
女三人寄れば姦しい、とはよく言ったものだ。
ことり、と盆に載せた麦茶をテーブルに置いたアイは、一気に賑やかになったなぁ、と苦笑しながらニノの隣に腰を下ろす。
その時、愛久愛海がこちらに手を伸ばしているのに気づき、ニノからそのまま受け取り、慣れた手つきで抱き上げた。
その様子を見て、ニノの表情が変わる。
いつもののほほんとした笑顔から、にんまりとした笑みに。
「アイちゃん、すっかりママだね~。なんかもう貫禄出てるよ~」
「そ、そう? まだあたふたすること多いけど……えへ、ま、私天才だからね」
「お調子者め。まぁ、認めるけど」
「ばぶぅ」
アイの自信過剰ぶりに、対角線上に座っていたミネが苦笑する。これで自称ではなく、正真正銘の“天才肌”なのだから性質が悪い。
とはいえ、出産直後や産褥期には気分が不安定になることもあったのだが――そこは知らぬが華、というやつだろう。
ちなみに、ミネの腕の中で「ばぶぅ」と零した瑠美衣の言葉を特別翻訳すると、「自信家ママ、超かわ……」である。
――――……天才、かぁ。
ふと、自分で口にした言葉を反芻するように、アイの表情がわずかに曇る。
それは、アイドルとして復帰を果たしたものの、思ったほど成果が出ていないことへの不安の表れだった。
どれだけ自信を持っていても、結果が伴わなければ、その言葉に重みは生まれない。
そして、そのわずかな変化を、人の機微に聡いニノが見逃すはずもなく。
「どしたの、アイちゃん?」
「……うーん」
言っていいものか、とアイは一瞬だけ逡巡する。復帰直後とはいえ、"アイ"はB小町のセンター――グループの顔だ。その自分が弱音を吐いていいのか、という迷いがあった。
……だが、数秒考えて、結論はすぐに出る。
――今さらだよね。
親としては認めたくないが、アイドルとしての最大のウィークポイント――隠し子の存在が知られている時点で、いまさら取り繕う意味などない。
だからこそ、アイは自分の不安を口にすることに、躊躇いはなかった。
「ほら、私さ。休止からアイドルに劇的復活!ってしたじゃん」
「うん」
「でも、あんまり話題になってないなーって思って。SNSとかだと社長の贔屓でセンターになった、とか言ってる人もいたし」
「は? 誰よその無知蒙昧は」
「ばぶぅ」
ミネの口にした「無知蒙昧」という言葉は、高校中退で勉強嫌い、わりとおバカキャラなアイには意味が分からなかったが、とりあえず怒っていることだけは伝わった。
ちなみに、ミネの腕に抱かれている瑠美衣の言葉を特別翻訳すると、「は? 誰だよその無知蒙昧は」である。
「だからさ、アイドルであるだけじゃダメなのかなーって思ったりして」
「……そのままでも十分アイドルとして成立してると思うけど。私たちみたいに、バラドル寄りの仕事もしたいってこと?」
「うーん……でも、私はミネちゃんみたいに頭が良いわけじゃないし、ニノちゃんみたいに美味しいものを食べる幸せを誰かに伝えられるわけじゃないし、ナベちゃんみたいに色んな雑学知ってるわけじゃないし……」
――私って、他に何があるんだろ。
その呟きに、リビングにわずかな沈黙が落ちた。前世からの熱烈な"アイ"のファンである瑠美衣ですら、その問いに対する明確な答えを持っていなかった。
アイドルとしては完璧だ。踊り、歌い、ステージの上で輝きを放ち、人々を――ファンを魅了し、夢を見せる。それは決して否定されるべきものではない。
事実、瑠美衣は前世で――寂しい病室の中で、"アイ"という存在に救われたのだから。
だからこそ、そのままでいい、そのままでいてほしい――という思いを、瑠美衣は伝えられない。
それは言葉にできないからではなく、その願いが“アイドルとしてのアイ”に向けたものだからだ。
“母”としての――一人の“女の子”としてのアイを知っているからこそ、安易には口にできなかった。
「……じゃあ、逆算すればいいのよ」
「……? 逆算?」
悩むアイを諭すような優しい口調で、ミネが口を開く。
「そう、逆算。アイ、あなたは――将来、何になりたい?」
「……将来」
将来、未来の夢。そんな言葉は、刹那的で破滅的な考え方をしがちだったアイにとって、これまでほとんど縁のないものだった。
ぽかん、と少し間の抜けた表情をしたアイに、ミネは苦笑しながら目を閉じる。
「私ね、教師になりたいのよ。アイドル続けられなくなったら、だけどね」
「……教師?」
「そう。だから勉強を頑張ってる。色んな知識を取り込もうとしてる。クイズとか、そういう方面でバラエティに出してもらってるのは、その副産物」
将来の夢から、今やるべきことを逆算する。
アイドルだって、いつまでも続けられる職業じゃない。だからこそ、それ以外にやりたいこと――夢を持って、それに必要なものを今から積み上げていけばいい、と。
ミネの言葉に、アイはちらり、と腕の中にいる愛久愛海を見る。ミネの腕の中から視線を送る、瑠美衣を見る。
やりたいこと――はいくらでもある。かつて、宮崎の病院で、星を見ながら語った夢。
――――お母さんとしての幸せも掴みたい、女の子としての幸せも掴みたい、アイドルも楽しいから続けたい。
――――アクアとルビーを幸せにしてあげたい、斉藤社長の夢を叶えてあげたい、ミヤコさんに恩返ししたい。
――――B小町の皆ともっと仲良くしたい、ファンの皆にも愛を返せるようになりたい。
――――……マナトと、ずっと隣にいていい人になりたい。本当の意味で"家族"になりたい。
「……あ」
その時、胸の中で何かがすとんと落ちた気がした。あの時は胸の奥にしまっていた願い。将来像。
それを思い返して、アイはようやく理解する。結局のところ、星野アイは――宵谷マナトと、命絶える時まで、一緒にいていい自分が欲しいのだ。
じゃあ、どうすればいいか。逆算する。同じ芸能の道にいる、マナトの隣にいる自分を。そうすれば、おのずと。
「……演技」
おのずと、答えは出る。
「……役者、とか?」
「……! 良いじゃない、アナタ得意でしょ、そういうの!」
ぱっと花が開いたように笑うミネにつられて、アイも笑みを浮かべる。
靄がかかっていた視界が、少し晴れた気がした。ああ、なるほど、と。納得したようにアイが頷く。
「ミネちゃん、教師向いてるよ」
「当然でしょ」
「え~じゃあ私も将来の夢話したい~。私はね~食い倒れ人形~」
「……海賊王に、私は――ッ!」
「オチ付けようとすんなそこの二人ィ!」
張り詰めていた空気は、あっという間に弛緩した。
「食い倒れ人形知らない~?」「知ってるわ!」「海賊王を知らない?」「知ってる!!」と、ボケとツッコミの応酬を繰り広げる三人を、アイはからからと笑いながら眺める。
――映画とか、CMとか。
そんな仕事、ないかな。
胸の奥に芽生えた、少しだけ欲張りな願い。
それを、ちょっと口にしてみようと、アイは小さく決意した。
高峯サオリ
受験大学:東京大学(文科三類)
進学志望:教育学部
投稿の空白期間を含めて2年半以上出番のないオリ主がいるらしい。
次はちょっと掲示板回みたいなのに挑戦してみようかなと思ってます。