偽物の仮面と真実のアイ   作:ななち

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書け……書くんだ……

(|)<あれ(ななち)は人間としての運用はしておりませんので


1日にあった出来事を4話に掛けて書いてるらしいっすよ。よろしくお願いします。


★41話

 

 パチリ、と開いた瞼から紅い煌めきが顔を覗かせた。薄暗い中に浮かんでいるように見えたそれは、例えるならば真っ暗闇の夜道の中で出会った黒猫の瞳。爛々と輝く瞳がこちらを覗き込んでいるように感じるだろうその瞳は、瑠美衣の瞳に他ならなかった。

 ずっと閉じられていた視界は、天井からぶら下げられたモビールが微かに揺れるのが分かる程度には輪郭がはっきりしてくる。それは同時に眠気の回っていた脳が覚醒し始めた事と同義だ。瑠美衣は、波のあるその目覚めと同期するように、にぎにぎと右手を動かす。

 

 にぎにぎ。

 

 右手を動かす。正確には、寝てる時から掴んだままの愛久愛海の手をにぎにぎする。

 

 にぎにぎ。

 

 右手を動かす。指の力の強さを変え、角度を変え。まるでパワーボールを手慰みに弄るように、ぐにぐにと。

 

 にぎにぎ。

 

 右手を動かし――「起きてるって」……その握った手の持ち主を、たたき起こすに至るのである。

 

 

「やっぱり起きてたじゃん」

「いや、寝てた。お前に起こされたんだよ」

 

 

 寝返りをうった瑠美衣の瞳から放たれた、じとりとした湿度を持った視線が、仏頂面に嵌め込まれた蒼い宝石のような瞳に突き刺さる。表情は動いていないが、その瞳には明らかに非難の感情が浮かんでいた。その理由は推して知るべし(安眠妨害)なのだが、瑠美衣は関係ないと言わんばかりに唇を尖らす。

 

 

「暇なんだもん。ここ動けないし」

「……仕方ないだろ。赤ん坊の事考えたら、こうされるのも別におかしくないし」

 

 

 愛久愛海と瑠美衣が、二人で押し込まれるように寝ているベビーベッドには、当たり前ではあるが転落防止の柵が設けてある。少し前までは、不測の事態に対応できるように、という意図があったのか、アイやマナトと同じベッドで様子を見るように寝ていた。それゆえに、両親が寝静まった時間を見計らって抜け出してネットサーフィンやら運動やらが出来たのだが、それもアイのアイドル復帰までの事だった。

 斉藤夫妻が購入したベビーベッドは、愛久愛海は特に気にしなかったが、瑠美衣にとってはまさしく檻に見えた。転生という経験をしているために赤ん坊にしては分不相応に高い精神年齢が、自由(?)を奪われる事に抵抗を覚えたのだ。

 瑠美衣は泣き喚いた。ベビーベッドは嫌だ、と盛大に泣いた。流石に言葉を喋るわけにはいかないので、盛大な泣き声をあげた。だが、元は善意で与えられたもの。我儘を言っていい年齢とはいえ、根底は"良い子"であった瑠美衣の抵抗は、そう長続きはしなかった。

 

 だから、せめてもの抵抗として、話し相手が欲しい、という我儘を通そうとして――別のベビーベッドに寝かされた愛久愛海に向かって、手を伸ばして泣いた。 結果、2つ購入していたベビーベッドの片割れは、物置に置かれたままである。

 

 ……お兄ちゃん大好きなんだね、と微笑ましい目線で見られた事は、記憶の片隅に封印している。

 

 

「だから、さっさと寝ろ。乳幼児の間は睡眠が大事――」

「そんなことよりさ、今日のB小町のミニライブヤバくなかった!?」

「…………」

 

 

 医学的観点からの忠告を「そんなこと」で流された事に、スンと表情が抜け落ちた愛久愛海の事など露知らず。瑠美衣はその名の通り、紅玉のような瞳をキラキラと輝かせながら、今日のB小町ミニライブ――というか女子会――に熱を上げる。こうなると、賛同しようが否定しようが推し語りをされて煩くなる事を経験済だった愛久愛海は、そっと口をつぐんだ。

 やれ、ナベちゃんのダウナーファンサ最高だった、ニノちゃんの豪快なダンス最高だった、ミネちゃんのクールな表情最高だった、ママは天上天下最強無敵だった――約一名にだけ表現がおかしいような気もするが、瑠美衣の口から溢れ出るパトスを「そうだな」の一言だけでかわす。

 

 流石に全部一言で返されれば、瑠美衣も受け流されている事には気付く。おかしいものだ。絶対に、愛久愛海の前世は自分と同類(ドルオタ)なのに。

 

 

「なによぉ。アクアは何も感じなかったの?」

「……俺からすると、お前の反応の方が疑問なんだが」

 

 

 瑠美衣のB小町――ひいては“アイ”に対する熱量は本物だろう。無垢とすら思える、まっすぐな感情。だからこそ、愛久愛海には分からない。

 

 愛久愛海には、B小町というアイドルグループの知識がある。前世から引き継いだであろうその知識は、どうにも"アイ"一人にフォーカスを当たられた歪なものであったが、それでもアイドルという職業については理解しているつもりだ。

 アイドル(Idol)という言葉が表す通りの、()()()()()()仕事。その奴隷(ファン)は、その偶像から放たれる光に惹かれて、目を焼かれるまで見続ける。故に、その偶像が――異なる形を見せた瞬間に、一気に正気に戻る。解釈違いだと言って、果ては愛憎が表裏である事を示すように、手前勝手に負の感情すら抱く事もある。

 

 そういう意味では、"アイ"はアイドルとしては酷い解釈違いを起こしているだろう。自分達が、その確たる証拠なのだから。

 

 ――だからこそ、愛久愛海には分からない。

 

 

「お前にとって、"アイ"はアイドルなのか? 母親なのか?」

「えっ、何言ってんの。()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 何を当たり前の事を聞いているのだ、と瑠美衣が呆気なく返した事に、今度は愛久愛海の仏頂面が崩れた。

 

 

「ママはアイドルだけど、私とアクアのママでもあるでしょ? それは別にイコールで結ばれる事じゃん」

「いや……そうだけど。お前、あれだけ"アイ"推しって雰囲気出してたから……結婚してて、子供までいるって解釈違いだって思わないのか?」

「なに、解釈って。アイドルが恋しちゃいけない理由なんてないし、子供産んじゃいけないわけないでしょ……っていうか、それだったら私達が生まれた事が間違いって事?」

 

 

 逆に瑠美衣から投げられた問いに、愛久愛海は言葉を失ったように、口をまごつかせる。別に、それを間違いだというつもりはない。ただ、前世という……愛久愛海にとっては誰のとも分からない知識と感情を持って生まれた事が、果たして正しいのか、と言われると自信が持てない。

 そんな愛久愛海の様子を見かねて、思考の海から引き戻すように握りっぱなしだった右手を、更に強く握る。赤ん坊の力ではたかが知れているが、それでも愛久愛海の沈んだ視線を瑠美衣に向かせるには十分だった。

 

 

「確かに私は"アイ"推しだし、前世で……テレビに映ってキラキラしてたママを見て、憧れた(救われた)のもあってる」

「…………」

「でも、だからってアイドルのママだけが好きなわけじゃないし……なんなら今のママの方が好きだよ。アクアは? ママは好き?」

「……分からない」

 

 

 照れ隠しでもなんでもなく、本当に分からなかった。

 アイがアイドルとして復帰して、テレビの中で輝いていたのを見ていた時に、自分の内側から流れ出した歓喜と悲哀も。

 瑠美衣を――いや、()()()()()()を見て、己の中から沸き上がった安堵も。

 

 そのどれもが――愛久愛海は、自分の感情として認識できていない。前世という、顔も名前も知りもしない誰かの感情でしかない。

 だから、愛久愛海は自分の感情が分からない。それどころか、ふと気を抜けば両親も妹も……いや、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ほどの、空虚感に襲われる。

 

 

 にぎっ。

 

 

 それを、左手に握られた熱が、かすかに戻してくれる。

 

 

「まーた難しい事考えてるでしょ。アクアってば分かりやすいんだから」

「……お前は単純でいいな」

「なにおう」

 

 

 愛久愛海が前世というものに振り回されている、という事は身近で同じ境遇である瑠美衣も分かっている。

 

 ――好きなものは好き、嫌いなものは嫌いで良いはずなのに、それが自分の気持ちかどうかなんて考え始めるから、ややこしい事になるのにな。

 

 変に深く考える()を仕方ないなぁ、と前世と合わせて十数年で生まれた姉属性なるもので受け止めて、ふふんと赤ん坊に似つかわしくないドヤ顔を披露する。

 

 

「大体、勘違いしてるよアクア」

「……?」

「ママが一般的なアイドル像に当てはまるわけないじゃん。どう見たってママはパパにお熱なのに」

「……そこは否定しないが。それ、お前(ファン)的にどうなの」

「うぐっ……」

 

 

 自分で突いたはずの話題に、逆に胸を刺された形だった。

 別段、今の段階で瑠美衣はママ(アイ)パパ(マナト)がいる事に思う事はない。子供がいるのだから、母親がいて父親がいる。それは、どう考えても当たり前のことだった。

 ただ、一言あげる事があるとするなら――転生直後の瑠美衣は、それはもう厄介オタクだった。まだ“母親”ではなく、“アイドルとしてのアイ”しか見えていなかった頃。隣にいる男は誰だオラァ、と一方的にマナトを毛嫌いしていた。

 それはなんというか、あまり人前では言えない理由からくる反抗期であり。瑠美衣にとっては、れっきとした黒歴史だった。

 

 

「べ、べっつにー? パパもパパじゃん。なんも思わないよ」

「……その反応は思ってる事があるって事……いや、違うな。思ってた、って感じか」

「ぎくっ……乙女の秘密を暴こうとしないでよ!」

「乙女って歳か?」

「人類の半分を敵に回したよアクア」

「主語がでけぇよ」

 

 

 なにかにつけて大げさに言う瑠美衣に、愛久愛海は呆れたように息をこぼす。瑠美衣との会話は、胸の内に巣食っていた言い様もない空虚感を薄めてくれる。その事実が、前世の誰かとは違う()を、自分にもたらしてくれているような気がしていた。大げさかもしれないが、救われたと言ってもいい。

 

 

 ――――……なるほど、これが推すって感情なのか?

 

 

 ――――……ああ、そうだ。それでいい。

 

 

「…………?」

「どしたのアクア。また変な事考えてる?」

「なんだよ変な事って……考えてない」

 

 

 ……今まで、うんともすんとも言わなかった、前世の誰かの声が聞こえた気がした。いや、声というには酷く曖昧で、聞き取れたわけでもなかったが。

 愛久愛海は、初めての経験に首を傾げたが――気のせいか、と断じた。それよりも、胸の中にある熱を感じていたかった。

 

 瑠美衣も、そんな愛久愛海の様子を見て「ホントかなぁ」と考えつつも、口を噤んだ。結果、少しの間の静寂が広がる。良くある会話の切れ目だ。が、起きていても喋るくらいしか出来ない瑠美衣にとって、その沈黙は長かった。

 

 その末、乙女の秘密は早々に売却された。

 

 

「……まぁ、パパに思う所が無かったわけじゃないけど。私の推しに何してんだコイツって思ったし」

「なんだよ、結局言うのか。乙女の秘密」

「80%セールだよ。でもさ……ママにあの表情させられるのパパだけだし……役得かなって……」

「あの表情って?」

「それは――」

 

 

 瑠美衣が思い出すのは、前世で見ていた"アイ"だ。テレビの中で輝く、自分では決して手の届かない一番星(スピカ)。それでもなお、手を伸ばさずにはいられなかった、憧れずにはいられなかった存在。

 正直に言えば、どうしてそこまで焦がれるのか、瑠美衣は自分自身でも理解していなかった。キラキラしているから、自分の夢を体現している人だから、理想の美少女だから――あげればキリのない理由。そのどれもが真実ではあるが、核心ではなかった。

 

 自分の中で、その核心を持ったのは、転生してからだ。推しのアイドルの子に生まれ変わり、その幸せを享受している中で何度となく見た、アイがマナトに向ける視線、表情。

 

 

 ――――恋する乙女の表情。

 

 

 それが、答えだった。アイドルでありながら、届かない存在でありながら、恋心という幼い感情を宿したアイが、自分にダブったから。

 ……前世で、大好きだった人を、「せんせ」と呼んで慕っていた自分と、きっと同じだったのだ。

 

 

「……秘密」

「80%セールじゃなかったのか?」

「等価交換で、アクアの秘密も支払ってもらわないと言えないね」

 

 

 その言葉に愛久愛海は詰まった。秘密と言われても、前世こそあれど、思い出話にできるような記憶は、何もない。支払える秘密なんてありはしない。

 ……まぁそこまで、瑠美衣の乙女の秘密とやらに興味があるわけではなかったが。

 

 すっかり黙り込んでしまった愛久愛海。だが、瑠美衣はまるで愛久愛海に秘密があると確信しているかのように、その口元に笑みを浮かべる。嫌な予感がした。

 

 

 

「――――ニノちゃんのおっぱい、どうだった?」

「………………………………」

 

 

 

 答えは沈黙――――推して知るべし、である。

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