偽物の仮面と真実のアイ   作:ななち

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閑話っぽいやつです。実際の芸能プロダクションがどういう感じなのかは分からないので、ネットで調べた限りの知識で書いてます。違ったらごめんなさい。

(|)<「おやおや、おやおやおやおやおや」


★6話

 

 芸能プロダクションの勤務時間は、往々にして安定しない。一日の勤務時間はおおよそ決まっているが、所属しているタレントのスケジュールによっては、土日出勤などはよくある話であるし、事務所自体の規模によっても大きく異なってくる。

 少なくとも壱護はまともに休日を取った記憶は少ない。苺プロダクション自体が、芸能界全体から見ると小さな芸能事務所である事も関係しているが、土日も事務所に足を運ぶ事がほとんどだ。

 

 

「くぁ……」

 

 

 時間帯は朝九時頃。営業の仕事を終わらせた壱護は、欠伸を噛み殺しながら、事務所が入ったビルの扉を開く。

 スタッフの数もそこまで多くないので、スカウト兼営業兼社長と言った一人何役をこなす必要がある。当然のように土日も出勤を重ねていた。

 世間一般的に見たらブラック企業扱いされんだろうな、とまだ前日の疲れの抜けきっていない頭で考えながら事務所に入ると、そこには見覚えのある金髪がいた。

 

 

「よう、マナト。おはようさん」

「ああ、斉藤社長。おはようございます」

 

 

 片手に箒、片手にチリトリ、頭に三角巾。まさに清掃業者の装いをしたマナトが、にこやかな笑顔で立っていた。それを横目に、自席に座ってパソコンを立ち上げる。

 

 アイとマナト。二人をスカウトしてから、おおよそ一年が経とうとしていた。児童養護施設に預けられていた二人は、戸籍上は斉藤壱護が親という事で身元引受人となっている。

 アイは中学二年生となり、マナトは芸能課のある高校へと進学した。当初考えていた"中学生モデルのアイドルユニット"――"B小町"は、アイを加える事でようやく始動する事が出来ている。

 センターはアイだ。その容姿もさることながら、歌の上手さや踊りの上手さ、そしてなによりもファンを引き付ける輝きは、"B小町"の中でも頭一つ抜けていたからだ。

 

 

「斉藤社長、コーヒーどうぞ」

「おお、サンキュー」

 

 

 机に置かれたコーヒー。ちゃんと事務仕事に配慮した蓋つきのタンブラーに淹れられたソレを、少し息で冷まして口に含める。壱護好みのスッキリとした味わいだ。

 

 

 マナトは当初はルックスを活かしたアイドルとして売り出す予定――だったのだが、ここで誤算が発生した。

 

 ――――……ありゃ壊滅的だったな……。

 

 壱護は、思い出す。今の段階で、どれだけアイドルとしての適性があるのかを確かめる為に開いたレッスンを。

 踊りは、問題なかった。むしろ及第点以上をあげられる出来だった――が、壊滅的に歌が下手だった。

 

 声は良いのだ。どことなくリラックスできる声質。子守歌とか歌わせたらすぐに寝むれそうな優しい声。だが、歌わせると壊滅的に音程を外す。

 ビブラートも出来る。なんなら演歌のこぶしだって入れられる。なのに、音程だけは合わない。カラオケの採点で言うなら、平均50点台、良くて60点台。

 長い付き合いであるアイですらも「そういえば一緒にカラオケ行ったこと無かったから知らなかった」と言わせるほどの、明確な弱点だった。

 

 これでは、アイドルの一般的なイメージである"歌って踊れるアイドル"路線では売り出すことができない。アイドルユニットを組めるなら、多少は誤魔化せるかもしれないが、苺プロダクションは男性アイドルグループを抱えていないし、ジャニーズ事務所に睨まれかねない。

 

 最終的に出した結論は、"演技で売っていくタレント"路線だった。これなら歌の上手下手は関係ないし――なによりも。

 

 

 マナトの演技は、本当に演技未経験かと思うほどに、卓越していた。いっそ不気味にも思えるぐらいの、役への入り方。壱護をして「これだ」と思わせるほどの演技。

 

 

 まだエキストラや脇役がほとんどだが、その演技で徐々に仕事は増え始めている。まだまだ下積みの時代ではあるが、徐々に苺プロダクションは壱護が考えていた、ドーム公演の夢への軌道に乗り始めていた。

 

 二口目のコーヒーを啜る。キーボードとマウスを軽快に操作しながら、スケジュールやメールに目を通していた壱護だったが――ふと、我に返ったように鼻歌を歌いながら掃除をしているマナトへ視線を向けた。

 

 

「……マナト」

「はい?」

 

 

 壱護の声に、マナトが振り返る。やけに三角巾が似合うなこいつ、と思いながら、壱護は感じていた違和感をぶつけた。

 

 

「お前今日なんかあったか? レッスンも入ってないし、学校も休みだろ」

 

 

 そう、スケジュールを確認していて思い出したが、マナトは本来休日のはずだ。レッスンやトレーニングも入っていなければ、事務所に顔を出さないといけない火急の用事もなかったはず。いや、火急の用事なら、まずのんきに掃除なんかしてないだろうが。

 

 

「暇でしたので……部屋にある本も、あらかた読み尽くしてしまいましたし」

「ああ……最近何読んでたんだっけ」

「"一九八四年"とか、"すばらしい新世界"ですね」

「ディストピア作品ばっかじゃねぇか」

 

 

 アイとマナトの戸籍上の親となった時、二人の住居は斉藤壱護の住むマンションへ移った。いつか生まれるであろう子供の為――ちなみに斉藤壱護は既婚者である――に用意していた空き部屋を貸し出す形にしたのだ。

 そこで分かったのは、マナトはかなりの読書好きだという事だった。施設から私物として持ってきた物の大半を本が占めていたし、暇な時は文庫本を読んでいる。今では電子書籍も充実しているのに、紙の本にこだわる――いわば読書オタクの部類だった。

 一度「紙の本なんてかさばるだろ。電子書籍とか買わないのか?」と聞いた時に、「読書は私のチューニングなんです。紙を捲らないと落ち着かないんですよ」とハイライトの消えた目と早口で詰め寄られたことは、壱護のちょっとしたトラウマになっている。

 

 

「あとは、そうですね。アイさんの付き添いです」

「アイ? 確かに、今日レッスン入ってるが……付き添い? まだアイツ来てないだろ?」

「いえ、いますよ? そこに」

「は?」

 

 

 マナトが指さした先には、事務所に設置されたソファがあった。椅子から立ち上がった壱護がソファに近づいてみれば。そこには穏やかな寝息を立てているアイがいた。ご丁寧にブランケットと枕替わりのクッション付きである。

 レッスンの予定時刻は昼前だ。事務所に来る時間としては早すぎる。なんでいるんだ、と疑問符を壱護が浮かべていると。

 

 

「いえ、私が事務所の掃除でもやってきます、と言ったら」

 

 

 ――――……私もいくぅ~……。

 

 

「と言ってきましたので。着替え、メイク諸々をやって、眠そうだったのでおぶってきました」

「……お前、やっぱりダメ人間製造機だな……」

「はい?」

 

 

 首を傾げるマナトにその自覚はないのだろう。壱護は、一年の間一緒に暮らしてきた記憶を振り返る。

 

 ひとつ、料理が出来る。意外なのはアイも料理が出来る事だ。曰く「人に出された食事だと異物混入が怖いので、施設にいた時からアイさんと作ってます」との事。しかも上手い。

 ふたつ、掃除が出来る。綺麗好きなのか、家でもよく掃除をしている。壱護家のシステムキッチンはピカピカだし、風呂場も真っ白だ。

 みっつ、洗濯が出来る。いや、流石に洗濯機任せだが、率先して洗濯物は干すし、アイロン掛けもこなす。おかげで壱護が着ているカッターシャツはよれる事なくピンと張っている。

 よっつ、人の世話が好き。アイが寝たらベッドまで運んであげるのは日常茶飯事だし、今日みたいに着替えやメイクまで代理でやってあげる事もある。

 

 結論。宵谷マナトという人物は、間違いなくダメ人間製造機だ。歌さえ上手ければ本当に完璧超人だった。

 

 

 ――――……そりゃアイも引っ付き虫になるよな。

 

 

 壱護の記憶の中で、家にいるアイとマナトは大体一緒だ。ソファに座る時も隣、食事のテーブルにつく時も隣。流石に風呂にまで一緒に入ろうとした時は、壱護も止めた。その辺りしっかりしてないと、いつかアイドルやタレントとして売れた時に、油断して間違いなくスキャンダルの火種になるからだ。

「施設ではずっと一緒だったよ」というアイの不満をどうにかなだめて、風呂は別々に入るようにさせたのは、今でも鮮明に思い出せる。一週間ぐらい不機嫌なままだった。

 

 

「あんまりアイを甘やかしすぎるなよ? 将来大人になった時、ロクなことにならねぇぞ」

「私としては、甘やかしてるつもりはなかったんですけどね……」

 

 

 それはそれで問題がある気がするな、と壱護は眉間を揉む。まぁ、口うるさく言っておけば、その内アイも自立するだろ――と、とりあえず問題を先送りにして自席にもう一度座ると。

 

 

「ん、ん~……」

「おや、アイさん。起きられましたか……涎垂れちゃってるじゃないですか。ほら、拭きましょうね」

「ん~……」

 

 

 ……早い内に矯正しとかないとヤバいかもしれない。壱護は戸籍上の息子と娘の将来に、一抹の不安を抱いたのだった。

 

 

 

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