偽物の仮面と真実のアイ 作:ななち
(|)<「深淵に踏み込む事も厭わぬ勇気ある読者。どうぞ、一歩前へ」
……そんな大層な事してないです。よろしくお願いします。
それは、アイとマナトが芸能人として活動してから二年が経ち、アイの15歳の誕生日を祝った翌日の事だった。
斉藤家のリビングに集ったアイ、マナトはテーブルの上に置かれたパンフレットを見ていた。
「劇団……」
「ララライ?」
パンフレットの表紙に大きく書かれた"劇団ララライ"の文字。ついでに「私達と一緒に、次世代のスターになろう! 未経験歓迎!」とまぁ企業求人の"アットホームな職場"とか"和気あいあいとした職場"とか"経営者目線"ぐらいに信用ならない言葉が書いてある。
これを持ってきたのは、他でもない斉藤家の大黒柱である壱護だ。彼はパンフレットを興味深く見ているアイとマナトを、優しい目で見つめている。家なのでサングラスは無しだ。
「アイ、覚えてるか? ファッション雑誌のモデル仲介で一緒に仕事したプロデューサー」
「えーと……葛木さんだっけ?」
「惜しいな、鏑木さんだ」
相も変わらず人の顔と名前を覚えるのが苦手なアイに、壱護は眉間を抑えた。もう付き合いも二年になるというのに、未だに壱護の事を"佐藤社長"と呼ぶ辺り、もはやわざとやってるのではないかと勘ぐってしまうぐらいだ。
だが、とりあえずこれは本題ではない。いや、名前を憶えてなくて間違えるなんて、失礼以外の何物でもないから矯正して欲しいのが本音ではあるが。
「その人がな、お前をその"劇団ララライ"のワークショップに紹介したいんだと。古巣なんだそうだ」
「へー? なんでまた」
「さぁな。気に入られたんじゃないか?」
きっと、鏑木プロデューサーも芸能界に携わる人として、アイの才覚を見抜いたのだろう、と壱護は推測している。
中学生にしてはプロ意識も高く、カメラ映りも気にした動作、角度、思考。目立ちたがりの多いアイドル志望の子の中では、飛びぬけて芸能界に適応する力がある。
だが、それはあくまで"アイドル"としての意識だ。この世界で"アイドル"の一点張りだけで生き残れるほど甘くはない事は、壱護も分かっている。
だからこその、劇団。演技を学び、表現を学ぶに最適と言えるであろう環境。これは、アイの将来への期待を込めた"投資"である事は、想像に難くなかった。
……だが、まぁ。不安要素はあるわけで。
「ふーん……葛木さんに気に入られるような事したかなぁ」
「だから鏑木さんだ……これが無けりゃなぁ」
正直、どれだけ才能があろうと芸能界はコミュ力勝負な所が大きい。その点で見ればアイは下から数えた方が早いだろう。逆にマナトはお前ホントに未成年かよってぐらい高いのだが。
それに、パンフレットを一通り見終わったアイの表情を見れば何となくわかる。こいつ、劇団に興味ないな、と。
なので、壱護は一計を案じる事にした。
「ついでに紹介枠にマナトを入れてもらった。一緒に行けるぞ」
「行く」
「アイさん……」
思考時間にして約ゼロ秒。もはや反射神経の域で返された言葉に、壱護は作戦が上手くいったという安堵と、大丈夫かなという不安が一斉に襲ってきた。
まぁ、マナトが付いていれば大丈夫だろう、とは思っているが。この二年を通して、壱護の中でマナトの信頼度は天井を叩いていた。
家事もやってくれるし、事務所の雑務も手伝ってくれるし、仕事先とは良好な関係を築いて次に繋げてくれるし、マネージャー付けてなくても自分でスケジュール管理やってくれるし。
……最近は逆に自分がダメ人間にされてないか、というのが壱護の一抹の不安である。
「まぁ……マナト、お前が一緒に行くなら大丈夫だと信じてる。信じさせてくれ」
「分かってます。アイさんがやらかしそうになったら止めますね」
「ぶー。全然信じてくれないじゃん、佐藤社長」
「俺の名前をまともに覚えてから言え。頼むから」
カラカラと笑うアイに、やっぱりこいつわざとなんじゃないかという疑いを強めた壱護だったが、とりあえずは引き受けてくれた事で溜飲を下げる事にした。
後はマナトの感触を確認するだけだが──その本人は、パンフレットを熱心に見ている。演技を主軸に売り出しているから、興味を引いてるのか──と思ったが、それにしても集中している。
珍しいな、と壱護は思った。資料の確認を怠る事がないのは知っているが、同じページを何度も見たりしているのは初めてではないだろうか。
「……マナト? なんか気になるのか?」
「……! いえ、大丈夫です」
我に返ったように、壱護の言葉に反応を返す。もしかして熱でもあるのか、と体調不良を疑うぐらいには珍しい。だが、顔色は別に悪くないし、受け答えもはっきりしている。
あんまり深く追求する事でもないだろう。そう結論付けた壱護は「話は終わりだ」と告げる。
「はー、マナトと劇団楽しみだな~。ね~マナト。マッサージしてー」
「身体のケアぐらい自分でやれよ……その内マジでマナト抜きだと何もできなくなるぞ……」
「でも相方がいた方がマッサージやストレッチって捗るでしょ? それとも佐藤社長がやる? セクハラだよ?」
「斉藤だクソアイドル」
からかい、からかわれ。この二年の間で日常になったやり取りを見ながら、マナトは机の上のパンフレットを見る。
「……劇団、か」
「マナト?」
「ああ、マッサージしましょうか。部屋まで行きましょう」
「わーい」
「いや、だからあんまり甘やかすなって……」
尾を引かれるような視線の動き。それに気付いた者は、この場にはいなかった。
★
乾いた空気が流れ、紅葉が目立ち始めてきた初秋の季節。アイとマナトは、"劇団ララライ"が活動しているスタジオの前に来ていた。
「やぁ、アイくん。こっちだよ」
少しくたびれた印象を受ける男性が、アイを呼んでいた。アイの記憶の中にはない男性だったが、マナトは一応ホームページから顔写真を見て記憶していた。
"鏑木勝也"。敏腕プロデューサーで、アイにファッション雑誌モデルの仕事の仲介をした男性だ。年齢的には……壱護と同じか、少し上だろうか、という印象。
「本日はお世話になります! えーと……」
「鏑木さん」
「鏑木さん!」
「……? ああ、よろしく頼むよ」
一瞬だけアイに耳打ちしたマナトに、少しだけ怪訝そうな表情を浮かべた鏑木だったが、それをすぐに笑顔で隠す。相も変わらず、アイは名前を憶えていなかった。
「いやしかし、アイくんだけでなく、マナト君も来てくれるとは。仲介した甲斐があるというものだね」
「いえ、弊社の斉藤がご無理を言いました。配慮してくださってありがとうございます」
「……こういうのもなんだけど、君ホントに未成年かい? 年齢詐称してないよね?」
やけに丁寧な言葉とお辞儀をするマナトに、鏑木は少しだけ引いた。
だが、それとは裏腹に、鏑木の内心は冷静にこの出会いが起こすであろうリターンを計算していた。芸能界は貸し借りの世界、というのが鏑木の持論。アイという将来に期待できる"鯛"を釣ろうとしたら、ついでにもう一匹"鯛"が釣れたような状況は、実に良い利益を生み出す"貸し"になるだろう──と、心の中でほくそ笑んでいる。もちろん、表には出さないが。
「それじゃ、案内しよう。まずは代表さんに挨拶しようか」
鏑木の案内で、スタジオ内を進む二人。周囲からは恐らく演技指導であろう喧騒が響いており、否応にでも"演技"の世界に来たのだと実感させられる。
数分ほどだろうか。照明の光が弱いのか、少しだけ薄暗い廊下を突き進んで、舞台稽古場の中に入った鏑木は、遠目に"劇団ララライ"の代表を見つけた。
「金田一さん!」
「ん……?」
鏑木の言葉に、一人の中年男性がこちらに振り返る。よれたシャツと、無精ひげの目立つ男性は、少しだけ鏑木達を見て考え込んで──何かを思い出したように、歩み寄ってきた。
「そういや、今日だったな。その二人が今回、の……?」
「ええ、二人とも、挨拶を」
鏑木が促し、背後に控えていたアイとマナトが前に出る。完全に外行き用の朗らかな笑顔つきだ。
「"苺プロ"所属、"アイ"です!」
「同じく"苺プロ"所属、"マナト"です」
アイは快活そうなイメージと、可愛いと綺麗を混ぜ込んだような"少女"を強調した声色で。
マナトは年齢にそぐわぬ冷静さと深みを思わせるような声色で挨拶する。だが、肝心の金田一の方から返事はない。それどころか、どこか驚愕したような表情で──その視線は、マナトに向かっていた。
「……金田一さん?」
「……! っと、すまねぇな。"劇団ララライ"の代表、金田一敏郎だ。よろしく頼むわ」
鏑木の言葉で我を取り戻したようにはっとした金田一が、ようやく挨拶を返した。だが、それでもその視線はマナトの方を見ており──少しだけ、言いよどむように頬を掻いた。
「あー……マナト、だったか」
「……? はい」
「それは芸名か?」
「はい、そうです」
マナトの芸名はアイと同じく、名前だけをそのまま使っている。"星野アイ"はアイドル"アイ"であるし、"宵谷マナト"はタレント"マナト"なのだ。
それを聞いた金田一が、少し考え込む。数秒ほどの間をおいて、また口を開くと。
「つかぬ事聞くが……苗字は、もしかして……"宵谷"か?」
「…………!」
「いや、悪いな。プライバシーの侵害だ。気にしないでくれや」
聞いてから、金田一はバツが悪くなったように取り消した。実際、芸名というのはキャッチーな名前にして覚えてもらいやすいようにする意図もあるが、それ以上にタレントのプライバシーを守るのが目的である事が多い。
気を取り直した金田一が、一呼吸して胸をなでおろして、不敵な笑顔を浮かべて両手を広げる。
「ようこそ、"劇団ララライ"に。歓迎するぜ……って言ってもまぁ、元々専門学校のサークル上がりだから、大してデカくはねぇんだがな」
「いえ、今回はアイと一緒に学ばせていただきます」
「よろしくお願いします!」
「おお、元気があるのは良いこった。だが、マナトの坊主は兎も角、嬢ちゃんはこういう場も初めてで、不慣れな事も多いだろ。なんでよ──」
金田一が、一言区切る。そして、劇団員が集まっているだろう場所に目線を向けて、声を掛けた。
「劇団員を一人付けてやる。困った事があったら頼れ──おい、カミキ!」
金田一の呼び声に、一人の劇団員──容姿からして、アイと同じぐらいの年齢の少年──が、振り返る。そして、自分が呼ばれている事に気付いたのか、小走りで金田一の元まで駆け寄っていき。
……アイは、その少年に既視感を感じた。ふわりとした金髪。綺麗な瞳。敵意や警戒心を解すような、柔らかい雰囲気。
「"苺プロ"の方からワークショップに合流する二人だ。お前が面倒見てやってくれ──自己紹介しろ」
「ああ、分かりました。僕は"劇団ララライ"所属──」
少年の両目が、煌めく。真っ黒で、吸い込まれそうな星。そうだ、この少年は──
「"
──マナトに、よく似ている。