偽物の仮面と真実のアイ 作:ななち
(|)<「ななち……ななち。相変わらず、推敲もせずに投稿ですか。君は可愛いですねぇ」
ゆるして。
プロットは最後まで組んだ上で書いてますが、ホントにこれで良いのかな……と疑いながら書いてます。よろしくお願いします。
そこは、別世界だった。
いや、その言い回しには語弊があるかもしれない。少なくとも、アイには別世界のように感じられた、が正しいのだろう。
「自分の話をしてみろ」
演劇とは、すなわち芸術である。演出家の用意したキャラクターに入り込んだ役者達が、物語を紡ぎ観客を別世界へと誘う特急列車。
その役に入り込む演者たちは、自我を捨てその"役"に入り込まなければならない。観客の楽しみ方はいくつもあれど、演者が前面に出ているのは物語においてノイズになりかねない。
「自分の話をしてみろ」
舞台稽古場。その上で、マナトが──一人の狩人が、練習用に拵えた短弓を構えている。
ここは夢と現の混ざり合う境界線。古今東西の町、工場、城。何もかもが混ざり合ったような不可思議な世界。そこに迷い込んだ主人公が、自分を見つめ直す物語。
狩人は、偽る事を許さない。偽る者はこの世界には必要ない。組織ではなく、持物でもなく、他人でもなく。ただ自分の話をしろ、と訴えかける。
「自分の話をしてみろ」
これは練習だ。短弓につがえられた矢も、練習用の先を潰し、布で丸めた物。張られた弦も、ただの紐だ。つまるところ、この短弓に矢を飛ばす力は生まれず、矢は主人公を演ずる役者を害する事もない。マナトの恰好も、Tシャツに綿パンだけの動きやすい恰好。この場は、ただただ動きを流れを確認するだけの稽古の場。そのはずだ。
それにも関わらず、マナト──否、狩人に相対した主人公は、唾を飲み込み、喉を鳴らす。練習だ、稽古だと頭では分かっているはずなのに、生命としての根源的な恐怖が、背筋を這い回る。
解答を誤れば殺される。逃げれば殺される。答えなければ殺される。心臓が早鐘を打ち、今にも意識が飛びそうなほどの緊張感が、全身を襲っている。
「自分の話をしてみろ」
その光景を、アイは目を皿のようにして見ていた。見つめていた。
アイとマナトは、所属している事務所こそ同じだが、活躍している分野は違う。バラエティやライブなどで観客を沸かせる。演劇や芝居などで観客を引き込む。それぞれの分野はそう簡単に交じり合う事はなく、アイとマナトに共演経験はない。マナトはアイのライブを見に来てくれた事は幾度なくあったが、アイはマナトの稽古の風景などを見たことはなかった。特に、こういう演劇の世界におけるマナトは。
目が離せない。頬は上気しているのに、臓腑は冷えている。既に、アイはマナトが作り上げた世界に吞み込まれていた。
ああ、すごい。これが演技の世界。役者の世界。嘘で塗り固めた鎧ではなく、自分をも作り替えた真。焦がれずにはいられない。ズレずにはいられない。アイの目には、マナトが煌々と輝く星に見えていた。
舞台稽古中に声をあげるなんて、邪魔をしてしまうだけだ。だから、抑えて抑えて、心臓の底に溜まった熱情を、大気に溶けてしまうような小さな声で呟く。
「かっこ、いいなぁ……」
情念に焦がされた、恋をする乙女のような表情。彼女は気付いていなかったが、それは彼女自身から生まれた"真"だったのかもしれない。
★
一日の舞台稽古が終わり、撤収の準備に入り始めた光景を、金田一は壁に背を預けながら見ていた。
ワークショップは、言わば研究会。演劇に関する技術、知識を参加者の中で高めあう為の場。この場で稽古した演劇の台本を、そのまま演じたりするわけではない。RPGの経験値稼ぎみたいなものなのだ。
つまり、金田一の目的としてはワークショップの中で光るモノがある演者を見つけたり、あるいはこの先の脚本の構成を考える事にある。だが。
────……マナトの坊主が強すぎたな。
あまりにも異質すぎる演技だった。少なくとも今回の"劇団ララライ"のワークショップでは、毒にも薬にもなる劇物だったに違いない。
これが上手い方向に転がってくれればいいんだが、と頭をガリガリと掻きながら思案していると。不意に、隣に一人の少年が音もなく並んでくる。
「っと……カミキか。驚かすなよ」
「ええ、すみません」
笑顔を浮かべた少年──カミキに対して、金田一は毒づく。「何か用か」と聞き返せば、「もうそろそろ撤収作業が終わりますから、報告に」と返された。
……ちょうどいいな、と金田一は考えた。カミキにはアイとマナトの案内役を任せていた。ならば、稽古中の二人の様子について聞くのも可能だろう、と。
元々、"苺プロ"からのお客様みたいなものなのだ。今後の関係性を加味しても、唾を付けておくに越したことはない。
────……上手くいけば、マナトの坊主も引っ張れそうだしな。
打算である事に間違いはないが、鏑木曰く芸能界は貸し借りの世界だ。この貸しに肉付けするぐらい許されるだろう。
「あの二人はどうだったよ」
「アイさんと、マナトさんですか。そうですね……」
カミキは自然な動作で、指を顎に当てて思案する。その一連の動作も様になるのだから、役者としての才覚はやはり高い。
数秒ほど考えを巡らせたカミキは、その黒い星の宿る瞳──その視線を、同じ輝きを持つ少女に向ける。
「アイさんは、とにかく吸収するのが早いですね。感覚的な触覚が優れているんでしょう」
「まぁ、あの嬢ちゃんは典型的な"欠けてる"人間だからな。そういう人間は、自分に足りない人間性を補おうとして、演技の質も上がりやすい。ありゃ化けるだろうな……だがまぁ……」
金田一は言葉を濁す。確かにアイは芸能の才覚にあふれた人間だろう。だが、ふとした瞬間に垣間見えるあの星の如き輝きは、見る者全てを魅了してしまう。観客としてはそれで良いかもしれないが、監督や脚本家──役者のキャスティング権を持った役職からすると、頭が痛いだろうな、と金田一は感じた。
なんせ、脇役に据えれば主役を喰いかねないし、主役に据えれば脇役を消し飛ばしかねない。少なくとも金田一は使いづらいと感じる。
「あとは、名前を憶えてくれませんね。ずっと"カネキ"と呼ばれます」
「ははは、なんだ。改名するか?」
「真っ平御免です……そして、マナトさんですが。彼は……異質ですね」
その評価には、金田一もおおむね同意した。
マナトの演技は、いわゆる役に対する情報をすべて取り込み、より自然な演技へと近づける"メソッド演技法"なのだろうが──それにしても異質だ。
役作りの為に自己の内面を掘り下げる事になる"メソッド演技法"は、役者自身に多大な精神的負担を掛ける事例が散見されている。言ってしまえば、自分を別物に作り替えようとする行為なのだ。その負荷は、それ相応の物になるのは当たり前だ。
だが、マナトは違う。役になりきるために──自分を殺している。そう思えてしまうほどに、自己を抑える事に躊躇が無い。まるで人の皮を被ったロボットが、入力されたプログラムに従って動いてるような、異質感。
正直に言えば、マナトの演技を見た時、金田一は鳥肌が立った。これが本当に人間なのか、と。それに──
「……………………」
金田一の視線は、今回の演劇の主役を務めていた役者と談笑している、マナトへ向く。
……似ているのだ。かつての知己に。だから、初めてマナトと顔を合わせた時に、戸惑ってしまった。心中に沸いた哀惜の感情に、らしくもねぇなとかぶりを振る。
「……外でタバコ吸ってくる。撤収終わったら、教えてくれ」
「はい」
それだけを言い残し、外へと出ていった金田一の背を、カミキは目で見送る。そして、その黒い──昏い星の宿る瞳を。その視線を、アイとマナトへと向ける。
細められた眼光。視線に宿る、価値を探る思想。
「アイさんは……星だ。才能に溢れ、誰からも愛される。この世界で、一番星になる宿命を背負った、価値ある命」
「マナトさんは……僕だ。誰かに望まれた姿になる事でしか、自分の価値を感じられない──破綻者」
口元が歪む。昏い昏い星が、真黒に煌めく。
「…………いいなぁ。どっちも……」
情念に焦がされた、夜の底に沈むような重さの言葉。それは、その場にいる誰の耳にも入る事は無かった。
★
紫煙を燻らせる。夜と街灯の光の境界線へと、白い筋を繋げるように解けていった煙は、すぐに見えなくなった。
「……そっくりだ。瓜二つ──いや、生き写しってやつかね」
片手でスマートフォンを操作しながら、もう片手でフィルター越しの煙を楽しむ。そろそろ健康の為に禁煙すべきだとは分かっているが、いつかやるぞの決意を抱いてから既に三年は経っている。
ウェブの広大な情報の海の中で探すのは、古いニュースサイト。もう、十年以上にもなる、人々の記憶からも風化した、悲惨な事件。
「お前さんと同じ道を進む、か。因果なもんだなぁ……
表示される。芸能界に関わる者として、忘れてはならない事件。
白昼堂々と行われた犯行、看板役者を襲った悲劇
東京都■■区で、「劇団■■■■」の看板役者として活躍していた宵谷愛弥氏(30)が刺殺される事件が起こった。容疑者の30代女性はその場で自殺を図り、病院に搬送後死亡が確認された。容疑者女性は愛弥氏の熱烈なファンであった事が、関係者の情報で判明しており――
かつての後輩が辿った最後。後悔だけを滲ませた記憶の古傷が、開いた。
ちなみに、冒頭の演劇部分は私が好きな演劇の1シーンです。
(流石に描写は省いちゃってますけど)
そこまで演劇に詳しいわけではありませんが、Youtubeで見て感動したのを覚えてます。
次回からはイチャイチャに戻ります。戻らせてくれ。