獪岳と善逸 作:山筋
那田蜘蛛山。いざ見てみると、それはどこにでもありそうな小山だった。標高は低く全体的になだらかで、中心部が急勾配になっていなければただの丘にでも見えていたのではないだろうか。地形の割には草木がやたらに多く、十間先も見えない。
これらを見て思ったのは、確かにここは鬼が潜みやすそうな場所だ、という事だった。寄りつこうとする人を自然と排除し、昼も日光をほぼ通さない。その上、人里からは適度に近く、餌の調達が容易。まさに、鬼のために誂えたかのような土地だ。
そして、ぴりぴりと肌が疼く。こういう時は、大抵多くの鬼が潜むか、それとも強い鬼がいるかだ。面倒な事に、両方である事も少なくない。探索範囲が狭いのだけは、救いと言えば救いだろうか。
まあどのみち、救いがあろうが無かろうが進まざるを得ないのだが。
「なあ」
「うん?」
「おう」
問いに、小気味よく炭治郎と伊之助が答える。
「ここについてどう思う?」
「……凄く危険だと思う。山の方から、この位置まで捩れるような刺激臭が届くんだ」
「知らねえ。でも肌にピリピリくるぜ」
なるほど、と顎に手を当てて考える。
この二人の感覚は、間違いなく自分より優れている。経験と言えば聞こえはいいが、獪岳の根拠もない雑な判断とは一段も二段も制度が違った。彼らも危険を感じていると言うならば、それなりに気を引き締めた方がいいだろう。最悪の場合、十二鬼月ないしは近い力量の鬼がいると思った方がいい。
そういった意味では、先に阿漢と離吽なる鬼(どっちがどっちだか忘れた)と戦わせられたのは大きい。圧倒的格上相手に、獪岳という安全装置有りで経験を積めたのだ。相手が強力ならば、無理に倒そうとせず時間稼ぎに徹する程度の分別を期待できる。
……などと、現実から目を背けるのは余り有意義ではないか。
獪岳は肩に明確な疲れを感じながら、振り向いた。
「もう一つ、そこの馬鹿みたいに泣いてる奴どう思う?」
「あー怖い! ああぁ怖い! やだー! 行きたくないー! 絶対死ぬ今度こそ死ぬ!」
背後では、善逸が小岩にかじり付き、炭治郎がそれを必死に引き剥がそうとしている光景があった。控えめに言って馬鹿丸出しである。
「クソダセェ。弱味噌極まってるぜ」
「さすがに擁護できないや……」
「酷いこと言うなよ悲しいだろ! 泣くぞ!」
「もう泣いてるじゃないか」
ぎゃんぎゃん泣く赤ん坊もどきをどうするかと考える。普段なら喉に貫手でも入れてやるのだが、鬼を前にそれは避けたい。
昔から泣き虫だが、ここまで酷くはなかった。どうしてこうなったのやら。やはり多少ならず命がかかっているからだろうか。人間死ぬときはあっさり死ぬのだから命など投げ捨てるつもりで行け、と言いたいが、そんなものが万人に通用しないくらいは分かる。
もっとも、鬼殺隊である以上、怖いなら仕方ないで済ます理屈もない。どういうつもりで鬼殺隊にいようが、給金が発生している以上、これは「仕事」だ。賃金に見合った働きはしなければならない。たとえ報酬を過分に感じても。
という訳で獪岳は、炭治郎に加勢することにした。善逸の指を握って、活動に支障が出ない程度に捻る。
「いだっ、だだだだだ! 折れる! おーれーるー!」
「折らねえよ折ったら困るだろ役立たず。壁」
「壁!? 今壁って言った!? 俺を盾に使う気!?」
やっとの思いで引き剥がし、奥襟を持って引きずる。
善逸はなおも手足をばたつかせたが、それだけだ。腕力だけならばともかく、総合した力量差は抵抗するだけ無意味であると知っているから。
畦道から続く山は、妙に不気味だった。一目見て深いと分かるのに、道だけはなぜか綺麗に整えられている。それが一層気味悪さを際立たせていた。
山に近づき、いよいよ茂みに近づいたところで。道の向こう側から、気配が現れた。
邪魔なお荷物を手放し、いつでも刀を抜けるようにする。
尻餅をついた阿呆が小さく声を上げたが、彼もすぐに立ち上がった。自分が気付いて、超人的な聴力を持つ善逸が気付かない事などあり得ない。もっとも彼は、さりげなく獪岳の背中に隠れていたが。
草木を蹴散らす音がひたすらやかましい。人ないしは鬼だろうというのは簡単に予想が付いた。問題は、やってくるのが隊士か鬼かだが。獪岳の感知技能では、目視もせずにどちらかか見分けるのは難しい。
鬼が逃げてきたのならいい。こちらが始末してもいいし、追っているだろう奴に任せてもいい。厄介なのは、隊士が逃げ惑っていた場合だ。その場合、先遣隊は既に壊滅していると考えた方がいい。
吉か凶か。
(……なんて、考えるまでもねえか)
人は鬼に及ばない。本当に、悲しいほど全くもって。
予想をひとかけらも裏切ってくれず、飛び出てきたのは、やはり隊士だった。躓いた、というより力尽きたという風に、地面に他倒れ伏す。全身に切り傷が多く、血も乾いていない。
今さっきまで戦闘していただろう事は間違いないが、かといって鬼の気配もしない。
「たす……」
隊士が何か言いかけたが、聞く前に獪岳は動いた。
転がる隊士の背中直上を切り払う。彼の服が一部、不自然に浮いていた。それを引っ張られていると判断し、駄目元で薙いだのだが。どうやら意味はあったようで、持ち上がった服はゆっくりと落ちる。
「あ、え?」
急に移動した獪岳に混乱している隊士を無視して、獪岳は刀を眺めた。
剣を振るったはいいものの、感触は無に等しかった。刀に何かが付着しているという様子もない。変化が起きた以上、確実に何かを斬ったはずなのに。
剣技は持っていればいるほどいいが、必ずしもそれで良い訳ではない。木も鉄も同じ感覚で切れる人間に目隠しで紙を切らせた場合、果たして何かを斬った自覚は持てるか。それと同じ事が起こっていた。獪岳の腕が良すぎて、何かに当たりをつける事もできない。
こういうとき、三人の超感覚は得難い才能であるとつくづく思う。
続いてしゃがみ込み、何か呻いている(全部無視した)隊士を確認した。
傷口は鋭い。そして二種類ある。片方はなんてことのない刃物傷だが、もう一つはよく見ると違った。
ぱっと見は刃物かとも思うが、注目すべきは傷が全て均一な点だ。深さに上下が全くない。豆腐へ斜めに糸を通したような跡だ。
(鬼は斬撃ないしはそれに類似する攻撃が主体。遠距離攻撃も可能、というかそちらが主体の可能性が高い。鬼殺隊数名ないしいは十数名が攻め入って、歯が立たないほどの強さを有している。そして……これだけ高い殺傷力を持ちながら、森に何の変異もない。障害物を縫ってるのか山全体が血鬼術の支配下なのか、そこまでは分かんねえが。思ったより厄介かもしれねえな)
気付いたことを一つ一つ並べる。
さらに鬼の攻撃手段に対する推測をしようとして、こちらはやめた。血鬼術を予測する事に意味はない。見たことだけが全ての世界だ。下手な先入観を持つと、それが命取りになりかねない。
「俺たちは増援だ! 大丈夫か!」
いくらか遅れてやってきた三人に、獪岳は振り返って厳しい視線を向けた。
「状況把握が遅い判断が遅い反応が遅い動き出しが遅い何もかもが遅い。こいつには何かが仕掛けられてた。お前らがちんたらしてる間に、余計な死人が一人増えるところだったぞ」
矢継ぎ早に言うと、うっと喉を詰まらせる音。
未だ転がったままの隊士は、助かった安堵と未だ尾を引く恐怖から、口が上手く動かないようだった。殴り飛ばして無理矢理情報を引っ張り出すという手もあるが、この様子でまともな返答があるとも思えないのでやめる。間違った情報は、時に全く情報無しより恐ろしい。
代わりに、一発頬を引っぱたいた。
「お前がこれからすべきことは分かるか」
「え、あ……俺も、もう一度」
「カスが。今すぐ撤退しつつ連絡取って増援を頼むんだよ。既に負けて逃げたテメェが戻って何になる」
言われ、隊士は頭を上下させた。肯定したんだか単に震えが首に来たんだかよく分からない、曖昧なものだ。これは何をさせるにも期待できないな、と諦める。
分かっていた事だ。覚悟があろうが、命をかけていようが、踏み出せない奴には踏み出せない。そんなものに意味を与えてくれないのが、真の鉄火場だ。善逸とて、必要なときにはできる――獪岳はそれを知っている。
そういう意味では、頼りになるのが少なくとも三人いるのが分かってるのはありがたかった。
未だまごつく隊士の尻を蹴飛ばして、那田蜘蛛山と逆方向に向かわせる。そして、三人を見た。覚悟に火をつけるために。
「いいか、ここの鬼は町中に隠れ住んでるようなのとは訳が違う。鬼殺隊を迎撃すべく待ち構えられた、いわば“鬼の城”だ。絶対、いいか、絶対だ。俺たちを迎え撃つ準備を万全にしている。これはもう強い弱いの問題じゃねえ。刈る側と刈られる側が逆転してる。絶対に油断すんな」
炭治郎と善逸が、ぞっとしたように顔を青ざめた。獪岳は、まあいつもの調子だ。逆にこいつはどうしたら顔色を変えるのかという気分になる。
「行くぞ」
獪岳が歩き出すと、慌てて三人が着いてきた。
「待て! 俺が先だ! お前は俺の後ろをついてこい!」
中でもとりわけ伊之助は小走りになり、先頭に立とうとする。が、獪岳は手を伸ばして制した。振り上げた腕が偶然喉に当たって奇妙な声が漏れる。
「なにすんだ!」
「前は俺だ。鬼の仕掛けた何かが発動するなら、もしくは鬼が何かを仕掛けてくるなら、それは先頭に対してだからな」
「そんなもんブチ破ってやるぜ!」
「俺は、死ぬなら最初は俺だという話をしている」
「獪岳!」
絶叫し、怒りを表したのは善逸だった。普段の様子に似合わない、険しい表情でこちらを睨んでいる。
気持ちは分かった。自分も、自分以外がそんな事を言っていたら怒るだろう。だからこそ、なおさら譲れなかった。
「反論は一切受け付けねえ。安心しろ、死ぬつもりはねえよ。ただ俺が一番生存率が高いからってだけだ」
「…………」
全く納得していない表情だったが。上手い言葉も見つからず、押し黙るしかないようだった。
山に入った入り口の時点で、既に蜘蛛の巣があちこちに張り巡らされていた。那田蜘蛛山などというくらいだから蜘蛛が多いのは当然だ、とも言えるかも知れない。だが。
(蜘蛛が多過ぎんな……。さすがに異常だ)
蜘蛛の生態など詳しい訳がない。だが、素人目に見ても、蜘蛛と食料になる昆虫の数が釣り合っていないのは分かった。
間違いなく血鬼術の影響、もしくは血鬼術そのものだ。
木の枝を切り落とし、雑に削って二尺弱ほどの棒を作った。それを振って蜘蛛の巣を払う。どんな効果がある血鬼術に直接触れるなど論外だし、刀で払うのも何か嫌だった。実用的な面を度外視しても、蜘蛛の巣に顔面から突っ込むのは心情的にも楽しくない。
しばらくすると、炭治郎が肩に手を乗せてきた。
「獪岳、人の匂いがする」
「方向だけ示せ」
炭治郎が刺したのは、今まで進んでいた道(山頂へ真っ直ぐ進んでいた)より、いくらか左にずれていた。
指さされた方向に、進路を微調整する。
指示通りに進むと、物陰に潜んでいる人間の背中が見えた。潜んでいると言っても、後ろから見る獪岳たちからは丸見えであり、馬鹿丸出しだ。こそこそと隙間から覗いては、すぐに頭を引っ込めている。
かなり近づいたが、男がこちらに気がついた様子はない。一応鬼がどこに隠れているかも分からないからと、物音を消してはいた。とはいえ、これだけ近づいて気付かない時点でお話にならななかった。こちらが鬼だったらどうするつもりだったのか。あっさり殺されるつもりか。
ああ、こいつも駄目だな。獪岳は心の中で断じた。
男の真後ろにしゃがみ込む。なぜだか三人も真似して座った。
「おい」
「ひ!?」
声をかけられ、男は体を縮めたまま跳ねるという器用な事をする。さらに振り向き後ずさろうとして、背後にある背中に思い切りぶつかっていた。当り前だが、悲鳴を上げてから向こうの全てが騒がしい。
「か、獪岳、か?」
「おう。お前はむ、む……室伏?」
「村田だ!」
そうだったかな、と記憶を漁る。が、どうにも上手くは思い出せなかった。まあ、最後に会ったのも随分昔の事だから仕方ない。
話が進まないと思ったのか、炭治郎が体を割って入らせる。
「招集されて来ました、階級・癸の竈門炭治郎です。向こうは嘴平伊之助と、我妻善逸です」
「癸が三人に獪岳? なんでその程度の奴らが来るんだ……!」
言った瞬間、二つの拳が村田を襲った。一つは獪岳で、一つは伊之助である。頭がまた木に激突して、面白い音を立てた。
「誰が程度だこの弱味噌が」
「なめてんのか? あ?」
「何やってんだ伊之助! 獪岳も!」
正直、このまま動けなくなるまで殴り倒したい所だったが。炭治郎があまりにも必死に止めてくるので渋々収める。
「来てやっただけありがたいと思えボケナス」
「そ、そこまで言うか……?」
なぜだか戦慄し、若干へこみながらも続ける村田。
「本当に、ここの鬼は危険なんだよ。十人も派遣されたのに、あっという間に同士討ちさせられて、相手の姿を見ることもできなかった……! 今更癸三人に俺と同程度の奴が来たって戦力になりはしない!」
またぞろ拳を振り上げようとしたが、それを察知していた炭治郎が事前に腕を巻き込むようしがみついていた。
「すみません、獪岳は甲ですよ」
「はあ!? そんな訳ないだろ! 獪岳は俺とほぼ同期なんだ、なら庚くらいだろ!」
「何年前の話してんだカス野郎。しかもテメェ程度と同じ実力扱いしやがって。もういいどうせこいつから聞ける事なんてないだろ。やれ伊之助」
「おうよ」
「やっちゃ駄目だ! 獪岳も煽るな! 善逸も止めろ!」
「え? ああごめん。いつも通りの光景すぎて、止めるとかそういう発想自体がなかった」
確かに善逸には概ね似たような対応をしてきたが。修行当初のとにかく逃げ回っていた頃は特に。
指摘されてなおも村田は疑わしげだった。またぶん殴ってやろうかと思ったが、時間の無駄だしどうせ炭治郎が止めるだろうしでやめた。鬱憤は、ここの鬼に利子をつけて払って貰えばいい。
「んで、指揮官は誰だ?」
「答えるけど……なんで俺の喉掴んでんの?」
「うるさかったら締める」
「怖いよ!」
ぎゃーぎゃー騒ぐも、大人しく言うことは聞く様子だった。
そもそも前提として、最高階級の甲である獪岳に逆らえる隊士そのものがほとんどいない。とりわけ彼に命令できるのは、それこそ“柱”だけである。
「一応俺が指揮官だったよ」
「お前の階級は」
「庚だけど」
「低っ」
「うるさいな! ほっとけよ!」
三年だか四年だか前の時点で癸だったとしても、何年も経って三つしか階級を上げてないのはどうなのだろう。さすがに平均的な昇進速度までは分からなかったが、少なくとも早くはあるまい。
ちなみに獪岳が甲になったのは一年未満である。ちょっとした自慢だ。
(最高位が庚で残りは辛以下ばかり……。こりゃ見込みを間違えたな)
隊士が複数動員されるのは、多くの鬼が集まっている場合か、よほど強い鬼がいる場合に限る。今回は前者と見て派遣したのだろう。
それ自体はさほどおかしな話ではない。山一つを領域としているならば、複数の鬼がいると考える方が自然だ。本部の考えは正しい。ただ今回は、数少ない例外が出てしまった、それだけだ。
鬼は基本的に群れない。集まれば殺しあいをするからだ。これは鬼の習性とも、始祖たる鬼舞辻無惨がもたらしたものとも言われているが真偽は不明。
ただ一つ。鬼が群れたら、下位の隊士など、どれほど集めても無意味という事実だけがある。
非常に珍しい例だ。だが、稀なだけにその威力は絶大でもあった。今回のように測り違えれば、あっさり全滅だ。
この件で本部を責めるのは難しい……が、許すのもまた、同じくらい難しいだろう。自分の命を安く賭けられないのは、おおよそ誰にとっても同じだ。それこそ、鬼に肉親を殺され恨み骨髄であっても。
同時に、最悪も予想する。
(こりゃ本当に“柱”の案件かもな)
つまりは、十二鬼月の出現だ。
思ったところで、何もせず引けるものでもない。十二鬼月、ないしはそれに近い力の鬼を相手しながら、小僧三人を守る。彼らを戻そうにも、実のところ、経験不足である以外は割とまともな戦力なのだ。それこそ村田よりよほど頼りになるし、背中を預けるにもある程度安心できる。戻せば安易な甘やかしになるし、それは違う。
ため息が出そうな重労働を予感し、さらに、それが全く的外れでない事に肩が重くなった。
「村田。同士討ちはどんな形で起こった? 一人ずつか、それとも複数人いきなりか。何か予兆は感じたか?」
「ええと、仲間を斬った奴は、いきなり体の動きが止まったんだ。そうなったのは、一人ずつ、だと思う。予兆は特に感じなかった。ただとにかく、体が勝手に、とか逃げて、とか叫んでて……」
「叫んだ? 意識は普通にあったのか?」
「ああ。体だけ操られるって感じだった。それも本人の実力以上で、あり得ない方向に体が動いたりもしてた」
(てことは精神干渉する類いじゃないって事か。神経? だったか、それを操ってるのか、それとも別の何かか。いや、隊士が引っ張られそうになったりあり得ない動きをしたりを見るに、もっと安直な方法ってのもあり得る)
さすがにそれだけの事ができて、全くの無条件で相手を支配できるという事はないだろうが。というか、そんな事ができるなら、この山に引きこもる理由もない。
本体の力はさておき、他者を操るというだけでも十分厄介な能力だ。
「獪岳」
考え込んでいると、炭治郎に体を揺さぶられる。見ると、伊之助や善逸も戦闘態勢を取っていた。
何かが来たのだろうか。しかし、気配が全くない。少なくとも獪岳の感知には全く引っかからなかった。
音もなく、体をだらんと揺らして現れたのは、見たことのない隊士。その死体。既に命がない事になど気付いていないかのように、じわじわと距離を詰めてくる。
(死体すら操るのか……。操れるのは生き物だけじゃない、と思っておいた方がいいな)
全く、本当に。血鬼術というのは容易く人間の想像を超えてくる。絶望のさらに向こう側からやってくる。
獪岳も剣を抜く。
鬼の城で更ける夜は、まだ始まったばかりだった。