獪岳と善逸   作:山筋

11 / 63
那田蜘蛛山 傀儡

 現れた隊士は四人。いずれも既に息はない。肉体的な損傷は元より、刀も折れたり激しい刃こぼれがあったりしている。確かに仲間内で争った……いや、争わされたのだろう。

 そしてもう一つ、気がついたのは、それぞれから無数の糸が伸びているという点だった。さすがに一本二本だと光の射角によって分からない事もある。が、さすがに数十本ともなれば、獪岳にも見えた。恐らく見えているのは四割程度で、残りは細すぎて分からない。

 死人隊士たちの動きは、明らかに人のそれではなかった。体の運用という意味において、あまりに非合理な挙動。

 

(なんてったっけか……そう、あれだ。確か僵尸(キョンシー)だ)

 

 中国は道教に伝わる動く死体。まるでそれを見ているようだった。

 死人隊士が襲いかかってくる。やはり滅茶苦茶な動き。まるで前に見た糸繰り人形劇に似ている。

 

(また三つ。一つ、この糸は無理矢理相手を動かすってだけで隊士を使う利点、つまり体に染みついた技術は利用できない。二つ、代わりに人間では不可能な動きを強制的にさせる事ができる。引きちぎった手足を飛ばしてくるとかしたらさすがに嫌だな。そして三つ、この糸を操っている奴には、恐らく戦いの経験そのものがほとんどない。個々に細かく有用な動きをさせるのは難しくとも、せめて数で囲むくらいは考えないとな)

 

 不揃いの列になって、同じ方向から走ってくる。自由に扱えるならば、せめて多少時間をかけても四方から攻め入らせれば良かったのに。

 とん、と軽く獪岳が飛んだ。死人隊士を飛び越えるようにして。

 おかげで、簡単に全員を解放できた。

 

(弱いな)

 

 着地した後、即座に元の場所まで戻って油断なく構えながら考える。

 

(当り前か。ただの人形遊びなんだから呼吸の技だって利用できねえ。全滅したのも、いきなり仲間に剣を向けられたっつう混乱のせいだろうな)

 

 斬られた糸の元は空中を揺らめいたかと思うと、再び死人隊士の体に張り付き、何事もなかったかのように持ち上げる。まあ、これくらいはすると思っていたので同様はない。

 

「なんだこいつら、死んでんのに動いてんのか? 気持ち悪ィ。まあいいか、ならバラバラにすんぜ。そうすりゃもう動かねえだろ」

「駄目だ! まだ死んでない人もいる! それに仲間の亡骸を細切れにするなんて、それこそ冒涜だ!」

(ほんとかよ)

 

 獪岳は疑わしげに炭治郎を見た。自分の目からは、全員死んでるようにしか見えない。人の生死まで嗅ぎ分けられるとか、一体こいつの鼻はどうなっているのか。

 

「伊之助、待て。斬るな」

「なんだぁ。てめーまで訳分かんねえ甘いこと言うつもりかよ」

「いや、そこの頭お花畑が言う理屈はどうでもいい」

「頭お花畑……」

「炭治郎がいると、心なし俺の被害が減った気がするよ」

 

 炭治郎がひっそり傷ついていたが、どうでもいい。獪岳の中で、炭治郎は善逸と別方向に似たような分類になりつつある。

 

「こいつらに糸をつけた方法を知りてえ。いくらお前が言う所の、阿呆で弱味噌の集まりだろうと、さすがに上から大量の糸が降ってくれば気がつく。それさえ分かれば、この「糸で人間を操っている鬼」は無力だ。せっかくこっちを舐めてくれてるんだ、今のうちに丸裸にする。というわけで、たらたらこいつら相手にするぞ」

「でも、分かった後、この人たちはどうするんだ? 斬ってもすぐ糸が繋がっちゃうんだろ?」

「それについては考えがあるから気にするな」

 

 “仲間の死体を前に攻めあぐねている救援”を演出しようとする。だが、結果的に、その必要は無かった。すぐに炭治郎が声を上げたのだ。

 

「蜘蛛だ! 蜘蛛が糸を繋いできてる!」

「操られたのは手か足だな?」

「え? ああ、そうだけど……」

 

 何故分かったのか、という様子だが、いちいち相手にしている場合でもない。

 成る程、小蜘蛛なら気付きづらいし、付いたところで森の中はこの蜘蛛の多さだ。先発隊は無視したのだろう。そして体の末端から操って混乱を起こし、その間に支配権を増していく。そんなところか。

 絡繰りさえ分かってしまえば、こんなものどうという事はない。ただのお遊戯だ。

 死人隊士の一人に目をつける。そして、全ての糸を一刀で切り離し、再接続されるより早く後方へ投げた。これで、少なくとももう一度蜘蛛がつくまでは何もできない。

 獪岳のやり方を見て、三人もそれぞれ真似た。獪岳が投げたのと同じ方向へすっ飛んでいく。

 

「村田ァ!」

「お、いえ、はい!」

 

 意味も無くしゃちほこばって、村田。階級が上というのをやっと実感でもしたのか。

 

「四人、死体も持って山降りろ! また操られたら厄介だし、お前までやられたらそれこそ面倒だ!」

 

 呼吸の使い手ならば、労力はさておき、人間数人抱えたまま歩く程度はできる。鬼殺隊員は人間以上にはなれないが、それでも人並み外れてはいるのだ。

 

「はい、分かりました!」

 

 命令され、村田が素早く去って行く。ついでにさりげなくついて行こうとした善逸も捕まえた。

 

「お前はこっちだ」

「待って、四人も運ぶの大変でしょ!? 俺が手伝った方がいいって絶対! ね?」

「残念だが、俺はお前を戦力として数えてる。逃がすつもりはねえ」

 

 びーびー叫んでいるが、腕の力は全く緩めなかった。

 実のところ、善逸単体の戦闘力が高いかと問われれば、そうでもないと答える。なにしろ使い勝手が悪すぎる(精神的な面を抜いてもだ)。前々から教えていた『型』に頼らない牽制なども、今を見る限り結果は芳しいと言いがたい。

 だが、誰かと組むとなった場合は全く別の話になる。相手に僅かでも隙を作れば必ず頚を落としてくれる、必殺の鬼斬り包丁へと早変わりだ。

 三人の中で誰が強いかと言われたら、伊之助だと即答する。が、誰と組みたいかと問われたら、これもまた善逸だと即座に答えるだろう。

 一段落、と思ったところで、獪岳は嘆息した。異様な気配が上に存在する。鬼によくある、自分が強者である事を隠そうともしないそれ。一つ違う点があるとすれば、そこにいる鬼は本当に強いだろうという事だ。

 

「君たちさあ」

 

 ひたすら億劫そうな声。

 声の主は空にいた。浮いているように見えるが、よく目をこらせば、張り巡らされた糸の上に立っている事が分かる。

 見た目は子供だ。白髪で癖の強い髪型をしている。少年隊士である善逸らよりなお幼い。とはいえ、鬼の外見ほど当てにならないものもないが。

 糸を少年が操っている様子はない。人を操る糸は、別の鬼の血鬼術であるのが確定した。つまり、ここにいる鬼は二人以上。

 どんどん悪い賽の目が出てくる。先発隊が全滅していた時点で予想はしていたが、ここまで予想が外れないと、もう苦笑しか出てこない。

 

「次から次へと……そんなに僕たち家族の静かな時間を邪魔したいのか?」

 

 見下しながら、どこか独り言のように鬼が呟く。瞳はひたすら冷たい。普段、人を食料としか見ていない鬼ですら、もう少し何かしらの色がある。

 そいつに向かって、獪岳は小柄を投げた。威力よりも速度を重視し、可能な限り挙動を省略して。

 並の鬼であれば目を抉っていたであろうそれを、少年はいとも容易く、指で軽くつまんで止めた。

 

「なにこれ? 鬼殺しの刀でもない刃物が鬼に通用すると思ってるの?」

 

 蚊を潰すような気軽さで、金属を押しつぶす。パキッという軽い音を立てて、小柄が折られた。いくら使ったのが鍛冶士見習いの三級品とはいえ、簡単に砕けるものではない。反応速度といい、鬼としての能力だけでなく元持つ才能が恐ろしく高かった。そこには伊之助も気がついたようで、髪を逆立てている。

 もはや疑いようもなく、これは“柱”が出張るような事件だ。

 

「まあいいや。死ぬなり消えるなり、なんでもとっととしてくれる?」

「ガキの使いじゃねえんだ。鬼見て「はい帰ります」なんて通用するかよ」

「じゃあ死ぬ方だね。母さんがとっとと殺してもらってよ」

(母さん、ね)

 

 少し引っかかる。どこがどう、と詳しくは言えないが。

 この鬼たちは、最悪三人以上で共同体を作っていると考えた方がいい。だが、彼は家族と言った。ただでさえ鬼になる適性を持った者は少ない。そのために鬼舞辻無惨が日本各地で虐殺事件を起こしているくらいだ。それが、一家全員で鬼になれたとは考えづらい。そんなほぼあり得ない可能性よりは、よほど現実的な例がある。

 少年鬼が去ろうとする。と、唐突に伊之助が飛び出した。

 

「待てやコラァ!」

 

 飛び上がって斬ろうとするが、当然全く届かず背中から落ちそうになる。これで頭から落ちて脱落されても馬鹿馬鹿しいので、受け止めてやった。

 そんなことをしている間に、鬼は消えていた。

 内心だけで舌打ちする。できればここで仕留めて起きたかったが……まあどのみちあと鬼が何人いるかも分からないのだ。あれを始末するのに手間取って囲まれる方がよほど危険である。仕方ないと割り切った。

 

「善逸、どっちに残りの隊士がいるか教えろ」

 

 命じると、戸惑いながらも耳を澄ませる。

 善逸に聞いたのは、彼の感覚が一番安定しているからだ。炭治郎は匂いと言う以上、風向きに左右されるだろう。事実、蜘蛛に張り付かれるまで気付かなかった。伊之助はそもそも当人にムラッ気が強い。

 

「えっと、あっちだ!」

 

 示された方向は、恐らく今の鬼が消えていった方向と合致していた。順当に考えればその先に人を操る鬼がいて、合流をもくろんだのだろうが……あの鬼が、まともな思考力を持っているようには見えなかった。少し話しただけでも異常性が目立つ。

 とりあえず伊之助を下ろし、軽く頭を叩く。

 

「攻撃するなら最低でも届くかどうかくらい考えろ」

「礼は言わねえぞ。俺だけでも着地できた」

「お前から礼なんぞ飛び出たら逆に笑うわ」

 

 立った伊之助は、今度こそとばかりに先頭を走った。まあ、もうネタは割れているので、前を走られた所で問題ない。むしろ触覚に優れた彼が先導した方が安全まである。

 

「……前に言ったな事があるな」

 

 進みがてら、獪岳は呟いた。

 

「鬼が例外的に群れるのは、生前に強い絆がある場合がほとんどだって。今回はさらに少ない例外が出た。状況は最悪に近い」

「さらに少ない例外? あの鬼は家族って言ってたから一家揃って鬼にされたんじゃないのか?」

「その可能性もないじゃないが、輪をかけて厄介だと俺は踏んでいる。鬼による鬼への支配だ。鬼同士はいがみ合うが、そもそも戦いが成立しない力の差があったらどうなると思う? 今回は多分、あのガキに他の鬼が『家族ごっこ』をさせてるんだ。圧倒的な力でねじ伏せてな」

「ひぃ……! それって、あの鬼は普通の鬼が手も足も出ないくらい強いってこと?」

「前に二人組の鬼と戦ったな。弱くてあいつらが連携した時の強さだと思え。いいか、最低でもだ」

 

 戦慄する炭治郎と善逸。が、伊之助だけは鼻で笑い飛ばした。

 

「関係ねえ。全部俺がぶった斬ってやるぜ」

「ああ。もちろん殺せる隙があったら遠慮なく殺せ。だが無理はすんな。ちょっとでも危ないと思ったら、逃げるか足止めに集中しろ。そうすりゃ必ず俺が行くし、殺る」

 

 後輩の手前、断言してはいるものの。実のところ、それほど自信がある訳でもなかった。

 鬼の厄介さはよく知っている。死にかけたのも一度や二度ではない。言い訳をするならば、死にかけたのは隊士になりたてがほとんどだが。その経験があるからこそ言える。鬼はたとえどんな相手だろうと油断してはならない。強い鬼と対峙した場合は命を掛けない場面こそない。

 自信が無い姿を仲間に見せるのは危険だ。とりわけ自分が『強い』と思われている場合は。強者が自信なくば、勝てる戦いで転ぶこともある。

 とはいえ、今回に限って言えばあまり心配していない。あれくらいの鬼ならば、今までにいくらか倒してきた。よほど特殊な血鬼術でない限りは、負けることはないだろう。いくら才能があると言っても、獪岳は相手を出し抜き意識の外から命を刈り取るのに長けている。

 ひとしきり語り終えた頃には、獪岳にも分かる程に複数の気配が近づいていた。

 こちらの接近も確認したのだろう、相手は露骨に顔を強ばらせていた。が、どのみち仲間だと分かったからと言って、表情が和らぐ事はなかった。むしろ悲壮さすらうかがわせる表情になって、必死に叫ぼうとする。

 

「来ちゃ駄目……」

 

 が、全てを言い終える前に、獪岳は踏み込んでいた。すれ違いざまに全ての糸を切る。既に余力はなかったのか、操られていた三人全員が崩れ落ちた。

 ざっとだが観察も終える。一人は喉を貫かれて死亡。一人は虫の息。最後の一人は、精神的な消耗は著しいようだが、一応まともに動けるようだ。ただし、完全に心は折れている。復帰しても、もう戦闘部隊としては働けないだろう。

 急に解放され、唯一自力で動ける状態だった女隊士が倒れた衝撃に唖然と声を漏らす。普段ならここで声の一つもかけてやっていいが、残念ながら今はそんな余裕がない。糸は宙を揺らめいて、再び接続しようと静かに踊っている。

 未練がましい糸をとにかく払う。鬼に近づいたからか、糸は強靱で再生力も高くなっていた。強度は問題にならないが、再接続までの時間が短いのは面倒だ。しかも、隙あらば獪岳まで取り込もうとしている。

 刀を振るい続けながら、後続に向かって叫んだ。

 

「そこら中の木をぶった切れ! 糸の繋ぎ元がなけりゃ相手は操れねえ!」

 

 道を外れたため、先ほどのように投げ飛ばす空間がない。

 糸を横から伸ばして操れないと考えるのは、正直気休めだが。少なくとも死角から来る恐怖を和らげる役には立つ。

 即座に意図を理解して、善逸らはそこら中をなぎ払い始めた。

 三人が働いている間にも、獪岳は糸を切り続ける。猛然と降り注ぐそれは、どこか焦りを伝えてきた。

 

「木なんか切っても一個も楽しくねえ」

「言うな伊之助。これも皆の安全を確保するには必要な事なんだ」

「俺は相手が鬼じゃなくてよかったと思うよ」

 

 周囲にある樹の樹齢が高いため、かなり広域をなめさなければならないが。大規模な森林伐採といえど、呼吸を修めた者に取っては片手間に等しい。みるみるうちに、山の一部が禿げていった。

 糸の触媒がなくなるにつれて、獪岳の仕事も楽になる。遠くから斜めに伸ばさなければならなくなり、ついには再接続も諦められる。草の合間から小蜘蛛が現れては糸を繋げようとするが、せっかくの絡繰りも歯車が欠けてしまえば動かない。総じて、鬼の行動はほぼ無視して良い範疇に収まっていた。

 ここで遠隔支配の鬼以外が襲いかかってくれば、まだ脅威にもなったろうが。やはり鬼と言うべきか、こうして寄り集まっても個人主義の色が強く見えていた。

 とりあえず、ここの隊士に安全をくれてやれそうだ。そう思ったところで。

 

「獪岳危ない!」

 

 炭治郎の叫び声が聞こえた。

 咄嗟に考えたのは、鬼の襲撃だ。辺りを探るが、それらしい姿はない。何が、と思ったところで、やっと上から迫る気がついた。

 木がこちらに向かって倒れてきている。人間の胴回り以上もある太いものだ。さすがにぎょっとして、一瞬体が硬直した。僅かだが、しかし致命的な遅れでもあった。

 瞬時に頭の中でいくつかの計画を立てる。

 倒れている者を掴んで逃げる。無理。筋力と時間が足りない。木を両断して左右に払う。不可能。斬る事自体はできても、弾くことはできない。そんな膂力を持つのはそれこそ鬼くらいだ。一人だけ逃げる。当り前に論外。

 残された道は一つ。降りかかっても問題ないほどに、細かく切り刻む。

 雷の呼吸 参ノ型・聚蚊成雷

 呼吸で生み出した雷を、体全体に広げる。自分という器に稲妻を満たす空想。それを、“呼吸”と“型”が現実にしてくれる。

 この世に、思い描いた通りの雷を具象する。

 刃の乱流が、対象を喰らい尽くす。本来はある程度広域を切り裂く技だが、今回はそれを極めて限られた範囲に集中した。雷雲の中を駆け巡るが如く腕を振る。次の瞬間には、人がいる範疇に落ちるそれは全て拳大程度になった。

 これも受けて無事なわけではないが、丸太に潰されるよりはましだと思うしかない。頭だけ庇って、無数に降り注ぐ木片の雨に打たれた。

 上から降り注ぐ衝撃がなくなるのを確認してから。獪岳は怒声を上げた。

 

「どの馬鹿だこっちに木を倒したのは!」

「ひいぃ! ごめんよお!」

 

 ひたすら声を震え上がらせて、善逸。

 未だいくらか狙ってくる糸を撃退しながら、獪岳は彼を強く睨んだ。

 

「お前後で処刑だからな」

「折檻ですらない!?」

「ハハハ、ダセぇ! 失敗してやんの」

「あんまり言ってやるなよ。でも善逸も気を抜きすぎだ。獪岳がいなかったら大怪我じゃ済まなかったぞ」

 

 気分としてはその場でぶっ殺してやりたくはあった。間違えた済まない。あやうく死人が出る所だった。

 周囲四間か五間ほどを更地にした所で、やっと上から伸びてくる糸が止まった。まだ油断はできないが、とりあえずは一息ついていいだろう。

 一番まともな状態だった女隊士は、突っ伏して呼吸を荒らげている。今まで無茶な動きを強要されたのを差し引いても、骨がいくらか折れていた。呼吸で痛みを和らげ、再びしゃべれるようになるまで、まだいくらか時間が必要だろう。

 大雑把に見ても復帰できるだろう(少なくとも肉体的には)相手より、まず考えるべき奴はいた。

 手足が完全に明後日の方向へ向き、口から血を吐いているあたり内臓の損傷も少なくない。直ちに死ぬほどではない。ただし、仮に今すぐ鬼を討伐できたとしても、隠が来るまで持たない。

 獪岳は死にかけの男の前で膝をつき、頬を軽く叩いた。

 

「おい、意識はあるか」

「あ……あ」

 

 返事はあった。ただ、絞り出されたそれはひたすらに弱々しい。ただ痛みでこうなっているのではない、と獪岳はすぐ見抜いた。恐らく肺に折れた肋骨が刺さっている。失血死するのが早いか、窒息死するのが早いか、どちらかまでは分からないが。

 

「単刀直入に言う。お前はもう助からないだろう。仮に助かっても、二度とまともに動けない可能性は低くねえ。選べ。一縷の望みに掛けるか――それとも今、楽に死ぬか。後者を選ぶなら、俺が介錯してやる。安心しろ、というのも変だが、苦痛は与えねえ」

「獪岳! まだ彼は生きてるんだぞ!」

 

 怒声が上がった。掴みかからんばかりにこちらへ寄ってくる。

 獪岳は伸ばされた両手を躱し、炭治郎の顔を掴んだ。口を封じられ暴れる彼に、可能な限り声を冷徹に作った。クソみたいな本音を隠しながら。

 

「いいか、小僧。こんなことはな、よくあるんだよ。本当に、鬼殺隊なんてやってたら、いくらでもあんだ」

 

 言葉に。炭治郎が息を詰まらせるのが分かった。

 半ば叩き付けるような心地で続ける。

 

「納得しろなんざ言わねえ。ただ、聞き分けろ。今はそれでいい」

 

 一方的に告げた後、彼を確認する気にはなれなかった。自分と同じように、苦い物を感じているのは分かっている。糞を噛みしめたところでこうはならない、命の重さと、それを秤に乗せる味。

 言うだけ勝手に言い捨て、獪岳は男の答えを待った。

 虫の息でも必死に空気を取り込み、血の泡を生み出しながらも必死に呟かれる。己の運命を決める言葉。答えは知っている。何度も言われたのだから。

 

「殺して……くれ……。苦しい……んだ……。なのに……眠くて……仕方がない……眠くて……」

「そうか」

 

 既に意識を保てていない。この会話も、通じているのかいないのか。

 どうであれ、やることは変わらない。

 獪岳は地面に転がる、折れた刀を手に取った。これからの事を考えれば、己の刀に血糊をつけて切れ味を落としたくない。

 

「一瞬で頸椎を切断する。もう耐える必要はねえ」

「そうか……そう……か……」

 

 後頭部を持って、軽く頭を持ち上げる。それだけでも痛みが走ったのか、呻吟する代わりに唇を歪めた。血の泡が破裂し、少しだけ赤が散る。

 

「お前の仕事は終わりだ。眠れ」

「…………」

 

 首に添えた刀を、そっと走らせる。思ったほどの出血はなかった。やはり体内でかなり血を流していたか。

 男の意識は、静かに終えた。そこに安らかさがあったかは分からない。ただ、少しくらい優しさがあってもいいだろうと思う。あの世に幸福を信じられるというのは重要だ。そんな妄想が、今の苦難を耐えさせてくれる事もある。

 完全に死んだ男を横たえた。刀はその辺に捨てる。一連の流れを、炭治郎は歯を食いしばって耐えていた。今はそれでいい。幾度となく痛痒を耐えれば、いつか麻痺できる日が来るかもしれないのだから。

 反吐を飲み込むような思いをしたところで、自分の仕事が一つでも終わったわけではない。獪岳は、そろそろ落ち着いたであろう女隊士に向いて問いかけた。

 

「動けるか」

「え?」

 

 やっと体を起こして、間抜けな返事をする女に、やや苛立ちを覚える。

 

「お前のために貴重な戦力を一人割いてまで、麓まで送り届けてさしあげなけりゃいかんのかって聞いてんだよ」

「っ、自分で行けます! 這ってでも自力で! だからあなたたちは鬼を!」

 

 女隊士の体は未だ震えていたが、これだけ声を張り上げられるなら大丈夫だろう。刀を杖代わりにしながら、急いで下山を始めた。

 伊之助がつまらなそうに頭の後ろで手を組み、聞いてくる。

 

「いいのかよ。あいつ死ぬぞ」

「その前に俺たちが鬼を殺しゃいいんだよ。それともお前は自信が無えか?」

「なんだとぅ! ぶっ殺しまくるに決まってるだろうが!」

 

 こういう時、単純な奴は楽でいい。

 ついでに、一緒に山を下りたそうな善逸を一睨みしておいた。さすがにこの状況で逃げ出すとも思わないが、いまいち確証が持てないのは、間違いなく普段の行いが原因だ。

 

(しかし、あとどれくらいで鬼にたどり着くんだ)

 

 再び進み始めながら、少しばかり悩む。

 これだけ小さな山で、そこそこの距離を進んだ。恐らく現時点で半分ほどは走破しているだろう。究極的には山の中全てを探し回らなければならないので一概には言えないが、それでもいい加減、一体目の鬼に遭遇してもいい。先に入った隊士を助けながらというのも地味に手間だ。せめて鬼が何人いるか分かればいいのだが、当然そんなものを自己申告してくれる訳もない。

 全ての答えを求めるのはただの傲慢だが。少なくとも一つ、最初の鬼に対してだけは、向こう側から応えてくれた。

 進行方向を塞ぐように、人のような異形の影。体はほぼ人間のそれだが、肘から先が蜘蛛の足みたくなっている。なにより特徴的なのが、首がない事だった。

 

「何なのあの化け物! 何なのあの化け物!?」

「頚がねえぞ、どうなってんだ!」

「落ち着くんだ! 多分頚を切ってそこから上だけをどこか別の場所に保管されてる!」

 

 経験不足故の狼狽で足が鈍る三人を尻目に、獪岳はそのまま突っ込んだ。

 無造作に剣を振るい、鬼をバラバラにした。

 こういった手合いに冴えた答えなどない。が、特に悩むような点もない。何も考えず細切れにすればいい。

 転がって塵になりつつある肉片を踏みつけ、何事もないように進む。三人は若干展開について行けない様子だったが、まあ足さえ止めなければなんでもいい。

 

「人を操る鬼は阿呆だ」

「え?」

 

 唐突な言葉に、揃って意味が分からないという風な様子が返ってくる。

 理解がない様子に、特に何も思わず続ける。

 

「何の策も講じず、切り札であろう鬼の人形を投入してきた。少なくとも糸で操るっつうネタが割れた時点で、単品で扱うのは避けなきゃならねえ。だが蓋を開けてみれば、馬鹿の一つ覚えだ」

 

 最低でも鬼は二人いる。最良は、人形ともう一人の鬼で連携すべきだった。まあ、鬼はいがみ合うという事実がある以上、これはかなりの理想論ではある。

 とはいえだ。

 

「周りに糸を張り巡らせるだけでもかなり違う。俺なら踝から膝丈に合わせて集中して糸を張るね。単純な罠だが、効果は十分だ。蜘蛛を使えばいいだけだから労力も必要ねえ」

 

 最初に足、次いで身動きを潰して、最後に急所を刺す。獣狩りと同じだ。

 糸の切れ味がどれほどのものかは知らないが、隊士が走る速度で当たっただけでもただでは済まない。

 

「ハハハ、馬鹿みてえ。そんなのに引っかかる訳ねえだろ」

「引っかける必要はねえんだよ。要は「邪魔だ」っつう意識を植え付けるだけで、こっちの動きを制限できる。戦ってるときに、もしかしたら転ぶかもと考えるだけで、戦闘は驚くほど不利になる。太い糸と細い糸を不揃いに並べても厄介だ。なんなら一度も当たらなくていい。なのに、そういう工夫が全くねえ」

 

 馬鹿正直に人だけ操る。それだけでも厄介ではあるが、あらゆる疑念が明かされてまで続ける程でもない。

 

「あの首なし鬼と戦るときに、いちいち糸を切り払いながら戦わなきゃならなかったらって考えてみろ。全力で走れず、相手に集中しきれない。これだけで格段に俺たちを殺しやすくなる」

「お、おっかない事考えるなよ」

「おっかねえも何も、普段俺たちが鬼に対して普通にしてる事だよ。まともにぶつかったら、どうひっくり返っても鬼に及ばねえんだからな」

 

 そうでなくとも、血鬼術はほぼ搦め手として機能している。初見の血鬼術に対応できず死ぬ隊士は、新人古参の区分なく一定数いた。

 だから呼吸で地力を上げ、日輪刀という唯一無二の武器を持ち、工夫して鬼を狩る。それこそ、鬼に対して正々堂々などと考えている奴がいるのかという話だ。謀略に向かなく、結果的に正面撃破が基本となっているならともかく。

 獪岳の場合は、それがたまたま獣狩りの経験を生かしたものだというだけだ。血鬼術への対処法もまた然り。どうやってこちらを罠にはめようとしているかを、常に考えている。

 

「そうか、離吽がそういう力をもってよな。もし獪岳がいない時に遭遇してたらと思うとぞっとそる……」

「暗殺に特化した血鬼術を持つ鬼も、実は少なくねえ。積めるときに経験積んどけ」

 

 闇に潜んで人を食うという特性があるためか、本当に少なくないのだ。せめて力一辺倒でくればいいものを、とはいつも思う事だった。

 

「あと……っ! 上!」

 

 炭治郎の警告に、咄嗟に反応した。

 上から何かが降ってくる。月光を切り裂いて、歪な丸い影。よほどの高所から飛んできたのだろう、恐ろしい速度で落下してくる。

 急停止する。迎撃はさすがに止めた。力のかかり方にも寄るが、下手に手を出したら刀が折られそうだ。

 大地に激震を走らせて、それが着弾する。地震でも起きたかのように足下が覚束なくなった。何が起きてもいいように、身を低くする。

 巨人だ。獪岳が知る中でももっとも大きな行冥と比べても、なお勝る巨体。体は変な模様がある程度だが、顔は完全に蜘蛛という化け物の姿だった。こいつが『家族』の中で何の役割を持っているかまでは分からないが、ともあれ三人目の鬼。

 

「オレの家族に……」

 

 最後まで言わせてやるほど、獪岳は悠長ではない。上半身を起こして刀が届きづらくなる前に、頚を刈り取ってやった。

 だが。そんなものはどうという事もないとばかりに、巨人の鬼が腕を振り回し始める。拳が誰かに触れる前に、即四肢を切り離した。地面に転がる鬼の体は、やはりというか塵に成って消える様子はなく、むしろ再生を始めている。再生速度も中々速い。斬ったときの重い感触といい、そこそこ高位の鬼だ。

 

「ひぇ、頚を切っても死なない!?」

「頚を斬れてなかったんだ」

 

 え、と疑問符を浮かべる善逸。

 

「肉体強化に特化した鬼に、たまにいる。首の位置をずらして、急所を外すんだ。体のどっかには絶対あるから、そこさえ捉えちまえば死ぬ」

 

 首がない鬼は存在しないが、何かしらの形で弱点を欺瞞する鬼はいる。もしくは、何らかの手段で特定条件を満たさなければ首を切ったことにならないなど、意外に多い。

 いや、意外でもないのか。鬼、というか鬼舞辻無惨の目的が太陽の克服ならば、まずは太陽に近い性質を持った猩々緋鉱石から攻略を考えるだろう。鬼があの手この手で日輪刀の回避を画策するのは、鬼が真に人間の上位互換存在を目指す目論見に合っている。

 いずれ殺せない鬼が出てくるのではないか、というのは、長く鬼殺隊に努めた者が必ず思い浮かべる懸念だ。

 

「じゃあどうするんだ!?」

「決まってんだろ、挽肉にしてやんだよ」

 

 上手く首を見分ける目でもあれば話は別だが、残念ながら、獪岳にそんな特異な目はない。彼の取れる唯一の対処法が、必ず頚を通過するほど細かく斬るというやり方だけだ。

 手間を取らされる事に苛立ちを感じる。本来ならばこれを無視して他に向かいたいが、この強さの鬼を無条件で任せられるほど、三人はまだ強くない。

 

「おいお前ら。確実に鬼だと分からなくてもいい、何かがいる方向が分かるか?」

「あん? 真っ直ぐ行った方だろ」

「あ、あっちに一つ」

「向こうにもある! 二人分の匂いがあるぞ!」

 

 三人が別の方向を指す。加味する余裕もなく、即座に判断を下した。

 

「それぞれ気付いた方へ行け。絶対に無理はせず、危険だと思ったら時間稼ぎに徹しろ。最悪逃げてもいい。ただし、伊之助以外だ」

「どういう意味だよ」

 

 やや怪訝そうに、伊之助。

 

「操り糸の鬼を放置すりゃ被害は拡大する一方だ。突入したのが十人で全員なら、死人があと一人増えるかどうかって程度の話でしかねえ。だが別の場所からも突入してたら話は変わる」

 

 体を無理矢理動かされて、仲間を殺す。あの光景を思い出したのだろう、炭治郎と善逸が青ざめた。獪岳からしても、胸くそ悪いとしか言えないあの光景。無視をすれば、最悪被害者が何十人という規模になる。

 

「お前らの中じゃ一番強いのは伊之助だと見込んで行ってる。お前だけは鬼を取り逃がす事は許さん。絶対に始末しろ」

「ウハハハハ! そういう事なら任せておけ!」

「善逸と炭治郎は深入りするな。何があっても俺が必ず駆けつける。それまで焦るな。必ず神経を尖らせておけ。敵の不意打ちがないなんて思うな」

「分かった」

「絶対助けに来てくれよな! 絶対だぞ!」

 

 言って、それぞれが自分の戦場へと向かっていく。

 見送りはしなかった。いくら格下とは言え、視線を外すような愚は犯さない。どれだけ弱くとも、人を容易く死に追いやる手札を持っている、それが鬼だ。

 油断が許される鬼がいるか。答えは否。鬼はどこまで行っても鬼。人が決してたどり着けない場所にいる。

 

「ゴロズ……ごろずぅ!」

 

 巨人の鬼が、理性の感じられない呻きを上げた。怒声という程ではないが、周囲に響き渡る、そんな声色。

 

「んじゃ」

 

 獪岳は剣を構えた。鋭く息を吸い、見に秘める紫電を解き放たんとする。

 

「とっとと死んでくれよ。こっちも予定が詰まってんだ」

 

 それだけ吐き捨てて。

 迫る巨体に対して、雷が迸るような息を吐き、刀をするどく疾駆させた。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。