獪岳と善逸   作:山筋

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那田蜘蛛山 逃走

 獪岳の労力は甚大なものだった。肉体的にも、精神的にも。この瞬間にも、多くの取捨を迫られている。

 人間二人、それも片方は成人男性の平均体格を大きく上回っていた。これを抱えて走るのは、いかに全ての呼吸の中でも屈指の走力を持つ雷の呼吸でも簡単な事ではない。

 左右で重量差が大きすぎるのも悩ましい点だった。炭治郎が重心を動かし調整しているが、それでも体は一方に偏ってしまう。禰豆子を元の大きさに戻させるべきか。いや、重量を増やすのは本末転倒だ。だからといって、足の負荷は無視できる物でもない。

 例えば進路。恐らくかなりの範囲を鬼殺隊が囲っているが、蟻の子一匹逃がさないというにはほど遠い。通る場所を選べば、誰にも見つからず那田蜘蛛山を脱出できるだろう。だが、速度を落とせば同じだけ発見率が高まるし、思わぬ落とし穴に落ちる可能性もある。全てを無視して突っ走る危険性は、あえて考えるまでもないか。よくて逃走方向の捕捉、悪くて全員誅伐。

 無数の選択を押しつけられ、しかしそれらを吟味する時間はない。正直な所、今の消耗と行動が等価かすら分からなかった。何が正解かは、結果論でしか出せないのだろう。

 なんにしろできることなど、全力で走りつつ誰とも遭遇しないよう祈るくらいしかない。自分に戦術面での才能がない事など分かっている。馬鹿の考え休むに似たり、下手に立ち止まるくらいなら、動き続けた方がまだましだ。

 今のところ気配は感じない。といっても鬼殺隊の気配察知は対鬼に特化している上、彼のそれはさほど上等とも言えないのであまり当てにできないが。

 

「その、獪岳」

「あぁ?」

 

 藪から棒に、炭治郎が話しかけてくる。

 ただでさえ考える事が多く、返事は自然と刺々しくなってしまった。

 

「ごめん、俺たちのせいで、獪岳まで逃げることになって……」

「ふんッ!」

「痛っ!」

 

 疾走の勢いそのまま、膝を蹴り上げる。当たった感触からすると、恐らく太ももあたりだろう。姿勢が姿勢なので、大した威力はない。感情的には、鼻っ柱でも叩き潰したかったが。

 

「何を……」

「テメェのした事にするんじゃねえ」

 

 言いかけた炭治郎を、凄んで無理矢理遮る。

 相手が黙ったのを確認し、一瞬絶叫しそうになったのを深呼吸で制し、続けた。

 

「俺が選んだんだ。人生ままならない事なんざいくらでもあるがよ、俺は俺だ。生きるのに選択肢なんてねえなんざほざく奴は、怠慢の言い訳にしてるだけだ。選べる道は必ずある。数は少ねえかもしれねえが、それでも人は、確実に自分を選んで生きてるんだよ」

 

 自分でも、何を言いたいのか訳が分からなくなる。それでも言葉は止まらない。

 

「生まれは選べなかったが、クソどもを纏める事にしたのは俺だ。零細孤児院経営してる変なおっさんについて行ったのも、鬼の気を引いて逃げたのも俺だ。ジジイに拾われて、剣術を仕込まれた。それで鬼殺隊に入らない事もできたろうよ。だが隊士になったのは、やっぱり俺だ。いいか、もう一度言うぞ。全部()()()()()

 

 今までの人生が、走馬灯のように駆け巡る。

 子供達を率いず、見捨てるなり踏みつけにするなりする人生もあったろう。行冥についていかない人生もあったろう。鬼に従い、孤児たちを犠牲にする人生もあったろう。慈悟郎の指導から逃げる人生もあったろう。

 他の可能性などいくらでもある。だが、それを選ばなかったからこそ、今の獪岳だ。ただ一人、ただ一つの我だ。誰にも否定させない。

 

「お前らのせいでも、お前らのためでもねえ。俺がそうしたい、そうするべきだと思ったから決めた。勝手に俺を設定するな。俺を決められんのは俺だけだ。次クソみてえな事言って見やがれ、ぶっ殺すからな」

 

 言いたいことを全て終えて、最後に殺気を叩き付ける。

 だが、炭治郎はものともしてなかった。それどころか、なぜか笑っている。気色の悪い奴め、と内心だけで吐き捨てる。

 

「そっか。じゃあ、ありがとう、獪岳」

「それもいらねェ」

「それでもだよ」

 

 言っても聞かないと判断せざるをえなかった。そういえば炭治郎は、極端に頑固だったな、と思い出す。時にはぶっ飛ばしたくなるほどだった、とも。というか実際なんどかぶっ飛ばしたし、その上でこちらが折れる羽目になった。

 

「……で」

 

 獪岳は半眼になって呟く。

 

「こいつは何をしてんだ」

 

 小さくなった禰豆子が、なんでだかこちらの頭を撫でていた。

 鬼にされた彼女は、なぜか頭が幼児並になっている。知能が下がった、もしくは性格が別物になった鬼というのは多数見たことあるが、ここまで精神が後退した例は初めて見る。そういう意味で特異と言えば特異だし、誤差と言えば誤差なのだが。

 とにかく、多くの鬼に見られる荒っぽさというのが全くない。今も、こうして人を労れるの(だか何だか)は、とにかく鬼らしさがなかった。普通は初手殺しにかかってくるので、比較のしようがないと言われれば反論もないけれど。

 

「禰豆子もありがとうだって」

「はよやめさせろ」

 

 棘を含めて言うが、炭治郎は微笑んだままだった。

 どうもこの兄妹といると、調子が狂う。たまに文句を垂れる伊之助の気持ちが、少し理解できた。

 これ見よがしに舌打ちしてやるが。やはりと言うか、二人にはさしたる反応もなかった。本当にやりづらいというか、生意気というか。

 

「おい」

「なに?」

「今度こそ守れよ、家族」

「……分かってる。そのために俺は強くなったんだ」

 

 今までどこか軽かった調子も、このときばかりは引き締まった。根元であり、原点であり、要。炭治郎にとっても、獪岳にとっても。家族と言える間柄の相手を守り切れなかった経験があると言う意味でも、彼らは共通していた。もっとも、それに関しては鬼殺隊の多くがそうだが。

 なしえなかった者の集まり。鬼殺隊だ何だと仰々しい言い方をしても、所詮は敗者の群れでしかない。

 そんな中で、まだ守る機会を得られた炭治郎は幸運だ。誰もがうらやむほどに幸運で、そして誰もが逃げ出す程に苛烈な道。進みきれるとは全く思わないが、せめて満足するまでは歩ませてやりたいと思った。たとえその先が地獄でも、本人が満足できるなら。

 誰だって、好きな場所まで進めばいいのだ。後悔や苦痛があったとしても、望みに勝るものはない。たまに、そんなことを考える。もしくは、自分がそうありたいと願っている。

 運命は選べない。だから、せめて自分の心くらいは己の意志で決めればいい。

 自分にしては妙に感傷的だな、と獪岳は悩みながら。とりあえず絡まった思考だけはいくらかましになっていた。吹っ切れたのか、開き直ったのか。

 ――次の瞬間には、全て吹き飛んだ。

 全力疾走した状態では、ろくに別の動きなどできない。咄嗟に腕だけの力で炭治郎を前方へ投げ飛ばした。肩と肘がきしむ音がした気がするが、無視する。

 刀を抜こうとして、気がついた。子供を抱えているため、鯉口を切れない――刀が抜きづらい。仕方なしに、刀を捻るようにしながら、無理矢理引き抜いた。

 勘に任せて剣を掲げる。次の瞬間、衝撃と金属音が響き渡った。

 力任せに腕を振る。振ってきた何かを払うために行ったのではない。相手に、少しでも危機感を与えるためだ。目論見は成功し、腕から重さが消える。

 なるべく距離を開けるよう、しかし開けすぎて相手に詰められないよう、絶妙の位置で獪岳は足を止めた。

 刀を軽く振って、相手を見る。女隊士だった。

 記憶の中から自然と浮き上がる思い。そう付き合いがあったわけではないが、彼女はどこか胡蝶しのぶに似ていた。顔面を無理矢理変形させたような、完璧だが不自然な微笑みをしている所などが特に。もししのぶの姉――胡蝶カナエだっただろうか――が生きていれば、こんな感じだったのかもしれない。

 

(分かったこと)

 

 ついいつもの癖で、鬼にするのと同じように分析を始める。

 

(直前まで俺に悟らせないほど上手く気配を消せる。女隊士によくある事だが、一撃は軽かった。代わりに、とんでもなく鋭い。技が冴えてる。お荷物が二つあったとはいえ、俺相手に軽々回り込む走力も見過ごせない。総じて、善逸らより三回りは強い。見た目は同年代の癖にな。余計なもん背負いながらいなせる相手じゃねえな)

 

 やはり、下手に禰豆子を振り回して避けようとせず正解だったらしい。もし首を動かして斬撃を避けようとしていた場合は、下手したら軌道をずらして寸断されていた。こういうとき、鬼は守りやすい。人間ならば体のどこでも気をつけなければいけないが、鬼ならば頚だけで済む。狙う位置さえ分かれば、後は一撃を堪えられる何かを滑り込ませるだけでいい。

 相変わらず、余裕の表情の女。いや、これは余裕があるのではなく、ただ興味がないだけなのだろうか。なんにしろ、鬼殺隊の反逆を見ておきながら、驚くほど反応がなかった。

 いや、反応はあった。表情にではなく、片手を剣から離して、禰豆子を指さす。

 

「その子、鬼よ」

「違え」

 

 反射的に断言する。

 さすがに頭悪い物言いだったかな、と自分でも思ったが。これにはさしもの鉄面皮も怯んでくれたようで、少女はやや困ったように眉をひそめた。

 

「えっと、どう見ても鬼よ」

「違うったら違う」

「駄々をこねられても……」

 

 いよいよ言葉もなくなって、少女は首まで傾げていた。

 このままごまかせると思った訳でもないが。やや時間を開けてから、少女が真上に何かを投げた。信号弾か何かかと思ったが、それほど大きくない。当り前に何かは真っ直ぐ落ちてきて、それを手の甲で受け止めた。投げた何かを確認し、少女は再び構え直す。

 一連の行動にどんな意味があったのかは分からない。が、まあ、当り前にこちらが鬼に操られていると判断したのだろう。鬼さえ倒してしまえば元に戻るとも。そう考えていてくれている内、つまり隊律違反を疑わないでいてくれるのは、獪岳には好都合だ。

 視線は少女に固定したまま、禰豆子を炭治郎が飛んだ方へと投げる。ちゃんと放れたかは分からないが、肉同士がぶつかり合う類いの鈍い音がしたので、まあ地面に墜落はしてないだろう。したとして、さすがにそこまで面倒は見ていられない。

 

「行け」

「え? でも……」

「いいから行け! つまんねえ問答する時間があるなら!」

「っ……! すまない!」

 

 炭治郎が禰豆子を連れて走り去っていくが、少女はそれを追うそぶりも見せなかった。

 こちらが少女を結構やると判断したのと同じく、相手もこちらを片手間では相手できないと思っただろう。さすがに奇襲を受け止められておきながら意識を離す真似はしてくれまい。

 全て計算通り、などとは言わない。だが、概ね都合良くは事態が動いている。

 とはいえ楽観もしていられない。簡単に鬼を逃がしたという事は、この先に鬼殺隊の網が完成しているという事だ。その中に一人、炭治郎より上の実力を持つ者がいるかどうかは、彼の運に賭けるしかない。

 全く、端から端まで面倒くさい綱渡りだ。渡りきった所で見返りなど全くないところが特に。

 深く呼吸をして体制を整える、ふりをする。小細工だが、数歩分稼げるだけでも意味はあった。

 

(さて、俺は斬首かな)

 

 炭治郎らが逃げ切ろうが切るまいが、獪岳の処刑は免れないだろう。

 あれだけ修練し、死ぬ気で戦い続けておきながらたどり着いたのがここ。何をどれだけ積み重ねようと、死ぬのは案外簡単なもんだ、などと思う。

 

(ま、どうせ何かが惜しいほど積み上げてきた訳でもなし、捨てて困る物ある訳でもなし。これも人生かね)

 

 などと考えるが、簡単に死ぬ気などもさらさらない。いざとなったら逃げてしまえばいいのだ。勝てと言われるならばともかく、柱一人くらいから逃げるだけならなんとかなる。ましてやこちらには現役柱である冨岡義勇もおり、上手くいけば彼の引き込みも望めた。

 鬼殺隊の援助がなくなるのは痛いが、まあ、いざとなれば日輪刀さえあればなんとかなる。

 生き汚なかろうが何だろうが、とりあえず生きてみる。後は野となれ山となれ。ある意味獪岳が一番得意な生き方だった。鬼連れ四人旅なんてのも案外面白いかも知れない、などと下らない事すら考えた。鬼殺隊は過激な組織とは言え、さすがに柱含む四人を追いかけるかと問われたら微妙な所だ。禰豆子の人を操る(と勘違いされるだろう)血鬼術が、どれほど危険視されるか。

 つらつらと考えるが、まずは目の前の相手だ。

 意識を戻したのを見越すように、少女は言った。

 

「待ってて。すぐ解放するから」

 

 言って、彼女は刀を峰に返した。こちらが操られていると言っても、それほど過激なものではないと判断してだろう(操られてなどないのだから当然だ。もっとも、操られていない証明などできず、また保証もないが)。鬼を「守る」事に意識させる血鬼術、あくまで自分を守らせるためのものであって、敵対ましてや同士討ちさせるのには向かない。考えてるのはそんなところか。

 無駄にため込んだ息を、うっすら吐いていく。呼吸に合わせて、獪岳は刀を収めた。

 いきなり戦闘態勢を解いた獪岳に、少女が疑問符を浮かべる。その程度で警戒を解いてはくれないが、どの道さほど期待してもいない事だ。

 獪岳は武装を解除したまま、無造作に目の前へ進む(実のところ、これが一番の重労働だった。何らかの強い意を放つ相手に無防備でいるというのは、余人が思うより遙かに難しい)。

 

「座れ」

「え?」

「いいから座れ」

「……?」

 

 とりあえず命令してみる。

 相手の階級は知らないが、少なくとも最高位である甲より上という事はあるまい。元々その心配もしてなかった。相手が柱であるなら、最初の一撃を手落ちの獪岳が防げた訳ないのだし。

 相手は、普通の警戒をしていた。まあつまり、座ったところで刃を向けられるのではないか、という事だ。

 幾ばくか悩み、それでも答えが出ないのか、貼り付けた笑みの上から困惑が漏れ出ている。やがてまた何か――今度は近いからはっきり見えた。銭のような円形の金属だった――を取り出し、再び投げて受け止めた。手の甲を覗き、決めたのか、刀は抜いたまま座る。さっきから思っていたのだが、この一連の動作は何なのだろう。

 どうであれ、ありがたい事ではある。彼女の目的が時間稼ぎであるのと同じように、獪岳の目的もまた同じだ。少女は知らないだろうが、互いの目的は合致していた。

 座る少女の正面に立つと、少しだけびくりとされた。それを無視し、己も座り込む。彼女はますます訳が分からないという顔をした。

 

「……」

「……」

「…………」

「…………」

 

 そして、無言。

 

「だいたい初対面の相手と何話せってんだよ!」

「えぇ……? 私に言われても」

 

 地面を叩く獪岳に、少女はやや戦慄しながら答えた。

 沈黙は長く続けられなかった。まあ真向かい二人の沈黙など、見知った仲であってもそう続けられるものではない。

 全くの無計画だった訳ではない。むしろちゃんと計画はあった。ただ見込みが甘く、最初の時点で破綻しただけで。このままぐだぐだ駄弁って気を引き続けようと思っていたが。退陣経験が豊富とはお世辞にも言えない獪岳に、無口な異性の相手をしろと言う方が無理がある。その点に、彼は自覚がなかった。

 頭を掻きながら悩んでいると、少女はそっと立ち去ろうとしていた。

 

「待て待て待て!」

「…………」

 

 袖を掴んで止める。

 あからさまに面倒くさそうな視線を飛ばされるが、切った張ったをするより悪いことではないと信じることにした。事実として、いくら炭治郎らに肩入れするからと言って、瑕疵のない同胞に刃を向ける気にはなれないのだし。

 再び座らせて、視線を交えるが。当り前に、話題など出てくるはずがない。

 

「大体こんな仏頂面の女と何話せってんだよ! 話題なんてあるわけねえだろ!」

「なんでいきなり馬鹿にされるの」

 

 全く納得がいかないと唇を尖らせて、少女。感情の起伏が薄いように見えたが、さすがに理不尽だと思ったのか。

 

「あ? じゃあお前、鬼殺隊なんてやっといて鬼ぶっ殺した以外に何か話せる事あんのかよ」

「……ないけど」

 

 完全に理不尽な物言いだったが。

 言葉を返した少女は、どこかしょんぼりしていた。自覚はあるらしい。まあ、文句を垂れた獪岳も、どこそこに賭博場があるくらいしか言えないのだが。

 完全に気が抜けたのか、少女は刀を地面に置いた。さすがに納刀はしない。ここら辺は、教育した隊士がいい腕だったのだろう。炭治郎あたりなら、馬鹿正直に刀を収めてしまいかねない。

 今更隠し立ても何もないのだし、彼女をこの場にとどめるだけでもよかったのだが。ただ、ひたすら気まずかった。

 長い間、少女とにらめっこをしている気がした。実際はどれほども経っていないだろうが。辛い時間ほど長く感じる。半ば意地になって、視線をそらしたら負けだとばかりに真っ直ぐ相手を睨んだ。当の少女はなんとも思ってないという風に、無言鉄面皮のままなのがまた腹立たしい。と言うかもうむしろ、こう思っている事自体を嘲われている気がする。完全な被害妄想だが。彼女を見てると、あながち間違いでもない気がしてくる。

 唸っていると、今度は鼻で笑われた――気がした。

 これはもう許せん。一発イワしてやる、と腕まくりをしたところで。

 

「伝令! 伝令! カァァ!」

 

 誰のものか、鎹鴉が鳴いた。

 いや、一羽ではない。無数の鎹鴉が空を飛び回りながら、あちこちで同じ事を叫んでいる。

 

「炭治郎、禰豆子両名ヲ拘束、本部ヘ連レ帰ルベシ!」

「……は?」

 

 と、間抜けな声を出して思わず天を仰ぐ。ほとんど間を同じくして、少女も鎹鴉を探していた。

 

「繰リ返ス! 炭治郎、鬼ノ禰豆子ヲ拘束セヨ! 討伐スルベカラズ! 本部ヘ連レテ帰レ!」

 

 どうやら、聞き間違えでも、本部の思い違いでもないらしい。

 上層部は炭治郎と禰豆子の事をとっくに把握していた。これはおかしな事でもなんでもない。彼らが獪岳と合流する前の事は知らないし、様子から見て開けっぴろげの無防備だったのだろう。捕まっていないのだから知らないのだ、というのは獪岳の勝手な判断だ。

 本部は鬼を匿った隊士がいると知りながら泳がせていた。恐らくとっくの昔から。

 全ての前提が覆る。獪岳が三人の教導に動員されたのも、ただの偶然や善逸と縁があったからではなくすらありそうだ。むしろそこを隠れ蓑にして、鬼に恨みのない階級上位を宛がい、炭治郎を保護した、とすら見える。これすら今見えている部分からの判断であり、もしかしたらもっと重大な秘密がある可能性も。

 

(本部には思ったより食わせ者がいるみてえだな)

 

 立ち上がって、膝を叩く。少量の草がはらはらと舞った。

 

「貴方が逃がした二人、炭治郎と禰豆子で合ってる?」

「ああ」

 

 確信はあっただろうが、一応確認して、少女。

 肯定の言葉を聞いてから、彼女もまた立ち上がった。

 とりあえず、敵はいなくなった。代わりに逃げられる状況でもなくなったが。言いようによっては、本部に二人を人質に取られたに等しい。

 

(でもまあ、とりあえず斬首はなくなったかな)

 

 どうであれ、命に関してだけは気軽に構えられるようになった。

 ひとまずはそこに感謝するだけでいいだろうと己を満足させ、まだどこかをぶらついているであろう二人を、少女と一緒に追うことにする。

 願わくば、本部も考慮してくれればいいのだが。

 鬼殺隊という組織においてかなり無茶な願いをしながら、獪岳は少女を置いていかない程度に加速した。

 

 

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