獪岳と善逸   作:山筋

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鬼の中の鬼

 想像していたとおり、万世極楽教本部の建物内は広かった。と言ってもあくまで普通と比べればといった程度であり、ましてや隊士の足ならさしたる問題ではない。内部構造も、外見からは想像できないほど素直なものだ。

 が、それは内部の探索がすぐ終わる、つまりすぐ上弦の弐にたどり着くという事を意味しているのであり。待っているのは「柱殺し」とも言われるような化け物の中の化け物との単独戦闘だった。

 

「ひいいぃぃぃ……怖えよぉ、なんで俺こんな所に一人でいるんだよぉ……」

 

 涙どころか鼻水まで垂らして、善逸は一人呻いた。

 上弦の鬼など見付けたくない。可能な限り遭遇は遅らせたかった。だが、立ち止まっているのはそれ以上に恐ろしい。

 実弥から聞いた話だが、上弦の弐が扱う冷気の血鬼術は察知が極端に困難らしい。恐らく暗殺に徹されたら手の施しようがないとも。わざわざ獪岳を闇討ちせず、真正面から戦った当たりその可能性は低いと言うが、それとて絶対ではない。ましてや血鬼術の効果範囲が分からないのでは、いつ奇襲を受けるか分かったものではなかった。

 このときばかりは、自分の耳の良さが恨めしかった。近くを通っただけで、人の有無が分かってしまう。

 

「しかし、中は思ったほど荒れてないなあ」

 

 破壊跡があったのは入り口付近だけで、中は綺麗なものだった。

 見かけた訳ではないので正確な事は言えないが、無数の鬼たちは地下かどこかに封じておき、折を見て解放したのだろう。まあ、飢えた鬼を大人しくさせる方法などないので、地上で放置しておけない為当然と言えば当然だが。

 同様の理由で、建物内に人が残っている訳がない。のだが、相手は常識の通用しない鬼。一応調べない訳にもいかなかった。時間稼ぎになるので悪い訳ではないが。

 

(とにかく上弦の弐を逃がしさえしなければいいんだ。ちょこちょこっと戦いながらお茶を濁してれば、不死川さんが絶対来てくれる)

 

 鬼に対して強い敵愾心、というか怨念がある不死川実弥は、ある意味で信頼が置ける。

 彼が倒せない鬼は善逸にも倒せないし、そもそも風柱ほどの人間が倒せない鬼など想像がつかない。ましてや十二鬼月でもない鬼であれば、さほど時間もかからず殺すだろう。

 なので、丁度上弦の弐と接触したくらいで追いついてくれるのが理想だ。それくらいの実力と短気さはある。というか今回ばかりはなければ困る。

 善逸一人の命で上弦の弐を足止めできるなら、少なくとも実弥にとっては採算が取れるのだろうが。させられた側からしてみたらたまったものではない。まだ女の子とちゃんとイチャイチャした事だってないのだ。いや、イチャイチャした事あろうがなかろうが死ぬのは嫌だが。

 

「くそ、あのおっさん。死んだら呪って枕元に立ってやる」

 

 それ以上はできない。だって普通に返り討ちに遭いそうだし。

 とはいえ。この状況では、差し向けられる戦力ならどんどん向かわせなければいけないというのも事実だ。

 理想は柱四人の一斉攻撃だと誰もが分かっている。当然、敵もだ。それが成されそうな時点で相手が逃げる確率は高いだろう。ならば、状況が整うまでの足止めが居るのも事実だ。

 戦力的なものはさておいて、実弥が一番信用のおける手札は善逸だろう。その程度の信頼はあると思っている。

 

(別に嬉しくなんかないけど。ないけど)

 

 一人、ぼやけるだけぼやきながら、手早く確認を済ませていく。と。

 

「っ!」

 

 けたたましい音が二方向、三つ聞こえてくる。最初から中にあった音ではない。これは外からやってきたのだ。咄嗟に身構える。

 飢えた鬼が戻ってきたというならば、これは一番マシな可能性だ。問題は、恐らく柱にそれぞれ差し向けられたであろう強い鬼が引き返して来た場合。これは柱の敗北、ひいては方面軍の壊滅を意味した。後者の場合、話は上弦の弐討伐どころではなくなる。

 最悪、柱が倒せなかった鬼を善逸一人で倒さなければならない。当り前に、そんなことできるかと叫びたくなる事態だった。

 まずは先に着く二人組の方を、心なし隠れながら待ち構えて。

 

「あ、善逸だ。ほら伊之助、やっぱり善逸だったじゃないか」

「あァッ! 外した! テメェがビクビクしすてっから、気配読み違えたじゃねーか!」

「炭治郎、それに伊之助」

 

 答えは、第三の選択肢、援軍だった。

 最悪ではなかったのと一人ではない事、二つの安心で、ちょっと涙目になる。

 

「ううぅ、良かったよぉ」

「何泣いてんだ。頭イカれたか」

「言い過ぎだぞ伊之助。でもどうしたんだ?」

 

 いつもなら食ってかかる事もある伊之助の暴言だが、このときばかりは何も言い返すつもりはなかった。むしろ心地よくすらある。

 

「だってあのオッサン、俺一人で上弦の弐に突っ込めって言うんだぞ! 無理に決まってんだろ! 無理に決まってんだろ!! どうやったら俺が上弦の弐と単独で相手できると思ったんだ!?」

「ああいやまあ、それは確かにちょっと無茶だよな」

「へっ。弱味噌が」

「弱味噌でもなんでもいいよ! ほんと来てくれて嬉しいからありがとうございます!」

 

 獪岳の剣と実弥の扱きがあって格段に強くなったが、精神面まで変わったわけではないのだ。と言うか身内をどうこうされたからって、みんな風柱みたいになったら、凄いを通り越して怖い。

 ともかく三人いれば時間稼ぎくらいはできそうだ、と考えて。

 

「そうだ、北からも誰か来てる!」

 

 思わず叫ぶ。緊張でそのままだったので、身構え直す必要は無い。

 その様子を見て、炭治郎がぽかんと呟いた。

 

「何言ってるんだ、善逸」

 

 言葉からいくらか遅れ、すっと飛び込んできたのは。胡蝶しのぶだった。

 

「ほら、しのぶさんだ。大丈夫か? 普段の善逸なら絶対気付いてただろ」

「……言葉もないです、ハイ」

 

 自分が思っている以上に追い詰められていたらしい。知らない誰かならばともかく、お世話になったしのぶを鬼と聞き違えるなど相当だ。恥ずかしくなって顔を伏せる。

 善逸たちのような超感覚などないしのぶは、こちらを視認して初めて気がつく。まるで翼でも生えているかのように軽い調子で、すぐ近くに着地した。

 

「君達は……君達も上弦の鬼へ?」

「はい。伊黒さんに行ってこいって」

「おう、ぶっ殺してやんぜ」

「俺も不死川さんに一人で足止めしてこいって無茶振りされました」

 

 善逸だけ恨みがましく言ったが、悲しいかな、誰にも相手されない。ちょっと涙が出そうになるものの、それすら無視されたら死にたくなるので堪える。

 何でだか、しのぶはどこか焦っている様子で、周囲をきょろきょろと見回した。

 

「取り残された人もしくは鬼なんかが居ましたか?」

「俺が来た方からは居ないです」

「俺達は入ってすぐ右回りに回って、これから北側探そうとした所で善逸と遭遇しました。だよな、伊之助」

「ん? ああそうだな」

 

 会話に飽きたのか、気のないというかどうでもよさそうに生返事を返す伊之助。

 しのぶは一瞬だけ情報を吟味し、さらに問いかけた。

 

「そうですか。では他の柱は?」

「伊黒さんは総司令官なのでおいそれとは動けない様子でした」

「不死川さんの所には強い鬼が来てます。多分すぐ倒してこっち来るとは思うんですけど……」

「成る程、状況はけして良くはない、と。でもある意味、私にとっては好都合。状況的にもほどよい所で他の柱が……」

 

 ぶつぶつと一人でうわごとを並べるしのぶに、珍しいな、と感じた。

 彼女はどうでもいい事も必要な事も、とにかく全て隠す癖がある。いったん隠して整理し、そして与えていい分だけ与える。情報にとにかく過不足がない。そういう人間だ。故に口を滑らせる事などないし、ましてや独り言も初めて聞いた。

 この音は急いでいるのだろうか。基本的に時間経過は鬼殺隊の味方なのに。まあ、鬼が逃げなければ、だが。

 普通ならここで色々と聞き取れるのだが、どうも今の彼女は、体内に不協和音が多い。とりわけ内臓当たりは初めて聞く音が多く、経験から音の振り分けができなかった。こうなってしまうと、聞いていることに意味が無くなる。

 

「とりあえず、一階に上弦の鬼がいない事は分かりました。なら……」

「鬼を閉じ込めといたらしき地下にいると思えないから上、ですかね」

「ええ。その可能性が一番高いでしょう」

 

 鬼の位置予測は、獪岳の経験と実弥の扱きで相当なものになったと自負している。このおかげで、鬼の奇襲を受けなくなった代わりに、遭遇しやすくなった。確実に強くはなったが精神的には差し引き零である。

 万世極楽教の建物は、横に広く縦には狭かった。宗教関係の建築物は(偶像設置のためか)往々にして縦に長い。よって、万世極楽教本部も、ちょっと高めの建築様式なのかな、程度に考えていたが。どうやら二階建ての構造らしい。

 

「では行きますよ」

「あ、ちょっ」

 

 まだ打ち合わせもしていないのに、とっとと走り出してしまうしのぶ。速度自体はさほど早くないので、ついて行きつつ、善逸はこっそり炭治郎に耳打ちする。

 

「なあ、なんか今日のしのぶさん変じゃないか? 気が短いというか、直情的になってるというか」

「俺も思った。なんか匂いもおかしいんだ。普段から藤の匂いはさせてるけど、今日は一段と強くて違和感がある」

「匂いが? 音もおかしかったんだよなあ。微妙にだけど、普通の人がさせるそれと違って、なんだかちょっと怖い」

「体調も、あまりよくなさそうだよな。なんとなく、しのぶさんはここで帰した方がいい気がするけど……」

 

 無論、そんなことできやしない。この場には、皆が皆(それこそ善逸ですら)命を掛けて来ている。ここでしのぶだけ帰すのは、根本的に筋が通らない。

 

「どうでもいいだろ」

 

 そうバッサリと伊之助が会話を切る。

 

「面倒クセェ事は全部後だ。上弦の弐だったか? そいつぶっ殺してから考えりゃいいんだよ」

「まあ、確かに他の方法はないけど」

「相変わらず身も蓋もねえ……」

 

 釈然としないものは残ったが。だからといって快刀乱麻を断つが如き回答などないので、大人しく後についていくしかない。

 三人とも、いくら強くなったと言ったところで、所詮は階級も年齢も下なのだ。本人に「行く」と言われてしまえば、それだけでもう抗弁の手は持たない。厄介な話だとは思うが、組織には多かれ少なかれ含まれる要素ではあった。

 階段の位置はしのぶが把握していたらしく、特に探す必要も無くたどり着いた。

 上階へ登る。外見からは二階部分も結構な広さがあり、また部屋を探すようかと思っていたが。予想外に、短い通路と、その先に扉が一つあるだけだ。

 代表してしのぶが開く。

 先に広がっていたのは、大きな一つの部屋だった。二階だというのに、新鮮な水を張り巡らせている。いや、少し違うか。どちらかと言えばここは池であり、上に水上通路を幾重も通している、と言った方が正しい。

 池には花が咲いており、これは蓮だろうか。わざわざ高いところにこんなものを作り、さらに維持するのは大変な労力だろう。が、代わりにとても神秘的ではある。助けを求める者がいかにも好きそうな光景だった。

 そして、部屋の中心当たりで、一人の男が悠然と立っていた。目に上弦・弐と入れ墨がある。

 確定だ。彼こそが上弦の弐、童磨だろう。

 

「やあやあ、遅かったね。ようこそ夜の迷子達。君達は助けを求めてここへたどり着いたのかい? それとも鬼狩りらしく殺しに来たのかな? 俺としてはどちらでもいいぜ」

 

 いかにも友好的に、男は話しかけてきた。それが恐ろしい。何が恐ろしいって、言葉と彼から聞こえる『本音の音』に、僅かも乖離がない事だ。

 童磨は全くの本気な親愛を持ってこちらに問うてきている。

 

(こんな……)

 

 こんなに精神の次元から化け物は見たことがない。或いはこれが上弦の鬼としての資質だとでも言うのだろうか。

 そうだとしたら。もしかしたら鬼殺隊は、絶対に触れてはならないものに触れているのかも知れない。

 

「みんな初めましてだね。あはは、俺と戦った隊士はみんな死んでしまったから当然か。とりあえず挨拶をしようじゃないか。俺は童磨。多分、短い間になると思うけどよろしくね」

「俺様は嘴平伊之助! もうすぐ柱になる男だぜ、ウハハハハハ!」

「うーん、おやおや? 君はまだ柱じゃあないのか。俺が見たところ、もう柱と呼ぶに相応しい力を持ってると思うんだけどなあ。というか、ここに入ってきた君達を見た時、よく俺の仕掛けた罠を潜り抜けて柱四人たどり着いてくれたと思ったんだぜ?」

「そうだろうそうだろう! ハハハハ!」

「思っていたより今の隊士は質が高いのかなあ。それだけ若いのにすごく練り上げてるね」

 

 なんでだかにこやかに会話する二人に、ひっそり嘆息する。

 奇妙な空気を払ったのは、しのぶだった。

 

「貴様などと、下らない御託を並べ合うつもりはございません」

「ん? うーん」

 

 なぜだか悩むそぶりをする童磨。そして、ふと――目が合った。

 ぞわり、と背筋が寒くなる。ただの一瞬、視線が交差しただけだ。それなのに、心の奥底までのぞき見られた気がした。とてつもなく無遠慮で、簡単に心の中を踏み荒らす。そこまでしておいて、理解はあるのに共感は全くない。まるで理解不能な生物と接触したような感覚。

 同じものは皆が感じていたらしい。とりわけしのぶの拒絶は強烈で、思い切り顔を歪めている。

 

「恐怖に慈悲に、伊之助は面が邪魔でよく分からないけれど、純然たる闘意かな? そして、女の子は強い憤怒。不思議だねえ。まるで俺を知っているかのように怒りを向けているぜ」

 

 しのぶが普段付けているそれより数段無機質な笑みからは、何かを読み取ることはできない。ただしのぶが、されるがままに“煽れた”事は分かった。

 彼女が“怒った音”を立てているのは聞いたことがある。むしろ年中怒った音を立てている。だが、それを顔に出すのは初めて見た。今にも体から爆ぜそうな怒りと苦しみを賢明に堪えるよう顔を歪め、みしりと響く程刀を握りしめている。

 

「この羽織に見覚えがないとは言わせない……! お前が殺した、私の姉のものだ!」

「おやおや? どこかで見たことがあると思ったら、確か花柱だったかな、その子が着ていたものかな。懐かしいような、ついこの間のような。そう言えばどことなく似ているねえ。もしかして親族かい? それはとても、とても……」

 

 鬼は、はらはらと少女を哀れんで泣き出した。これも、やはり嘘がない。心底からしのぶを可哀想だと思っている。

 もしかしたら。この男は、鬼舞辻無惨などよりもよほど“鬼”なのかもしれない。

 

「ああ――。あの時、朝日さえ差さなければ、俺が喰べてあげられたのに。そすうれば、君達姉妹は俺の中で一緒になれたのに。とても、とてもとても可哀想な事をしてしまったね」

 

 流していた涙は一瞬で涸れて、つい先ほどまで泣いていたとは思えない、満面の笑みを浮かべる。

 

「でも安心してくれていいぜ。今なら喰べ逃すことはない。せめて君だけでも、しっかり喰べて上げるから」

「……クズ野郎。お前は必ず、この場で殺す」

「あはは、君には無理じゃないかなあ。そんなにか弱いんじゃあ、俺の首はどうやったって切れないぜ。技で補うにも限界がある」

「最初から、頚を切る気なんてありませんよ」

 

 どこか嘲るように言って、しのぶが刀を引き抜いた。納刀、抜刀時に独特の絡繰音がするその刀は、見た目の頼りなさに反して、誰が見てもただ事ではないと分かる。事実、その刀は弱い鬼であれば掠めただけで殺しうる毒刀だ。一体それでどれだけの鬼を殺してきたのか。

 だが……いや、だからこそ疑念はある。強い鬼になるほど、毒への耐性が高い。上弦の鬼ほどともなれば、一体どれほど効果があるだろうか。

 

「へえ。その刀の形状、と言うことは君が毒使いの隊士だね。君達の中じゃ一番弱いと思ってたけど、と言うことは柱なのかい?」

「それを、今から確かめろ」

 

 答えは出る。

 蟲柱・胡蝶しのぶ。ともすればそこらの新米隊士にすら劣る矮躯しか持てぬ乙女だ。それを補って有り余るのは、体の軽さを逆手に取った機動力。長い鬼殺隊の歴史でも終ぞ現れなかった、日輪刀による斬首以外の方法で鬼殺しを成す方法を編み出した、圧倒的な頭脳。それを十全に運用するため肉体改造に等しい鍛錬を施し、“突き”に特化した筋肉を手に入れた、鬼殺隊最高の刺突技を持つ。

 剣戟はとてつもなく鋭い。頭部に向かった切っ先を、上弦の弐ですら捉えきれなかったほどだ。防ごうとする掌を掻い潜って、あっさりと頭に突き刺さる。

 

「ッ!」

 

 その瞬間、動いていたのは自分だけではなかった。三人同時に、童磨の手へと斬りかかる。

 童磨の次手は読めていた。と言うより、獪岳が残してくれた情報にあった。迂闊に踏み込んで殺しきれなかった場合、血鬼術による肺の破壊を行う。

 炭治郎がしのぶを後ろへ引っ張り、善逸と伊之助がそれぞれ左右の腕を半ばまで切った。

 上弦の弐が持つ、唯一の弱点らしい弱点。血鬼術の操作には、手振りが必要である。無作為にまき散らすだけならば、手は必要なかったが、その場合は操っている時より速度も威力も数段劣るらしい。

 しのぶを救出し、それぞれが距離を置く。

 これも獪岳が残したものから考察されたのだが、上弦の弐は近接戦闘能力はさほど高くない(と言っても、比較対象は上弦の壱だが)。戦うなら徹底的に近くで張り付くべきなのだが。氷の粉をまき散らしてくる事により、それこそ間が悪ければ一瞬でも接近は死を意味する。相反する厄介な特性があった。

 

「何を、すぐに畳みかけ……」

「しのぶさん無茶ですよ!」

 

 暴れるしのぶを、炭治郎がなんとか抑える。いくら体術に秀でていると言っても、さすがに組んだ後の状態では抵抗も難しいだろう。

 童磨はひたすら苦しみ、体を丸めて吐血までしていたが。

 善逸は音で。炭治郎は匂いで。伊之助は気配で。それぞれ常識から外れた感覚を持つ者達は気付いていた。

 

「ゲフッ! ガフッ! ゴホッ!」

「追撃を仕掛けるべきでしょうが! いいから離しなさい!」

「だから駄目ですって!」

「これ演技ですよ、しのぶさん」

「見え透いてんぞ」

「……あれ? 演技には自信があったんだけどなあ」

 

 頭を貫かれ、血を吐いていた男がけろっとした様子で体を戻す。

 毒の影響は確かにあるのだろう。刃が刺さった近辺は紫色に変色しているし、実際に毒が効果を発揮した音も聞いた。ただ同時に、微かにだが嘘の音も聞いた。彼の自己申告は決して自信過剰なものではなく、善逸も異常発達した耳がなければ騙されていただろう。

 確かに体は蝕まれていた。ただ、戦えない程ではなかったというだけ。

 それに、善逸は信じていた。ある意味において、この世で一番童磨を信用していたと言ってもいい。

 獪岳を殺すほどの鬼が、この程度でそう易々と殺される程の隙を見せてくれるはずがない、と。

 

「うーん。今ので全員踏み込んできてくれてれば一番楽だったんだけどなあ。そこの女の子には悪いけど、他の柱がまだ控えてるのに、あんまり時間をかけてられないしね。仕方が無いなあ、普通に戦おうか」

 

 かつん、と小さな音を立てて、鬼の両手で鉄扇が広げられる。

 本番はここから、という事なのだろう。童磨がそうすると決めた瞬間、強者に共通する音が爆発的に膨れ上がった。本能的な恐怖が、体を硬直させようとしてくる。

 

「ご免よ君達。本当はもっとじっくり相手してあげたいんだ。だけど、ここで柱を取り逃がそうものなら、俺が無惨様に怒られてしまうからね。あまり時間はかけてあげられないんだ。だから、なるべく頑張っておくれよ」

 

 これほどの圧力も、上弦の鬼にとってはほんの些細な茶目っ気に過ぎないとでも言うのか。倒すどころか、抵抗という考えすら空しく思えてくる。

 任官一年目の隊士三人と柱対、上弦の鬼。その意味を理解する者が聞けば、あまりにも無謀な戦いが幕を開けた。

 

 

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