獪岳と善逸   作:山筋

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何者かになる日

 この道を通るのはいつぶりだろう。考えながら、坂を登る。

 来る気がなかった訳ではない。訳がない。何度だって帰ってきたいと思っていたし、それは今も変わらない。

 昔は、ただただ忙しかったのと、見捨てられるのが怖くて帰れなかった。今は少し違う。死ぬほど怖くともいくら逃げ出したくとも、背負うものができた。見捨てられたくない、ではなく、立ち止まったり振り返ったりする気になれない。自分の意思で決めた。

 それでもここへやってきたのは、今の状態では戦えない為、やむなく休暇を貰ったからだ。

 怪我は数えるのが馬鹿馬鹿しいくらい負ったが、中でも酷いのは腹部の裂傷だった。内臓は外れてくれていたものの、とにかく範囲が広く、その上貫通するほど深い。呼吸がなければ身動き一つ取れないほどの酷い怪我であり、痛みを和らげてもなお、引きつるような感覚がある。蝶屋敷にて最新鋭医術を導入した縫合を施されていなければ、間違いなく引退を迫られていた、と言われるほどだ。

 刀を外しているのも、杖をついているのも、縫合部分に負担をかけないため。本当ならば出歩くのも禁じられていたが、これだけはどうしても、自分で直接赴きたかった。そのため、神崎アオイにとても渋い顔をされながらも、なんとか納得して貰った。

 

「こんなに……遠かったんだなあ。出る時はあんなに早く感じたのに」

 

 修行を終えたばかりの頃とは、比べるべくもなく体が出来上がっている。だからもっと簡単に登れると思っていたのだが。或いは、これから起こるであろう事に気が引けるため、そう思わせられているのか。

 どうであれ、避けて通るという選択肢だけはないので、あまり関係のない話かも知れない。

 普段、人の通りがない坂は、当り前に快適とは言いがたかった。

 育手の住まう場所は得てしてそういう所だ、と昔に聞いたことがある。明治以降、刀を持ち歩く者というのは警官に限定されている。そのため、剣道ではなく剣術を教える育手は、自然と人の寄りつかない場所へ追いやられていったという。今の時代に刀を持ってふらついてもある程度見逃されるのは、「まさか真剣を佩いて歩いているわけがない」という、統治に成功したが故の皮肉だ。まあ当然、獪岳から教えて貰ったように、竹刀袋にでもしまっていた方が(心の平安という意味でも)安全なのは言うまでもない。

 道すがら、草は踏み分けておく。いくら元柱とはいえ、老人の足腰にこの道は堪えるだろうと考えたからだ。そんな事を言えば、頭を引っぱたかれるだろうな、などと考えながら。

 

(どうしてるかな、じいちゃん)

 

 まだ新しい弟子はいない。それは連絡を受けて知っている。

 年齢が年齢だから、このまま引退かも。そんな風にも聞いた。多分それはないと善逸は思っている。記憶の中にある師は矍鑠(かくしゃく)としていたというのもあるが、それ以上に――まだ、悔いが残っているだろうから。

 傷の色は知っていた。善逸もまた、同じものを背負っている。理解しているからこその不安もあった。それは、耐えようとして耐えられるものではない。

 

(少し寒いな)

 

 左腕を擦って、肌を温める。左手には杖を持っているので、多少苦労したが。この寒さは、季節のためか、それとも標高のためか。そのどちらかのせいにしておこう、と密かに決めた。

 さらに半刻ほど歩くと、土地が開け始めて来た。

 その場所に名前はない。世間から忘れ去られた、と言うかわざと隠遁しているのだから当然だ。だからそこで修行している者は勝手に、果樹の園だとか、雷の隠れ家だとか好き勝手に称している。善逸は獪岳に倣って、桑島家と呼んでいた。慈悟郎はやや嫌そうな顔をしていたが、それで誰が困るわけでも無し、とは獪岳の弁だ。

 桑島家はちょっとした台地であり、小さな村くらいなら作れそうな程の広さがある。まあ、そうでなければ果樹園など拓けないのだが。近くには水源もあり、ただ住む事だけを考えれば悪くない土地だ。

 そんな場所が廃れて桑島慈悟郎ただ一人がいるのは、偏に交通の便が悪すぎるからだった。時代の変化と西洋文化の流入により、人は集中して住むようになった。こんな、碌に荷車も通せないような土地に住むのは、犯罪者か、鬼殺隊のような訳ありばかり。

 無論、そこを不法占拠している訳ではない。育手のいる場所は全て、産屋敷所有の土地である。それだけの税を払って平気でいられるのだから、つくづく産屋敷家というのは化け物の家系だ。

 家にたどり着けば、後はすぐだった。もう腹にも負担はかからない。

 四人も住めば窮屈さを感じる、小さな家。その近くには、邪魔っ気な岩がある。これが本当に絶妙に鬱陶しい位置にあり、獪岳と何度も退けようかと相談したものだ。結局、どれだけ深くまで沈んでいるか変わらず、面倒臭さが勝って辞めた。

 ただ、そんな岩にも、いいところはある。例えば、座るのに丁度良い高さと形状だとか。

 岩に杖を立てかけて、ぼんやりと慈悟郎が座っていた。元とはいえ柱の彼が、これほど接近されながら気付かない訳がない。柱がどれだけ規格外かは、ここ最近のあれこれで身にしみていた。

 だから。これは単に、振り向く気力も湧かないだけだ。

 

(じいちゃん、小さくなった……いや、老けたのかな)

 

 俯き加減に座っているその様子は、ただの世捨て人にしか見えない。暗く、湿って、深く沈んでいる。

 ああ、こうやって彼は老いてきたのだな、と知った。

 十分に近づいてから、声をかける。

 

「じいちゃん」

「ああ。お帰り、善逸」

 

 やつれた声に、ちゃんと食べているのかとすら疑問に思う。もしかしたら、重傷を負っている善逸よりも疲弊しているかも知れない。

 今は果物が季節ではない。ただただ草木だけが並ぶ姿は、侘しさだけがあった。

 

「獪岳は……死んだよ」

「ああ、知っておる」

「そうだよね。でも、ちゃんと俺が伝えなきゃって思ったんだ」

 

 獪岳――善逸が知る限り、最強の雷の呼吸を扱う者。師にとっても、最強とは言わないまでも、五指に入る程強かったのではないだろうか。

 ただ一つ。まるで善逸がその才能を奪ってしまったかのように、壱ノ型だけ使えないのを除けば。

 

「本当は、獪岳が使ってた刀も持ってこようと思ったんだけどさ。今は俺が使わせて貰ってるし。でも、ちょっと持ってくるのが難しくて」

「分かっとる。上弦の弐を討伐したのだろう? よく……戻ってきてくれた」

 

 呟きながら、慈悟郎はさらに枯れた花のように俯いた。

 

「教え子の訃報は何度聞いても慣れんわい。遺書が届く度に思うのじゃ。儂はもっと……もっと教えてやれる事があったのではないかと、生き残れる手段を託せてやったのではないかと……」

 

 否定するのは簡単だったが、実際に口にするのは難しい。同じ口惜しさは、恐らく誰もが感じるものだ。あの時現場に居れば。何の役にも立たなかったかも知れない。それでも、一緒にいられたならば。

 立ち呆けている苦しさから、慈悟郎の隣に座った。さして大きな岩でもないが、もう一人が尻を乗せるくらいの広さはある。

 体が休まると思った瞬間、腹が疼いた。ぴりぴりとしたものが、つま先から脳天から、全てに響く。それらは、失った痛みを改めて思い出させた。同時に、こうやって獪岳が消えてしまった事を悲しめるのが師以外にいないのを、とても寂しく思った。昔の獪岳を知る人が、こんなにも少ない……

 

「儂は……」

 

 慈悟郎は下げていた頭を上げ、天を仰ぐようにして語り始めた。

 

「二人で一人の柱になればいいと、そんなことを言った。言ってしまった。獪岳はそうであるべしと、上弦の壱と上弦の弐に、無謀な戦いを挑んでしまった。そんなつもりではなかったのだ……。そんな事をしてほしい訳では、なかったんじゃ……」

「じいちゃん」

「馬鹿者、師範と呼ばんかい」

 

 獪岳だって分かっていたよ。そう言いたかった。獪岳だって、無事に帰ってくるのが何よりだと分かっていた筈だ。

 それが懺悔だと分かっていたから、口に出せなかった。例えどうしようもなかったとしても、本人が決めた事だったとしても、忘れることはできない。ただ吐き出したい事なんて、誰にだってある。

 ここを見ていれば、まるで昨日のように思い出せた。あそこで死ぬほどたこ殴りにされたな、だとか。あっちでは腕立て伏せしてる所で上から乗られたな、だとか。ここでは一緒に死ぬほど素振りをさせられたな、だとか。

 似たような感傷を、師は数倍、数十倍感じてきた。ならばたった一度で折れるのは、仇を取ったくらいで剣を置くのは、恥ずかしくてできない。改めて覚悟した。

 隊士としての仕事は続く。いつまでかは、ちょっと分からないが。それでも、まだまだ終わらない。

 そして上がりを向かえたら、もう一度師の元へ来よう。今度は笑顔で来られるようにして。

 今度は、自分のためにではなく誰かのために。命を捨てないと誓う。

 善逸は息を吸って、恐らくはまだ届いていないだろう報告を口にした。

 

「じいちゃん、俺、いや俺達さ――」

 

 

 

 産屋敷邸の昔ながらな武家屋敷も、侘しい見た目となる季節になった。

 時が経つのは早いもので、あと幾ばくかすればまた新しい隊士が入ってくる時期となった。

 これはほぼ全てに言えることだが、隊士は試験会場を一つしか知らない。全ての最終選別地を知っているのは、中枢の人間のみとなる。例えば藤襲山ならば、藤が咲く山の“(かさね)”という程度の意味しか無かった。当然これは鬼殺隊の中でのみ使われる俗称であって、正式な地名ではない。

 そして、ここに弱い鬼を補充するのは、甲の役割なのだ。逆に言うと、『新米がギリギリ倒せる程度の鬼を選別できる人間』として信用できる者は、甲以上(と行っても甲の上など無いが)だけという事になる。彼らだけが複数の藤が咲く山を知っており、これは最重要とは言わずとも、機密情報の一つではある。例外は、各柱の継子くらいか。

 まあ何にしろ、あと少しで新人がやってくるという事だ。

 月日が巡るのは早い。今年もまた、瞬く間に終わってしまった――等というのは、少しばかり気が早いか。

 なんにしろここで、半年に一度である柱合会議が行われる。

 その場に居る全員が、どこか浮き足立っていた。これも仕方が無いだろう。たった半年で三人もの柱が引退に追い込まれたのと、これまで百年以上も変わらなかった上弦の鬼を、それも上弦の弐を討伐し得た事。方向性は真逆であれ、驚嘆すべきだ。

 だからこそ全員が全員、喜んで良いのやら、嘆いて良いのやらが分からない。いくら上弦の鬼を討てたと言っても、さすがに柱の内三分の一が消えたとあっては素直に喜べない所だった。

 誰一人として感情を処理しきれなくとも、時は巡る。

 その場に居る者がほぼ無言のまま、静々と待った。まあ、これには多分に緊張も交ざっていただろう。なにせ、今日は特別な日だ。

 静かに扉が開かれると同時に、皆が背筋を正した。とはいえそこまで気を抜いていた者もおらず、せいぜい気分的に、といった所だが。

 

「お館様がおいでになられます」

 

 襖の向こうに居たのは、ご息女四名だ。これは珍しいことである。

 産屋敷本筋はとにもかくにも忙しい。半年に一度のため、かなり無理をしているのが簡単に予想できるほどだ。秘密主義を徹底している鬼殺隊は、とにかく本部の負担が大きい。最小限の人員で、隊士の派遣先決定、隠の編成、鎹鴉の育成、刀鍛冶の里隠蔽その他諸々を一手に引き受けている。正直、なぜ機能しているか分からないほどの過密っぷりだった。

 実際、彼女たちの目の下には、化生の上からでも分かる隈がある。まだ十にも満たぬ子供が、大人顔負けの仕事をしていた。

 静々と、しかし堂々とした姿でっやってきたのは、産屋敷耀哉……ではない。その長男である産屋敷輝利哉だ。

 

「先代様におかれましては、病床に臥せっておられる事、我ら一同心よりお見舞い申し上げます。同時に、お館様におかれましても、より一層の忠誠を誓うと、私、伊黒小芭内が代表して申し上げさせて頂きます」

「ご厚意、痛み入ります、伊黒殿。父から後を継いでまだどれほども経たぬ私では至らぬ点が多いでしょう。経験豊かな皆様に支えて頂ければ幸いです」

 

 小芭内の言葉に、輝利哉は毅然と言葉につっかえもせず答える。様子に、彼は若干八歳にしてもうお館様なのだ、と感じさせた。初仕事と言うことで、緊張も見えたが。

 

「まずさ先にお知らせしなければならない事を。水柱・冨岡義勇殿及び恋柱・甘露寺蜜璃殿に続き、蟲柱・胡蝶しのぶ殿も再起は難しいと判断されました。原因は度重なる服薬による、身体の衰弱。裏方としての働きには耐えられるようですが、もう隊士としては動けない、と栗花落カナヲ殿から伺っています。なんでも、元々は毒袋と化した自分を喰わせて上弦の弐を討伐しようとしていたとか」

 

 発言に、その場に者達、それこそ輝利哉に至るまで嘆息した。

 しのぶは上弦の弐と戦った際、立ち回りこそ柱に相応しいものであったが、それ以外はお粗末極まりなかった。その原因がこれとは、誰にとっても頭の痛い問題だ。結果論とはいえ、服薬した毒なしで勝ったならば特に。

 確かに有効な手ではあったのだろう。しかし、真似されては不味いやり口でもある。

 死なば諸共は、確かに一時的ならば鬼の数を減らすのに有効だろう。だが次世代までと考えると、鬼殺隊が痩せ細っていく一方となる。可能な限り強い者を抱えたい鬼殺隊としては、感情論を抜きにしても、一人でも多く生き残って貰わねば困った。そういう意味では、獪岳は最善とは言いがたくも正しい選択をした。

 無論、頭から彼女を否定しているわけではない。ただ不特定多数の隊士が集まる場でやることではなかったというだけだ。そういった意味では、しのぶは復讐に目が曇っていたのだろう。

 

「一人でも柱が欲しい時に何をやってんだァ、あいつは」

「うむ、さすがに無茶が過ぎる」

「服毒なら俺の分野でもあるんだから、せめて相談すりゃあいいのによ」

 

 実弥のぼやきに、行冥と天元が同意する。

 言い様は酷く聞こえるかも知れないが、鬼殺隊の戦力は多くを柱に頼っているという事実を鑑みれば、仕方が無いだろう。

 

「胡蝶しのぶ殿には毒薬研究室主任は引き続き担当、追加で医療部門主任も担当して頂こうと考えています。体にむち打つようで申し訳ないのですが、彼女の才能をここで途切れさせるのは事実上不可能なので。ある意味良かった、と考えましょう。ここで鬼にすら通じる毒を作る技術が『一個人の才能』として消える事はなくなった、と」

「うむ、それが宜しいと俺も思います! あれを皆が使えるようになれば、下がかなり楽になるでしょう! 宇随のような者であればさらに有効活用できるはずです!」

「ああ、丸薬なりの形にしてくれりゃあ、それだけで派手にぶっ殺しまくってやるぜ」

 

 しのぶのように、さすがに必殺を求めるのは難しい。だが、藤の毒の煙幕でも撒ければ、動きを制限できるはずだ。

 さすがに上位の鬼に通じるほどの効果は望めないだろうが。それでも下位の隊士が生き残れるというのは大きい。

 今まで晩成型だと()()()()()()隊士は、ただの一人として生き残れなかった。今の柱だって、全員が隊士になる前から長年戦闘技術を磨いていたか、早熟型の天才かのどちらかだ。生存率の上昇は、そのまま強い隊士の裾野が広がるという意味でもある。

 と、ここで小さく、無一郎が手を上げた。

 

「この話、胡蝶さんには通っているんですか?」

「もちろんです。彼女はここで死のうが死ぬまいが、隊士としての自分は終わると分かってやっていた様でして。柱の位返上に関して言えば、むしろ胡蝶しのぶ殿から話がありました」

「なぜその覚悟を戦い続ける方に活かさんのだ……」

 

 あまりの潔さに、小芭内が頭を抱えてぼやいた。

 いくら柱になれる者が九名だけと言っても、柱に準ずる実力を持つ者はいくらいたっていい。形式に拘らない鬼殺隊ならば、柱に準ずる立場くらい用意してくれそうだ。

 まあ、何を言ったところで後の祭りではある。

 苦笑しながらも、輝利哉は続けた。

 

「以上を理由に、胡蝶診療院は柱からの加護を抜けてしまいます。そのため戦える隊士を常任する必要があるのですが……それでも戦力の低下は否めません。蝶屋敷の近くで任務に就く者は、少しでもきにかけておいていただけると幸いです」

『はっ』

 

 と、揃った返事。輝利哉は神妙に頷いた。

 

「続いて、任命式を行います」

 

 どちらかと言えばこちらが本題だと言うように、彼は住まいを正す。

 

「竈門炭治郎。嘴平伊之助。我妻善逸。以上三名はそれぞれ前へ」

「はいっ!」

「おう!

「ひゃい!」

 

 一人だけ、声が裏返ってしまった。恥ずかしさに顔を赤らめる善逸。

 

(むしろなんでこんな状況で堂々としてられるんだよ!)

 

 かなり無茶な八つ当たりだったが。

 ほぼ平常心な二人に続き、できの悪い人形のような動きで続く。なんだか背後の柱達に微笑ましいものを見る視線を向けられている気がするが、気にしないことにした。さすがに恥ずかしい。

 

「まず、彼ら三名は化野の戦闘において、対鬼化獪岳時に多大な援護を行いました。さらに獪岳自刃の後は、号令にいち早く反応し、下弦の鬼を討伐しています。この功績を認め、甲への昇進とします。異論がある者は挙手を。今異論を挟まぬ者は、これより永遠に口をつぐむように」

 

 かなり緊張の見える口上に、異論は出てこない。

 輝利哉は(わざとそう見えるよう)満足げに頷いて、さらに続けた。

 

「さらに彼らは、万世極楽教本部にて、旧柱である胡蝶しのぶ殿と共闘し、上弦の弐である童磨を討ち取りました。この功績は柱任命の条項たる『鬼五十名の討伐』もしくは『下弦の鬼討伐』を超えるものである。よって、新しい柱として据えたく進言する。これに賛同できぬ者は、今すぐ手を上げるべし。彼らを新しい柱と認めるか。否応かの返答を、この場でお願いしたい」

 

 威厳ある輝利哉の言葉に、次々と声が上がる。

 

「無論、認めますとも!」

「獪岳の後継者たらば、私も文句ありませぬ」

「短いながらも善逸の面倒を見てました。実力に問題ないと判断します」

「派手な戦果をひっさげて来たんです。俺も賛成だ」

「僕も構いません」

「胡蝶や甘露寺は勿論、冨岡はあれだが働きだけはいいものでした。あれらほどの力があるとは全く思いませんが……まあ、柱の端に引っかかる程度には強いと認めてやるのもやぶさかではありません」

 

 小芭内だけは、やたらねちねちとした言い方ではあるものの。これが彼なりの賛辞だという事は知っている。つまりは満場一致だ。

 承認を得た後跪く。決められていた動作で、こちらには澱みがなかった。まあ、今度は伊之助がぎこちなく膝をついたが。

 もっとも、今一番緊張しているのは輝利哉だろう。お館様としての初仕事にして大仕事なのだから。

 

「竈門炭治郎殿、貴殿を水柱に(ほう)じます」

「了解しました!」

「嘴平伊之助殿、貴殿を(けだもの)柱に(ほう)じます」

「任せろ!」

「我妻善逸殿、貴殿を鳴柱に(ほう)じます」

「が、頑張りましゅ!」

 

 三人同時に頭を下げる。と、輝利哉も倣って、深々と一礼した。

 

「私も新任かつ経験不足であり、あれこれと命じられるほどの力はございません。どうか私と共に、他の剣士(こども)達をお守り下さい」

 

 年下とは言え、組織の頂点にこうまで言われると、恐縮してしまう。ましてや今回は、事情が事情だ。

 善逸は、自分が柱に相応しい力を持っているとは全く思っていない。剣技だけであれば、実弥について行くくらいはできるのだろうが。それらを活かす経験がないのはむしろこちらの方だし、経験を補えるだけの勘もない。隊士になってほんの数ヶ月で柱に相応しい力を持った時透無一郎が、例外中の例外なのだ。

 それでも善逸達が柱に任じられたのは、上弦の鬼の尻尾を掴んだからというのが多分に影響していた。今の状況で柱に欠員を出すのは、鬼舞辻無惨に隙を晒す事になる。故に、多少無理があっても穴埋めは急務だった。そんなギリギリ柱を使わなければならないという点に関しては、もう同情するしかない。思うに、産屋敷にとっても苦渋の決断だったのではないだろうか。

 が、そんな事情を全く解さない者が一人。そう、伊之助だ。

 

「ハハハ、鬼なんざ俺が全部ぶっ殺してやるぜ! 弱っちいお前はそこで大人しく待ってろ!」

 

 啖呵を切るだけならいいとして(いや、それも駄目なのだろうが)。立ち上がって自己主張なんてしてしまうと。

 

「らァ!」

「お゛っ」

 

 まあ、実弥の拳が体のどこかにめり込むことになる。

 学習しろよ、と思ったが飛び火が怖いので黙っておく。とりわけ気心知れた実弥は、善逸に厳しく当たる傾向がある。伊之助の奇行まで自分の生にされてはたまらない。

 

「あの不死川さん! 伊之助も悪気があった訳じゃないんで……」

「あって堪るかってんだよォ」

 

 こんな反応になるのも分かっていた。血走った目が怖くて振り向けない。

 と。そこでなぜだか唐突に、小さな含み笑いが二つ。行冥と天元のものだった。馬鹿にしている風ではなく、どちらかと言うと微笑ましいものを見るような笑みだ。

 この様子には、さすがの実弥もたじろいでいた。

 

「な、なんだよォ」

「悪気はないか。そうだよなあ、悪気がないだけいいよなあ、くくくっ」

「あの不死川が、よくもここまで成長したものだ。嗚呼、昔を思い出す。お館様と初めて会った時、お前は食ってかかって……」

「あああぁぁぁ! その話はやめろ! 昔の事だろうが! 俺も若かったんだよォ!」

 

 よく分からないが、何かの弱みがあるらしい。様子を探るに、他の柱は知らないようだ。

 一瞬、聞いてみようかと思ったが。口にした瞬間、自分の顔が見るも無惨な姿に陥没するのが分かったのですぐに断念した。世の中、からかっていい相手と絶対にからかってはいけない相手がおり、実弥は間違いなく後者だ。正直、初手で暴力に訴えてくるのはどうかと思う。

 まだ笑いを堪えきれない様子の行冥が、ぱん、と柏手を打つ。

 

「とにかく、嘴平少年は礼儀こそなっていないものの、それ以外は十分だ。彼なりの激励なのだよ。これまでの成果が物語っている」

「ま、派手にやらかしたお前が言うこっちゃねえな。働きも態度も全部追々だ。今から目くじら立てる程じゃねえだろ」

 

 二人のとりなしで、なんとか落ち着きはした。伊之助以外は。

 その間、輝利哉は一言たりとも口を挟まなかった。のか、挟めなかったのか。何にしろ、柔らかい微笑みからは、何かを読み取ることができない。

 見た目通り大らかなのか、それとも困ったら笑って誤魔化しとけの精神なのか。どうであったとしても、善逸には「上に立つ人は大変だなあ」と思う以外の事はできなかった。まさか自分が実弥を止められる訳もないし。

 

「これにて柱の任命を終わりますが――最後に、最も重要な話をさせて頂きます」

「む? 定例会と任命式が主目的ではなかったのですか?」

「上弦の弐と抗戦した詳細記録の共有……とか?」

 

 と、小芭内と無一郎が疑問の声を上げる。

 彼らの問いに、しかし輝利哉は小さく頭を振った。

 

「それらも重要ですが、本日お話したいのは痣についてです。その点について、新しく柱になられたお三方に、少々聞きたいことが」

「痣、ですか?」

「そういや銅鑼とかいう野郎もそんなこと言ってたな」

「童磨だよ。なんでこの短期間で忘れられんの」

 

 どうしてもとぼけたことを言う伊之助に突っ込みを入れる。真面目に生きることができない病気か何かなのだろうか。……いや、善逸が人のことを言えた義理ではないが。ほんっとうに、全くもって言えた義理ではないが。

 

「まず痣とは何か、説明させて頂きます。記録によれば、始まりの呼吸を扱っていた者達が例外なく使っていた技術のようです。なんでも現れる模様は千差万別であり、まるで鬼のような膂力を手に入れられる、と」

「それって……皆が悲鳴嶼さんみたいになるって事ですか?」

 

 無一郎が、ぽつりと問う。

 それに対し、輝利哉は曖昧な様子でしか答えられなかった。

 

「恐らく、としか言えません。何せ残っている記録からして、確たるものがありませんから」

「成る程、承知しました! しかし、ならばなぜ煉獄家にも記録が残っていないのでしょうか。我らとてそれなりに長い家系、記録くらいあっても良さそうなものなのですが」

「推測になってしまいますが、当時の当主が願い出て情報を抹消して貰ったのではないかと思います」

「抹消ですか。穏やかではありませんね。俺や胡蝶のような、非力な人間からすれば、喉から手が出るほど欲しい技です」

 

 そう言えば善逸は、実弥に雑談がてら他の柱がどんな者か話を聞いたことがある。小芭内は、鬼の頚を切れないしのぶほどではないが、その腕力は隊士の平均を大きく下回ると。

 

「勿論、理由はいくつかあります。話自体が漠然としていて、あまり信憑性のない与太話扱いされていた、というのもありますが。中でも最大のものは、技術と言いましたが、発動する条件が全くの不明だったからです。つまり、問題は痣が()()されてしまった場合なのです」

 

 言いながら、輝利哉は痛ましげに目を伏せた。

 

「血鬼術という脅威はあれど、痣さえ現れれば、力という一点において鬼に拮抗できる。これは、鬼殺しを切に望む者ほど魅力的に映ったのでしょう。記録の中にはこんなものがありました。“剣士、痣ヲ求メルモ至ラズ自滅セシ者多数。鬼殺隊崩壊ノ恐レ有リ”と。痣は大変魅力的な技術ではありますが、同時に諸刃の剣でした。故に、『痣の者』が現れるまで厳密に存在を秘匿していたのです」

「成る程。気持ちは分からなくもねェ」

「派手な話にゃ裏があるってか」

「南無……鬼殺しの為に命を賭す気持ち、痛いほどよく分かる」

 

 そこまで聞いて、ふと杏寿郎が首を傾げた。

 

「ではなぜ、今になってその話をなされたのですか? 話を聞く限りでは、『痣の者』が現れても「よく分からない」で通した方がいいように思えますが」

 

 言葉に、善逸はあっと気がついた。

 どのみち分からないのであれば、言う必要のない事だ。それを誠意と捉える事もできるかも知れないが、それにしたって、鬼殺隊が傾くほどの集団自滅という可能性を秤にかけられるものではない。それこそ代々隊士だった煉獄家に口止めするくらいだったのだから。

 善逸程度が気付く疑問に、他の者が気付かない訳がない。それぞれの視線が、はっきりと輝利哉へ向いている。

 彼は無数の視線に射貫かれながらも、なお微動だにせず答えた。

 

「あらかじめ言っておきますと、これも何らかの確証がある話ではありません。私がこうして皆様に話しているのも、ある種の賭けです」

 

 きっぱりと言い切って、彼はさらに続けた。

 

「“一人痣ノ者現レタルバ、周囲ノ者ニモ痣、発現ス。ソノ姿、共鳴スルガ如シ”と。皆様、懐疑的ではありましょうが、しかし上弦の鬼捕捉が成った今、必要な力でもあります。竈門殿、嘴平殿、我妻殿、どのような些細な事でも構いません。“痣”がどのようにして発現したか、ご教授願えませんでしょうか」

「勿論喜んで!」

「んなもん簡単だぜ、ハハハ!」

 

 正直話について行けなくて、オロオロしていた善逸を置き去りに、二人が威勢良く返す。

 そして、とんでもない事を言い出した。

 

「体をこうグワーってして、お腹がグググってなって、胸がバクバクしたらいいんです!」

「おう! 体ん中がドドドって感じでよお! そしたらズザーッ! ブワーってなもんよ!」

 

 思わず、その場に居た者の目が点になる。今まで表情をほとんど変えていなかった輝利哉ですら、あんぐり口を開けていた。中には頭を抑えている者さえいる。

 刀の二人は、「何? なんかおかしかった?」みたいな顔で周囲を見回していた。自覚がまるでなかった。

 

「善逸、分かってるなァ……」

「ひぃ!?」

 

 地獄の底から響くような、実弥の声。答え方を間違えたらどうなるか分からない。言葉にこそしていないものの、小芭内の視線も十分痛い。

 なんで自分なんかにこんな重荷が、と、炭治郎と伊之助にあらん限りの罵詈雑言を心の中で浴びせながら、慎重に言葉を選んだ。

 あの時の漠然とした、しかも戦いの中で切羽詰まっていた感覚を思い出せなど無茶が過ぎる。そもそも指摘されるまで、痣がどうのなど分からなかったというのに。

 ひとまず、あの時のことを思い出してみる。確か痣が出ているという指摘を受けたのは、童磨に挑発され、激高した直後だった。体の中が急激に活性化すると同時に、熱くもなった。まるで火でも懐に抱え込んだかのように。そう言えば、意識がぼんやりし始めたのも、丁度同じ頃だったような気がする。そして急激に感覚が鋭くなり――と、これはいいか。今聞かれているのは、痣をどう出すかであって、痣が出たらどうなるかではないのだから。

 始まりは何だろう。怒り。いや、それはただの感情論だ。もっと論理的な理由があるはず。その後急激に胸が高鳴って、体が熱くなって……

 

(胸? いや、心臓?)

 

 はたと気がつく。恐らくそこが肝なのではないかと。

 

「すみません、ちょっといいですか?」

「ええ、どうぞ」

 

 輝利哉に一言断りを入れて、善逸は立ち上がった。

 深く、鋭く息を吸う。いつも全集中の呼吸をする時よりなお強く。それこそ肺が張り裂けそうなほどに。

 心臓を直接操作する事はできない。しかし、呼吸による体の高ぶりによって、擬似的に鼓動を早める事は可能だ。今までは、体を闇雲に痛めつけるだけだと思って試したこともない行為だったが。

 耳に痛い程胸が高鳴り、全身が熱を帯びる。時の流れすら緩慢に感じた所で。

 

「我妻殿、痣が……」

 

 善逸は、再び“痣の者”になっていた。

 ふっと呼吸を戻し、痣を引っ込めた、ちょうどその時。

 

「おいどうやった貴様、早く言え!」

「見事であったぞ、我妻少年!」

「成る程、確かに痣は技術であったか」

「地味なんだか派手なんだかよく分からねえな」

「こつを覚えれば割と簡単にできるみたいだね」

「まあ、そうでなけりゃ痣を出したまま戦闘なんてできねえだろうしなァ」

「わぁーっ! 言います、今言いますから!」

 

 小突かれたり頭を撫でられたりで、もみくちゃにされる。なんとか脱出し、今行った事を説明した。

 

「多分ですけど、心臓です。鼓動を過剰に早めると痣が浮き出るんだと思います。その過程で体が熱くなったり、頭がくらくらしたりしますけど。やっぱり一番の要因は、心臓で合ってると思います」

「ふん、ネタが割れればどうという事はない」

 

 ちょっとは褒めてくれてもいいじゃん、と善逸は少し切なくなった。彼は自分を褒めて伸びる子だと思っている。実際は、褒めれば褒めるだけ図に乗るだけなのだが。

 

「まずは俺が試して……」

「お待ち下さい、伊黒殿」

 

 輝利哉が気を取り直し、と同時にかなり真剣な顔つきになって止める。

 

「こんなにあっさり出せてしまうならば、先に言うべきでした。もう痣を発現してしまった方に選択権はございませんが……歴代の痣の者は、例外なく二十五歳までに死亡しています」

 

 沈痛な面持ちで語る輝利哉に。しかし皆が、口々に言う。

 

「構いません! 禰豆子を人に戻す為なら、寿命くらい捧げます! やっと柱になれて禰豆子も認めて貰い、これからが肝心なんですから!」

「いつ死ぬかなんざ問題じゃねえ、どうやって死ぬかが問題なんだ! ちいせえ事気にすんな!」

「我ら柱一同、いついかなる時も命を掛ける覚悟がありますとも!」

「おい待て、さりげなく俺達が鬼を認めたことにするな」

「え? でも伊黒さん、俺が柱になったら認めてくれるって……」

「言ってない。認めて欲しければ最低でも柱になれという話をしたんだ」

「もう認めてやっても良いのではないか、伊黒」

「そうだぜ。この短期間で柱になるたあ、派手に根性ありやがる。なあ時透」

「僕は最初からどちらでも」

 

 わいわいと話している中で。実弥だけが気まずそうに、善逸を見ていた。愕然と顔を絶望に染めている少年の顔を。彼は予想通りの状況を確認して、やっちまったとでも言うように額を覆った。

 

「え? 俺死ぬの? 二十五歳で? ほんとに? え? え?」

 

 混乱する。ただでさえ情報量が多くて飲み込めなかったのに、最後の最後でとんでもない爆弾を落とされ、善逸の頭は限界に達した。全身が震え、視界が高速で揺らぐ。無駄に吸っていた息を、思い切り吐き出した。

 

「イイイイイイィィィィィヤアアアアアアアァァァァァァ!!」

 

 思い切り仰け反りすぎて、脳天を地面にぶつける。が、そんなものどうでもいい。今重要なのは寿命だ。残りの人生だ。

 およそ計画性とは正反対の生き方をしてきた善逸だったが、それにしたって、今回は酷すぎる。あれよあれよという間に階級が上がり、いきなり鬼殺隊のお偉いさんの前へ突き出されたと思ったら柱になり、終いには余命宣告された。なんだこれ。本当になんだこれ。いっそ全てが冗談であって欲しい。

 

「俺まだ女の子と付き合ったこともないんだよ!? 最近やっとまともに手を繋いだばかりなんだよ!? それなのにあと十年もせず死んじゃうってあんまりじゃないか! 俺の人生どうなってんの!? むしろ鬼よりそっちだよ問題は! やだやだいぃーやぁーだぁー! 誰か助けてえっボブァッ!」

 

 仰け反った善逸の腹に、実弥渾身の肘が落とされる。内臓が飛び出るんじゃないかというようなうめき声を出して、善逸が倒れた。

 輝利哉が、とても済まなそうな、痛ましい顔をしながら善逸に声をかけようとして。しかしそれは、実弥に手で制された。

 そして問いかける。怒るでも脅すでもない、ただの問いかけを。

 

「じゃあオメェどうすんだ? 鬼殺隊やめて二十五歳まで遊んで暮らすか?」

「何言ってんだよおぉ……続けるに決まってるだろおぉ……」

 

 情けない声色ながらも、即答する善逸に。炭治郎、伊之助、実弥以外の全員が目を見開くのを感じる。

 そうだ。こんなもの、問われるような事ではない。当り前すぎて無意味ですらある。

 確かに獪岳は、ここで隊士を辞めても怒ったりしないだろう。師も、まあ杖で何発か叩かれるかも知れないが、最終的には認めてくれる。だが、それが何だというのか。どう思われるかなど、全く関係ない話だ。

 流されて生きてきた。多くを望まず、小さな幸せだけかき集めて生きてきた。『一人』ならば、それだけで良かっただろう。でも慈悟郎に助けられたあの時から、獪岳と共に修行したあの時から、炭治郎や伊之助と共闘するようになったあの時から、そして今に至るまでの全て。『一人』は存在しなくなった。

 誰に許されようとも、自分が自分を許せない。

 投げ出す気がなければ、投げ出せる場所だってない。はっきりと言える。我妻善逸の居場所はここだ。

 

「とまあ、七面倒臭いですが、こういう奴なんです」

「……そうですか。多少癖はありますが、良い継子をお持ちになりましたね、不死川殿」

 

 なんだか知らないが納得しあっている。そんなことより労って欲しい。早死にする運命だとか、後は今し方思い切り殴られた腹の痛みだとかを。

 

「お前も大変だな、不死川」

「こんなのそうそういやしねえよ。運が悪かった」

 

 なぜか小芭内と二人して、貧乏神みたく扱われる。ここには圧倒的に優しさが足りない。なので、唯一人間らしさを持ってる者の方へ張って進んだ。

 

「炭治郎ぉ」

「痛かったな、善逸。でもああいう騒ぎ方はよくないぞ。みんなびっくりしてたじゃないか」

 

 腹を撫でられ、少しだけ落ち着いた。

 でも今回に限って言えば、どう考えても炭治郎と伊之助がおかしい、そう善逸は断じた。いきなり人生の終わりを知らされて「大丈夫!」と即答できる感覚は、多分一生理解できないだろう。したいとも思わないが。

 ここに禰豆子がいればいいのだが、生憎と彼女は他所で隠に預けられている。前回呼ばれた時は、彼女こそが本題という事もあって一緒に連れてこられたらしい。だが今回は、無関係な上に柱だけの集まりという事で入場は遠慮させられていた。まあこれは仕方ない。一人増える度に余計な人員が増えるのだし、上弦の弐討伐の後始末と調査があるため、普段以上に余裕がない。

 柱に内定していたという事もあって、こういう情報も流れてくるようになった。隠やら他の隊士やらに敬語を使われるのは、慣れないしあまりいい気分でもないので、それだけは本当に止めて欲しかった。

 ともあれ、そんな事情のおかげで無様を見せずに済んだとも言えるが。ちなみに今いる面子ならばどうでもいい。半数近くが素を知っているというのもある。

 

「話を続けさせて頂きます」

 

 輝利哉が言うと、声がピタリと止まった。変人揃いの柱がこうも忠誠を誓うのだから、産屋敷というのは凄い。もっとも、変人という意味では自分たちも大差なかった(その程度の自覚はある)。

 

「宇随殿、時透殿が担当していた、吉原と美術品調査において、いくつかの伝手が唐突に消えました」

「どうやら俺達のは当たりだったようですね」

「早急に手を打てず、申し訳ありません」

「あちらも上弦の弐を討たれて、僅かの動揺もなかったという訳ではない、という事の証左でしょう。つまりこれから逆襲もあり得ます。それが柱にか、重要施設にかは未だ調査中ではありますが。各自、準備だけは怠らずにおいて下さい」

 

 しっかりと返事だけはするものの。またあんな化け物と戦わなければならないと思うと、寒気がする。しかも、確実に力量が上の存在が一人、近い力があるだろう者が四人。いかに上弦の鬼撃破が快挙とは言え、まだまだ気が遠くなる程に遠い。ましてや、自分たちが柱になったように、上弦の鬼が補充される恐れだって十分にある。

 それから、行冥が締めの挨拶をして、柱合会議はお開きになる。

 帰りすがら、ぼんやり考える。

 これで柱内定から、正式に柱となった。

 今まで鬼殺隊の内情に興味を持たなかったツケか、はっきり言ってその価値はよく分からなかった。とりあえず偉くなったんだなあという子供みたいな感想と、そう言えばじいちゃんと同じ立場になったんだ、という今更なものと。給料が上がったのは嬉しいな、という俗なものと。どれであれろくなものではない。

 ただ、思い出すのだ。

 昔という程昔ではない、慈悟郎の発した言葉。二人で一人の剣士。鳴柱になれる――

 

(じいちゃん、俺達、鳴柱になったよ。じいちゃんが思い描いたものとは違うけど……。でも、俺だけじゃない、獪岳だけでもない)

 

 言った時、師には泣かれてしまった。そんなつもりで言ったのではない、と。

 そんなことは善逸にだって分かっている。でも、報われないではないか。そうでも思わなければ、どこかで獪岳の死は無駄でなかったと証明しないと。

 だから。とても胸など張れたものではないが、善逸は断言する。

 我妻善逸という男は、二人で一人の鳴柱だ、と。

 

 

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