獪岳と善逸   作:山筋

38 / 63
絡繰人形

 ゆっくり温泉に浸かり、たっぷりの夕食を取って、善逸らはまったりしていた。

 夕食時は大変だったな、と頬を撫でる。

 食事を用意されて当初は、本当に気まずかった。なにせ確執のある甘露寺蜜璃と不死川玄弥が同席していたのだから。気付いていなかった(もしくは気にしていなかった)のは伊之助くらいである。これには炭治郎もおろおろだった。

 仕方なしに、善逸は半ば人身御供になる気持ちで、脚色しつつぶっちゃけた。「ちょっとえっちで綺麗なお姉さんに話しかけられて緊張し、頭が真っ白になって言葉が出なかっただけですよ」と。どうでもいいが、これには善逸にも共感するところがあった。彼の場合、逆に思っていること全部吐き出しまくって引かれるのだが。

 言葉に蜜璃がぱあっと笑顔を花咲かせ、そして善逸は玄弥に殴られた。余計な事を言うなと。

 さすがに殴られるとは思っておらず、自分は柱なのにこんな事していいのかと抗議はしたが。都合がいいときだけ柱面するなと言われれば、口をつぐむしかなかった。ごもっともである。

 ちなみに、その後、玄弥は蜜璃にたっぷりかわいがられていた。彼は逃げようとしていたが、同時に兄の話も聞きたかったのだろう、ガッチガチに固まりながらも大人しくしていた。腹いせに、その姿を笑ってやったら。実弥もかくやという、人殺しの目で睨まれてしまった。多分後で殴りにくるから逃げようと密かに決める。

 食事も終わり、寝室に案内された。

 部屋割りは三人一緒である。最初は柱なのだから一人一部屋と提案されたのだが、これは炭治郎が断った。いくら発展しているとはいえ、大きさそのものは小村にも満たない集落だ。部屋を三つも占拠するのは悪い、と。これには善逸も賛成だったし、同室で嫌な理由も特にないので賛同した。

 布団の敷かれたそこで。

 

「ふんっ! ふんっ!」

 

 なぜか伊之助は、鍛錬を始めた。

 

「おーい、うるさいぞ伊之助」

「というか、体痛くないのか? まだ傷は全然治ってないだろ」

「痛ぇ! でも玉ジャリ親父が言ってたからな! 鍛錬は毎日しなきゃ強くなれねえって!」

「それ、別に怪我をおしてまでしろって意味じゃないだろ」

「玉ジャリ親父は治ってねえのにしてた」

 

 それは玉ジャリ親父さんとやらが規格外だっただけでは、と思ったが。何を言っても聞かないのは目に見ているので、黙っていた。

 布団の上でごろんと転がり、炭治郎の方へと向きながら。

 

「なあ炭治郎、今日の夕飯うまかったな。松茸ご飯とか最高だった」

「そうだな。俺は鮎の塩焼きも好きだったぞ」

「嫌いじゃないけど、鮎は修業時代に死ぬほど食ったからなあ」

 

 川魚と山菜漬けなのは、多分どこの修行場でも似たようなものだろう。修行の一環で山から下りて米を買い、俵を担いで山に戻ったりもするが。基本は穀物なしの菜食が主である。米というのはあれで結構、育つ場所を選ぶ。他の野菜に比べて弱いため簡単に全滅するし、脱穀も非常に面倒だ。全国の米農家には頭が上がらない。

 

「朝飯は何だろうなあ」

「気が早いなあ善逸は」

 

 炭治郎に苦笑されてしまう。仕方ないじゃないか、こういう観光らしい事をするのは初めてなのだから。いや、これは一応仕事の一環だが。

 

「いい機会だからさ、明日から色々と見て回らないか? 観光名所、とまでは言わないまでも、結構色々見て回れる場所があるみたいだぞ」

 

 刀鍛冶に聞いたところ、たまーにこんな所まで迷い込んでくる人がいるらしい。そういう人に対して、隠し里である事を欺瞞し、ただの観光地に見せかけるためにそうしているらしいのだが。これが中々侮れるものではなく、結構本格的だ、と自慢げに語られた。

 

「悪くないな。刀が出来上がるのはまだ先だし。……というか、俺の場合はまず鋼鐵塚さんを見付けて貰わなきゃだし。体を治すことが先だと、あまり派手に動けないもんな」

「なんだ、修行の話か?」

「違うからお前は鍛錬してろ」

 

 逆立ち腕立て伏せしていた伊之助が割り込んでくる。さっくり告げると、一瞬止まっていた手をまた戻した。

 伊之助の意見は聞かない。どうせまともな答えなど返ってこないというのもあるが、何がどうだろうと結局着いてくるのを知っている。彼はあれで、自己主張ほどの主体性はないのだ。極端な気分屋とも言える。

 

「俺はあれだな、甘露寺さんが言ってた強くなるための秘密の武器っていうのを探してみたい」

「そんな都合のいいものあるかぁ?」

 

 懐疑的な気持ちで、善逸が告げる。

 そんなに都合がいい道具があるあんらば、とっくに多くの隊士が使っているだろう。数に限りがあるとか、何らかの縛りがあるのかもしれないが。どうであれ、善逸は「都合のいい事」は信じても、「都合が良すぎる事」は信じない。

 賭けるならほどほどがいい、と獪岳も言っていた。いや、あいつは負けて素寒貧になるまで賭け続けるから当てにできないが。

 まあ、嘘だろうが事実だろうが構わない。どうせ時間はいくらでもある。

 

「それじゃあ、ついでにそれも探してみるか」

「ああ。みんなで強くなろう」

「よくわかんねえが俺も混ぜろ!」

 

 なんで分かってないのに自信満々なんだろう、と思いつつ。その夜は寝落ちをするまで話を続けた。

 

 

 

 刀鍛冶の里は、隠蔽が厳重なら警備もまた堅固である。

 というのも、ここは鬼殺隊にとって要の一つ。本部に次ぐか同等の重要施設だ。厳選された隊士が専属で警備についており、その戦力は下弦の鬼が攻め入ってきても返り討ちにできる程である。ただし数を配置できないため、自然と上級、つまりは丙以上の隊士に限られ、任期が終わるまで里の外に出る事はない。

 通常任務で死ぬほど働かされるのと、里に半ば幽閉される形になるの、どちらがいいかは分からない。ただ一つ、里の平穏は、彼らの献身によって維持されていた。

 朝起きて外に出るとき、丁度勤務交代になった隊士に、善逸は頭を下げる。

 

「おはようございます。ご苦労様です」

「いえ、鳴柱こそ。お疲れ様です」

 

 佇まいからしてただ者ではない彼ら。一年前の自分では勝ち目がなかっただろう、というのがよく分かる。

 逆に言うと、たった一年で力関係が逆転したのだが。それだけ獪岳の刀と実弥の修行はとんでもない効果を発揮していた。

 軽く会釈をして通り過ぎ、集合場所へと集まる。炭治郎はいつもの様子だったが、伊之助は明らかに焦れていた。

 

「おせェぞ!」

「お前がせっかちすぎるんだよ」

 

 まだ朝日が昇った直後である。

 人はまだまだ起きてこないし、禰豆子も日光のせいで出てこられないしで、何も楽しくない。朝食手前までぐだぐだしていたいというのが、正直な所だった。

 まあ、そんなこんなで始まった刀鍛冶の里探索は。楽しくなかったと言えば嘘になる。ぶっちゃけ幼少期の頃に戻った気持ちではしゃいだ。

 滝やら何やらは見慣れているものの、やはり一緒に誰かがいると思うと心が躍る。鍛冶場は、今度は火が入っている時に見てみたいと思った。少々山を登って上から見た刀鍛冶の里は、まるで模型のようで面白い。

 あれこれ眺めていると、あっという間に朝食の時間になった。食事を終えて同じように里へ繰り出す。今度は人が居る場所を重に見て回った。

 一番面白かったのは訓練施設だろうか。どうも剣技ではなく体を集中的に鍛えるためのもののようで、見たことのない妙なものが一杯あった。寝そべって金属塊を持ち上げる道具など、一体どうやって思いついたのだろうか。

 手前には看板があり、危険・隊士以外利用するべからず、と記載されている。下手をして押しつぶされないための措置だとか。

 丁度居合わせた隊士に、一通り使わせて貰えたのは幸いだった。これらは体全体は鍛えられないもの、部位に限ればかなり効く。いくつもの器具をはしごして結果的に全体を鍛えるというのは、なるほど、確かに面白い発想だった。善逸に思いつくのは、精々剣を重くして振るという程度なのだから、思いつくのも実際の形にするのも凄い。

 なんでも刀鍛冶の里にこれらが配備されているのは、鍛錬相手にも困難するから、という理由らしい。

 確かに、夜間が主とはいえ、少人数で多数を守り続けるのは大変な苦労だ。交代で警備しているのであれば、それこそ剣を合わせる相手にも苦労する。かといって、型稽古だけでは体を維持するのにすら限界があった。そのために生み出された道具がこれらだ。

 体験ついでに、凄いことも発見した。部位鍛錬は、傷口を避けて鍛えられるのだ。成る程、これは確かに湯治に来ている隊士にもってこいだ。

 さっくり気持ちよい汗を流して昼食を取り、さらに風呂へ入って(湯治の名目で来ているので、昼夜の入浴は義務である)。そこで三人揃って呆けることとなってしまった。

 

「一通り見て回ったなー」

「もう見るもんなんざねぇぞ」

「まあ、小さい里だし」

 

 そう、どれだけご大層に取り繕っても、所詮は人口が百人に満たない小村。しかも偽装のための観光地化なので、見て回れる場所などたかが知れていた。その気になれば半日で終わる。

 

「やることないし、とりあえず秘密の武器を探そうか」

「だからそんなもんないって」

「俺はどっちでもいいぜ」

 

 否定はするものの、他にやることもない。

 これで体がある程度治っていれば話が別なのだが、善逸と伊之助は抜糸も済んでいなかった。訓練するにしたって、もう少し治ってからでないと徒に傷口を開くだけである。そうなると痛いでは済まない。逆に言うと、痛いだけで済む場合は遠慮無く酷使されるという意味だが。

 ともかく、目的を見失ったので捜索という名の散歩だ。

 探すと言っても、そう広範囲を見られる訳ではない。里に入った者は、隊士、刀鍛冶問わずに行動制限がある。下手に動いて外との接触機会が増えるのを防ぐためというのもあるが、第一の目的は下手に現在地を知らないようにするためだ。もし外に出た上、鬼になど遭遇してしまったら。刀鍛冶の里はあっという間に全滅だ。

 と言うわけで、この散歩すら、三日もあれば大方終わってしまうだろう。

 どれくらいで怪我が治るのか分からないため、滞在期間は不明だが。さすがに刀が打ち終わるまでは待ってくれまい。特に善逸は『悪鬼滅殺』と掘るだけなので、あっという間に終了だ。今日の夜には届く手はずになっている。

 そろそろ夕刻にさしかかるかな、という頃までふらふらしていると。

 

「ん? なあ善逸、伊之助」

「分かってる。子供がいるな」

「泣いてんのか、こりゃあ」

 

 実のところ、鼻水をすする音自体は結構前から聞こえていた。もし自分だけにしか聞こえてなかったら怖かったので、無視していたが。善逸は幽霊とか普通に恐れる系の男である。

 炭治郎が先導しながら、音の方へ向かっていく。

 そこに居たのは、木に抱きつくようにしながら震えている少年だった。背中に火男と書かれた羽織をしており、やはり顔にはひょっとこの面。子供すら顔を隠すあたり徹底しているな、とぼんやり思った。

 

「ねえ君、こんな所でどうしたの?」

「オワー!」

 

 面白いほど跳ね上がる少年。足音を消していた訳でもないから、気付かない訳でもなかったろうに。

 

「だっ、だだっだっ、誰!?」

「俺は竈門炭治郎。こっちは善逸で、もう一人は伊之助」

「あ、これはどうもご丁寧に。小鉄っていいます」

 

 予想外にも丁寧に挨拶され、慣れない仕草で返してくる小鉄。出会う人間がほぼ顔見知りならば、これも仕方が無い。

 

「泣いてたみたいだけど、こんな所で何してるんだ?」

「な、泣いてなんてないです!」

「そっか、堪えてたのか。小鉄は偉いんだな」

 

 炭治郎が頭を撫でると、小鉄が喜んでいるのが仮面ごしでも分かった。妙に手慣れているのは、彼に弟妹が多かったからだろう。長男である事に誇りを持っているみたいだったし。正直、長男だからと言う理由で痛みやら何やら堪えて戦えると言われたときは、凄く怖かった。

 

「それで、あなたたちは何をしているんです?」

 

 気恥ずかしくなったのか、炭治郎の手を避けつつ問うてくる。

 

「俺達は刀を打って貰うついでに、湯治に来たんだ。けど里の中はあらかた見て回っちゃったから、甘露寺さん……あ、甘露寺さんって分かるか?」

「元柱の人ですよね」

「そう。その人に、ここには強くなるための秘密の武器があるって聞いたから、散歩ついでに探してみようかなって」

「死にさらせぇ!」

「わー!」

 

 いきなり石を持って殴りかかってきた小鉄少年に、思わず声を上げて驚く炭治郎。

 避けられはしたが(まあ素人に殴りかかられた程度でどうにかなる筈もない)、驚いたのか、胸に手を当てていた。

 

「お前たちも絡繰り人形を壊しに来たんだな! 鍵は絶対渡さないぞ!」

「待ってくれ! 何の話だか全然分からないぞ!」

「最近の子供は怖いなあ」

 

 とりあえず、炭治郎の頭をかち割らんとする少年を羽交い締めにする。

 

「あれはもう直せる人がいないんだ! これ以上壊れたら動かなくなっちゃうんだよ!」

「とりあえず話を聞いてくれ! というか聞かせてくれ! 君の嫌がる事は絶対にしないから!」

 

 しばし、少年の怒りは収まらなかったが。炭治郎が根気強く説得してくれたおかげで、やがて大人しくなり、ぽつぽつと語り始めた。

 

「少し前に、霞柱が来たんです」

「霞柱……。時透無一郎くんだよね」

「多分そうです。俺も柱全員を把握してるわけじゃないんで、正しいとは言い切れませんけど」

 

 まあ柱になったからと言っていちいち写真を撮るわけでも無し。精々が人相書きだろう。柱といえども、把握し切れていないのは仕方が無い。そもそも善逸らだって、顔を合わせるまで柱の姿など知らなかったし。

 

「その人も、秘密の武器を求めてここへやってきました。駄目だって言っても、無理矢理鍵を奪われて。その上無茶苦茶に扱うものだから、壊されてしまって……。あれは……縁壱零式は、数百年前に作られたとは思えない、とてつもない技術の集合体なんです。俺が全てを受け継ぐ前に父が死んでしまって、もう直すことはできません」

 

 そんなことを訥々と語られると、まるで自分が悪いことをしている気分になった。

 隊士は全員が紳士的な訳ではない。というか基本的には短気で粗暴だ。このご時世にチャンバラして回っているのだから当然だろうが。

 そういう意味で、時透無一郎は標準的な隊士だと言えた。自分たちが同列に見られるのは当然である。

 

「よく分からねえが、とりあえず見せろよ」

「わぁぁん! やっぱり壊しに来たんだこの糞野郎ども!」

「お前ちょっとは空気読めよ!」

 

 粗暴を形にしたような伊之助の言葉で、再び暴れ出す小鉄。押さえ込むのに苦労した。

 

「小鉄くん、安心して! 俺達ここに湯治で来たんだ! 激しい動きは厳禁だから! ね? 大丈夫だから!」

「……本当ですよね?」

 

 すんすん鼻を鳴らす小鉄を見る。疲れたのか、体が一気に脱力した。

 

「炭治郎さんだけは信じます。猪面と頭幸福な阿呆どもは死ね」

「んだとガキィ!」

「なんで俺に流れ弾当たるの?」

 

 だいたい伊之助のせいなのに。理不尽だ。

 考え得る限りの罵倒を浴びせられながらも、祠へと案内された。木組みの格子が開かれ、その先にあったのは、奇妙な人形だ。顔の左半分を割られながらも、なお生きているような躍動感を感じる。装備している剣も鎧も、全てが古いながら実用品だと一目で分かった。

 

「腕が五本……いや、六本あったのか?」

「縁壱零式の元になったと言われている剣士、縁壱の技は、腕が六本ないと再現できないほどの達人だったと言われています。いえ、六本あってもなおたどり着けない境地にあった、と父は語っていました。何分昔の話なので、どこまで本当かは分かりませんけど」

 

 語っていると、縁壱零式はおもむろに鞘で伊之助の顔面を殴打した。

 

「だあぁ!」

「壊れてるからたまに勝手に動くんですよね。ざまぁ」

「んガキぃ!」

「やめろ伊之助! 子供のする事だから! な!」

「ついでに黄色頭も殴られればよかったのに」

「君ちょっと俺に塩対応すぎない!? 俺何かした!?」

 

 何もしてない筈だが。ここまで酷い扱いだと自信がなくなってくる。

 少年はその後も、吐き出せるだけのものを炭治郎の胸で吐き出した。彼は迷惑がる事もなく、真剣に聞いてはいちいち相づちを打っていた。こういう所、やはり弟妹がいると違ってくるのだろうか、などと思う。善逸にいたのは兄代わりと親代わりだけだったので、むしろそうして貰う立場だった。

 話している内に思い出して苛立ってきたのか、何というか、音がどんどん過激な方向へ変化していった。炭治郎も怒りの匂いは察知していたのだろう、どことなく腰が引けている。

 

「あのうんこたれ、ほいほい絡繰人形こわしやがって。今度会ったら絶対ぶっ殺してやる」

「いや、時透くんは柱だから、そういうのはちょっと困るんだけど……」

「じゃあぎゃふんと言わせるだけで許してあげますよ、ねえそうでしょう炭治郎さん! ぼっこぼこにして伝えて下さいよ! 絡繰人形の使い方ならちゃんと知ってますし、俺も強力しますから!」

「え、俺がするの!?」

「いいですか、ちゃんと覚えて下さいよ。ざまあ見たかこのうんこ垂れ、お前髪型変なんだよ、昆布でも乗せんのか。分かったらちんけな虫けらの分際で、二度と貴重品に触れるな害虫」

「小鉄く……小鉄さん!? そんな酷いこと言えないよ!」

「言うんです。言え」

 

 少年の中では既に決定事項のようで、ばしばしと炭治郎の顔を叩いている。雰囲気に気圧されて、ひたすら困惑する炭治郎。

 そのうち、小鉄の顔がぐりんと動いてこちらを見る。

 

「ついでにそっちのうるさそうなのと弱そうなのも面倒見てあげます。感謝してください。ほら頭を地面にこすりつけて」

「いっそすがすがしいくらい弾けたなあ……」

「俺は強くなれるならなんでもいい」

「じゃあさっそく始めましょうか」

「小鉄くん話聞いてた!? 俺達療養中だから運動は駄目だって!」

 

 炭治郎が言葉を尽くしたおかげで、なんとか修行始めは三日後まで延期される事となった。逆に言えば、三日しか稼げなかったとも言える。

 善逸はと言えば、もはや反論する気力も失せて。ひたすらに押しが強い小鉄少年の沙汰を、粛々と受け入れるしかなかった。

 

 

 

 本当に痛いなあ。そんな事をぼやきながら、善逸は左肩をさすった。多分、時間が経てば青痰ができるだろう。気分的には、あれだけの猛攻を受けておきながら青痰程度で済ませられた自分を褒めたい。

 目の前では、今は炭治郎が縁壱零式と戦っている。さすが全ての防御技術に基礎を与えた水の呼吸とういべきか、動きは非常になめらかだ。といっても腕五本対腕二本、要所要所で後退を余儀されるのは仕方ない。最初はガンガンガンガンうるさかった木刀同士がぶつかり合う音も、今は極端になめらかなものとなっている。どれだけ上手く力を受け流しているかが窺えた。

 伊之助も善逸と同じく隅の方で、炭治郎の戦いを眺めている。というのは見てくれだけで、実際はつぶさに観察しているのは知っていた。なにせ自分がそうだから。

 抜糸を終えたのがおよそ十日前。つまり、この修行は十日ほど続いている訳だが。

 最初はすぐに任務かと思ったが、どうやら剣の完成まで待つらしい。鬼殺隊が、曲がりなりにも柱を遊ばせている事に違和感は感じたが……。問いかけた所で返ってくる答えなどあろう筈もなく、大人しく修行をしていることにした。

 とまれ、縁壱零式。これに対して、実のところ、善逸は最初懐疑的だった。というのも、絡繰人形程度がそれほど強いのかという疑問だ。

 そもそも善逸が知っている絡繰人形というのは、盆の上に茶をのせてかたかた直線に歩く、というもの。それでも一応最新鋭の技術だと言う。当り前に、戦闘に運用できるようなものではない。できて剣を振り下ろすのがせいぜいだろうと思っていた。

 予想は、良い方(と言うべきかは分からないが)に裏切られた。というのも、この縁壱零式、滅茶苦茶強い。手首と指を回す回数で動きを変えることができ、しかもあらゆる呼吸を擬似的に再現する。これによって剣士の弱点となるよう動けた。

 善逸は最初これを聞いたとき、縁壱零式を量産したら鬼を滅ぼせたのでは、と思った。まあ、できるならとっくにやっていただろう。むしろよく現代まで技術を喪失せずにおけたと感心するべきか。

 縁壱零式を壊すわけにはいかないので、三人が交代で防衛に徹して戦っている。かなり大雑把に、どれだけ守れるかという競争だ。

 

「ふっ、はぁ!」

「…………」

 

 しゅ、という木々がこすれ合う音。それが連続で響く。ただ滑っているように見えて、炭治郎は確実に軌道を変えていた。五本の剣筋を完璧に捉えて、なおかつ捌ききるのは見事としか言いようがない。

 この競争、一番戦績が悪いのは善逸だった。雷の呼吸が、水の呼吸とは対照的に、攻撃に特化したものだというのもあるだろう。だが最大の問題は善逸にある。

 

(やっぱり、まだ獪岳の力を自分のものにできてないよなあ)

 

 戦いから目を離し、なんとなしに自分の右手を見下ろす。長い修行で、掌の皮は非常に分厚く、硬い。外見に見合った努力はしてきたつもりだ。それは獪岳の刀を受け取ってからも同じ。いや、むしろより強く努力したと言える。それでも獪岳の刀を持っていない状態では、型の精度が数段下がる。剣を持っていれば十全に扱える以上、自分に合っていないという言い訳は通用しない。つまりそれだけ、自分は獪岳に頼って戦ってきたという事の証左だ。

 

(ある意味、これはいい機会かも知れない)

 

 この修行で、自分を獪岳の力に適合させる。それで強くなれるかは分からないが、少なくとも今の剣を失った時に能力を落とさずに済む。まあ、そう思わなければこんな修行やってられないというのもあるが。

 絡繰なだけあって、縁壱零式は全く容赦がなかった。具体的に言うと、平気で首をへし折りに来る。

 確かにこれは強くなるための秘密の武器だろう。看板に偽りはない。ただし、使用者に一定以上の実力が無いと殺されて終わる、という枕詞を抜けば。

 思っていた通り、気軽にほいほい強くなれる武器など存在しなかった。うまい話には裏がある。いや、善逸にとってはうまみなど全くないが。

 延々縁壱零式の相手をするというだけでもかなりしんどいのだが。それ以外にも、善逸の精神をガリガリ削ってくる事があった。

 

「ほらまた腕が下がった! やる気ないんですか! それとも純粋に雑魚なんですか! 動きがまだ手癖に頼ってる部分ありますよ! ほらとっとと修正して!」

「え、ごめブェッ」

「よそ見しない!」

「すみまゴベェ」

 

 連続して二発、木刀でぶん殴られている。そんな様子などお構いなしに、小鉄少年は檄を飛ばしていた。

 出会った当初から、彼は過激だと思っていた。なにしろボロクソに罵られたし酷い対応だったし。が、それに加えて、彼は鬼だった。

 とにかく打倒時透無一郎に固まっており、本気で自分たち三人を彼以上にするつもりのようだ。その扱いたるや、満足いかない結果だと飯抜きは当り前。下手をすると睡眠すら取らせて貰えなかったりもした。

 無理じゃね、という言葉は心の片隅に置いておいた。もっとも、見抜かれていたようで、しごきは倍増したが。

 基本的に無茶苦茶な子供ではあるが、しかし無意味に難題を呈している訳ではなかった。というのも、彼はとてつもなく見る目がある。そっと里長に聞いてみたところ、小鉄は刀鍛冶や絡繰技師としての才能がない分、分析や解析と言った方面に飛び抜けた素養があると語られた。

 いくら強いと言っても、絡繰は所詮絡繰。精密に運用できる人間あればこそ。こと縁壱零式を使って人を強くするという一点において、小鉄は最高に近い素質を持っている。

 まあ、だからといって首を折られそうになった事は許していない。頸椎を叩き潰す一撃を咄嗟に肩で受けた痛みはまだ残っている。

 とにかく、強くなるためという意味ではこれ以上の環境はなかった。善逸も、課題だった防御面、攻め入る為の間というものが大分掴めてきたし。正直な所、全員が横から変な声さえなければ一日中だって防衛し続けられる程度には腕を上げた。

 

「おらどけ! 次は俺だ! おいガキンチョ、とにかく強くしろよ!」

「ええ勿論です。伊之助さんはやる気があっていいですね。見習って下さいよ幸せ頭」

「もうなんか、なんだかなあ。何も言う気が起きないや」

「善逸はなつかれてないなあ」

「なんだろうね。俺ってこう、どうも気の強い子供と相性悪いみたい」

 

 むしろ善逸と相性がいい人間というのもほとんど見たことがない点からは目を背ける。

 こう考えると、慈悟郎と獪岳はとても根気よく自分に付き合ってくれたんだなあというのが分かる。大体、善逸なら善逸の相手などしたくなかった。面倒くさいし。

 

「善逸、大丈夫か?」

「ん?」

 

 藪から棒に聞かれて、炭治郎の方を見る。彼は心配そうに、こちらをのぞき込んでいた。

 

「悩んでる匂いがしたんだ。俺でよければ相談に乗るぞ」

「いや、ううん。大した事じゃないんだけどさ」

 

 本当に、全くもって大したものではない。炭治郎が抱えるそれとは、比べるべくもなかった。まあ鬼にされた妹はどうすれば人に戻るか以上の悩みなど、どれほどあるのかという話でもあるが。

 言葉にするのは恥ずかしい。だから、誤魔化すようにぽりぽりと頬をかきながら、静かに視線を逸らした。

 

「未だに、死ぬなら獪岳じゃなくて俺であるべきだったって思うんだ。いや、俺だって死にたいわけじゃないぞ。ただその方が、誰にとっても幸福だったよなあ、ってふと思っちゃうだけで……」

「そんなことはない!」

 

 炭治郎が声を荒らげた。声にびっくりした伊之助がこちらを向き、そのせいで脳天に木刀が直撃した。もんどり打って倒れる。

 彼はがしっと善逸の顔を掴んだ。絶対に視線を現実から逸らさせない、と伝わってくる。

 

「確かに獪岳の方が強かったのかも知れない! みんな生き残るならそれが一番だったっていうのは当り前だ! でも、獪岳の代わりなんていないように、善逸の代わりだって存在しないんだ! 善逸が死んだら俺が悲しい! 伊之助だって絶対に悲しい! お前のそれは自分の命に対する侮辱だ! 二度と言うな!」

「わ、分かったよ」

 

 本気で怒っている。音を聞き分けるまでもなく、はっきりと分かった。

 怒られた事に対する恐怖もあるが、同時に安堵もしていた。我妻善逸という人間を肯定してくれるのは、本当に嬉しかった。何より彼自身が自分のことを、何一つとして是とできないから。善逸が自分を認めるには、他人に言って貰うしかない。

 

(こういう所があるから、炭治郎は憎めないんだよなあ)

 

 正直に言って、炭治郎は苦手な類いの人間だった。

 ずけずけとものを言うし、初対面の時などはっきりと恥知らずだと言われたし。やたら押しが強くて一歩も引かず、もしかしたらこっちの話を聞いてないのでは、と思ったことだって一度や二度ではない。それでも彼と一緒にいるのは心地よかった。幸せだった在りし日に劣らない。

 幸せというのは箱だ。どれだけ小さく、そして漏れがないかで幸福の量が変わってくる。今でもその考えは変わらない。

 だが今は。幸福の箱をもう少し大きくしても満たされるのではないか。そんな風に考えるようになった。

 

「いきなり声上げんな! いいの貰っちまったじゃねえか!」

「悪い悪い。でも、どうしても言わなきゃって思ったんだ」

 

 伊之助が肩を怒らせて、こちらに向かってくる。そう言えば一撃入ったから交代で、次は自分の番だと気付いた。

 

「さあやりますよ最腰抜け。とっとと配置について下さい」

「君もあれだね、全然変わらないね」

 

 わかりやすすぎる悪態に、ぼやく。どうやったらもうちょっと対応が柔らかくなるんだろうか。

 嘆息しながら、重い腰を持ち上げた。

 なんだかんだと文句を言い続けてはいるが、同時に訓練の意義と価値もよく分かっている。強くなっている……かはさておき、確実に体が『獪岳の技』を扱うのに適したものへと変わっているのだから。

 正直、碌に話した事もない時透無一郎と敵対するつもりは、これっぽっちもない。それは炭治郎も同じだろう(伊之助は知らないが。何しろ強いと分かったら誰彼構わず喧嘩を売るし)。

 だから、少なくとも、獪岳の刀がなくとも獪岳の代わりが務まる程度までは。この訓練に付き合おうと考えた。

 

「善逸はしょぼしょぼのしょぼな上にやる気無いですからね。とってもえげつない設定にしますよ」

「…………」

 

 でも、この小さな悪魔だけは、ちょっとなんとかして欲しい。敬意を持てとまでは言わないが。もうちょっと容赦があってもいいのではと、がちゃがちゃ手首をいじっている姿を見ながら、考えずにはいられなかった。

 

 

 

   ×××

 

 

 

 刀鍛冶の里より一里ほど離れた場所にある、小さな洞窟。そこに、二つの影が滲み出た。一人は全身に入れ墨を入れた男。もう一人は……これは人と言って良いのだろうか、壺の中から出てきたそれは、まるで人体をあべこべにつぎはぎしたような姿だった。

 茜色の世界には決して踏み込まず、眼下に広がる小さな隠れ里を眺める。闇より染み出て闇から食い散らかす。鬼として正しい姿ではあるが、同時に主が嫌う光景でもある。あのお方は、光こそ喰おうと企んでいた。

 彼らは、目的のための、いわば先兵だ。手足より先に、まずは指をもぎ取る。

 眼下に広がる里では、夜も近い事からか、人影はまばらになっているように感じた。一見では、そこは僻地の観光地にも見え、とてもではないが鍛冶士集団がいるようには見えない。まあ、それについてはわざとそうしているのだろう。これまで数百年にもわたって、鬼殺隊の屋台骨を見付けられなかった理由だ。刀鍛冶の里を暴いたことに関しては、素直に玉壺を褒めるしかない。

 ぱっと見は、ただの変人集団だが。その中に、剣士が交ざっているのを察知する。仮にここが刀鍛冶の里でなかったとしても、鬼殺隊の拠点であるのは間違いない。

 

「玉壺、どうだ、分かるか?」

「ええ、ええ。無論ですとも猗窩座殿。屋内に潜ませた我が分身が、間違いなく日輪刀を製造しているのを、今も見張っていますよ」

 

 ぎょろぎょろと、気色悪い動きをしながら、玉壺。見てくれは不気味だが、腕は立つし、何よりこう見えて上弦の鬼有数のまともな人格の持ち主だ。

 

「ふむ。しかし、さすがに猩々緋鉱石の鉱脈がある位置までは分からんか」

「残念ながら。何日も周囲を張っていたのですが、正直なところ、猩々緋鉱石をどうやって運び入れているのかすら分からず……」

 

 申し訳なさそうに呟く玉壺を、猗窩座は慰めた。

 

「仕方あるまい。我々にとって忌々しいものであるというのは、同時に奴らにとっては生命線であるという意味でもある。仮に見付けたところで手出しできるものかどうかも分からんしな」

 

 日輪刀は強力に、太陽としての属性を持っている。仮に猩々緋鉱石の大鉱脈を見付けられたとして、下手をすれば鬼では近づく事もできないだろう。

 付近を破壊して回れば、採掘量を減らす事も可能かも知れないが。鉱夫を殲滅できない可能性がある以上、優先順位は刀鍛冶より下がる。何しろ鉱夫には専門技術など必要ないのだし。武道一辺倒に生きてきた猗窩座ですら、技術の希少性くらいは理解できた。

 

「そう言って頂けると助かりますよ」

 

 ホホホ、と独特な笑い方をしながら、玉壺。

 本当ならば、今すぐにでも仕掛けたい。物陰はそれなりにあるため、戦おうと思えば戦えた。ただし、玉壺の報告にあった既存の戦力ままであれば、の話だが。

 

「四……いや、三人か。柱がいるな。強い気配がある」

「ふむ、二週間ほど前までは居なかったのですがね。なんとも間が悪い。攻める時期をずらしますかな? 監視はつけている故、攻め時はこちらで選べますよ」

「いや、これは柱もろとも殲滅できる好機と捉えるべきだ。何より無惨様は、早々に殲滅することを望んでおられる」

 

 感じる気配は、確かに柱として相応しいものだ。しかし、特段優れている訳でもない。こう言ってはなんだが、所詮は“普通の柱”だ。自分は元より、上弦の伍である玉壺とて負ける要素はない。

 

(できれば、俺を倒しうる程の強者と戦いたかったのだがな……)

 

 詮無いことを考える。鬼という事を度外視しても、百年を超える研鑽を積んだ猗窩座に迫れというのは高望みだろう。

 作戦開始時刻までもう少し時間が必要だ。狭い祠の中でできる事などなく、ぼんやりと時間が過ぎていく、かと思われたが。

 

「所で猗窩座殿、この私が作った壺はどうですかな? ほら、見て下さい。これなど傑作でして」

「う、うむ。いや、進めてくれるのはありがたいが、何分、武辺者でな……。芸術品の良し悪しなどはわからんのだ」

 

 なぜか妙にぐいぐいくる玉壺に、言葉を詰まらせながら。そう言えばこの男は、芸術品輸入品の目利きを担当しているのだったかと思い出す。当人自身も、陶芸家として名を馳せているのだとか。

 

「それはいけません! いけませんよ!」

 

 変な勢いで来る玉壺に、思わず仰け反る。

 

「これからの時代は芸の時代です! 美術品の一つも解せぬようでは時代に取り残されますぞ!」

「そ、そうか……」

「では僭越ながら、この私めが基礎の基礎を解説させていただきます」

「いや、そこまでして貰わなくてもいいのだが」

「駄目です。聞きなさい」

 

 なんでだか怒られた。理不尽だ。

 

「良いですかな? まず芸術というものの発端は……」

 

 なんでだか歴史の講釈から始まってしまった。話すのならとっとと話して終わりにしてほしかったが、どうやら願いは届きそうにない。こう言ってはなんだが、苦手な類いの人間だ。『嫌い』ではないのがなおのこと。

 何を言っても聞かないだろう事は分かっていたため、猗窩座はしょんぼりしながら話を聞き続けた。早く日が暮れてくれないかな、と考えながら。

 日没まであと少し。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。